浄気探偵とナサニエルの箱   作:イワシコ農相

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今日は月曜日なので、締切日遵守です(お目目ぐるぐる)


長いおはなし

「……エリン • オブライエン • フィッツシモンズ。アイルランド独立運動への関与、旧13植民地(アメリカ)からの偽貨密輸入……立派な大逆罪人だな。ロンドン警察(ロンドンポリス)の成果報告書に載ること間違いなしだ」

 

 小さなアルコールランプが照らす室内は酷く狭く、無骨なベトン造りの灰色の壁と鉄製の扉。中央にやや黒ずんだイングリッシュオークの机と同じ色であるダークブラウンの椅子が二つあり、扉側にはイギリス式ピッケルハウベ(カストディアンヘルメット)を被った男は植民地(ケープ)仕立ての紺色の警察制服をきっちりと着て、前にいる相手を眺めている。

 

「ふっ、やり口が安直だな。じゃがいもを売りすぎて、女王陛下の部下は顔だけじゃなく脳までじゃがいもになったらしい」

 

 嘲るように笑う1人の女。肩まで伸びた赤毛が微かに揺れ、くつくつとその白い歯を見せる。両腕は椅子に縛られ、その本国(イングランド)仕立ての薄めた墨のような色彩のスーツに重ねるよう羽織った茶色のコートに縦に広がる皺をいくつか作っている。

 

「口には気を付けろ、アイルランド人。悪魔女(ファム • ファタール)の分際で、安易に口を開きすぎだ。……女王陛下の慈悲で、ロンドンに居れていること忘れてるのか?」

 

「そう、カッカするなよ新人。そこまで安易に釣られてるようじゃ、ロンドン警察(スコットランド • ヤード)も頭を抱えるんじゃないか? いくら、週四で四ポンドしかないからって手を抜きすぎだ。ほら、一般市民の大事な意見だぞ?」

 

「このアマが……好きに言わせておけば……」

 

 大きく振りかぶった拳が机を強く叩き、鈍った音を発する。少し震えている警官の小指と薬指を見て、女は表情筋を僅かに上げ、「ほら見たことか」と呆れたように言いふらす。

 

「新人君、気合いを入れてるのはわかるけど」

 

「新人、新人っておまえはどこを見てそう言っているんだ。俺はもう既に長く勤めて居るんだぞ」

 

Word(だよな)! 。だって、そんな長くつとめている人がねぇ……新人警官がやりがちな警棒による摩擦傷をつけているはずがないからな?」

 

 やや開いた右手の拳から覗く、赤く晴れた直線上の痕。強く擦れたように皮膚がやや剥がれ、回りの筋肉はやや力が入っているのか少し強ばっている。怒りという薪を()べ鋭さの増していた警官の瞳に煤が落ちたように恐れが増す。

 

「それにだ、その制服……どう見ても新品だね? よりにもよって、最近導入されたばかりの植民地(ケープ)産。使い古したにしてはあまりにも色は落ちておらず、新調するにしても在庫の多い自治領(カナダ)産でもない」

 

「それを選ぶ理由は無いというか……適当に服を積んである君たちの倉庫で、導入されたばかりの制服を選ぶためには……」

 

「新人でないと、あり得ないと思うのだが?」

 

「……そ、それだけか?」

 

「あとねぇ、一番わかりやすいのは……」

 

 その片目だけ赤い瞳に、きらりと妖しい光が混じる。この尋問が始まってから欠くことがなかった相手を侮る、そのつまらぬ視線が絶えることはない。

 

「階級章だよ、新人君(チェリーボーイ)。イラストレイテド・ロンドンニュースでも見てれば、誰でも警察階級なんて覚えるだろう」

 

 謎が解けたとばかりに重心を椅子の背もたれに寄りかからせ、顎を上に向けて相手の静寂が耳に毒であると決めつけるかの如く、口笛を吹いて、一息吸ってからため息をつく。

 

「で、その身に合わない階級を騙った新人君はさっさと進めてくれないかな? 暇だよ、どうせ冤罪なんだからさっさとしようか」

 

「ああでも、そうか。コーンヒルで出世頭と噂されてる新人(コンスタブル)君だよね?」

 

