「これで全員ね!」
村の中でも一際大きな家の部屋。そこはルイズにとって、別の戦場でもあった。
薬師として、医療に携わる者なら決して外せない、『患者を救う現場』。
魔法使いとして、冒険者としてならそれなりに経験を積んできたルイズも、この医療の現場はまだ、初めての経験だった。
「ミス・ヴァリエール! 用意して欲しいと頼まれたもの、全部用意しました!」
「ありがとう、シエスタ」
救助活動が粗方片付いたシエスタとアニエスもまた、頷いてルイズの方を見るのみ。
彼女たちに医療の知識も技術も無い以上、本当に自分だけしか、この苦境を打破できる者がいない。
ルイズは呼吸を整える。……それでも、腕が震えそうになる。
戦いなら、ただ自分が命を懸けるだけだから、その分まだ気が楽だ。
だからこそ、他人の命を自分の手一つでどうにでもできてしまう、この状況が怖いとも思うのかもしれない。
(でも、逃げるわけにはいかないわ。ちいねえさまを本当の意味で治すためにも……!)
ルイズは覚悟を決め、杖を振る。
「怪我している人用の『治療薬』の薬草も、火傷治しの薬草もきちんと覚えている。大丈夫、きっとみんな、助け出せる」
自分にそう言い聞かせながら、ルイズは必死になって、本で学んだ記憶から、調合法を手繰り寄せ始める。
素材は、今までに自分が覚えた『花の素材』で完結させられる。用具も全部、医療用ポーチの中に入っている。
このポーチ、見た目は小さいけど開けば多段式で様々な用具が収納できるようになっている。フリーレンの鞄ほどではないがかなり便利な魔道具なのだ。
これをくれたエレオノール姉さまにも、感謝しないとね。ルイズはそう思いながら、魔法の準備に取り掛かる。
「打撲裂傷に効く薬は学院で何度も作ってきたから問題ないわ。火傷治しの方はまず、風雲花の雫をベースに、微睡み睡蓮の花弁と双月草の白花弁をすり潰して……後は首落ちアサガオの根っこも咲かせないと」
するとその時、ウォーーン! と、オオカミの遠吠えが聞こえてきた。
どうやら村の周辺をうろついていた餓狼の群れが、飢えを凌ぐために村に襲撃をかけてきたのだろう。
村の防衛力も、戦える者が全てに怪我人。そのせいで大幅にダウンしているのだ。
このままでは……!
「ミス・ヴァリエール、医療に集中してくれ。シエスタ殿、ミス・ヴァリエールの支援を頼む」
「え、アニエスさん!?」
「戦える者がいないのだろう? 私が行ってくる」
アニエスはそう言うと、魔改造銃の『Mauser C96』と、愛用の両刃剣を携えて、村の外に出る。
「安心しろ、ここに敵は一匹たりとも寄せ付けやしない。だから、そちらの方は頼んだぞ」
それだけを言い残して。
ルイズは、かつてフリーレンが言ったことを、思い出していた。
『互いにできないことをやるからこそ、チームは機能する』
(だったらわたしも、アニエスの言葉に応えなきゃね!)
