◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ん……っ」
「ああ、起きたかい、オスマン」
「あ……っ、ヒン、メル……?」
オスマンは頭をさすりながら、上半身を起こした。
まだ頭がズキズキする。いったい何が起こったんだっけ……?
(って、そうだ。おりゃあ……ワルドの奴と戦って……それで……)
そう、大敗した。
正直、ぐうの音も出ないほどの負け戦だった。
こちらはロングビルも加えた二人がかりだったというのに。しかも、スクウェアクラス同士だったというのに。
それでも、ワルドの強さは自分たちのはるか先を行くものだったのだ。
恐ろしく速い詠唱。『極光』の名に恥じぬ、即興の雷撃魔法。
四大系統を満遍なく使いこなすがゆえに負け知らずだったオスマンにとって、初めてその身に刻まれた『敗北』だった。
「よかった、目が覚めたんだね」
そこでオスマンは、こちらを覗き込むヒンメルへと意識を向けた。
彼も相応にボロボロだったが、相変わらずの笑顔をこちらに向けている。
次いで、周囲を見渡した。隣のベッドには、まだ気絶しているロングビル。そして、ヒンメルの横には、シャジャルとは違う……エルフの少年がいた。
「ヒンメル、ここは……」
「レキシントン都市からちょっと離れた掘っ立て小屋さ。誰もいなかったから、少し利用させてもらっている」
確かに、今自分がいるのは、みすぼらしい炭小屋の中だった。
エルフがいる以上、人目の多い場所では動けないため、こうなったという。
ちなみに、この小屋こそ、数十年後にルイズとシエスタ、そしてダミアンが利用することになる掘っ立て小屋だった。
すると、その小屋の扉を開けて、金髪の美男子が入ってきた。
「オスマンが起きたのかい? ヒンメル」
「お前、アルマンじゃねえか!? どうしてここに……!」
「なに、たまたまアルビオンを旅していたところで、彼と出会っただけさ」
アルマンはそう言って、ヒンメルの方を指さしながら笑った。きらりと白い歯を覗かせる、キザなポーズも欠かさない。
中身は女性とはいえ、やはりそこはグラモン家の血筋。格好つけで見栄っ張りな気質を、忠実に受け継いでいるようだ。
まだこの時点ではアルマンが女性であることを見抜けていなかったオスマンは、ただただ鬱陶しそうな顔を浮かべた。
だが、改めて周囲を見渡すと、やがてぽつりとつぶやいた。
「なあ、ヒンメル。あのエルフの嬢ちゃんは……」
オスマンの問いに、ヒンメルは静かに首を横に振った。
「そうか……」
オスマンも神妙な顔つきになる。
「じゃあ、そのエルフの坊主は何だ?」
「そのシャジャルについて、知っている子みたいなんだ」
ヒンメルが簡単に紹介すると、少年は「ビダーシャルだ」と、そっけない様子で名乗った。
「しかし、まさかエルフと旅していただなんてね。君も相当な変わり者だね、ヒンメル」
すでにアルマンは事情を聞いているらしく、改めて少し呆れたような口調で言った。
ただ、この反応自体は、ブリミル教徒のメイジからすれば当然のこと。むしろ、この程度の反応で済ませている時点で、アルマンはかなり寛容な部類なのである。
「君たちブリミル教徒が、どれほどエルフを恐れているのかは分からない。けど、僕にはエルフを恐れる理由がない。それだけのことさ」
ヒンメルはそう言って、真剣な眼差しをビダーシャルへと向けた。
「だから教えてほしい。いったいあの子……シャジャルは、どうして『レコン・キスタ』に狙われて、あんなに追い詰められているのかを」
ヒンメルの真剣な問いに、ビダーシャルは一度ため息をついた。
それでも、やがて静かに口を開く。
「分かった。話そう。我の知る限りの、シャジャルについてのことを」
そうして、ビダーシャルは話し始めた。
自分たちの親は、かつて砂漠からアルビオンへと移り住んだ一派であること。
アルビオン大陸を浮かせている『精霊石』に、近々暴走する兆しが見られたこと。
それを阻止しようと、あの『指輪』を代々受け継いできたシャジャルの父が、アルビオンの王と独自に接触したこと。
どのような会話が交わされたのかは定かではないが……最終的に、その会談は『双方の長』が命を落とすという結末を迎えたこと。
その数日後、ヒンメルも戦ったあの『黒衣の剣士』が自分たちの隠れ家を襲い、親たちが皆殺しにされたこと。
その襲撃の混乱に乗じて、シャジャルが指輪を持って逃げ出したこと。
そして、隠れていたことで生き残った自分たち子供は、過激派のエスマーイルと共に、シャジャルを追いかけていたことを。
「エスマーイルの目的は、『指輪』を使ってアルビオン大陸を大きく崩し、人間の居住区を潰した上で、我々エルフの国を作ることだったらしいが……正直、我にとってはどうでもよかった」
むしろ、ビダーシャルが望んでいたのは、あの襲撃で大やけどを負い、今も寝込んでいる妹のムニィラを助けることだった。
そのため、途中から独自にヒンメルたちを追いかけ、あわよくば『指輪』を譲ってもらえないかと動いていた。
それが、先ほどの一件につながったらしい。
「……君たちエルフも、相当大変な目に遭ってきたんだね」
それを聞いたヒンメルは、憂いを帯びた眼差しで、ビダーシャルの頭を優しく撫でた。
一方、『もうじきアルビオンが空中分解する』などと聞かされたオスマンとアルマンは、あまりにも荒唐無稽な話に目を丸くしていた。
「……あと数週間もせずにこの浮遊大陸が崩壊するって? それはまた、大きく出たなあ……」
だが、とアルマンは思う。
旅の途中、アルビオンでは突発的な地震が確かに頻発していた。それによって、村や街にも相応の被害が出ていたことを思い出す。
オスマンもまた、アルビオン女王ヴィクトリアやロングビルから、『黒衣の剣士』に相当数の配下が殺されたことを聞いていた。
さらに、レコン・キスタがシャジャルを追っていたことも、身をもって知っている。そのため、ビダーシャルの話を頭から嘘だと疑っているわけではなかった。
「レコン・キスタとやらの目的は分からぬが……あの指輪の価値を知っていることは間違いなかろう。我々の住処を襲ったのも、恐らくは……指輪を狙ってのことだろう……」
そのため、ビダーシャルを除く他のエルフたちは、シャジャルのことを心底疎ましく思っていたという。
自分たちがあんな目に遭ったのは、『指輪』を後生大事に保管していた彼女や、その親たちのせいだと。
理不尽な恨みだろう。だが、彼らとて悲惨な目に遭った被害者でもある。怒りの矛先を、誰かに向けずにはいられなかったのかもしれない。
「じゃあ、あの子がしゃべれなくなった理由は……」
「その時のショック……だろうね」
