「……増員?」
マリアの声は平静を装っていたが、眉間に深く刻まれた皺が疑念を語っている。
「実動戦闘員は47名と聞いていましたが」
アスミディアは妖艶な微笑を浮かべ、長い白髪を指で弄んだ。その仕草さえ官能的である。
「昔はそうだったみたいね。でも今は47じゃ足りないのよ」
アスミディアは苦笑しつつミレーヌの側に行き、優しく肩を抱く。ミレーヌはまだ10代後半の姿だが、彼女独特の澄んだ銀眼には既に鋭い光が宿っている。
「この子はミレーヌ。私の娘の一人」
「貴方の……?」
「ええ。9年前に出産したの。普通の人間なら20歳くらいね」
マリアは信じ難いものを見る目で少女を見た。クレイモアの肉体と精神の成長速度が速いとはいえ、9歳でこれほどの完成度は異例だ。
「覚醒者との戦いで多くの戦士が失われたわ。特にベルゼビアとベルフィー。二人とも私の子なのだけど……」
アスミディアの表情が一瞬だけ曇る。
「あなたに来てもらったのは増員の件だけではないわ。この子をあなたの護衛につけたいの」
「護衛ですか。理由は?」
アスミディアは意味ありげな笑みを浮かべる。
「私も色々忙しいから、申し訳無いけど貴女に付きっきりって訳にもいかないのよ」
彼女の視線が窓の外に向けられる。月明りの古城には影が長く伸びていた。
薄暗い廊下から微かな話し声が聞こえてくる。男たちの声だ。
「今日はもう遅いわ。明日からミレーヌがあなたの案内役になるから」
アスミディアは立ち上がり、マリアの側に寄るとその頬に軽く触れた。
「何かあったらすぐに教えてね。何も無くても良いけど」
マリアの体が一瞬硬直する。アスミディアは唇の端を上げるだけで答えなかった。
「では明朝また。おやすみなさい、マリア少尉」
アスミディアが去った後、ミレーヌが静かに口を開いた。
「部屋に案内する」
その声は若いのに確かな威厳があった。マリアは不思議そうに尋ねる。
「貴女は9歳だと聞きましたが……なぜナンバー48?」
「ナンバーは功績だ。私はベルゼビアに一撃入れたことがある」
「……それで生還したと?」
「いや。途中で別の戦士が加勢に来た際に別の敵と乱戦になり有耶無耶に……運が良かっただけだ」
彼女は淡々と話し続ける。
「でもいずれ私が討つ。彼女は私よりも強いが……私はまだ成長過程だからな」
マリアはこの華奢な戦士に改めて畏怖を覚えた。そして廊下の隅に目を向ける。
「あれがクレイモアの武器ですか?」
「ああ。あれは訓練生用で刃は潰してあるが、材質は戦士と同様の物だ」
ミレーヌは慣れた手つきで大剣を手に取り、それを軽々と持ち上げ剣の外観を確認すると、マリアに差し出す。
「試してみるか?」
マリアは首を横に振った。
「いえ、遠慮しておきます」
階段を降りながらミレーヌは続ける。
「この城には常に三~五人の戦士がいて、夜番は交代で行っている。父達もいるはずだ」
「父……?」
「母さ……アスミディアの夫たちだ。子作りに協力してくれる方々だから、丁重に扱っている。それと……余り近寄らないようにしてくれ」
「どういうことですか?」
「アスミディアの方針で、その……禁欲状態だから……」
「……女性が刺激になると」
マリアが継いだ言葉にミレーヌは気まずそうに頷く。
「この城内にいる男性は子供も含めて、私達の妖魔の血が薄くなりすぎないように卒業試験をクリアした訓練生……と、アスミディアと子を成すんだが。男性が積極的になる為に禁欲させて肉体を鍛えているから、気性が荒いんだ」
ミレーヌの話を歩きながら聞いていたマリアが、そのまま流そうとして気づく。
「訓練生も子を成す……ということは、貴女も……?」
「ああ。一人、女の子を産んだ。アスミディアと違って成長速度は普通の人間と同じだが」
「なるほど……」
マリアは内心驚愕しながら自身の中で情報を整理する。
まず……事前の資料にあった“アサラカム通常体と覚醒体の肉片を用いて作成した寄生体を、人間に投与して妖魔を作り。その肉片を人間に埋め込む”という手法は完全に廃れており。
驚くべき事に半人半妖を、生殖によって生産している。
本人の前では間違っても口にできないが、恐らくアスミディアがクレイモア達の“女王蟻”。彼女が直接産んだ子は文字通り特別なのだろう。
彼女の血を濃く継ぎ、少ない年数で戦力になる。
そして男児が産まれた場合は後方支援兼、種馬として活用。
「……連絡が途絶えた裏でここまで発展していたのか」
「何か言ったか?」
「っ、いえ。何も」
「そうか。マリア少尉、こちらが貴女の客室だ」
知らず溢れていた一人言を誤魔化したマリアは、ドアを開けたミレーヌに誘われ、部屋に入室する。
内装は、調度品は一通り揃っているが、余りにも簡素で殺風景の為、一瞬独房かと疑う。
「私は部屋の前で待機している」
「ええ。ありがとうございます」
ベッドに座ったマリアは、机に荷物を置いたミレーヌに礼を述べて、彼女が出ていくのを待つ。
パタン……と、閉まった扉を確認してから、ベッドに仰向けに寝転がる。
「はぁ……」
天井を見上げながら、先程までの情報を脳内で整理する。
予想以上の収穫だ。
“クレイモアの増員”、“覚醒者”、そして、“生殖による後継者”。
どれも重要な情報であり、報告書には欠かせない事項だ。
『クレイモアの増員』に関して言えば……あの年齢で既に戦闘力がナンバー48相当であるのならば、現時点で数十名規模の増員が期待できる。今後も一定周期で産まれてくるであろうクレイモアの子供は、将来的には更なる戦力アップに繋がる。
『覚醒者』については……今回の増員とは別枠の問題だが、彼女達が対処すべき案件である。ベルゼビアとベルフィーという名の覚醒者は要注意人物だろう。
『生殖による後継者』については……当然といえば当然だが……それでも衝撃的だった。
あの娼婦染みた女性が自らの胎を使って子を産み育てるという行為を容認しているとは思わなかった。
「アスミディア……彼女は本当に大丈夫なのか……?」
十中八九、派遣してきた軍人達は彼女の……彼女たち、クレイモア相手の“種馬”と化したのだろう。
アスミディアは性格上当然として。その他のクレイモア達も見目麗しい女性ばかりだ。
いかに精悍な軍人と言えど抗うのは難しいだろう。
ましてや、瀕死になりかけ、その上アスミディアの色香。
「帰還した際は殉死したと伝えよう……」
マリアは疲れに身を任せ、そのまま眠りについた。