使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第105話『囚われた先で』

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 あれ……ここは?

 

「ルイズ、ルイズ?」

 

 この声……フリーレン?

 

「おい、娘っ子!」

 

 デルフも……って、この景色……!

 

「ルイズ!」

 

 フリーレンの声を聞いて、徐々に暗闇に閉ざされていた視界に色がついていく。

 その先には、結婚式場の中でこちらに呼びかけるフリーレンとデルフの姿があった。

 

「フリーレン……? デルフ? あれ、わたし……」

 

 起き上がったルイズは、まず自分の体を見下ろした。

 特に縛られているわけでもない、いつも通りの体だ。

 あれ? もう助けが来たの? そう思ったが……周囲を見渡し、すぐに違うと思い至る。

 

「ここ、夢の中?」

「そうだよ。ようやく『現実世界のルイズ』が寝入ってくれたみたいだからね。ずっと呼びかけていたんだよ」

「そうだ、わたし……!!」

 

 今までのことを思い出し、ルイズは思わずフリーレンに詰め寄ろうとする。

 だが、フリーレンはそれを手で制した。

 

「大体のことは、デルフから聞いたよ。……タバサと戦ったそうだね」

「……ええ」

 

 捕まる直前、共に魔法を高め合った学友と死闘を繰り広げたことを思い出し、ルイズは静かに頷いた。

 それからフリーレンは、これまでデルフから聞いた話をルイズに確認するように語った。

 

 吸血鬼と、言葉を喋るミノタウロスの二体と遭遇したこと。

 そいつらには勝利したものの、突如として援軍が現れ、その中にはタバサもいたこと。そして、一気に劣勢へと追い込まれたこと。

 さらにはアンリエッタ姫を人質に取られ、気を取られた隙を突かれて敗北したことまで――。

 その一部始終を、フリーレンは既にデルフから聞いていた。

 

「あんた、今どうしているの?」

 

 ここでルイズが先に、デルフの所在について尋ねた。

 

「一応、俺も娘っ子らと一緒に連れてかれてな。今は牢屋近くの物置に放り込まれているところだ。連中、俺が特別な、特別なインテリジェンスソードであることまでは知らないようだがな」

 

『特別』という部分を妙に強調しながら、デルフは言った。

 一緒に連れて行かれる際、ずっと黙り込んでただの剣であることを装っていたため、特に誰からも目をつけられなかったようだ。

 

「それよりも、今のルイズの状況は? どんな感じなの?」

 

 そんなデルフの自己主張は置いといて、フリーレンが尋ねる。

 ルイズは少し悔しそうに俯きながら、今の自分の状況を伝えた。

 

「えーと……タバサにやられて、目を覚ました時にはもう目隠しされていたから、どこにいるのかまでは分からない。まあ、牢屋みたいな一室に閉じ込められているんだとは思うけど」

「それで? 逃げられそう?」

「難しそうね。わたし、今は手足を縛られて、シエスタと背中合わせに繋ぎ留められているの」

 

 ルイズは後ろ手に両手を回すと、そのまま床に寝転がった。

 現実の自分がどのような状態で拘束されているのか、身振りを交えてフリーレンに伝えた。

 

「どうやら魔法のロープらしくてね。魔力を動かそうとすると、首まわりの縄がきつく締まるのよ。〝魔力探知〟ぐらいだったら何とかなるんだけど、『爆発』とか強い魔法を発動させようとすると……」

「息ができなくなるほど締まる?」

 

 ルイズは頷いて、再び起き上がった。

 

「シエスタも多分、そういう仕組みだって分かっているんだと思うわ。力ずくで暴れたら首まわりの縄が締まるから、迂闊に力を出せなくて……。あの子一人だったら、それでも無理やり突破しそうな感じはあるけど……わたしに気を遣って、それをしないんだと思うの」