アルマンも同情を込めて、ため息を漏らした。
周囲に味方は一人もいない。自分を狙っているのは、平穏な暮らしを奪った連中で、同族からはいわれのない恨みを向けられる。
味方になってくれるはずの親兄弟は殺され……この大陸を救う鍵となる『指輪』だけを託された。
そんな極度の緊張とストレスが、彼女から『言葉』を奪ってしまったのだろう……。
「……他のエルフたちは、『シャジャルが指輪を奪って逃げたから、こんな理不尽な目に遭っている』とまで考えているようだ」
ビダーシャル自身は、そう思っていないようだった。だが一方で、その言葉を強く否定することもしなかった。
ここまで話を聞いた面々は、揃って重いため息をつく。
「……ぼかぁ、エルフという種族は話の通じない化け物とか恐ろしいと人を食べるとか、そんなことばかり子供の頃から聞かされてきたけど……こうしてみると、君たちもいろんなことで悩んだり、思い詰めたりするものなんだね」
アルマンが感慨深そうな声でつぶやいた。
「……分かり合えない種族なんて、それこそ〝魔族〟だけで十分さ」
ヒンメルはそう言って、おもむろに立ち上がった。
壁に立てかけてあった、鞘に収まったデルフリンガーを担ぎ上げる。
「お、おい、ヒンメル。どこへ行くんだ……?」
ここでオスマンが、いつになく弱々しい声でヒンメルに尋ねた。
ヒンメルは、あっけらかんとした声で、
「もちろん、これからシャジャルを助けにレコン・キスタへ行くつもりだ」
そう答えた。
それを聞いたアルマンとオスマンは、唖然とした。
ビダーシャルでさえ、「それは無謀だ」と、声には出さずとも顔に浮かべるほどだ。
「あ、相棒……いくら何でも、いきなりそれは無茶すぎやしねえか……!?」
デルフもまた、鞘から顔を出してヒンメルにこぼす。
相手は、アルビオン王軍を完全制圧するほどの兵力と統率力を持ち合わせているのだ。その戦力は五万を優に超えるという。
それに加えて、『死者・生者を問わず操る力』を持ち、さらなる戦力として『ガンダールヴ』、そして『ワルド』もいる。さらには、相手を操る力を持った『インテリジェンスナイフ』まで配下に加えているのだ。
特に『ガンダールヴ』は、伝説に恥じない強さを持っている。その実力は、ヒンメルも身をもって味わったはず。
(……いや、確かに後半あたりから、かなり押していたような気はするけど……)
しかも、目も耳も使えなかった状況で。
あれは結局、何だったのか……。
だが、いずれにせよ、そんな戦力まで備えた軍勢に、この顔ぶれだけで挑むのは、正直、無謀などという言葉では片づけられない。
「……おれぁ行かねえぞ」
憮然とした表情で、オスマンは厳しい声を発した。
「確かにおれは、お前と旅をしてきた。だが、それは……おれ自身が『何かを掴みたいから』って理由だけだ。何も、命を捨てなきゃいけねえような、そんな無謀な挑戦をする気はさらさらねえ」
「……オスマン」
ヒンメルは、ベッドの上でいつになく消沈しているオスマンを見た。
彼がここまで落ち込んでいるのには、理由がある。
彼はこれまで、『対人』の戦いではずっと負け知らずだった。ヒンメルと共に旅をしている間も、『負け』という言葉とは無縁だった。
襲い来る敵をことごとくヒンメルと共に退けていく。その快進撃の中で、『全能感』や『陶酔』にも似た感覚を、無意識のうちに抱いていたのだ。
だが、その全能感というメッキを、ワルドとの戦いであっさりと剥がされてしまった。
『戦上手のドット、増上慢のスクウェアに勝る』という格言自体は、ハルケギニアでも古くから知られた言葉だが……こちらはロングビルも加えた二対一だったにもかかわらず、無様な敗北を喫してしまった。
全能感が消え去ると同時に、自信までも喪失してしまった。
そこへ、ビダーシャルから告げられた事態の重大さ。
自分すら退ける実力者を多数抱える組織を相手に、無謀な行動を起こそうとするヒンメル。
そんな彼に、もはやついていけないと感じ始めたのである。
「おれたちがやるべきことは、『今の話を全部聞かなかったことにして、アルビオンからひっそりと逃げること』だろ……。蟻が竜に挑むのと同じことだ。そんな、ガキでも分かるような勝ち目のねえ挑戦をするもんじゃねえ」
「……確かに、それが正解かもしれないな」
アルマンでさえ、厳しい声でオスマンの言葉に賛同した。
ここにいる者たちは皆、アルビオンにそこまで愛着があるわけではない。
エルフの少女との付き合いも、アルマンとオスマンに至っては、ほとんどないといっていい。
ビダーシャルは苦い顔をしながらも……そう言われるのも当然だと、彼らの言葉を正しいものとして受け止めていた。
仮にこれが逆の立場だったなら、『それもまた自然の摂理、大いなる意思のお告げ』という言葉を送って、絶対に彼らに力など貸さなかっただろうから。
「だが、このまま放っておいたら、あの子だけでなく、アルビオン大陸自体が消えてなくなってしまうのだろう?」
ヒンメルが、いつになく真剣な表情でそう告げた。
エルフやアルビオン王軍すら歯牙にもかけないレコン・キスタが、この地に住む民を慮るとは到底思えない。
きっと、私利私欲のために『指輪』の力を利用するに違いない。
その先にどんな未来が待っているのか……。
人々が永遠に奴隷のように搾取されるか、最悪の場合、大陸自体をそのまま崩壊させることだってあり得るだろう。
ヒンメルは、この地を旅する中で世話になった村の人たちの顔を思い浮かべた。
彼らの安寧を、理不尽な暴力と悪意によって奪わせてはならない。
何よりも、この地に来てからずっと行動を共にしてきた少女が、助けを求めているのだ。
ここで動かずして、どうして『勇者』を名乗れようか。
「確かに、僕だってあいつらと戦っていたんだ。実力差は分かっているつもりさ。……でも、ここで引いたら僕は、一生『元の世界に帰れなくなる』」
かつては仲間と共に、数千年にわたって世界を震撼させた『魔王』を討った。
そんな自分が、その後の旅路で『大陸に住む人々を見捨てて逃げました』などという汚点を作るわけにはいかないのだ。
格好つけだと思われてもいい。
それが自分に課した、『本物の勇者としての意地』でもあるのだから。その意地のためなら、喜んで命を懸けてやりとげてみせる。
「だから僕は、一人でも行くよ。この地に住む人々の笑顔を、永久に奪わせるわけにはいかないから」
ヒンメルの言葉に、周囲は固まったままだった。
誰もが、ヒンメルの言葉を、戦力差も分からない愚か者の無謀な発言だと受け取ったことだろう。
だが……ここで真っ先に口を開いたデルフが発したのは……。
「……しゃあねえな。ま、俺は別にいいけどよ」
