「ほら、行きなさい」
アウラは『レキシントン都市』を見下ろせる丘の上で、軽く手を振った。
彼女の背後で静かに佇んでいた竜たちが、その合図に従って翼を広げる。
〝新式・
フリーレンの奴が使っていた〝解除魔法〟を無効化するとともに、竜、オーク鬼、トロール、ゴブリン、コボルト、もちろんエルフといった亜人種であっても、魔力量で上回ってさえいれば隷属させることが可能となった。
その分、〝女神魔法〟に対する抵抗力は多少弱まっているが、この世界に全知全能の女神の魔法を使える者など、ほとんどいない。
故に、その対策に割いていた分を、別の性能強化へと振り向けた格好だ。
それに加えて、今の自分にはさらに『これ』がある。
「『魔法を使わない未知なる武器』。まさか、ここまでの威力があるとはね」
そう呟きながら、スキルニルのアウラは、首なしの従者たちに運ばせた、見たこともない武器の数々を見下ろした。
それは、才人の世界で流通している武器。
いわゆる近代兵器や重火器と呼ばれる代物だった。
不格好な刃物から、引き金を引けば弾丸が飛び出す『銃』なる武器、衝撃や特定の操作によって炸裂する『爆弾』まで。
他にも、見たことのない形状をした武器が、いくつも並べられている。
最初は、こんな魔法も使わないへんてこな武器に頼る気などなかった。
だが、フリーレンとの二戦目……。肝煎りの
いくら自分の五分の一にも満たない魔力しか持たない
というわけで、気分を切り替える意味も兼ねて、この武器群を実験投入することにしたのだ。
実験台は、この都市に立てこもる人間たち。そして、実際に使ってみると、これが意外と悪くない。アウラ自身も、そう思い始めていた。
使い方さえ叩き込めば、取るに足らない首なし兵であっても、複数の魔法使いをまとめて蹂躙できるのだから。
「アウラ様ー!」
さて、そんなアウラに向かって、一人の少女がやってきた。
少女もまた魔族だった。あどけない顔立ちをした、十歳くらいの可憐な少女だが、その頭には二本の角が生えている。
「頼まれていたもの、持ってきましたよー!」
「あら、ありがとう、ユン」
アウラは、ユンという名の少女に顔を向け、魔族らしからぬ軽い礼を口にすると、首無し兵や竜たちが運んできた『それ』に目を向けた。
GBU-43/B Massive Ordnance Air Blast。通称『
才人の世界で使われている大規模爆風爆弾。
「これって、どうやって使うんだったかしら?」
「えぇ……と、『もう、このまま高い所から落とせばいい』らしいです! ソリテール様が言ってました!」
魔力が詰まっているわけではないのだから、『これ』の外見を眺めたところで、何かが分かるわけでもない。アウラは首を傾げた。
だが、アイツ……ソリテールが言うには、これには広範囲を薙ぎ払うほどの爆薬が詰まっているらしい。
実際に、砂漠のエルフを相手に試したとも言っていたし。
「すごく興味あります! これを落とすだけで、一体どれくらいの人間が吹っ飛ぶんでしょうか!」
「ま、一個しかなくてもったいないけど、試してみないと分からないものね」
とりあえず、実験がてら『
こうした異形の武器を、この世界の、一部の連中は『場違いな工芸品』と呼んでいるらしい。どうやら、それらを探し求めている者たちもいるようだ。
そして、その工芸品が流れ着く場所が、ハルケギニアには点在しているという。
これらの武器は、ソリテールを通じてユンから、大まかな使用方法と共におすそ分けしてもらったものだ。
『ねえ、アウラ。面白いでしょ? 魔法も使わずに人を殺せる武器が、こうして流れ着く場所がハルケギニアには点在するらしいの』
『ふぅん……。あんまり興味ないんだけどね』
