ポケモン戦争   作:みみほよ

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廃墟の罠

まったく、ブラッドハウンズの連中ときたら、俺たちを便利な鉄砲玉くらいにしか思ってねえんだろうな。ジャングルの次は、放棄された市街地の探索だとよ。なんでも、敵さんがお優しいことに、食料だの弾薬だのを置き忘れていってくれた可能性があるらしい。だが、そんな虫のいい話が、このクソったれな戦場に転がってるわけがねえ。どうせ、そこら中に、たちの悪いトラップでも仕掛けて、俺たちみてえな間抜けが引っかかるのを待ってるに決まってる。

 

案の定、その市街地は、まるで墓場みてえに静まり返っていた。崩れかけた家々、割れた教会のステンドグラス、路上に散乱する、かつて誰かの生活だったものの残骸。そして、どこからともなく漂ってくる、あの独特の、甘ったるくて鼻につく腐臭。いかにも、何かヤバいものが潜んでいそうな、胸糞悪い雰囲気だったぜ。

 

「いいか、貴様ら。ここは、敵さんの置き土産で一杯の、素敵なびっくり箱だ。一歩間違えりゃ、中身ごとあの世行きだぜ。目ん玉かっぽじって、慎重に進めよ」

ジャクソンの野郎が、いつものようにニヤついた顔で、だが目は笑っちゃいねえ声で、俺たちにハッパをかけた。

 

俺たちは、いつものように三つの分隊に分かれて、手分けして建物を虱潰しに調べて回ることになった。俺の分隊には、数人の新兵と、そして、例の、あの白いストーカー――サーナイトが、相変わらず、気味の悪いほど静かに、俺の後ろをついてきてやがった。まったく、こいつの神経は、どうなってやがるんだ? 普通、あんな目に遭わされたら、二度と近づこうとは思わねえはずだがな。

 

俺は、街の片隅にあった、古びた劇場に目星をつけた。石造りの、やけに凝った装飾が施された建物だったが、壁には大きな亀裂が走り、正面入り口の立派な柱は半分崩れ落ちていた。舞台袖に繋がる通用口の扉が、辛うじて蝶番でぶら下がっている。中からは、埃とカビの匂いに混じって、微かに血の匂いが漂ってきた。いかにも、何か厄介事が起こった後、という雰囲気だった。

 

「カイ、気をつけろよ。ああいう、曰く付きみてえな場所は、ろくなモンが潜んでねえからな」

隣の瓦礫の山を調べていたレオンが、デカい声で忠告してきた。

「分かってる。お前こそ、その図体で、舞台でも踏み抜いて、奈落の底にでも落ちるんじゃねえぞ」

俺は、いつものように軽口で返しながら、ライフルの銃口を常に警戒しつつ、慎重に劇場の中へと足を踏み入れた。

 

劇場の中は、思ったよりも広かったが、酷く荒らされていた。客席の椅子はほとんどが引き裂かれ、舞台の上には、何かの機材だったらしい鉄屑が散乱している。天井からは、シャンデリアだったものが無残に垂れ下がり、いつ落ちてきてもおかしくねえ状態だった。そして、そこかしこに、新しい血痕と、薬莢が転がっている。どうやら、ここで激しい戦闘があったらしい。

 

俺は、舞台袖から楽屋へと続く薄暗い廊下を進んでいった。目当ては、敵兵が隠したかもしれない武器弾薬か、あるいは、この地域の地図みてえなもんだ。そんなものが、こんな場所にあるとは思えねえが、ジャクソンの命令じゃ仕方ねえ。

 

一番奥にあった、比較的大きな楽屋のドアを開けた、その瞬間だった。

 

部屋の隅の、衣装ダンスの影から、何かが、猛烈な勢いで飛び出してきた。

 

それは、ポケモンだった。いや、ポケモンというより、悪夢そのものみてえな姿をしていた。全身が、まるで研ぎ澄まされた刃物みてえな、鋭利な甲殻で覆われていて、両腕には、巨大な鎌が備わっていた。その複眼は、血のように赤く、飢えた獣の獰猛さと、機械みてえな冷酷さが同居していた。

 

ハッサムだ。ハッサムが、何らかの忌まわしい改造でも施されたかのような、異形の姿。おそらく、敵軍が開発した新型の生物兵器かなにかだろう。

 

「クソッ!」

 

俺は、とっさにライフルを構えようとした。だが、その異形のハッサムの動きは、人間の反射神経を遥かに上回っていた。奴の右腕の鎌が、ヒュン、と風を切る音と共に、俺の首筋めがけて閃いた。

 

(やられる…!)

