◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それは、ルイズ達がアルビオンに来る前。
……もっと言うなら、アンリエッタ、ベアトリス両人が攫われる前のこと。
「ねえねえお姉さま、結局その手紙はなんなのね?」
ハルケギニアの上空を、一頭の青鱗の竜が羽ばたいていた。
この竜は韻竜シルフィード。人語を操るほどの知性を持つドラゴンだ。この世界では絶滅危惧種とされるほど珍しい存在でもある。
「…………」
それに対し、沈黙で答えを返すのは、この韻竜の主『雪風』のタバサ。
夏休みの間、ひたすら一人で修行を続けていたところ、『一枚の手紙』によってアルビオンへ向かわされる羽目になった少女である。
彼女は韻竜の背中で、器用に体育座りをしながら、フリーレンから貰った魔導書をぺらぺらとめくっている。移動中でも勉強を欠かさない、その謹直な姿勢はシルフィードとしても賞賛したいところだが――退屈なものは退屈である。
そう思い、再び口を開こうとしたお喋り竜より先に、タバサが言った。
「わからない。ただ、『アルビオンに向かえ』とだけ書かれていた」
タバサはフリーレンから貰った魔導書に目を落としたまま答える。
どのみち、今の自分に拒否権はない。
こうして手紙で届けられる指令は、十中八九、『ガリアからの命令』だからだ。
父を殺し、母の心を奪い、自身を北花壇騎士という『汚れ役』へと追いやった元凶。
現ガリア国王にして『無能王』。そして叔父でもあるジョゼフ一世からの指令……。
指令に逆らった場合、自身のみならず、狂ってしまった母の命すら危うくなる。
故に、どんな指令だろうと、手紙が来たら動かなくてはいけないのだ。
「でも、なんでアルビオンなのね? ガリアじゃなくて……」
「……わからない」
こればかりは本音だ。アルビオンへと呼び出して、何をさせるつもりなのかが分からない。
ただ、指令が出たからには動かなくてはいけない。今は従うほかないのだ。さながら人形のように。
(今は待つ。父の仇を討てる機会が巡ってくる、『その時』まで)
自身の二つ名のように冷たい双眸に暗い野心を滾らせ、タバサはアルビオンへと向かった。
さて、アルビオンに着いたのは、夜も更けた頃だった。
指令通り、アルビオンの大きな港町、スカボローに降り立ったタバサ。
しかし……。
「誰もいないのね?」
「……」
真夜中だから、というのもあるかもしれない。
だが、それにしたって人気が無さすぎる。
二つの月が浮かぶ、雲一つない黒々とした夜空の下。
『精霊の力』で人間の姿となった青髪の美女、シルフィードが隣に立つタバサへと告げた。
「え~、おなかすいたのね……! ここまでずぅっと飛びっぱなしだったから、任務の前におにくを所望するのね。聞いているのね、おちび?」
腰まで長く伸びた青髪を揺らしながら、シルフィードは子供っぽい口調のまま、タバサに駄々をこねる。
しかし、タバサはそんな彼女には構わず、歴戦の戦士を思わせる鋭い眼差しで、人気のない港町に探りを入れた。
「……これは」
「うん? なんなのね、それ。お姉さま」
〝魔力探知〟で何かを探り当てたのか、タバサは不意に呟く。
「シルフィード、竜に戻って上空で待機」
「え、どうして?」
「囲まれている。人じゃない。恐らく人形……ガーゴイル?」
次の瞬間、家々の扉や窓、果ては壁まで突き破り、一斉にガーゴイルが飛び出してタバサへと襲い掛かってきた。
「きゅ、きゅいぃ! お姉さま!」
シルフィードは叫び声を上げ、その場で怯んでしまう。
だが、タバサは慣れているのか、すぐさま行動に移した。
長い杖を振るい、自身の周囲に生成した『
ガガガッ! と、青白い結晶の鏃が、ガーゴイルの顔や首、足や腕へ次々と直撃する。
一発たりとも外さず、全てを命中させた。