『一度使ってみたら、そうは言っていられなくなるわ。〝不死の軍勢〟に持たせてみたらいいじゃない。色んな手駒を操れるのが、あなたの魔法の真骨頂でしょう?』
『あなたは使ったの?』
『ええ、砂漠でね。エルフのみんな、悲鳴を上げていたわ』
当初はあまり興味をそそられなかったが、このまま使わずにフリーレンたちに負けるくらいなら、試してみるのも悪くないと思い直したのだ。
「で、あんたもこの『爆弾』とやらが、どんな威力を発揮するのか見に来たの?」
「はい! ぜひこの目で見てみたいんです! ソリテール様が言うには、これの他にも人間の街を一掃できるほどの『火器』があるそうで。私に色んなことを教えてくれるんですよ! こうした未知の武器の使い方もすぐに解析していましたし、もっとソリテール様からたくさんのことを学びたいんです!」
このユンという少女魔族は、かなり知的好奇心が旺盛なようで、何にでも興味を示す。
元はかの将軍、〝神技〟のレヴォルテの下に仕えていたらしいが、アウラたちと同じように、一度死んだ後、ハルケギニアへと渡ってきたという。
その際、最初に出会ったのがソリテールで、今は彼女と行動を共にしているようだ。
まあ、アウラとしては別にどちらでもいい。
この子を積極的に引き込むつもりもなければ、その理由も特にないのだから。
「さて、じゃあ始めましょうか」
「あれ、そういえば、まだアウラ様の配下の方々が街中にいるんですよね? いいんですか? 巻き込んじゃうと思いますよ?」
「リーニエのこと? あの子が『これ』でくたばるほどヤワじゃないし、他の連中も、死ぬんだったらそれまでの奴だったってことよ」
アウラは指を軽く振った。
まずは、先に飛び立たせた竜たちによる自爆特攻。絨毯爆撃を浴びせ、街を徹底的に疲弊させる。
そうして弱りきったところへ、とどめの『こいつ』をズドン。
「ま、見せてもらいましょうかね。『異世界の
そう嘯くアウラの背後で、数匹の竜が『モアブ』をつかみ、レキシントン都市へと向かって飛び立っていった。
夢の世界。
「はぁ……はぁ……!」
ルイズはタバサの氷魔法を防ぎながら、何とか反撃の機を窺っていた。
だが、腹部から伝わる激痛と、先ほど直撃した〝
むしろ、こうしてタバサの攻撃をやり過ごすだけで、今は精いっぱいだった。
「ぎゃあっ……!!」
タバサの放った風魔法、『ウィンド・ブレイク』がルイズの小さな体を吹き飛ばす。
そのまま、今度は式場の来客席へと突っ込んでいった。
「はぁ……はっ……!」
それでも、ルイズは立ち上がる。
全身を痛みが覆い、本当はこのまま倒れてしまいたかった。痛みで涙がとめどなく零れ落ちていく。
それでも、タバサを助けるために立ち上がる。
「……めて」
そんなルイズを見たタバサもまた、泣いていた。
震えるような、か細い声をルイズに向ける。
「もう、いい……もういいから……にげて……」
「……い、やよ」
当然ながら、ルイズはタバサの懇願を拒否した。
攻略法は見いだせているのだ。ここで諦めてたまるか、と言わんばかりに。
だが、タバサからすれば、自分の魔法がルイズを追い詰めているのだ。その決意を曲げてでも、逃げてほしかった。
「でも、……このままじゃ……あなたが……」
「わかってる……でも、にげ、たくないの……」
「……なんで!!」
タバサは声を荒らげた。
確かに、召喚の儀よりこっち、フリーレンからのレッスンを受けるようになってからは、互いに魔法を教え合ってきた。その間に育まれた縁は、確かにある。
でも、あなたがフリーレンを召喚する前は違った。特に接点など、何もなかったはずだ。
『ゼロ』と謗られていたあなたを、馬鹿にこそしなかったものの、庇うこともしなかった。
そんな薄情な態度を取っていた自分を、どうしてそこまで……!
