使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第16話『フリーレンが失踪した日①』

 

 勇者ヒンメルの死から31年後。

 フリーレンが失踪する2秒前。

 キーノ峠、とある村の外れにある洞窟内にて。

 

「そんな、フリーレン様!」

 

 目の前で起こった光景に付いて行けず、フェルンは思わず叫んだ。

 彼女の視界には、今までずっと連れ添ってきた、誰よりもその強さを信じている己の師匠が、よりにもよってミミックに丸呑みされる姿が映っていた。

 ミミックはそのまま、師匠フリーレンの両足を飲み込み、やがて完全にその身に収めていく。

「お、おいフリーレン!」

 同じくその様子を見ていた戦士・シュタルクも彼女を助けようと、無意識に手を伸ばす。

 しかし、その時はもうフリーレンの姿は見事ミミックの中へと消えていた後だった。

 かつて師匠に怪我させられた傷跡の上から、一筋の汗がたらりと流れる。

 

 

「マジかよぉ……オェって吐き出すんじゃねえのか……?」

 

 

 喰われた状態から助け出そうと尻を押し出したのに、あろうことかそのまま飲み込まれてしまった。

 

 ……てかこれ、本気でヤバくないか? シュタルクは内心焦り始める。

 

 いやいや、流石に死んだ……とまではまだ思ってない。思ってないけど。

 だって、飲み込まれたフリーレンはかつて、勇者や僧侶、己の師匠アイゼンと共に、魔王を討伐した大魔法使い。

 一級試験にこそ何故か落ちたけど、出禁にもなったけど、実力、知識、経験共に彼女以上の魔法使いはいやしないと、アイゼンも良く語っていた。

 魔法のことをよく知らないシュタルクでさえ、彼女のことは内心すごく頼りにしていたのだ。

 

 

 そんな彼女が、ミミックにあっさり食われて死ぬなんて、当然ながら思いたくはない。

 

 

 しかもミミックに食われること自体、一度や二度ではない。最低でも百や二百はきかないだろう。シュタルクも旅の中、偽の宝箱に食われて両足バタバタさせている彼女の姿を何度も目の当たりにしてきた。

 だからこそ、初めて見るこの異常事態に、本気で頭を悩ませているのであるが。

 

 さて、フリーレンを飲み込んだミミックは盛大なげっぷをした後、そのままどこかへ行こうとする。

「ち、ちょっと待て!」

 シュタルクは慌てて斧を構える。だが……、仕留めてもいいのだろうか?

 もし倒して、それでもまだフリーレンが帰ってこないとなったら、それこそ大惨事になるのでは……

 一瞬、ミミックを追いかける足が鈍る。一方宝の怪物は、そんなシュタルクに忖度せず飛び跳ねて背を向けて逃げようとする……

 

 

 その背後を、極太の閃光が襲った。

 反射の如く放った、フェルンの〝魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)〟が、一瞬にしてミミックを消し炭に変えたのだ。

 

 

「な、おいフェルン……!」

 シュタルクの声に構わず、フェルンは育ての親がくれた愛用の杖……その先端を、消し炭にしたミミックへと揺ぎ無く向けていた。

 殺意を凝縮した魔法を食らったミミックは、残滓となって消えゆく。

 

 

 

 しかし、飲み込まれたフリーレンが帰ってくることはなかった。

 

 

 

「フリーレン、さま……?」

 倒せば帰ってくると思っていたフェルンは、今度こそ呆然と立ち尽くしてしまった。

 冷静に、努めて冷静になって彼女の魔力を探ってみるも……、周囲にそれらしき反応どころか、残滓すら皆無。

 本当に、フリーレンは跡形もなく消えてしまっていたのだった。

 

 一瞬、フェルンの脳裏に過るのは、彼女との下らない旅の日々。

 彼女が、まだ健在だったころのハイターの家を訪ねて、修行に付き合ってくれた日々。

 そのハイターも亡くなって以降は、ずっとフリーレンと一緒だった。その時の思い出が、何故か今になって濁流の如く去来したのだった。

 

