フリーレン召喚から4日目。
トリステイン魔法学院。
召喚の儀から、四日が過ぎた。
ここで、今のルイズの生活について、順を追っていこうと思う。
「ふぁ……」
朝、まずルイズが先に目が覚める。
なんだか、妙な重さを感じる。
起き上がってみると、そこには真横で上になって寝ている使い魔の姿を目撃した。
「ほんともう、なんなのよこれ……!」
ルイズの朝はため息とともに始まるのである。
フリーレンに教えを乞うている以上、わら束で寝かせるわけにもいかないし、とりあえず自分も使っているベッドで一緒になること自体は、もう許してはいた。
だがこのエルフ。とにかく寝相が悪いのである。
寝る前は確かに隣ですやすやだったのに、朝になるといつの間にか自分の上へとワープする時もあるし、酷い時はベッドから落っこちていることもあった。
ルイズの朝は、まずこの寝相が悪い使い魔エルフを叩き起こすことから始まる。布団を引っぺがして、無理やり地面に落とすのである。
「ほらフリーレン! いつまで寝てんのよ起きなさい!」
ルイズもルイズで、もう遅刻などは御免なので朝食に間に合う時間帯には必ずフリーレンを起こすようにしていた。
「ふぁ……、おはようルイズ……」
起こされたフリーレンは寝ぼけた眼をさすりながら、あくびをかます。
ルイズは早速二度目のため息をついた。昨日いきなりキスしてきたことといい(理由については後で聞いており、納得はできてないけど理解はしていた)、このずぼらな生活態度といい、言いたいことは山ほどあるけどここはぐっと飲みこんだ。
(ほんっっっと、これがもしただの平民使い魔とかだったら、一週間飯抜きどころじゃ済まさないわよ!)
本来なら「ご主人様に起こされる間抜けな使い魔には罰を」をモットーに、ビシビシ厳しくいくつもりだったが、エルフというセンシティブな事情や魔法を巡る諸々のこともあって、今更そんなことを言い出せるはずもなく。
「ほらもう、髪もボサボサ……、まぁた昨日髪を乾かさずに寝たでしょ!」
「ごめぇん……」
使い魔である以上、見てくれもちゃんとさせないといけない。
自分で服を着て、髪を整え、顔を洗って歯をみがいて、その後に寝間着をしまって。
その後にこのずぼらエルフの髪を整えてあげて、服も用意してあげて、このエルフが散らかした本を片付けて、その後に部屋を出る準備をして……、
(あれ? なんでわたしが使い魔の世話もしてあげてるの……??)
そんな疑問が過ること自体、一度や二度ではない。いやもうこの四日間で数十回は余裕で過った気がする。
本来だったら、自分の服を着せるのはこの使い魔の役目の筈である。顔を洗う水桶の準備も、服のしわ直し……、は、フリーレンが寝る前に魔法でやってくれているから、そこはいいとしても。
「朝っぱらからご主人様を不愉快にさせる無礼な使い魔には罰を」与えたいものの……、やはりそんなわけにもいかないわけで。
気づけばこの四日間、なあなあでこのずぼらエルフの朝の世話までするようになってしまった。おかげで召喚の儀の前よりも、忙しない朝をルイズは送る羽目となってしまったのである。
「ありがとぉ、ルイズ……」
一方のフリーレンは未だ低血圧なのか、顔が覇気のないしょぼしょぼ顔から変化しない。
朝食の時間帯は、いつもならまだ寝てたい時間なのである。無理やり起こされているため、まだ寝ぼけているようだ。
「まったくもう、いっつもあんたこんな感じなの?」
「うん……、ほんとはまだ寝てたい……」
「……フェルンって子の苦労が少し分かった気がするわ」
まだ見ぬ、この使い魔の弟子の苦労を、人知れず思うルイズなのであった。
「ほら行くわよ! ほんっともう、朝食までにはきちんと起きられるように寝なさいよね!」
『朝食抜き』という言葉を何度もこらえながら、ルイズは未だ寝ぼけているフリーレンの手を取って食堂に向かっていった。
