ポケモン戦争   作:みみほよ

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アリアの問い

あのマルマインのトラップの一件以来、俺の頭の中は、あの白いサーナイトのことで一杯になっちまってた。いや、正確に言やあ、あいつに対する不信感と苛立ちで、だ。ポケモンに助けられたなんて、考えれば考えるほど腹が立ってくる。俺のプライドはズタズタだし、何よりも、あの忌々しいポケモンが、俺の運命に勝手に介入してきたって事実が許せなかった。

 

その夜、俺たちはジャングルの奥深くで野営することになった。昼間の戦闘と、あの爆発騒ぎで、皆、疲労困憊だった。レオンの野郎は、ドンファンと一緒に、とっくにイビキをかいて寝こけてやがる。他の傭兵たちも、焚き火の周りで、死んだように眠りこけていた。

 

俺は、一人だけ眠れずに、焚き火の火を見つめながら、黙々とライフルの手入れをしていた。銃身を磨き、機関部に油を差し、弾丸を一発一発確認する。この作業だけが、今の俺にとって、唯一、心を落ち着かせることができる時間だった。鉄の冷たさと、火薬の匂い。それが、俺の日常であり、俺の現実だ。それ以外のものは、どうだっていい。

 

「…カイ」

 

静かな声が、背後から聞こえた。振り返るまでもねえ。アリアだ。こいつは、いつもこうやって、音もなく俺に近づいてきやがる。まるで、幽霊みてえに。

 

俺は、顔も上げずに、ライフルの手入れを続けた。

「何か用か。俺は、今、取り込み中なんだが」

「別に、邪魔をするつもりはないわ。ただ…少し、話がしたかっただけ」

 

アリアは、俺の隣に、音もなく腰を下ろした。その手には、彼女の愛用する狙撃ライフルが握られている。こいつも、俺と同じで、武器の手入れでもしに来たのか。

 

しばらくの間、沈黙が続いた。パチパチと焚き火が爆ぜる音だけが、夜の静寂の中に響いていた。俺は、アリアの存在を無視して、自分の作業に没頭しようとした。だが、どういうわけか、彼女の視線が、俺の背中に突き刺さるように感じられて、集中できねえ。

 

「…あのサーナイトのことだけど」

 

やがて、アリアが口を開いた。その声は、いつも以上に低く、そして、どこか探るような響きを持っていた。

 

俺は、ピタリと手を止めた。また、あのポケモンの話か。うんざりだぜ。

「…何だよ。あいつが、どうかしたのか」

「どう見ても…あの子、あなたを守ろうとしているように見えるわ。今日の、あのマルマインの時もそうだった。まるで、あなたが危険に陥るのを、事前に察知していたみたいに…」

 

アリアの言葉に、俺は鼻で笑ってやった。

「守ろうとしてる、だと? 馬鹿馬鹿しい。ポケモンが、人間を守るなんて、そんなお伽噺、誰が信じるってんだ」

「でも、現にあなたは助かったじゃない。あの子がいなければ、あなたは…」

「たまたまだろ。偶然、あいつのサイコキネシスとかいう、よく分からねえ力が、俺の方に飛んできただけだ。あるいは、俺を助けたんじゃなくて、あのマルマインを攻撃しようとして、たまたま俺が巻き込まれただけかもしれねえ」

 

俺は、自分でも無理があると言い訳を並べ立てた。だが、そうでも言わなきゃ、この胸の奥で渦巻く、訳の分からねえ感情を抑えられそうになかったんだ。

 

アリアは、俺の言葉を黙って聞いていたが、やがて、静かに首を横に振った。

「いいえ、カイ。あれは、偶然じゃないわ。あの子の動きは、明らかにあなたを庇っていた。それに…あの子があなたに向ける眼差し…あれは、単なる好奇心や、気まぐれなんかじゃない。もっと…何か、切実なものを感じるの」

 

切実なもの、ね。ポケモンが、そんな人間みてえな感情を持つってのか? 笑わせるぜ。

 

「なあ、アリア。お前は、ポケモンを信用してるのか?」

俺は、アリアの顔を真っ直ぐに見つめて言った。彼女の瞳は、焚き火の炎を映して、揺らめいていた。

「…信用、というのとは少し違うかもしれないわ。でも、彼らにも感情があるということは、信じている。喜びも、悲しみも、怒りも…そして、時には、人間に対する愛情や、忠誠心だって」

 

愛情、だと? 忠誠心、だと? 俺は、思わず吹き出しそうになった。

「はっ! ポケモンが愛情? 冗談きついぜ、アリア。奴らは、所詮、獣だ。本能だけで生きてる、ただのケダモノだ。気まぐれで人間に懐くことはあるかもしれねえ。あるいは、餌をくれる人間に、犬みてえに尻尾を振ることはあるかもしれねえ。だがな、それは愛情なんかじゃねえ。ただの、計算だ。利用価値のある人間に対する、媚びへつらいだ」

 

俺の言葉は、自分でも驚くほど、冷たくて、刺々しかった。だが、それが俺の本心だった。

 

