使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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Chapter1 異世界召喚編
第1話『使い魔のフリーレン』


 

『魔法の世界は時に、天地がひっくり返るようなことが起きる』。

 魔法はイメージの世界。想像で思いつくことは全て『できる』、『ありうる』と考えること。それが魔法を発現する上で最も大切である。これだけは千年以上生きてても決して変わることのない、絶対的な不文律だ。

 ただし世の中は広く、神話の時代より存在したとされる女神の魔法は、万物を癒し時間を跳躍することすら、可能とされている。要は解明されていないだけで、不可思議なことなどまだまだ多く、想像すらできないことまで、突如起こることだってあるのだ。

 今回のこれ(・・)もまた、その中の一つなのだろうか。千年生きた大魔法使い、フリーレンは思った。

 

 

「あ、あんた……、エルフ……なの?」

 

 

 ここでフリーレンは、眼をこすって上半身を起き上がらせる。

 最初に見えたのは澄み渡った真っ青な空。どうやら仰向けに、大の字で倒れていたようだ。

 次いで目に映ったのが、人影。先ほど自分に向けてかけた声の主であり、少女のようだ。

 一瞬、弟子の姿かなと思ったが……、どうやら違うらしい。桃色がかった金色(ブロンド)の髪を湛えた少女。胸の大きさといい、雰囲気といい、弟子のフェルンとは似ても似つかない風体だ。

 その少女は今、驚きに目を滾らせていた。つぶらな鳶色の瞳を、驚愕の色で染め上げながら、自分を見ている。

「……あなたこそ誰? ここはどこなの?」

 フリーレンは上半身だけ起き上がらせた状態で、周囲を見渡した。立派な西洋風景の建物の中庭にどうやらいるようだ。

 そして自分の周囲には、目の前の桃髪の少女と同じ服装を着込んだ少年少女たちが、これまた揃って唖然とした様子でこちらを見ている。

 

 ……いや、驚きなのは私の方なんだけど。

 

 フリーレンは立ち上がる。すぐ横の地面には、愛用の杖と鞄があった。それも拾って。

 本当にここはどこだろうか? 転移魔法? それともまた時空間跳躍? だとしたら今度はどこに飛ばされたのであろうか? 少なくとも旅の中では見たことのない景色だ。過去の世界って感じではなさそうだけど……。

 そして現在連れ立っている旅の共……、フェルンとシュタルクの二人も、当然ながら見当たらない。

 

(あれ、何してこんなことになったんだっけ……?)

 

 ぼやけた頭で考えを巡らせようとした瞬間、彼女の長耳に、周囲の反応による絶叫が飛び込んできた。

 

 

「え、ええエルフだぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 あまりにも恐怖の色を含んだ声色。さしものフリーレンも、その目に若干、不思議そうな色をにじませる。

 

「おい! ゼロのルイズ! お前なんてもん召喚してやがんだよ!」

「え、エルフ!? 嘘でしょ……その耳、本物なの!?」

「おお始祖ブリミルよ! 今こそ我らをお守りくださいぃぃ!!」

 

 私、もしかしなくても怖がられている?

 

