ポケモン戦争   作:みみほよ

12 / 12
アリアの優しさ

アリアは、カイのサーナイトに対する冷酷な態度を見るたびに、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じていた。カイの過去に何があったのか、彼女は知らない。しかし、その瞳の奥に宿る深い絶望と、ポケモンに対する異常なまでの憎悪は、彼が計り知れないほどの苦しみを抱えていることを物語っていた。それでも、サーナイトの献身的な姿を見ていると、カイの非情さが許せない気持ちになるのも事実だった。

 

アリアは、カイの見ていないところで、サーナイトに優しく接しようと試みていた。それは、カイに対する当てつけというわけではなく、純粋に、傷つき、虐げられているサーナイトを憐れむ気持ちからだった。

 

戦闘が終わった後、アリアはそっとサーナイトに近づき、彼女の傷の手当てを手伝った。サーナイトの体には、生々しい傷跡が絶えず、アリアはそれを見るたびに眉をひそめた。

「痛むでしょう…少し我慢してね」

アリアが優しく声をかけると、サーナイトは最初は警戒したように身を強張らせたが、アリアの手に敵意がないことを感じ取ると、少しずつ力を抜いていった。アリアは、自分の持っている薬草を使い、丁寧にサーナイトの傷を清め、包帯を巻いた。

 

また、アリアは自分の食料の中から、サーナイトが食べられそうな果物や木の実を分け与えることもあった。カイは、サーナイトに最低限の栄養しか与えていないようだった。サーナイトは、差し出された食料を、最初は遠慮がちに、しかしやがては嬉しそうに受け取った。その姿は、まるで飢えた小動物のようで、アリアの母性本能をくすぐった。

 

サーナイトは、アリアの純粋な優しさに触れるうちに、少しずつ彼女に心を開いていくようになった。アリアが話しかけると、言葉は返せないものの、その大きな瞳でじっとアリアの顔を見つめ、まるで彼女の言葉を理解しようとしているかのように、小さく首を傾げたりした。

 

アリアは、そんなサーナイトに、様々なことを話して聞かせた。時には、自分の故郷の話や、幼い頃の思い出。そして、時には、カイに対する複雑な想いを打ち明けることもあった。

「カイは…本当は、あんなに冷たい人じゃないと思うの。きっと、何かとても辛いことがあって、心を閉ざしてしまっているだけなのよ。いつか…いつか、彼がまた笑える日が来るといいのだけれど…」

アリアがそう言って寂しそうに微笑むと、サーナイトは、まるでアリアの悲しみに寄り添うかのように、そっと彼女の手に自分の手を重ねることがあった。その手は、ひんやりとしていたが、不思議な温もりが感じられた。

 

アリアは、サーナイトとの交流を通じて、彼女が高度な知性と豊かな感情を持っていることを確信するようになっていた。サーナイトは、決してカイが言うような、ただの道具や獣などではない。彼女は、喜びも、悲しみも、そしておそらくは愛情さえも理解できる、心を持った存在なのだ。

 

そして、アリアは願わずにはいられなかった。いつか、カイがサーナイトの本当の価値に気づき、彼女を単なる道具としてではなく、かけがえのないパートナーとして認めてくれる日が来ることを。それは、あまりにも儚い願いかもしれない。しかし、アリアは、そう信じたかった。

 

この、カイの目を盗んで行われる、アリアとサーナイトの束の間の交流は、過酷な戦場における、二人にとっての小さな救いとなっていた。それは、血と硝煙の匂いが充満する日常の中で、ほんの僅かな時間だけ、人間らしい温かい感情を取り戻せる、貴重なひとときだったのだ。

 

ある夜、ブラッドハウンズの部隊が、敵地深くの森の中で野営をしていた時のことだった。焚き火の明かりが、周囲の木々を不気味な影として映し出し、時折、遠くで獣の鳴き声が聞こえてくる。傭兵たちは、それぞれの持ち場で警戒にあたったり、あるいは、仮眠を取ったりしていた。

 

アリアは、自分の持ち場である見張り台の上から、ぼんやりとキャンプの様子を眺めていた。すると、ふと、焚き火から少し離れた場所で、サーナイトが一人、何かを胸に抱いて座り込んでいる姿が目に入った。その姿は、どこか寂しげで、アリアの注意を引いた。

 

アリアは、そっと見張り台を降り、音を立てないようにサーナイトに近づいた。サーナイトは、アリアの気配に気づくと、少し驚いたように顔を上げたが、すぐに安心したような表情を浮かべた。

