使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第12話『大雨の中でのトラブル①』

 

 フリーレン召喚から5日目。

 4番目の月フェオ、第1(フレイヤ)の週。1番目(ウィルド)の曜日。

 トリステイン魔法学院、ルイズの部屋にて。

 

「本当にもう魔力操作の修行だけでいいの?」

「うん。イメージ構築は問題なさそうかな」

 

 今日はハルケギニアの休日と定められている『虚無』の曜日である。故に授業などはない。

 ただ、その日は生憎と大雨。窓ガラス越しに水滴の激しく叩く音が聞こえるくらいの暴雨だった。

 そのため、学院の生徒はつまらなさそうに自室に籠るものが大半。使い魔と遊んだり、魔法の勉強をしたり、趣味に精を出す者もいた。

 勿論、ルイズ達は引き続き修行をするつもりだ。

「ここまで咲かせるイメージが出せるのなら、後はもう一息だよ」

 フリーレンはルイズの机の上に散らばっていた、発芽しかけている種子を指でいじくりながら言った。

 ルイズもここで、自分が無意識に魔法を使っていたという事を初めて知ったのである。

 

「うん、がんばるわ!」

 

 本当に自分も魔法が使えるかもしれない、あと一歩だ。

 それを聞いたルイズの意気は否応なしに上がる。

 それこそ貴重な休みを修行で潰すという考えが、億劫に感じないほどに。

 

「じゃあ今日も瞑想から。目を瞑って、魔力を体内に行き渡らせて」

 

 言われた通り、ルイズは目を瞑って正座をして、体内に巡る魔力の操作を始める。

 瞑想自体は特に問題なく、順調に進んでいた。

 しかし――――、

 

「はぁいルイズ! 遊びに来たわよぉ!」

 

 キュルケがワイン瓶片手にやってきたので、ルイズは瞑想を中断せざるを得なくなってしまった。

 

「な、なにしに来たのよキュルケ!」

「なにしにって、遊びに決まってるじゃない」

「外は大雨」

「そ。こんなザーザーぶりじゃ外にも遊びに行けないしね。付き合っている男共にも飽きてきちゃったし」

 

 勝手知ったる我が部屋とばかりに、ずかずかと部屋に上がり込む二人の少女。ルイズは修行どころじゃなくなった。

「邪魔しないでよ! これから魔力操作の修行をするっていうのに!」

「修行すればいいじゃないの」

 勉強机の椅子に座りながら、臆面もなくキュルケがそう言えば、

「そもそもこの程度で集中が乱れるのなら修行の意味も無い」

 ベッドに腰かけ本を開きながら、タバサも続く。

「二人の言う通りだね。本気で集中してたらこれぐらいの騒音なんて気にもならないよ」

「フリーレンまでぇ……、分かったわよ!」

 三人の言うことにも一理あると思ったのか、ルイズはぷいとみんなから背を向けて、正座して目を瞑って瞑想を始めた。

 

 

「で、実際順調なの?」

「そうだね。イメージは掴んでいるから、このままいけば間違いなく民間魔法は会得はできるよ」

 

 

 

 おそらく四、五年後くらいにはなるだろうが。

 

 

 

 このことはルイズにはまだ伝えていない。

 こればっかりはもう、どうしようもない。魔法は本来、時間をかけてじっくり学ぶものだ。いつかは間違いなく使える。それでいいじゃないかと思ってもいたからだ。

 エルフの時間間隔は、人間とは隔絶したものがある。五年後なんて、ちょっと振り返ればすぐそこ、という意識でいたのであった。

 

「今はひたすら、反復練習の時間だね」

 フリーレンはカップに〝お茶を出す魔法〟を使って注ぐ。

「あたしにも頂戴」と、キュルケ達もルイズの部屋にあったカップを取って催促する。

 しばし、お茶を飲みながら銘々駄弁っていたが……、ここでタバサが、フリーレンが使っているであろう机の上にある、何枚かの羊皮紙に目が行く。

 