否定ではなく、ヒンメルを肯定する言葉だった。
「デルフ……!」
「俺は剣だし、そもそも拒否権なんざねえからな。無謀なのは承知の上だが、なんつうかな……」
ここでデルフは、今までの旅路を振り返りながら、こう答えた。
「お前と一緒なら、こんな苦境も乗り越えられちまうんじゃねえか? そんな思いが、心の中で確かに燻っているんだよ」
「デルフ……」
「ま、死んだら死んだで、お前さんの武勇伝は俺がしっかり伝えてやるさ。『魔王を討ったという法螺吹きヒンメル、陽気で愉快でお調子者な平民剣士が、勇猛果敢にも五万の大軍に挑みました』ってな」
「だから
「だったら、俺も驚くような武勇を見せてくれって言ってんだ。お前さん、まだまだ本気を出してないんだろ?」
その言葉にオスマンやアルマンは驚いたが、デルフには確信があった。
ずっと握られてきたからこそ、分かることがある。ヒンメルはハルケギニアに来てから、まだまだ『力をセーブして戦っていた』のだ。その一端が、先ほどの戦闘で現れたといったところだろう。
デルフもまた、これを機にヒンメルの全力を拝めるかもしれないと思っていた。
……まあ、さすがに五万の大軍を打ち倒せるほどの力なのかどうかまでは、測りかねているのだが。
「……そうかい。だったら、ぼくも行こうかな」
「アルマン!? お前まで!」
オスマンは驚きの声を上げた。
なんとここで、アルマンも同行を申し出たのだ。
「『友の覚悟を知り、ただ見送るは武家の恥』……。グラモン家の家訓さ。正直、義理も何もないけど、ここで君と永久にサヨナラするのは、なんか色々ともったいない気がしてね」
「アルマン……」
「ああ、本気でヤバくなったら、その時は逃げるから、そこんところよろしく。『命を惜しむな、名を惜しめ』なんて馬鹿な家訓もあるんだけど、そこまで命を懸ける気はない」
アルマンはにやりと笑うと、ヒンメルに近づき、茶目っ気のある笑みを浮かべてこう続けた。
「ぼくは、君の戦う姿と、その先に広がる景色がどんなものなのか、ただ純粋に見たいだけなんだ」
つまりは、ただの好奇心。
それでも、命を懸けて同行してくれるアルマンの言葉に、ヒンメルは嬉しそうに頷いた。
すると、今度は「我も行こう」と、ビダーシャルまでもが口を開いた。
「どのみち、妹を助けるためには『指輪』しかない。限りなく低い勝率だが……もうそんなことも言っていられないのだ」
「……そうか。よろしく、ビダーシャル」
ヒンメルはビダーシャルと、固い握手を交わした。
ビダーシャルは、力強く逞しいヒンメルの手を握り返しながら、その手に『大いなる意思』への祈りを込める。
「ふざけんな! お前ら正気じゃねえぞ! 相手は五万の大軍だぞ! 死にに行くようなものだ!!」
対照的に、オスマンだけが怒鳴り散らしていた。
相手は五万の軍勢で……勢いのある組織で……その上、自分を容易に打ち負かす敵もいて……さらには『指輪』に関する知識まで持っている。
万に一つも勝ち目はない。
「行って何が変わるんだ!? なあ、ヒンメル! お前、怖くねえのか!? おれすら歯が立たねえ連中が揃っているんだぞ!!」
オスマンは、出発の支度を整えようとするヒンメルに向かって、ひたすら叫んでいた。
この戦いは無謀の極みだから、やめろと。そう訴え続けるオスマンに、ヒンメルは答えた。
「僕だって、正直に言えば怖いさ」
「だったら……、だったら、正直になりゃあいいじゃねえか! 誰も、こんな馬鹿げた戦いに付き合う義理はねえ! 臆病者だなんて、誰も言いやしねえんだ!」
「けど、僕は元々『自分の故郷を守りたいから』、冒険者を……勇者を目指したからね。他の人の故郷も守りたいんだ」
ヒンメルの言葉に、オスマンは言葉を失った。
その声は優しかったが、そこには揺るぎない決意が込められていた。
それは、ビダーシャルですら気づくほどのものだった。
「この言葉に嘘をついたら、僕は僕じゃなくなる。それは、ただドラゴンに噛み殺されるよりも、何倍も怖いのさ」
そう言って、ヒンメルは扉を開けた。
シャジャルを救いに行くために。
もはや、彼を止められる者は誰もいない。
勇者はもう、決意を固めていたのだから。
「オスマン、君は彼女を頼む」
いまだ眠っているロングビルに目配せすると、ヒンメルはオスマンに背を向け、外へと出ていった。
アルマンとビダーシャルも、その背中を追う。
オスマンは……追えなかった。
怖い。勝てない。
もう一度あの連中に挑む勇気が、蛮勇すらも湧いてこない。
それでもオスマンは、拳を固く握りしめていた。歯を食いしばっていた。
その拳は、ずっと震えていた。
(ふざけんな……ふざけんな、ふざけんな……!! なんで、そんな理由で……。じゃあ、おれは……おれは……ッ!!)
おれも行く。
その言葉が、どうしても喉から出てこない。
そうしている間にも、ヒンメルたちの姿はどんどん小さくなっていく。
これまで共に冒険してきた記憶が、オスマンを苛み始めた。
ワイバーンとの戦いで出会い、ヴァリエール家と初めて共闘し、タルブでは様々なことを体験して。
『未踏破の洞窟』でも、愚痴を漏らしながら最深部までたどり着いて……。
ふざけて馬鹿をやって、殴り合いながらも笑い合って……。
自分が一番、ヒンメルとの付き合いが長いはずなのに……。
なのに、言葉が出てこない。
勇気が湧いてこない。
ただ、彼は……壁に立てかけてあった杖を手に取ると、衝動的に外へと飛び出した。
そして、歩き去るヒンメルに杖を向けた。
「行くな! ヒンメル!!」
自分でも、こんな声が出せるのかと思うくらい、かすれた声だった。
杖を握る手は震えている。それでも、ヒンメルを死にに行かせたくはなかった。
「……ヒンメル」
一方、オスマンのその行動を見たアルマンとビダーシャルは、臨戦態勢を取った。
だが、ヒンメルはそんな二人を手で制した。
「オスマン」
ヒンメルもまた、オスマンへと正面から向き直った。
今にも泣きそうな顔を浮かべる戦友を、まっすぐに見据えて。
「……先に行っている。待っているよ」
その言葉を微笑みと共に送ると、ヒンメルは再びオスマンに背を向け、歩き始めた。
オスマンは結局、杖を向けながらも……ついに魔法を撃つことはなかった。
(なんでだ……なんでっ……)
代わりに、先ほどのヒンメルの笑顔と言葉が、ずっと脳裏をよぎり続けていた。
(なんで……お前は、そこまでおれを信じてくれんだ!?)
自分自身のことを、一番信じられなくなっているのに。
ヒンメルはずっと、信じていた。
いずれはオスマンも、必ず追いついてくることを。
だからこそ、オスマンは辛かった。しんどかった。
(おれは……おれはっ……!!)