「アニエスや姫さまは?」

「別室の牢屋かしら? おぼろげだけど二人の魔力は探知できたから、多分わたしやシエスタと同じような状態で繋ぎ留められているんだと思う」

 

 ルイズはそう言うと、「はぁ……」と深刻な溜息を零した。

 

「あと一歩で、姫さまを助けられるところまで来たというのに……あの人質作戦は本当に卑怯よ……」

「じゃあもう、今のルイズは何をされても抵抗できない感じ?」

「そうね……割とどうしようもないわ」

 

 苦しそうに、ルイズは頷いた。

 夢の中でこうしてフリーレンと交信できたのは幸いだったが、状況は何一つ好転していない。

 向こうには、人食いの化け物が何人もいた。いつ食われるか分からないと思うと……。

 そんな恐怖を何とか振り払いながら、ルイズは尋ねる。

 

「フリーレンは、どんな感じなの?」

「ティファニアとは接触できた。今はルイズを助けるためにジープを走らせているけど、肝心の場所がどこだか分からないんだよね。間に合うかどうかも分からない」

 

 せめて手掛かりだけでも得ようと、フリーレンはどこで捕まったのかをルイズに尋ねる。

 

「分からないわ……。わたし、起きた後すぐに吸血鬼たちと戦闘になって……ろくに周りを見る機会がなかったから……」

「ああ、それなら大丈夫だ。連中、『レキシントン都市』へ行くとかなんとか、そんな話をしてたからな」

 

 それを聞いたフリーレンは、「ナイスだ、デルフ」と言って、その鍔を撫でてやった。

 デルフも「おうよ! もっと褒め称えてくれていいんだぜ!」と、嬉しそうに声を上げた。

 

「あ、ありがと……デルフ」

「いいってことよ。これでちったあ俺様のこと、伝説の剣だと見直してくれただろ?」

「まあ、そうね……」

 

 それに関してはノーコメントとばかりに口を閉ざしたが、なんにせよ、デルフのおかげで捕まった場所は分かった。

 

「じゃあ、すぐにでも私は『レキシントン都市』を目指す。もう少しだけ我慢してて」

「分かったわ。……それでフリーレン、タバサのことなんだけど……」

 

 ここでルイズは、自分の推測をフリーレンに伝える。

 あのタバサが、何の理由もなく敵対してくるとはどうしても考えられない。

 あり得る理由の一つ。

 アウラと接触し、〝服従させる魔法(アゼリューゼ)〟をかけられたのではないか。

 

「間違いなくそうだろうね。アウラがなんでタバサの首を残したまま操っているのかは疑問だけど……」

 

 ただ、これについても推測はできる。

 この世界のメイジは魔法を使う際、『詠唱』が必要になってくる。

 だから昔のように首を切ってしまえば、魔法そのものが使えなくなる。

 アウラとしては不便に思うだろうが、戦力が落ちるよりはマシだと割り切って運用しているのかもしれない。

 

「怖いこと言わないでよ……」

「ごめん。でも昔のアウラだったら、そんな対応、絶対に見せなかっただろうからさ」

 

 そう言って、フリーレンは顎に手を添えて黙考する。

 そんな彼女を見て、ルイズはやがて口を開いた。

 

「フリーレン、わたし、なんとかしてタバサを助けたいんだけど……」

「今、それを考えていたところだ。……とはいえ、今の私じゃあいつの魔法は解除できないし……」

「逆に言うと、昔はできたってことか?」

 

 デルフが合の手のように口を挟んだ。

 

「うん。かなり魔力を消費するけど、できないことはなかった」

「どうして今はできないのよ?」

「アウラ自身が、また術式をいじくったみたいだからね。そうでなくとも基本、七崩賢の魔法は、人類の魔法体系じゃ解除はおろか、解析すら不可能な部類に入っている。私でさえ、解除術式の構築にはかなり難儀した」

 

 ルイズは唸った。フリーレンをしてそこまで言わせるとは。

 相当、難易度が高いことはよく分かった。

 

