ポケモン戦争   作:みみほよ

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束の間の絆、レオンとアリア

まったく、ブラッドハウンズってのは、人間のクズの吹き溜まりみてえな場所だ。金のためなら、平気で仲間を裏切る奴、弱い者いじめでしか自分の存在価値を見出せない奴、ただ血を見るのが好きなだけのイカれた野郎。そんな連中が、掃いて捨てるほどいやがった。俺も、そのクズの一人だってことは、百も承知だったがな。だから、誰かと馴れ合うつもりなんて、毛頭なかった。仲間なんてものは、しょせん、いつか裏切るか、目の前で無様に死んでいくかのどっちかだ。そんなもんに情を移すなんて、馬鹿のやることだって、とっくの昔に悟ってた。

 

だが、まあ、人生ってのは、そうそう思い通りにいかねえもんだ。そんな俺にも、いつの間にか、「戦友」と呼んでも差し支えないかもしれねえ、そんな奇妙な関係の奴らが二人ほどできちまった。いや、正確に言やあ、向こうが勝手に俺に絡んできただけなんだがな。俺は、そんなの迷惑千万だってのに、奴らはまるで聞く耳を持たねえ。まったく、どいつもこいつも、人の気も知らねえで、馴れ馴れしくしやがって。

 

一人は、レオンとかいう、熊みてえな図体をした古参兵だった。歳は、俺より十くらい上だったか。いつもニカニカと歯を見せて笑っていて、その豪快な笑い声は、戦場の喧騒の中でもやけに響いた。こいつの相棒は、ドンファンとかいう、タイヤみてえなポケモンだった。あの丸っこい図体で、戦場をゴロゴロと転がり回っては、敵兵や敵ポケモンを面白いように吹っ飛ばしていく。レオン自身も、そのデカい体に見合った馬鹿力で、重機関銃を軽々と振り回し、敵陣のど真ん中に突っ込んでは、阿修羅みてえな戦いぶりを見せる。まあ、はっきり言って、頭のネジが何本かぶっ飛んでるタイプの人間だった。

 

こいつが、なぜか俺のことを妙に気に入ってやがった。俺が一人で武器の手入れをしていると、どこからともなく現れては、「よう、カイ! 今日もいい目つきしてるじゃねえか!」なんて、馴れ馴れしく肩を叩いてきやがる。俺は、その度に、鬱陶しそうにそいつの手を振り払うんだが、レオンはまったく気にする様子もねえ。

 

「お前さん、腕は立つが、ちいとばかり愛想が足りねえな。もっと笑えよ、カイ。戦場じゃ、笑ってる奴の方が長生きするもんだぜ。まあ、俺の持論だがな!」

 

そう言って、またあの馬鹿でかい声で笑いやがる。冗談じゃねえ。俺が笑うことなんて、もうとっくの昔に忘れちまったってんだ。それに、長生きなんぞ、別にしたくもねえ。ただ、あのヘルガーどもに復讐を果たす、その日までは死ねねえってだけだ。

 

レオンは、俺の戦闘能力だけは、やけに高く評価していた。

「お前さんのあのナイフ捌きは、芸術の域だな。まるで、死神のダンスを見てるみてえだ。俺のドンファンも、お前さんの戦いぶりには一目置いてるぜ。なあ、ドンファン?」

そう言って、隣にいるドンファンに話しかけると、ドンファンは「ドゴォン」と、なんだかよく分からねえ返事をする。ポケモンと会話できるなんて、こいつの頭は本格的にイカれてるのかもしれねえな。

 

だが、レオンは、俺のその人間味のない冷たさを、どこか危うく感じてもいたらしい。

「カイよぉ、お前さん、もう少し肩の力抜けよ。そんなにいつもピリピリしてると、いつかポッキリ折れちまうぞ。戦場じゃ、強さだけじゃ生き残れねえ。時には、流れに身を任せることも大事なんだぜ」

 

流れに身を任せる、ね。そんな悠長なことを言ってられるのは、お前みてえに、何も考えずに本能だけで生きてるような奴だけだ。俺は、常に警戒し、常に疑い、常に牙を剥いてなきゃ、いつ背中から刺されるか分かったもんじゃねえ。このクソったれな世界では、それが唯一の生存戦略なんだ。