「うおぉおおおおおおおおおおおおああああああああっ!!」
オスマンはうなだれ、地面に向かってひたすら怒鳴った。涙をこぼした。
ヒンメルたちのように一歩を踏み出せない、そんな自分の情けなさに。
(…………)
そんなオスマンの様子を、目覚めたロングビルが静かな眼差しで見つめていた。
アルビオン大陸、古城サウスゴータ。
「諸君! この『虚無』ある限り、我らに敗北はないッ! 我を信じよ! この力を信じよ! 始祖より選ばれし我らの力、『虚無』を信じよッ!!」
「虚無! 虚無! 虚無! 虚無! 虚無! 虚無! 虚無! 虚無! 虚無!」
「そう、虚無だ!」
雅と荘厳さを雰囲気を思わせる白の宮殿。そのバルコニーでは、グールヴィルが演説を行っている最中だった。
拳を振り上げ、唾を飛ばしながら、歓声を上げる兵士たちに向かって熱弁を振るっている。
「始祖は我らと共にありッ! 恐れるな! 始祖は我らと共にあり!」
「革命万歳! 驕敵粉砕! 革命万歳! 驕敵粉砕! 革命万歳! 驕敵粉砕!」
「異教と融和を結ぼうとする堕落した王権を、今こそ追い落とし、始祖の悲願を今こそ実現しようぞ!」
グールヴィルは叫びながら、アンドバリの指輪をはめた手をかざした。
広場には戦死した兵士たちが横たわっており、指輪が光ると同時に、彼らは息を吹き返した。
偽りの命を与えられた兵士たちは起き上がり、再びグールヴィルに忠誠を誓う。
その力を目の当たりにした兵士たちの歓声は、さらに大きなものとなった。
「大した詐欺師だな、あのおっさん」
その光景を遠くから眺めながら、当時の地下水はぼやいた。
彼の
「……あの指輪の力が『虚無』じゃなく、『先住の力によるもの』だって知ったら、連中、何を思うのかねえ」
「……さあな」
その問いに答えたのは、『極光』のワルドだった。
トリステインの元貴族にして、スクウェアクラスの実力者。
彼の詠唱速度は、地下水ですら『もしかしたら勝てないかも』と思わせるほど。
間違いなく、このハルケギニアにおいて、上から数えた方が早いと思わせるだけの実力者だ。
だが、その割にはまったく名を聞かない。
これほどの強さなら、武勇伝の一つや二つ、耳にしてもよさそうなものだが。
聞けば、これほどの実力を持ちながら、『シュヴァリエの地位』にしか就いていないのだとか。
(何かやらかして冷や飯食いになったから、食い扶持を求めてレコン・キスタ入りしたとかかね……?)
そんな無難な推測を巡らせるも、すぐに「どうでもいいか」と思考を打ち切った。
レコン・キスタでは自分と同格に扱われている相手とはいえ、別に個人的な親交を深めようとまでは思っていない。
そもそも、地下水はレコン・キスタのやり方がどうにも好きになれなかった。
(術者を乗っ取り、巧みに与えられた任務を遂行する。この『洗脳魔法』こそが持ち味の俺にとって、どうにも『操られた死体』を扱うことには馴染めねえんだよな……)
地下水にもプライドがある。
裏社会の住人、その手練れとして名を馳せてきたプライドだ。
生まれた頃の記憶はどこにもない。どうやって生を受けたのか。生みの親は誰なのか。それすらも分からない。
生まれも出自も、生みの親さえ知らない自分にとって、『裏社会の名うての住人』という異名は、自分が生きてきた唯一の証であり、アイデンティティなのだ。
だからこそ、仕事には流儀……いうなれば、こだわりがある。
生きた人間を操り、巧みに立ち回らせる。操られた者の記憶は消し、自分がどう動いたかという証拠は一切残さない。
その一部始終を知るのは、自分だけ。
そういった優越感こそが、地下水にとって仕事に見いだす喜びだった。
インテリジェンスナイフであるがゆえに、生に終わりがない。
終わりなき『退屈』との戦いの中で、地下水は『裏仕事』にスリルを求めていた。
大金を提示して自身を勧誘しに来た『レコン・キスタ』については、当初、そのただならぬ雰囲気に興味を引かれたことと、退屈しのぎという理由から誘いを引き受けた。
だが、生者よりも死者を操る仕事が増え始めると、徐々に『何かが違う』という、漠然とした違和感を抱くようになっていたのだ。
(なんか、自分で決めた仕事の流儀に反することをすると、テメエの心にも良くねえモンが残るってことが、ようやく分かったぜ)
別に『死人』を操れないわけじゃない。
だが、これまで仕事で『死人』を操ったことはなかった。
理由は単純。『嫌だから』だ。
心を巧みに操り、記憶に干渉し、仕事の痕跡を一切残さない。
そんな自分にとって、『最初から心が空っぽの人間を操る』というのは、どうにも張り合いがなかったのだ。
退屈と戦う地下水だからこそ、仕事にはこだわりを持って臨んでいる。
そのこだわりに反することは、想像以上に心を腐らせてしまうのだと、この時、地下水は改めて思い知ったのだ。
それに、レコン・キスタ……自分をスカウトしに来たグールヴィルからの扱いも、最近は雑になってきているような気がしていた。
『野望』がうまく進んでいるからなのかは知らないが、態度が目に見えてぞんざいになってきたのだ。
『レキシントン都市戦』など、その最たるものだった。
最初は『地下水さまさま』とでも言わんばかりに、へりくだった態度を見せていたにもかかわらず、だ。
(はぁ……どっかでレコン・キスタの野望がこけたりしねえもんかね)
表立って行動に移す気はない。
だが、それくらいの思いを心の内に抱くほどには、地下水はレコン・キスタへの不満を溜め込んでいた。
そんな折――――。
「死体軍団の陣頭指揮?」
「ああ、そうだ」
王党派を蹴落として手に入れた古城の玉座。そこに尊大な態度で腰掛けながらそう答えたのは、先ほど演説を終えたばかりのグールヴィルだった。
彼は、まるで自分こそが『レコン・キスタの首魁』であると誇示するかのような態度で、目の前の地下水に話しかけていた。
「明日、風前の灯火となった『王党派』の息の根を止める。すでに連中には、その旨を記した手紙を送っておいた。君には、
「はぁ……」
グールヴィルの言葉に、生返事を返す地下水。
ここに来て、また妙な距離感を覚え始めていた。
(俺の本領は裏方だってえのに、なんで指揮官まがいのことをやらせるのかね……)
「なんだね、喜ばしくないのかね?」
地下水の生返事が気に障ったのか、グールヴィルが眉をひそめて問いかけた。
「いえ、そんなことはありませんよ。それも仕事のうちってことなんですよね?」
「君は分かっていないな。仕事だと? いいかね? これから我々は、アルビオンの一つの時代を終わらせ、新たな時代を切り開こうとしているのだぞ。そんな偉業に立ち会える時点で、光栄だと思わないのか――――」
などなど、グールヴィルは尊大な態度で語り始めた。
(んだよ……俺はそういうのに興味はねえっての)
「聞いているのかね?」
「はいはい、分かりましたよ。……ところで、その分のギャラは当然、上乗せしていただけるんですよね?」
仕事人として、当然の権利。
別に、報酬をもらったところで大したことに使うわけではない。人間と違って、食欲や性欲があるわけでもないのだから。
ただ、逆に言えば、この報酬こそが『自分の成し遂げた仕事の証』のようなものなのだ。
だから当然、報酬については一切妥協しない。
「ああ、分かった分かった。報酬も後で支払って
「……」
なんだ、この感じ。
本気で支払うつもりがあるのだろうか?
元々、この仕事はかなり大きなものだったため、「王党派の完全制圧」を達成後に一括で金を貰う形だった。前金は貰っているが、それゆえにまだ、まとまった金は貰ってない。
だが、この感じ。レコン・キスタの勢いが増しているのをいいことに、これを機にうやむやにするつもりではないだろうか?