これが、ルイズとその使い魔の、朝に起こる日常と化していた。
朝食はもう、当たり前のようにフリーレンも『アルヴィーズの食堂』で摂るようになっていた。
ルイズは自分の椅子を引いた後、未だボケボケしているエルフの椅子も引いて座らせてやる。こんな対応が今や彼女の当たり前となっていた。
席順も、いつの間にかルイズ、フリーレンの隣にタバサ、キュルケが集まってくる。これもまた日課となった(隣席はマリコルヌだったが、当然ながらキュルケに虫を払われるような仕草で、席を入れ替え済みである)。
「昨日はホントびっくりしたわぁ! フリーレンってその気があるんじゃないかって思っちゃったんだから」
「大胆」
「もうその話は蒸し返さなくていいのよ! ちゃんとした理由があったんだから! てか誰にも言ってないでしょうね!?」
「心配しなくてもいいわよ。冗談だって分かってるし」
今日は風呂場で起こったあの事件の弁明をするところから、ルイズ達の会話は始まった。
その間、当のフリーレンは未だしょぼしょぼした顔でパンや果物、鳥のローストなどを頬張っている。
ちゃんと席につかせている以上、フリーレンの食卓もまた、貴族と同じものを食べることができていた。オスマンが気を利かせて準備させていたからだ。
「ほらもう、ちゃんと食べなさいって。あぁパンくず零してもう……」
「ごめんって……」
「あらあら、今度はお母さん?」
「ほんんっっっとにもう、世話のかかる子供を見ている気分よこっちは……!」
魔法事情が無かったら、エルフじゃなかったら絶対こんなことしない。ルイズは何度も心の中で愚痴を呟き続けた。
こうしていると、自分の症状を的確に指摘してくれて魔法を教えてくれる、千年以上生き続けた歴戦の大魔法使いには到底見えない。
朝の時間帯だけは、本当にただの世話の焼ける妹分を見ている気分にさせられたのだ。
「傍から見ている分には本当に面白いわよね。フリーレンって」
「当事者にはなりたくない」
「あんたたちはほんといい御身分よね。わたしの気苦労も知らないで。ああほら、顔にタレついてるぅ……」
ルイズがナプキンを取り出し、使い魔の顎についているタレを拭いてやる。
キュルケは可笑しそうにそれを眺めていた。
「変わったわねヴァリエール。あんただってそんなマメに見る性格じゃないでしょ」
彼女の茶化しにも、ルイズはもう「はぁ……」としか返すことができなかった。反論する気力もないのであった。
そんな折、ふとルイズが思ったこと。
「たまに思うけど、エルフがみんなこうだったら、戦争なんて起こらなかったんじゃないのかしら?」
いつにない真剣な様子で言うので、キュルケも髪をかき上げて、
「それを言っても仕方ないわよ。だってフリーレンは『こっちの世界』のエルフじゃないんでしょ?」
と返した。
「世界が変われば事情も違う」タバサもそれに続く。
「まあ、それもそっか」
ルイズもまた、それ以上考えたって仕方がないとばかりに首を振る。
「……本で調べたけど、『聖地』の奪還がルイズ達ブリミル教徒の目的だと書いてあったね。で、それを阻んでいるのがエルフだと」
フリーレンも、ようやく目が覚めてきたのか表情を変えてルイズ達に告げる。
「そうなのよ。フリーレンは本当に何も知らないの?」
「さすがに六千年以上は生きてないからね。どういう事情があるのかは分からないけど、エルフが一致団結して何かを守っているのは、聞いたことないな」
「無いとは思うけど、もしこの先
ちょっと聞くのを躊躇うかのような様子で、ルイズは尋ねた。心情を考えれば、ある意味当然ともいえる思考でもある。
ただ、それを聞いたフリーレンはというと、
「大丈夫だよ。少なくとも私は、ルイズ達を裏切るようなことはしないから」
微笑んでそう言ってくれたため、ルイズも安心したように胸をなでおろした。