 

もう一人は、アリアとかいう女だった。こいつは、レオンとは正反対で、いつも冷静沈着で、口数も少なかった。歳は、俺と同じくらいだったか、少し上だったかもしれねえ。すらりとした体つきで、その瞳は、まるで凍てついた湖面のように、静かで深かった。アリアは、部隊の狙撃手で、その腕は確かだった。相棒は、オオスバメとかいう、デカいツバメみてえなポケモンで、こいつを使って上空から敵情を偵察し、遠距離から正確無比な狙撃で敵の指揮官や厄介なポケモンを仕留めるのが得意技だった。

 

アリアは、レオンみてえに、俺に馴れ馴れしく話しかけてくることはなかった。ただ、時折、遠くから俺の様子をじっと見ていることがあった。その視線は、品定めするようでもなく、かといって同情的でもない、何かこう、もっと奥深いものを見透かそうとしているような、そんな不思議な感じだった。正直、気味が悪かったぜ。

 

ある夜、俺が一人で焚き火にあたって、ナイフを研いでいた時だった。アリアが、音もなく俺の隣に座った。

「…カイ」

静かな声だった。俺は、顔も上げずに、ナイフを研ぐ手を続けた。

「何か用か」

「別に…ただ、少し話がしたくなっただけ」

「俺と話したって、面白いことなんざ、一つもねえぞ」

「そうかしら…私は、あなたの瞳の奥にあるものに、少し興味があるの」

 

瞳の奥にあるもの、だと? こいつは、何を言ってるんだ? 俺の瞳の奥なんざ、憎悪と絶望しか詰まってねえ、空っぽの井戸みてえなもんだ。そんなものに興味があるなんて、酔狂な女もいたもんだ。

 

「…お前には、関係ねえことだ」

俺は、吐き捨てるように言った。アリアは、少し悲しそうな顔をしたが、それ以上は何も聞いてこなかった。ただ、しばらくの間、二人で黙って揺れる炎を見つめていた。その沈黙は、不思議と苦痛ではなかった。いや、むしろ、ほんの少しだけ、心が安らぐような気さえした。もちろん、そんなことは口が裂けても言わなかったがな。

 

アリアは、俺の瞳の奥に潜む、深い絶望と孤独を見抜いていたのかもしれねえ。そして、言葉には出さねえが、俺のことを案じていたのかもしれねえ。時々、俺が戦闘で怪我をすると、どこからともなく現れて、手際よく応急処置をしてくれたり、自分の分のレーションを黙って分けてくれたりすることもあった。俺は、その度に「余計な世話だ」と突っぱねていたが、心のどこかで、その不器用な優しさを、少しだけ心地よく感じていたのかもしれねえ。馬鹿な話だ。

 

噂では、アリアは俺に対して、戦友以上の、何か淡い感情を抱き始めていたらしい。他の傭兵たちが、そんな下世話な話で盛り上がっているのを、何度か耳にしたことがあった。冗談じゃねえ。俺みてえな、心も体もボロボロの、いつ死ぬか分からねえような人間に、そんな感情を抱くなんて、よっぽどの物好きか、あるいは、ただの酔狂だ。俺は、そんな噂を鼻で笑い飛ばしていた。アリア自身も、そんな素振りは一切見せなかったがな。

 

俺自身は、レオンのあの馴れ馴れしい暑苦しさを、心底鬱陶しいと感じていたし、アリアの時折見せる気遣いを、不要なもの、邪魔なものと切り捨てていた。俺は一人でいい。誰の助けもいらねえ。そうやって、ずっと生きてきたんだから。

 

だが、まあ、認めざるを得ねえのかもしれねえな。無意識のうちに、こいつらとの会話や、背中を預けて戦う共闘が、俺の荒みきった心に、ほんのかすかな、本当にごく僅かな安らぎみてえなものを与えていたのかもしれねえってことを。それは、まるで、真っ暗闇の洞窟の中で、遠くにかすかに見える、小さな灯火みてえなもんだった。いつ消えるか分からねえ、脆くて、儚い光。だが、それでも、その光があるだけで、ほんの少しだけ、前に進む勇気が湧いてくるような、そんな馬鹿げた感覚。

 