「これは……」

「ああそれ? ハルケギニア用〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟の魔法陣」

 

 タバサは思わず、魔法陣が描かれた羊皮紙を手に取った。

 三枚の花弁を中心に、虚無を含めた五大系統を示す五角形(ペンタゴン)の紋章を組み込んだ独特な魔法陣。陣の枠にはハルケギニア語のルーン文字が刻まれているのもあれば、読めない独特の言語が含まれているのもある。

 

 フリーレンが使っていた〝六枚花弁〟のそれとは違うタイプだが、それでも一度見たタバサは直感した。これこそがあの魔法なのだろうと。

 

「貫通性能はそのままに、生命のある物体に当たると強制的に魔力が霧散する術式を加えているんだ。対象の生命力に比して霧散する威力を変えているから、例えば死体撃ちみたいなやり方でも相手が死なないように作っている」

「文字列に、ルーン語の他に混ぜているこの言語は?」

「私の世界で使われている魔法言語も入れていれば古エルフ語も入れているんだ。誰かに解析されて悪用されないように。わざと複雑難解な術式に変えた」

 

 要は広まりすぎて普及した際、〝殺す魔法〟へと改悪されない対策のようであった。

 なにせ〝人を殺す魔法(ゾルトラーク)〟の利点の一つが、「誰でも会得できるほどシンプルかつ洗練された構造をしているから」である。

 勝手に魔改造されないよう、対策を施すのも当然と言えることだろう。勿論、会得のしやすさはそのままにしてあるが。

 文字列にハルケギニア語を加えているのも、タバサたちが習得しやすいように気を配っての配置だった。

 

「タバサの事、信頼してないわけじゃないけど。やっぱりこの魔法を〝人殺しの魔法〟にしたくないんだ」

「分かった。わたしも別に、誰かにこれを広めるつもりはない」

「さすがに部屋の中で放つとルイズが怒るから、実践は晴れた日でもいい? そしたらどんな風に使うか見せてあげる。今はその魔法陣を脳内で構築できるように、イメージしておいて」

「ありがとう」

 タバサは素直にお礼を述べた。

 辛抱強く待つつもりだったのに、こんなに早く魔法陣を構築するとは。

「こればっかりは本当に早めに作っておかないとね」

 素直に感心するタバサの視線の向こうにいるフリーレンも、「むふー」と自慢顔。

「すごいわね。あたしもその時はぜひ立ち会わせて頂戴。どんな魔法か見てみたいわ」

魔法使い(メイジ)同士の戦闘だったら多分、この魔法を極めるだけで何とかなると思うよ。この世界のエルフにも通用するんじゃないかな」

 その話を聞いたタバサとキュルケの二人は、あんぐりと口を開けた。

「……マジ?」

「うん。不殺にはしているけど、私だって無防備のまま直撃したら倒れる性能が、この魔法にはあるから」

「……ハルケギニアの魔法史に革命が起きる」

 タバサは目を見開いた。流石にそこまでとは思ってなかったからだ。

 仮にエルフ相手に有効であるのなら、聖地奪還運動がまた勃発するんじゃないか? ゲルマニアあたりがこのことを知り、本格的な軍事利用を始めたりしたら領地拡大は止まらなくなることだろう。

 ちょっとこれは、軽々に他人に明かせるものじゃないな……。聡明なタバサは内心、使うのは余程の時だけにしようと、心の中で決心した。

 

「実際私の世界じゃ魔法史に革命が起こったからね。それぐらい使い勝手のいい攻撃魔法ではあるよ」

 魔族の生み出した魔法ではあるが、使い勝手の良さはフリーレンも認めるほどであった。実際、弟子には戦闘時、この魔法以外使わないよう口酸っぱく言っておいてあるぐらいである。