「すごい! すごいのね! お姉さま!」
両腕を上げてガッツポーズしながら、シルフィードは調子のいい声で主人を応援する。
タバサはそんな彼女を振り返り、こつんと杖で頭を叩いた。
「い、いだっ! 応援してあげてるのに、なんで叩くのね!?」
「わたしの指示を忘れているから。忘れたなら繰り返す。『竜に戻って上空で待機』。わかった?」
「う~~っ、もう、お姉さまは頑固なのね……」
渋々といった体で、シルフィードは竜の姿へ戻り、その大きな翼をはためかせる。
使い魔が上空へ避難したことで、タバサはより軽快に動きながら、他の人形騎士たちと魔法で応戦する。
外国であるアルビオンで、使い魔を万が一にでも怪我させるわけにはいかない。
事実、敵の数はどんどん増えていく。
十、いや、二十……いや、それ以上。まだまだ増える。
これだけ多数のガーゴイルを操れるメイジとなると、少なくともスクウェアクラスはあるかもしれない。
学院での修行で強くなっているとはいえ、この状況は油断できない。故に使い魔を空へと避難させたのだ。
「きゅい、なんなのねあの魔法人形たち、際限なく増えていくのね……!」
空へ飛び上がったことで戦場を俯瞰できるようになったシルフィードは、港の建物という建物から、意思なき人形兵がわんさか出てくるのを目撃した。
「きゅい、お姉さま……やっぱり一度、ここは逃げた方が良いのね!」
使い魔と主人の耳目共有機能を使い、主人に撤退を促すシルフィード。
勿論、少し前……具体的には、フリーレンと出会う前のタバサならば、精神力を考慮して逃げの一手を打ったことだろう。
だが、折角だから試したい。
タバサは襲い来る魔法人形の群れから、〝飛行魔法〟を使って一気に離脱する。
しかし、これは『逃げ』じゃない。『反撃』の一手だ。
「シルフィード、そのまま下を見続けて」
「きゅ、きゅい!」
シルフィードにそう告げると、使い魔の上空からの視点を片目で共有し、兵たちの集まり具合を確認。
そうして迫り来る敵勢を誘導したのだ。『より狭い路地裏』へと。
(そう、ここなら〝この魔法〟の性能を最大限発揮できる)
タバサは路地裏の奥、壁際へと降り立つ。
背後は建物。あえて自ら逃げ道を断つように。一見すれば、袋の鼠。
しかしタバサはこの状況で、悠然と杖先を構え、〝三枚花弁の魔法陣〟を展開。
そして、刃物を振り上げ襲いかかってきた最初の敵兵たちに向けて、魔法を発動した。
「〝
刹那、魔法陣から『槍』のような形状をした閃光が放たれた。
その魔法は、狭い路地裏故に動きを制限され、ぎゅうぎゅう詰めとなった魔法人形たちの胴体を、まとめて貫いていく。
あっという間に、タバサへ敵意を向けていた敵兵は全滅した。
「きゅ……すご……!」
これにはシルフィードも、感嘆のため息を漏らすしかない。
やっぱりこの魔法、恐ろしすぎる。タバサの機転ありきとはいえ、二十近くはいたであろうガーゴイルを全て葬るだなんて。
(よし、狙い通り)
タバサもまた、自身が強くなっているという確かな実感に、杖を握る手へ力を込める。
昔だったら、あんな大群に迫られれば、逃げるしかなかっただろう。
学院での修行、そしてフリーレンとの出会いで得た魔法は、確かに自分の血肉となっている。
無意識に、僅かな笑みまで浮かべてしまったほどだ。
(この魔法を有効活用すれば、いずれは本当に、わたしを追い込んだ連中全てを討つという悲願も、夢ではない……!)
確かな自信を得て、少し気が大きくなったところで。
タバサはすぐに、自らの両頬を叩く。
勝って兜の緒を締めよ。気を緩めずに展開していた〝魔力探知〟の網に、再び何かが引っかかった。
(港の方……誰か来た?)
よく見れば、小さな船がいつの間にか停泊している。
誰か来たのだろうか? ……いや、この魔力は……!