「ちょ、ちょっと聞いているのねえ! あ、あんた……エルフなの……?」

 今度は、フリーレンのすぐ近くにいる桃髪の少女が、硬い声でそう言ってきた。

 油断なく小ぶりの杖を突きつけているが、その手は震えている。

 だが、フリーレンはどちらかというと、彼女の言葉よりも、震える手よりも、杖の方に反応した。

 それは、今までの旅路ではあまり見られないタイプの杖だからだ。

「へえ、面白い杖を使ってるね」

「え、あ……えっ?」

「無駄な装飾が一切ないのに、魔力の通りは十全に出せるように作られている。これだけコンパクトにできるものなんだね。材質は何でできてるの?」

「い、いやその……」

「さっき『召喚』という言葉が聞こえてきたけど、あなたが私をこの地に呼び寄せたの?」

 その質問を受けて、ようやく少女は目を剥いて叫ぶ。

「そ、そうよ! 召喚の儀で、雄大で偉大で美しい使い魔を召喚しようと『サモン・サーヴァント』を唱えたのよ! そ、そしたらあんたが……」

 徐々に声は震えていく。周囲はもう、フリーレンから十メイル以上距離をとって、この様子を、固唾を飲んで見守っていた。

 フリーレンから一番近い距離にいるのがこの桃髪の少女。その少し離れた位置に、禿げた中年の男性。更に桃髪少女の後方に、警戒した様子でこちらを見ている二人の少女……赤い髪と青い髪を湛えた、二人の少女がいる。

 フリーレンはさりげなく周囲の魔力を探った。どうやらここにいる全員が、魔法使いのようだ。

 

「そ、それで、いい加減わたしの質問に答えなさいよ! あ、あんた本当に、え、える……」

「エルフだよ。そんなにこの地じゃ珍しいのかな?」

 きっぱりと肯定すると、周囲の魔法使いの学生たちは、

 

「うわああああああ! やっぱり本物のエルフだぁああああああああ!!」

「逃げろぉおおおおおおおおおおおお!!」

「なに召喚してるんだよゼロのルイズゥぅううううううううううう!!」

 数名を除いて今度こそ、この場から逃げ出してしまった。

 

 

 

(あ~~困った。本当に困ったぞこれはぁ……)

 教職に就いて十数年。『炎蛇』のコルベールは過去最高とも思えるかもしれない緊張感で、体温を上げていた。あまりにも頭頂部に汗を溜めるものだから、陽光を受けて眩しさ三倍増しとなっている。

 トリステイン魔法学院。使い魔召喚の儀。

 古くより伝わる恒例行事にして、学生が進級するのに大事な通過儀礼。

 現れた使い魔によって、主人の今後の属性を見定め、専門課程へと進めていく。当然ながら、一度呼び出した使い魔を変更することは許されない。それほどまでに神聖な儀式として、古くより定められているからであった。

 ……に、してもだ。

 

 召喚で出てきたのは、なんということでしょう。

 このハルケギニアの人類から最も恐れられている強大な亜人、エルフではありませんか。

 

 長い耳と、自分達メイジとはかけ離れた強大な力、『先住魔法』を操る戦士の総称にして、長年に渡り『聖地』を巡って争い合った天敵。

 エルフ一人を打倒するのに、熟練のメイジ十人は軽く必要とされる。それほどまでの実力を持つが故に、恐れられているのである。

 そんな長年に渡る不倶戴天の敵を呼び寄せたのは、学院内では『無能』と謗られている少女こと、『ゼロ』のルイズ。

(色々と受難多き子とは分かっていたけど、まさか『召喚』でエルフを出してしまうなんてな……)

 こんなこと、周囲にバレたら面倒どころの騒ぎじゃない。……いやもう、手遅れかもしれないが。

 コルベールはここで改めて、エルフの少女を見る。

 

 二つ結び(ツインテール)にした白髪、白を基調にした服装。だが足回りは黒のタイツで覆われている。

 丸みを帯びた瞳の色は、一見冷たいような雰囲気を醸し出しつつも、そこまで敵対的なオーラまでは放ってないように見える。どちらかというと、困惑や興味が勝っているような面持ちだ。

 

 普通、敵勢種族たる我々ブリミル教徒に呼び出されたと知ったら、烈火の如く怒り狂うと見ていたのだが……。それにエルフは杖を使わないと聞いていたが、彼女もまた大きな杖を持ち込んでいるのも、妙なものだ。

 とりあえず、無遠慮に暴れる様子までは見られない。それだけは幸いだった。勿論油断は禁物だが……、

(とにかく、なんとか、なんとかして、この場を丸く収めなければ!)

