使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第17話『フリーレンが失踪した日②』

 

 フリーレン失踪から10時間後。

 北部高原、キーノ峠近くのとある村。

 

 

「……っしょ、っと」

 完全に崩れ落ちた……、例の『祭壇』への入り口付近で、岩の撤去作業を行う者がいた。シュタルクだ。

 とりあえず、フリーレンを探す手がかりだけでもつかもうと、才人を寝かしつけて自身も少し体を休めた後、改めてこの場へやってきたのである。

 

(ってもなあ……、この惨状だと、掘り起こすのにも一年くらいは軽くかかりそうだな……)

 

 シュタルクはしょぼしょぼ顔で、岩という岩に阻まれた断崖を見る。いくら自分が戦士で人より力があるといっても、手作業じゃ限度がある。

 いっそのこと〝閃天撃〟で無理やりかち割ろうかとも思ったが……、ここの地盤はかなりやわいようだ。大きな衝撃を与えることが、かえって逆効果となってしまうかもしれない。

 

「しょうがねえ、やっぱりフェルンだけでもなんとかしねえとな」

 

 自分一人じゃ限界を感じ始めたシュタルクは、何とかしてフェルンを復帰させることを考え始める。

 作業面でも知識面でも、そろそろ彼女の力を借りたい。才人の言っていた世界についても、何か知っているかもしれないし。

 

 結局、フェルンはずっとあのまま、椅子にすわったまま固まっていたのだった。手に持たせたマグカップの中身はすっかり冷えて、飲んだような形跡もなければ、あの状態だとちゃんと寝ていたのかもすら怪しい。

 

 あのまま放っておくのはそろそろヤバい。

 そういう意味でも早く彼女を立ち直らせる必要があった。

 さて、いったん帰ろうと踵を返したときだ。

 

「……ん? 鏡?」

 

 朝日に照らされ、きらりと光るものがあったので、思わずそれを手に取る。

 鏡の破片のようだ。

「あの祭壇に飾られていたやつか? これ……」

 そういえば才人がやってきた後、あの鏡はバラバラに砕け散っていたっけ。もしかして飛んできた破片が、服やコートに引っかかっていたのかもしれない。

「なんかの手掛かりになればいいけど……」

 手を傷つけないように、鏡の破片をしまった後、シュタルクはこの場を去った。

 

 

「シュタルク様、おはようございます。朝からお疲れ様です」

「おーいシュタルク! あそぼうよー!」

 すっかり馴染みとなった村人からの歓待を受けながら、シュタルクは依頼人の店主に話しかける。

 

「悪いな坊主、また後でな。……で、店主のおっさん、フェルンたちは?」

「ええ、まだお二人とも、心ここにあらずといったようで……」

「そうかぁ……、しょうがねえな……」

 

 みんなダメになっている現状、シュタルク自身が積極的に動かなくてはならない。

 とりあえず朝食のパンを受け取ったシュタルクは、そのまま部屋へと向かう。

 

「おうサイト、起きたのか」

「ああ、シュタルク……」

 

 既に起きていた才人は、部屋の隅で体育座りしていた。

 昨夜狂ったようにいじっていたあのスマホとかいう魔導書は、今は肩がけポーチの中にしまっているようだ。

 

「結局、夢じゃなかったんだな……」

 

 才人はやるせなさそうに呟く。

 シュタルクはそんな彼に向かって、どう言おうか考え始める。

 くよくよすんなよ? こんなことあるさ? 元気出そうぜ?

 なんか、どれも違うような気がする。なんて声掛けするのがいいのかなと思っていると、

 

「あのさ、昨日はごめん。取り乱しちゃって……」

 

 才人の方から、顔を上げてシュタルクに謝ってきた。

 良くも悪くも順応性の高い性格である。とりあえず、『自分は異世界にやってきた』という事実は、受け入れたようであった。

 

(まあ、ずっと発狂されるよりマシかもな)

 