『フェルン。私が死んだあとは、フリーレンについていきなさい。彼女はエルフです。そして義理堅い。私と違って、いなくなることはありません。何より魔法使いの大先輩として、あなたを導いてくれることでしょう』

 

 そう言って頭を撫でてくれた、優しきハイターの笑顔と遺言が、最後に過る。

 その言葉を裏切る展開が目の前に起きたことで、フェルンの思考はしばし、凍結してしまっていた。

「大丈夫かフェルン?」

 シュタルクの声にも、フェルンは反応を示さない。

「本当にどうしよ……」と、シュタルクも頭を抱え始めた時だった。

 

「……ん? なんだ?」

 ふと、シュタルクは頭を上げる。儀式で使うような台座に鎮座する円鏡が、薄っすらとだがまた光り始めた。

(そういや、フリーレンもあの鏡はかなり気にしていたな。あれは結局なんなんだ?)

 もしかしたら、あそこからフリーレンが帰ってくるのでは?

 そんな淡い期待を抱きつつ、しかし警戒は怠らずに斧を構えながら、シュタルクは鏡を見つめる。フェルンは未だフリーズしたままだ。

 やがて、鏡から放つ光はどんどんと大きくなっていく。やがて、鏡面は水滴のように揺れ始め、そして……、

 

 

「――――ああっ!?」

 誰かが、鏡から姿を現した。

 

 

「な、なんだ!?」

 シュタルクは何がなにやらといった声を上げる。

 どうやら鏡から出てきたのは人間らしい。黒髪の少年だ。

 服装は……、ここいらじゃ見ないものだ。肩にかけている小型の鞄のデザインも、色んな諸国を巡ったが見たことが無い。

 

「あでっ、だっ、あだっ!?」

 少年は、鏡から放り出された衝撃で祭壇の階段を、ごろごろと転げ落ちていく。

 そしてそのまま、シュタルクの目の前へとやってきた。

「……ったぁ……、い、いったいなんなんだよ……!」

 少年は頭をさすりながら、痛そうに体を揺らしながら起き上がる。

 シュタルクは警戒は解かずに少年を見る。誰かは分からないが、角はない。つまり魔族ではなさそうだ。それにはほっと安心感を覚えた。

 さて、少年の方はシュタルクを見ると……、

 

 

「うわ! なんだあんた! その斧……!」

 

 

 シュタルクの持つ大斧を見て、大いに狼狽した。

 少年は特に武装などしていない。その状況で自分が斧を持っているのを見れば、怯えるのもまあ仕方のないことだろう。

「え、ああ……ごめん」

 何が悪いのか分からないけど、怯えさせてしまったことに謝るシュタルク。

 とりあえず敵意はないみたいなので、斧を背中にしまった。

「え、その斧本物なのか? つか、ここどこ?」

 少年はきょろきょろと周囲を見渡す。

 

 

「いや、俺こそ聞きたいんだけど。お前は誰なんだ?」

「俺? 俺は才人。平賀才人だ」

 

 

 才人と名乗った少年は、立ち上がってシュタルクを見つめた。

 年の頃は自分やフェルンとそう変わらなさそうだ。ただ、雰囲気は今まで巡った諸国の中ではどれにも当てはまらない。

 帝国領の人間かとも思ったけど、なんか違うようにも感じた。

「で、あんたらはなんなんだ? 一体ここはどこ……」

 互いに疑問符を浮かべ続ける少年たちの背景で、ぱりんと何かが割れる音がした。

 

 見れば、先ほど黒髪の少年……才人がやってきた鏡に、ひびが入り始めた。

 ひびは広がり、やがて破片となって四方八方散らばっていく。

 