 コルベールは意を決して、エルフ少女に話しかけようとした時だ。

 

「で、あなたはなんで私を召喚したの?」

「なにって! 決まってるじゃない! これは使い魔を召喚する神聖なる儀式なのよ! エルフとはいえ、こうしてあんたが来たんだから、これからはわたしの使い魔として働いてもらうわけ! いい!」

「使い魔? 私が? あなたの?」

(ミス・ヴァリエールぅぅ! 言い方ぁああああああ!!)

 コルベールは内心叫んだ。正直は美徳だし、彼女の長所でもあると思うけど、時と場合を選んでほしいと、とにかく叫びたかった。

 ああもう、対話は無理かな。あんな無作法な言い方じゃ間違いなくこのエルフ少女も内心怒髪天だろうな、戦うしかないのだろうか……。

 薄暗い覚悟をゆっくり決めつつあるコルベールだが、当のエルフ少女はというと。

 

(エルフ)を使い魔か……、北側諸国どころか中央諸国でも聞き覚えのない風習だね。結構いろんなところ、旅してきたと思ったけど……」

 

 顎に手を当て、ふむふむと頷くのみ。どこまでも冷静な反応に、コルベール含めた少女達は、ぽかんと口を開けた。

「中央諸国? なにそれ、あんた、どこから来たの……?」

「……どこって、逆に聞いてもいいかな? ここは一体どこ?」

「トリステイン魔法学院よ。トリステイン国でも屈指のメイジたちが魔法を習う、由緒ある学院なの。……エルフのあんたじゃ、知らないかもしれないけど」

「そうだね。聞いたこともない。そうか……中央諸国の名も届かないほど異国の地ってことか」

 ふぅーん、とエルフの少女は学院の中央で聳え立つ塔を見据えた。

 立派な建造物だ。周囲に色んな魔力による施術もしてある。この少女の口ぶりから察するに、この地域帯では高レベルの魔法を教える場所なのだろう。

 恐らく、今までどの体系にも属さない魔法。ちょっと、ワクワクし始める。

 

「魔法を習っているの?」

「そ、そうよ! なにか可笑しい?」

 

 フリーレンの純粋な疑問に、若干硬い声でルイズは叫ぶ。

「ちょっと興味あるね。どんな魔法があるの? 私を召喚したってことは、あなたも魔法使いなんでしょ?」

 一方のフリーレンは、魔法を習う地であると聞いて、興味津々の様子でルイズを覗き込む。

「え、えっと、その……」

 ルイズは再び、しどろもどろになった。六千年に渡る仇敵が相手ということもあって、どうしても生来の強気が発揮されない。

 エルフの恐ろしさは、幼少期から存分に教育で教えられてきたというのもある。

 まあそれ以上に、『魔法が使えない』という事実から、先の質問にどう答えればいいのか、分からないというのがあったのだが……、

 

「ちょ、ちょっといいですかな? お二人とも」

 

 と、ここで出番だろうとばかりに、コルベールが割って入ってきた。

「話し合っているところ悪いがミス・ヴァリエール。まずは彼女に諸々の状況を説明してあげないと、困ってしまうだろう? ええっと……」

 コルベールは、なるべく失礼にならないような態度で、エルフ少女に問う。

「失礼、ミス。できればお名前を伺っても? 私はコルベール。ここでは『炎蛇』の二つ名で通っている教師だ」

「私? 私はフリーレン。まだ見ぬ魔法や人間を知るために諸国を旅しているんだ」

 フリーレンの答えに、コルベールは唸った。旅をするエルフなんて、当然ながら聞いたことはない。

 いや、普通に考えればあり得ないことはないのであろうが……、どうしたって、『聖地』を阻む番人という姿でしか、エルフを知らないというのもあるのだが。

「そ、そうなんだね。ではミス・フリーレン。ここは先も言った通り、トリステイン魔法学院。そして今は『使い魔』を召喚する儀の真っ最中なんだ、そして、ミスを召喚したのが……」