 シュタルクもようやく、自然と態度を軟化させることができた。

「仕方ねえよ。いきなりわけも分からない場所に来させられたんじゃな。まあいいや、ほれ、朝食もってきたぞ」

「ありがとう。……でさ、あの子、大丈夫なのか?」

 パンを受け取った才人はひそひそ声で、椅子に座ったままのフェルンを指さした。

「俺もちょっと呼び掛けてみたんだけど、まったく反応返ってこないんだけど……。ロボットとかじゃねえよな?」

「なんだよそのロボットって……。あんま変なこと言うと後が怖いぞ。怒った時のフェルンは俺なんかじゃ止められないんだからな」

「じゃあなんであんなに無反応なんだよ、あれはあれですごい怖いんだけど……」

「仕方ねえよ。長年連れ添った大事な仲間が、どっかへ行っちまったんだ。勘弁してやってくれ」

 そう言い繕いつつも、この先へ進むには、いい加減彼女の力が欲しいのも事実。

「でも、そろそろ正気に戻ってもらわねえとな」

 シュタルクはそう言い置くと、座っていたまま固まる彼女の正面に立ち、同じ目線に合わせながら、彼女の両肩を掴んだ。

「なあフェルン、気持ちは分かるけどそろそろ起きてくれねえか?」

 軽く揺さぶりながら、声をかけてみる。

 だが、やはりというか無反応が返ってくるのみ。

 どうしたものか……、と一瞬シュタルクは考える。

 

 

 そしてふと……、北側諸国の雪原を通ってきた時、ひんやりした手をほっぺに当てられたことを思い出した。

 

 

「…………」

 シュタルクは冷たい岩に触り続けてひんやりした自分の手を見つめた後、それをフェルンの頬に軽く触れさせる。

 

「――――っ! シュタルク様!?」

 

 その瞬間、フェルンの身体がビグッと跳ねた。

 虚ろに動いていた瞳が、ひんやりした冷たさにより大きく揺れ動く。

 ようやくフェルンも、その目でしっかとシュタルクを見つめた。

 

「良かったぁ……、ずっと無視されるのかと思ったよ」

「驚かさないでください。本気でびっくりしたじゃないですか」

 

 ようやく再起動を果たしたフェルンを見て、安堵した表情を浮かべるシュタルク。対照的に、フェルンはむすーとした表情でシュタルクを睨みつけた。

(ロボットじゃなかったなんだなあの子)遠巻きに見ていた才人は、心中でそう呟く。

「ごめんよぉ」と謝りながらも、シュタルクは続けた。

「でもさ、そろそろぼーっとするのはやめてよ、真面目にフリーレンを探す方法を考えようぜ。あいつがミミックに食われたぐらいで死ぬような奴じゃないのは、フェルンだってよく知ってんだろ?」

「……シュタルク様には分からないでしょうけど、私、ずっとフリーレン様の魔力の痕跡を探っていたんです。でも、全然引っかからない。本当に、跡形もなく消えてしまってるんです……」

 マグカップを持ち上げ、冷えた紅茶を啜りながら、フェルンは言う。

 シュタルクもまた、フェルンが只ぼーっとしていたのには訳があったと知り、少し驚いた。どうやらずっと、フリーレンを探すために集中していたようなのだ。それなら気付かないのもわけないか……。と。

「そもそもとして、いったいどうしてこんなことになったのか、私自身、良く分からなくて……、本当にどうすればいいんでしょう……?」

 

 フェルンの問いに、シュタルクはどうしたものかと考えを巡らせる。

 その時になって、ふと、師匠アイゼンの姿が過った。

 彼とまだ暮らしていた時の頃、語ってくれたとある冒険話。

 

「なあフェルン。勇者一行の話にこんな一幕があったことは知ってるか? 『フリーレンが突如消えた事件』ってやつ」

「……ダンジョン内部で起こった事件ですか? でしたら昔、ハイター様から聞きました」

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「フリーレン様が消えたお話……ですか?」

「ええ、あの時のヒンメルの焦りようは、今も鮮明に覚えてますよ」

 まだフェルンが幼少期、ハイターの家で暮らしていた時のこと。

 思い出話のように聞かされた勇者一行の旅路。その中にはこんな一幕もあった。

「まだパーティを組んで間もない頃でしたね。難解なダンジョンに挑んでいた時、フリーレンがミミックに食われる一幕があったのです。まあ……それについては特別珍しくはありません。珍しかったのは、そのミミックは『飲み込んだモノを別の場所へと飛ばす』力を持つ亜種型だったことです」

