使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第97話『対決、人食い(パーティ)①』

 

 

「……はぁ、慣れない芝居は疲れるわぁ」

 

 横倒しになった丸太に腰掛けながら、エルザは自分の肩をもみほぐす。

 隣には、()()()姿()()()()ラルカスが、干物を大口を開けて齧っている。

 

「それにしても、本当に凄いな。これが『先住魔法』なのか。人間だった頃そっくりの姿に戻れるとは」

「エルフほど精霊の力を扱えないとはいえ、『姿を自在に変えること』ぐらいなら、わたしでも造作もないわ」

 

 こともなげに答えながら、エルザも焚き火の傍らに置いてあった焼き魚を手に取る。そして、()()()()()()()()()()から目を背けるように、ガジガジと齧り始めた。

 

「……吸血鬼も我慢はできるのだな。目の前で寝ているというのに」

 

 ラルカスはそう言って、すっかり眠りこけているシエスタとアニエスの二人を見つめた。

 

「仕方がないじゃない。『生け捕りにしろ』って、アウラ様に言われてるんだし。勝手なことして、首を落とされたくはないしね」

 

 エルザはそのまま、魚を骨ごと一口で頬張った。

 急にやってきたシエスタたちを油断させ、飲み物に『眠り薬』を盛って眠らせることができたのがつい先ほど。

 遅効性ということもあり、シエスタの予知も働かなかったようだ。

 車体にいるルイズも、まだぐっすりと眠っている。つまり今、彼女たちは全員、エルザとラルカスの胸三寸といった状況だった。

 

 当然ながら、この村の住民たちがいないのはこの人喰いの怪物たちの所為。逆に言うと「食事」を済ませているがゆえに年若い女子三人が無防備でも、襲わないだけの理性はまだ残していた。

 

「さっきリーニエお姉ちゃんから手紙が来たよ。『こっちに向かうから、捕まえた連中を差し出す用意をしておけ』って」

「例の姫さまもか?」

「多分。ってか、そっちが本命なんでしょ?」

 

 数時間前に発見し、密かに捕まえておいた『アンリエッタ姫』は、この村にある家屋の地下室で、眠らせたまま監禁してある。

 彼女も自分たちの『親子芝居』に何の疑いも持たず、あっさりと信用してきた。捕らえることなど造作もなかった。

 

「本当、つまんないくらいにあっけないよね。あれで一国の姫さまなんだって? 人間の国って、強さが全てじゃないのね。よくわかんないの」

「人の国は、強さだけで序列を決めるわけではない。血統、才能、財力、人脈、実績、そして時勢。それらが複雑に絡み合って成り立っているものさ」

「なによそれ、めんどくさそう」

「気持ちは分からなくもない。人の身であった頃の私も、実を言うと辟易していたものだ。弱肉強食とまではいかずとも、もう少し単純であるべきだろう」

 

 ここで、人間の姿を模したラルカスは立ち上がる。

 

「さて、彼女たちも縛っておくか」

「わたしがやるよ。おじちゃん、姿は人間でも実際はミノタウロスのままだからね。おじちゃんの腕力で縛ったら、きつすぎて死んじゃうわよ」

 

 エルザはそう言うと、家の壁に掛けられていた縄に向かって『精霊の魔法』を発動させる。

 

「精霊よ、縄に宿る意思よ、我に仇なす者を封じよ」

 

 ハルケギニアの亜人が扱う『先住魔法』。

 草木や大地、果ては人工物に至るまで、森羅万象に宿る『精霊』に魔力を与え、その代わりに力を貸してもらう魔法だ。

 使用すると嫌な顔を浮かべるリーニエがいないため、今は好きに魔法を使っていた。

 縄が一斉に浮き始めたかと思うと、そのままシエスタやアニエスの体に巻き付いていく。

 

「便利なものだな」

「自然の力をそのまま借りているからね。効果は絶大よ。……あとは、こいつね」

 

 エルザはそう言うと、車体の方へと歩いていき、その中にいるルイズを見る。

 彼女は未だに眠りこけている。こんな状況に陥っていることなど、露知らずに。

 

 ま、こんな状況になってまで眠っている方が悪いわよね。

 そう考えながら、エルザは魔法を使い、縄をルイズの方にも手繰り寄せる。

 

「ついでに『眠りの魔法』もかけておくか」

 

 最初から寝ていたこともあって、まだ彼女には睡眠薬を盛っていない。

 だが、途中で起きてこられるのも面倒だし、眠りはもっと深くしておこう。

 

 

「水よ。尊き命の水よ。この者に、安らかなる眠りを与えよ」

 

 