「でもまだ、改良の余地はあるかな。魔法陣の枠に余白を多くしているのは、後どんな術式を加えようか悩んでいるからなんだよね」

「へー、例えば?」

「曲射とか、多数展開とか、貫通精度もこの世界の魔法をまだ知らない以上、最低値にしていてどこまで上げていいのかとか、色々あるよ。正直あと十年以上は悩んでたい。まだまだ改良の余地があるし。例えば――」

「ねぇぇぇぇぇ! わたしを差し置いてなぁぁあに気になる話してんのよ! あんたたち!」

 ここでルイズが大口開けて迫ってきた。

 エルフにも通用する強力魔法とか、あまりにも気になる会話だったせいで集中できずにいたのである。

「あらヴァリエール。もう集中切らしちゃったの?」

「うっさいわね! 横で気になる話ばかりされる身にもなりなさいよ!」

「まだ魔法が使えないあなたには関係のない話よ。人並みになりたかったらさっさと修行してなさいっての」

「なんですってぇえ!」

 キュルケの軽口に、案の定噴火するルイズ。

 あわや取っ組み合いが始まるかという時だった。

 

 

「あの、失礼します」

 コンコンと、扉をノックする音が聞こえてきた。

 やがて、ドアが開かれると共に、シエスタが給仕の配膳カートを動かし部屋に入ってきた。

「お食事をお持ちしました。よろしければどうぞ」

「あら、ありがとうシエスタ」

「キュルケ、あんたいつの間に頼んだのよ」

「どうせ今日はもう、ここにいるつもりだったからね。もっとフリーレンの冒険話を聞きたいし」

 キュルケの自由気ままっぷりに、額を指で押さえ、悩ましげな表情を浮かべるルイズ。

「あんたも、別にこんな奴の言いなりにならなくってもいいのよ、シエスタ」

「そ、そんなわけにはいきませんよ! 貴族の方に逆らうなんて……」

 ルイズの指摘に、シエスタはあわあわと首を振った。魔法を使えない『平民』である彼女からすれば、奇跡の御業である魔法を扱う『貴族』に逆らうなど、自殺と言い換えても間違っていない行為なのである。

 それに――――、

 

「お三方には多大なる恩がありますから……」

 

 シエスタのはにかんだ表情に、キュルケはくすりと笑い、ルイズはふんっと、そっぽを向く。タバサは本から視線を動かさずにいた。

「別に、『あれ』はわたしが正しいと思ったことをしたまでのことだから。あんたに恩を着せるためにやったわけじゃないわ」

「ま、あたしもあのロレーヌのバカがまぁた調子に乗ってたから、ほっとけなかっただけだしね」

「右に同じ、だから気にしなくていい」

 シエスタの礼に、三者三様に答えを返す。それでもシエスタ的には嬉しかったようで、

「いえ、もし一歩間違ったらわたしはお役目どころか物理的にもクビになっていたかもしれませんでした。感謝してもしきれません」

 シエスタは重ね重ねとばかりにお礼を述べる。

 

 時刻はちょうど昼あたり。キュルケが隅にあった丸テーブルを『レビテーション』で引き寄せると、シエスタはその上に料理の乗った皿を並べていく。

 

