洞窟内で、様々な人物たちが混迷を極める戦いを繰り広げる中。
「こら、待ちなさいって!」
そう叫びながら、『炎球』を撃ち放つキュルケと。
「彼女を返したまえ!」
同じく、その後を追いかけるギーシュ。そして、
(待てと言われて待つ奴がいますかってんだ!)
内心でそう叫びながら、飛んできた炎弾をかわすモンモランシー(を操る地下水)。三人(と一本)の逃避行は、まだまだ続いていた。
キュルケが壊してくれた壁の穴から、この洞窟内へと入り込んだのだが、内部は複雑に入り組んでおり、かなり奥深い。
以前、一度だけここを訪れたことのある地下水は、昔の記憶を頼りに、何とか逃げ切ろうとしていた。
しかし……なかなか振り切れない。
身のこなしはこちらに分があるし、地理にも多少は明るいというのに。
(やっぱり、さっき言っていた〝魔力探知〟とやらのせいなのか?)
少なくとも、そうでも考えなければ、彼女たちを振り切れない理由が見当たらない。
何なんだ、さっきの『閃光魔法』といい、あの赤毛の少女、いったいどんな魔法を使って……。
(って、噂をすれば!!)
再び飛んできたのは、〝閃光の魔球弾〟。
形状こそ『炎球』に近いものの、この魔法の前では、あらゆる防御魔法が意味をなさない。回避するしかないのだ。ゆえに、慎重な対応が求められる。
しかし、地下水もさるもの。飛んできた魔法を、素早い跳躍で回避した。さすがに二度、三度と見せられれば、対処の仕方も分かるというものだ。
(このまま何とか逃げ切って、別の誰かに乗り換えるのが吉だな)
今操っているこの少女を使ったまま、任務に臨むつもりはさすがになかった。あくまで、この子は『繋ぎ』程度にしか考えていなかったのだ。
だからこそ、早く別の、操れそうな人間を探しているのだが……。こんな洞窟の中に、都合よくそんな人間がいるわけもない。
いや、いた。
「あいたたた……」
逃げる地下水の視線の先。
そこには、座り込んでそんな声を漏らしている、無防備な金髪の巨乳美少女がいた。まさに、始祖ブリミルのお導きかとすら思ってしまうほど、都合のよい展開だった。
よし、すぐさま彼女に乗り換えよう。モンモランシーを解放すれば、追っ手にも多少の隙が生まれるはずだ。
(ちょいと操らせてもらいますよ、お嬢さん!)
地下水はそのまま、いまだきょとんとしている金髪少女に向かって、まるでソフトボールを手渡すかのような優しい動作で、自らの刀身を投げ渡した。
「ふぇ、ふぇええ!?」
当然、色々な意味で隙だらけだった少女に、まともな対応ができるはずもない。
走ってきた金髪巻き毛の少女から投げ渡されたナイフを、反射的に両手で受け止めてしまった。
「よっし、袋小路! 追い詰めたわよ……って」
「ぜぇ、ぜぇ……どうしたんだい、キュルケ? ぼくの愛しのモンモランシーに何か……」
ここで、追いかけてきたキュルケとギーシュも、その場へと駆け込んできた。そして、二人そろって目を丸くする。
視線の先には、倒れたモンモランシーと、座り込んでいる金髪少女がいたからだ。
しかも、胸がでかい。とてもでかい。
キュルケ以上ではないかと思わせるほどの、
「あ、あなた、いったい何者……?」
「え、ええと……あなたたちは……?」
キュルケもほんの一瞬、彼女の胸に注目したものの、すぐにその手に例のナイフが握られていることに気づき、叫んだ。
「い、いけない! そのナイフを今すぐ捨てなさい! そいつは人を操る危険なナイフよ!」
「ええっ!? そ、そうなんです……か?」
金髪少女ことティファニアは、驚いて手元のナイフを見つめ……ゆっくりと首を傾げた。
「操られる……って、そんな感じはしませんけど? そんなに危険なナイフなんですか?」
「はぁ……?」
キュルケは、ぽかんと口を開けた。だが、確かに妙だとは思った。目の前の金髪少女は、特に操られているようには見えない。
いったい、どういうことだろうか?