「このわたし、二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエールってわけよ」

 ここで桃髪の少女こと、ルイズが平坦な胸を反らして名乗った。

 それからコルベールは、この使い魔召喚の儀は神聖なる儀式であるという事、学生の進級が関わっているという事、亜人……特にエルフを召喚したのは前例がないが、一度呼び出した使い魔は絶対に変更ができない事、ここで契約をしないと、ルイズが進級できない事などを、端的に説明する。

 そして、ここからが肝要だぞ……と、コルベールは禿げ上がった頭の汗を拭きたいのを我慢して、続ける。

 

「でだ……、ミス。どうか、どうか発狂せずに聞いて頂きたい。もし、本当にもしよろしければ……、彼女の、ミス・ヴァリエールと使い魔契約を結んでいただけないであろうか……」

 

 コルベール、人生最大の遜り口調で、フリーレンにお願いする。

 彼の脳内では、最悪のシナリオとはどういったものかというのを、思い浮かべているのであった。

 

 もしここで、エルフを召喚したと国に知られたら、王宮でも大変な騒ぎとなる。最悪、彼女を討伐せんと軍隊を差し向ける恐れすらあった。

 そうなった場合、当然ながら血みどろの戦いとなることだろう。そしてエルフを召喚したルイズの立場もまた、今まで以上に窮屈なものとなるのは想像に難くない。

 だが、ここでエルフを使い魔としたのであれば、まだ『使い魔にしたから御せる』と言い訳も利くし、なによりエルフクラスを使い魔としたルイズの立場回復にもなる。……と、思いたい。

 

 勿論これは、フリーレン側からすれば何のメリットもない。言い方を変えなくとも『人間の奴隷になってください』と、言っているようなものなのだから。

 完全な一方通行のお願いになっていることは自覚しているし、それに本心から申し訳なく思うも、そう提示するしか今は方法がない。

 無論、彼女側から何か提示や条件があれば、可能な限り飲む腹積もりではあった。……とはいえ、余りに遜りすぎると「エルフ相手にその態度はどうなんだ」と周囲からの圧もかかりそうなのがまた何とも……。

 

(いやもう、これはオールド・オスマンに指示を仰いだ方がいいかもしれないな……)

 

 もし断られたら、一旦学院長に話を通すことにしよう。

 滝汗を流しながら色んな考えを思い浮かべるコルベールを、よそに、当のフリーレンはというと。

「使い魔になったら、私も学院で魔法を学べる?」

「――――へ?」

「言ったでしょ、いろんな魔法を集めて旅をしているって。どうやらあなた達の扱う魔法は、私が今まで見てきたものとは全く別体系のものかもしれない。純粋に興味があるんだ。だから、それが約束されるなら」

「え、本当に……そんな条件なんかで、いいのですかな?」

 コルベールはもう、何度も確認をとった。

 長年に渡る仇敵が、こんなにあっさりと使い魔になってくれるのか?

 もしかしたら罠なんじゃ……とまで疑って、ここでコルベールは首を振った。

 どんな意図であれ、向こうは快諾の意を示してくれたのだ。それに対し、変に穿った思考は、たとえエルフと言えど失礼というものだ。

 

 しかし、なんというか、想像と違う気がする。

 エルフというのはもっとこう、恐れられている存在と聞いていたのだが……。

 

 ルイズも、コルベールも……、なんなら残ったままの二人の少女すらも、フリーレンのあっけらかんとした態度に、ただただ驚かされるばかりだった。

 しかし、フリーレンは、

 

「いいよ。だって、私にとってはこの契約期間すら『あっという間』のことだろうから」

 

 そう答える。

 この答えに、コルベール達はどういう意味かを聞く術は持たない。ただ、どことなく愁いを残したような表情は、とても人間を『蛮人』と呼び侮るそれとは、程遠いものであった。