ルイズは気合を入れ、解毒薬の準備に再び取り掛かった。
それから数分後。
アニエスの言う通り、敵意ある者が村にやってくることもなく。
ルイズはそのまま、調合の準備を進め、細かいところはシエスタがサポートし。
ようやく最初の調合薬が完成した。
「ほら、これ。あなたのお母さんに飲ませてあげなさい」
ルイズはそう言って、最初に作った薬を、ここまで道案内してくれた少年に渡す。
少年は希望で目を光らせ、その薬を早速、肩に切り傷がある母親に飲ませる。
最初は苦そうに顔を歪めていたから、不安そうな表情をルイズも少年も浮かべていたが……、やがて、激しかった動悸は徐々に収まりを見せていく。
傷口にはすでに薬草を挟んだ包帯を巻いている。とりあえず、これで回復するはずだ。
「……良かった、効いたみたいね」
ルイズの声を聞いて、一安心とばかりに胸をなでおろす周囲。少年も、嬉しそうな表情を浮かべる。
「これをあと、人数分ね……」
「大丈夫ですか? ミス・ヴァリエール」
「大丈夫よ、ここまできたら、やるだけやってみるわ」
その後もルイズは順調に薬を調合し、その都度村人たちに飲ませていく。包帯などはシエスタや動ける村人たちが、てきぱきと巻いていく。
それでも時間を見て包帯を変えたり、治癒の効力をより増幅させる薬の調合などで時間を使い。
完全に仕事が終わった頃はもう、朝日が顔を出していた。
「ふーっ、終わった……」
「結局、一夜明かしちゃいましたね」
村人たちの治療もすべて終えて。
ハルケギニアの太陽が部屋の中を照らし始めたころになって、アニエスも帰ってきた。
「あ、お帰りなさい。アニエスさん」
「そっちはどうだったの?」
「相手は全て、狼の群れだった。数は多かったが、特に苦戦するようなことも無かったな」
そう言って一息つきながら、椅子に腰かけるアニエス。
「治癒薬も一応作っておいたんだけど、いる?」
「いや問題ない。これぐらいで傷つくようなやわな鍛え方はしていない」
アニエスは「はは……」と、どこか渇いた笑いで応える。
「そうですよね、ヴィヴァンおばあちゃんの修行と比べたら……」
「夜通し組手は序の口で、真夜中に目隠しされたまま獣のさまよう森に放置されたり、崖から叩き落とされたりもあったからなぁ……」
「あの時は祖母が大変申し訳ございませんでした……」
「シエスタ殿が謝ることじゃない。あの時味わった地獄が今、こうして糧となっていると実感できるからな」
「あなたも大概ヤバいことさせられてるのね……」
そりゃあ並みのメイジ相手に遅れは取らないわよね……。
ルイズは〝前衛〟務める二人の平民の強さに、改めてドン引きした。
そんなこんなもありながらも、村の非常事態はなんとか解決した。
「本当に、あなた方は命の恩人です。この御礼にどう応えたら……」
初めから怪我とは無縁だった村人たちが、挙ってルイズ達に頭を下げる。
寝不足でぽやぽやしていたルイズは、あくびしながら軽く頷くことで留めた。
「お姉ちゃん、おかげでお母さんが治ったよ! 本当にありがとう!」
朦朧とした意識でも、それだけはルイズの耳に確かに聞こえた。
そのおかげで、ルイズは意識をはっきりさせる。
思えば、こうして見ず知らずの誰かにお礼を言われることなど、今までなかったことで新鮮だった。
学院でも家でも、落ちこぼれだの『ゼロ』だの馬鹿にされ続けた自分が……。
「ええ、あんたもお母さん、ちゃんと大事にしなさいよ」
「うん!」
ルイズはそう言って、少年の頭を撫でる。
自分の目標にちょっとだけ、一歩だけでも近づけたような気がした。
「どうします? ミス・ヴァリエール。仮眠を取ってからサウスゴータへ向かった方が良いのでは? 疲れましたでしょう?」
