使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第18話『首都トリスタニア』

 

 フリーレン召喚から12日後。

 トリステイン魔法学院。

 

「ではこちらの答えを……ミス・ヴァリエール」

「はい! 『微睡(まどろ)睡蓮(すいれん)』はラグドリアン湖近くに自生している魔法花で、『眠り薬』などの材料としても使われています!」

「正解です。流石ですねミス・ヴァリエール。座ってよいですよ」

 

 ミセス・シュヴルーズの声に、ルイズは誇らしげに頷いて座った。

 それと同時に、授業のチャイムが鳴り響く。

 

「では今日の授業はここまで。来月はテストがありますからね。『基礎学』だからといって気を抜かないように。今後の成績に響きますからね」

 シュヴルーズの声に、生徒たちは順々に席を立って教室を出る。

 

 トリステイン魔法学院の授業は、大まかに『基礎学』と『専攻学』の二つに分かれる。

『基礎学』は最低限の系統魔法を学ぶ授業だ。『錬金』、『着火』、『放水』、『飛翔』など、各系統の基礎中の基礎を学ぶ。それゆえに目覚めた系統とは別のメイジでも、一緒に机を並べて学ぶのが通例となっている。

 

 反対に『専攻学』は、目覚めた系統の専門的な技術を学ぶ授業。この前にルイズが花畑を披露した授業が、それにあたる。

 トリステイン魔法学院ではまず、一年で貴族の礼儀作法や魔法の基礎学をそれぞれ受け、二年の『召喚の儀』を経て専門分野の授業に移り、卒業前の三年で今までの授業の総仕上げへと移る形となっていた。

 そこで得た成績やコネクションが、今後の社交界や就職先に大きく響くこととなるのだ。

 

 

「はぁ~っ、今日の授業も充実したものとなったわねフリーレン!」

 ルイズはにっこにこの表情を浮かべて、隣を歩く使い魔、エルフの少女、フリーレンに話しかける。

「ルイズ、随分楽しく授業を受けるようになったよね」

「そうよねぇ。フリーレンが来る前はずっとこの世の終わりのような表情をしていたのに。そんなのが嘘みたいだわ」

 フリーレンの肩に身を寄せて笑うのは、キュルケだ。

 先の授業は『基礎学』であったため、彼女たちも一緒となって授業を受けていたのだ。無論隣にはタバサもいる。

「そりゃあそうよ。学んだことを実技として実践できる。これ以上ない幸せなことだと思わなくて、ねえ『微熱』、『微熱』のキュルケ」

 ルイズはくすくすと笑った。いつも眉の字をハの字にしかしない彼女がこんな屈託ない笑顔を見せることは、キュルケの記憶の中では一度もないことなので、至極新鮮に映る。

 

 ルイズが魔法を無事成功した後、彼女の周りはかなり変わった。

 決死の努力が無事実ったことで、『花畑を出す魔法』は完全に習得した。もう杖を振っても爆発することはなくなったのだ。

 純粋な系統魔法ではないのは確かであるため、それをダシに彼女を馬鹿にする者は、いないわけではない。それでももう、魔法成功率『ゼロ』ではなくなったのも事実。

 そのため……、

 

「ねえ、ルイズ」

「あら、あなたは『香水』。そう『香水』のモンモランシーね。何か御用かしら?」

「……きちんと二つ名を正確に呼んでくれて嬉しいわ。この前なんか『洪水』だなんてわたしを馬鹿にしていたのがまるで嘘のようね。『ゼロ』のルイズ」

「『花畑』よ。今のわたしの二つ名は『花畑』のルイズ。最新の情報はきちんと取り入れないと、将来社交界で恥をかきますわよ。『雪風』のタバサもそう思うわよね?」

 ニコニコ顔で、ルイズはやってきたモンモランシーをじっと見つめた後、タバサに同意を求める。タバサも本に目線を移したままだが、軽く頷いた。

 モンモランシーは軽くため息をつく。

 ルイズの二つ名がこうして変わったことにより、異様に相手にも二つ名をつけて呼ぶようになった。まあ、自分の二つ名を呼んでほしさの裏返しなのだろう。

 

(あ、あのさ……あの時はありがと)

(え、ああ……うん)

 

 モンモランシーは最初に、こそっとした声でフリーレンに話しかける。

 一応、決闘の時に助けてくれたことで礼を述べてきたのだ。相手がエルフなので多少硬い声ではあるが、感謝の念はちゃんとあったらしい。

 ルイズはそんな二人を見た後、改めてモンモランシーに尋ねる。

「で、なんの御用ですの?」

「あ、そうそうルイズ。ちょっとポーションを作りたいんだけどさ、あなたの魔法で花を出してくんない? 『色濃ベリー』と『ワスレロ草』、あと『微睡み睡蓮』。何なら『微睡み睡蓮』だけでもいいから。ほら、早く」

「……別に出してあげてもいいけどさ、なんでそんな際どいものばかり頼むのかしら? 『微睡み睡蓮』についてさっきの授業で学ばなかったのかしら? ねえ『香水』のモンモランシーさん」