「それとも、その契約っていうのは死後でも効果が継続するものなの? 大体この手の契約って、互いのどちらかが生きているまでだよね」

「へ? あ、はい。その通りです。使い魔契約の効力は、主人か使い魔、どちらかが死ぬまでと決まっています」

「やっぱりそっか、じゃあ尚のこと、問題ないよ」

 ここでフリーレンは、ルイズを見る。

「で、あなたは結局、どうするの?」

「え、えっと……」

 再び、ルイズは凍り付く。

 よくよく考えれてみれば、ブリミル教徒の大敵たるエルフを使い魔にするだなんて、周囲から、それこそ家族からも何を言われるか分かったものじゃない。

 だが……、だからといって「やり直しさせてください」なんて、言えるはずもない。言った日にはこのエルフ少女も怒り狂って襲い掛かるとも限らないのであるからして。

 かといって、契約せずにそのまま野放し……、となると王宮も黙っていないだろうし、なにより召喚した者としてそれはどうなの? って気持ちも覚えるわけで。

 どうあがこうとも、彼女に選択肢なんてないのである。

 

「~~っ、わかったわ。あんたと契約する。それでいいんでしょそれで!」

(だからミス・ヴァリエール! 言い方ぁああ!)

 

 本当マジ発狂しだしたら誰が止めると思ってるんだこのぺったら桃髪娘! と罵倒の数々湧き上がるのを必死になって飲み込むコルベール。

 しかし、そんなコルベールの想いとは裏腹に、本当に気にしなさそうな表情で、フリーレンは言った。

「あ、でも一個だけ追加で、お願いがあるんだけど」

「なに?」

「私、旅の連れが二人いるの。フェルンとシュタルク。その二人だけでも、どこにいるのかだけ探したいんだ。それはいい?」

「……その二人も、エルフなの?」

「ううん、人間。ちなみにフェルンはあなた達と同じ魔法使いで、私の弟子だよ」

 それを聞いたルイズはまた、困惑した。

 人間? 人間を弟子に取ってるの? エルフが?

「……長い間ほったらかしたらその分フェルンが怖くなっていくから、本当、早めに見つけ出したいんだ」

 ふるふると体を震わせ、しょんぼりした表情でエルフ少女は言った。

 ルイズ達は再び首をかしげる。なんというか、巷で恐れられているエルフ像と目の前の少女は、本当に同一種族なのかと疑うくらい全然被らない。

「だから、契約中でも二人を探すことだけ約束してほしいかな」

「……わかったわ。わたしこそ、勝手なことしてごめんなさい」

 旅の供から勝手に引き離されたと聞いて、素直にルイズは謝る。それを見たフリーレンは、ふっと微笑んだ。

「ありがとう。じゃあ、どんな風に契約するか、やってみせて」

 むしろ興味津々といった風情で、ルイズに近寄るフリーレン。

 一瞬あっけにとられるルイズも、ようやく覚悟を決めたのか、

「じゃあ、本当にいいのね? 始めるわよ」

 先祖由来の小ぶりの杖をフリーレンの額に向けながら、呪文を唱えた。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。このものに祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

(やっぱり、聞いたことのない呪文だな……)

 今まで聞いたことのない、不可思議な口上。フリーレンは何が起こるのか、内心ワクワクして待った。

 そのうち、ルイズはゆっくりと唇を近づけ、フリーレンの口と重なる。

 

 

 もし天国から見ているのであれば、勇者ヒンメルがとても羨んだであろう光景が数秒ほど、行われることとなった。

 

 

「……はい、終わったわよ」

 やがて、ルイズは口を離してそう告げた。心なしか、顔は赤い。

 エルフで同性とはいえ、ファーストキスである。いろいろと思うところはあったようだ。

 一方のフリーレンは、さして動じない表情で、ルイズを見る。

「……キスが発動の要なんだね。本当に不思議な魔法だ」

「仕方ないじゃないの。そういうもんなんだし」

「で、これから何が起き――――」

 ここでフリーレンは、形の良い麻呂眉をひそめた。

 口から伝った魔力が、身体に渡って左手に集中し始めたのだ。

 思わず左手の方を見ると、手の甲に何か焼き印が刻まれ始めている。

 