「な、なんで……乗っ取れねえんだ……」
やがて、心底驚いたような声を、ナイフの方が発した。それを聞いて、キュルケもようやく、本当に乗っ取りに失敗しているのだと気づいた。
「ばかな……俺の洗脳魔法が……弾かれた? そんなこと、今まで……」
「あ、もしかしたら、ザインさんの言っていた〝女神の加護〟のおかげなのかな?」
危うく操られそうになったというのに、微塵も危機感を抱いていないような口調で、ティファニアは呟いた。
何でも、僧侶には〝女神の加護〟と呼ばれる、呪いによる状態異常を弾いたり、その効果を弱めたりする加護が備わっていると聞いていたのだ。
もしかすると、その効果が、このナイフの洗脳魔法にも働いたのだろうか。
ティファニアは、そんなことを考えていた。
「ふぅーん。大方、別の人間を操って逃げ切ろうと考えていたんでしょうけど……どうやら、その様子だと失敗しちゃったみたいね」
〝女神の加護〟については、正直よく分からない。
だが、少なくとも、この少女が持っている限り、ナイフの洗脳能力は通用しないということだ。
一方、モンモランシーは気絶しているらしく、ギーシュが介抱に向かっていた。
もっとも、その視線はしっかりと、金髪少女の豊かな胸元へ向けられていたのだが。
(まったく……後でモンモランシーにチクってやろうかしら……って)
ここで、キュルケもようやく気づいた。暗闇では見えにくかったが、近づいてみて分かった。
この不思議な巨乳少女の両耳が、長く尖っていることに。ということは、つまり……。
「え、エルフ!?」
ギーシュが、驚きの声を上げた。
それを聞いたティファニアは、怯えたように後ずさりながら、両手で耳を隠した。
その反応を見て、彼女が怖がっていることに気づいたキュルケは、落ち着くように両手を振った。
「ああ、安心してちょうだい。あなたに危害を加えるつもりはないわ。むしろ、お礼を言いたいくらいよ。そのナイフのせいで、連れが危うく攫われそうになっていたんだから」
「そ、そうなんですか……」
とりあえず、こちらに害意がないことは伝わったのか、エルフの少女は少しだけ警戒を解いてくれた。
フリーレンに続いて、二人目のエルフか。やっぱり、全然恐ろしいとは感じないわね。
そんなことを考えながら、キュルケはまず自己紹介をすることにした。
「あたしはキュルケ。こいつはギーシュで、倒れているのがモンモランシー。みんなトリステイン魔法学院の生徒よ。あなたの名前は?」
「わたしは……ティファニアといいます。あの、純粋なエルフじゃなくて、ハーフエルフ……なんですけど」
ティファニア……。聞いたことのある名前だ。
キュルケは、その名前をどこで耳にしたのか、記憶を探った。
「……ああ! もしかして、マチルダが匿っているって言っていたハーフエルフの子!?」
「マチルダ姉さんを知っているの!?」
どうやら当たりだったようで、マチルダの名前を聞いたティファニアは、ずいっとキュルケとの距離を詰めた。
「ええ。あなたの事情については、彼女から色々聞いているわ。そうだったのね」
「あの、キュルケ。ぼくは何も聞いてないんだけど……」
「良かった! マチルダ姉さんのことを知ってるってことは、もしかしてフリーレンさんのことも?」
「あのぉ……」
「ええ、もちろん。もうフリーレンとは会っているの?」
「ぼくぅ……」
「はい! 今ちょうど、ルイズさんたちと合流しようと、コルベールさんたちと一緒に向かっていたところだったんです」
「ああ、そうなの! もうそこまで話が進んでいるのね! 安心して、あたしたちもあなたの味方だから」
「そうなのね! マチルダ姉さんたちのお友達だったのね。それなら安心だわ」
ティファニアは、はにかんだ笑みを浮かべた。
キュルケもまた、彼女を通じてフリーレンたちと合流できそうだと分かり、内心ほっと胸をなで下ろしていた。
一方、すっかり会話から置いてけぼりにされたギーシュは、少し離れた場所で「の」の字を書いていじけていた。
「で、結局、そのナイフは何なのかって話になると思うんだけど」
キュルケは続いて、ティファニアの持つナイフに注目した。彼女に握られてからというもの、このナイフはうんともすんとも言わなくなっていた。
今さら、ただのナイフで押し通すつもりなのかしら。ずいぶん甘く見られたものね。
キュルケは鼻で笑いながら、杖先をそのナイフへと向けた。
「ティファニア、ちょっとそのナイフを持ったまま、近くに来てくれる?」
「ええ、はい」
言われるがまま、ティファニアはナイフを持ってキュルケに近づいた。
キュルケは杖先に魔力を集中させる。もちろんこれは、〝
「この魔法、『生物以外ならあらゆるものを貫通し、破壊する』ってフリーレンは言ってたけど……果たして、インテリジェンスナイフにも有効なのかしらねー。ちょっと試してみようかしらねー」
白々しい言葉とともに、キュルケは杖先に宿した光球を、さらにナイフへと近づけていく。
あと三サント、二サント、一サント……。
「待って! 待ってくれ! 降参だ!!」
とうとう音を上げたのか、ナイフが叫んだ。