 すると、エルザの両手の間に一粒の水滴が出来上がる。

 これは先ほど、シエスタやアニエスに気づかれぬよう盛ったものと同様のものだ。一度飲み込めば、常人なら二日ほどは目を覚まさない。

 

 エルザはそれをルイズの口元へと垂らす。

 これで間違っても、彼女たちが起きてくることはない。二日もあれば、彼女たちの身柄は先に捕まえた姫さま同様、ハヴィランドへと運ばれることだろう。

 

「さて、仕事も済んだことだし……どうする、おじちゃん。また別の村でも襲う?」

「……理性を保つには、私は『人食い』を続けねばならん。アウラ殿の命を果たしつつ、そのおこぼれに与るしかあるまいて」

 

 数日前、リーニエの頼みでこのアルビオンにやってきて、紆余曲折の末にアウラと接触し。そして今は、新たな『首切り役人』として、アウラの下で動くこととなったエルザとラルカス。

『人を食う』という習性ゆえに、人間社会から受け入れられない存在である自分たちを、アウラは特に異を唱えることもなく受け入れた。

 リーニエの嘆願があったことも、多少は影響しているのだろうが。

 

『ふぅん、あんたたちも人を食うが故に人間たちから疎まれていると……。いいわ、私の役に立つ存在で居続けると誓えるのなら、操らずに部下として使ってあげる』

 

 これも一興とばかりに、アウラは人食いの亜人である自分たちを受け入れたのだ。

 彼女からすれば、自分たちの存在など『駒』程度に過ぎない。それは態度から容易に察せられたのだが……それでも、寄る辺のないエルザたちからすれば、ありがたい話でもあった。

 

 なにより、彼女――アウラは間違いなく『強い』。

 そのことだけは、もはや疑いようもなかった。

 

「国そのものを傀儡とするか……。あの魔法を見せられたら、確かに我らの技術など児戯にも等しいのだろうな……」

 

 ラルカスの感嘆めいた言葉に対し、エルザは無言だった。

 確かに庇護を受けられる場所は手に入れた。だが……本当にこれで良かったのだろうか。

 そんな様々な不安が胸中を巡っているかのような顔つきだった。

 その時だ。

 

 ドガン! と爆発音がエルザの背後、車体の方から響き渡る。

 

「――――え?」

「な、なんだ……!」

 

 車体の周囲に、ちぎれた縄が飛び散る。

 どういうこと? 理解の追いつかないエルザとラルカスをよそに――。

 

「……あんたたち、これは一体どういうことかしら?」

 

 なんと、車体から起き上がってきたのは……さっきまで眠っていて、さらに追い打ちとばかりに『眠り薬』を盛ったはずのルイズだった。

 彼女は今、金色(ブロンド)の混じった桃髪を揺らし、鳶色の瞳に怒りを滾らせながら、亜人二人に杖を突きつけていた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 夢の世界にて。

 

「……分かったわ。じゃあ、後は何とか頑張ってみる」

「うん、期待しているよ、ルイズ」

 

 既に粗方話を終えたルイズと、フリーレン、そしてデルフの三人。

 自身がまさかの伝説の系統、『虚無』であったこと。それに対する思いや葛藤、アウラへの対抗策なども、全て議論済みである。

 この時交わされた会話については、また後々、詳細に記載する。

 

 とりあえず今は、自分が『伝説の系統』であるという事実を、幾分か冷静に受け入れていた。

 ちなみにこの時はまだ、新たな『虚無魔法』を会得することはできなかった。『水のルビー』が本物ではなかったからだろう。

 

「……そろそろ現実世界も気になるわね。もう姫さまに追いついたかしら?」

「一度戻ってみれば? 目を瞑って『現実世界に帰る』って念じれば、目が覚めるはずだよ」

「そうね、じゃあ一旦ここで解散しましょ――――」

 

 その時だ。

 ルイズはこてんと、その場に横たわった。

 

「……ルイズ?」

「どうした娘っ子?」

 

 これにはフリーレンもデルフも、疑問符を浮かべるばかり。

 だが、ルイズ自身も何が起きたのか、本気で理解できない様子で呟く。

 

「う、動けない……!」

「動けない?」

「わ、分からないの……でも、口以外、ゆ、指一本動かせなくて……!」

 

 ルイズの慌てた様子に、フリーレンも表情を引き締め、彼女の体に手を触れる。

 すると、麻呂眉を険しく寄せて呟いた。

 

「……魔法だ。ルイズにさらに『眠りの魔法』を、誰かがかけたみたいだね」

 フリーレンの結論に、ルイズは「え!?」と目を見開いたまま叫ぶ。

 