 

避けきれねえ。そう思った瞬間、俺の体が、またしても、あの目に見えない力で、横殴りに突き飛ばされた。

 

「ぐおっ!」

 

俺は、バランスを崩し、部屋の壁に叩きつけられた。肩を強打し、激痛が走る。だが、それだけだ。異形のハッサムの鎌は、俺の首筋を掠め、壁に深々と突き刺さっていた。もし、あのままだったら、俺の首は、胴体から綺麗におさらばしていただろう。

 

俺を突き飛ばしたのは、言うまでもなく、あのサーナイトだった。あいつは、いつの間にか俺のすぐそばまで来ていて、俺と異形のハッサムの間に割って入るように立ちはだかっていた。その細い体は、小刻みに震えている。だが、その瞳は、真っ直ぐに異形のハッサムを睨みつけていた。

 

「キシャアアアアアアアアア!」

 

異形のハッサムは、獲物を横取りされたことに怒り狂ったように、金属を擦り合わせるみてえな、耳障りな咆哮を上げた。そして、今度はサーナイトめがけて、その両腕の巨大な鎌を、嵐みてえな速さで振り下ろし始めた。

 

「よせ! そいつは…!」

 

俺が叫ぶよりも早く、サーナイトの体が、淡い光に包まれた。そして、次の瞬間、異形のハッサムの動きが、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ鈍った。まるで、見えない壁にでもぶつかったみてえに。

 

サイコキネシス。

 

サーナイトが、その力で異形のハッサムの動きを牽制したんだ。だが、相手は並のポケモンじゃねえ。あの禍々しいオーラは、明らかに異常だ。サーナイトの額からは、玉のような汗が流れ落ち、その顔は苦痛に歪んでいる。異形のハッサムは、すぐに体勢を立て直し、さらに凶暴な勢いでサーナイトに襲いかかった。

 

ザシュッ! ザシュッ!

 

鈍い音が、連続して響いた。サーナイトの白い体に、赤い線が、いくつも、いくつも走る。鎌が、その細い腕を、脚を、そして胴体を、容赦なく切り裂いていく。

 

「サーナイト!」

 

アリアの悲鳴が、部屋の外から聞こえてきた。いつの間にか、レオンとアリアも、この部屋の入り口まで駆けつけてきていた。

 

サーナイトは、血飛沫を上げながらも、決して倒れようとはしなかった。その瞳は、依然として異形のハッサムを睨みつけ、そして、時折、俺の方を心配そうに見ていた。まるで、「あなたは逃げて」とでも言いたげに。

 

馬鹿な奴だ。どうして、ここまでして…

 

「カイ! 今のうちに!」

 

レオンが、重機関銃を構えながら叫んだ。

「こいつは俺たちが引き受ける! お前は、サーナイトを連れて先に逃げろ!」

 

俺は、壁に叩きつけられた衝撃で朦朧としていた頭を、無理やり覚醒させた。そうだ、今は感傷に浸ってる場合じゃねえ。サーナイトが、文字通り、命がけで時間を作ってくれてるんだ。

 

俺は、ライフルを拾い上げ、異形のハッサムの頭部に照準を合わせた。だが、奴の体は、特殊な合金みてえなもので補強されているのか、並の銃弾じゃ、弾き返されちまうかもしれねえ。

 

「ドンファン! あの化け物の動きを止めろ!」

 

レオンの合図で、ドンファンが、その丸い体を高速で回転させ始めた。そして、次の瞬間、まるで巨大な鉄球みてえに、異形のハッサムめがけて突進していった。

 

「ころがる」だ。

 

ドンファンの巨体が、異形のハッサムの脇腹にまともに激突した。ゴシャッ! という、硬いものが砕けるみてえな音が響き渡る。異形のハッサムの体が、くの字に折れ曲がり、壁に叩きつけられた。さすがの改造ボディも、ドンファンの体重と回転力を込めた一撃には耐えられなかったらしい。

 

異形のハッサムは、苦しげな呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。だが、まだ息はある。その赤い複眼が、憎悪に燃えながら、俺たちを睨みつけていた。

 

「とどめだ!」

 

アリアが、狙撃ライフルの引き金を絞った。特殊な徹甲弾が、異形のハッサムの頭部、その僅かな装甲の隙間に吸い込まれていく。異形のハッサムの体が、ビクン、ビクンと痙攣し、やがて、完全に動きを止めた。