「そう。じゃあ、洗いざらい吐いてもらいましょうか? あんたは何者? なんでモンモランシーを攫おうとしたの?」
キュルケの尋問に、地下水は再び黙り込んだ。すると、キュルケはゆっくりと光球を近づける。
「分かった! 言います! 吐きますから、その光を近づけるのはやめて! むっちゃチリチリする!」
地下水が再び悲鳴を上げた。ティファニアを操れない以上、本当に何もできないからだ。
おまけに、キュルケの杖先に灯るあの光。あれを押しつけられたら最後、自分の刀身があっさり破壊されてしまうかもしれない。
いや、間違いなく
「そう。じゃあまず、あんたは何者なの?」
「見れば分かるだろ? 俺はインテリジェンスナイフ。地下水ってんだ。その道じゃ知られた名前だぜ」
地下水。
その名前を聞いたティファニアは、知らないが故にきょとんとした表情を浮かべた。
だが、比較的情報通なキュルケは、その名を聞いて少し考え込むような仕草を見せる。酒の席での噂話にすぎないが、聞いたことがあったからだ。
ガリアには凄腕のメイジで、狙った獲物を決して逃がさない暗殺者がいる、と。
「噂に聞く凄腕の暗殺者……まさか、その正体がインテリジェンスナイフだったとはね。驚きだわ」
「もう分かってるだろうから言っちまうが、俺は、この刀身を握ったメイジを自在に操ることができるんだそうやって、その時々で身体を乗り換えることで、今まで正体を隠してきたってわけさ」
「で、その凄腕の暗殺者が、このアルビオンに何の用?」
地下水は、再び黙り込んだ。
キュルケはすかさず、光球を近づける。
「い、いや! これ以上は絶対に言わねえ! 俺にもプライドってものがある! 依頼主の名前や目的を簡単に明かすようなプロが、裏の世界で信頼されるわけねえだろ!!」
今度は逆に意固地になったかのように、地下水は喚き散らした。
確かに、これ以上脅したところで、こいつは口を割りそうにない。
そう判断したキュルケは、杖先の光球を消した。
だが、まだ交渉の余地はあると考え、こう続ける。
「分かったわ。依頼主の詮索は、この際どうでもいいしね。でも、あんたがこの浮遊大陸で暗躍していた目的については、あたしにも見当がつくのよ。……十中八九、アウラのことでしょ?」
「アウラ……?」
「〝服従させる魔法〟とやらを使って、アルビオンを乗っ取ろうと画策している奴よ。あんただって、アルビオンで活動していたなら、聞いたことくらいあるんじゃない? 不気味な『首無し兵たち』のこととか」
「……ッ!」
地下水は言葉を飲み込んだ。
その反応を見て、キュルケは当たりだと確信した。
ナイフゆえに表情から思考を読み取ることはできないが、今の言葉で地下水の内心に変化が生じたと感じたからだ。
「あんたたち……あの二つ角の女を知っているのか?」
「ええ、もちろん。……その反応からして、あんたの目的はそいつとの接触か、抹殺か。そのどちらかなんじゃないかと思うんだけど、違って?」
ここで地下水の目的を明かしておくと、彼は元素の兄弟と同様、『シェフィールドの奪還』のためにアルビオンで活動していた。
だが、あの二つ角の女が諸悪の根源であることには、地下水も薄々感づいていた。
そのため、キュルケの推測も、まったくの当てずっぽうというわけではない。
いずれにせよ、奴をどうにかする必要があるのだから。
「嬢ちゃんたちは……なんであいつのことを知っている?」
「悪いけど、連れを攫おうとしたあんたに、これ以上の情報を教える気はないわ。ただ……あんたの行動次第じゃ、この舌も少しはあんたの言うことを聞いてくれるかもしれないけど、どうする?」
べぇ、と舌を出し、茶目っ気たっぷりにそう告げるキュルケ。地下水は「はぁ……」とため息をついた。
魔法もそうだが、この嬢ちゃん、なかなかのやり手だ。
地下水はしばらく考え込んだが……今は情報が欲しい。また同じ轍を踏みたくはないからだ。
「負けましたよ。分かりました。全部話します」
地下水は、とうとう負けを認めた。
キュルケはティファニアに向かって、ニヤッと笑みを浮かべる。
ティファニアも思わず、小さく拍手していた。
「俺の目的は、『攫われたとある人物』の奪還だ。……ああ、そいつがどんな人物なのかは、マジで白状しないからな。そこは聞かないでくれ。ってか、俺もよく知らんし。……ただ、そいつもどうやら、あの『二つ角の女』に操られていることは間違いないと思う」
「まあ、状況を考えればそうなるでしょうね」
「で、そいつが捕まっている場所までは分かったんだが、運悪く『二つ角の女』に見つかっちまってな。仲間の大半は洗脳されるわ、そのうちの一人は寝返るわで、散々な目に遭ったのさ。俺が操っていた人間もその時にやられちまって、どうしようかと考えているうちに、姉ちゃんたちと出会って……」
「モンモランシーを使って、態勢を立て直そうとしたわけね」
「一応、弁護させてくれな。あの子でまた『二つ角の女』に挑むつもりは本当になかったんだ。あくまで繋ぎだ。もっと強い奴を見つけたら、すぐに解放するつもりだったんだぜ」
などと地下水は宣うが、当然、それを聞いたギーシュは憤慨した。