そうは思いつつも、一応こいつは『依頼主』だ。
地下水は黙って従うことにした。
「まったく、融通の利かん奴め」
最後に、ぼそりとそんな言葉まで投げかけられた。
地下水は何も言い返さず、扉を閉めた。
(あの野郎、マジで滅べばいいのに)
内心ではそんな感情を抱えつつも地下水は、翌日、王党派の息の根を止めるための兵士の調達と、作戦の立案に取りかかり始めた。
大まかな作戦や方針はすでに固まっているようだが、自分が指揮する部隊については、かなり自由な裁量が与えられている。要するに、遊撃部隊というわけだ。
なんというか、もはや勝ち戦が約束されているものだから、部隊の配置まで適当になっているような気がしてならない。
いや、実際そうなのだろう。
なにせ、最後の決戦だというのに、生者がこの戦いに参加する割合は極端に少ない。
残りの貴族派の幹部たちは、すでに戦後処理における土地や収入の取り分について話し合っている。
勝利を微塵も疑っていないのだ。
まあ、自分も勝つとは思っているのだが。
(だとしても、もっと裏工作とか、そういうことに俺を使えばいいのに)
場所は、サウスゴータ都市の古城から少し離れた屋敷の一室。
すでに革命派に占拠された屋敷の中庭には、意思を失った死人たちが整列していた。
その光景を見るたび、地下水は億劫な気持ちになる。ここには、まともに生きている人間が本当に少ない。
戦略上、傷ついても倒れずに立ち上がる死兵を先鋒に充てることは、決しておかしな話ではない。
だが、それ以上に悍ましさが先に立つ。
(まー、持ち手を洗脳する技に長けたおれが思うのもなんだがな)
そんなことを思いながらも、地下水は作戦の調整を続けていた。
こういう事務作業は苦手だが、部隊をどう配置するか、どのように動かすかなど、あれこれ思考を巡らせる。
そんな時だ。
「――――?」
それは、歴戦の実力者だからこそ気づけた違和感だった。
何かを見たわけでも、物音を聞いたわけでもない。
だが、『何かがこの辺りをうろついている』。
そんな気配を感じ取った地下水は、メンヌヴィル侯爵の遺体を操り、夜の闇の中へと屋敷を出た。
今、自分がいる屋敷は、『大精霊石』へと通じる入り口を守るような位置に建っている。
だからこそ、その入り口の警護も兼ねて、自分が配置されたのだ。
そして、この局面で、わざわざこの入り口までやって来るような人間など……。地下水には、一人しか思い当たらなかった。
「来るか」
地下水は、夜の闇を駆ける。
一方、ヒンメルはというと。
「で、どうやってシャジャルを助け出すつもりだい?」
歩きながら、アルマンが険しい声で尋ねた。
オスマンと別れた後、ヒンメル、アルマン、ビダーシャルの三人は、シャジャルを助けるためにレコン・キスタの本拠地を目指すこととなった。
レキシントン都市を攻め落とした主力軍は、そのまま同都市に駐屯していた。そこでヒンメルたちも、無害な旅人を装って街へと潜り込んだのだ。
エルフの子供であるビダーシャルについては、『風石』を使った『変装魔法』で姿を偽り、なんとか人目を欺いていた。
(あれだけ暴れたから、僕たちの名前もすっかり知られているかと思ったけど……)
(杞憂だったみたいだね)
どうやら向こうは、ヒンメルたちを『路銀稼ぎのために王党派に参戦した傭兵の一団』と認識しているらしい。
特に怪しまれることもなく、街へ入ることができた。王党派の喉元に刃を突きつけたという実感があるからか、街はすっかり戦勝ムードに包まれている。
誰も彼もが浮かれていた。今さら、この状況で革命軍に仇なす者など現れはしないだろうと、皆が高をくくっているのだった。
(ま、おかげでこうして僕たちも、ある程度自由に動けるからよかったけどね)
怪しまれないよう、あえて堂々と振る舞いながら、まずは情報収集を始めた。
どうすればシャジャルの元へたどり着けるのか。三人がそれぞれ情報を集めていくうちに、一つの手がかりが浮かび上がってきた。
「サウスゴータ都市の古城に、『大洞窟』への入り口があるらしい」
「衛兵たちの話を盗み聞きしたところ、都市を占拠したのと同じ頃に、エルフの子供をそこへ連れていったという情報も手に入った」
「じゃあ、確定だね」
集めた情報を精査し、共有した三人は、やがて一つの結論に達した。
「その洞窟への入り口から向かえば、シャジャルを助けられそうだ」
「連中は戦勝ムードで、全体的に気が緩んでいる。この隙を逃す手はなかろう」
ビダーシャルがもっともらしく頷き、補足した。
「『兵は拙速を貴ぶ』というやつだね。ちんたらしていたら、向こうの兵もどんどん増えてくるだろうし、決行するなら今夜にでも動いた方がいいだろう」
「よし、決まりだ。日が落ちたら、こっそり侵入するとしよう」
こうして、即席パーティによる、これまた即席の『シャジャル救出作戦』が始まった。
そして夜。
ハルケギニア特有の双月が、地平線から顔を出しかけていた頃。
ヒンメル、アルマン、ビダーシャルの三人は、ひっそりとサウスゴータ都市までやって来ることに成功した。
さすがに『例の洞窟』への入り口付近には、至るところに見張りが立っている。とはいえ、そのほとんどは『死人』のようだった。
眠らず、食事も取らない。死者ゆえに、生者のような欲求に駆られて持ち場を離れることもない彼ら『死兵』は、この上なく優秀な見張り役なのだ。
「この見張りを回避しながら先に進むとなると……」
「我に任せろ」
ここでは、ビダーシャルの魔法が役に立った。
『大いなる意志』と未契約であるがゆえに、『先住魔法』は使えない。だが、魔法そのものが使えないわけではない。
彼は小石ほどの精霊石をいくつか持ち込んでおり、その力を持ち前の魔力で引き出す術に長けていた。
今回も、その技術が役に立ったのだ。
「姿を見えなくする結界魔法か」
「『変装魔法』の応用だ。これぐらいの暗がりならば、蛮人どもが我らを目視することは、ほぼ不可能だろう」
「便利なものだなぁ、『先住魔法』というのは」
「『先住魔法』とは、お前たち蛮人の呼び名だな。我らはこの力を『精霊の力の応用』と呼ぶ」
「なかなか面白いものだね」
ビダーシャルが得意げに披露する知識に、ヒンメルは素直に感嘆の意を示した。
フリーレンが聞いたら、何を思うのだろう? そんな疑問が、ふと脳裏をよぎったほどだ。
「っと、ヒンメル。駄弁っている暇はないぞ。早く行かないと」
「そうだね。またこの話は、ゆっくりしたいものだ」
「……ふん」
変わり者だな。
ビダーシャルは思った。
エルフの使う魔法に、純粋な興味を示す人間など、そうはいない。
状況的に仕方がなかったとはいえ、シャジャルが早くから彼に心を許していたのも、どこか納得できる気がした。
そんなこんなで、ビダーシャルの作り出す結界魔法に身を隠し、死人の見張りをやり過ごしていく。
そして、特に苦労することもなく、『例の洞窟への入り口』が隠されている屋敷の中庭へとたどり着いた。
「この屋敷の中に、『地下への入り口』が隠されているってわけか」
見張りに見つかることなく、無事に敷地内へ滑り込むことができた。
ここまでは『ビダーシャルの結界』で事なきを得たが、さすがに屋敷の内部へ忍び込むとなると、厳しいだろう。
ビダーシャル自身も、そう忠告した。
「『精霊魔法』を扱えれば、もっと話は簡単に済んだのだが……悔しいが、我にできるのはここまでだ」
