まったく、あの白いストーカーときたら、俺の神経を逆撫でする天才かもしれねえな。こっちは、いつ牙を剥かれるかとピリピリしてるってのに、あいつは相変わらず、気味の悪いほど静かに、俺の後ろをついてきやがる。おかげで、こっちは戦闘に集中するどころか、背後の気配にまで気を配らなきゃならねえ始末だ。冗談じゃねえ。こんなんじゃ、いつか本当にヘマをやらかしちまう。
そんな、うんざりするような行軍が続いていたある日のことだった。俺たちブラッドハウンズは、敵の支配地域を強行突破するっていう、またしても自殺行為みてえな任務の真っ最中だった。そこは、鬱蒼としたジャングルで、視界は悪いし、足元はぬかるんでるし、おまけに、そこら中に毒虫だの毒蛇だのがウヨウヨしてるっていう、まさに地獄の一丁目みてえな場所だった。
「おい、カイ! お前、先頭を行け! お前さんの目は、暗闇でもよく見えるらしいからな!」
ジャクソンの野郎が、またしても俺に厄介な役回りを押し付けてきやがった。まあ、確かに、俺は他の奴らよりは夜目が利く方だったが、だからって、こんな危険な場所の先頭を歩かされるのは、たまったもんじゃねえ。だが、命令は命令だ。俺は、チッと舌打ちしながら、ライフルの安全装置を外し、慎重に一歩を踏み出した。
ジャングルの中は、不気味なほど静まり返っていた。鳥の声も、虫の音も、ほとんど聞こえねえ。それが、逆に俺の警戒心を煽った。こういう静けさってのは、大抵、嵐の前の静けさって相場が決まってるからな。
俺は、五感を最大限に研ぎ澄ませて、周囲の気配を探った。木の葉が擦れる音、遠くで何かが動く気配、土の匂いの変化。どんな些細なことでも見逃さねえように、神経を集中させた。レオンやアリアも、俺の後ろで息を殺してついてきている。他の傭兵たちの、緊張した息遣いだけが、やけに大きく聞こえた。
しばらく進んだ時だった。俺の足が、ふと、何か妙な感触を踏んだ。それは、地面に巧妙に隠された、細いワイヤーみてえなもんだった。
「…トラップだ!」
俺が叫んだのと、それが作動したのは、ほぼ同時だった。
カチリ、という小さな金属音。次の瞬間、俺の目の前の地面が、まるで生き物みてえに盛り上がり、そこから、丸くて赤い、目玉みてえなものがいくつも飛び出してきた。
マルマインだ。
しかも、一匹や二匹じゃねえ。十数匹のマルマインが、まるで地雷みてえに、広範囲に渡って地面に埋められていたんだ。そして、そいつらが、ワイヤーで巧妙に連結されてやがった。つまり、一匹が爆発すれば、連鎖的に他の奴らも誘爆するっていう、悪趣味極まりねえ、大規模な連鎖爆破トラップだった。
「クソッ!」
俺は、とっさに後方へ飛び退こうとした。だが、遅かった。マルマインたちは、既に不気味な音を発し始め、その赤い体が、チカチカと点滅を繰り返している。爆発は、もう避けられねえ。
(ここまでか…)
俺の脳裏に、一瞬、そんな言葉がよぎった。ヘルガーの炎、両親の死に顔、そして、このクソったれな戦場で散っていった、数えきれねえほどの命。俺も、ようやく、そいつらの仲間入りを果たす時が来たのかもしれねえな。まあ、それも悪くねえか。こんなろくでもない人生、さっさと終わらせちまった方が、よっぽどマシかもしれねえ。
そんな、諦めにも似た感情が、俺の心を支配しかけた、その瞬間だった。
どこからともなく、強烈な、目に見えない力が、俺の体を襲った。それは、まるで巨大な手に突き飛ばされたみてえな、抗いようのない力だった。
「うおっ!?」
俺は、わけも分からず、後方へ数メートルも吹き飛ばされた。受け身も取れずに地面に叩きつけられ、全身に鈍い痛みが走る。肺から空気が押し出され、一瞬、息ができなくなった。
そして、次の瞬間。
ドゴォォォォォォォォン!!!