「自分勝手なことを言うんじゃない! 愛しの恋人を攫われて、ぼくがどれだけ焦ったか、きみには分からないだろう!」
「あんたはうるさいから黙ってて」
「なっ、待ってくれ、キュルケ! ぼくはまだそのナイフに――」
「はいはい、うるさいうるさい。今、取り込み中よ」
喚くギーシュを強引に押しのけながら、キュルケは地下水に話を続けた。
「状況は分かったわ。あたしたちも、簡潔に言えばアウラを討伐するためにアルビオンへ来たのよ。かなり危険な奴らしくてね。正攻法じゃ絶対に勝てないとまで聞いているわ」
「あのバケモンに挑むってか? 姉ちゃんたち、勇気があるなあ……いや、『命知らず』と言った方が正しいかな」
一度、本物のアウラと接触しているためか、キュルケの言葉に地下水は率直な感想を返した。
「命知らずとは何だ! そんな無謀な挑戦に果敢に立ち向かってこそ、真のトリステイン貴族というものだろう!」などと熱弁を振るうギーシュを、とりあえず押しのけながら、キュルケはさらに続ける。
「凄腕の暗殺者であるあんたがそこまで言うんだから、相当な化け物なのは間違いなさそうね。でも、あたしたちだって、何の策もなく乗り込んできたわけじゃないわ。切り札も用意してあるし、頼もしい味方だっている。勝ち目がない勝負に、わざわざ首を突っ込むほど馬鹿じゃないつもりよ」
「勝算? 味方? そいつは何だ? いったい誰があんたらの後ろ盾になっているんだ?」
たとえエルフであろうと、生半可な実力では絶対に太刀打ちできない。そう思えるほどの相手に、いったいどう立ち向かうつもりなのか。地下水は純粋に興味を抱いた。
しかし、ここでキュルケは、もったいぶるようにかぶりを振った。
「これ以上聞くつもりなら、あんたにも相応の『対価』を求めるつもりだけど、どうする?」
『対価』……。
つまり、自分たちの仲間になり、共にアウラを討て。そういうことなのだろう。
地下水は悩んだ。
情報を得るなら、この誘いに乗るのが常道なのだろうが、そうなれば当然、勝手な行動はできなくなる。
向こうには向こうで勝算があるらしいし、そもそもアウラの討伐は自分の主任務に含まれていない。
こいつらには勝手に潰し合ってもらい、その隙にシェフィールドを奪還する……という道も、あるにはあるのだ。
問題は……今の自分に、選択の余地などほとんどないことか。
「さて、どうするのかしら? 地下水さん?」
キュルケが妖艶な笑みを浮かべ、こちらを見下ろしてくる。
地下水は、ぎりぎりまで返答を濁した。
そして、次の瞬間……。再び、洞窟全体を揺るがすような激しい振動が巻き起こった。
「きゃっ!?」
「なっ、何だあ!?」
ティファニアもギーシュも、突然の揺れに戸惑った。
一方、キュルケは、その振動がこの道の先、さらに地下へと続く坑道の奥から伝わってきたことを察知した。
そして、そこには見知った魔力の気配もあった。
これは……コルベール?
(ジャン! よかった、ようやくあなたに会えそうね!)
内心では再会を喜びながらも、キュルケはティファニアとギーシュに、この道を進むことを告げる。
「あんたにも、もちろん来てもらうわよ。答えは……そうね、この洞窟を抜け出した後に、改めて聞かせてもらうわ」
キュルケは地下水にそう告げると、ティファニアにナイフを肌身離さず持っているよう念を押し、さらに地下へと進んでいった。
さて、そんな話が繰り広げられていた頃、コルベールはというと……。
「――――くっ!」
崩落する瓦礫の隙間を縫うように飛行し、何とか着地する。
どうやら、かなり広く、深い場所まで落ちてきたらしい。
下の方からは、水の流れる音が聞こえてくる。下流へと続く水脈があるのだろう。
浮遊大陸であるアルビオンの山脈には、雲や霧を吸収して形成される、豊富な水分を蓄えた『水石』が存在すると聞く。
そこから絶えず清らかな水が流れ出しているため、水不足に困ることはないのだとか。
そして、流れ出た水は大陸の下半分を白い霧で覆い隠し、風に乗って上昇した水蒸気を、再び山脈の『水石』が吸収する。
この循環が成り立っているからこそ、浮遊大陸であるアルビオンも、生物が暮らせる土地として機能しているのだという。
……と、そんなことを考えている場合ではないな。
コルベールは背後を振り返った。
「逃がすつもりはないわ。あなたには、きっちりと『あの時』の借りを返したいのだから」
やはり、逃げ切れなかったか。
同じように優雅に着地し、こちらに笑いかけてくる二つ角の女性――アウラ。
その姿を見て、コルベールは覚悟を決めた。
『真正面から戦うことになったら、〝服従させる魔法〟を持つアウラには、コルベールたちじゃ絶対に勝てない』
『だから、うまく不意を突く手段を考えて。無理なら逃げて』
フリーレンに言われたことを思い出しながら、コルベールは状況を確認する。暗闇に包まれた、土地勘のない洞窟。この状況でアウラから逃げ切るのは、ほぼ不可能だろう。
だが、相手はなぜか、一撃必殺となるだろう〝
否、先ほどの様子からして、
理由は分からない。
だが、そこに一縷の希望、勝機を見いだすしかなかった。
(とはいえ、〝
この状況では、最悪、相討ち覚悟でアウラを倒すしかない。