 

「…ふう、とんでもねえ化け物だったぜ…」

 

レオンが、額の汗を拭いながら言った。ドンファンも、さすがに疲れたのか、荒い息をしている。

 

俺は、アリアよりも早く、血塗れで倒れているサーナイトの元へ駆け寄った。その姿は、あまりにも無残だった。白いドレスのような体は、もはや原型を留めていねえほど切り刻まれ、赤い血が、床に大きな染みを作っている。呼吸も浅く、その瞳からは、既に光が失われかけていた。

 

「…おい、しっかりしろ! 死ぬんじゃねえぞ!」

 

俺は、自分でも驚くほど、焦った声で呼びかけた。なぜだか、こいつがこのまま死んじまうのが、無性に許せなかった。

 

レオンが、俺の隣に屈み込み、サーナイトの様子を窺った。

「…ひでえな。こいつ、なんでお前を庇ったりしたんだ、カイ? お前、こいつに何かしたのか?」

 

俺は、レオンの問いには答えなかった。ただ、サーナイトの、か細い呼吸を見つめていた。

 

アリアが、救急キットを取り出し、震える手でサーナイトの応急処置を始めた。

「…出血が酷すぎるわ…このままじゃ…」

その声は、絶望に染まっていた。

 

俺は、その光景を、ただ黙って見ていた。こいつは、俺のために、ここまでやったのか? 俺みてえな、何の価値もねえ人間のために?

 

俺の脳裏に、またしても、あの冷たい計算が働き始めていた。こいつは、まだ使える。いや、これだけの忠誠心と、あのサイコキネシスの力。それを考えれば、むしろ、絶対に死なせるわけにはいかねえ。

 

「アリア、代われ」

俺は、アリアの手を押し退け、自らサーナイトの止血を始めた。戦場で培った、荒っぽいが確実な応急処置。俺は、無心で手を動かし続けた。

 

どれくらいの時間が経っただろうか。奇跡的に、サーナイトの出血は止まり、呼吸も、僅かながら安定してきたようだった。だが、意識は戻らねえ。いつ、また容態が急変するかも分からねえ、予断を許さねえ状況だった。

 

「…カイ、お前…」

レオンが、何か言いたそうに俺を見ていたが、俺はそれを無視した。

 

やがて、サーナイトの瞼が、微かに震えた。そして、ゆっくりと、その虚ろだった瞳に、僅かな光が戻ってきた。

 

「…気がついたか」

俺は、低い声で言った。

 

サーナイトは、焦点の合わない目で、しばらく俺の顔を見つめていたが、やがて、自分が生きていることを理解したのか、安堵したような、弱々しい表情を浮かべた。そして、何かを伝えようとするように、俺に向かって、その血塗れの細い手を、おそるおそる伸ばしてきた。

 

俺は、その手を、無言で握りしめた。

 

「お前は使える」

俺は、一切の労いの言葉もなく、冷酷に告げた。

「俺の命令に、絶対服従しろ。それが、お前が生きるための条件だ。逆らえば…処分する」

 

それは、一方的な支配宣言だった。友情も、感謝も、そんなものは微塵もねえ。ただ、道具としての価値を認め、その所有権を主張する、冷たい言葉。

 

サーナイトは、俺の言葉の意味を理解したのか、弱々しくも、しかし、明確な意志を持って、こくりと頷いた。その瞳には、不思議なことに、恐怖や絶望の色はなかった。ただ、変わらぬ、あの献身的な光が宿っていた。まるで、俺のその言葉を、ずっと待っていたとでも言うみてえに。

 

レオンは、俺のその非情なやり方に、さすがに眉をひそめていた。だが、何も言わなかった。戦場では、こういう歪んだ関係が、時には生き残るための唯一の手段になることを、彼もまた、嫌というほど知っているからだろう。

 

アリアは、サーナイトのその健気な姿と、俺の冷酷な態度の板挟みになって、ただ黙って唇を噛み締めていた。その瞳には、深い悲しみと、そして、俺に対する、ほんの少しの軽蔑の色が浮かんでいるように見えた。

 

だが、俺は、そんな二人の反応など、気にも留めなかった。

 

俺は、まだぐったりとしているサーナイトを慎重に抱え上げた。思ったよりも、軽かった。

「行くぞ。こんなところに、長居は無用だ」

 

俺の言葉に、レオンとアリアは、複雑な表情を浮かべながらも、黙って頷いた。

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