「現実世界で、何かあったんじゃねえか?」

 デルフの問いに、「だろうね」とフリーレン。

「ど、どうしよう……!」

「夢から起きられそうもない?」

「無理よ……目を瞑れない……もの……!」

 

 口以外、全身が麻痺したように動かないルイズに、フリーレンは真剣な表情を浮かべながら、その体に手を添えた。

 

(これまた初めて見る術式だ。自然そのものが魔法となって介入してきたような……)

「もしかしたら、これって『先住魔法』なのかもしれねえな」

 

 先に答えを告げたのは、デルフだった。

 

「え、せ、先住魔法って……?」

「ああ、吸血鬼やコボルト神官(シャーマン)、あとエルフが使う、『万物の理』に沿う魔法。要は、どこにでも存在している自然の力を利用した力だ。相棒だってエルフなら……」

「なるほどね。見るのは初めてだけど、原理は分かった」

 

 フリーレンは顎に指を当て、ふむふむと頷いた。

 

「相棒の世界じゃ、あんまり精霊の力は馴染みがねえみてえだな」

「まあね。理解できないわけじゃないけど」

「ちょ、ちょっと待って。じゃ、じゃあ今、外じゃその亜人の襲撃を受けているかもしれないってこと?」

 

 ルイズの心は焦りで満たされていく。

 シエスタやアニエス。あの二人なら並大抵の者には後れを取らないだろうけど……自分がこんな状況になっているとなると、もしかしてかなりヤバい状況なのかもしれない。

 

「は、早く、早く起きないと……!」

「ちょっと待ってて、ルイズ。もう〝解析〟が終わるから」

 

 フリーレンの言葉に、再び「え?」と呟くルイズ。

 だが次の瞬間、自分に触れていたフリーレンの手から、眩い光が発せられる。

 すると、ルイズは再びすっくと起き上がることができた。

 

「……え? あれ、起き上がれた?」

「随分古めかしい術式だ。確かに強力だけど『目新しさ』がない。私の世界で構築された魔法理論を、ちょっと応用するだけで解除できたよ」

 

 おそらく、この世界で六千年以上もの時をかけて受け継がれてきた、原始にして完成された魔法なのだろう。

 術式は単純。故に強固。余計なものが何一つないからこそ、力尽くで打ち破ろうとすれば、この世界における、高位の魔法使いであろうと相応の苦戦を強いられる。

 

 だが――今回は相手が悪かった。

 

 魔法を見て、読み解き、観測し、分解し、そして打ち破る。

 千年以上もの研鑽を積み重ねた『大魔法使い』にとって、『未知』であることと、『難解』であることは同義ではない。

 

 一度その原理を見抜いてしまえば、あとは術式の綻びに指をかけ、解きほぐすだけ。

 

 六千年の歴史を持つ『先住魔法』。

 その眠りの枷を解くまでに、フリーレンが要した時間は――僅か数秒だった。

 

「……おでれーた。やっぱり相棒もすげえな。こんな形であっさり『先住魔法』を突破しちまうなんて」

「多分だけど、同じような魔法にシエスタやアニエスもかかっている可能性が高いね。ルイズ、起きる前にこっち向いて」

 

 言われた通り、ルイズはフリーレンの方へ向き直る。

 フリーレンは指先を光らせると、それをルイズの額に当てた。

 

「さっきの『眠り魔法』を解除する力を、ルイズの〝一般爆裂魔法(エクスプロージョン)〟に付与した。シエスタたちが眠っているようだったら、それを使って。そうすれば起きるだろうから」

 

 そう言うと、フリーレンはルイズとデルフの意識を、強制的に現実世界へと戻した。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「答えなさい! あんた達、わたし達をどうするつもりだったの!?」

 

 そうして、なんとか現実世界で目を覚ますことに成功したルイズ。

 目を覚ました瞬間、自分の身体に縄が這い寄り、今まさに縛り上げられようとしていることに気づいた。

 ルイズはそれよりも早く杖を取り出し、〝一般爆裂魔法(エクスプロージョン)〟で縄を吹き飛ばして立ち上がったのだ。

 

「どういうことだ! 眠らせたはずではなかったのか!?」

 

 人間の姿を模したラルカスが、エルザに向かって叫んだ。

 

「し、知らないわよ! どうして……確かに『精霊の魔法』を行使したはずなのに……!?」

 

 自分の眠り魔法に一度嵌れば、間違いなく二日以上は昏倒しているはずなのに……。

 今までこんなことなど一度も経験したことがなかったエルザも、思わず声を荒らげる。あまりに動揺していたためか、その口元から鋭い牙が覗いていた。

 もちろん、それを見逃す今のルイズではない。

 

「あ、あんた……吸血鬼なの? もしかして……わたしたちの血を吸うために……!?」

「……チッ!」

 

 吸血鬼であることまでバレ、エルザは舌打ちした。

 こうなっては仕方がない。今度は力ずくで眠らせるしか――――!