「だから、解除法を見つけるまで、どれくらいかかるか分からないんだよね」

「そんな、悠長なこと言われても……!」

 

 ルイズは苦しそうな声で言った。

 自分の命もそうだが、タバサだっていつ首を切り飛ばされてもおかしくない状況なのだ。なんとかしてあげたい。

 

『母を助けて欲しい』。

 そう言ってきた時の、タバサの辛そうな表情が、ふと脳裏に蘇る。

 

「まあ、確実に『できる』って方法はないけど、『頑張れる』方法ならなくはないよ」

「あるの!? なによもう、早く言って!」

 

 フリーレンの言葉に、ルイズは少しだけ気持ちを落ち着かせる。

 流石わたしの使い魔。やっぱり頼りになるわね。

 そう思っていると、フリーレンはこう言ってきた。

 

「あ、言っておくけど、私じゃないよ。ルイズに頑張ってもらうんだよ」

「……はい?」

 

 が、頑張るって……わたしが?

 今わたし、捕まっているんだけど。

 縛られて、身動きも取れないんだけど……。

 

「そりゃ、わたしだって頑張りたいけど……でも、どうするのよ?」

「縛られてたって、自力で脱出できなくたって、『魔法そのもの』は封じられていないでしょ?」

 

 封魔鉱の時は、本当にどうしようもなかった。

 けれど今なら、多少は魔法を扱える。

 でなければ、こうして『夢の世界』で会話することもできないし、〝魔力探知〟だって使えないはずだ。

 するとフリーレンは、人差し指をゆっくりとルイズへ向ける。

 その指先に、ぽわ……と淡い光が灯った。

 

「この光には、かつて私が作った〝服従させる魔法(アゼリューゼ)を解除した魔法〟の術式が入っている。これを渡すから、ルイズはタバサと接触した時に、少しでもあいつの魔法を〝解析〟するんだ。今の術式について詳しく分かれば、それだけ解除魔法の完成も早まる」

 

 

 つまりフリーレンは、ルイズ自身にアウラの魔法の〝解析〟を試みさせようというのだ。

 

 

「ルイズは魔法使いなんだから、魔法で勝負しないと。動けない身体のことはもう、シエスタやアニエスに任せるしかない」

「〝解析〟って……たまにあんたがやってるアレよね? わたしにもできるものなの?」

「ルイズ」

「あ、ごめん。そうよね。『できない』って思っちゃ駄目なのよね!」

「一応、この中には『解析手順』の簡単な雛形も入れてある。それを頼りにやってみるって感じだね」

 

 やってみる?

 フリーレンはそう問いかける。

 まるで、これもまた一つの試練だとでも言うように。

 

「もちろん、やるわ」

 

 ルイズは力強く頷いた。

 フリーレンはそれを見て微笑むと、淡い光を宿した人差し指を、ルイズの額へとゆっくり近づけていった。

 

 

 

 ルイズが夢の世界でフリーレンと交信している頃。

 

「んぐ……っ」

 

 現実世界のシエスタは、なんとか縄を解けないかと色々思案していた。

 あの戦いの後、降参して捕まり、そのまま眠らされて――気づけば、誰かと背中合わせに縛られていた。

 

(この背中……ミス・ヴァリエールかしら?)

 

 何度か身じろぎした際、首まわりの縄に締め付けられ、そのたびに背後から聞こえてきた呻き声がルイズのものに思えた。

 だから多分、背中合わせになっているのはルイズなのだろうと、シエスタは考えていた。

 

(それにしても困ったな……、どうやったら解けるんだろう?)