シエスタは、今にも寝落ちそうなルイズに向かって尋ねる。
「……あんたたちはどうなの?」
「わたしは特に……」
「私も問題ない」
「じゃあ早く行きましょ、これ以上姫さまを待たせるわけにはいかないわ……」
本当は休みたいけど、アンリエッタ姫を待たせるわけにはいかない。ルイズは踵を返して村を出ようとした時。
「え、お姉ちゃんたち、あのお姫さまを探しているの?」
まるで知っているかのように少年がそう聞いてきたので、ルイズの脳は一気に覚醒した。
「き、来ていたの!? この村にアンリエッタ姫さまが!?」
「ええ、丁度昨日のことでしょうか」
その時の少年は、森に出てキノコや山菜などを、母親と共に集めていたらしい。
すると、上空から麗しい恰好をした女性が、落ちてきたというのだ。
女性は杖を使い、魔法で浮きながら自分のところまで落下してきたという。
「……ここは、いったいどこなのですか、ウェールズ様……」
そう呟きながら親子に気付いた女性は、自分はトリステイン国のアンリエッタ姫であること、失踪したウェールズを探したいと、目的を告げてきた。
他国のお姫さまがいきなり現れたことに少年達は驚きながらも村に案内したのだが、当然ながら、村人の誰もウェールズの所在など、知るはずもなく。
「……てな感じで、手掛かりが無いと分かると、お姫さまは『馬を貸しなさい』って言って来たから、その馬に乗って走っていったよ」
「なんてことなの! 惜しいところですれ違っていたなんて!」
ついこの間までアンリエッタ姫がここに来ていたと知り、ルイズは頭を抱えた。
「でも、逆に言えばお姫さまは無事、アウラの手から逃げ出せたってことにもなりますよね」
「確かにな、むしろ良かったんじゃないか? 早いうちに安否を確認出来て」
アニエスとシエスタの言葉に、ルイズはハッとした。確かにそうだ。
どうやったのかは不明だが、彼女はあの首無し騎士団から逃げおおせたという事になる。
彼女もまた、ここアルビオンの大地にいることは間違いないことだろう。
「わたし達、その姫さまを助けにアルビオンに来たのよ! どこ行ったか知らない?」
「ええっ……と、確か『ハヴィランド』に行くって言ってたかな」
「アルビオンの首都ね。……国王に、どういうことかを尋ねに向かった可能性が高いわ」
「でしたら、早く合流しないと危ないんじゃ……!」
船でアウラのことを散々に聞かされた面々は、途端に重苦しい顔をする。
ウェールズすらも〝
おまけにアンリエッタ姫はまだ、アウラのことすらよく分かっていないはずだ。
この状況で首都に向かうのは……どう考えても自殺行為に等しい。
「フリーレンたちとの合流は一旦後回しにして、わたし達もハヴィランドへ向かうわよ!」
勿論、首都へ向かう途中で姫と合流できた方が望ましいが。
事の深刻さをアンリエッタ姫に伝える意味でも、彼女の合流は急務。
ルイズの言葉に、シエスタやアニエスも揃って頷いた。
「ねえ、この村にまだ馬はあるかしら? 出来れば三頭分!」
「ええと……ごめんなさい。馬はその姫さまに貸した一頭しか、今はいなくて……」
少年の案内で馬屋にやってきたが、当然というか馬の姿は一頭もない。
あるのは馬車にしているであろう、車体だけだ。
「ごめんなさい。車体だけはあるんですけど」
「どうしよう……急ぎなのにぃ!」
悔しそうにその場で地団太を踏むルイズ。
の裏で、何故かシエスタは準備体操を始めていた。
「良かった、車体はあるんですね」
「え?」
「シエスタ?」
屈伸したり、足を伸ばしたり、腰を捻ってぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて。