 

「ってか、あんたたち二人! なにぐーすか寝てんのよ!」

 ここでルイズは、縄で縛られたまま眠っているシエスタとアニエスの二人に向けて、〝一般爆裂魔法(エクスプロージョン)〟を放った。

 

(え!?)

(な、なぜ仲間を攻撃!?)

 連れだと思っていた二人の平民を、躊躇なく爆発に巻き込むルイズを見て、エルザとラルカスは唖然とした。

 一方、青白い爆発を浴びた二人は、それをきっかけに目を覚ます。

 

「――――はっ!?」

「えっ、な、ななにが起こったんですか!?」

 

 まだ上半身を縄で縛られたままだが、シエスタとアニエスもこれで覚醒する。

 

「んなっ!? なんっで……!」

「来るぞ! エルザ!」

 

 無力化したと思っていた二人まで目を覚ましたことで、更なる混乱がエルザを襲う。

 しかし、ここで冷静に状況を俯瞰していたラルカスが、先に動いた。

 

「〝一般爆裂魔法(エクスプロージョン)〟!」

 唯一自由に動けるルイズは、今度はエルザとラルカスに杖を向けて魔法を放つ。

 再び爆発。

 しかし、場慣れしているのだろう。ラルカスはエルザを抱えて跳躍し、爆心地から逃れる。

 

「木々の精霊よ! 我に仇なす者を穿て!」

 

 エルザがここで『先住魔法』を詠唱。周囲の木々と契約を交わし、その力を借りる。

 すると、周囲の枝が一斉に鏃と化して飛んでいく。

 木々の精霊魔法における基本技能、『枝矢(ブランチ)』だ。

 

 構造自体は単純であるが故に、扱いやすく、そして強力。

 四方の木々から放たれる枝は軌道を読むことが難しく、死角から狙われれば並大抵のメイジでは対処できない――――。

 

「牙に先住魔法……ハッキリしたわ。あんた、人間じゃないわね」

 

 しかし、ルイズは飛び交う『枝矢』を、冷静に〝六角形の破片〟で的確に防いでいった。背後から何本も矢を飛ばしたはずなのに、それすら全て半透明の障壁に阻まれていく。

 次いで、今度はラルカスが杖から魔法を放つ。

『スクウェアクラス』相応の『氷の槍(ジャベリン)』が、ルイズに向かって飛んでいく。

 

 空を切り裂くように飛翔する水色の槍。

 それがルイズに直撃する寸前、今度はより大きな〝半透明の盾〟が展開され、完全に防がれる。

 ……それでもラルカスの魔法は強力だったのか、盾の表面には僅かなひびが走っていた。

 

「なっ、なによあの魔法壁! 今のメイジって、あんな魔法を使うの!?」

「……いや、あんな魔法は知らん。なんだあれは。何故、詠唱もなしに魔法を扱える!?」

 

 人間についてそれなりに知っているエルザや、元貴族のラルカスでさえ、ルイズの使う魔法体系をさっぱり理解できていない。

 ハルケギニアの住民にとって、それだけ今のルイズが扱う魔法は『未知の領域』なのだ。

 

「……え? み、ミス・ヴァリエール。どうしてラルカスさんたちを!?」

 と、ここまで蚊帳の外だったシエスタは、未だ何が何やらといった様子で慌てていた。

 

「ああもう! ちょっとあんた、『先』が読めるくせにヌケすぎよ! こいつらはわたし達を騙して、攫おうとしていた悪党なのよ!」

「そ、そんな……!」

 

 シエスタは唖然として、エルザとラルカスの方を見つめる。

 

「嘘だったんですか……? ラルカスさん! 姫さまのことも全部!」

「……チッ」

 

 しかし、ラルカスはもうシエスタの問いには答えない。

 ここまで来たらもう、無害な旅人を取り繕うことは不可能だと悟ったのだろう。

 

「エルザ、この姿では無理だ! ()()()()()!」

「ええ、任せたわラルカス! 風の精霊よ! かの者の歪めし姿を真実へと戻せ!」

 

 次の瞬間、人間の姿をしていたラルカスに変化が訪れる。

 彼の姿が陽炎の如く揺らいだかと思えば、その体躯がみるみる巨大化していく。

 

 やがてラルカスは――人間の姿から二メイルを超える、牡牛の角を携えた巨人へと変貌したのだ。

 

「えっ、ミノタウロス!?」

「人語をしゃべるミノタウロス……? それが吸血鬼と一緒……どういうこと?」

 

 ルイズもシエスタもアニエスも……この状況には一瞬、理解が追いつかない様子だった。

 ハルケギニアでも特に獰猛と知られるミノタウロスと、残忍で狡猾な吸血鬼という、あり得ないような組み合わせ。

 一体どういう経緯で、この二人が組むに至ったのか……?