「いや、ここまで忍び込めれば十分さ」
ヒンメルはビダーシャルをねぎらうと、改めて気を引き締めた。
まずは、どうやって屋敷の中へ忍び込もうか。
そう考えを巡らせていた、その時だった。
「ヒンメル! 上だ!」
アルマンの叫びに、ヒンメルは即座に反応した。突如、上空から飛竜が襲来したのだ。
生気は感じられない。どうやら、こいつも『蘇生魔法』とやらで動かされている竜らしい。
さらに、自分たちを取り囲むように、中庭の周囲から死人の群れがぞろぞろと姿を現した。
「さすがに向こうも、こちらの動向を察知していたようだな」
「なら仕方がない。ここから先は強行突破かな」
「ずいぶん荒っぽいね。まあ、嫌いじゃないけど」
アルマンはにやりと笑うと、詠唱と共に銀色の薔薇杖を振るった。
土魔法お得意のゴーレム生成。だが、彼女は他の土メイジとは一線を画す運用法を編み出していた。
地面の土を『錬金』して作り出した鎧や兜、具足や手甲を、なんと自らの身体に纏い始めたのだ。
「『クリエイトゴーレム』の動力そのものを己の身体に纏わせることで、飛躍的な身体能力を生み出す! これがぼくの考えた『ゴーレム運用法』さ!」
土系統のメイジが操る『ゴーレム』や『ガーゴイル』の機動力は、術者の技量と魔力によって大きく左右される。
多くのメイジが『自分の代わりに動かせる労働力や戦力』として活用する中、アルマンは『その機動力を自分自身に応用したらどうなるか』という点に着目したのだという。
その結果、ゴーレムの動力と装甲を自身に適用することで、機動力と戦闘力を飛躍的に向上させることに成功した。
他のメイジから見れば『非効率的』と思われるかもしれない。だが、そこから生み出される強さは、決して馬鹿にできない。
そう信じて独自に研鑽を重ねた結果が、この――――。
「『錬金装着・白金
何より、こうすれば自分自身がより目立つ。
最終的には、グラモン家特有の『目立ちたがり気質』による帰結でもあったが、それでも、その強さはかなりのものだった。
アルマンは最後に、白金の薔薇杖を鋭い直剣状の細剣へと変えると、俊敏な動きで襲い来る死人の兵士たちを斬り始めた。
それに対し、死兵たちも魔法で応戦してくる。
追尾する火の玉に、地面から隆起する杭、氷の槍。
だが、白金の甲冑に身を包んだアルマンは、一切動じない。
火の玉は回避し、氷の矢程度なら弾き返す。
強靭な装甲と俊敏な機動力をもって、アルマンは敵を翻弄し続けた。
敵の数が、まだそれほど多くなかったのも幸いした。
どうやら、こちらの存在に気づいたのは見張りの死兵たちだけらしい。いまだ敵兵の大半は、この事態に気づいていないようだ。
だが……相手は、いくら斬られても貫かれても再生する。
一方、飛竜と対峙していたヒンメルもまた、微妙に攻めあぐねていた。
むやみに敵の身体を傷つけることを、良しとしないためだろう。
「おい、相棒! そりゃあ、いくら斬ったって再生しちまう以上、馬鹿正直に攻めたってしょうがねえのは分かるけどよ。ちょっと手心を加えすぎじゃねえか?」
さすがのデルフも苦言を呈した。
別に、無双しろと言いたいわけではない。だが、手をこまねくほどの相手でもないはずだ。ヒンメルの実力なら、無理やりにでも突破することは可能だろうに。
しかし、ヒンメル自身は『死してなお、無理やり操られている人々』の身体を、いたずらに損壊することを良しとは思わないようだ。
たとえそれが、無限に近い再生力を持つ相手であろうとも。
「確かに、ここまで来ると僕のエゴでしかないのかもしれない。でも、彼らはただ操られているだけだ。必要以上にその身体を傷つけるようなことはしたくない」
「……わけが分からん。奴らはもう『動くだけの死体』も同然だぞ?」
今度はビダーシャルが、怪訝そうに問いかけた。
『大いなる意思』と未契約とはいえ、自然を尊重する教えを受けてきたビダーシャルにとっても、ヒンメルの行動は奇異に映ったようだ。
「そうだね。ここから先は、尊厳の問題だ。それに、身体を斬ったところで彼らはすぐに再生する。だったら、別の手段で足止めできないかと考えるのは、別におかしいことじゃないだろう?」
ヒンメルの笑顔での問いかけに、ビダーシャルは黙考した。
すると、そんな彼に向かって火の玉が飛んできた。
ヒンメルはビダーシャルに迫る魔法をデルフで弾くと、そのまま彼を肩に担ぎ上げた。まだ子供であるビダーシャル程度なら、大した負担にはならなかったのだ。
「どちらにせよ、馬鹿正直に戦うだけじゃ、ここは突破できない。だったら、必要以上に彼らを傷つけたくはない。たとえ、相手が誰であろうとね」
(ご立派な矜持だねえ)
そんな様子を、上空から静かに見つめている者がいた。
飛竜の背中に突き刺さっている地下水だった。
普通の飛竜であれば、さすがに持ち前の『洗脳魔法』をもってしても操りきれないが、この竜はすでに死んでいる。
ゆえに今、この竜の操作権は、インテリジェンスナイフである地下水が握っているのだ。
(今どき、あんなご立派なことを平然とのたまう甘ちゃんなんていたんだな。うちの依頼主とは大違いだ)
ヒンメルの語る言葉は、長き時を生きてきた地下水から見れば、正直なところ、どれも甘い絵空事でしかなかった。
そんな覚悟で、レコン・キスタという牙城を突き崩せるとは到底思えない。……普段なら、地下水はそう考えただろう。
だが、この侵入者。
ワルドから話を聞き、その名前も知っている――――ヒンメルとかいう男は、かつてあれほどの劣勢にありながら、『ガンダールヴ』を含む敵勢と渡り合い、自分とも互角に戦った実力者だ。
決して侮ってはならない。
地下水もまた、歴戦のプロである。
ヒンメルの語る言葉を、単なる『嘘』や『綺麗事』と切り捨てられない何かがあると、感じ始めていたのだ。
(グールヴィルの旦那は、いまだにあいつのことを侮っているみたいだが、ここいらで食い止めねえと、マジで足元をすくわれかねんな)
だからこそ、ここで確実に始末する。洗脳して駒にするにも危険だと思える相手だ。
何とかして近づき、『自分を握らせ、その首筋を自分の刃先でかっ切らせる』。
それが、ヒンメルを確実に倒すために地下水が考えついた策だった。
幸い、こちらには、心情はさておき、大量の死人の軍勢がいる。時間を稼げば、じきにレコン・キスタからの増援も見込めるだろう。
まだ今回の戦いにおける報酬は一切受け取っていないが、依頼を引き受けた以上、この時点で地下水がレコン・キスタを裏切る理由はない。
(依頼金を上乗せしてもらうためにも、ここは踏ん張りますかね)
そう考えた地下水は、飛竜を操り、ヒンメルたちへと襲いかかった。
さて、同時刻。
「なに? 地下水から連絡だと?」
「はっ。なにやら屋敷内で、反乱分子による小競り合いが発生したとか」
地下水が差し向けた伝令から報告を受け、グールヴィルは鼻を鳴らした。
「まだそんな威勢を残しておったのか。どうせ王権に与する過激派騎士だろう」
これは、殲滅後の粛清を派手に行わなければならんな。
グールヴィルはすでに、この『反乱分子』を『王権に与する過激派』と決めつけていた。
地下水に不備はない。
彼はきちんと、『自分たちを追い詰めた青髪の剣士一派が侵入してきた』と、伝令役の死人に伝えていた。
そして、その死人もまた、地下水からの報告を一字一句違わずグールヴィルに伝えたのである。