 

 どれくらいここに閉じ込められているのかすら分からない。

 ただ、後ろ手で結び目を探る程度では決して解けないほど、がっちりと拘束されている。

 

 力ずくで引きちぎる――という手段も取れないことはない。

 だが、そんなことをすればルイズの体がまず持たない。

 こうして背中合わせに縛っているのは、そうした力ずくでの脱出を封じるためでもあるようだ。

 

 だからなんとか指先で結び目を探って……と試行錯誤しているのだが、魔法のロープゆえに、少しでも緩めばすぐに自動で締まってしまう。

〝未来視〟で数秒先を読んでも、状況が変わる未来は見えない。

 シエスタをもってしても、今の状況はどうしようもないのだった。

 

(本当にどうしよう……フリーレンさん……)

 

 心の中で、すでに頼れるエルフが助けに来てくれないかと思い始めた――その時だった。

 

(え? あれ……?)

 

 目隠しされてはいるものの、〝未来視〟で数秒先を見たシエスタは、驚きに目を見開いた。

 不意に、扉の開く音が聞こえたからだ。

 

 続いて、石造りの床を靴で叩く足音が響く。

 その音は、少しずつこちらへ近づいてくる。

 

(この子は……!?)

 

 数秒先の未来を見たことで、シエスタは誰が来たのかを、その来訪者が姿を現すよりも先に察した。

 やがて、その人物はさも当然のように鉄格子の扉を開けると、シエスタの目隠しを外した。

 

「ふぐっ……!」

 

 薄暗い部屋とはいえ、突然視界が開けたことに驚き、シエスタは慌てて周囲を見渡す。

 

「ふふっ、久しぶりねえ、シエスタ」

 

 そして、その目の前には。かつて洞窟の中を共に冒険した、見覚えのある顔があった。

 

(ジャネットさん……!)

「随分みっともない姿をさらしちゃってるじゃないの。あなたもルイズも」

 

 そう言って、ジャネットはまず挨拶代わりとばかりに、シエスタの頬をぺろりと舐めた。

 今度は縛られて身動きが取れなかったので、シエスタとしても甘んじて受け入れるしかなかった。

 

「『あの時』は楽しめなかったものね。予想通り、あなたの汗も魅力的な味よ」

 

 十中八九、あの時避(・)け(・)ら(・)れ(・)た(・)ことへの意趣返しもあったのだろう。

 ようやくリベンジを果たせたとばかりに、ジャネットは満足げに微笑んだ。

 

「ちょっと待っててね。今、猿轡も外してあげるわ」

 

 ジャネットがぱちんと指を鳴らす。

 すると、シエスタの口元を塞いでいた布が、はらりと床へ落ちた。

 同時にルイズの目隠しや猿轡も外れていたが、この時の彼女は夢の世界にいたため、特に反応を示さない。

 ようやく口が自由になったことで、シエスタはジャネットの方を向いた。

 

「あ、あの……ジャネットさん。どうしてこんなところに……!」

「ま、色々あってね。私こそ驚いたわよ。まさかあなた達とアルビオンで再会することになるなんてね」

 

 そう言って、ジャネットはこれまでの経緯を簡単に説明した。

 とある任務の最中、いざこざがあってアルビオンに潜伏することになったこと。

 その道中で、戦闘を繰り広げるルイズ達を遠巻きに見ていたことなど。

 流石にこの状況で、その任務の内容までは教えてくれなかったが……。

 

「ちょっと私達も今、面倒な状況に陥っているのよね」

 

 面倒くさそうな顔で嘆息すると、ジャネットは腰をかがめ、床に横たわるシエスタを見下ろした。

 

「あなた達、私の兄さま方と戦っていたでしょ?」

「兄さま……?」

「魔力で剣を大きくする金髪の男と、上半身真っ裸で丸坊主の大男。あの二人、私の兄たちなの」

 

 それを聞いたシエスタは、まずジャネットと最初に会った時のことを思い出す。

 そういえば、ジャネットさんには兄が三人いて、それぞれが系統別の魔法のエキスパートだとかなんだとか、言ってたっけ。

 次に、シエスタは捕まる前に起こった戦いを思い返す。

 

 自分は早々にリーニエに蹴り飛ばされていたから、詳しいことまでは分からない。

 けれど、確か戻ってきた時、タバサと一緒になってルイズ達を縛り上げていた、二人の男がいたような……。

 

「あのお二人が、ジャネットさんのお兄さんなのです? でも、なんで……わたしたちを……?」

「それが私にもさっぱり分からないのよ。ただ……『操られているんじゃないか』とは思っているんだけど、確信が持てなくて……」

 

 操られている……?