タバサが魔法人形と戦闘していた頃。
丁度この時、一隻の船がここスカボローにやってきた。
やがて船から三人の影が、新たにこのアルビオンへと足を踏み入れる。
「はぁ……やっとアルビオンに着いたわ」
「船を捕まえるまでが大変だったが、終わってみれば何の問題もなくアルビオンに着いたな」
それは、アウラに会うためにこの地へとやってきた人食いの亜人。
リーニエ、エルザ、そして元人間にして現ミノタウロスのラルカスだった。
ラルカスの協力により、ガリアの港からここアルビオンまで、空路で向かうことができたのだ。
乗組員は適当に『精霊の魔法』や『屍鬼化』を使って補充した格好だ。
「それで、これからアウラなる人物を探すのか?」
「ええ、リーニエお姉ちゃんが言うには、大きな角を生やした女の人らしいんだけど……リーニエお姉ちゃん?」
ここでエルザは、三年以上連れ添っている魔族、リーニエの方を見る。
港に足を踏み入れた瞬間、彼女は何かに強く反応したのだ。
三年以上も共にいるのだ。こういう時は『何かある』。
エルザはすぐに身構える。
「なに、どうしたの……?」
「この波長……」
リーニエはそれだけ言うと、エルザやラルカスを置いて跳躍。
置いていかれたエルザは何が何やら……といった表情を浮かべながら、慌てて彼女の後を追った。
やがてリーニエは、路上に散らばる魔法人形の破片。その先に、かつて戦った青髪の少女の姿を認めた。
タバサもまた、こちらへ迫る魔力に素早く反応する。
「あれ、あなたもアルビオンに来てたんだ」
「……ッ!」
リーニエの飛び蹴りを回避しながら、タバサは改めて彼女と対峙する。
それは、『とある任務』からの帰り。
『引きこもりを学院に通わせる』という仕事をこなした後、立ち寄った壊滅した村で、人を食っていた少女。
「奇遇だね。まさかこんなところで会うだなんて」
「……これで二回目」
「あ、あいつ! なんでこんなところに……!!」
タバサの片耳に、上空のシルフィードの声が響く。
雨の中で演じた死闘が、タバサの脳裏にフラッシュバックした。
あの時は巨大な斧を片手に、接近戦を仕掛けてきた。今は……どうなのだろうか?
「〝
(来る!)
リーニエはその手に黒い魔球を作り出す。最初に会った時と同じように。
あの時は斧を作り出したが……今回はサーベル。構えも動き方も大きく変わっている。別の誰かの動きを模倣したのだろうか?
しかし次の瞬間、リーニエはそのサーベルにありったけの魔力を注ぎ込み、三メイルを超える大剣へと変貌させた。
「丁度良かった。あなたは『強い方』だから、もう少しその動き、
その言葉と共に、リーニエは二つの月を背に跳躍。タバサへと斬りかかる。
攻撃に全てを割り振ったような、潔い立ち回り。
昔のタバサなら成す術もなかっただろう。だが、今は違う。
魔力の探知によって相手の動きを先んじて察知したタバサは、その一撃に即座に反応した。
「――――フッ!」
タバサは跳躍して回避。遅れて、彼女がいた場所が縦一文字に大きく割れた。
魔力で象られた青い剣が、その亀裂を作り上げたのだ。
(やっぱり、ただ魔力でぶん回すだけの攻撃は、隙が大きくていけないな……)
リーニエは内心で嘆息しながら、回避したタバサの方を見る。
この剣術は、以前戦った『元素の兄弟』ことドゥドゥーから覚えたものだ。
『魔力を攻撃に全て割り振る』巨大なブレイド魔法が持ち味とのことだが、それ故に攻め方が少し大味すぎるきらいがある。
比較対象がアイゼンなので、どうしてもそう思ってしまうのだ。
そんなことを考えていた瞬間、彼女の真横に『氷の矢』が飛んでくる。
リーニエはこめかみに当たりそうな鏃だけを掴み取り、残りは身を屈め、的確な足さばきで回避。タバサの魔法攻撃を全て避けきった。
「あなたも、『あの時』と比べると少しはできるようになった?」
「『あの時』の雪辱を、わたしは決して忘れない」
タバサは杖を構え、リーニエに強く言い放った。
あの時――彼女と繰り広げた、雨の中での激闘。
自分は負けていた。食われてもおかしくなかった。
何故か途中で乱入してきた『大量のガーゴイル兵』がいなければ、死んでいたかもしれない。紛れもない、屈辱の敗戦だった。
結局、助太刀に来てくれたあの魔法人形たちが何だったのかは、今も分からないまま。
ただ、自分は『生き延びることができた』。
だが、いつかまた戦う時が来るかもしれない。
だからこそ、タバサは人一倍修行に打ち込んだのだ。自身の悲願を果たすため。そして、来るべきこの一瞬に備えるために。
「リーニエお姉ちゃん!」
そうこうするうちに、エルザとラルカスもこの場へとやってきた。
エルザは、リーニエがあの時出会った青髪の少女と再戦しているという事実に、まず驚きの声を上げる。
「あ、あいつ……!」
「知り合いか? エルザ」
「え、ええ……。一度リーニエお姉ちゃんと激闘を繰り広げた子よ。なんであいつがアルビオンに……」
タバサもまた、かつて出会った吸血鬼の少女とミノタウロスの姿を認め、僅かに逡巡する。
(少し、状況が悪いか?)