幾多の戦場を経験してきたコルベールだからこそ、楽観的な考えは捨て、自分にできる現実的な手段を模索していた。
もちろん、理想は隙を作って撤退することだ。
だが、相手がそれを許してくれる可能性は、限りなく低いだろう……。
一方、コルベールが思考を巡らせている間、アウラはここで初めて、彼をじっくりと観察していた。
魔力量、構え、佇まい。そして容姿から身に着けている衣服に至るまで、油断なく目を向ける。
(スキルニルとはいえ、この私を前にしても恐れを見せず、倒す手段を考えているみたいね。生意気だけど、嫌いじゃないわ)
フリーレンの協力があったとはいえ、一度は自分の人形を葬った魔法使いだ。今度はアウラも、コルベールの能力を正当に評価しようとしていた。
あれは、死を覚悟したうえで、それでも自分にできることはないかと必死に考える人間の目だ。
そうやって、命を賭してでも次につなげようとする人間を、アウラは長い年月の中で数え切れないほど見てきた。
そんな覚悟を決めた人間を『服従させ』、絶望の表情に染め上げる。
それが、いつものアウラの楽しみなのだが……今回は、それもできそうにない。
さすがに〝
だが……。
(あのタイピンとマント、どこかで見たような……)
目ざといアウラは、コルベールの『魔力』ではなく、『服装』に注目した。
彼は今回、旅装の上から、魔法学院特有の五芒星のタイピンとマントを身に着けていた。
身分がすぐに分かるようにするための装いなのだろう。そして、アウラは同じ装いをした人物を一人知っている。
否、今まさに操っている。
(……ああ、
それに気づいたアウラは、口の端を三日月のように吊り上げた。コルベールですら、思わずぞっとするほどの笑みだった。
これなら、こいつも絶望の表情を浮かべながら、存分に踊ってくれるに違いない。
「あなたの処刑方法を思いついたわ。その前に……」
アウラは、パチンと指を鳴らした。
すると、たちまちコルベールの周囲が首なしの亜人たちで埋め尽くされた。
「ちょっと準備があるから、そいつらと遊んでなさい」
そう告げるや否や、相手に逃げる隙も反撃の機会も与えず、アウラの配下である兵士たちがコルベールに襲いかかった。
「……チィッ!」
コルベールは舌打ちしながら、炎魔法や〝一般攻撃魔法〟を駆使し、次々と襲いかかる敵を捌いていく。
(一体、何を考えているんだ……!!)
魔族という、初めて相対する種族だからこそ、コルベールにはアウラの考えが読めない。
ただ、いたずらに時間と精神力を浪費させられるばかりだった。
そうこうしているうちに、向こうの準備が整ったらしい。
「さてと、準備は整ったわ」
すると、今度は兵士たちが一斉に退いていった。
アウラもまた、自ら手を下す必要はないとばかりに、コルベールから五メイル以上距離を取る。
何が何だか分からず、戸惑うコルベール。
そんな彼の前に現れたのは……同じ魔法学院の装いをした、一人の少女だった。
「え、み、ミス・タバサ……!」
コルベールは唖然とした。
なんと、彼の前に現れたのは、自身の生徒でもあるタバサだったのだ。
そしてアウラは、彼のその反応を見て、心の中で『大当たり』とほくそ笑んだ。
「やっぱり、あなたとこの子は教師と生徒の関係だったみたいね」
アウラは、くすりと笑った。
五百年以上を生きる大魔族である。人間の社会には、『幼い子供たちに生きる術を教える施設がある』ことくらい、当然知っていた。
経験豊富な大人が、何も知らない子供に技術や知識を授け、それを後世へとつないでいく。
生涯を独りで過ごす魔族には、とんと理解できない発想ではあるものの、一つだけ、有用だと思える知識があった。
教える側である『教師』には、学ぶ側である『生徒』を見捨てられない人間が多いということ。
教えているうちに、愛着でも湧くのだろうか?アウラには、その愛着というものが何なのか、よく分からない。
だが、その愛着ゆえに、強い教師ですら、弱い魔族になすすべなく狩られてしまう例は後を絶たない。
特に、数多の人間を操ってきたアウラである。
これまでの戦いでも、『操られた生徒を見捨てられず、攻撃できないまま殺された強い先導者』を、数え切れないほど見てきた。
世界が違えど、その『習性』までは決して変わらないらしい。
人間とは、かくも面白いものだ。
「というわけで、二人で仲良く踊ってちょうだい」
アウラは笑みを浮かべ、タバサに戦うよう命じた。
すでにタバサは、様々な魔法を使わされ続け、休むことすら許されていなかった。その衣服も身体も、すっかりボロボロになっている。
それでも、彼女はアウラの命令に逆らえない。もはや、逆らおうとする気力すら残っていなかった。
タバサは心底疲れ切った表情のまま、教師であるコルベールへと杖を向けた。
「――――〝
もはや、「避けて」と呟く力すら残っていない。
タバサはただ淡々と、あらゆる人間を殺し得る魔法を、コルベールに向けて撃ち放った。
その危険性を察知したコルベールは、〝防御魔法〟を盾にして攻撃を防ぐ。
だが……コルベールは反撃できなかった。
あんなにも、心身ともに疲れ果てた彼女の姿を見てしまっては……!