 もしかして、ミス・タバサもそうなのだろうか?

 あれから色々考えたけど、やっぱりタバサが理由もなく敵対してくるような人間じゃないのは確かだ。

 そしてここに来て、魔法に詳しくないシエスタも、ついに一つの可能性へとたどり着く。

 

「もしかして……あれがフリーレンさんの言っていた〝服従させる魔法(アゼリューゼ)〟なのかしら……?」

「やっぱり、あなた知っているのね? 兄たちが急におかしくなった原因について」

 

 自分の推測は当たっていた。

 そう悟ったジャネットは、ずいっと顔を近づけ、シエスタを見つめる。

 その表情は真剣そのものだった。洞窟の時に見せていた、底知れなさを感じさせるような微笑みは、完全に消えている。

 それだけ彼女も必死なのだろうと、シエスタは思った。

 だから、自分に分かる範囲で情報を提供する。

 

「今、このアルビオンに〝断頭台のアウラ〟っていう魔族? がいるみたいなんです。その人が使う魔法というのが、天秤でお互いの魔力を秤にかけて、魔力の低い方を一方的に操れるとかなんとか……」

 

 ――天秤。

 その言葉を聞いた瞬間、ジャネットは目を見開いた。

 

(あの天秤……やっぱり、そういう類の魔法だったのね!)

 

 そう、ジャネットたち『元素の兄弟』もまた、ガリア王から下された任務の遂行中に、アウラと遭遇してしまったのだ。

 迎撃しようといきり立つ次兄ドゥドゥーと、それを諫めようと立ち上がったジャック。

 二人はその天秤の力によってあっけなく隷属させられ、自分と長兄ダミアンに襲い掛かってきた。

 唯一、この異常事態に冷静に対処したダミアンだけが、自分を連れてその場から脱出したことで、なんとか助かったのだが……。

 

(心を意のままに操る水魔法を極めた、この私ですら、あの天秤の異常さを事前に察知できなかった。私達は今、ハルケギニアの常識が通用しない『未知なる力』と対峙しているというわけね……!)

 

 それにいち早く気づいた長兄ダミアンの直感と観察眼は、流石だと言わざるを得ない。

 自分一人だったら、何も分からぬまま、あの女の天秤に魔力を乗せられていたかもしれないのだから。

 

「その話、もっと聞きたいわ。私だって、兄たちを元に戻したいもの」

「……じゃあ、まさか、そのために助けに来てくれたのですか?」

 

 シエスタは期待を込めた目で、ジャネットを見上げる。

 ジャネットもまた、もったいぶることなく、簡潔に「そうよ」とだけ返した。

 『シェフィールド救出』という任務を遂行するためにも、アウラに操られた兄たちの奪還は急務。

 それに、アウラの手に落ちた救出対象(シェフィールド)まで同じ魔法にかけられているのだとしたら、どのみち解除方法も探らなければならない。

 

 そうでなくとも、シエスタやルイズは、『アウラ』なる今回の任務における最大の障壁――おそらくは、この事態を引き起こした元凶について何かを知っている。

 ならば、ここはあえて二人を救出し、その恩を足掛かりに手を組むのもアリだと考えていた。

 

(まさか、あの時洞窟で出会った縁が、こんな形で活きてくるなんてね)

 

 人生、何が起こるか分からないものだ。

 まあ、自分は半分吸血鬼の血が入っているから、完全な人間というわけでもないのだが。

 って、今そんなことはどうでもいい。

 