 

 

「ぐぅるおおおおおおおおおおお!」

 

 

 ラルカスは本能のままに咆哮する。

 人間の姿をしていた時に持っていた杖は、巨大な斧へと変貌していた。これが魔法の杖をも兼ねているのだ。

 

「食べちゃ駄目よラルカス! もうすぐリーニエお姉ちゃんも来るんだから!」

 

 エルザの怒声が聞こえたか否か。

 ラルカスは獣の雄叫びを上げながら、そのままルイズへと突進していく。

 

「―――ッ!」

「ミス・ヴァリエール! ()()()!」

 

 ここにきてようやく『未来視』が働いたシエスタが、先んじて叫ぶ。

 ラルカスは大上段に構えた斧を、振り下ろす寸前で横薙ぎへと切り替えて迫ってきたのだ。

 おそらく『飛翔(フライ)』対策。

 空へ逃げることを意識させないために、()()()斧を高々と振り上げていたのだろう。本命は横薙ぎだ。

 

 先の攻防で、あの『防御壁』が万能ではないことには気づいている。

氷の槍(ジャベリン)』程度でヒビが入るのであれば、怪物の膂力に任せたこの一撃ならば、叩き割ることも可能なはず。

 

 ……だったというのに、あのメイドの助言によって、その目論見は全て台無しとなった。

 

「――――っ!」

 

 シエスタの助言通り、ルイズは〝防御魔法〟ではなく〝飛行魔法〟で回避。

 そのまま上空へと逃れるが、当然ラルカスも『飛翔(フライ)』は使える。

 

「逃すか!」

 

 ラルカスも魔法で後を追う。

 だが、その時にはもう、ルイズは冷静な目で杖先をこちらへと向けていた。

 彼女の杖先には、魔力の球が生成されつつある。

 

魔法の矢(マジックアロー)』? 『魔法の筒(マジックミサイル)』? ……いや、どちらも違う。

 これも先の〝魔法壁〟同様、未知の魔法の類か。

 

 なんだ? 彼女はさっきから『系統魔法』とはまるで異なる魔法を使っている。

『東方』から来たメイジなのだろうか……?

 

 湧き上がる疑問を、とりあえず今は脇に置くラルカス。

 考えるべきは、あの未知の攻撃魔法への対処だ。

 おそらく先ほどと同じ、爆発系の魔法だろう。

 

(この距離なら、向こうの魔法が先か……! だが、発動される前に斬り伏せればいい!)

 ラルカスは『飛翔』の速度を上げ、ルイズが魔法を放つ前に斧で斬り捨てようと迫った。

 だが、間に合わない。この距離では、わずかにあちらの魔法の方が早い。

 

 だが、どうということはない。

 

 こちらは人間離れした『耐久力』と『鋼のような皮膚』を持っている。

 首を斬られてもしばらく動き回れるほどの生命力と、強靱な体躯。それこそが、ミノタウロスが人類にとって脅威たる所以なのだから。

 

 あの〝爆発魔法〟にどれほどの威力があるのかは分からない。

 だが、まともに食らったシエスタたちが無傷であることを鑑みれば、大した威力ではないのだろう。

 喰らったところで、何の問題もないはず――――。

 

 

 

「――――〝魔族を殺す魔法(エクスプロージョン)〟」

 

 

 

 そんなラルカスの楽観は、ルイズが何気なく放った一瞬の光によって、粉々に打ち砕かれることとなる。

 杖先に展開されていた〝三枚花弁〟の魔法陣が、突如として〝六枚花弁〟へと増えた。

 

 ただ、それだけの変化。

 

 だというのに――()()()()()()()()()()ラルカスは、そこから何故か濃厚な『死』の臭いを感じ取った。

 理屈ではない。

 ミノタウロスとしての生存本能が、全力で警鐘を鳴らしていたのだ。

 

 

 

 さて、ルイズとラルカスがこのような攻防を繰り広げていた一方。

 

「木々よ! 我に仇なす者を穿て!」

 

 エルザは『先住魔法』を使い、木々を操りながらシエスタとアニエスの二人と戦闘していた。

 幸い、二人はまだ縛られたまま。足の縄は解けてしまったようだが、上半身はしっかりと戒められている。

 おまけにまだ、二人は混乱状態。さっさと気絶させる程度にボコるつもりだったのだが……。

 

「エルザちゃん、吸血鬼だったの?」

「……先住魔法を扱う人に似た種族となると、そうなるだろうな。我々は文字通り、一杯食わされていたということだ」

 

 二人の身体能力が異常なほど高いため、木々を使った鞭や、牽制の『枝矢』がまるで当たらない。

 

(なんなのよ、あんた達! 魔法を使えないくせに、なんでそんなに俊敏なのよ!!)