 

「サーナイト…こんなところで、どうしたの?」

アリアが優しく声をかけると、サーナイトは、胸に抱いていたものを、そっとアリアに見せた。

 

それは、古びて所々が欠けた、小さな木彫りの人形だった。手のひらに乗るくらいの大きさで、素朴な造りだったが、どこか温かみのある形をしていた。人形は、長い間大切にされてきたのか、表面は滑らかに摩耗し、深い飴色に変わっていた。

 

アリアは、その人形の様式に、どこか見覚えがあるような気がした。それは、以前、カイが故郷の話をぽつりと漏らした際に、彼が語っていた村の伝統的な工芸品の特徴と、酷似していたのだ。確か、カイの故郷は、ヘルガーの群れに襲われて壊滅したと聞いていた。

 

「これ…もしかして…」

アリアは、息を呑んだ。もし、この人形が本当にカイの故郷のもので、そして、それをサーナイトが持っているとしたら…それは、一体何を意味するのだろうか。

 

アリアは、サーナイトに断って、その木彫りの人形を手に取った。そして、焚き火のそばで武器の手入れをしていたカイの元へと、足早に向かった。

 

「カイ」

アリアが声をかけると、カイは面倒臭そうに顔を上げた。

「何だ、また何か用か」

「これ…見てくれる?」

アリアは、木彫りの人形をカイの目の前に差し出した。

「このサーナイトが、大切そうに持っていたの。これって…あなたの村で作られていたものと、似ていないかしら?」

 

カイは、アリアが差し出した人形を一瞥すると、眉をひそめた。その表情が、ほんの僅かに、しかし確かに強張ったのを、アリアは見逃さなかった。

 

カイの脳裏に、遠い昔の記憶が、まるでフラッシュバックのように断片的に蘇りそうになった。炎に包まれた村、泣き叫ぶ人々の声、そして…小さな、白い影…。あの時、瓦礫の下敷きになった自分に、そっと手を差し伸べてくれた、あの…。

 

しかし、カイは、その不快な感覚を振り払うように、乱暴に頭を振った。そして、いつもの冷たい声で、吐き捨てるように言った。

「…くだらんガラクタだ。そんなもの、どこにでも転がってるだろう。捨てておけ」

 

その言葉は、あまりにも冷酷で、アリアの胸を抉った。しかし、それ以上にアリアを驚かせたのは、その後のサーナイトの行動だった。

 

サーナイトは、カイのその言葉を聞いた瞬間、まるで怯えた小動物のように、しかし、信じられないほどの速さでアリアの手から木彫りの人形をひったくった。そして、再びそれを胸に抱きしめ、まるで宝物でも守るかのように、カイから距離を取った。その瞳には、深い悲しみと、そして、カイに対する、何か訴えかけるような強い光が宿っていた。

 

アリアは、カイのその過剰なまでの拒絶反応と、サーナイトの必死な行動を見て、確信した。この二人と、この木彫りの人形の間には、何か、アリアがまだ知らない、深い繋がりがあるに違いない、と。そして、それはおそらく、カイが心の奥底に封印してしまった、彼の過去の記憶と、深く関わっているのだろう。

 

アリアは、カイの閉ざされた心を、どうにかして開くことはできないだろうか、と考えずにはいられなかった。そして、その鍵を握っているのは、あるいは、このサーナイトと、この小さな木彫りの人形なのかもしれない、と。

 

しかし、今のカイに、何を言っても無駄だろう。アリアは、深いため息をつくと、カイに背を向け、サーナイトの元へと戻った。

 

「大丈夫よ、サーナイト。私がいるから」

アリアは、そう言って、サーナイトの肩を優しく抱いた。サーナイトは、アリアの温もりに、少しだけ安心したように、その身を預けてきた。

 

アリアは、この小さな木彫りの人形が、いつかカイの凍てついた心を溶かすきっかけになることを、そして、カイとサーナイトの間に、本当の意味での絆が生まれることを、強く願わずにはいられなかった。

 

それは、あまりにも困難な道のりかもしれない。しかし、アリアは、諦めたくなかった。この過酷な戦場で、ほんの僅かでも希望の光を見出すために。そして、大切な仲間であるカイを、深い孤独と絶望から救い出すために。

 

アリアは、胸に抱かれたサーナイトの温もりを感じながら、静かに決意を固めるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。