何より、彼女はキュルケの大切な親友でもある。そのことを知っているからこそ、なおさら手が出せなかった。
「……この、外道が!!」
コルベールは、殺意すら宿した眼差しをアウラへと向けた。
トリステイン魔法学院の生徒たちが今の彼を見たなら、誰もが恐怖に身を震わせたに違いない。
それほどまでに、凄まじい気迫を帯びた目つきだった。
だが、アウラはそれこそが、むしろ御馳走だと言わんばかりの表情を浮かべた。
「あらあら、遠慮しなくていいのよ? そんなふらふらの木偶人形、今のあなただったら簡単に吹き飛ばせるのでしょう? ほら、やりなさいよ」
それとも、できないのかしら?
やっぱり、人間は面白い。
これほどまでに強い魔法使いでも、こんな脅し一つで簡単に屈してしまうのだから。
事実、コルベールはどれだけ怒りに表情を歪ませても、タバサを攻撃しようとはしなかった。
ただただ、タバサの攻撃を防ぎ続けることしかできなかった。
「この下で、激しい魔力の乱れが起こっているわ」
キュルケの言葉に従い、ギーシュ、モンモランシー、そして新たに加わったティファニアの四人は、ひとまず地下へと進んでいく。
先ほどの振動で、地上へと続く道が塞がれてしまった。
新たな出口を探す意味もあるのだが、何よりキュルケには、この魔力の色に覚えがあったのだ。
「多分、ジャンじゃないかと思うのよ。あと一つは……なんだかタバサっぽい気もするけど、あの子がアルビオンにいるわけないものねえ」
「面白い魔法を使ってるなあ、姉ちゃん。詠唱もなしに、誰がどこにいるのか分かるだなんて。それが〝魔力探知〟ってやつなのかい?」
そう呟いたのは、ティファニアの手に握られたままの地下水だ。
持ち主であるティファニアを操れない以上、今はただ、なすがままになるしかない。
ちなみに、モンモランシーはいまだ気絶から目を覚ましておらず、ギーシュが背負って進んでいる。
「『対価』を払わないなら、その質問には答えないわよ」
キュルケは、そっけない態度で地下水に言い放った。
地下水も「ちぇっ」と呟き、再び押し黙る。
「ジャンと合流できれば、フリーレンたちとも会えるようなものだし、ここは進んでみましょう」
キュルケは、隣を歩くティファニアに呼びかけた。
彼女も「はい」と力強く頷く。
「キュルケさんって、コルベール……さんともお知り合いなんですか?」
道中、ティファニアが尋ねた。
自分も先ほどまでコルベールと行動を共にしていたため、どんな人物なのかは多少なりとも知っている。
だが、ファーストネームで呼ぶあたり、キュルケと彼の親密さは、自分とはまるで違うように思えたのだ。
「ええ。あたしたちがトリステイン魔法学院の生徒だってことは、もう話したと思うけど、ジャンはそこの教師を務めているのよ。しかも、これがすごいのなんのって! 火の魔法に誰よりも長けているにもかかわらず、魔法を使わない技術にも造詣が深いのよ!」
そう語り始めたキュルケは、まるで止まることを知らないかのように、コルベールの素晴らしさを語り出した。
自分が火魔法の扱いに悩んでいた時、彼の指導のおかげで見事に調子を取り戻せたこと。当時は彼を侮っていたにもかかわらず、いつも優しく接してくれたこと。
あのジープも、元はコルベールが動かしてみせたのだというのだから、ティファニアも驚きを隠せなかった。
「そんなにすごい人だったんですね……。それなら、フリーレンさんがあんなに入れ込むのも納得というか」
「ええ! 間違いなく彼は、このハルケギニアの歴史に名を残す偉大なメイジになるでしょうね!」
キュルケは身体をくねくねさせながら、なおもコルベールの魅力を語り続ける。
しまいには、あの禿げた頭の良さまで語り始めるものだから、ギーシュも地下水も苦笑するばかりだった。
「というか、きみ、いつの間にミスタ・コルベールとそんなに親密になっていたのだね?」
「恋はいつだって突然、激しく燃え上がるものなのよ、ギーシュ。色んな女性を薔薇にたとえるあなたなら、分からないわけじゃないでしょう?」
「まあ、それはそうだな。うむ」