「俺は、ポケモンを信じない。絶対にだ。奴らは、必ず裏切る。人間が、奴らを信じた瞬間、その優しさにつけ込んで、必ず牙を剥く。そして、全てを奪っていくんだ。俺の…俺の家族のように…!」

 

最後の言葉は、ほとんど呻き声に近かった。あの忌々しいヘルガーの夜の記憶が、鮮明に蘇ってくる。燃え盛る家々、両親の悲鳴、そして、あの地獄の番犬どもの、血に飢えた赤い瞳。あの光景は、何年経っても、俺の脳裏に焼き付いて離れねえ。

 

俺の言葉には、あの夜に刻み込まれた、生々しい憎悪と、底なしの絶望が、嫌というほど込められていた。自分でも、柄にもなく感情的になっちまったと思った。だが、もう止まらなかった。

 

アリアは、俺のその言葉を聞いて、息を呑んだようだった。彼女の瞳が、大きく見開かれている。そして、その奥に、深い悲しみと、そして、おそらくは理解の色が浮かんでいるのを、俺は見た。

 

「カイ…あなた…何か、辛い過去があったのね…ポケモンに関する…」

アリアの声は、震えていた。俺は、フン、と鼻を鳴らした。

「…お前には、関係ねえことだ」

「でも…!」

「関係ねえと言ったら、関係ねえんだよ!」

 

俺は、声を荒らげた。これ以上、こいつに俺の過去を詮索されたくなかった。あの記憶は、俺だけのものだ。誰にも触れられたくねえ、聖域みてえなもんなんだ。いや、聖域なんてもんじゃねえな。もっと、ドロドロとした、呪いみてえなもんだ。

 

アリアは、俺の剣幕に押されたように、それ以上何も言わなくなった。ただ、その瞳は、依然として俺を捉えて離さなかった。その視線が、なぜだか、やけに居心地が悪かった。

 

「…何か、心当たりがあるんじゃないの? あのサーナイトのこと…昔、あなたが助けたことがあるとか…あるいは、何か、特別な繋がりがあるとか…」

しばらくして、アリアが、今度はもっと小さな声で、囁くように言った。

 

特別な繋がり、だと? 俺と、あのポケモンに? 馬鹿も休み休み言え。俺が、ポケモンを助けるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ねえ。それに、もし、万が一、そんなことがあったとしても、俺はとっくの昔に忘れちまってる。俺の記憶は、あのヘルガーの夜で、一度リセットされちまったんだからな。

 

「…さあな。覚えちゃいねえよ。たとえ、そんなことがあったとしても、今の俺には、どうだっていいことだ」

俺は、ぶっきらぼうに答えた。そして、再びライフルの手入れに戻った。もう、この話は終わりだ、とでも言うみてえに。

 

アリアは、俺のその態度を見て、深いため息をついた。そして、静かに立ち上がった。

「…そう。分かったわ。もう、何も聞かない」

そう言うと、彼女は、俺に背を向けて、自分の寝床の方へと戻っていった。その背中は、どこか寂しげに見えた。

 

俺は、アリアの姿が見えなくなるまで、その場を動かなかった。そして、誰もいなくなったのを確認すると、大きく息を吐き出した。

 

クソッたれ。何なんだ、あいつは。どうして、あんなにも俺の心を見透かしたようなことを言いやがるんだ。まるで、俺の心の奥底に隠してある、一番触れられたくねえ部分を、的確に抉ってくるみてえに。

 

俺にとって、ポケモンは恐怖と憎悪の対象であり、決して理解し合える存在ではなかった。それは、あのヘルガーの夜以来、俺が自分に言い聞かせてきた、絶対的な真実のはずだった。サーナイトの、あの不可解な行動も、俺にとっては、理解不能な異常行動であり、警戒すべき対象でしかないはずだった。

 

だが、アリアの言葉は、その俺の確固たる信念に、小さな、しかし、無視できねえほどの揺らぎを生じさせちまった。もし、本当に、あのサーナイトが、俺を守ろうとしているとしたら…? もし、本当に、俺とあいつの間に、何か、俺が忘れてしまっているだけの、特別な繋がりがあるとしたら…?

 

いや、あり得ねえ。そんなことは、絶対にあり得ねえ。俺は、そう頭の中で何度も繰り返した。だが、心のどこかで、ほんの僅かな、本当にごく僅かな可能性を、否定しきれずにいる自分もいた。

 

俺は、イライラしながら、ライフルの銃口を磨き続けた。焚き火の炎が、俺の顔を赤く照らし出している。その炎が、なぜだか、あのヘルガーの炎と重なって見えて、俺は思わず顔をしかめた。

 

まったく、ろくでもない夜だぜ。こんなことなら、レオンみてえに、何も考えずにさっさと寝ちまった方が、よっぽどマシだったかもしれねえな。だが、もう遅え。俺の頭の中は、アリアの言葉と、あの白いサーナイトの影で、ぐちゃぐちゃになっちまってたんだからな。冗談じゃねえ。

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