アスミディアは身を屈めた。背後から迫る腕が風を切り裂く。かろうじて回避したものの、肩口の皮膚が焦げる匂いと共に裂けていた。
「ちっ……!」
舌打ちするベルゼビアの表情は嫌悪に歪んでいた。蝿の翅が不規則に震え、再び加速、ベルゼビアの肉体が蠕動する。
「あんたの、匂いが一番イラつくんだよ!」
四本の腕から繰り出される猛毒の爪撃。空気が腐臭を漂わせながら歪んだ。
アスミディアは未来でも見えてるかの如く紙一重で避けて行くが、特別な事では無く、熟練者ならば誰もが行える妖気を読むという虫の知らせ染みた、妖魔の血肉を宿す者特有の第六感によって華麗に回避、迎撃していた。
ベルゼビアの苛立ちは、アスミディアという最強のクレイモアと対峙している事はもちろん、前線から一歩引いた所で虎視眈々と飢えた獣の如く銀眼をぎらつかせる手練れ達にも神経が磨耗する。
だが、一番癪に障るのはアスミディアから香る匂い。
妖気を混ぜたアスミディアの体臭は、異性の興奮強壮。同性であっても只の人ならば蠱惑的な甘い香り。
だがしかし。相手が妖魔……覚醒者等……にとっては、ある種の酩酊作用がある。
ベルゼビアも元はクレイモア。アスミディアの特異な能力も実力も余さず把握しており、アサラカムですらアスミディアの妖気や香りを察知した瞬間、踵を返して逃げ出す程に警戒している。
故に。ベルゼビアからしてみればアスミディアと対峙するのは耐え難い程の苦痛ではあるが。
アスミディアに攻撃を仕掛けるのは、彼女が妊娠しているという点。
防御型のアスミディアならば例え四肢が欠損しようと、身体が上と下二つに別れようとも再生可能だが。
胎児は、違う。
腹部に一撃。細くとも貫通力のある一撃さえ叩き込めば、アスミディアはともかく胎児は仕留められる。
腹部への致命傷ですらアスミディアには、さして堪えないが、逃げ出す一瞬の隙は生まれる。
ベルゼビアが悪態を吐きながらも攻撃を仕掛けるのはそういった理由である。
無論、アスミディアもベルゼビアの狙いは余さず理解している。それ故に深く攻め込まず、ベルゼビアの攻撃に合わせて反撃を叩き込むカウンター戦法にて追い詰める。
アスミディアとて胎に嬰児を含んだまま大剣を振るうのは一度や二度では無い……その都度部下たちから延々と叱責を受けたが……防御型で在りながらも捨て身染みた攻撃は決してすること無く。
クレイモアの、剣士として磨き、積み上げた経験にて、ベルゼビアを追い詰めて行く。