「だって、あなただけよ……わたしを、頼ってくれたの……」
「……っ!」
「『ゼロ』ってバカにされて、誰にも頼りにされなかった……そんなわたしに……あなたは……『母様を治して』って、たよって、くれたの……。どれだけ、嬉しかったとおもってるの……?」
ボロボロになった椅子に手をつき、もたれかかるようにして。
それでもなお、ルイズは立ち上がりながら、タバサにそう告げた。
誰にも頼られることなどなかった。そんな中、タバサだけが、自分の未来の力を信じて頼ってくれた。
それがどれほど嬉しかったことか。今まで味わったことのない、胸の奥が温かくなるような気持ちを覚えたのだ。
「あの、約束を……うそに、したくないの……。それが……今も変わらない、わたしの『貴族の在り方』だから……。だから……っ!」
「そ、そんなことで……」
「あなたにとっては、そうかもしれない。でも、わたしにとっては……だいじなことなの」
だから、何が何でも助ける。ルイズは再び体を起こそうとした。
だが、そんな彼女を嘲笑うかのように、先ほどルイズが破壊した糸が、再び現れたのだ。
(え、時間制限……ありなの?)
これにはルイズも、一瞬呆気に取られた。
そればかりか、タバサを繋ぐ糸の魔力の流れが激しく変化した。どうやら糸の配置までシャッフルされ、最初からやり直すよう強制されたらしい。
順番の変更までは特に気にしていなかったから、まだ良かったけど……いや、良くない。
一分にも満たない時間で、数百本もの糸をすべて破壊しなければ、タバサを助けられない……?
(なによそれ! ふざけんじゃないわよ!!)
ルイズは怒りに満ちた目を、タバサをマリオネットのように操る上空の巨影……アウラへと向けた。
ここまでの頑張りを、すべて無駄にされたのだ。憤懣やるかたないのも当然だろう。
だが、これこそが、フリーレンの世界の人類をして『理解不能』とまで言わしめた〝七崩賢〟の魔法構造なのである。
これまで、フリーレン以外には解析すら許さなかった〝大魔族の魔法〟。その解除がいかに困難であるか。
それを今のルイズの視覚で捉えると、こうした高難易度として映し出されるのだ。
その間にも、タバサが再び接近してきた。糸が復活したことで、支配力も元に戻ったらしい。
彼女は再び、対話ではなく、ルイズを殺すためにその口を開いた。
「ラナ・デル・ウィンデ!」
今度は『
放たれた風の一撃によって、ルイズは再び式場の壁に叩きつけられた。
「あぐっ……ぅぅっ!」
その間にも、タバサは上空に、全長二メイルにも及ぶ巨大な氷の鏃を生み出していた。
タバサの必殺魔法、『
対して、ルイズは心身ともにボロボロ。〝防御魔法〟の発動すらおぼつかない。
「アウラぁああああああああああッ!!」
ルイズは憤怒のまま、タバサの心を侵すすべての元凶の名を叫んだ。
だが、その叫びも虚しく、タバサが生み出した殺意の切っ先が、ルイズの平坦な胸を貫かんとした――。
「……はっ!?」
ここで、ルイズの意識は現実世界へと引き戻された。
「こ、ここは……?」
ルイズは辺りを見渡す。
真っ先に目に映ったのは、天井から吊り下がった、今にも壊れそうな魔法のシャンデリアだった。
身体は……動かない。まだ縛られているらしい。一応、猿轡と目隠しは外されているようだが。
(タバサの魔力が探知できない……。探知できないほど遠くに離れたから、夢の世界が強制的に解除されちゃったのかしら?)