いや……今回は奥の手〝一般攻撃魔法〟がある。
リーニエはともかく、あの二人ならば初見殺しの利を活かして撃破することもたやすいはず。なにせ、ハルケギニアのドラゴンやエルフにも有効なのだから。
良くも悪くも、強力な魔法を得たことで、多少の無茶を利かせようとしたことが――、思えば彼女の『その後』を、決定的に歪めた要因だったのかもしれない。
(劣勢を装い、逃げ回って無力を演じる。そして隙を見せたところを〝
先ほどの魔法人形たちを相手にした時と同じように、三人を一か所へおびき寄せ、一網打尽にする。
そうタバサが狙いを定めた、その時だった。
「楽しそうね。何を遊んでいるのよ」
その言葉に、タバサは振り返る。
声が、背後から聞こえてきたからだ。
反射的にタバサは『氷の槍』を、声のした方向へ向かって放った。〝一般攻撃魔法〟よりも、こちらの方が馴染んでいる分、咄嗟に撃ちやすかったのだ。
だが、それでも修行によって威力を一層増した『
そんな殺意を孕んだ一撃を――――。声の主は、指一本で止めた。
全長二メイルは下らない、巨大で鋭利な氷の鏃。それが、いともあっさりと。
「――――ッ!?」
一瞬遅れてその光景を認識したタバサの瞳に、普段なら決して見せないほどの、明確な動揺が走った。
たった一度の攻防で、理解させられた。
目の前にいる存在は、これまでの敵とは『何か』が違うと。
「あ、アウラ様」
「リーニエじゃない。あなたもやはりこっちへ来たみたいね」
「うん、ここまで来るのに大変だったよ」
「あなた、わざわざ私に会いに来たの?」
「うん。この世界のこととか、なぜ死んだ私たちが生き返ったのかとか、知りたかったしね」
リーニエがそちらを見て、影の正体の名を呼ぶ。そして、そのまま会話を始めた。
リーニエは気づいていたようだが……タバサからすれば、『まるでいきなりこの場に現れたかのような』感覚だった。思わず、額から冷や汗が流れる。
ただ、単純に向こうが『魔力を隠蔽して接近していた』だけなのだが……覚えたてのタバサの魔力探知では、それを見抜くことができなかったのだ。
「え、この人が……」
「アウラ……?」
エルザとラルカスも呆気に取られる。だが、それより先にタバサは動いた。
何かは分からない。だが、この女は危険だ。
頭に生えた二本の角もそうだが、何より彼女から感じ取れる魔力量が、タバサの本能にけたたましく警鐘を鳴らしていた。
(な、何……この魔力量……!!)
あまりにも莫大。
トライアングルだとか、スクウェアだとか。そんな人間の魔力を測る尺度そのものを、鼻で笑うかのような魔力の山。
それを目の当たりにしたタバサの心臓が、早鐘のように鳴り始める。
(逃げなきゃ! 逃げ――――!)
即座にそう判断したタバサだったが……当然ながら、ここまで接近を許してしまった時点で、逃げることなど叶わなかった。
次の瞬間、自分の胸から青白い炎が抜け出し、アウラの持つ天秤、その片方へと吸い寄せられていく。
やがて、カタリと。
天秤は、巨大な黒い炎の方へと傾いた。
そこから先。タバサの思考に、闇が降りた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どうしたのよタバサ! わたしよ、ルイズよ!」
激しい雨が降りしきる中。ルイズは、濡れて光沢を帯びた桃髪を揺らしながら叫ぶ。
なぜ彼女がこんなところにいるのか。シルフィードはどうしたのか。いや……それ以上に、なぜ自分に敵対しているのか。
その理由を問い質すように、ルイズは必死に呼びかける。
一方、タバサは終始ぎこちない表情を浮かべていた。身体の動きも、纏う魔力も、どこか精彩を欠いている。
だが、彼女はその長い杖を、ゆっくりとこちらへ向けた。
理由も語らず、ただ敵対の意思だけを示すように。
「……ねえ、本当に冗談やめて。『母様を治してほしい』って、わたしに頼んできたあなたはどこへ行ったの?」
もしかして、約束をすっぽかしているから怒っているのだろうか?
勿論、ルイズは彼女の依頼を片時も忘れたことなどない。そのための『魔法花を探す旅』なのだから。
それに、たとえ怒っているとしても、こんな状況で冗談をするような人間ではない。それくらい、ルイズはタバサのことを分かっているつもりだった。
じゃあ、何故……!