 

 確かに、今モンモランシーが言った花は調べているため、出そうと思えば出せる。だが先ほど授業でも登場した『微睡み睡蓮』。これは使用に特別な許可がいる花だ。

 ラグドリアンの湖周辺で咲くと言われる特別な睡蓮。花単体に特別な作用は持たないものの、薬の素材として使うと強い幻覚作用を発揮する。

 

 これによって作られる薬は『正直薬』や『眠り薬』、そして法でも禁止されている『惚れ薬』など。法を破れば貴族といえど重い罰は免れない。

 ルイズも、シュヴルーズや水系統の専門教師、イヴリーヌなどの許可を得て特別に習得した。こういうところは謹直なルイズは、咲かせる時は必ず両者の了承を受けてから、という条件の下この花を咲かせることを覚えたのである。

 

 何故かというと、この花は『鎮痛剤』、『麻酔薬』の一素材としても使われるため。将来、次女カトレアのことを見越しての習得だった。

 なので、当然ながら軽々な理由で咲かせることなどできない。

 

「いいじゃないの。減るもんじゃないし。ちょっと咲かせてほしいだけよ。『ゼロ』じゃないならできるんでしょ? 『花畑』のルイズさん?」

 モンモランシーも、金銭面と『とある理由』から何とかしてルイズに花を出してもらえるよう、挑発気味に言ってみるが、精神的に余裕ができた今のルイズには通用しなかった。

 

「大体、何の薬を作る気よ。ただ花を愛でたいってわけじゃないでしょ?」

「それはっ……、ちょっとヒミツ……よ」

「なによそのもったいぶった表情……まさかご禁制の薬とか作る気じゃないでしょうね? それこそ『惚れ薬』とか」

 モンモランシーは「うっ……!」と少しのけぞる。どうやら図星みたいだと察せられる表情を、無意識に浮かべていたようだ。

 それを見たルイズは、桃色がかったブロンドの髪を優雅にかき上げた。

「悪いけどお断りよ。提供した材料で変な薬を作られたら大変だわ。犯罪の片棒を担ぐことになんかなりたくないし。なによりわたしを認めてくれた先生たちの顔に泥を塗りたくはないもの。何を作るのか、きちんと提示してからになさい。そうしたら考えてあげてもよくってよ」

「きぃー! なによ! ちょっと前までは魔法成功率『ゼロ』だったくせに偉そうに! ちょっと魔法が成功したからといって調子に乗って!」

「さんざんわたしを馬鹿にしてきたのに、上手くなったらすぐ嫉妬。ほんと、そういうところよ『香水』のモンモランシーさん。そんなんだから『水の精霊』との交渉役も外されたんじゃなくって?」

 きぃぃぃ! と、モンモランシーはハンカチを噛みながら撤退していった。

 一方のルイズはモンモランシーのまねごとの如く、「お~っほっほっほ」と高笑いしていた。

 

「楽しそうだね、ルイズ」

「まあ、遅咲きの春が来たようなものだし、しばらくは生暖かい目で見守ってあげましょ」

 それを遠くで見つめる、キュルケ、タバサ、フリーレンの三人組であった。

 

 

「ところで、水の精霊って?」モンモランシーが去った後、フリーレンが尋ねる。

「ラグドリアン湖に棲む精霊。太古の昔から存在している」

 フリーレンの問いにはタバサが答える。

「そう、ガリアとトリステインの国境沿いにある湖よ。ハルケギニア一の名所とも名高い場所として知られているわ」

 帰ってきたルイズが、自慢げな表情で後を引き継ぐ。

「あら、詳しいじゃないの」と、キュルケが問えば、

「前にね、行ったことがあるの」と、軽く答える。(まあお忍びでだけど……)と、心中で補足しながら。

「太古か、どれぐらい前から住んでいるんだろう」

「少なくともブリミル登場の六千年前からいるとされているわ。まあその姿を見た者はほとんどいないらしいけど。トリステイン王家との盟約更新を行う以外、湖面から出てこないらしいし」

「あら、そういえば確かモンモランシーの家って、その精霊との交渉役を務めてたって話だけど……」

「良く分かんないけど外されたらしいわ。何かあったのかは知らないし、興味ないけど」

「……それ、いいの?」

「よくないんじゃないの?」

 キュルケの問いに、ルイズは軽く首を振ってこたえた。フリーレンは「ふぅーん」と、モンモランシーの去った方向を見つめていた。

 

「ねえそんなことより、魔法の修行、早く始めましょうよフリーレン!」

 

 ルイズは溌溂な笑顔を浮かべて、フリーレンの手を取って先に進む。

「わかったわかった」と、フリーレンもルイズに引っ張られるように進んでいった。

 

 

 トリステイン学院。昼休み。

 昼食を終えた後、思い思いの休み時間を過ごす中、そこでもルイズは魔法の修行を行っていた。

 