 

 魔法を使えないということは、人間でいう『平民』であるということ。この世界では最下層に位置する、弱い存在。

 だというのに……この二人は飛び交う枝や、根による鞭の攻撃をこともなげに回避していく。

 

 特にあのメイド。

 一番とぼけた雰囲気をしているくせに、攻撃がかすりもしない。

 むしろ、あの金髪の女性の方が早く倒せそうな気配すらある。何せさっきから()()()()()()()()、攻撃が当たっているのだから。

 

 あれなら、より鋭く尖らせた『枝矢』の一撃で倒せるだろう。

 ……もっとも、殺すつもりは微塵もないが。

 

(でも、これだけ暴れてくれたんだもの。太腿を貫くぐらいはしておいた方がいいよね)

 

 そんなことを考えながら、エルザはアニエスの隙を見計らい、『鋭い枝矢』を撃ち放つ。

 それは彼女の右太腿へ、吸い込まれるように飛んでいく……はずだった。

 

「―――えい!」

 

 その途中、シエスタが蹴り飛ばした小石が枝の先端にぶち当たり、軌道を逸らしたのだ。

 枝の切っ先はアニエスの太腿ではなく、腕を縛っていた縄を切り裂き、その戒めを完全に解き放つ。

 

「……よし! 助かったぞ、シエスタ殿!」

「上手くいきましたね! アニエスさん!」

 

 上半身が自由になったアニエスを見て、エルザは驚愕のあまり口を閉じられなかった。

 

(……え? なに、全部演技だったの? 騙された? わたしが……??)

 

 まさか、アニエスが攻撃を受けていたのも、()()()だったのだろうか?

 わざと攻撃をかすらせ、自分なら狙えると思わせた?

 そして、縄を断ち切れるほど鋭い一撃を誘い出したというのか?

 

 エルザが混乱している間にも、自由になったアニエスは果敢に距離を詰めてくる。

 

(血迷ったの? 剣もなく、素手でわたしを倒せるとでも思っているの……!)

 

 だが、その考えこそが思い上がりだった。

 エルザがそれに気づいたのは、アニエスに腕と襟元を掴まれた時だった。

 

「――――はあっ!!」

「があっはっ!!」

 

 そこから肩に担ぐようにして地面へ叩き落とす『一本背負い』。

 日本武術の流れを汲むササキ流は、当然、柔術にも精通している。

 それがアニエスの膂力から放たれる。そのうえ、落とし先は平らに出っ張った岩の上。

 

 そこへ背中から思い切り叩きつけられたエルザは、肺に溜まっていた空気を全て吐き出すほどの衝撃と強烈な痛みに襲われ、立つことすらままならない状態まで追い込まれた。

 

「ササキ流武術は対メイジだけではなく、亜人にも通用することが証明されたな。シエスタ殿」

 

 誇らしげにシエスタへと頷くアニエス。シエスタも、祖先が遺した武術を褒められたことで、嬉しそうにはにかんだ。……まだ彼女は縛られたままだが。

 

「あごっ……ごっ……」

「無駄だ。この技の痛みは私もよく知っている。しばらくは呂律すら碌に回らんだろうよ」

 

 岩の上で身体を丸め、苦しげに呻きながら咳き込むエルザ。背中を強かに打ちつけた衝撃で呼吸すらまともにできず、起き上がろうとしても身体に力が入らない。

 事実、周囲に張り詰めていた殺気は消え、飛び交っていた枝や木々も静まった。どうやら『契約』が切れたらしい。

 

「ここまでくると、ちょっと可哀そうですよね……」

「フン、人食いの化け物にはふさわしい末路だ」

 

 次の瞬間、上空で閃光と共に爆発音が迸る。

 どうやら、ラルカスとルイズの戦闘も終わったようだ。

 

 やがて轟音を立てて落ちてきたのは、全身に火傷を負ったかのような有り様のラルカスだった。

「ご……ごぉ……!」と、呻きながら激痛にもがく彼の傍らへ、スゥ……と、ゆったりした様子でルイズが降りてくる。

 