「とりあえず、あなた達は確実に助けるわ。もっとその、アウラとかいう奴についての情報を知りたいの。ダミアン兄さんも交えながらね」

「はい、それは構いませんけど……あの、実は別室に、もう二人ほど閉じ込められている人がいるんです。そのうちの一人はやんごとなき方で、是非ともそちらの方も……」

「分かってるわ。でも、こっちも余裕がないのよね。あなた達は閉じ込められていて知らないだろうけど、地上……この地下牢の上はね、大変なことになっているんだから。四人も連れて逃げ出したら、目立っちゃうわ」

「大変なこと……ですか?」

「そうよ。目を盗んでここまで来るの、大変だったんだから。特に、あの二つ角の子が……!!」

 

 そこまで言った時、ジャネットがピクリと反応し、出口の方を見やった。

 シエスタも〝未来視〟により、ジャネットが何に反応したのかを察知する。

 

「ジャネットさん! 誰か来ます!」

「みたいね……!」

 

 ジャネットは目を細める。

 そして杖を使わず、何やら小声で詠唱を始めた。

 

 これは系統魔法ではなく、『先住魔法』。

 半分亜人の血を引く彼ら兄弟もまた、ある程度とはいえ精霊との交渉が可能だった。

 やがて、一度は外した目隠しや猿轡がふわりと浮かび上がり、シエスタとルイズを再び拘束する。

 

「うぐっ……!」

「静かにしてて頂戴ね。私は隠れて、なんとかやり過ごすから」

 

 それを聞いて、シエスタはゆっくりと頷いた。

 出口は、上へと続く階段だけ。そこから何者かが、こちらへと向かってくる。

 

 ……あとついでに、ルイズの首筋から、少量の『血』を、注射器のような魔道具を使って頂いておく。

『いざ』というときのための保険だ。使わずに済むに越したことはないが、念のためだ。

 

(ごめんなさいね、ルイズ)

 

 寝ているままのルイズの首筋を『治癒』で治し、心の中で謝る。

 そうした後、ジャネットは先ほどと同じように『先住魔法』を使い、人一人をすっぽりと包み込めるほどの結界を構築した。

 この中にいれば、少なくとも『探知魔法(ディテクトマジック)』には引っかからない。こうして身を隠しながら、ここまで来られたのだ。

 ジャネットは結界の中に身を潜め、なんとかやり過ごそうと考えていた。

 

(足音からして……二人か)

 

 魔力の気配はもちろん、高鳴る心音さえも隠しながら、ジャネットは死角に身を潜め、近づいてくる者の様子を窺う。

 やがて、蝋燭の明かりに照らされた二つの人影が、次第に大きくなっていく。

 

 そして、そのうちの一人の姿を認めた瞬間――ジャネットは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

 

(さいっあく……あいつじゃないの……!!)

 

 まだ治りきっていない腕の傷を無意識に庇いながら、ジャネットは内心で呻いた。

 アルビオンに来る前に受けていた任務で出会い、兄たちと共に死闘を繰り広げた相手。

 その戦いで、骨が折れるほどの威力で蹴り飛ばされた記憶が蘇る。

 

 アウラと同じ、二本の角を持つ少女――リーニエ。

 そしてもう一人は、吸血鬼の少女――エルザ。

 二人が並んで、こちらへと歩いてきていた。

 

 

 

「ねー、どうしたの? リーニエお姉ちゃん」

 

 遅れて、エルザの姿もジャネットの視界にはっきりと映る。

 つい数か月前までは『抹殺対象』として、目を皿のようにして探していた二人組。

 だが今では、ジャネットにとって最も会いたくない二人となっていた。

 

「逃げ出したわけじゃない……隣のお姫様達も、ちゃんと大人しくしている……。うん、何も問題はなさそうだけど」

 