「ということは、そのフリーレン様は飲み込まれた後どこかへ飛ばされたという事なのですか?」

「ええ。……とはいえ当時の私達に、そのミミックの力の仔細を知る術はありません。急に彼女が消えてしまい、結構混乱しましたよ。ヒンメルに至っては、かなり狼狽していました。まあ無理もありませんけどね。彼女を強く誘ったのはヒンメル自身でしたから」

 クスクス笑いながら、ハイターは言った。……本当はその笑いも、咳を誤魔化すためだというのは、当時のフェルンも分かっていたが、気づいていない素振りをする。

「かろうじて魔力の痕跡を辿って、ダンジョンの最深部に囚われていることを知った私たちは、それはもう破竹の勢いで最深部まで突破しましたよ。今思えば、一階一階すべての部屋を巡ることを楽しむ彼が、階段のみ目がけて突っ走る姿を見るのは、あれが最初で最後でしたね」

「それで……、フリーレン様はどうなったのですか?」

 すっかり話にのめりこんだフェルンが、身を乗り出してハイターに尋ねる。

 しかし、ハイターは思い出すのも馬鹿馬鹿しそうな、楽しげな表情を浮かべた。

 

「別に、何ともありませんでしたよ。私達が駆け付けたころには、彼女はたった一人で最深部に潜む魔物のヌシを、退治していた後でした。まったくあの時のすかされ具合ときたら。一体何だったんだと! こっちは二日酔いで辛く、吐くのを必死になって堪えながら走ったというのに……!」

「ハイター様……」

「吐いてませんよ」ハイターは言った。

「しかも当のフリーレンは、退治したヌシの奥にある秘密の宝部屋で、またミミックに引っ掛かっていました。本当に懲りませんよね。アイゼンに至っては『もうこのエルフ置いてかない?』とまで言い始めて! いやあ可笑しさと呆れと安堵と怒りがここまでごっちゃになるものかと思いましたよ当時の私は!」

 とうとう大笑いを始めるハイター。よほどおかしかったのだろう。せき込むのも忘れて笑い出した。

 すごく楽しそうな育ての親の気にあてられ、フェルンも自然と笑みをこぼす。

 

「ま、そんなこともありましたって話です。こんなくだらない冒険を十年、続けていただけですよ私達勇者一行は」

「いえ、すごく楽しそうな旅路だと思います」

「そう言っていただけるならうれしいです。……あなたももしかしたら、彼女とそんな旅をするかもしれません。もしそうなったら一つだけ、『フリーレンを信じてあげてください』。どんな苦難に見舞われようとも、乗り切ってきたのが彼女なのですから」

 

 心配するだけ、馬鹿馬鹿しいというものです。

 楽しそうに、誇らしそうにそう言うハイターの笑顔が、フェルンの脳内に、確かに過った。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「そうそう。俺も師匠からその話を聞いたことあるんだよ。師匠も言ってたぜ。『あの事件であいつがどんな奴か大体つかめたような気がした』って。結構印象深かったみたいなんだよな」

 シュタルクもまた、アイゼンから聞いた話を思い出したのか、少し思い出し笑いを浮かべながら言う。

 

「まあ俺が言いたいのはさ。こうやって俺たちがあたふたしている裏で、フリーレンは今もけろっとした顔で下らないお宝を探しているんじゃないかってことさ。心配するのは分かるけど、心配し過ぎても余計な負担になるだけだと思うぜ」

「…………」

「あれから色々考えたけどよ、やっぱり俺は、あれでフリーレンが死んだなんて毛ほども思ってない。魔法のことは良く分からないけど、無理だ無謀だと当人も言ってた『黄金都市』だって、無事元に戻してみせたんだから。いつだって不可能を可能に変えてきた、俺はそんなフリーレンを今も信じている」

 

 お前はどうだ? フェルン。

 シュタルクにそう言われては、フェルンも頷くしかなかった。

 現時点でフリーレンのことを最も知っているのは、他ならぬ自分なのだから。

 