「ああ、そうだ」

 

「そりゃ、傲る気持ちが出るのも仕方ないかな……なぁ~んてね」

 

 失った尊厳を再び飾り付けるように、咳払いをして手を膝の上に乗せる。眉間に集まったシワを見さえすれば、その尊厳が砂上の楼閣であることはわかりきったことだ。

 

「……貴様には女王陛下の治めるアイルランド地域の独立勢力をこのロンドンから資金援助していた疑いがある。また、それに用いた資金は旧13植民地(アメリカ)から送られた偽貨であることが調査より指摘されている」

 

 先程は無視されていたPlantin(プランタン)体で書かれたMPS(メトロポリタンポリス)当ての資料をアルコールランプを手前に寄せてから左から右へと瞳を動かし、読み込んでいく。Culprit(容疑者)と記されている項目へと視線が落ち着くと、改めて天井を面白いものかのように見ているエリンへ声をかける。

 

「……弁明は?」

 

「弁明も何も、僕はそもそもアイルランド独立運動を支援していない。大学の講義中に連行された時に聞いたが、アイリッシュパブでの資金提供……だったっけ? そんなの僕じゃなくても酒は飲むし、そこに居るかわいい子ちゃんには釣られるとも」

 

「それと……僕の使った通貨に存在しない王が書かれていたという話も、それを見せろと言っても……君たちは見せてくれないじゃないか」

 

 いちゃもんは勘弁してほしいねと改めて新人警官の個人番号(巡査階級章)を見る。

 

「……ロンドン警察(スコットランド • ヤード)は女王陛下の誇る正義の警察じゃなかったのかな? 不当逮捕に階級の詐称、正義の味方どころか……これじゃぁ、暴君だね。フランスから何も学ばなかったのかい?」

 

「……」

 

「あっ、そうだった。フランス人の料理人を雇ったのにフランス語が話せないお貴族サマが大半だったな。僕としては語学の勉強をおすすめするよ、ほら僕って大学生だからそういう学問の大切さはしっているつもりだとも」

 

「ほら、りぴーとあふたーみー。Je suis idiot(私は白痴だ)って」

 

「…………」

 

「おやぁ、学習意欲が足りないねぇ。これじゃ単位はあげられないな」

 

 親指と人差指でこめかみを摘み、喉にこびりつく痰を吐くように一度、二度と重々しい音を発し──いや、眼前にある現実の口酸っぱさを噛みしめるように警官の口は一を描く。

 

「……不要なことは言うな。それで、弁明はそれだけか」

 

「だーかーらー、弁明も何も、ね。単純な話、さっきも言ったけどやってないんだよ」

 

 堂々巡りを繰り返す問答は刻々と窓のないこの部屋でエリンは楽しそうに、警官は鬱陶しそうに、ただただ時間を浪費する。

 

「…………もういい。貴様のその態度にはうんざりだ」

 

「そうかい? 新人(チェリーボーイ)君はどうやら堪え性が無いようだ。だから、うんざりなのは別れを告げたお相手かもしれないね?」

 

 僅か、3秒の静寂。

 

「は?」

 

「簡単だとも。僕の推測にはなるけど、君の左手薬指についていたであろう婚約指輪、最近取ったばかりだな? 指輪を長くつけた時に跡が残るからね──それをわざわざ取っているということは丁度今日フラれたってこと」

 

「なるほど、合点したよ。君ってさぁ…………僕に八つ当たりしてるね? 童貞君(チェリーボーイ)

 

 勝ち誇ったような笑みを浮かべるエリンを見て、白く染まっていく警官の拳。

 

「あはっ! だから、フラれるんだよ」

 

「いい加減黙れぇ! このアマが!!!」

 

 制服が机に引っ掛かりよろけるも椅子から立ち上がり、右手の拳を大きく振りかぶり、そのままエリンの顔を殴る。彼女は椅子ごと大きく反れて、それをすかさず引き寄せた。

 

「どうだ、いい加減黙る気になったか?」

 

「ふふっ……ははっ! まっさかぁ、僕から言葉を奪うにはまだまだ足りないさ!」

 

 警官の肩に垂れていく鮮血は制服に染みを作るだけでなく、同様に殴られながらも弧を描く唇にリップのように赫赫と付く。

 