 エルザはとことこと歩き、隣の部屋の鉄格子を覗き込んだ。

 どうやら、同じく捕まっている二人組――アニエスとアンリエッタ姫の様子を窺っているのだろう。

 少なくとも、エルザが自分に気づいている様子はない。

 一方、リーニエはエルザにも隣の部屋にも興味を示す様子はなく、そのままシエスタとルイズが捕らわれている牢屋へと入っていった。

 

「一体どうしたの? アウラ様はまだ来てないよ? あまり余計なことをすると、アウラ様、怒るんじゃないの?」

 

 少し怯えた口調で、エルザもリーニエのいる牢屋へと入っていく。

 

 アウラの魔法の恐ろしさを知っているがゆえだろう。

 仕方のないこととはいえ、必要以上に怯えているようだった。

 

 だが、リーニエは特に気にする様子もなく、シエスタの目隠しと猿轡だけを外した。

 

「ぷはっ……え、あ、あなた……」

「り、リーニエお姉ちゃん?」

 

 突然の行動に、シエスタとエルザは同時に戸惑った。

 

「アウラ様に洗脳される前に、聞きたいことがある」

 

 リーニエは、まるで虫でも見るかのような目でシエスタを見下ろした。

 

「き、聞きたいこと……?」

「あなた、本当に『南の勇者』の血を受け継いでいるの?」

 

 南の勇者……?

 確か、フリーレンさんが言っていた、『人類最強』と謳われた人のことだろうか?

 わたしのひいおばあちゃんを助けて、ハルケギニアへ送ってくれたっていう……?

 

「ドラートの奴から色々聞いて、多分あなただろうとは思ってるけど、今ひとつ確信が持てないんだよね」

「ドラート……?」

 

 あ、もしかしてヴァリエール家を襲った、あの……?

 そういえばこの人、あの切れ味鋭い糸を操っていた男の人と知り合いみたいなこと言ってたっけ。

 

「正直、私としては、あなたが『本物』だっていうなら、アウラ様に操られる前に一度仕合ってほしかったんだよね。まだ全然見(・)れ(・)て(・)な(・)い(・)し(・)」

 

 シエスタを縛る縄を爪でくいくいと引っかきながら、リーニエは言った。

 

「……リーニエお姉ちゃん、また〝模倣〟? 別に逃げられるリスクを負ってまで、するようなことなの?」

 

 逆に、南の勇者のことなど全く知らないエルザからすれば、リーニエがなぜここまでシエスタに執心するのか、よく分かっていなかった。

 そんなエルザに構うことなく、リーニエは引っかいていたシエスタの縄の隙間から這い出てきた、一匹の蠅へと視線を向ける。

 

「エルザは知らないだろうけど、私のいた大陸にはかつて、『人類最強』と謳われた化け物がいたの。それが南の勇者なんだけど」

「うん」

 

 エルザと、死角に隠れていたジャネット。二人が同時に頷いた。

 リーニエは羽を広げ始めた蠅を視線で追いながら、話を続ける。

 

 

「そいつは、アウラ様に匹敵する七人の魔族と、魔王様の側近――それも、千年先を見通す〝未来視〟の魔法を持った大魔族。計八人を同時に相手取って、そのうち半分を葬ったほどの強さを誇っていた」

「……え? アウラ様レベル八人と、一斉に……?」

 

 

 アウラの実力を知ったからこそ、その話にエルザは心底唖然とした。いや、唖然とせずにはいられなかった。

 リーニエは飛び立とうとした蠅を、人差し指で押し潰す。

 ぺちゃり。と、小さな音を立てて、蠅は潰れた。

 

「その、アウラ様と肩を並べた大魔族の中には、〝絶対に壊せない結界魔法〟を持つ者や、〝奇跡のような幻覚を見せる魔法〟を扱う者もいたし……一番強い奴だと、〝すべてを黄金に変えてしまう魔法〟を操る者もいた」

 

 なんでもそいつは、『詠唱』も『杖』も一切使わず、ただ『意識(イメージ)する』だけで、対象を永久の黄金像へと変えてしまうのだとか。

 