「おぉ、美味しそう」

「そういえばお腹が空いたわね」

「あらヴァリエール。もう修行は止めにするの?」

「うっさいわね! いいじゃんお腹空いたんだから!」

 キュルケの挑発に、ルイズは真っ赤になって怒鳴る。ちょうどこの瞬間、腹の音も大きく鳴ったため、より顔を真っ赤にさせた。

「ルイズの言う通り、腹が減っては修行はできぬだ」

 フリーレンも椅子に座って、並べ立てられた料理に目を輝かせる。

「ここの料理は本当に美味しいんだよね。オイサーストにも並ぶかも。誰が作っているの?」

「マルトー料理長です。わたしと同じ平民ですけど、学院の料理関係全て管理しているすごい人ですよ」

「そっか、今度お礼を言ってもいいかな? なるべくマルトーの料理は食い溜めておかないと」

「まあお礼だなんて! マルトー料理長、すごく喜びますよ」

 エルフ自らお礼がしたいだなんて、シエスタは驚きとともに自分のことのような嬉しさで、顔をほころばせた。

 一方、その会話を聞いていたルイズはというと、

「食い溜めるってあんた……、結構食いしん坊なのね」

 と、意外な一面にちょっと呆れの表情。

「だって、いつまでも食べられるものじゃないからね。ちょっと時間を置いたら、いつの間にか食べられなくなった味なんて数知れないし」

「…………」

 長寿ゆえの事情を聴かされ、一瞬周囲の空気は固まる。

「だから、なるべく味を記憶しておきたいんだ。思い残すことが無いように」

「……そう、なの」

「はいはい! 辛気臭いのは止めにして、食事にしましょ! ね!」

 キュルケが取りなすように手を叩いた。

「そ、そうね!」とルイズも、キュルケの案に素直に頷いた。タバサも席に着こうとするが……、

 

「あ、そうでした。ミス・タバサ、実はミス宛てに手紙が届いていて……」

 

 思い出したかのように、シエスタが懐から一通の手紙を取り出す。

 受け取ったタバサは一瞬、怪訝な表情だったが……、手紙の中身を一読した瞬間、顔色を一瞬で変えた。

 

 

「ちょっと席を外す」

 

 

「――――へ?」

 キュルケが呆気にとられる合間にも、タバサは一瞬で席を立って、部屋のドアノブに手をかけた。

「ちょ、ちょっと待ってよタバサ! どこ行くの!?」

「急用ができた」

「急用って、外は大雨よ! いったい何の用よ!?」

 ルイズもこれには、困ったような表情で叫ぶ。

 しかしタバサは頑なに譲らず、理由も語らなかった。部屋を出る直前、

「これだけもらう」と、はしばみのサラダだけ皿ごと平らげた。

「わたしの分、あとはあなたが食べていい」

「ええぇ?!」

 タバサはシエスタに指をさしてそう言うと、足早となってルイズの部屋を去っていった。

 言葉もなくたたずむ三人の耳に、徐々に小さくなっていくタバサの足音だけが、廊下に反響していた。

 

 

 

「いったい何なのかしら? あの子」

 いい加減食事も冷えてくるので、先に食べ始めていたルイズが、フォークを休めながらそう言った。

「さあ……、でもあの子、頑なに言おうとしないのよ。絶対何かあるわよね、あの様子だと」

 キュルケも小さくため息をつく。

 彼女曰く、ルイズの姉の病気の話になってからというもの、何か事情があるのかと色々尋ねたらしいのだが、結局タバサは何も教えてくれなかったという。

 なお、フリーレンも一瞬、あることに気付く。

 

(そういえば〝一般攻撃魔法〟の魔法陣の紙、タバサ持ってったままだったな……)

 

 まあ九割方完成していた理論だったから、会得できるのなら問題なく使えるとは思っているけど。

 帰って来た時に返してもらえばいいか。何の用事かは分からないけど、とりあえずフリーレンも料理に手をつけ始めた。

 

 

「あの、本当にわたしもご相伴にあずかってもよろしいのですか?」

 そんな話を繰り広げる彼女らをよそに、シエスタは未だ躊躇った様子で立ちつくしていた。

 本当に貴族の椅子に座ってもいいのかと、かなり遠慮しているのである。

「いいんじゃない? タバサが良いって言ったんだし、あたしらも気にしないわよ」

「わたしたちじゃ、こんなに食べきれないしね」

「ねールイズ、タマネギ食べて」

「何言ってんのよ、自分で食べなさい」

「タマネギ嫌い……」

「そうなの、じゃああたしのタマネギ分けてあげる!」

「なんでよぉ、やめてよぉ……」

 茶目っ気顔で輪切りタマネギをフリーレンの皿の上に乗せるキュルケ。フリーレンはしょぼしょぼ顔で泣き始めた。

 タバサの席に着いたシエスタは、世間では異形の怪物として伝わるエルフ相手に軽快なトークを繰り広げているルイズ達を見て、くすりと微笑んだ。

 