あの状況を考えれば、ある意味では助かったのかもしれない。それでも、タバサを救えなかった悔しさに、ルイズは唇を噛んだ。
横を向けば、扉のなくなった玄関口が見える。
その向こうには、荒廃した街並みと……爆散した竜の死骸が転がっていた。
「し、シエスタ?」
「は、はぁい……」
ルイズが呼びかけると、下の方から弱々しい声が返ってきた。
どうやら今の自分は、仰向けに倒れたシエスタの上に、背中合わせのまま寝そべっているらしい。
「だ、大丈夫なの?」
「大丈夫……じゃないかも、です……」
相当に参っているらしい声が返ってきた。
遅れて、もうもうと立ち込める煙と熱気……そして、シエスタの方から漂ってくる血の臭いに気づいた。
「ねえ、死んでない? 生きてるのよね?」
「生きてますよぉ……でも、ちょっとここから動けないかも……」
「え、どういう――」
ビャアビャア! ビャアビャア!
その意味を問いただそうとした時、建物の外から鳥の鳴き声が聞こえてきた。続いて、一羽の鳥が飛んでいく姿が、屋内から見えた。
(あれは……極楽鳥?)
ルイズは、学院にいた頃、様々な書物から得た知識を思い起こす。
竜の棲む高い山脈に生息するという、特別な鳥。
戦闘力こそないものの、自身や巣に危険が迫ると、竜に似た鳴き声を上げて竜を呼び寄せ、外敵を追い払わせるという習性を持つ。
およそ、この戦場には似つかわしくない鳥だった。
瑠璃色に輝く翼とトサカを持つその鳥が、けたたましく鳴きながら飛んでいく。
「み、ミス・ヴァリエール! 逃げます!!」
「え!?」
突然、視界が跳ね上がった。
シエスタが、自分という荷物を背負っていることなどお構いなしに、建物のさらに奥……極楽鳥から遠ざかる方向へと動き出したのだ。
その際、床に滴り落ちる血が、ルイズの目にも映った。
「あ、あんた……怪我してるの!?」
「銃で撃たれましたけど……でも、そんなことを気にしている暇はありません! 早くしないと……!!」
次の瞬間、爆音と熱、そして凄まじい風圧が、ルイズたちを吹き飛ばした。
極楽鳥の習性を利用した、追撃用の爆弾。
アウラは〝
その声に引き寄せられる竜の習性を利用し、爆薬を積んだ竜を突撃させる。
そして、極楽鳥にそのままぶつけて爆発させるという、即席の追尾式自爆攻撃を作り上げていたのだ。
これが、先ほどからひっきりなしに繰り返されていた。
爆発音と振動が絶え間なく響き渡る。
その余波は、ルイズたちが逃げ込んだ建物の家具という家具をなぎ倒し、辺り一面に散乱させるほどだった。
レキシントン都市、大通り前。
「ダミアン……兄さま!」
「分かってるよ!」
ちょうどダミアンたちもまた、アウラの仕掛けた絨毯爆撃にさらされている最中だった。
彼らの頭上では、極楽鳥がけたたましく鳴き叫んでいる。その声に呼び寄せられるように、さらに上空から二頭の火竜が迫ってきた。
「まったく、次から次へと!」
さすがのダミアンも、不敵な笑みこそ崩さないものの、その声には若干の呆れが含まれていた。
ダミアンは、
「そらあっ!」
ダミアンは火球を蹴り放った。
見事な放物線を描いて飛んだ火球は、竜の背に積まれた爆薬に命中。
極楽鳥に到達するよりも先に、竜は上空で爆ぜた。
さらにダミアンは、今度は
炎の野球ボールは極楽鳥に命中。悲鳴を上げる間もなく、極楽鳥をただの焼き鳥へと変えた。
「もうそろそろ、おんぶをやめてもいいかい?」
「もうちょっとだけ頑張ってくださいませ」
「やれやれ、妹のお願いを聞くのも楽じゃないんだけどね」
「とっても妹思いな兄を持てて、ジャネットは幸せですわ」
そんな軽口を交わしながら、ダミアンは大通りを走っていく。
ジャネットの話によると、あともう少しでアニエスとアンリエッタ姫が脱出できるところまで進んでいるとのことだ。
それさえ済めば、ジャネットも自身の魔力を負傷した足の治療に回せるため、再び動けるようになる。
それまで何とか持ちこたえつつ、
はてさて、どうしたものかと考えていた、その時だった。