「……ありがとう」
そして小さく、フリーレンに聞こえないように心の声で、そう呟くのだった。
ルイズの授業は、フリーレン召喚前と後で、大きく変わっていた。
まず授業。歴史学、地質学、生物学など座学面を除く、各系統の実技訓練は大きく免除されたこと。系統に目覚めていないので、当然の措置だ。
そして本来、その授業に充てる時間を、フリーレンとの修行に充てていた。
修行場所はいつものようにヴェストリの広場。普段人が寄らない上に授業中ともなれば滅多なことではまず人が立ち寄らない。個人レッスンにはうってつけだ。
後はなるべく、『土』系統の授業を積極的に受けるようにしていた。
植物などを学ぶためである。よりきちんとした花を咲かせるためだ。
「それでは続いて、このハルケギニアでより多く使われる薬草、『
土授業専門の教師であるミセス・シュヴルーズが、今日は植物に関する授業を行っていた。植物は翻れば魔法薬の調合にもなる。フリーレンも、この時に限っては生徒側になって授業を聞いていた。
「この双月草。打ち身骨折切り傷の回復を早める『
「はい。ハルケギニアの夜空に浮かぶ二つの月から『双月』と来ています」
「正解。さすが勉強していますね。座っていいですよ」
褒められたルイズは得意げに座る。
「治癒薬の調合は本来『水系統』の領域ですが、こうした原材料である草木の成長発育は、それを支える『土』の分野でもあります。このように土はみなさんの与り知らぬところで根付いていることを、よおく覚えていってくださいね」
ここで、授業終了を告げるチャイムが鳴った。
このように、知識が要求される授業には、ルイズも率先して出るようになっていた。
と、いうよりフリーレンがルイズ以上に授業に出たがっていたというのもあるのだが。
「魔法薬の勉強はありがたいね。何かあった時に治癒薬があるのとないのとじゃ、話が違ってくるから」
先の講義も、得るものがあったとばかりにフリーレンは頷いていた。
ルイズの後ろに、キュルケやタバサも続いていく。
この後実技である系統魔法の授業なので、このままルイズとフリーレンはヴェストリの広場でレッスンだ。
それまでの間、キュルケ達も一緒についていた。
「フリーレンなら、
「軽い処置ならできないことはないけど、毒とか大きな怪我となると女神様の魔法になるんだよね。私でも聖典が無いと解毒どころか判別すらままならないんだ」
「……それって、病気とかも無理なの?」
ちょっと思うような仕草で、ルイズは尋ねる。
「内容にもよるけど、大病はあてにはしないでほしいかな。聖典はあるけど、難しい病気は分かんない」
「薬による病も?」
タバサが少し、身を乗り出してきた。
キュルケは驚いた。ルイズ達は気づいていなかったが、この時のタバサの表情に、相当切羽詰まった感じがあったのを、なんとなく察したからだ。
フリーレンは、真剣な表情でこちらを見るルイズとタバサの二人の方を向いて、尋ねる。
「二人とも、身近に病人がいるの?」
「え、うん……」
ルイズは足を止める。拳を震わせ、顔を俯けた。
先を歩いていたフリーレンも、立ち止まってそんな彼女の方をきちんと見据える。
やがて、ルイズは意を決したように言った。
「ねえフリーレン。もし、もしよかったら……、ちいねえさまの病気を診てほしいの」
「ちいねえさま?」
「わたし、姉が二人いるんだけど……、そのうちの一人が生まれつき身体が弱くって。色んなお医者様にかかっているんだけど。みんなダメで……」
姉がいるんだ。フリーレンは心の中で呟いた。
ルイズが心底悲しそうな表情を浮かべているあたり、相当大事にしている人のようだ。
「魔法なんて、わたしより上手に扱えるのに、その病気のせいで学校にも通えなかった。ずっと屋敷で養生しているの」
「そうなんだ」