「――――〝
「……ッ!!」
次の瞬間、タバサは杖先に三枚花弁の魔法陣を展開した。
ルイズはギリッ……! と歯を食いしばりながらも、刹那、放たれた閃光に〝防御魔法〟で対応する。
槍のような閃光が、ルイズの前面に展開された〝六角形の破片〟と激突する。
閃光は障壁に阻まれ、砕け散った残滓が雨の中へと霧散していった。
「……そう。どうしても、わたしとやるつもりなのね……!」
拳を握り締め、唇を噛む。
ぐちゃぐちゃに入り混じる感情を、なんとか『冷静』という名の鎖で繋ぎ留めながら。
ルイズは屹然とタバサを見据え、その杖先を向けた。
「だったらいいわ! とりあえずふんじばってから、話を聞くことにする! わたしだって旅の中で強くなってるんだから! 甘く見るんじゃないわよ、タバサ!」
勿論、こんなことはしたくない。
だが……向こうは完全に戦闘態勢に入っている。どうしてこんなことになったのか、考えるのは後だ。今は、とにかく彼女を無力化するのが先決。
模擬戦で負けた苦い記憶はある。
それでも、こちらだってあの頃のままではない。フリーレンからも、確かに強くなったとお墨付きをもらっている。
暴走する友人を止めるため。ルイズは、改めて杖を構えた。
ハルケギニア、アルビオンのとある村の外れ。
爆発音と魔法の衝突音、それによって巻き起こる爆風が草原に響き渡る。
ルイズはタバサと上空で。
アニエスは坊ちゃん然としたメイジと、筋骨隆々の大男二人を相手に地上で。
そして、その少し離れた場所では、リーニエとシエスタの戦闘が繰り広げられていた。
「あ、あなた一体何なんですか!?」
シエスタは未だ戸惑った様子で、襲い来るリーニエに問いかける。
彼女はまだ上半身を縛られたまま。故に、唯一自由な両足だけで、この魔族の少女と渡り合っていた。
「……やっぱり、あなた強いね。ここまで私の攻撃を捌くなんて」
一方、リーニエは当然ながらシエスタの問いには答えない。
今繰り出しているのは、先ほど連れてきたアウラの奴隷一号――『元素の兄弟』ジャックから覚えた徒手空拳。
並のメイジでは、この猛撃を捌けた者などいない。
だというのに、このメイドの少女は上半身を封じられた状態で、それらをことごとく回避している。
常人にできる動きではない。
リーニエが跳躍し、横回転から放った回し蹴りを、シエスタは身を屈めて回避。
着地と同時に、今度は目にも止まらぬ正拳突き。拳が触れる寸前に魔力を込めて『硬化』させることで、その破壊力をさらに引き上げる。
しかし、それらすべてをシエスタは足の裏や踵、つま先だけで捌いていく。
(なんだ? この違和感……)
だが、それ以上に奇妙だった。まるで『先を読んでいる』かのような。
経験則からの予測ではない。自分の挙動や心理を読んでいるわけでもない。
まるで、数秒先に起こる出来事を、既に見ているかのような――。
(まさか……こいつが、ドラートの言っていた……)
ついこの間、ドラートと会った時のことを思い返すリーニエ。
失われていた、あいつの片腕。それは『葬送』のフリーレンに消されたと言っていた。
だが、それ以前に起きたことについても聞かされていたのを、リーニエは思い出す。
『勘が鋭いメイドの剣士?』
『あぁ……。奴さえ来なければ、ヴァリエール家の制圧は上手くいってたはずだ。奴さえいなければ……』
『そいつ、どんな奴だった?』
『黒髪の……見てくれは本当に凡庸そうな女だった。だが気をつけろよ、リーニエ。奴の目……一瞬だけだが、人類最強の面影を感じた。……あの勇者の』
『南の勇者? でもあいつって、アウラ様に連なる七崩賢が総出で滅ぼしたって……』
『そうさ……。どうせお前のことだ、大げさだって片づけるだろうけど、一応忠告しておいてやるよ。言っとくが、俺は一度本物を見ているんだ。あの殺気、絶対に間違いない。あいつは南の勇者の系譜を受け継いでいる……!』
正直、この時までは「大袈裟」だとか「誇張」だとか思っていたが……なるほど。
「面白い。私を高みへと押し上げるのに、これ以上ない相手だ」
「あ、あなた本当になんなんですか……?」
シエスタはただ戸惑いながら、リーニエをまじまじと見つめる。やがて、彼女の頭に生えた二本の角へと目が向かった。
この角、既視感がある。そうだ……ヴァリエール家で戦った、ドラートとかいう糸使いと同じような……?