「――あ」
何かを見つけたダミアンは、そこで足を止めた。ジャネットも、兄の視線を追って顔を上げる。
そこは、いくつもの大通りが交わる街の中心部。中央に彫像が建つ、噴水広場だった。
特に何かおかしなものがあるようには見えない。強いて言うなら、この彫像だろうか。
『未曽有の危機から、アルビオンを救った英雄像』
台座の銘板には、そう刻まれていた。
アルビオンを象徴するかのような、白い石で彫られた青年の像。
(この像って、確かヒンメル……でしたっけ)
ジャネットはヒンメルと面識がない。ただ、ダミアンは彼をよく知っているらしい。
そのことは、この兄自身の口から何度か聞かされていた。
「――ヒンメル兄ぃ」
そのダミアンはというと。
この時だけは、年相応の顔つきに戻っていた。
いつもは底知れぬ不敵な余裕を見せる兄が、この像を見た時だけは『子供』に戻る。それだけ大切な人なのだろうと、ジャネットはいつも思っていた。
そんな彼の背後に、首無し騎士たちが現れる。
自動小銃『AK-47』を携えて。
「ダミアン兄さま!」
ジャネットの叫びで、ようやくダミアンも背後の脅威に気づいた。普段は決して警戒を怠らない兄が、この時ばかりは隙を晒していたのだ。
ガガガッ!
銃火器特有のけたたましい連射音が響き、ダミアンたちに向けて銃弾が放たれる。すんでのところで反応したダミアンは、横へ跳んでそれを回避した。
代わりに銃弾が直撃したのは、ヒンメルの像だった。
顔や身体に次々と弾丸が食い込み、彫像に無数の弾痕が刻まれていく。
「――ッ!!」
「だ、ダミアン兄さ……きゃっ!」
ヒンメルの像が穴だらけにされる光景を見た瞬間、ダミアンの目つきが一変した。
ジャネットでさえ、ぞくりと背筋が凍るほどの『殺意』。それを、ダミアンは無意識のうちに放っていた。
これほど激怒した長兄の姿など、ジャネットも滅多に見たことがない。
「死ねよ、お前ら」
ダミアンはジャネットを下ろすと、両手に
『これがサッカーで、これが野球……?』
『へー、ササキ殿のいた世界は、こういう競技が流行っているんだな』
『いいなぁ……楽しそうだな……!』
炎のボールを宙に放り上げ、ダミアンは跳躍して叩きつけた。
刹那、炎の球が破裂し、無数の火の粉が散弾のように周囲へ飛び散る。
『決めた! ぼく、いつかこの〝スポーツ〟というのをやってみる!』
『けどよぉ、この〝てれび〟? を見る限り、その競技をやるにしても、たくさん人がいるみたいだぜ』
『じゃあ、たくさん人を集める! そうだ、いっそ国を作っちゃえばいいんだ! みんながこのスポーツに熱狂するように!』
『随分ハマったみたいだね、ダミアン』
『うん! だって殺し合いとかするより、こっちのほうが全然楽しそうだもん!』
四方八方へ飛び散った炎の鏃は、こちらに銃口を向ける騎士たちへと一斉に襲いかかった。
寸分の狂いもなく、そのすべてに命中。
騎士たちはたちまち炎に包まれ、燃えかすと化した。
『だからさ! ヒンメル兄ぃも見に来てよ! ぼくが国を作ったら招待するから! 人をたくさん集めて、みんなでスポーツするんだ!!』
『分かった、ダミアン。楽しみにしているよ』
「……もう少しだけ待っててよ、ヒンメル兄ぃ」
国を作るには、目もくらむような大金がいる。
そのために色々な仕事を引き受けてきた。そして今では、国を作れるのではないかと思えるほどの資金を手に入れた。
もう少しなんだ。
人間も、吸血鬼も、エルフも関係ない。誰もが楽しめる競技。
そんなスポーツを、誰もが楽しめる国を作るまで。
「もう少しなんだ。あとはヒンメル兄ぃと会える方法を、考えるだけなんだ」
ダミアンは知らない。
ヒンメルはもう、この世にはいないことを。
「ダミアン兄さま……」
怒りを収め、すっかり元の表情に戻ったダミアンは、杖を振って『錬金』を唱え、傷ついたヒンメル像を修復した。
そんな彼を、ジャネットは何とも言えない表情で見つめていた。
(――あら?)