「ちいねえさまはいつもわたしを慰めてくれたわ。とっても優しくって……、わたしが困った時はいつも、相談に乗ってくれたの……、いつも色んな動物たちに囲まれて、そんな素晴らしい姉なのに、病気のせいで、本当に不憫でならないわ……」
語っていく内、ルイズは思わずこぼれそうになった涙をぬぐった。今になって、大切な次女の笑顔が、脳裏に過ったのがあるのかもしれない。
苦しそうに嗚咽を漏らすルイズ。そんな彼女を不憫に思ったのか、フリーレンは言った。
「わかった。私がそのお姉さんの事を診てあげる」
治せる保証は全然ないが、診るだけならばいいだろう。もちろん治せるのであれば、労力は惜しまないつもりだった。
そのことも合わせて告げると、ルイズは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとう……! フリーレン!」
ルイズはついに泣き出してしまった。もちろん、嬉しい気持ちの表れの涙だったが。
なんだかんだいって、フリーレンなら何とかしてくれるかもしれないと、思っていたのであろう。
「で、タバサは?」
「……いや、わたしは大丈夫。聞いてみただけ」
氷のような無表情で、タバサは言う。
だが、その実かなり残念そうな表情を浮かべていたことに、気づいていたのはキュルケだけだった。
「わたしより、主人のルイズを助けてあげて」
そう言って、タバサは背を向けて去っていった。
「あ、ごめん二人とも。あたしタバサを追っかけるね」
タバサの背中を、キュルケが追いかける。
二人とは、ここで一旦別れることとなった。
「じゃあ、昨日のおさらい。魔力操作の練習を始めるよ」
昼食を済ませた後。
ヴェストリの広場に移動したルイズとフリーレンは、再びルイズの魔法修行へと取り掛かる。
「ねえフリーレン。昨夜のキスで上手くいくの?」
ルイズは少し顔を赤らめる。風呂場での出来事以来、ルイズの魔力経路は広がったとか言っていた。
そのおかげで、これから上手くいきやすいのではないかとも言っていたが……、
「私が別に作った、民間魔法用の魔力経路は、昨日と比べても二倍以上は広げることはできたよ。後はルイズの魔力操作次第だね」
一応、効果が見込めるレベルまでの魔力をルイズに渡し、それを以って魔力の経路は構築した。
とはいえ、本来ルイズが持つ魔力経路を正道と例えるなら、未だに路地裏のように細い通路であるのだが。
後はもう、いかに巧みに、ルイズ自身の持つ膨大な魔力を、この路地裏のような経路の中で動かせるかにかかっていた。
「こればっかりはゆっくりやるしかないよ。魔力操作自体、ルイズは学べるような環境になかったわけだし」
生まれからずっとこの症状であるのなら、今までまともに魔力を動かすことすら、覚えられないままだったのだろう。
普通のメイジは、杖との契約を成功させたと同時に、魔力の流れを感覚で理解し、それと同時に魔力を体中にいきわたらせ、杖へ送るという手順を、本能で学んでいく。
だがルイズは、生まれ持った膨大な魔力の上に、〝呪い〟ともいえる障害物によって防がれているせいで、魔力を操作するという感覚が育たないまま大きくなってしまった。
こればっかりは、長い時間をかけて学んでいくしかなかった。
フリーレンも、ここまで来たら後は微調整くらいしかすることが無い。全てはルイズの頑張り次第なのである。
やがて、決意を新たにといった風情で、杖を構える。
「花を咲かせるイメージは」「大丈夫」
「魔力は一気に動かすのではなく滑らかに」「うん」
「よし、じゃあやってみて」
ここまで来るとフリーレンも手慣れたもので、てきぱきとした指示を送ってルイズの修行を簡潔に進める。
魔力操作の修行法自体は、幼少期のフェルン相手に何度も繰り返しやってきたことだ。効率よくやれる方法も分かっている。
しかし数秒後、再びルイズの周囲は爆発した。