じゃあ、まさか……。
「私はアウラ様直属の首切り役人、リーニエ。あなたでしょ? ドラートを翻弄したっていうメイドの剣士は」
そう名乗ると、リーニエはその手に魔力を形成。それをサーベル状の剣へと変化させる。
「あなたの動きをもっと見たい。簡単にやられないでよ」
次の瞬間、リーニエは跳躍。
魔力で形成した細身の剣を、五メイルを超える大剣へと変貌させながら、大上段からシエスタへ斬りかかった。
さて、一方。
上空ではルイズとタバサが、魔法を撃ち合いながら鎬を削っていた。
どちらも主に扱うのは〝
結局、実戦となればこれが一番使い勝手がいい。魔力効率も良く、直撃させれば手っ取り早く相手を無力化できる。その点でも、この魔法は非常に便利だった。
タバサの杖先から、鏃のように先端が尖った閃光が何本も放たれる。
ルイズはそれを避け、時には〝防御魔法〟で受け止めていく。
模擬戦の時は、〝魔力探知〟を怠ったせいでいいようにあしらわれてしまった。
その時の反省を活かすためにも、ルイズはこれ以上ないほど精神を研ぎ澄ませ、タバサの動きを追い続ける。
「そこっ!」
ルイズが杖先を向ける。
その瞬間、八メイルほど離れた空間が魔力によって爆ぜた。
タバサの動きを魔力探知で精密に捉え、移動先を読んで放った爆発魔法。
直撃こそしなかったものの、爆風は捉えたらしい。タバサは身体を回転させながら吹き飛んでいく。
(今! このまま追撃を……!)
空中で体勢を崩した隙を狙い、今度こそ直撃させようと杖を向け、魔力を練るルイズ。
しかし、タバサもすぐさま風魔法を操り、空中で体勢を立て直した。そのまま身体を捻りながら杖先をルイズへ向け、先んじて魔法を放つ。
〝
次の瞬間、空を切り裂く勢いで数本の氷の鏃が殺到する。
「―――っ!」
ルイズは素早く〝防御魔法〟を展開し、それらを的確に防いでいく。怪我は追わなかったが、追撃はできず、相手に体勢を整える時間を与えてしまう。
だが、それ以上に先ほどから、一切の容赦がない。まるで本当に、自分を『敵』と定めているかのような――。
「ねえ! 教えてよタバサ! 誰に頼まれてこんなことをしているの!?」
戦闘中、何度もこうして呼びかけている。
だが、当の本人は一切答えようとしない。
なんなのよ。少しくらい答えてくれたっていいじゃない!
苛立ちと焦りを募らせながらも、ルイズは必死に呼びかけ続ける。
「あんただって、好きでこんなことしてるんじゃないんでしょ!? 脅されているの? それとも、誰かに操られて――――!」
そこまで口にした瞬間。
「――――あっ」
ルイズの中で、何かが繋がった。
そして――気づいてしまった。
『〝
『アウラは、その魔法を使って千を超える首なし騎士たちの軍、〝不死の軍勢〟を常に従えていたんだ。反抗する意思を、首を飛ばすことで奪い、強制的に服従させる』
『そうして作られた首なし騎士は、アウラの命令一つで、その身が朽ち果てるまで永遠に従い続ける』
そんな最低最悪の魔法を使う悪魔が、このアルビオンにいるということ。
そして、そのアルビオンにいて、理由もなく自分に敵対してくるタバサ。
バラバラに散らばっていた
まさか……。
ルイズは無意識に首を横に振った。
「タバサ……あなた、まさか……アウラの〝
それを聞いたタバサは、はっきりと顔を歪めた。
普段、氷のような無表情を崩さない彼女が見せた、必死のSOS。
それを見た瞬間、とうとうルイズは確信した。思わず、唾と共に言葉を呑み込んでしまうほどに。
(酷い……こんな魔法、あんまりだわ……!!)