「すぐ終わるから待ってなさい。『使い魔のルーン』が、刻まれているだけだから」

 

 ルイズは、手の甲を抑えるフリーレンを見てそう言った。

「ふぅむ、見たことのないルーンだな……」

 隣でコルベールは、フリーレンの左手の紋章を見て、スケッチを始める。

 

 フリーレンもまた、自分の左手の甲をじっくりと見つめる。

 薄っすらとだが、自分の持つ魔力とは全く別の魔力が、せめぎ合うのを感じた。

 主人に対する情愛を働きかける効果とか、不可思議な力とか、複雑に施錠された膨大な量の記憶。

 ざっと調べただけでも、それぐらいの容量を持つ魔力が、一気に送られてきたのである。

 

 

「ふーん、面白い魔法だ」

 

 

 思わず、フリーレンは呟いた。

 今まで見たことのない、巨大な玉手箱を貰ったかのような面持ちで、少し口元を緩めていた。

 

「よし、とりあえず『コントラクト・サーヴァント』は無事終了。こちらは一回で済んだね。ミス・ヴァリエール」

「ええ、……そうですね」

「じゃあ、これでルイズとの契約は完了したってことでいいんだね?」

 ルーンが完全に刻まれたことで、痛みも消えた。フリーレンは改めてそう尋ねる。

「そういうことになるね。……じゃあとりあえずこれにて。ミス・ヴァリエール、このことは一応、学院長オールド・オスマンにお伝えしておくから」

「あ、あの……エルフ召喚で退学なんてことは……」

「そうならないようちゃんと説明しておくから、安心なさい。とりあえず今日の授業は全て休んでいいから、今後のことで彼女とちゃんと話をするんだ。いいね?」

「はい! ありがとう、ございます……」

 涙声で、ルイズはコルベールに礼を述べる。コルベールは、「ははは……」と乾いた笑いを浮かべた後、『フライ』で空を飛び、その場を後にした。

 

「はぁ、つっかれたぁ……」

 コルベールが去った後、ルイズはそれはもう、肩から大きく深呼吸した。

 まさか、ブリミル教徒の大敵であるエルフを召喚するだなんて……。

「本当にもう、なんなのよ……。あんたはぁ……」

「なにって、魔法集めが趣味の、ただの冒険者だよ」

「ああっそう、もういいわ……」

 コルベールからもっと話を引き出せと言われたにもかかわらず、ルイズは早々に会話を打ち切る。なんかもう、十六年真面目に生きてきたつもりなのに、どうしてこうなるの? と、茹った頭の中で疑問符だけが沸き上がっていた。

 当のフリーレンは、そんなルイズの心情など全然良く分からなさそうに、見つめているのであるが。

「なんかこの国、私というか……、エルフを毛嫌いしているみたいだね」

 何かあったの? とルイズに投げかけた問いには代わりに、

 

「そりゃあ、エルフとは『聖地』がらみで今も争い合う関係だもの。冒険者のあなただって、それはご存知の事でしょう?」

 

 先ほどまで、こちらの様子を窺っていた赤髪の褐色少女がそう返した。

 フリーレンもまた、声のする方を向いた。彼女の右隣には使い魔らしきサラマンダー、そして左隣には本を小脇に抱えた青髪の少女がいる。その少女の後ろには、これまた大きい青鱗のドラゴンが控えていた。

 エルフなのに全然大人しいこと、無事契約が成功したということで、二人とも警戒度を下げたようだ。今は興味津々と言った様子で、少女エルフに話しかけてきた。

「あなたは?」

「ああ、自己紹介がまだだったわね。あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・ツェルプストー。キュルケでいいわ。こっちはさっきあたしが召喚した使い魔のサラマンダー、名前はそうね……、『フレイム』にしようかしら?」