「ごほっ……」
「咲かせるイメージ構築は、あと一歩というところか。やっぱり当面の問題は魔力操作だね」
今のフリーレンは、自分やルイズの周囲に〝防御魔法〟を構築する余裕すらあった。大体爆発する時はルイズの目の前一メイルと決まっているので、瞬時にルイズと自分の正面に、六角形障壁を展開し防御していたのだ。
爆発の威力も大分薄まっているおかげで、盾自体にひびが入ることもなくなった。
「じゃあ魔力操作の修行にシフトしようか」
その後は、ルイズの真下に魔法陣を描いて補助したり、魔力の行き渡らせ方を解説したり、ルイズの瞑想を遠目で見守ったりしていた。
こうして時間の許す限り、ルイズはフリーレンの修行を受けて一日を終えるのだ。
日が傾きかけた頃合いを見計らって、修行を切り上げ風呂場へ向かう。
湯につかりながら、今日の修行についての反省や議題などを言い合う。
その後夕食に向かい、タバサやキュルケと駄弁ったりしながら自分の部屋に戻る。その頃にはもう、ハルケギニア特有の双月が夜空に浮かびあがっていた。
「ふぁ……」
ルイズは机に上半身を預けながら、土と種を詰めた瓶を、何とはなしに眺めていた。
これもフリーレンの修行の一環である。とにかく『花が咲く過程』は、ずっと眺めていろとのことだ。寝る前は毎回、これを三十分続けることが日課となっていた。
植えている花は今日の授業でも取り扱った『双月草』である。机の上には、この花の種が数個、無造作に置かれている。
瓶に詰めた土は、フリーレンの魔法により成長促進の効果が加えられている。ルイズの視界では、見る見る内に種から芽が吹き出ていき、葉が伸びていく光景が映し出されていた。
当のフリーレンは地面に座りながら、鞄から聖典の書などを取り出して、パラパラめくっていた。病気の姉の話を聞いてからというもの、準備してくれているようだ。
「ねえフリーレン」
ルイズは視線を瓶から移さず、声だけでフリーレンを呼ぶ。
「なに?」
「あなたの世界じゃ病気や毒は、その『聖典』が無いと治せないってことでいいの?」
「そうだね。治療の力は大体が女神様の領域なんだ。腕のいい僧侶だったら、ルイズのお姉さんも治せるんだろうけど、私はそっちの才能があまりないから」
「女神様?」
「天地創造の女神様だよ。彼女が神話の時代から残したとされる書物に、記された魔法のこと。解読に一生をかける僧侶も少なくないってくらい、神秘的な魔法がたくさんあるんだ」
ルイズは驚いた。ハルケギニアにとって神は形而上の存在。直接現世に干渉するようなことはない。
でもフリーレンの世界は、その形而が確かな効力となって、残っているというのだ。
好奇心をぶつけるように尋ねた。
「例えばなにがあるの?」
「最近のものだったら、過去の世界に干渉したりとか、かな」
「そんなことできるの!?」
「驚く気持ちは分かるよ。私だって体験した時は夢か幻覚かを疑ったから。不可逆性の原理を完全に打ち壊すことすら、女神様にとっては朝飯前なんだろうね」
思わず視線を外して驚くルイズに、フリーレンは心底同調するように言った。
「その代わり、発動には書物が必要であること、女神様に愛される才能が必要になってくるんだ。……だから正直、あんまり面白味は無いけど、効果は絶大なんだよね。ハイターなんか〝二か月無補給無酸素でも生存できる魔法〟なんて持ってたし」
「バカじゃないの? 何よその魔法、ありえなくない? ヤバすぎでしょ」
「私が言うのもなんだけど、魔王討伐で一緒に向かった三人はみんな、別ベクトルで化け物しかいなかったよ」
どこか遠い目をしてそう呟くフリーレン。ルイズも完全に頭を空っぽにして目を虚ろにさせていた。
この大魔法使いエルフをして『化け物』とまで抜かすだなんて、どんな人間たちだったんだろうか。てか、本当にそれは人間だったのだろうか?