「そちらも片付いたようだな」

「ええ、なんとかね……」

「すごいです、ミス・ヴァリエール! ミノタウロスを単独で撃破するだなんて!」

「〝一般爆裂魔法(エクスプロージョン)〟一発で倒れたわよ。ミノタウロスって、首を刎ねても動き回るくらいタフだって聞いてたけど、ビックリするほど呆気なかったわね」

 

 褒められたルイズだったが、有頂天になるよりも困惑の方が勝っているような面持ちだった。

 ……改めて、〝魔族を殺す魔法〟の恐ろしさを、少しばかり実感してしまった格好だ。

 

(魔法を使うミノタウロスとか、普通に考えれば相当ヤバい強敵だったでしょうに……やっぱりこの魔法、ちょっと怖いとすら思っちゃうわ……)

 

『虚無』よりも危ないんじゃないかしら。

 ルイズは内心、そうひとりごちた。

 

 一方、倒されたラルカスは、この怪物の身になって初めて味わう『激痛』に悶えていた。

 

(な、なんだ……こいつ、なんの……まほうを、使っている! ミノタウロスの、肉体を持つおれが、こうもあっけなく……!!)

 

 先ほどルイズが放った爆発魔法。

 あれに強烈な死の気配を感じ取ったラルカスは逃げ出した。そして、その判断は正しかった。

 

 もし『逃げる』という判断をしていなかった場合、命すら拾えなかっただろう。

 今の爆発は本来、ラルカスの上半身を跡形もなく消し飛ばせるほどの威力を内包していたのだから。

 

 ハルケギニア用に調整された〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟。対人戦に限り『非殺傷設定』を盛り込むことで殺傷能力を大幅に抑えているが、『人食いの化け物』に限っては対象外。

 当然、ルイズの〝爆裂魔法〟もその流れを汲んでいる。故に怪物の身であるラルカスやエルザがこの魔法を食らえば、()()()()()()()()()()()死ぬのだ。

 

 結果的には、怪物としての本能に従ったことで、咄嗟に逃げたために死を免れたラルカスだったが……それでも、戦闘を続行できるほどの余力は残っていない。

 それ以前に、全身を駆け巡る激痛のせいで、まともに動くことすらできなかった。

 

 自分よりも一回りも二回りも幼い少女にぶちのめされたことで、精神的にも今のラルカスはズタボロだった。

 

(うそ……でしょ……ラルカスも、負けたの……?)

 

 痛みで歪む視界の奥に、もがくラルカスの姿が見える。理性と魔法、そして怪物の膂力を併せ持つ、ハルケギニアでも屈指の化け物が、こうもあっけなく……!

 ただの少女三人組だと思って、油断したのが悪かったのだろうか……。

 

(な、なんなのよ……こいつら……! ただの……人間じゃ……ないの?)

「っていうかシエスタ、あんたいつまで縛られているのよ」

「縄を切る暇がなくて……解けますか?」

「ちょっと待ってて……んっ、固いわね。魔法の力も入っているからかしら?」

「デルフを使って切断した方が早いんじゃないか?」

「そうね、そうしましょ」

 

 三人はもう、自分たちを脅威とすら思っていないらしい。

 どうしよう……。

 エルザは両親を殺された時以来の焦燥感を覚えながら、ただ無力にその光景を眺めていた。

 

 ……その時、空に何かが見えた。

 首のない幻獣、グリフォンが、こちらへ向かって飛んできている。

 

(あれって……まさか!!)

 

 次の瞬間、首無しグリフォンの背中から、何人かの人影が舞い降りた。

 ほぼ同時に〝魔力探知〟が反応したルイズが、シエスタたちに呼びかける。

 

「シエスタ!」

「はい! こっちに何か来ます!」

「上か!!」

 

 縄を切るのを諦め、三人は咄嗟に跳躍してその場から退避する。

 直後、人影が地面へと着弾し、その一帯が濛々と立ち込める土煙に覆われた。

 

 

「はは……きて、くれたんだ……リー、ニエお、ねえちゃん……!」

 

 

 エルザは嬉しそうに笑った。

 窮地に追い込まれるたび、いつも助けてくれた魔族の少女。その名を、途切れ途切れに呼ぶ。

 

「なに、なんなの?」

 

 混乱するルイズたちの前へ、疾風の如き影が煙の中から飛び出した。

 『それ』は一足飛びに距離を詰めると、真っ先に()()()()()()()()

 

「――――えっ?」

 

 危機を『予知』したシエスタは、咄嗟に膝を持ち上げ、飛来する攻撃を受け止める。

 直後、強烈な飛び蹴りがその脚へと炸裂した。

 

「――――っ!?」

 

 防御したはずのシエスタの身体が、そのまま勢いよく吹き飛ばされていく。

 一気に彼女の姿はルイズの視界から消え去り、次いで奥の森で十メイル以上の砂煙、そして大音量の衝撃音と振動を齎す。

 

「シエスタ!?」

「――――っ!」

 

 反応が遅れたルイズは、思わずシエスタが吹き飛ばされた方向へ顔を向ける。

 一方、辛うじて反応したアニエスは、『シエスタを吹き飛ばした正体』へ向けて回し蹴りを放った。

 しかし、『それ』はアニエスの蹴りを難なくかわす。

 

(できる!)