その時、ジャネットは意識の片隅で、アニエスとアンリエッタ姫が、地下牢から、抜け道を使って都市から脱出したことを感知した。
どうやら、彼女たちも無事に逃げ出せたようだ。
「ダミアン兄さま」
「ああ、その様子だと終わったみたいだね」
「ええ、あとは、はぐれちゃったシエスタたちと合流を――!」
その時だった。シュポッ、という音とともに、こちらへ何かが飛んでくる。
まだ伏兵がいたらしい。そいつは『RPG-7』を構え、こちらに向けて発射してきたのだ。
「ッ!」
「ダミアン兄さま!」
「ここを離れるぞ、ジャネット――!」
ヒンメル像を破壊されないように。
ダミアンは大通りを避け、いったん袋小路へと飛び込んだ。
背後で建物が弾ける音が聞こえる。再びジャネットを背負い、逃げ出すダミアンだったが……。
「ちぃ!」
「ドゥドゥー兄さま、ジャック兄さま……!」
再び、弟たちが行く手を遮るように迫ってきた。だが、いい加減、彼らにも疲弊の色が濃くなっている。
アウラからすれば、彼らは強力ではあっても、使い捨ての駒にすぎないのだろう。
意識が失われようが、命が尽きるまで使い倒す。否、命が尽きようとも、その肉体すら使い倒すつもりなのだ。
「まったく、本気で面倒なことになったな……!」
「ダミアン兄さま、上!」
ジャネットの声に反応し、ダミアンも上空を見上げた。
そこには、アウラ渾身の切り札『モアブ』が、四頭の竜に運ばれる形で接近していた。
(あれを落とすつもりか……。爆弾……だとして、あんな高いところから落とすとなると、相当な威力があるということなのか……?)
ダミアンは爆弾の巨大さと、それを運ぶ竜たちの様子から、危険性を直感した。
まずい。ここにいたら巻き込まれる!
「弟たちよ! こっちだ!」
ダミアンはジャネットを背負ったまま、あえてドゥドゥーとジャックの脇をすり抜けるように全力疾走した。
当然、二人もそれを追いかけてくる。
このまま何とか、あの爆弾の爆発に巻き込まれない場所まで逃れなくては――!
だが、ダミアンがそう考えた頃には、すでに爆弾は投下されていた。
「っ……づづ……」
「いたぁ……っ!」
さて、場面は変わって。
先ほどの極楽鳥を利用した竜の自爆攻撃。その余波を受けたシエスタとルイズは、心身ともにボロボロだった。
事前に比較的安全な場所へ逃げ込んでいたため、爆発の直撃こそ免れたものの、その衝撃は確かに受けていた。
加えて、シエスタは銃撃を受け、ルイズも腹部に重い一撃を食らっている。さらに精神世界では、〝
二人とも服はボロボロで、疲労困憊の様子だった。それでもなお、互いに縛りつけられたまま。
縄を切る気力すら、もはや残っていない。
シエスタは足を引きずりながら、ルイズを背負って歩いていた。
「シエスタ……っ、ひめさまは? アニエスは……?」
「わかり……ません。もう、どこにいるのかすら……わかんない……」
ぽた、ぽた、と血を滴らせながら、シエスタは答えた。
建物を出て、袋小路のような細い路地を進んでいく。
それでもなお、懸命に足を動かし続けるシエスタを見て、ルイズは何も言えなくなった。
こんな状態でなければ……。もし、自分一人で歩ける状態だったなら、きっと何を差し置いても姫さまを助けようと、街の中心部へ向かっただろう。
でも、歩けない自分を背負い、必死に逃げているシエスタにまで、そんなことを言う気にはなれなかった。
(ごめん……シエスタ……。わたしがもっと、しっかりしていたら、こんなことには……!)