それに女神の魔法、そのレベルの高さはもしかしたら始祖すら超えるんじゃなかろうか。それなら一生かけて解明に走る人間が出るのも、納得だ。
「さすがの私も、そこまでの魔法は持ってない。回復魔法も本当に全然使えないし。だから、この世界で治癒薬を勉強できるのはありがたいんだよね。少し前だったらザインっていう僧侶がいたんだけど、今は別れちゃってるし」
途中まで共にした旅の連れの顔を思い出しながら、フリーレンは鞄から一冊の本を手に取る。
「でも、あいつが残してくれた書物や聖典があるから、症状によってはいけるかもしれない」
「ほんと!?」
「兎にも角にも、会ってみないとね。ただ、秘薬の素材はあまり持ち合わせがないから、まずはその調達から始めないとかな」
そう言うと、フリーレンはその本と一緒に、数個の小瓶を鞄から取り出しルイズの前に持ってきた。
「それは?」
「私の世界で使われている、薬草についての書物だよ。瓶にはその種子が入ってる。教材用に使ってもいいよ」
「いいの?」
ルイズは本を受け取る。パラパラとめくると、薬草の絵とそれについての効能が記されているのだろう、異国の文字列が並んでいる。
だが、その文字列の上には付箋が張られており、そこではハルケギニア語に訳された解説文が書かれていた。
「これ、フリーレンが書いてくれたの?」
「まあ、花を咲かせる修行兼、薬草についての勉強になるかなって。暇を見て訳してたんだ」
フリーレンはここで一つ、あくびをかます。
髪留めを外し、歯を磨いて寝間着に着替え始める。
「じゃあ、今日
朝と同じしょぼしょぼした顔で、フリーレンは先にルイズのベッドに入っていった。そして布団に包まるなり、すやすやと寝息を立て始めた。
ここでルイズは、ようやく気付く。
(もしかして、今日の朝起きられなかったのって、ずっとこの翻訳を書いていたからなの? わたしのために……?)
ルイズは思わず唇をかんだ。
ずるい、ほんとうにずるい。
陰でそんなことされちゃったらもう、何も言えなくなるじゃない……。
(明日からは、もうちょっとやさしく起こすようにしよう)
自分の出来る範囲で、きちんと世話を焼こうと、決心した瞬間だった。
ルイズは、フリーレンから貰った小瓶の蓋を外し、種を取り出す。
それを、土が埋まっているだけの透明な瓶に移し替えた。
魔力が込められた水瓶を一滴垂らして様子を見ると、種子の花がすくすくと育ち始める。
「
ルイズはラベルに書かれている文章を読んだ。
薬草ではないらしいけど、フリーレンが一緒に持ってくるあたり、思い入れのある花なのだろうか。
そうしてしばらくの間、ぼーっと成長していく種子を見つめる。こちらは五分ほどで咲いた。
綺麗な蒼だった。疲れた頭でもスーッと鮮明に入ってくる、優しい蒼色の花が瓶の中で咲いていく。
(確かに、綺麗……)
ここで疲れが溜まっていたルイズも、ゆっくりと舟をこぎ始める。
いつの間にか、机に突っ伏したまま寝始めていた。
(いつか一緒に、ちいねえさまと原っぱで……わたしの魔法で咲かせた花を見せてあげたいな……)
晴天の中、家族と、使い魔と一緒に。
健康になった次女に、花飾りを作ってあげるんだ……。
ルイズは眠りについた。健康になった次女と花畑を楽しむ。そんなイメージを夢の中で鮮明に描きながら。
彼女が夢を見ると同時に、机の上に残っていたままの種子が、ゆっくりと芽吹き始めていた。