妙に納得した様子で、ギーシュは頷いた。
すると、キュルケは「あ、そうそう」と思い出したように、ティファニアへ話を続けた。
「それでね、もう一人、学院にはすごいメイジがいるのよ。それがタバサって子なんだけど」
「さっきキュルケさんがお話ししていた方ですね? どんな人なの?」
「風魔法のトライアングルなんだけど、とにかく技術がすごいのよ。フリーレンの魔法もいち早く会得できるくらい、才能にあふれていてね。あたしも惚れ惚れするほどなのよ」
これまたキュルケは、まるで自分のことのようにタバサを褒め称えた。
「教師……ではなさそうですね。お友達なんですか?」
「ええ、親友よ」
ティファニアの純朴な問いに、キュルケはウインクしながら答えた。
「あの二人とルイズ、そしてフリーレンさえいれば、アウラとかいう訳の分からない魔族だって、きっと退けられるわ」
「……そう、だといいですね」
「ええ、大丈夫よ。あたしだって、多少は色眼鏡で見ている自覚があるけれど、さっき話したあの二人が、間違いなく天才だってことは確信しているんだから――――」
その時だった。
激しく衝突する二つの魔力が、こちらへと迫ってくるのを察知した。
キュルケは、すぐさま表情を引き締める。
「魔力の衝突が、こっちに向かってくるわ!」
そう叫ぶと、キュルケはティファニアを後ろへ下がらせ、杖を構えた。
その直後、右手の岩盤が灼熱の業火によって吹き飛ばされた。
(この炎……間違いない、ジャンだわ!)
何が起こったのか分からず戸惑う面々をよそに、キュルケだけは、その魔力の正体をすぐに察知した。
「ジャン! ようやく会えたわ! あたしよ! キュルケ――――!」
しかし、そこでキュルケは言葉を失った。
立ち込める煙が晴れた先。彼女が真っ先に目にしたもの。
それは、腹部を氷の槍で貫かれ、倒れ伏したコルベールを足蹴にする、二つ角の女性の姿だった。
話は少し前に遡る。
(駄目だ! 『
タバサの攻撃をやり過ごしながら、コルベールは内心で呟いた。
聞けば、〝
向こうは別に、タバサが死んだところで構わないと思っているのだろう。
だが、タバサ自身はすでに相当弱っている。すぐに救命措置が必要なほどに。
衰弱しきった今の彼女では、弱い魔法を一発受けただけでも、絶命しかねない。本当に、自分を追い詰めるには、これ以上ない手段だった。
「せ、ん……せぇ……」
片足を引きずり、身体中を埃や血にまみれさせながら。
悲壮な表情でこちらを見つめるタバサに、コルベールは叫んだ。
「待っていたまえ、ミス・タバサ! 今すぐ助ける!」
そんなことができるはずもないのに、思わず勢いに任せて叫んでしまった。
そして、その視線を、高みの見物を決め込んでいるアウラへと向ける。
(あれがスキルニルである以上、奴を倒したところでミス・タバサが救われることはない。だとしても……!!)
少なくとも、今は奴がタバサに命令を下している。
命令の発信源である人形を倒せば、ほんのわずかな間だけでも、タバサが自由になるかもしれない。
その隙に彼女の動きを封じ、保護して、フリーレンやザインに診てもらえれば、あるいは……!
そのわずかな希望に賭けたコルベールは、タバサを振り切り、アウラへと向かった。
もう、あれこれ考えている暇はない。最短距離、最短時間で奴を葬り、隙を作る!!
「――――〝
杖先に業火をまとわせながら、コルベールは跳躍した。そのまま、一気にアウラへと迫る。
一方のアウラは、なぜか笑みを浮かべたまま、その場から逃げようともしない。逃げる必要すらないと考えているのか。
それとも、余裕から生まれたわずかな隙を、奇跡的に突けたのか。理由は分からない。
だが、この好機を逃すわけにはいかなかった。
コルベールは躊躇なく、業火の魔法をアウラへと放った。
結果として、その業火はアウラに命中した。正確には、彼女の右腕に。
「……ぐっ!」
業火がアウラの右腕に直撃し、瞬く間に燃え広がる。
それを消そうと躍起になっているのか、アウラは明らかに怯んでいた。
当然、コルベールはこう思った。
(当たった! いける――――!)