「……そうですね。弟子の私が師匠を信じなくて、どうするんだって話ですよね」

 

 ようやく顔を上げたフェルンは微笑みを浮かべ、目の前にいるシュタルクに軽く頭を下げる。

「申し訳ございませんシュタルク様。心配をかけたみたいで」

「いやいいよ。気持ちは痛いほど分かるし。……それよりなんだけどさぁ」

 シュタルクはここで、これ以上ないしおしお顔で、あらぬ方向を指さす。

「できればこっち、どうにかしてやってくれよ。俺一人じゃ無理なんだよぉ……」

 ここでフェルンは、才人の方へと目を向けた。

「へへ……どうも」と、愛想笑いを浮かべて会釈する才人を見たフェルンはというと。

 

 

 

「え、誰? 怖い……」

「今頃気付いたのかよ! てかその反応はひどくない!?」

 本気でドン引くフェルンに、才人のやるせない叫び声が響いた。

 

 

 

 フリーレン失踪から12時間後。

 

 

「ニホン、トーキョー、アキハバラ、チキュウ……」

 フェルン、シュタルク、そして才人。

 三人は今、机を囲んで緊急会議が行われていた。

 とりあえず才人の事情については、三人の中で一通り共有された格好だ。

 

「どうだ、フェルン? 何か知ってるか?」

「いえ、ごめんなさい。全然知らないです。そんな土地聞いたこともありません」

 

 当たり前だが、フェルンもお手上げとばかりに首を振る。

 才人は「まあしょうがねえよな」と、さして動じずに受け入れる。

「そもそも『異世界』というのが、私にとってはどうにも突飛で……聞けば『魔法も魔族もいない世界』から、いらしたということなんですよね?」

「そうなんだよ。逆に俺はそんな物騒なやつらがいんのかよと思ったけど……昨日で嫌というほど分かった。ここは俺の住む世界じゃないってのがなぁ」

 

 はぁ、と才人はため息をつく。本当に帰れるだろうか? そもそも帰れるまで生きていられるだろうか? こんな物騒な世界で……。

 色々な不安が付きまとうも、それでもこちらに親身になってくれる人間と出会えたのは、唯一といっていいほどの僥倖ではあったが。

 

「なあサイト。フェルンにあれ見せてあげなよ。ほら、スマホとかいう魔導書」

「え、あるんじゃないですか。魔導書が」

「魔導書じゃねえよ。これは『スマートフォン』って言って、科学の産物だよ」

「そのカガクってのが、俺にはよくわからねえんだけど。魔法と何が違うんだ?」

 やいやい言いながらも、結局は現物を見せた方が早いと、才人はポーチからスマホを取り出す。

 充電中ということで、小型バッテリーに導線を繋いだ状態でそれを見せた。

 

「え、なんですかこれは?」

 

 当然こんなもの見せられたフェルンは、目を丸くする。

「やっぱりフェルンも分かんないか?」

「はい、こんなの初めて見ました……。これ、魔導書なんですか?」

「フリーレンなら分かりそうか?」

「どうでしょう……でも、すごく興味深そうにする光景は目に浮かびます」

 スマホを見て、互い互いに色々言い合う二人。

 才人は遠巻きに、現代で普及している携帯機を知らない二人を見て、なんか変な気持ちにさせられた。

「これ、どう使うんですか?」

 フェルンに尋ねられた才人は、得意げにスマホをタップする。

 

「まず顔パス認証して、画面起動させて」

「「?」」

 

「アプリアプリ……インターネット無しでもできるやつで……」

「「??」」

 

「そうだ、確か画像ダウンロードした時に日本地図の奴があったな。それ出してやれば」

「なあ、俺たちにもわかる言葉で説明してくんねえか?」

「サイト様、やはり魔法使いなんじゃないですか? 私でも理解できない言語を使ってますけど……」

 さっきから聞いたこともない言語が飛び交うことで、完全に置いてきぼりを食らう二人。

 