「お、おいおい。今度は何なんだ?」

「そ、そんなこと俺だって知らねえよ。ここどこなんだよ! なんか映画の撮影やってるのか?」

「えいが? さつえい……? なんだそれ、なんかの魔法――――」

 ここで、地面が急に揺れ始めた。

 どうやらこの洞窟全体が揺れ出しているようだ。天井の石柱が、がらがらと崩れて落ちていく。

 やばい。シュタルクは思った。このままだと何が何やらわからないまま生き埋めになってしまう。

「と、とにかく話はここを出てからだ! なんかよくわかんないけどここはやばい!」

 今話している場合じゃないと、シュタルクは才人の身体をそのまま肩に担ぐ。

「な、なにすんだよ放せ! 放してくれよ! 家に帰してくれ!」

「わかってる! わかったからちょっと待ってくれ!」

 シュタルクは暴れる才人に構わず、今度は茫然としたままのフェルンに向かう。

 

「なあフェルン! 気持ちはわかるけど一旦逃げるぞ! このままじゃ俺たちも生き埋めだ!」

「……」

 

 フェルンは言葉を返さない。未だ放心状態のまま。

 ああもう! と内心シュタルクはどうしようか悩みながらも、そんな時間すら惜しい状況。

「ごめんよ!」と、シュタルクはフェルンを抱き寄せ脇に抱える。緊急事態なんだから、セクハラだのなんだのはこの際、勘弁してほしい。

 シュタルクは持ち前の馬鹿力と体力で、二人の人間を抱えて猛然と走り始めた。

 行きは地底湖だの鉱山だの色んな険しい道を通ったけど、本来この祭壇への道は出口から一本道だったらしい。

 舗装された石造りの道を走るだけで、出口らしき光がシュタルクの眼前に飛び込んだ。

 

「な、な、なんなんだこりゃあああああああ!」

 

 その間、フェルンは大人しかったが才人は騒ぎっぱなしだった。

 本当になにがなにやら分からない。ただ、とてつもないことが起こっていることだけ、否が応でも理解させられた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 平賀才人。

 令和の時代を生きる、高校二年生の十七歳。

 運動神経、普通。成績、中の中。賞罰なし。どうでもいいが彼女いない歴も十七年。

 親教師からも『ヌケている』と称される性格だが、それ故に物事を受け入れるのが早い方ではある。

 

 そんな彼はほんの少し前まで、地球の日本、秋葉原の街を歩いていた。

 二十年頃から騒がれた某世界的大流行(パンデミック)も少しだけ収まりを見せ、AIによる技術発展が著しい今日この頃。

 当時の才人は、修理に出していた動画編集用のスマートフォンを受け取り、その帰宅途中であった。

 

 

「マッチングアプリは十八歳からかあ……」

 

 電車に乗っている中、スマホをいじりながら才人は呟く。

 一昔前のアングラな出会い系が大体規制された昨今、きちんとした出会いを求めるならあと一年は待たなければならない。

「早く使いたいなあ、どんな子がいるんだろ。カワイ子ちゃんとうまく知り合えたらいいなあ」

 学校での出会いは完全に諦めた才人は、刺激を求める意味合いでもマッチングアプリに登録したかった。早く彼女いない歴を卒業したかったからだ。

 才人は刺激を求めていた。ここではないどこか。そんなところへ行って、新鮮な刺激を求めていた。平凡な毎日に退屈をしていたのだ。

 そんな彼の願いを叶える出来事が起こったのは、駅から降り、自宅へ帰る途中でのこと。

 

「ん、なんだ……?」

 彼の前に、光る鏡が現れたのである。

 

 突然の不可思議な出来事に、持ち前の好奇心が刺激された才人は、鏡に触れたり、石を投げ入れたり、家の鍵の先端を入れてみたりした。

 そして何を思ったか、『くぐってみたい』となってしまった。

 

(この鏡の先、一体何があるんだろう?)

