「防御型……」
ミレーヌから告げられたアスミディアの属性をマリアは静かに復唱する。
彼女の脳裏に浮かぶのは、以前に目にした数多の戦闘データだ。防御型のクレイモアと言えば、その多くは驚異的な生命力を持ちながらも、瞬発的な攻撃力や俊敏さに欠ける傾向があった。アスミディアのような規格外の存在であればその固定概念を覆すかもしれないが、基本的には防御を主としたスタイルが想像される。
しかし──
「でも……あれほどの機動力を持つものが防御型だと?」
マリアは疑念を隠せなかった。視線の先には、ベルゼビアとの壮絶な接近戦を繰り広げるアスミディアの姿があった。高速で飛び交う攻撃を受け止めるどころか、時に躱しながら反撃を仕掛けている。それは防御一辺倒ではなく、高度な読み合いと対応を含んでいる。
「矛盾している……」
思わず呟いた。
ミレーヌは小さく息を吸い、冷静に言葉を選ぶ。
「確かに。防御型の多くは受け身になりがちですが、アスミディアの場合は違います」
彼女は眼下で閃光のように交錯する二人の動きを指さす。
「アスミディアは、あの鋭敏な反射神経と妖力同調による相手の行動を阻害する能動的防御。そして……」
言葉が途切れかけるが、すぐに続ける。
「何よりも重要なのは再生能力です。どれだけ損傷しても、瞬時に元通りになってしまう」
「再生能力……それが最大の武器というわけですか」
マリアは納得したように頷く。いかにベルゼビアが卓越した攻撃力を持っていようと、致命傷を与えられないのでは勝負にならない。
「ならばこそ、アスミディアは防御型でありながら、あの苛烈な前線での戦闘をこなせるのですね」
ミレーヌは僅かに目を伏せた。
「ええ。でも……それゆえに弱点もあります」
その声には珍しく緊張が混じっていた。「どんなに巧みでも、どんなに早く再生しても……」
マリアは視線を離さずに問い返す。
「どんなに再生しても?」
「体力の枯渇です」
ミレーヌの声が一段低くなる。
「あのフェロモン放出も、桁外れの再生力も……全て体力が源です。それが尽きれば……」
言葉を切ったが、続く言葉は明らかだった。
マリアは眉をひそめた。今まさに目の前で繰り広げられているのは、互いの身を削り合う死闘なのだ。先に体力を使い果たした方が敗北する。そのシンプルな原理が、この戦いの真髄なのだろう。
「つまり、持久戦になると……?」
ミレーヌは短く答えた。
「そうです。ですから皆、あの二人が消耗しすぎないように祈っています。特に今は……」
彼女は遠くを見つめるような視線になる。
「アスミディアの身体には……新しい命が宿っているのですから」
その言葉に、マリアは思わず息を呑んだ。戦いの熱風を帯びた空気が急に冷たく感じられた気がした。
「……それは」
言葉が出なかった。母であるアスミディアが戦いの中で新たな命を守りながら、あの怪物を相手に戦っている──その事実が重くのしかかる。
一方、遠くでの戦闘は激しさを増していた。ベルゼビアが放った猛毒の瘴気を纏った爪がアスミディアを襲う。それを間一髪でかわしたアスミディアの頬を掠めた瘴気が、軽い煙のようにジュッと音を立てて皮膚を溶かしていく。しかし次の瞬間、その傷跡はまるで幻であったかのように塞がり始めていた。そこへ続けてベルゼビアの連撃が迫る。
それは美しいほどの対決だった。圧倒的な破壊力と獰猛さを武器にするベルゼビア。それを的確に捌き、隙を見つけては最小限の力で反撃に出るアスミディア。一進一退の攻防は永遠に続くかのように思えた。だがミレーヌの警告した限界がいつ訪れるか分からない。
「アスミディアは……本当に大丈夫なのですか?」
マリアの声には深い憂慮が滲んでいた。
ミレーヌは黙って前方を見据えたまま、ほとんど独り言のように呟いた。
「信じることしかできません。あの方はいつも……私たちに生き残る術を教えてくれましたから」
その声には尊敬と、わずかな寂しさが混ざっていた。
マリアはゆっくりとミレーヌの横顔を見る。少女の表情は硬く引き締まり、視線は遠くで輝く戦いの火花から離れない。彼女にとってアスミディアはただの上官や強者ではなく、生き方を教えた師であり、守るべき家族なのだろう。
ふと、ミレーヌが微かに震えていることに気づいた。恐怖か? いや違う。それは期待の震え──そして母への信頼の証だと悟った。
(こんな戦いを見てなお、信じることができる……)
その思いがマリアの中に小さな灯火を灯した。
「私も見届けます」
自然と口を突いて出てきた言葉だった。
「この戦いの行く末を」
どんな結果になろうとも、その結末を見届ける責任がある。それが自分の任務であり、この地に来た意味でもあるのだから。
風が強く吹き抜ける。遠くでぶつかり合う轟音が響き渡り、大地が微かに揺れている。
まだ決着は付いていない。むしろこれからが本当の正念場だということを、マリアは感じ取っていた。