「まあ待ってくれ」と、才人はとりあえず詳細な説明を省いて、日本地図の画面をスマホに移した。

「これが俺の世界の日本地図なんだけど、なんかわかる?」

 才人はスマホに映し出された日本の地図を見せる。

 フェルンはまず、この不可思議な板状の物体が、鮮明な地図を映し出したことにまず驚いた。

 写真を撮る魔法自体はある。だがそこいらの魔法じゃまず、こんな鮮明な絵図なんて出やしない。本当に、どんな技術でこれは行われているのかすら、彼女には判別つかなかった。

 

「申し訳ございません。これはちょっと、私の手に余りそう……」

「フェルンでもお手上げって、マジかよぉ……」

 

 地図の内容もそうだが、目に映るものすべてが生まれて初めて見るもので、お腹いっぱいとばかりに、フェルンは椅子の背もたれに身を預ける。

 彼女は世界に五十人といない、魔法に関しては『人外』と称される一級魔法使いの一人として名を連ねたばかり。彼女でもギブアップということは、大陸魔法協会でも理解できない可能性が高いという事だった。

 

「ま、これが文明の利器ってものよ。慣れれば二人でも使えるのが科学って奴さ」

「へぇ、魔法が分からない俺でも使えるってこと?」

「おうともさ。ま、このスマホに関しては俺の個人情報がたくさん詰まった宝物庫だから、俺個人にしか起動できないようにしてるけど」

「結局お前しか使えねえってことじゃねえか……」

 

 得意げに胸を張る才人に、シュタルクは静かに突っ込んだ。

「で、俺が異世界から来たっていうことは、これで信じてくれるんだな?」

「まあ、『魔法もなければ魔族もいない世界』っていうのは、俺の頭じゃイメージしづらいけど、その魔導書を見せられた後じゃ、信じるしかねえよな」

「そうですね。フリーレン様もこれには大いに関心を寄せるかもしれませんね」

「さっきから気になってたんだけど、その『フリーレン』ってのが、いなくなった仲間の名前なのか?」

「ああ。エルフの魔法使いでな。千年以上生きているからすごく物知りなんだよ。フェルンの師匠でもあるんだぜ」

「おお、エルフとかマジでいるんだな。本当にファンタジーみたいだ」

 ネットでしか聞いたことない種族名が実在するときいて、思わず才人は唸った。

 たしか長耳で、長生きするとか聞いてたけど。シュタルクの話を聞く限り間違いなさそうだ。

「フリーレンがミミックに食われて、消えたその後にサイトが来た。これは何かしらの関係がありそうだと思うんだけど」

「ええ、もしかしたら入れ替わりでフリーレン様がサイト様の世界へ向かった可能性もありそうですね。それなら、魔力探知に引っ掛からない理由にも説明がつきます」

 それにさっき、ハイターとの会話で『別の場所へ飛ばすミミック』のことも思い出した。今回もそれに近い現象が起こったというのであれば、納得はできる。

 フェルンの言葉に、そういえば……、と才人は思い返す。

 

「確か、鏡をくぐってここに来る前に、誰かとぶつかった覚えがあるんだよな……」

「それ、間違いなくフリーレンだよ!」

 

 才人の証言を聞いて、シュタルクは思わず立ち上がる。ようやく彼女がどこへ向かったか、その痕跡が辿れそうだ。

「では、その祭壇に飾られている鏡から、痕跡を辿れそうですね」

「なあ、だったらこれ、役に立つんじゃないか?」

 早速、シュタルクは今朝拾ってきた鏡の破片を取り出す。

「さすがです。シュタルク様」と、フェルンは素直にシュタルクをほめる。ついでになでなでしてくれた。

 

(おお、フェルンが普通に褒めてくれた。なんか新鮮……)

 

 不思議な気分に陥るシュタルクをよそに、フェルンは貰った破片を両手で持ち上げる。

 しばらくすると、破片が光り始めて宙に少しだけ浮いた。

「うわ、すっげえ! それ魔法なの! タネもトリックとか無いマジなやつ!?」

 今度は才人が、フェルンの魔法に驚く番だった。

「投稿サイトにこの動画上げたら再生数爆伸びするかな!!」とか、変なことを言いながら、スマホを縦にしてフェルンの方へ向けている。

「なにしてんの?」

「動画撮ってんの」

「ドウガってなんだ?」

「後で教えてあげるよ」

「お二人とも、ちょっと静かにしてください」

「「はい……」」

 むすっと顔で注意され、しおしお顔になるシュタルクと才人(その割には最後まで、ちゃっかりと動画を回していた才人だったが)。

 しばらくそうした後……、

 