 

 そう考えると、どうにも止まらなくなってしまう。難儀な性格の持ち主なのが才人である。

 くぐった瞬間、地面が足元から離れていく浮遊感を味わった後、急激にどこかへと落ちていくような感触に包まれた。

「う、うわああああああああああ!!」

 あらん限りの叫びを上げながら、どことも知れない空間へ落ちていく。

 その瞬間――――、

 

 

「あだっ!?」

「うぉあだっ!?」

 

 

 誰かに思いきり激突した。女性の悲鳴だった。

 だが、その女性が誰かまでは才人は確認できなかった。ジェットコースターのような落下速度を味わっていたのである。目を開けることすらままならなかった。

 そして次の瞬間、落ち行く流れが急激に変わったような感触を覚えたのである。

 そして、目を開けた時は――――

 

 

 

 

「ここに来た、っていうわけか」

 

 

 

 

 マグカップで手を温めながら、才人がここへ来た経緯を聞いたシュタルクは呟いた。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 フリーレン失踪から一時間半後。

 北部高原、キーノ峠のとある村。

 

 

 幸いにも崩れ行く洞窟から脱出できたシュタルクら一行は、そのまま依頼を受けた村まで戻ってきた。

 

「ありがとうございます。こちら、お礼の魔導書になりますが……、あのエルフさんはどちらへ?」

「ああ、それが実は色々あって……、しばらくここに泊まっても良いかな?」

「ええ、構いませんよ。ここは旅人の宿泊施設も兼ねてますから。空いている部屋をお好きに使ってください」

 依頼完了の報告を、依頼人の店主に告げたシュタルクは、フリーレンの代わりに魔導書を受け取る。

 とりあえず、今は下手に動かない方がいい。フリーレンがどうなったか、きちんと確かめないと。

(本当に死んだ、ってことはないよな?)

 なるべくそういったネガティブな考えを振り払い、借りた宿の一室へと戻る。

 

 

 ちなみに魔導書には、〝みんなと同じ夢が見られる魔法〟なんてものが書かれていた。

 ……相変わらず、何に使うのかすらよく分からない、変な魔法だとシュタルクは思った。

 

(こんなもののためにあんな目に遭って……、ほんとくだらねぇな)

 

 それでも、この本を見た時のフリーレンは結構目を輝かせていたのを思い出す。何でも〝服の汚れをきれいさっぱり落とす魔法〟と同じレベルの古い魔法だったとかなんとか言ってたっけ。

 そんな光景が一瞬過ったせいか、結局は魔導書をしまい込んで、部屋へ向う。

 

 

 フェルンはあのまま、ずっと時が止まったままだった。

 

 

「フェルン。飲み物持ってきたぞ」

 シュタルクはそう言って、フェルンに暖かいマグカップを持たせる。フェルンは椅子に座ったまま。カップを受け取りはしたものの、返事することはない。ただ喪心したように目線を下に落としてるだけだった。

 まあ、無理もないな。とはシュタルクも思っていた。

 自分はフリーレンと出会って三年経つか否か。そんな自分でさえ、急に彼女が失踪したのはそれなりにショックだった。

 幼少期からずっと連れ添っていただろう、かけがえのない人が失踪した今のフェルンの心境は、察するに余りある。

 彼女がこんな調子だから、現在精神的に余裕を持てているのはシュタルクしかいない。

 

「ほら、サイトだっけ? これお前の分」

「あ、ありがとう……」

 

 腹を鳴らしていた才人に、温かい茶の入ったマグカップと、目玉焼きの乗ったパンの皿を手渡すシュタルク。

 パンをもぐもぐさせ、幾何か落ち着いた才人は、ここに至るまでの経緯を、つらつらと話したのだった。

 

 

「チキュウに、ニホンに、アキハバラかぁ……。全部聞いたことない地名だな」

 

 