「また、舐めた口を……よくも、散々コケにしてくれたな」

 

「君の元婚約者、別れて正解だねぇ。いてて……父さんにも殴られたことはないんだけど」

「……なら、もう一回殴ってその口を閉ざせてやる」

「やってみろよ。asshole(クソ野郎)

 

 拳が再度、降りかかるその刹那。柏手が一つ、部屋に冷たく響きわたる。顔が青白くなっていく警官と勝ち誇るエリンを見れば、この数時間続いた舌戦を誰が制したか明らかであろう。

「チャーリー巡査、容疑者への暴力は頂けないねぇ。ちょうど朝礼でその話が出たとおもうんだが」

「ウーサー巡査部長! これは……その」

「いや、話はいい。後ほど厳重注意を行う。署へ戻れ」

「ですが……」

「チャーリー・ロビンソン」

 

「はい、ただいま直ちに」

 

 警官が急ぎ足で部屋を脱し、その顔にシワを増やしていく中、ウーサー巡査部長は溜め息を一つ溢し、血を滴しながら視線を向けてくるエリンへと向けて言う。

 

「……随分なやられ様だな。浄気探偵」

 

「ぺっ、あんたらが頼んだんだろうが。おっさん」

 

「そう言われると弱いんだがね」

 

 口内に溜まった血を痰のように吐くのを待ってから、ウーサー巡査部長は彼女を拘束していた縄を解き、ズボンについた埃を(はた)きながら立つ彼女に嘲るような表情を浮かべる。

 

「赤はお似合いのようだな」

 

「まさか。君の胸一面に広がっている方がお似合いだとも」

 

「で、彼はクロか、シロか?」

 

「真っ黒だね、あれはそもそも警官じゃないし」

 

 先程まで警官が座っていた椅子に座り、ウーサー巡査部長は興味深そうに拳を顎に当てる。

 

「そもそも、彼はロンドン市警察(ロンドンポリス)ロンドン警視庁(メトロポリタンポリス)の違いを理解していない。ここスコットランドヤードで勤めていながら、管轄地域がわからないなんて……新人でもあり得ないよね?」

 

「単に便宜上ロンドンポリスと言った可能性はあるんじゃないか?」

 

「なら僕がコーンヒルって言った時に彼は否定すべきだったんだよ。あそこは大ロンドン(グレーター・ロンドン)じゃなく、小ロンドン(シティ・オブ・ロンドン)なんだから。いろいろ煽っては見たけど、あれはぁ……あまりにも警官の演技が下手」

 

「……なら無知な警官なだけという可能性を抹消するには?」

 

「僕がたっぷりと塗っておいた血の跡を調べると良い。あれを完全に洗えたなら、沸魔師確定。それもこの無知具合を見るとアカ(共産主義者)アカ(穢血)のどっちかさ」

 

「流石だな、星夜の準貴族(ジェントリ)

 

「ノンノン、僕はヒトである浄気探偵。それで十分だ」

 

 そう言い捨てて、去っていく彼女の背を見る。

 

「お代は弾んでくれよ。■■■■■■■(ロバート • ウーダン中尉)

 

「食えない女だな」

 

 ウーサー巡査部長改め、ロバート • ウーダン中尉はそう一人愚痴る。その5フィート8インチ(173cm)ばかりの背丈にどれだけの知識と謎が含まれていることか。

 

 浄気探偵、一年前……ロンドンに紅い雨が降ったあの謎多き日に失われた五つのナサニエルの箱を探すべく大命の下った私立探偵であり、遥か遠きボストンよりやってきた穢血の先祖返りでもある。

 

 これでアメリカの神智学協会から援助されているのだからめんどくさいことこの上ないと、ニキシー因子計の特許使用権論争を思い出して身動ぎする。

 

「ただ……あの癖さえなければ、完璧なんだがな」

 

 奥の方で姦しく、また女を探しに行ったでしょうと怒る声とあれは調査だったんだサラ教授という焦る声。

 

 最も最後には大きな叩く音で幕を閉じるが。

 

「……ふっ、あれはあれで良いか。一番人間らしい」

 

 

 

 

 

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