鼓膜が破れんばかりの、凄まじい爆音。俺がさっきまで立っていた場所で、巨大な火柱と黒煙が立ち上った。地面が激しく揺れ、周囲の木々が、まるでマッチ棒みてえに吹き飛んでいく。熱風と衝撃波が、俺の体を容赦なく襲う。
もし、あのままあの場所にいたら…考えるまでもなく、即死だったろう。ミンチどころか、塵も残らず消し飛んでたかもしれねえ。
「…な、何が起こったんだ…?」
俺は、咳き込みながら、なんとか体を起こした。全身が、まるで鉛みてえに重い。頭がガンガンと痛む。だが、不思議と、致命的な怪我は負っちゃいねえようだった。
「カイ! 大丈夫か、カイ!」
レオンが、血相を変えて駆け寄ってきた。その顔は、土埃と煤で真っ黒だ。
「ああ…なんとか…」
「ちくしょう、とんでもねえトラップだったぜ…! あと一歩遅かったら、お陀仏だったな…!」
レオンは、爆心地の方を見ながら、顔を青くしていた。アリアも、オオスバメを肩に乗せて、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「…カイ、あなたを突き飛ばしたのは…一体…?」
アリアの言葉に、俺はハッとした。そうだ、あの時、俺を吹き飛ばした、あの目に見えない力。あれは、一体何だったんだ?
俺は、周囲を見回した。すると、少し離れた茂みの影に、見慣れた白い姿が、一瞬だけ見えたような気がした。
サーナイトだ。
あいつが、俺を助けたのか? あの、気味の悪いストーカーが?
サーナイトは、俺と目が合うと、すぐに茂みの奥へと姿を隠そうとした。まるで、自分のやったことを知られたくねえとでも言うみてえに。
その瞬間、俺の腹の底から、訳の分からねえ感情が、マグマみてえに込み上げてきた。それは、感謝なんかじゃ断じてねえ。むしろ、その逆だ。強烈な、屈辱感と、そして、それ以上に激しい、怒りだった。
「てめえ…! 余計なことしやがって…!」
俺は、サーナイトが消えた茂みに向かって、怒鳴りつけた。声が、自分でも驚くほど震えていた。全身の痛みなんぞ、もうどうでもよかった。それよりも、ポケモンに、あの忌々しいポケモンに助けられたという事実が、俺のプライドをズタズタに引き裂いたんだ。
「俺の判断を狂わせるんじゃねえ! 俺がいつ、助けてくれと頼んだ!?」
俺は、意味もなく地面を蹴りつけた。そうだ、俺は、あの時、死を覚悟していた。それでよかったんだ。それが、俺の運命だったのかもしれねえ。それを、あいつが、勝手に、余計な手出しをしやがって。
レオンが、呆気にとられた顔で俺を見ていた。
「お、おい、カイ…何を怒ってんだ? あいつが助けてくれなきゃ、お前さん、今頃…」
「うるせえ! 俺のことは、俺が決めんだよ! ポケモンなんぞに、俺の生き死にを左右されてたまるか!」
俺は、レオンの言葉を遮って叫んだ。そうだ、俺は、ポケモンを憎んでいる。あいつらは、俺から全てを奪った、不倶戴天の敵だ。そんな奴らに、命を救われるなんて、これ以上の屈辱があってたまるか。
アリアが、悲しそうな目で俺を見ていた。
「カイ…でも、あの子は、あなたを助けようとしたのよ…? それは、紛れもない事実でしょう…?」
「助けようとした、だと? ふざけるな! あれは、ただの気まぐれだ! あるいは、何か裏があるに決まってる! 俺を恩に着せて、後で利用しようって魂胆かもしれねえ!」
俺は、自分でも何を言ってるのか分からなくなっていた。ただ、この胸の中で渦巻く、黒くてドロドロした感情を、どこかにぶつけずにはいられなかったんだ。
俺の歪んだプライドが、サーナイトの行動を素直に受け入れることを、頑なに拒否していた。ポケモンに助けられたなんて、そんな事実は、俺の世界ではあってはならねえことなんだ。それは、俺が今まで築き上げてきた、ポケモンへの憎悪という、唯一の支えを、根底から揺るがしかねない、危険な出来事だった。
俺は、しばらくの間、サーナイトが消えた茂みを睨みつけていた。だが、あいつは、もう二度と姿を現さなかった。
「…チッ」
俺は、悪態をついて、その場に座り込んだ。全身の力が、一気に抜けていくのを感じた。爆発の衝撃と、そして、この訳の分からねえ感情の昂りで、もうヘトヘトだった。
レオンが、困ったような顔で俺の隣に座った。
「まあ、なんだ…とりあえず、助かったんだから、結果オーライってことにしとけよ。な?」
「…うるせえ」
俺は、それだけ言って、目を閉じた。瞼の裏で、あの白いサーナイトの姿が、チラついて離れなかった。あいつの、あの静かで、どこか悲しげな瞳。それが、なぜだか、やけに俺の心に引っかかっていた。
クソッたれ。何なんだ、一体。この胸のざわめきは。俺は、ただ、あいつを憎んでいればよかったはずなのに。どうして、こんなにも心が乱されるんだ?
俺は、その答えを見つけられないまま、ただ、重苦しい沈黙の中に身を沈めるしかなかった。まったく、この戦場ってのは、敵だけじゃなく、自分自身の感情とも戦わなきゃならねえってんだから、本当に厄介な場所だぜ。冗談じゃねえ。