「わたしって、エルフという種族を勘違いしていたみたいですね。こんなにも話の分かる方もいるだなんて」

「フリーレンが特別なだけよ」

「そうよ、だってこの子、別の世界から来たわけだし」

 

 キュルケの言葉に、シエスタは案の定「えっ!?」とした表情を浮かべた。

 

「ど、どういうことですか? 別の世界って……」

「ちょっとキュルケ! あんた何勝手にバラしてんのよ!」

 当然、ルイズも真っ赤になって迫るが、キュルケはあっけらかんとした様子で、ルイズに耳打ちする。

「これに関しては積極的に言っておいた方がいいわよルイズ。『フリーレンはハルケギニアのエルフじゃない』って。だからって無関係を通すことは無理だとは勿論思うけど、ある程度の免罪符にはなるでしょ?」

「そ、それは確かにそうだろうけど……」

 ルイズも、キュルケの言葉に小さく頷く。

 今後も『エルフである』という一点だけでフリーレンが余計な面倒ごとに巻き込まれることもあるだろうし、事情を知る人間を一人でも増やしておいた方がいいのも事実だ。

「というわけでシエスタ、フリーレンは別の世界から来たエルフだから、みんながみんな、こうじゃないってことだけは覚えておきなさい」

「あの、別の世界ってどういうこと……ですか?」

「そのまんまの意味だよ。少なくとも私のいた世界では月は二つもなかった」

「はあ……、なんか、急に飛躍した話で……、いえ、ミス達の話を疑うわけではないのですが……」

 貴族を疑うなんてことできないシエスタは、何とかフリーレンの『異世界から来たエルフ』だという情報を飲み込もうとする。

「気持ちは分かるわ。わたしだってまだ信じられないくらいよ。月が一つしかなくって、魔物が闊歩する物騒な世界だなんて」

「そうだね、こればっかりは実際に見てもらわないと実感が湧かないのも無理ないかな」

 フリーレンも、今理解は得られないのは仕方ないとばかりに首を振った。

 ……ついでにフォークを使って玉ねぎだけを器用に隅に分けていく。

「あの、ミス。そんなにお嫌いであればわたしが食べましょうか?」

「え、ほんと! ありがとうシエスタ――――」

「駄目よシエスタ、フリーレンを甘やかさないで。好き嫌いがあるなんてもってのほかだわ」

「じゃ、じゃあミス・ツェルプストーがお渡ししたのだけでも頂きますね!」

 ルイズにぴしゃりと言われ、涙目になるフリーレンが居た堪れなくなったのか、折衷案を出して助けようとするシエスタ。

「まあ、それくらいなら……」と、ルイズもそれは認めたため、シエスタは器用にキュルケが分けてきた玉ねぎを、自分の皿に移し替えて食した。

 

 

「聞いていて思ったんだけど、シエスタって、ルイズ達となんかあったの?」

 食事も落ち着いてきて。

 涙目になって玉ねぎと格闘していたフリーレンは、食後のデザートであるプリンに手を付けながら言った。その表情は先ほどと打って変わって上機嫌に染まっている。

「えらく上機嫌じゃないの」と、キュルケが言えば。

「プリンが好きなんだ」とフリーレンは返す。

「私の世界じゃ〝メルクーアプリン〟ってのがあるんだけど、マルトーが出してくれるプリンも劣らず美味しいよ」

 このために必死になって玉ねぎを飲み込んだのである。「食事を残す使い魔にあげるおやつはない」と、ルイズにきつく言われたので頑張ったのである。

 いつも嫌いな食べ物を分けてきやがったハイターとは違うのである。

「もしよろしければ、ぜひマルトー料理長にその話をしていただけませんか? きっと興味を持つと思うんですよ」

「いいよ、また今度ね」

「はい、ぜひお願いします。……って、そうでした、ミス・ヴァリエールたちとの出会いですね」

 シエスタはちょっとかしこまった様子で、話し始めた。

 