「でも、この小さな破片だけではまだ、何も分かりませんね」

「……そうなの」

 

 あ、いつものフェルンだな。

 そのことに逆に、安心感を覚えるシュタルク。

「それでも、貴重な手掛かりには違いありません。この破片を集めて行けば、いずれはフリーレン様の行く先まで掴めるかもしれない」

「それってつまり、俺が帰る場所も分かるかもしれないってことだよな!」

「可能性は高いです。すぐ祭壇跡へ向かいましょう。シュタルク様、サイト様」

 勢いよくフェルンは立ち上がると、皿にあったパンを、両手を使ってあっという間に平らげる。

 そして木でできた愛用の杖を手に持つと、さっさと部屋を去っていった。

 

「……お腹すいてたんかな。やっぱり」

「まあ、昨日から何も食ってないだろうからな。でも俺の分……」

 

 ちゃっかりと自分の分まで食べられたことに、しょんぼりするシュタルク。

 でもまあ、元気になってくれてよかった。同時に心底そう思うのであった。

 

 

 あの後。

 祭壇跡に向かった三人は、洞窟前で落ちていた破片を、魔法を使って集めた。

 シュタルクが拾った鏡の破片。そこから放つ微弱な魔力を、フェルンが感知して引き寄せていた。

 杖を構えてジッとしているだけで、散らばっていた小さな破片が集まっていく。才人はそれを見て「すっげえすっげえ!」と、ひたすらにスマホを構えて興奮していた。

 

 やがて、陽も傾いた頃になって。

 三人は再び、村へと帰ってきた。

 

「やっぱり俺たちだけじゃ、あの祭壇への入り口は開けそうもないか」

 宿泊先へ帰って開口一番、シュタルクは言った。

 シュタルクの怪力とフェルンの魔法をもってしても、入り口をふさぐ岩の撤去には相当時間がかかりそうだ。

 才人の力は一般人相当らしく、すぐへばってしまったし。

 

「ですが、完全な手掛かりなしというわけでもありません」

 

 フェルンはそう言って、入り口付近で散らばっていた破片を入れた風呂敷を広げる。

 当然ながら、これら全てがあの祭壇の鏡というわけではない。全体像を鑑みれば恐らく十分の一も集まってないことだろう。

 いまだ大半は、あの祭壇の中で今も眠っているのであった。

 

「とりあえず、集めた破片を繋ぎ合わせてみましょう」

「そんなことできんの?」才人は尋ねる。

「確か、この村でフリーレン様が買っていた魔導書の中に……」

 

 フェルンはこの村の店でフリーレンが買っていた、ガラクタのような良く分からない道具の中から一冊の魔導書を取り出す。

「ありました。〝割れた鏡を復元する魔法〟」

「相変わらずくだらねぇもん買ってるよな。フリーレンのやつ」

「でも、今はそのくだらない魔法が役に立ちそうです」

 何が起こるか分からないものだ。フェルンは思わずふふっと微笑んだ。

「お、魔法がまた見れんのか!」

 才人は再びスマホを構える。カメラを起動し、画面の中にフェルンを収める。

「おー、フェルンが映ってる。それ結局何の魔法なんだ?」

 隣で見ていたシュタルクが尋ねる。画面の中では、彼女の動きが一切のズレなく忠実に動いていた。こんな魔導書は見たこともない。

「それだけじゃねえんだぜ。この赤いボタンを押せば『録画』ができるんだ。そうすりゃ後で、いつでもこの映像を見直すことができんだ」

「え、この画面を後で見直せんのか? どんな魔法だよ。やっぱりお前魔法使いだろ?」

「あの、集中したいから静かにしてください」

「「……はい」」

 再び怒られ、才人とシュタルクはしゅんとなった。

 その画面の先では、フェルンが杖先を破片を入れた袋に向けていた。

 彼女の顔の横では魔導書がふわりと浮かび、ページが勢いよくめくられ始める。それを横目で見ながら、フェルンは魔法を発動させた。

 