 アニエスは内心で叫びながら、『それ』の正体を目で捉えた。

 

 シエスタを吹き飛ばしたのは、髪を二つに結った、身なりの良い少女だった。

 口元に牙は見えない。代わりに、その頭からは二本の角が生えている。

 

(こいつも、吸血鬼……なのか?)

 

 吸血鬼ではないにしろ、何かの亜人なのか?

 そう訝しむアニエスを、二本角の少女はじっと見つめ返す。

 

 その瞬間、アニエスは戦慄を覚えた。

 

 ぞっとするほど冷たい目だ。

 エルザよりも、ラルカスよりも、遥かに危険だと本能的に思わせるほどの。

 纏う殺気も同様だった。こいつ、殺し慣れている……!

 

 

「やっぱり()()()()()()、縛られていても強そうだな」

 

 

 二つ結びの少女――リーニエはそう呟くと、ルイズとアニエスには目もくれず、吹き飛ばされたシエスタへと駆け出した。

 

「え?」

「ま、待て!」

 

 ルイズは未だ戸惑ったまま。

 アニエスだけがリーニエの意図を察し、その後を追おうとするが――。

 

「その二人は任せたよ」

 

 それだけ告げると、リーニエは両脚に魔力を集中させて跳躍。一気にこの場から離脱する。

 その代わりとばかりに、着弾地点を覆っていた煙の向こうから、数本の『氷の矢』が飛来した。

 

(――――え?)

 

 ルイズは再び、唖然とした感情に支配される。

 この魔力には覚えがある。知っている人の魔力波長……! でも、なんで……!!

 

 そんな動揺状態でも、〝防御魔法〟を瞬時に展開できたのは、修行の成果が生きていると言えるだろう。

 氷の矢がガガガッ! と何本も障壁に突き刺さる。

 さらに遅れて、上空から強大な魔力の波長を探知。

 

 見上げると、これまた坊ちゃん風のメイジが、大剣のような『ブレイド』を展開して襲いかかってきたのだ。

 どうしよう、あれは〝防御魔法〟の上からぶち抜かれる――――!

 

「ミス・ヴァリエール! いったん解除!」

 

 アニエスの声を聞き、咄嗟と言っていいほど素早く防御を解除するルイズ。

 彼女ならこの状況を何とかしてくれる。そんな信頼があってこその連携だった。

 次の瞬間、アニエスはルイズを抱えて跳躍。振り下ろされたブレイドをやり過ごす。

 

「――――ちぃ!」

 

 だが、危機はまだ続く。

 大剣を回避した先で、今度は筋骨隆々の男が直接殴り込んできたのだ。

 流石にルイズを抱えたままでは戦えないと、アニエスは彼女を降ろし、真っ向から男と向かい合う。

 

「アニエス! ――――ッ!」

 

 ルイズは、徒手空拳で殴り合う男と坊ちゃんメイジの二人と戦う、アニエスを援護しようとする。

 だが、その前に飛んできた『氷の矢』を、再び〝防御魔法〟で防いだ。

 

「……一体、これはどういうことなのよ!」

 

 震える声で、ルイズは叫んだ。

 先ほどから自分に向かって氷の矢を放ってくる、その撃ち手をルイズは知っているからだ。

 

 いや、知っているなんてものじゃない。

 夏休み前までは、ずっと一緒に修行し、時に火花を散らし、時に知識を教え合った学友……。

 そして、『病気の母を救いたい』と涙ながらに訴えてきた少女だったからだ。

 

 

 

「どうして……。どうしてこんなことするのよ! 答えなさいよ! タバサ!!」

 

 

 

 雨が降ってきた。

 アルビオンを覆う曇天から、大粒の雨がルイズたちの頭上へと降り注ぐ。

 そんな中、ルイズは――かつての学友であり、今は自分に攻撃を仕掛けてくるタバサと杖を交えなければならない。その現実を受け入れられないまま、雨の中で彼女の名を叫んだ。

 

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