「今から半年くらい前くらいですかね、歴史学の時、偉人の方々の彫刻を見ながら解説をする授業があったんです」

「あーあったわねぇ、懐かしいわ。もうそんなに経つのね」

 

 キュルケが遠い目をするかのように暖かい茶をすする。ルイズもカップに口をつけながら話を聞いていた。

「その時、雑用があってその部屋にわたしも居合わせていたんですけど……、簡潔に言うとそこで、とある貴族の方を突き飛ばしてしまったんです」

「突き飛ばした? なんで?」

「シエスタは悪くないわ。むしろその貴族を助けてあげたのよ」

 フリーレンの疑問にはルイズが凛とした表情で答えた。

「そー。簡単に言えばその貴族……、ああ、そいつロレーヌって言って風自慢がとにかく好きなどうしようもない傲慢野郎なんだけど、そいつの上に彫刻が落ちてきそうになったのよ。原因は単純な経年劣化、要は事故ね」

「それを助けたのがシエスタ?」

「そう。誰よりも……、それこそ先生よりも早く気づいて、必死になって突き飛ばしたのよ。でもねロレーヌの奴、『平民が貴族を突き飛ばす道理があるか!』って、礼を言うどころかとにかくシエスタをなじってきたのよ。助かったことよりも、平民に助けられたという風聞が気に障ったんでしょうね」

「あの時は本当に、生きた心地がしませんでした……」

 シエスタは震え声で、スカートを無意識に強く握りこんだ。

「でも、その危機を真っ先に助けてくださったのが、ミス・ヴァリエールだったんです」

「実際居合わせていたわたしからすれば、道理が通ってないのはあっちの方じゃないの。平民とはいえ、助けられた恩を仇で返すような行為は見過ごせないわ。他の貴族もこうだと思われたくないし」

 足を優雅に組み替えながら、ルイズはそう言った。

 ツンとした表情は崩さないながらも、確固たる意志を持った表情で。

「で、あまりにもルイズの声がうるさくなっていくから、あたしとタバサも見に来たの。そしたら争っているのはあのロレーヌじゃないの。どうせまた下らないことで口論してたんだろうなって事情を聞いてみれば、案の定だったわけ」

「最終的にキュルケとタバサの二人がとりなしてくれたわ。何故かロレーヌの奴、二人を見るや滝汗かいて逃げ出したのよね……」

「ま、あいつとは色々あったからねー」と、キュルケは手をひらひらさせて言う。

「そんなことがあったから、あたしたちもこのメイドの顔と名前は覚えちゃったの。今じゃ積極的に指名しているってわけ」

「本当に、お三方には感謝してもしきれません。最悪、その場で打ち首になる可能性だってありましたから」

 貴族を怒らせることの恐ろしさを分かっているのだろう。若干涙声でシエスタは深々と頭を下げた。

 キュルケとルイズの二人はもう、過ぎた事と軽く流すだけだったが。

 さて、一連の話を聞いていたフリーレンは、少し気になったかのような口調で言った。

 

「ねえ、シエスタはなんで気づいたの? 他のみんなは気づかなかったことに最初に気づいたんでしょ?」

 

 フリーレンの問いに、シエスタは人差し指を顎に手をやって、ちょっと考える。

「そういえばそうね。他のメイジが気付くより先に、どうして彫刻が倒れてくるって分かったの?」

 ルイズも同じように質問してくる。

 シエスタは「うーん」と、顎に指を当てて、どう話そうか考えながらしゃべり始めた。

 

「実を言うとわたし、生まれつき……、直観力に優れているというか、なんていうか、〝見える〟んです」

「見える?」

「はい。その方の数秒後といいますか……、危険なことが起こると『こうなるぞ』っていう、具体的な光景が、ちらと頭の中で思い描かれるんです。あの時も、ミスタ・ロレーヌが石像に潰される光景が過って、思わず体が動いたんです」