 斧とコートを壁に立てかけながら、シュタルクは言った。

 そしてテーブルに向かい、サイトと向かい合うように椅子に座る。

「俺だって聞いたことねえよ。帝国ってなんだよ。いつの時代だよ。俺はどこに飛ばされたんだ?」

 才人も困ったように呻く。彼は早々に後悔していた。あんなもの、くぐらなきゃよかったと。

 シュタルクも、困ったように頭をかいた。十中八九、あの鏡に原因があることは間違いないのだろうけど……、

「俺、魔法使いじゃねえからなぁ。フリーレンがいたら、なんか分かったのかな?」

 せめてフェルンが動いてくれれば……、と思わずちらりと彼女を見る。しかし、当の彼女は一向に動く気配がない。

 一方の才人は、『魔法』と聞いて目を思い切り丸くする。

 

「魔法って、なにそれ、そんなもんあんのかココ?」

「え、魔法知らねえの? オイサーストはともかく帝国じゃ子供まで魔法を使うってフリーレンから聞いたけど」

「いやいや、魔法という概念は知ってっけど! そんなのは小説か漫画かアニメの中でしか見たことねえよ! 本当に存在するの!?」

 

 才人は思わず立ち上がる。

 俺、本当にどこへ来たんだ? 魔法が存在するだなんて、それこそファンタジーかメルヘンな世界へ来たみたいじゃないか!?

「はっ、まさかこれが俗にいう〝いせかいてんせい〟って奴か!? もしかして俺はすでに一回死んでいるのか!? チート貰って人生やり直しってかふざけんなよ神様出て来いコンチキショー俺はまだ現世に未練ありありだっての!!」

「何言ってんだこいつ……」

 変な風に喚き散らす才人を見て、思わず冷めた視線で突っ込むシュタルク。

「そ、そうだ! こういう時こそ科学に頼るべきじゃないか!?」

 才人はズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。画面を指でいじりながら、ここはどこかを検索し始めた。

「なんだそれ?」というシュタルクの言葉を無視しながら、必死になって才人は地図アプリを開くも……、

「くそ、圏外か! だったら外に出れば……!」

 いてもたってもいられず、才人は夜の外にかけだし始めた。

 

「え、おい待て! 村の外には魔物がいるからあぶねぇぞ――――!」

 

 シュタルクの声にかまわず、才人は走り出す。

「おおぉぉ! スマホよ! 文明の利器よ! 俺に居場所を示してくれぇ!」

 そんなことを喚きながら、アンテナが一本ぐらい立たないかと、スマホを持ってグルグル駆け巡る才人。

 だが、どこへ行っても『圏外』と、画面上には無常に表示されるのみ。

 それでも諦めきれず、村を出て、鬱蒼と茂る森の中まで走ってしまった。人間、パニックに陥ると周囲の確認ができなくなるものである。

 

「はぁ……はぁ、って、今度はどこだよこれぇ……」

 

 今度は完全な自業自得で迷ってしまう才人。そんな彼を迎えるのは、彼のいる世界では空想上でしか存在しないもの、いわゆる『魔物』である。

 狼狽する才人の目の前に現れたのは、徒党を組んだ野犬だった。しかもただの野犬じゃない。蜘蛛のように幾つもの小さい眼球が埋まり、尻尾は蛇。よだれを垂らす口からは、とてつもない長い舌を伸ばしている。

 一見でわかる「犬のような異形の化け物」に囲まれた才人は、恐怖で思わず尻もちをついた。

「う、うわぁああああああああ!!」

 そんな才人にかまわず、野犬型の魔物は才人を食らわんと迫る。この状況下で彼を助けたのは、さらなる化け物だった。

 

 ピギャァ!

 

 キャゥン!