〝
コルベールは、そう考えてしまった。
だからこそ、今が追撃、あるいはとどめを刺す絶好の機会だと判断し、前のめりになってしまった。
その偶然すらも、アウラの計算によって作り出された『演技』だったと気づいたのは、背後から飛来した『氷の槍』に、背中を貫かれた後だった。
「……なっ!?」
「どう? 私とあの子の『弱った演技』と『油断したふり』は?」
コルベールの口元から、一筋の血が流れ落ちる。
今のタバサの衰弱具合では、大技の魔法など撃てない。そう判断したからこそ、攻勢に出たのだ。
なのに……!
「え、んぎ……! だと……!?」
「ええ、そうよ。この世界のメイジは、『精神力』で魔法を行使するのでしょう? だから、あの子の洗脳の度合いを、あえて弱めておいたのよ」
そうして、衰弱しきった
さらに、わざと攻撃を受けて隙を見せれば、自然と相手の意識はタバサから外れる。
その瞬間を狙い、タバサへの支配を一気に強め、『偽りの殺意』で精神力を満たし、大技を撃たせたのだ。
〝人を殺す魔法〟を使わせなかったのは、何よりも速さを重視したため。
使い慣れた魔法の方が、相手の虚を突けると判断したからだ。
事実、その目論見どおり、氷の槍はコルベールの腹部を貫いていた。
「ふふっ、無様ねえ」
アウラは笑みを浮かべながら、焼けただれた右腕を持ち上げた。
どうせ人形なのだ。痛みなど、あるはずもない。
むしろ、スキルニルであるうえに〝服従させる魔法〟も使えない状態で、この男を仕留めるための代償が腕一本で済んだのなら上々だ。
いや、それすらも
最初からアウラは、腕一本を失うことを前提に、この戦いを組み立てていたのである。
「欺き合いで私を出し抜こうだなんて、五百年早いのよ」
そう言い放つと、アウラはコルベールを足蹴にした。腹部を蹴られ、コルベールは苦痛に呻いた。
一方、タバサは無表情のまま、その場に立ち尽くしている。だが、その頬には、一筋の涙の跡が残っていた。
「……ん?」
その直後だった。
キュルケたちが、この光景を目にしたのは。
「――――ジャン?」
キュルケは、呆然とした表情で呟いた。
彼女の目の前には、倒れ伏したコルベールと、その身体を足蹴にするアウラ。
そして、その背後には、涙を流す親友の姿があった。
何より、コルベールの腹部には、タバサが得意とする『氷の槍』が突き刺さっている。
キュルケは、目の前の光景が何を意味しているのか、瞬時に理解した。
『恋人が、操られた親友の魔法によって傷つけられている』のだと。
「……何、やってんのよ……あんた……」
まるで自分のものではないかのような、低く、冷え切った声が漏れた。
腹の底から湧き上がる怒り。それは、激しく燃え上がるどころか、かえって彼女の思考を冷静にさせていた。
もともとキュルケは、怒れば怒るほど態度に余裕が生まれ、声も落ち着いていく性格だった。
だが、今回は違う。
自分の逆鱗を容赦なく踏みにじるアウラの蛮行を前にして、なお、これほど冷静でいられるものなのか。
キュルケ自身が、そう不思議に思ってしまうほどだった。
『親友が泣いている。なぜ?』
『きっと操られている。この女の魔法は、確かそういうものだったはず』
『親友を操り、望まぬことをさせ、恋人を傷つけた』
『そのすべての元凶は――――!』
「何って……」
一方、アウラはキュルケの内に渦巻く怒りを感じ取りながらも、取るに足らないものとばかりに鼻を鳴らした。
「私に逆らった、身の程知らずな馬鹿への制裁だけど。文句ある?」
まるで悪びれる様子もなく、アウラはそう言い放った。
その瞬間、キュルケの心は絶対零度にまで冷え切った。
「……そう」
ティファニアも、ギーシュも、地下水でさえも震え上がるほどの、冷たい声。
今のキュルケには、普段の陽気な面影など微塵もなかった。まるでタバサを思わせる無表情で、ただ静かにアウラを見据えていた。
キュルケは、無造作に杖を向ける。
生まれて初めて抱いた、本物の殺意。
その感情が、彼女の内に眠る魔力を激しく燃え上がらせていく。
そして、この瞬間。キュルケの魔法使いとしての位階は、『スクウェアクラス』へと引き上げられた。
「 死 ね 」
〝 地 獄 の 業 火 を 出 す 魔 法 〟。
冷え切った声で告げられた、無情なる死の宣告。
その瞬間、キュルケの杖先から、かつては制御しきれなかったはずの獄炎が解き放たれた。
荒れ狂う炎は、しかし、彼女の意志に寸分の狂いもなく従い、ただ一人――アウラだけを目がけて襲いかかった。