「この車体、お借りしても?」
そう言いながら、シエスタは車体の
「え、まさか、あんた引いてくつもりなの? この車体を!?」
「だって、そっちの方が多分速いですよ? それとも、みんなで走っていきます?」
そう言われると、ルイズは閉口してしまった。
魔法で飛ぶことはできるけど、長距離飛行はまだ、練度不足なのだった。
なにより、一睡もしていない今の精神状態だと、途中で文字通りの『寝落ち』をしてしまう可能性が高い。
体を休めながら移動できるという点で、シエスタの案はまさに渡りに船だ。
「ミス・ヴァリエールだって、ずっと寝ずに薬を作ってましたし。走っている間に眠れていいじゃないですか」
「あ、あんただって頑張ってたじゃない」
「わたしはちょくちょく寝てましたから、大丈夫ですよ! なにより急ぐんでしょう?」
そう言われてしまっては、ルイズとしても頷かざるを得ない。
というより、そうこうするうちにシエスタは村人たちに頼み込んで、車体を人力車のような形に仕立ててもらっていた。
「せめて、途中交代で行こうシエスタ殿。疲れたら言ってくれ。いつでも変わる」
「はい、ありがとうございますアニエスさん!」
そう言うと、シエスタは「早く、乗ってください!」と、ルイズに催促する。
まだ何か言おうとしたルイズはふと、旅のはじめ、シエスタが言ってたことを思い出す。
『子供の頃は、よく山の中を歩き回ってましたからね。歩き疲れて大樹の根の下とか、洞窟の中とか、結構そこで一夜過ごしたことありましたよ』
『学院から首都まで
「じゃ、じゃあ任せてもいいかしら? シエスタ」
ルイズはそう言って、車体へと足を運ぶ。
「はい! アニエスさんもどうぞ、戦いでお疲れでしょうし、ここはわたしが!」
「では、お願いする」
「ええ、では行きますよ!」
シエスタはそう言うと、最後に「ありがとうございます!」と、村人たちに挨拶した。
「ううん、こっちこそ、みんなを助けてくれてありがとうね!」
少年と村人たちは、手を振ってお礼を言った。
ルイズもそれに手を振り返す。……思えば大変だったけど、こうしてアンリエッタに繋がる手掛かりを得られたのは、幸運というほかない。
「な、心のヒンメルに従った甲斐あったろ?」
同じく車体に放り込まれたデルフが、ルイズに向かってそう言った。
ルイズも「そうね」と、軽く相槌を打った。
さて、次の瞬間、ガクン! と車体は激しく揺れた。
馬車よりも、馬よりも速いかもしれない速度で、ルイズとアニエスを乗せた車体は急発進した。
(や、やっぱりどこかおかしいわよあんた……!!)
これが『異世界の人類最強勇者の子孫』とでもいうのだろうか。
衝撃で頭を打ったことと疲労が重なり、あっという間にルイズは気絶という名の眠りについた。
「……んあ?」
微睡みの中、ルイズは目を開ける。
ここはどこだろう? 天井には光輝くシャンデリア。
起き上がって周囲を見渡すと、そこはまるで結婚式場……。
あれ、ここって……?
「あ、気付いた? ルイズ」
「っ、フリーレン! あんたなんでこんなところに!?」
がばっと起き上がるルイズに向かって、フリーレンがやってきたのだ。
「こ、ここは一体どこなの……?」
「前も来たことがあるでしょ? 『夢の中』だよ」
え? とルイズは首を傾げる。そして思い出したように手をポンと叩いた。
どうやらフリーレンが、魔法でルイズを夢の世界へと誘ったようだ。
「まだテスト段階だから安定はしないかもだけど、こうして精神だけでもルイズと合流することができるようになったよ」
「……あれ? でもこれって、元はフェルンが使ってた魔法よね?」
ルイズはきょろきょろと辺りを見渡した。
ということはフェルンもいるのだろうか?