「と、とにかく……ジャネットさんを、探さないと。ジャネットさんだったら、きっと姫さまたちも助けてくれていると思いますし……」
「え、ジャネット? あ、あいつ、アルビオンにいるの?」
「ええ、わたしも驚きましたよ。でも、彼女のおかげで、わたしも――」
そこで、シエスタは言葉を切った。
その瞬間、彼女は〝未来視〟によって、この先に待ち受ける最大級の危機を予知したのだ。
あと数十秒で、この都市の中心が吹き飛ぶほどの大爆発が発生することを。
「――ッ!!」
「し、シエスタ……きゃっ!!」
シエスタはもう、持ちうる限りの力を振り絞って走り出した。瓦礫を、崩れた建物を、廃墟の屋根を足場にして。
ルイズを背負ったままだというのに、軽やかな動きで建物の上を疾駆する。ルイズの視界は、全てが霞がかった光景で過ぎ去っていく。
「ど、どうしたのよ!!」
「逃げます! とにかく逃げます!」
「な、なんで!? ジャネットは? 姫さまたちはどうなるの!?」
「そんなこと言ってる暇ないんですって! もうじき都市の中心部が吹き飛ぶ! そんな未来が見えたんです!!」
だから、脇目も振らずにシエスタは逃げる。
ここにいたら、少なくともルイズは無事では済まない。
「で、でも! まだみんなが――!」
「分かってる! でももう、そんな時間なんてない!」
とうとう敬語すら抜け落ちて、シエスタは叫んだ。
必死さを塗り固めたようなその怒号を聞いて、ルイズは悔しさのあまり、今度は血が滲むほど強く唇を噛み締めた。
シエスタだって、本音を言えば誰も見捨てたくないのだ。
そんな薄情な人間ではないことは、ルイズがよく分かっている。
自分が正しいと思ったことなら、貴族にだって立ち向かえる。
そんな心の強さを今の彼女が持っていることは、ラ・ロシェールで目の当たりにしているのだから。
だからこそ、シエスタがここまで必死になるのなら、本当に絶体絶命の危機が迫っているのだろう。
ルイズは上空から落ちてくる、あの『鉄の塊』を見て、それを悟った。
でも、あそこにはまだ、姫さまが、アニエスが、タバサが、ジャネットが、街の人たちが――!
「アウラぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああぁッッ!!」
悔しさ、怒り、憤り、やるせなさ。
そのすべてを胸に抱えながら、ルイズは決して忘れまいと誓った宿敵の名を、もう一度声の限りに叫んだ。
シエスタが必死の思いで街の外へと逃れた、その時。
『
刹那、凄まじい轟音とともに、未曾有の大爆発が巻き起こった。
「すっごいですね! あんなにでっかい煙が上がりましたよ! どうしてあんなふうになるんだろう!?」
「これほどまでの威力なら、こんなところで使うこともなかったわね」
ちょっとしくったか。
そんなことを考えながら、アウラは粉々になったレキシントン都市を見やる。
まだあちこちで魔力の反応があるところを見るに、魔法か何かで生き延びた連中もいるようだ。
「まあいいわ。さて、じゃあ生き残った連中を全部手駒にしましょうか」
アウラはそう嘯くと、その手に天秤を顕現させた。
そして、ユンをその場に残し、飛行魔法で荒廃したレキシントン都市へと向かっていった。
やっぱり魔族に兵器を持たせてはいけない(再確認)