「そういえばギーシュたちが決闘騒ぎを起こす前、あんたブツブツ呟いてたわね。『あれ拾った方が、いやでも……』とか」

「ええ、拾った瞬間、とてつもなく面倒なことが起こるってイメージが湧いてきて。……実際、その予感は当たってましたよね」

 あはは……、とシエスタは頬を掻く。もしあの時香水を拾ってたら、まあ間違いなくその責任を咎められていたことだろう。

 

「こうして聞いてみると、あんたって平民なのに不思議な力を持ってるわよね」

「本当に、物心ついた時からこれは起こってたんです。なんだろう? ってずっと思ってて。まだ生きていた頃のおばあちゃんに尋ねたことあったんですけど、『それはきっと、ご先祖様の加護じゃよ』って、嬉しそうに言ってたのは覚えてます」

「あんたって、どこの生まれなの?」

 ルイズは尋ねた。

「タルブです。葡萄の名産地として、トリステインではちょっと有名なところなんですよ」

「タルブねぇ、行ったことはないけど、言っちゃえば田舎よね? 名のある貴族が住みつくような土地じゃないだろうし」

「田舎と言われると……、そうですね、否定できないのがなんとも……」

 わいわいと話す三人をよそに、フリーレンはちょっと考え込んでいるような仕草をしていた。

「どうしたのフリーレン?」

 フリーレンは答えない。

 何か、真剣な表情で考え込んでいた。

 

 

(……いや、まさかとは思うけど。でも、ちょっと待てよ。確か〝あの時〟――――)

 

 

 考え込むフリーレンを、不思議そうに見守るルイズ達。

 その時だ。

 

 

「大変! 大変よシエスタ!」

「ど、どうしたのローラ?」

 貴族の部屋にも拘わらず、切羽詰まった様子でローラという給仕の少女がやってきた。

 

「りょ、料理長が……い、いま大変なことになって……!」

「え!?」

 

 マルトーに何かあったと聞いたシエスタは、思わず椅子から立ち上がる。

「い、いったい料理長がどうしたというの?」

「学院へ運搬していた食材の荷台が横転したと聞いて、……それを助けようとこの雨の中飛び出したのですが、戻ってこず……」

 聞けば、この大雨の中、学院へ食材を届けようと荷台を動かしていたらしいのだが、道中事故があったと、連絡が飛んできたという。

 それを聞いたマルトー親父は、その荷台を助けに一人、雨の中を駆けて行ったという。無理をさせてこの雨天の中、運搬を頼んだのはマルトー自身だったので、罪悪感もあったのだろう。

 

 そうして出ていったきり、マルトーも戻ってこないのであった。

 

 ローラはどうしたらいいのか本当に分からず、居ても立ってもいられず、同僚のシエスタにも相談しようと駆けつけてきたとのことだ。

「どうしてこんな大雨の中、無理して食材の荷車なんて動かしてたの?」

「大方、貴族の無理難題に巻き込まれたんじゃないかしら? ほら、こんな雨だから気が滅入るでしょ? なんか学院にない料理が食べたいとか、誰かわがまま言ったんでしょ」

 フリーレンの疑問に、キュルケがつまらなさそうな声で言った。ローラは涙目で小さく頷いたので、多分この線は当たりのようだ。

「魔法使いを頼ればいいのに」という別の疑問に関しては、

「そんな!? こんな些事に貴族の方々を煩わせるようなことはできませんよ!」と、シエスタが悲壮な声で叫ぶ。

 どうしよう、とわたわたする給仕たちをよそに、フリーレンは思った。

 

(この世界、思った以上に魔法至上主義みたいだな。『前衛』の大切さを知らないのかな)

 

 魔法を使えずとも、強い者などたくさんいる。それを知っているフリーレンからすれば、魔法を使えない者に対する蔑視などあり得ないのだが。

 まあ、今ここでこんなことを考えても詮無いことか。

 フリーレンはプリンを急いで頬張った。こんな美味しい料理を出してくれる人間を、こんな下らない事故で亡くすのは惜しい。

 