「復元するっていうけど、あの寄せ集めの破片だけで元通りにできるもんなのか?」

「この本によると、復元不可能だと判断した場合は一から溶解して再構築することも可能らしいです」

 

 才人の疑問にはフェルンが、めくっていたページを読み上げることで答える。

 やがて、宙に浮いた小さな破片たちは、赤く光ったかと思うと一瞬にして一か所へと集まっていく。

 そして綺麗な円形状の姿へ浮かび上がらせると、再び姿を映し出せるような輝きを取り戻していった。

「おお! すげえ、マジで魔法があるんだなこの世界!」

 才人はスマホを近づけながら、ゆっくりと鏡へと向かっていく。

「って、熱っ……」

「膨大な熱で無理やり溶接しましたから。近づくのはまだ危険ですよ」

 フェルンはそう言って、再び杖を振るう。

 今度は急激な寒気が部屋中に広がる。鏡を中心に、壊れない範囲で魔法で冷ましているようだ。

 それが数分に渡って行われた後、フェルンはゆったりと落ちてくる鏡を手の上で浮かせる。

 大きさは手のひらに収まるほど。シュタルクは思い返す。確か祭壇にあった時の鏡は、人ひとり分すっぽりと覆えるほどの大きさがあった筈。それに比べると随分縮んだものだ。

 素材が無い以上、仕方がないのかもしれないが。

 

「…………」

「で、これどうなるんだ?」

 

 才人の問いに、フェルンは返さない。ただじっと、鏡を見つめていた。

「邪魔しない方がいいぞサイト。フェルン、むっちゃ集中してっから」

「え、うん」

 しばし、沈黙が流れる。一分、二分、三分経って……。

 

「何かわかった?」じれったくなった才人が尋ねる。怖いもの知らずだなあ。シュタルクは内心あわあわしていた。

 やがて、フェルンは答える。

 

「……微かに、フリーレン様の魔力を感じます」

「お、じゃあやっぱりなんか関係があるってことなんだな!?」

「はい。……ですが、本当にか細い痕跡です。これを辿るには、かなり時間がかかりそう……」

「どれぐらい?」

「十年単位で済めば良い方かと」

「フリーレンみたいなこと言い出し始めたな」

 

 流石にシュタルクも思わず突っ込みを入れた。「そんなに待てねえよ!」才人も悲鳴を上げる。

「仕方ありません。集まった破片がそもそも少なすぎる。もっと集めれば何か分かるかもしれませんが」

「じゃあやっぱり、祭壇を埋めている岩盤を何とかして、もっと鏡の破片を集めた方が早いって感じか」

「そうなりますね。……ちょっと待ってください」

 鏡を机に置いたフェルンは、隣で羊皮紙とペンを用意する。

 

「どうすんだ?」

「デンケン様宛に、手紙を書きます。事情を説明して、協力をお願いしてみます」

「まあ、あの人なら多分、断ることはないだろうな」

 

 かつて〝黄金郷〟解決に動いた老齢の魔法使いの顔を思い浮かべながら、シュタルクは言った。

「はい、……あの人もお年ですし、ヴァイゼ復興でお忙しい中さらに負担をかけてしまいますが、『何かあったらいつでも頼ってくれ』と、言ってくれましたからそのお言葉に是非甘えてみようかと」

 やがて、フェルンは手紙を認めた後、手紙を運んでくれる小動物に鞄を乗せる。

 鞄に手紙を入れた後、去っていく動物をしばし眺めていた。

 

「あの手紙がヴァイゼに届くまで、しばらく待機するしかないですね」

「手紙かー、電話使えれば楽だけどなー」と、才人は頭の後ろに手を回し、思うように呟いた。

 

 そしてふと、撮影した動画を見直す。記録した映像の中で先ほど撮影した、『鏡を溶接する場面』を何気なく見返す。

「おー、本当に撮れてるなあ。皆これ見たらなんて言うんだろうな。やっぱ合成だのCGだの言われんのかな……ん?」

 

 ふと、才人は眉根を寄せる。

 溶接しているとき、鏡部分に何か変な文字が映ったような……。

 