 それを聞いたエルザは唖然とした。どんな化け物だ、そいつは。

 なんの予備動作もなく、あらゆるものを黄金に変えてしまうだなんて、魔法としても出来過ぎだと思ってしまう。

 

「そ、そんなすごい魔法を持っていた人たちが全員集まって、なんでそんな被害が出たの?」

「さあね、分からない。アウラ様も語ろうとしないし。ただ、南の勇者がそのくらい実力のある大魔族を三人葬って、その上で側近の大魔族と相打ちになったのは事実だ」

 

 その事実があるからこそ、南の勇者が故人となって長い年月が経った今でも、なお『人類最強』の名を恣(ほしいまま)にしている。

 八対一という圧倒的不利な戦いの中で、それほどの戦果を挙げたのだから。

 

(フリーレンさんから聞いてはいたけど、そんなすごい人だったんだ……)

 

 シエスタもまた、リーニエから聞かされた祖先の恩人の実績に、改めて感嘆を覚える。

 ジャネットも、にわかには信じられないような顔をしながらも、

 

(それだったら、私の舌舐めも避けられて当然ね……)

 

 と、内心で妙に納得していた。

 リーニエは潰れた蠅の残骸がついた指先で、再び軽くシエスタの縄を引っかいた。流石にもう、蠅は出てこないようだが……。

 それにも構わず、リーニエは続ける。

 

「だから、もし彼女が『南の勇者の血族』なら、私としては絶対に外せない。『人類最強の武技』――それは私の模倣魔法をさらなる高みへ押し上げる、これ以上ない素材となる」

「はぁ……でも……」

 

 エルザはなんとも言えない顔で、シエスタを見下ろす。

 リーニエもまた、エルザの言いたいことは分かっていたようで、頷いた。

 

 

「そうなんだよね。本当にこの子が『南の勇者の子孫』なら、こんなにあっさり捕まるわけがない」

 

 

 だから、『確信が持てない』。

 それほどまでの強さを持った者の血を受け継いでいるにしては、あまりにもシエスタが弱すぎる。そう思っているのだろう。

 本当に強いのなら、アウラにはまだまだ及ばない自分と互角程度というのも、腑に落ちない。

 

 ただ、リーニエはまだ、縛られた状態のシエスタとしか戦っていない。だから結局、シエスタが本当にどれほど強いのか分からないままだった。

 だからこそ、リーニエとしても少し悶々としているのだろう。

『本物』なら、是非ともその技を模倣したい。だが『偽物』なら、アウラに怒られる危険を冒してまで、シエスタを自由にする意味はない。

 

 しばらく本気で悩んでいたようだが……結局、縄を解くことなく、リーニエは立ち上がった。

 そして、至極どうでもよさそうにこう続けた。

 

 

 

 

「ところでさ、背後にももう一匹、でかい蠅がいるみたいだけど……エルザは気づいてた?」

 

 

 

 

 それを聞いた瞬間、ジャネットの心臓がひときわ大きく跳ねた。

 何も気づいていなかったエルザも、自分の背後に何者かが潜んでいると知り、恐怖で身をすくませる。

 

 ジャネットの全身から、どっと汗が噴き出した。

 息を止めるようにして、さらに深く気配を押し殺す。

 だが――リーニエの視線は、ゆっくりとこちらへ向けられていた。

 

(な……なんで『精霊の結界』を、見破られ……!?)

 

 理不尽に感じるだろうが、それでもリーニエの〝魔力探知〟は、そう簡単に欺けるほど甘くない。

 僅かに漏れ出た魔力の発生源を朧気に捉えることなど、造作もないのである。

 

 次の瞬間――。

 リーニエは振り向きざまに魔力球を放ち、それを鋼鉄の球へと変化させた。

 そしてそのまま、ジャネットの潜む場所へ容赦なく叩きつける。

 

 轟音。

 巨大な衝撃音が、地下牢全体を揺るがした。

 

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