「マルトーが向かった場所に、心当たりはある?」

「え?」

「ちょ、ちょっとフリーレン?」

 

 驚くキュルケとルイズの二人に構わず、空となった皿にスプーンをからりと鳴らしながら、フリーレンは席を立つ。

 逆にシエスタとローラは、希望に彩られた眼でフリーレンを見た。

「急ぎだろうから、報酬は後回しでいいよ。どのみち何かあったのは間違いないだろうし、行って見てきてあげる」

「ほ、本当ですか?」

「ぜ、ぜひお願いいたします!」

 二人はエルフという事も忘れて、必死になって頼み込む。フリーレンはうんと頷いた。

 

「ちょっと待ちなさい! だったらわたしも行くわ!」

 

 当然ながら、使い魔を置いて部屋で待つなんてこと、主人としてできるわけもなく。

 ルイズも毅然とした表情で立ち上がった。

 

「まーどっちにしろ、学院の料理長の危機は放っておけないものね。次の日から料理が不味くなるとかごめんだわ」

 

 キュルケも食後のいい運動とばかりに、背伸びして立ち上がった。

「そ、そんな、御貴族様の手を煩わせるなんてこと……」

「気にしなくていいわよ。その代わり、無事戻ってこれたらもっと美味しい料理を期待するからね!」

 ルイズはビシッ、とシエスタたちに指さして言った。

「はい、どうか料理長たちをお助けください!」

「よし、行くわよキュルケ! フリーレン!」

 仕切りたがりのルイズが、今度は扉に向かって指さし叫ぶ。

 一方、ローラからどこへ行くべきかを聞いたフリーレンは、扉ではなく窓の方を開けた。

 

「いや、飛んで行くよ」

「『飛翔(フライ)』が使えないのはあんただけよルイズ」

 

 キュルケのからかいに、ルイズは顔を真っ赤にした。

 早く『フライ』を覚えたい。ってか、フリーレンも飛べるという事は、民間魔法に飛べる魔法があるという事じゃないか?

 じゃあいずれはわたしもそっちで飛行魔法を……。

 そんなことを考えている合間に、ルイズの身体はふわりと浮いた。

 フリーレンが、浮かびながらルイズの後ろ襟をつかんだのである。

 彼女の目の前には小さな魔法陣が浮いている。目的地までのルート案内を兼ねている魔法陣なのだろう。

 

「え、あ、ちょ……!?」

「じゃあ急ぐよ。キュルケは飛べるってことでいいんだよね?」

「え? ええ。七~八分くらいならなんとか」

 

『飛翔』は本来、風魔法の領域である。タバサならもっと長時間飛べるだろうが、自分はそれが精いっぱいだ。

 おまけに使用中は他の魔法を併用できない欠点もあるのだが……、

「距離的にそこまで飛ばないから大丈夫だよ。じゃあ、行くよルイズ、キュルケ」

「へ?」

 

 杖を持ったフリーレンは、ルイズを掴んだまま、他の魔法を展開した上で、自身も浮いていた。

 

「きゃ、きゃああっ!」

 ルイズはそのまま、フリーレンに掴まれた形で空を飛ぶ。

「……ずっる」

 窓からポカンと眺めていたキュルケは、思わずそう呟いた。

 飛翔中は大変な集中を要するというのに、さも当然のように他の魔法を並列使用するフリーレンを見れば、その感想も致し方ないことなのだろうが。

 これはフリーレンが特別なのか? それとも並列使用できる別次元の魔法を使用しているだけなのか……。

 

(タバサが見たら何を思うのかしら? やっぱりこっちの飛行魔法に切り替えようとするのかしらね?)

 

 ともかく、置いて行かれてはたまらない。

 キュルケはルイズの部屋にあるマントを勝手に持ってくると、杖を振り『フライ』を詠唱。雨天の中マントを雨合羽代わりにしながら、フリーレン達の後を追った。

 

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