「いや、フェルンはいないよ。今回は私一人でこの魔法をルイズに使ったような形だから」
「……フェルンの魔法を見様見真似で会得したってこと?」
「そんなところだね。空間自体は相変わらず結婚式場だけど、疑似的な再現まではできるようにはなってきたよ」
フリーレンはそう言って、「むふー」と胸を反らす。
今回、自分たちの他には誰もいない。自分とフリーレンだけの空間だ。
「私も今仮眠取っている途中だからね。ルイズも眠ったみたいだし、折角だから使ってみようと思ったんだ。現在の情報共有とか。……あと、大事な話もしたかったし」
『大事な話』に、シリアスな声色をにじませながら、フリーレンは言った。
真剣な顔つきをしていたので、ルイズも真面目になって彼女と対面する。
「まず、そっちはどんな状況?」
「ええとね、アンリエッタ姫さまの行方はつかめたわ。ハヴィランドに向かっているみたい」
だから、フリーレンたちより先に、彼女を見つけてからサウスゴータへ向かうつもりだと、続けて伝える。
「分かった。私もマチルダが大事にしているハーフエルフ……ティファニアがいるかもしれないって情報を掴んだから、今はダータルネスに向かっているところなんだ」
「じゃあ、わたしは姫さまを、フリーレンはティファニアを見つけてから、サウスゴータで集合した方が、無駄が無くていいわね?」
「そういうことになるね、私がいなくて大丈夫そう?」
フリーレンの、少し心配したような質問に、ルイズは「大丈夫よ、シエスタとアニエスがいるし」と、力強く答えた。
情報の共有、及びこれからすることの目的はまとめた。
「……それで、『大事な話』って、なに?」
ルイズはきょとんとした表情で尋ねた。フリーレンは真剣な顔つきに変えて、口を開く。
「……実はこの前、アウラと戦闘したんだ。この地の騒ぎはもう、アイツが元凶と見て間違いはない」
「……ッ!」
大魔族の名前を聞き、思わず息を飲むルイズ。
「どうだったの?」
「撃破したよ。偽物の方を、だけどね」
フリーレンはここで、アンソン街で起こったこと……偽物のアウラと激闘を繰り広げたこと、そいつは『スキルニル』と呼ばれる魔法人形であったこと、アウラに洗脳された人間の中に『魔道具を自在に操れる駒』がいることを話した。
「奴は私が想像した以上に、この地で根を張っているみたいだ。アルビオンの軍勢を食らい尽くした後は十中八九、他国……それこそトリステインの侵略も視野に入れているだろうね」
「……」
フリーレンの言葉に、ルイズは拳を握り締める。
勿論、そんな真似は絶対にさせない。
「それで……倒せそうなの? その、本物の方をよ?」
「正直分からない。現時点だと『アウラを安全に撃破できる』というイメージを、構築できないままなんだよね」
ルイズはそれを聞いて、緊張で冷や汗を流した。思わず握る拳の中にも、汗が溜まっていく。
――魔法使い同士の戦闘において、『勝利をイメージできない』はかなり不安定な信号。自分が負ける姿が思い浮かんだら危険信号。
その言葉を思い出したのだ。
「一方で、アイツは私を打ち倒す気満々でいる。何かしらの策を練っている可能性は高いね」
「どんな策なの?」
「それが分かったら苦労はしないよ。でも……アウラは私の『本来の魔力量』を見ているにもかかわらず、まだ私を〝
普通に考えれば、こと『魔力勝負』において、五百年分の魔力しかないアウラに対し、千年以上の魔力を持つ自分が負ける道理などない。
だが……それを踏まえてもなお、奴は自分に勝つ気でいる。
その不気味な余裕と執念が、フリーレンに『勝利をイメージさせない』要因になっているのだろう。
急激に魔力を上げる手段でもあるのか、それともこちらの魔力を大幅に消耗させる策でも思いついたのか……。
「これはまだ、アウラ『本人』と会ってないから何とも言えないだけかもしれないけど……こういう状況だから、ルイズ達も気を付けてね。特に偽物でもアウラと出会ったらすぐに撤退すること。アニエスやシエスタでさえ、安全とは言い切れないんだから」
「え、ええ……分かったわ」
少なくとも、スキルニルアウラでもシエスタやアニエスの持つ魔力量を遥かに凌駕しているらしい。
どんなに強くとも、操られたら終わりなのだ。
つらつらとアウラに対する注意事項を聞いている内に、ふとルイズは思い出す。船での会話の一幕を。
『ただし、
「ねえフリーレン、前に船でさ、わたしが頑張ることが前提の作戦があるようなこと、仄めかせていたわよね?」
あれって結局何なの? 首を傾げて尋ねる。
すると、フリーレンは更に神妙な顔つきになって、ふと手を差し出した。
「その話をする前に、もう一人、ここに呼びたいのがいるんだ」
フリーレンはそう言って、掌の上に魔力球を作り出し、それを床に放る。
すると、魔力球は一本の剣、デルフリンガーになったのだ。
「んがっ!? な、なんだここぁ!?」
「で、デルフ!? フリーレン、あんたが呼びたかったのって、デルフリンガーだったの?」
「そうだよ」
なにがなにやら分からず混乱するデルフに、ここは夢の世界であることを簡潔に説明するフリーレン。
「夢の世界ねぇ……前に娘っ子の姉さんを助けたような、あの世界ってことか」
「そういうことだよ。……話がそれたねルイズ。デルフを呼んだのは、さっきのルイズの質問に答える意味でもあるんだ」
はて、ルイズは疑問符を浮かべる。
対アウラの作戦にデルフがどう関わっているのだろうか?