ある作戦で、俺たちは敵の大軍に包囲されて、絶体絶命のピンチに陥ったことがあった。弾薬は尽きかけ、仲間たちは次々と倒れていく。俺も、もうこれまでか、と覚悟を決めた時だった。

 

「カイ! まだ諦めるんじゃねえぞ!」

 

レオンが、血まみれになりながらも、重機関銃を撃ちまくっていた。その隣では、ドンファンが、傷だらけになりながらも、敵の突撃を食い止めている。

 

「カイ! 上を見ろ!」

 

アリアの声が、無線から聞こえてきた。見上げると、オオスバメが、敵の対空砲火をかいくぐりながら、俺たちの頭上に何かを投下してきた。それは、補給物資の入ったコンテナだった。

 

「これで、まだ戦えるはずだ! 私が援護する! あなたたちは、何としてもここを突破しろ!」

 

アリアの冷静な声が、混乱した戦場に響き渡った。俺は、なぜだか、その声に妙な安心感を覚えた。

 

俺たちは、レオンの馬鹿力と、アリアの正確な援護射撃のおかげで、九死に一生を得て、その地獄から脱出することができた。作戦終了後、俺は一人でタバコを吸っていた。レオンが、いつものようにニカニカ笑いながら近づいてきた。

 

「よう、カイ! 今回も、お前さんの活躍は見事だったぜ! 特に、あの敵の隊長機をナイフ一本で仕留めた時は、鳥肌が立ったね!」

「…お前こそ、よく生きてたな。あの状況で」

「ははは! 俺は不死身のレオン様だからな! それに、ドンファンが守ってくれたしよ!」

 

ドンファンは、レオンの言葉に応えるように、「ドゴォン」と誇らしげに胸を張った。

 

そこへ、アリアもやってきた。その顔は、硝煙で少し汚れていたが、その瞳は、相変わらず静かで澄んでいた。

「…二人とも、無事でよかった」

「アリアこそ、あのオオスバメの操縦は見事だったぜ。まるで、空の踊り子みたいだったな!」

レオンが、アリアの肩をバンバン叩きながら言った。アリアは、少し顔を赤らめて、俯いた。

 

俺は、そんな二人を、ただ黙って見ていた。こいつらといると、調子が狂う。俺は、もっと冷酷で、もっと非情なはずなのに。なぜだか、こいつらの前では、ほんの少しだけ、その仮面が剥がれそうになる。

 

「カイ、お前さんも、たまには礼くらい言ったらどうだ? アリアのおかげで助かったんだぜ?」

レオンが、ニヤニヤしながら言った。俺は、チッ、と舌打ちした。

「…別に、礼を言われるようなことは何もしてねえ」

「またまた、照れちゃって。素直じゃねえなあ、お前さんは」

 

レオンの言葉に、アリアがクスリと笑った。その笑顔は、普段の彼女からは想像もできないほど、無邪気で、そして、どこか魅力的だった。俺は、なぜだか、その笑顔から目が離せなかった。

 

クソッたれ。俺は、一体どうしちまったんだ? こんな感情、俺には必要ねえはずだ。こいつらとの関係は、しょせん、戦場だけの、束の間のものだ。いつか、必ず終わりが来る。その時、傷つくのは俺の方だ。だから、深入りしちゃならねえ。そう、頭では分かっているのに。

 

この、レオンとアリアという、厄介で、鬱陶しくて、だけど、なぜか放っておけねえ二人。こいつらとの間に生まれた、この奇妙な絆みてえなものは、過酷な戦場における、本当に脆くて、儚い灯火みてえなもんだったのかもしれねえな。いつ、強風に吹かれて消えちまうか分からねえ、そんな頼りない光。だが、それでも、その光がある限り、俺はまだ、完全な暗闇の中にはいないのかもしれねえ。

 

まったく、皮肉なもんだぜ。ポケモンを憎み、人間を信じられなくなった俺が、よりによって、こんな人間のクズの吹き溜まりで、こんな感情を抱くようになるとはな。人生ってのは、本当に、ろくでもないジョークの連続だ。だが、まあ、そのジョークに、もう少しだけ付き合ってやるのも、悪くねえかもしれねえな、なんて、らしくないことを、ほんの少しだけ、思っちまったんだから、世話はねえ。

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