「なあシュタルク。これなんかの文字?」

「ん? これさっきの場面か? すげぇな……、鮮明に絵が映し出されてるじゃねえか。しかも動きも全部再現されてるし」

 シュタルクはここでフェルンにも呼び掛ける。

「なあフェルン、これ見てくれよ。さっきの魔法がきっちりこの画面でも再現されてるぞ」

「そんなこと、ありうるのですか……、って、本当だ」

 フェルンも才人のスマホ画面を見る。

「なんか恥ずかしいですね」

 魔法を使っている自分の姿が、鏡のように映し出されて動いているのを見て、ぽつりと呟く。

「なあサイト、やっぱこれ魔法だろ。俺こんな風に場面を再現する魔法見たことねえぞ」

「魔法じゃなくて科学だって……、って、まあ、どっちでもいいか」

 才人は訂正を諦める。そう言えば誰か偉い人が言ってたな。「高度な科学は魔法と見分けがつかない」って。

 あれと同じようなもんだと思えばいいか。良くも悪くも才人は順応性が高いのだ。

 

「で、さっきのこれ、鏡が溶接されていた時に一瞬、文字みたいなのが浮かんでるように見えたんだけど」

 

 その場面までシーンを動かし、才人はスマホ画面を見せる。

「ちょっといいですか」と、フェルンはスマホを受け取り、まじまじと見つめる。

「……本当だ、何か書かれている」

 魔法で集中していたせいか、気づかなかった。この時シュタルクは遠くにいたため、見えなかったのだろう。

 程よい位置で撮影していた才人の録画画面が、偶然とらえていたようだ。

「お手柄だぜサイト! すげえじゃねえか!」シュタルクは思わず、才人の背中を叩く。

「いやあ、それほどでも」と才人は頭をかく。薄々感づいていたけど、こいつすげえいい奴じゃねえか。

 異世界に来たときはどうしようかと思ったけど、人には恵まれたなあと、しみじみ思う才人だった。

 さて、スマホをしばらく覗いていたフェルンはというと。

 

「これ、古エルフ語ですね」

 

 スマホを机に置き、羊皮紙に文字を書き写し始める。

「なんて書いてあるんだ?」

 シュタルクは身を乗り出す。十中八九、フリーレンが書いたのだろうと思っていた。

 書き写したフェルンは、自分の文字を解読する。

 

 

 

「……私はハルケギニアにいる。フリーレン」

 

 

 

「……それだけ?」

「はい、それだけです」

 とりあえず、フリーレンが生きていることはこれで確定した。それだけは数少ない安心要素ではあった。

 だが、『ハルケギニア』は当然、聞いたことない。おそらく地名なのだろうが……。

 フェルンとシュタルクは、一斉に才人の方を向いた。

 

「いや、俺も聞いたことねえよ! なんだそこ!」

 

 才人はわめいた。ハルケギニアってなんだ!? いやもしかしたらそんな地名がヨーロッパ辺りにあるのかもしれねえけど!

 昔っから、『地理』の成績は2以上になったことが無い才人は、自分の不勉強さを強く呪った。

「くっそー、ネットにつなげりゃ楽に調べられんのになー! もうどうすりゃいいんだよもうぉぉお!」

 才人は頭を抱えた。ああもう泣きたい。どうしてこう、すんなりうまくいかないんだという気持ちが燃え上がる。

「まあまあ、少なくとも手掛かりは得られたんだ。フリーレンは生きてるって分かったし、別の世界にいるってのも判明したしな」

 シュタルクはそんな、落ち込んだサイトの肩を軽く叩いて励ました。

「そう気を落とすな。一歩進めたんだ。すぐには帰れねえけど、俺たちも付き合うからさ、頑張ろうぜ。サイト」

「うぅ! ありがどうぅ、じゅたるぐぅ!」

 泣きべそをかいていた才人は、そんなシュタルクに思いきり抱き着いた。

 そんな二人を遠目で見ていたフェルンは、思うように呟く。

 

 

「それにしても、ハルケギニアですか……」

 

 

 そしてふと、窓から外を、澄み渡る夜空を見上げて言った。

「そこには一体、何があるんですか? あなたは今、何をしているのですか? フリーレン様……」

 

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