すると、フリーレンはこう続けた。
「正確には、ルイズの中に眠る『本来の系統』が、アウラ突破の鍵となる可能性は高い」
それを聞いたルイズは、思わず身を乗り出す。
「分かったの!? わたしの系統、四大系統のどれになるの!?」
「落ち着いて、ルイズ。その前に、デルフにいくつか聞きたいことがあるんだけどさ」
「なんだ?」
デルフはかちりと鍔を鳴らして、フリーレンの言葉を待つ。
「デルフって、六千年前から存在したって前に言ってたよね? その時のことって、何か覚えている?」
「うぅん……いや、まあ、どうだったかな……」
うんうん唸りながらも、最終的には「わり、覚えてねえ」と、淡白に返した。
この質問に何の意味があるのよ……! 長年不明だった自分の系統に関する話なだけに、ちょっとルイズはやきもきし始めた。
「じゃあ、ブリミルや『ガンダールヴ』については?」
「ああ……そりゃあ……ああそうだ、一つ思い出したぜ。俺は大昔、ブリミルが使役していた使い魔、『初代ガンダールヴの剣』だったんだ!」
これは思い出せたとばかりに、デルフは大声で宣言した。
「え、ブリミルの使い魔が使っていた剣!? あんたが?」
これにはルイズも噓でしょと首を振るばかり。
『勇者ヒンメルの剣』、『古代竜を討ち取った剣』というだけでも贅沢過ぎる称号だと思っていたのに、この上更に『始祖の使い魔が使っていた剣』でもあったなんて!
「その『初代』について、何か覚えている?」
「うんにゃ……出てこねえけど……うん……でも、お前さんに近い……エルフだったような……そう、エルフだった気がする!」
「凄い爆弾発言ばかりじゃないの……」
この上、更に『初代ガンダールヴ』の使い魔がエルフかもしれない可能性が出てきた。
もしこれをハルケギニアで言い触らそうものなら、最悪、異端呼ばわりされてこの大陸から追放処分を受けることだろう。
「私のようなエルフがブリミルの使い魔か……面白い話だけど、また話が脱線するからとりあえずはこのくらいにするとして」
「そ、そうよ! その大昔の伝説とわたしの系統に、何の関係性があるのよ!」
ルイズは身を乗り出して詰め寄ったが、フリーレンは冷静な視線でルイズを見て、こう続ける。
「逆にルイズはまだ分からないの? ここまで色々並べ立てられたら、思うところは出てくるでしょ?」
それを聞いたルイズは、ふととある一幕が脳裏に去来した。
それは……フリーレン召喚当日。その日の夜。彼女から色々な話を聞いていた頃の記憶。
じゃあ、ルイズの系統は『虚無』なの?
途端に、身体が、声が、極度の緊張で震え出した。
何故かは分からない。でも、ここまで状況を並べ立てれられるともう……!