にもかかわらず、現在の表向きの首魁の反応がこれだった。
これもまた、ヒンメルの実力を誤認しているがゆえの弊害だった。
魔法が絶対的な優位性を持つハルケギニアにおいて、平民がメイジに勝てるわけがない。
長い時代をかけて築き上げられたその思い込みは、そう簡単に覆されるものではないのだ。
「ちょうどよかった。ここいらで地下水君にも退場してもらうとしよう」
むしろ、グールヴィルはそんなことまで口にし始めた。
仕事人気質なのかは知らないが、あのナイフは仕事を一つの『依頼』としてきっちり区切っているらしく、命令を下すたびに金を要求してくる。
その報酬額も、そろそろ三十万エキューを超えようとしていた。
立派な城を購入し、その後数年間は維持できるほどの巨額である。
これから王党派を討滅し、他国……最終的には砂漠のエルフとの戦闘まで見据えているグールヴィルにとって、この額は決して容易に捻出できるものではなかった。
地下水にはレコン・キスタ結成前から様々な暗躍を任せており、その働きのおかげで、組織はここまで急成長することができた。その労力と実力は認めている。
だが、馴れ合うことなく、常に自分たちと一定の距離を置く地下水の姿勢が、以前から気に入らなかったのも事実だった。
正直なところ、持て余し気味になってきたのだ。
だったら、この騒ぎに乗じて『始末』してしまえば、依頼金の件もうやむやにできる。
ここまで来れば、もはや地下水がいなければ達成困難と思えるような仕事もないのだから。
(なに、奴がおらずとも、ワルドも『ガンダールヴ』もいる。侵略を続ければ、地下水以上に有能な部下など、いくらでも『死人』に変えて補充できることだしな)
そう考えたグールヴィルは、伝令として遣わされた死人に、新たな指令を下した。
「屋敷周辺に仕込んである爆薬を起爆させ、地下水ごと侵入者を吹き飛ばせ」と。
さて、そんなことはつゆ知らず。
「ここからどうするつもりなのかね……?」
地下水が死竜を操りながら、ヒンメルの動向をうかがっていたところだった。
ヒンメルは背負っているエルフの子供と、何やらひそひそ話をしているようだ。
「……そんなことができるのかい?」
「『風石』と『水石』の力を引き出せれば。だが……どこまで物理的な拘束力を持たせられるか、自信がない」
「でも、活路は開けそうだ。ぜひお願いするよ」
「ああ」
すると、ビダーシャルは数個の『風石』と『水石』を取り出した。
大きさは、本当に子供の指先でつまめるほどのものだ。
「大いなる意思よ、どうか、この小さき力で活路を開き給え……」
精霊の力を使えない分、その祈りをより強く込めるかのように。
ビダーシャルは数個の精霊石を拳の中に包み込むと、それをヒンメルに渡した。
精霊石はビダーシャルの魔力に反応し、うっすらと光を放っているように見えた。
「あとは頼む」
「ああ、任された」
ヒンメルは日本刀を抜くと、その刀身に二種類の精霊石を触れさせた。
鍔元から切っ先へ、刀身をこするように滑らせていく。
それに伴い、水と風の力が、美しい刀身の波紋に宿っていった。
「……なんで俺にはそれ、してくれねえの?」
「ごめん。君は魔法耐性が高いみたいだし、こうした魔力付与はレジストするかもしれないと思ったんだ。まあ、適材適所ってね」
ヒンメルはそう言うと、デルフをいったん納刀した。
そして、精霊石の力が宿った日本刀を腰に収め、一気に跳躍する。
居合一閃。そこから放たれた『冷気』に、地下水は身震いした。
(水と風を組み合わせて『氷属性』を付与した剣か!? だが、あの程度の小石でこの威力は――――!?)
通常ならば、一、二サントほどしかない小石で、人間を凍らせるほどの威力を生み出すことなどできないはずだ。
だが、ヒンメルの超人的な膂力から放たれた斬撃は、精霊石の力を『ドラゴンすら氷漬けにする』ほどの衝撃波へと変えてしまった。
その強烈な寒波は、まずアルマンと魔法でしのぎを削っていた死人の軍勢を、一気に氷の彫刻へと変えた。
「うおっ!?」
その威力に、アルマンは甲冑の奥で驚きの声を漏らした。
急激に冷え込んだことで、吐息も白い靄となって口元からこぼれる。
甲冑を解除し、周囲を見渡したアルマンの視線の先には、地面から跳躍し、まさに今、死竜へと斬りかかろうとしているヒンメルの姿があった。
二つの月の光が、まるで影絵のように、彼らの姿を浮かび上がらせていた。
(やっべ――――!)
当然、この攻防を目の当たりにした地下水は、一瞬で『勝てない』と悟った。
第二の寒波が迫ってくる。直撃はもはや免れない。ブレスを吐く暇もないほどの速さだ。
とっさの判断で、地下水はドラゴンの身体を大きく身じろぎさせ、背中に刺さっていた自分だけでも振り落とした。
その直後、ヒンメルの放った斬撃が死竜を襲い、先ほどの死人たちと同じように、氷の彫像へと変えてしまった。
「……たった小石程度の『精霊石』数個で、ドラゴンすらも止めるか……」
その結果を見たビダーシャルは、呆然と呟いた。
ヒンメルの実力を、決して過小評価していたわけではない。
だが、ここまでやってくれるとは、正直思っていなかったのだ。
魔法を使えない、蛮人の中でも最下層と見なされがちな『平民の剣士』が、これほどまでとは……!
「いくら無限に復活する死人たちでも、これでは動けないだろうね」
アルマンがもっともらしく頷いた。
凍結の威力は相当なものだったらしく、誰も彼もが指一本動かすことすらままならない。
魔法の応酬であれほど騒がしかった周辺が、一瞬にして静寂を取り戻したほどだ。
しばらくして、ヒンメルが優雅に着地した。どこか無駄に格好をつけたようなポーズと共に。
そして、ゆっくりと納刀する。その背後では、凍りついた竜が轟音と共に地面へ落下した。
「これで無駄に斬り合うこともなくなっただろう。ありがとう、ビダーシャル。君のおかげだ」
「え、あ、ああ……」
いまだ状況の整理が追いついていないのか、さしものビダーシャルも動揺を隠せない。
そんなふうに二人が健闘を称え合っていたところ、アルマンが「おや?」と呟いた。
「こんなところにナイフが……?」
ナイフという単語を聞いた瞬間、ヒンメルとビダーシャルの顔色が変わった。
「ま、待て、アルマン!」
「そいつには触れるな! それが例の『地下水』だ!」
「……え?」
二人の忠告もむなしく、アルマンはすでにナイフを拾い上げてしまっていた。
次の瞬間、アルマンの身体がびくんと跳ね、虚ろな瞳でヒンメルたちを睨み始めた。
「……君が例の『地下水』か」
「その通り。こうして真正面からお話しするのは初めてですね」
あえて慇懃無礼な態度を見せつけながら、アルマンを操る地下水は答えた。
「君はなぜ、レコン・キスタに付き従う?」
「仕事ですから。それ以外にはありません」
ゆえに、依頼主の軍勢にとって脅威となる者は、何者であろうと排除する。
(……まあ、まともなギャラはまだ頂いてないんですがね)
「……?」
一瞬、愚痴のようなものがナイフの方から聞こえた気がした。
地下水にとっては、無意識に漏れ出た負の感情。
だが、歴戦の勇者は、その感情の機微を確かに見抜いていた。
「というわけで、ご覚悟を。名も無き剣士よ」
地下水はそう告げると、再び甲冑を身に纏わせたアルマンを操り、ヒンメルへと迫った。
(正面戦闘で勝てるとは思っていない。何とか意表を突き、宿主をあいつに変更できさえすれば――――!)
