あの忌々しい要塞都市でのドンパチが終わってから、どうも調子が狂っちまって仕方ねえ。いや、戦闘そのものは、まあ、いつも通りの地獄だった。仲間が何人か犬死にし、俺自身もいくつか新しい傷をこしらえた。だが、そんなもんは日常茶飯事だ。問題は、その後なんだ。あの、白いポケモン。サーナイトとかいう、気味の悪い奴。あいつが、どういうわけか、俺たちブラッドハウンズの行く先々に、まるで亡霊みてえに姿を現すようになっちまったんだ。
最初は、偶然かと思ったぜ。戦場なんてものは、どこもかしこもポケモンだらけだ。たまたま、同じ種類のポケモンが、俺たちの近くをうろついてたって、別におかしな話じゃねえ。だが、それが二度、三度と続くと、さすがに偶然じゃ済まされねえ。しかも、あいつは、ただ姿を見せるだけじゃねえ。まるで、俺の行動を監視でもしてるみてえに、一定の距離を保ちながら、じっとこっちの様子を窺ってやがるんだ。その視線が、また気味が悪くて仕方ねえ。何かを訴えかけるような、それでいて、どこか悲しげな、そんな目つきで、俺を、いや、正確に言やあ、俺だけを、見つめてきやがる。
「おい、カイ。また来てるぜ、お前のストーカーが」
レオンの野郎が、ニヤニヤしながら俺の肩を叩いた。見ると、少し離れた森の木陰に、あの白い影が立っていた。相変わらず、気味の悪いほど静かに、こっちを見ている。
「ストーカーじゃねえ。あれは、敵のスパイかもしれねえだろ」
俺は、吐き捨てるように言った。実際、それが一番あり得る線だった。敵が、エスパータイプのポケモンを使って、俺たちの動向を探ってる。そう考えれば、辻褄は合う。
「スパイにしちゃあ、ちいとばかり無防備すぎやしねえか? それに、あいつ、お前さん以外には目もくれねえぜ。どう見ても、お前に気があるようにしか見えねえがな。モテるじゃねえか、カイ。ポケモンにまで惚れられるとは、隅に置けねえな、ははは!」
レオンは、腹を抱えて笑いやがった。冗談じゃねえ。ポケモンが人間に興味を持つだあ? そんな馬鹿げた話があるもんか。奴らは、所詮、獣だ。本能と、食欲と、縄張り意識だけで動いてる、単純な生き物だ。人間みてえに、複雑な感情なんざ持ち合わせちゃいねえ。ましてや、恋愛感情なんてもってのほかだ。
「ふざけたこと言ってんじゃねえ。何か裏があるはずだ。俺を油断させて、隙を突こうって魂胆かもしれねえ」
俺は、レオンの軽口を無視して、サーナイトを睨みつけた。だが、あいつは、俺の敵意に満ちた視線を受けても、怯むでもなく、ただ静かに佇んでいるだけだった。その態度が、余計に俺を苛立たせた。
アリアは、そんな俺とサーナイトのやり取りを、いつも黙って観察していた。彼女は、レオンみてえに軽口を叩くこともなく、かといって、俺に何かアドバイスをするでもない。ただ、その凍てついた湖面みてえな瞳で、じっと俺と、そしてサーナイトを見つめているだけだった。時折、その瞳に、何かこう、憐れみみてえな色が浮かぶことがあったが、俺はそれを見ないふりをした。
「カイ…あのサーナイト、あなたに対して敵意は感じられないわ。むしろ…何かを伝えようとしているように見えるけど」
ある時、アリアがぽつりと言った。
「何を伝えようとしてるってんだ? ポケモンの言葉なんざ、俺には分からねえし、分かりたくもねえ」
「言葉だけが、コミュニケーションじゃないでしょう? あの瞳を見れば…何か、切実なものを感じるわ。まるで、あなたに助けを求めているような…」
助けを求めている、だと? 馬鹿馬鹿しい。俺が、ポケモンに助けを求められる義理なんざ、どこにもねえ。むしろ、俺の方が、奴らに助けを乞いたいくらいだ。あのヘルガーの夜、俺の家族を返せ、と。俺の平和な日常を返せ、と。