「う、うそよ……だって……」
「ルイズが私につけた
「ぐ、ぐうぜんよ、そう、ぐうぜん……」
「あり得ない魔力量、爆発する原因、『ガンダールヴ』、そして未だ解消されない、魔力経路を阻む障壁。それは一つの事実に帰結するんだ」
「な、なんで今まで……黙って……て……!?」
「ごめん、オスマンに止められたんだ。その力を誰かに悪用されないように、しばらくは誤魔化してほしいって」
でも……と、フリーレンは続ける。
ルイズが先ほど、『薬師』として村人を助けた話を聞いてもう、明かしても問題ないだろうと。
「ルイズはいろんな経験を経て成長した。私が『大丈夫』だと思ったからこそ、今明かすんだ」
そうしてフリーレンは、再び手をルイズに差し出す。
二つの魔力球が、今度は形成された。
その内の一つは、最近フリーレンが読んでいる『何も書かれていない、古惚けた書物』へと姿を変える。
「これって……!」
「そう、ルイズの家から貰ってきた魔導書だ」
フリーレンはまず、浮かせたその本をルイズに渡す。
思わずめくってみるが、やはりというか何も書かれてなどいない。
だが、フリーレンは断言する。
「それは間違いなく、始祖ブリミルに由来する書物だ。何度も読み込んで確認した。多分だけど、これが本物の『始祖の祈祷書』だろうね」
「あぁ……確かにそれは見覚えがあるぜ! そうだそうそう! ブリミルが持ってた!」
デルフまでそんなことを言い始めて、ルイズは身体中を震わせた。
次いで、フリーレンの手のひらの上にある、水色の光球の方を見つめる。
「じゃ、じゃあそれは?」
「覚えてる? ラ・ロシェールでアンリエッタ姫が、私達の宿に訪ねてきたことがあったでしょ?」
最近のことだ。勿論、忘れるはずもない。
「その時、私は姫さまの手の甲じゃなく、『指輪』の方に接吻をしたことも覚えている?」
「ええ……何やってるのかしら? って思ってたけど……?」
「多分だけど、あの『指輪』こそが、もう一つの始祖由来の秘宝なんじゃないかなって思ったんだ。それぐらい強力な波長を、あの指輪から感じたから」
当然ながら、これは長年かけて魔力探知を練磨したフリーレンでしか気づけない、僅かな波長であったのだが。
「指輪に接吻して、多少その魔力を『借り受けた』。この光球は指輪の中に眠っていた魔
力の一部だ」
しれっととんでもないことをしていたことを告白するフリーレン。
だが、今のルイズにはそれを咎める余裕がなかった。
フリーレンはそのまま、光球を指輪へと姿を変える。アンリエッタがはめていた指輪そっくりに。
「おお、それも覚えがあるぜ! 『水のルビー』だろ! ブリミルが直々に力を分けた、『四の四』のうちの秘宝の一つ!」
再び、デルフはかちかちと鍔を鳴らして叫ぶ。
「ルイズ、この指輪をはめて、もう一度その本を開いてみて」
フリーレンはそう言って、疑似的に作成した『水のルビー』を渡した。
ルイズはもう、口から心臓が飛び出るんじゃないかと思うくらい、緊張と動揺に支配されていた。
それでも、震える指で指輪をはめ、汗ばんだ手で、もう一度『本物の始祖の祈祷書』のページを開く。
(もし、もしこれが本当なら……そうだとしたら……)
ぱらぱらと、ゆっくりとページをめくっていく。
すると、今度は指輪が急に光り始め、それと同調するように、本も輝き始めた。
(ブリミル、わたしは、わたしは……あなたを……!!)
次の瞬間、空白のページに文字が踊り始める。
古代のルーン文字。真面目に勉強していたルイズは、すらすらとその古代語を読み解いていく。
これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。
神は我にさらなる力を与えられた。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。四にあらざれば零。零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。
資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。
……そこまで読み解いたルイズは、ここでフリーレンと、デルフの方をそれぞれ見つめた。
「魔力経路が解放されたね。障壁が除去された。これでルイズは、かつてブリミルも使っていたという伝説の系統、『虚無』に目覚めたというわけだ」
フリーレンの言葉に、ルイズはしばし放心した。
始祖に選ばれたという、重い責務が、彼女に言葉を紡がせなかった。
主人にとって必要なものを全部自力で持ってくる、というのをある種一番実践している使い魔の鏡フリーレンさんな回。