魔族の魔法が、いかに人類にとって凶悪であるのか。
その恐ろしさをこれほど身近に突きつけられたことで、ルイズは改めて、その脅威を思い知らされた。
その間にも、タバサはルイズのさらに上空へと『飛翔』していく。
『
修行時では速度で勝てていた。その先入観もあってかルイズは、タバサが大きく距離を離すことを許してしまう。
そうしてルイズの頭上を取ったタバサは、降りしきる雨を利用した魔法を行使する。
周囲の雨粒が一点へと集まり始め、やがて巨大な水球を形作っていった。
「よけ……て……」
おそらく、それが精一杯の抵抗なのだろう。絞り出すような声で、タバサはルイズにそう伝えた。
だが、ルイズは逃げるわけにはいかなかった。
自分一人なら逃げていたかもしれない。だが、あの大きさでは、下にいるアニエスたちまで巻き込まれてしまう。
それほどまでに水球は膨れ上がり、地上に巨大な影を落とすほどになっていた。
(まだよ! この距離なら、わたしの〝
大量の水を操ることに集中するあまり生まれた、僅かな隙。
そこをルイズが突こうとした、その時だった。
「そこまでよ!」
地上から、エルザの声が響いた。
それは明らかに、自分とアニエスの動きを封じるための言葉。
「……え?」
ルイズが下へ目を向ける。
そこには、エルザとラルカスの二人が立ち上がり、こちらを見上げていた。
アンリエッタ姫を連れて……!
「姫さま!」
「る、ルイズ……!」
アンリエッタは今、ラルカスの巨腕に捕らえられていた。
ラルカスがグッ、と腕に力を込めると、彼女は苦しそうに呻く。
「あ、あんたたち……!」
「これで形勢逆転ね! この姫さまをどうにかされたくなかったら、大人しく降参することね! 一歩でも動いたり、魔法を使ったりしてみなさい! この姫さまの血を全部吸い取って、
ここにきての人質戦法。
ようやく見つけたのに。
ようやく、助けられる距離にまで来たのに。
敬愛する姫さまが、今まさに目の前で囚われている。
その葛藤が、ルイズの――ひいてはアニエスの、致命的な隙を生み出した。
「――――〝
ルイズの頭上で、巨大な水球がゆらゆらと蠢き始める。
やがて、直径十メイルはあるであろう水の塊が、地表に向かってゆっくりと落下を始めた。
(しまった……もう、あの水球を壊す時間が……!)
本来なら破壊できたはずの時間を、エルザによって奪われてしまった。
その上、アンリエッタまで人質に取られている。この状況で下手に動けば……!
「……ぐぅううっ!!」
最後の悪あがきとばかりに、ルイズは〝防御魔法〟を全力で展開し、どうにかやり過ごそうとする。
しかし……これほどまでに巨大化した水塊を、質量攻撃に弱い魔法壁で防ぎきれるはずもない。
盾はあっさりと叩き割られ、次の瞬間、ルイズの身体は迸る激流に呑み込まれた。
視界が回り、上下の感覚すら失われ――そのまま意識まで流されていく。
「ミス・ヴァリエール! ぐぁあああっ!!」
直後、水球は地表へ激突。
巨大な滝を叩き落としたかのような轟音と共に、凄まじい水柱が立ち上がる。
その真下にいたアニエスも、当然ながら無事で済むはずがない。
人質さえ取られていなければ、跳躍して逃れることもできただろう。事実、先ほどまで鎬を削っていたジャックとドゥドゥーは、危険を察知するや否やすぐさま離脱していた。
エルザは『先住魔法』を唱え、押し寄せる水流がこちらへ来ないよう調整する。
やがて水の奔流が収まった時――そこには、気を失ったルイズとアニエスの姿があった。
「はぁ……色々あったけど、何とかなったわね」
心底疲れ切った様子で、エルザは呟いた。
ドォン! という轟音が、シエスタたちの戦っている場所にまで響いてくる。
「――――えっ?」
「……ああ、あっちの方はもう終わったのか」
リーニエは構えを解き、魔力の発生源へと目を向ける。
(あのタバサとかいう少女。雨の中とはいえ、あれほどの水魔法を操れるとは。これならアウラ様も満足するんじゃないかな?)