俺にとって、このサーナイトの不可解な行動は、計算外の要素であり、潜在的な脅威でしかなかった。あいつが、いつ牙を剥いて襲いかかってくるか、あるいは、敵に俺たちの情報を流すか、分かったもんじゃねえ。俺は、常にサーナイトの動向に神経を尖らせ、片時も油断しないように心がけていた。夜、眠りにつく時も、ライフルの安全装置を外し、いつでも応戦できるようにしていた。夢の中にまで、あの白い影が出てきやがる始末だ。まったく、いい迷惑だぜ。
ある任務で、俺たちは敵の支配地域を強行突破することになった。道なき道を進み、敵の哨戒網を避けながら、目的地を目指す。そんな緊張感の続く行軍の最中も、あのサーナイトは、まるで俺たちの影みてえに、付かず離れずの距離を保ってついてきやがった。
「なあ、カイ。いっそのこと、あいつを捕まえちまったらどうだ? エスパータイプなら、何かと役に立つかもしれねえぜ。敵の心を読むとか、物を動かすとか」
レオンが、そんなことを言い出した。
「馬鹿言え。ポケモンなんぞ、信用できるか。それに、あいつが素直に捕まるとも思えねえ」
「まあ、それもそうか。だが、いつまでもこうしてストーキングされてるのも、気味が悪くて仕方ねえな」
レオンの言う通りだった。あいつの存在は、俺たちの部隊にとって、目に見えないストレスになりつつあった。他の傭兵たちも、最初は面白がっていたが、次第に不気味がるようになり、中には「あいつは死神だ。あいつが現れると、誰かが死ぬ」なんて、馬鹿げた噂を立てる奴まで出てくる始末だった。
俺は、何度かサーナイトを威嚇して追い払おうとした。石を投げつけたり、空に向けて発砲したり。だが、あいつは、一時的に姿をくらますだけで、しばらくすると、また何食わぬ顔で現れやがる。まるで、俺の忍耐力を試しているみてえだった。
「クソッたれが…! 一体、何が目的なんだ、あいつは…!」
俺は、苛立ちを隠せずに悪態をついた。この、得体の知れない状況が、俺の冷静さを少しずつ蝕んでいくのを感じていた。戦場では、予測不能な事態ってのが一番厄介なんだ。そして、あのサーナイトは、まさにその予測不能な要素そのものだった。
アリアだけは、相変わらず冷静だった。彼女は、サーナイトの行動を注意深く観察し、何か法則性みてえなものを見つけ出そうとしているようだった。
「カイ、あのサーナイト、あなたが危険な状況に陥りそうになると、必ず近くに現れるような気がするわ。そして、あなたが安全になると、また少し距離を置く…まるで、あなたを守ろうとしているみたいに」
守ろうとしている? ポケモンが、人間を? 馬鹿も休み休み言え。そんなお伽噺みてえな話、信じられるわけがねえ。奴らは、気まぐれで、残忍で、そして、常に人間を利用しようと企んでる、狡猾な獣だ。俺は、それを骨の髄まで知っている。
だが、アリアの言葉は、なぜか俺の心の片隅に、小さな棘みてえに引っかかっていた。もし、万が一、本当に万が一だが、あいつが俺を守ろうとしているとしたら…それは、一体どういうことなんだ? 俺に、守られるような価値があるってのか? 冗談じゃねえ。俺は、ただの殺し屋で、人間のクズだ。そんな俺を、ポケモンが守る理由なんざ、どこにもありゃしねえ。
それでも、俺は、あの白い影から目が離せなくなっていた。不審と、苛立ちと、そして、ほんの僅かな、自分でも認めたくねえような、奇妙な好奇心。そんなものがごちゃ混ぜになった感情を抱えながら、俺は、今日もまた、あのつきまとう白い影と共に、このクソったれな戦場を歩き続けるしかなかった。まったく、うんざりするぜ。この状況が、いつまで続くってんだ? そして、この先に、一体何が待ってるってんだ? 考えるだけで、頭が痛くなってきやがる。