 

 とびかかった野犬を、かぎ爪で掴んだのは、全長五メートルはありそうな巨鳥だった。鳥は先ほど掴んだ犬を投げ飛ばしながら、嘴から黒い閃光――――いわゆる魔法を放ち追い払う。

 まるで、この人間を食らうのは自分だと主張するかのようだ。

 

「な、なんなんだよこれ!」

 

 いい加減、夢なら覚めてほしい。

 うずくまって泣き始める才人を、今度は鳥の化け物がひっつかもうと迫った瞬間、別の魔物が巨鳥をなぎ倒す。

 

 

 その正体は――――、ドラゴンだった。

 

 

 十メートルはあろうかという、赤い鱗を備えたドラゴンは、刃のような鋭い爪で巨鳥を一閃、切り裂いた。

 切り裂かれた鳥魔物は、最後の抵抗とばかりに嘴から、先ほど野犬を掃った魔法を撃つも……強固な鱗の前ではまるで歯が立たず、弾かれていく。

 だが、不快には思ったのだろう。竜はそのまま、口から極太の火炎弾を吐き出し、容赦なく鳥を焼き鳥へと変える。

 

 目まぐるしく行われる、化け物たちが繰り広げる弱肉強食を目の当たりにした才人は、とうとう心が認めた。

 

 

 ここは自分が住んできた世界じゃない。魔法と幻想、そして危険な化け物が闊歩する異世界なのだと。

 

 

 さて、晴れて獲物を捕食する権利を得た赤燐の竜は、鋭い眼光を才人に向ける。

「これは夢だ、これは夢だ、これは夢だ……」

 才人は必死になって、頭をたたく。もうこの危機的状況を抜け出すにはそうするしかないと、本能が告げていた。

 すべてが夢であってほしいと。目が覚めたら家のベッドの中にいて、またいつも通りの学校生活が始まるのだと――――

 だが、現実はそんな才人の希望を打ち砕くかのように、蹲った才人を食らわんと、大口を開けてきた。

 才人はもう、発狂しかける心を必死になって抑えながら、目を瞑った。

 刹那――――、

 

 

 

閃天撃(せんてんげき)!」

 満月一つ翻る夜空から、叫びとともに振り下ろされる一撃が、竜の首を一瞬にして寸断した。

 

 

 

「へ……?」

 ここで才人は、目を開ける。

 そこにあったのは首をなくした化け物竜が、ゆったりと体を地面に横たえさせる光景と、

 

「ったくもう、あぶねぇって言ったろ? 北部高原はこんな竜が群れなして襲ってくる危険地帯なんだからさぁ」

 

 大斧を肩に担いでこちらを見る、シュタルクの姿だった。

「よくわかんないけど、とりあえず落ち着こう? な?」

 シュタルクはそう言って、蹲る才人に手を差し伸べる。

 だが、それを受け取る余裕には、才人にはなかった。いくら順応性が高いといえど、限度がある。いきなり異形の化け物に、食われかかったのだから。

「なあ……」

「なんだ?」

「家に帰して……」

「そうしてやりてえのはやまやまだけど、俺だけじゃ無理だよ。こっちだって今大変なことになってんのに……」

「じゃあ殴って。夢から覚めたい。今日の夕飯はハンバーグなんだ。今朝、母さんが言ってた……」

 ハンバーグって食事はあるんだ。そこは一緒なんだな。シュタルクは少しだけ、才人を身近な人間と感じながらも頭を掻く。

 言いたいことは分かるけど、気絶するレベルで殴るなんて、そんな野蛮なことできるわけないじゃないか。

「まあとにかくさ、また魔物に襲われる前に、村へいったん帰ろう……」

「お願い……家に帰りたい……」

「わかった、わかったから……」

 シュタルクは泣きじゃくる才人を背負いながら、再び村へと戻る。

 背中でぐずる才人を見て、シュタルクもまた、心中で叫ぶ。

 

 

 

(俺だって……俺だって泣きてぇよ! どこ行ったんだよフリーレン! 助けてくれよぉ……!)

 

 

 

 フリーレンは失踪し、フェルンは完全な虚脱状態。

 こんな状態で『天国』なんて、向かえるはずもない。

 シュタルクもまた、泣きそうになるのを必死にこらえながら、これからどうしたものかと頭を悩ませるのだった。

 




今回、設定性格はそのままに、才人の生きる時代を平成から令和に引き上げています。
それによって多少変更点などが出ています。
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