地下水に操られたアルマンが駆ける。
ヒンメルもそれを迎え撃とうとした、その瞬間だった。
突如、凄まじい熱と閃光が辺りを包んだ。
直後、轟音と共に大爆発が巻き起こり、屋敷を吹き飛ばした。
グールヴィルが事前に仕掛けていた、周辺の者すべてを仕留めるための爆薬が起爆したのだ。
「ヒンメル!!」
かろうじて爆心地から離れていたビダーシャルが、ヒンメルの名を叫ぶ。
燃え上がる中庭から、一つの影が勢いよく跳躍した。ヒンメルだっ
彼はそのままビダーシャルの元へと着地する。
その左脇には気絶したアルマンが抱えられていた。そして……。
「……ヒンメル、それ」
「ああ、これかい?」
そう、彼のもう片方の手には、地下水が握られていたのだ。
ビダーシャルは息をのんだ。ここでヒンメルまで操られてしまったら……今度こそ本当におしまいだ。
だが、当のヒンメルには、操られているような様子はまったく見られなかった。
「無事だったか、よかった。アルマンも気絶しているだけみたいだしね」
ヒンメルはそう言って、アルマンをそっと地面に横たわらせた。
そして改めて、手に握った地下水へと視線を落とす。
「――――なぜ助けた?」
先ほどまで敵だったはずのインテリジェンスナイフ。その第一声が、それだった。
地下水は先ほどの戦闘を振り返る。ヒンメルとの、破れかぶれの接近戦。
実のところ、あの戦いで地下水が勝利する可能性など、一パーセントたりとも残されていなかった。
ヒンメルの懐に潜り込んだ瞬間、その手刀によって、地下水はアルマンの手から叩き落とされていたのだ。
そもそも、目も耳も不自由だったヒンメルを相手に、三対一という優位に立ちながら、なお勝利できなかったのである。
この結果も当然だろう。
自分の刀身が地面に突き刺さり、敗北を悟った。
その直後に、あの爆発が起こったのだ。
爆発に気づいたヒンメルは、アルマンと、助ける義理などないはずの自分まで拾い上げ、その場から跳躍したのである。
そうして今、地下水には再び逆転の機会が訪れていたわけだが……。
彼は、ヒンメルをすぐには操らなかった。
操ってしまえば、なぜこの状況で、操られる危険を冒してまで自分を助けたのか、その理由を聞けなくなるからだ。
「あの状況で、君が死ぬ必要はない。そう思っただけだ」
「……それで、今からお前を操るとしてもか?」
地下水は凄んだ。
だが、ヒンメルは表情を変えることなく、地下水を見つめていた。
「さっき君は『仕事だ』と言ったね。となると、依頼主は『レコン・キスタ』。そうだろう?」
「……」
「それと同時に、『びた一文もらっていない』ともこぼしていた。それで思ったんだ。さっきの爆発、君も想定していたものじゃないんだろう?」
「どうしてそう思った?」
「ちゃんとした対価をもらってもいない依頼主のために、命を懸けて仕事を全うするほど、君のプライドが安いとは思えない。全部推測だけど、大外れってわけでもないだろう?」
ヒンメルは確信を込めて告げた。
このあたりは、『きちんと対価を受け取り、人助けを貸し借りなしにする』というポリシーを持つ彼だからこその考え方ともいえた。
事実、ヒンメルの推測はすべて当たっていた。
先ほどの爆発は、地下水にとって完全に想定外だったのだ。
グールヴィルを始めとするレコン・キスタの連中が、ヒンメルもろとも自分を消す腹積もりだったことなど、すぐに察しがついた。
(払う金が惜しくなって、おれを消しに来たってところか……ふざけやがって……!!)
そんな思いがあるからこそ、ヒンメルの心臓に刃先を届かせられるほど近づいていながらも、地下水は彼を操る気になれなかった。
仮にヒンメルを操って任務を果たしたところで、連中は難癖をつけて自分を追い出すだろう。
そんな依頼主の思惑まで、透けて見えるようだったから。
「所詮、俺はただの
地下水は自嘲気味に呟いた。
そんな意気消沈した彼に、ヒンメルは一つの提案を持ちかける。
「それなんだけど、僕たちの側につく気はないかい?」
「は?」
「僕たちの目的は、攫われたエルフの少女……シャジャルを助けることだ。事情は全部ビダーシャルから聞いたよ。レコン・キスタは彼女の持つ指輪を使って、何かよからぬことを企んでいるんだろう?」
ヒンメルの問いに、地下水は一瞬、話してもいいものかと考えたが……すぐに全てを白状する。
もはや、レコン・キスタの連中は『依頼主』ではなくなってしまったからだ。
「ああ、連中はな……。レコン・キスタを率いる指導者、あんたも知ってるだろう? グールヴィルってやつなんだが、そいつはあの子の指輪を使って、大陸のエネルギーを吸い取るつもりだと言っていた。何のために使うのかまでは知らんが……まあ、ろくでもないことなのは間違いないだろうな」
「その結果、アルビオンに住む人々がどうなるかについては……」
「連中がそんなことを考えるわけないじゃねえか。グールヴィルにとって、この大陸自体が『使い捨ての駒』程度でしかないのさ」
それを聞いたビダーシャルは、義憤をあらわにした。
「なんなのだ、そいつは。神にでもなったつもりか?」
「まあ、むちゃくちゃ思い上がっているのは間違いないな。俺も、消されかけた仕返しをしたい気持ちがないわけじゃないが……」
地下水は、そこで改めてヒンメルを見た。
「当然、タダ働きってわけにはいかねえ。感情で『ビジネス』はしねえからな」
ただでさえ、報酬をめぐって裏切られたばかりなのだ。
その点について、きっちり交渉するのは当然といえた。
するとヒンメルは、懐から、換金したばかりの旅費が入った財布を取り出した。
「今の僕の全財産だ。これを君に渡して依頼するよ。換金したばかりだから、かなりの額はあると思うけど……」
地下水は開かれた財布をのぞき込み、中の金額を確かめた。
「……全然足らねえな」
「……そうかい」
「ただ、まあ……」
地下水は続けて、こう告げた。
「命を助けてもらった
「じゃあ……!」
「ああ。レコン・キスタに一泡吹かせる作戦、喜んで俺も一枚かませてもらうぜ」
地下水の言葉に、ヒンメルは破顔して頷いた。
こうして地下水は、ヒンメル一行の新たな味方となったのだった。