そんな評価を頭の片隅で下す一方、シエスタは健脚を飛ばし、ルイズたちの戦闘跡へと駆けていく。
上半身を固縛されているとは思えないほどの速度だった。
だが、彼女が辿り着いた時にはもう遅い。
ルイズとアニエスは気絶しており、エルザたちによって厳重に縄で縛り上げられているところだった。
「……で、どうするのだ、お嬢ちゃん。降伏するか、逃げるか……はたまた、この状況でまだ抗ってみるか」
ラルカスは油断なく、人質として捕らえているアンリエッタを見せつける。
そして、タバサが魔法の縄でルイズたちを縛り上げていく様子へと目を向けた。
「み、ミス・タバサ……なんであなたが、こんな……?」
「質問は認めん。選べ。抵抗するか、降伏するか。……降伏するのであれば、まだお前たちは生かしておいてやる」
少なくとも食い殺すつもりはない――そう言い含めながら、ラルカスは降伏を促す。
エルザも「早く決めてよ」と、彼女を急かした。
シエスタは『未来視』で活路を探る。
だが、自身も上半身を縛られているこの状況で足掻けば――『降伏する』以外の選択肢を取った場合、仲間の誰かが必ず血を流す。
その未来を、見てしまった。
「どうする?」
背後から、リーニエもシエスタに問いかける。
シエスタはしばらく黙り込んだ後、悔しそうに目を伏せ、小さく息を吐いた。
「……分かりました。降参します」
「いっつつ……」
「大丈夫か、エルザ」
「大丈夫じゃないよ……ほんっっとうに痛かったんだから」
エルザは背中をとんとんと叩きながら、先ほどから『精霊魔法』を使って傷を癒している。
ラルカスも「はぁ……」と、鼻息交じりのため息を漏らした。
「二人とも、相当ボロボロにされたみたいだね」
そんな二人に近づいてきたのはリーニエだ。
「リーニエお姉ちゃんが援軍を連れてこなかったら、わたしもラルカスも間違いなくやられてたでしょうね」
「まったく、生きた心地がせんかった。最後の最後で『捕まえていた姫を人質に使う』。あの機転はなかなかだったと思うぞ、エルザ」
……貴族のやり方ではないがな。
そう自嘲気味に、小さく付け加えるラルカス。
ラルカスの視線の先では、手足を厳重に魔法の縄で縛られ、目隠しと猿轡までされた四人の少女が、ごろりと地面に転がされていた。
その傍らでは、タバサ、ドゥドゥー、ジャックの三人が、着地してきた首なしグリフォンの下半身に括りつけた革製の吊り具に、彼女たちを繋いでいる。
このまま四人を連れて、『レキシントン』へ攻め込むつもりなのだ。
同じくそのレキシントン都市へ向かっているであろうアウラ人形とそこで合流し、まとめてこいつらを洗脳する手はずだから。
「ま、私はシエスタって子の動きをもっと見たかったから、正直余計だったけどね」
「リーニエお姉ちゃんは相変わらずね」
「なんにせよ、これで任務達成か」
「そうだね。姫さまも捕まえたし、強そうな戦士二人も手に入れた。うち一人は南の勇者の系譜かもしれないって子らしいし、上々じゃない?」
ナチュラルにルイズを省いて、成果を語るリーニエ。
それよりも、シエスタとアニエスの二人を捕らえた方が、アウラも喜ぶだろう。
首を落としても戦力を損なわない者は、この世界ではかなり貴重なのだから。
「で、これからどうするの、お姉ちゃん」
「このまま『レキシントン』に向かって街を滅ぼす。ついでに手勢集めだって。そこに人形体だけどアウラ様も来て、あの子たちもまとめて全員、〝
「街か……人を食っても?」
そう言うラルカスの手は、そろそろ震え始めている。人肉を食わねば、獣の本能がすぐに表面化してしまうのだ。
「いいんじゃない? 弱い人間なら、アウラ様も何も言わないと思うし」
「血を吸っても!?」
「好きなだけ吸えば?」
「女子供を襲ってもいいの?」
「戦力にならないからね。アウラ様は怒らないと思うよ」
「よし!」「やったあ!」
人食い二人は揃ってガッツポーズをした。
すっかり外道の域に嵌っているが、これが彼らの生命線である以上、『狩られる方が悪い』。そのように責任を他者へ転嫁することで、自分たちの行いを正当化していた。
「それより、そろそろあいつらを運ぶ準備も整ったみたいだし、次行くよ」
リーニエがそう言うと、エルザたちは竜の背に乗った。当然、ミノタウロスの体のままでは重量オーバーなので、ラルカスはエルザの魔法によって、再び人間体へと姿を変えている。
そのまま気絶したルイズたちを運びながら……人食い一行は、レキシントンへと向かうのだった。
「……まったく、マズいことになったわね」
その光景を、『遠目』の魔法で見つめる者がいた。
『元素の兄弟』の末っ子にして、ルイズたちと洞窟探検を共にしたこともある少女――ジャネット。
「兄さま二人がようやく見つかったと思ったら、まさかルイズたちまでアルビオンに来ていただなんてね」
本当なら、もっと別の形で再会したかった。
とはいえ、そんなことを言っている暇はない。
とにかく、このことを長兄ダミアンに報告しなければ。
「……間に合うといいんだけど」
ぽつりと呟いた直後、木の上から一部始終を見届けていた彼女の姿は、一瞬にして掻き消えた。
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大体そんな感じの人食い三人組。
後半書いていてなんか既視感覚えるなと思ったらこれだったでござる。