 フレイムと名付けられたサラマンダーは、喜びで大口を開いた。そこから軽く火を噴く。

「で、こっちは親友のタバサ。この子はすごいわよ。なんたってウィンド・ドラゴンを召喚したんだから。学院きっての天才メイジね」

 キュルケはぐりぐりと、タバサと呼ばれた少女の頭をかいぐりまわす。タバサはされるがままにされていた。

 どうやらこの二人は、相当仲が良いらしい。

 

「で、ええっと、ミス・フリーレンでいいのかしら?」

「フリーレンでいいよ。ところで『聖地』って、何?」

 

 フリーレンの純朴な質問に、再び驚愕の色を浮かべる三人。

 ずっと無表情だったタバサでさえ、「え?」というような面持ちに変わる。ルイズはもう「いい加減にしてよ」と、疲れた目で訴え始めていた。

 

「いやいや、それは流石に冗談じゃすまないわよ。あなたはエルフなのよね? だったら知っているでしょ。六千年前から今に至るまで続く、あたしたちメイジとエルフの、『聖地』を巡った争いの歴史を」

「全然聞いたことない。大体、エルフという種族自体、絶滅するかもってくらい、ゆるやかに今も数を減らしているのに。人間と争えるくらいこの地では栄えているの?」

「え!? いや……、そう……なの。……え??」

 

 キュルケですら、とうとうフリーズしてしまった。なんか、さっきから全然話がかみ合ってない。

 ただ、フリーレンの目は自分たちを一切騙すような面持ちだけは見られない。それだけは確かだ。大体、嘘を並べ立ててもこの場面では意味もないだろうし。

 本当に彼女は、キュルケが何を言っているのか、さっぱり分からないのだろう。そしてそれは、ある意味ではルイズ達も同じこと。

 エルフのことについて、『今も争っている』以上のことを知らなかった女生徒達は、ただただフリーレンの語るエルフの内情について、置いてきぼりにされていた。

「本当にルイズ達が争っているのはエルフなの? 〝魔族〟じゃなくって? それに聖地って、もしかして〝魂の眠る地(オレオール)〟のことを指しているの? だったら私もそこへ向かって旅している最中なんだけど」

「ちょっと待ってちょっと待ってお願いだからちょっと待ちなさぁああああい!!」

 もう限界とばかりに、大口開けてルイズは迫ってきた。

「あんたなんなわけ! 中央諸国ってなに? オレオールなんて聞いたこともないわよ! 本当にどっからきたのねえ!?」

「……その様子だと、中央諸国どころか、〝統一帝国〟も知らなさそうだね。半世紀以上前(さいきん)発足されたとかいう〝大陸魔法協会〟とかは?」

「なによそれ!? 聞いたこともないわ!」

 うがーっ! と頭をガシガシとするルイズとは裏腹に、フリーレンは一人物思いに耽る。

 魔法に疎いシュタルクも知っていた〝協会〟すら知らないと。

(夢の世界へ行く魔法か、それとも幻覚を見せる魔法か……いや、違うな。この感覚は間違いなく体験できている〝現実〟。それは確かだ)

 少し前、〝女神の石碑〟に触れたことで過去に干渉したことはあった。でも、今回はそれとはまったく別次元の魔法が発動したのかもしれない。

 

(私の知らない大陸。〝異世界へ誘う魔法〟……って、ところかな?)

 

 ここでフリーレンは、空を見上げた。

 どこまでも広がる晴天。その中で薄っすらとだけ見える、二つの月。

 フリーレンのいた世界では、決してお目にかかれないだろう、その双月を見た瞬間、疑問が、確信へと変わった。

 

 

「どうやら私は、まったくの別の世界から来たみたいだね」

 

 

 やがて、断言するかのように、フリーレンは言った。

「へ?」と、周囲は再び、呆然にとられる。

 ルイズは先ほど召喚した、己が使い魔を見る。

 このエルフは、わたしをどこへ連れていくのだろう? そして一体、何を考えているのだろう?

 大きな不安の中でちょっとだけ、小粒のような期待をその身に抱きながら、風で靡く白髪の、長耳の少女の顔を、ずっと眺めていた。

 

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