「よし、〝花畑を出す魔法〟はもう、大丈夫そうだね」

 ルイズの眼前に広がる、色とりどりの花を見ながら、フリーレンは言った。

 自分が触れた、知った花は自由に咲かせられるようになった。足元には『双月草』、『風雲花』、『日光牡丹』などが咲いている。どれも薬剤の素材となるものだ。

「ええ。ねえフリーレン、一つ聞いてもいいかしら?」

「なに? ルイズ」

「確かにわたしはこうやって、魔法を使えるようになった。それに関しては本当にうれしいし、感謝もしているんだけど……」

 杖をいじって、足元の花を眺めながら、物憂げに尋ねる。

 

 

「結局、わたしの系統って何だと思う?」

 

 

 やはり、諦めきれるものではないらしい。

「花を咲かせられるようになったから、周囲はわたしを『土系統』だと思っているみたいだし、今もそうやって振る舞っているけど……」

 ルイズはここで、杖先を五メイル先にある地面の小石に向け、集中する。

「イル・アース・デル」

 そして、系統魔法の初歩『錬金』を、改めて唱える。

 

 するとポンッ、というかわいらしい音と白煙が、小石の周囲に現れた。

 それっきり、何も起こらない。石が何か別のものに変わったわけでもない。

 

「爆発はしなくなったけど、この通り何も起こらないのよ。『花畑』を作れるようになったから、もしかしたら系統魔法もできるのかなって思ったんだけど……」

「爆発に関しては、膨大な魔力を歪に操作したのが原因だからね。あの白煙だけで済ませられたのは、それだけルイズの魔力操作が流暢になった証だ」

「まあ、その理屈は分かるんだけどね。結局こうやって初歩の『錬金』が使えないってことは、わたしは未だなんの系統が得意か判別できないってことでいいのよね……」

 はぁ……とルイズはため息をつく。

 なんかだんだん、まともに系統魔法を使わせてもらえないブリミルにいらつき始めていたのだ。

「まあ、ルイズの魔法はかなり特殊みたいだからね。覚醒するのには、何か外的な要因があるのかもしれない」

『虚無』のことは伏せて、現状の分析をルイズに話すフリーレン。

「その要因って何だと思う?」

「現時点じゃわかんない」

「わかんないかぁ……」

 風がやさしく吹き、その息吹に煽られ、花と共にブロンドがかった桃髪が揺れる。

 ルイズは同じく優しく揺れる『双月草』……、白と赤の彩りを残す花を見つめ、小さく嘆息した。

「……もういいわ」

「ルイズ?」

「系統魔法はもう諦める。フリーレンでもわからないことにうじうじ悩むのも、馬鹿馬鹿しくなってきたからね」

 う~っん、と背伸びしながら、心を入れ替えたかのような面持ちでルイズは言った。

 

 

 

「わたしが感謝の祈りを捧げるべきはブリミルじゃなくって、あなたの師匠フランメだった。そういうことでいいのよきっと」

 

 

 

「ルイズ……」

 フリーレンのつぶやきに、ルイズは反応して此方を見る。

 系統魔法は諦めた。そのため少し悲しい表情を浮かべながらも、同時に期待を抱いているかのような笑顔も同時にしていた。

「他にもその〝民間魔法〟を教えてよ。何の魔法があるの? もっといろいろあるんでしょ?」

「うん、思いつく限りのことは、教えてあげるよ」

「ありがとう、フリーレン。よろしくね」

 ルイズはにこやかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 その日も、授業の陰でいろいろな魔法を練習した。

 勿論内容は民間魔法だ。最初に使った〝赤リンゴを青リンゴに変える魔法〟、〝紙飛行機を遠くに飛ばす魔法〟、〝温かいお茶を出す魔法〟、〝かき氷を出す魔法〟なんかも覚えた。

 内容はどれも取るに足らない下らないものばかり。でも今まで魔法が使えなかったルイズは、こんな魔法でも素直に感心し、驚き、学びに精を出した。

 

 別の授業では、こんな一幕もあった。

 

「ではここで、『着火』の魔法を……誰にやってもらおうかな」

「はい、ミスタ・コルベール! その魔法、ぜひこの『花畑』のルイズにやらせてください!」

 火系統の『基礎学』授業にて。

 ルイズは自信満々の表情で、コルベールの呼びかけに答える。

「お、ミス・ヴァリエール! やってみるかね」

「任せてください!」

 ルイズはつかつかと、壇上に上がって杖を構える。

 周囲はまだ、机の中に隠れる者が多少なりともいたものの……、ルイズの杖先から発せられたのは爆発じゃなく、きちんとした小火だった。

 無事『着火』の魔法が発動したことで、周囲も「おおっ」と驚きの声を上げる。

「おお! これはすごい!」コルベールは驚きと共に、ひそひそ声でルイズに聞く。

 

「これも、ミス・フリーレンから教わった魔法の一つなのですかな?」

「はい、彼女に教わりました」

 

 旅先で薪に火をかける魔法はよく使うらしく、これも無事習得に至ったルイズなのであった。

(それにしても良かった。まさか彼女がこんな笑顔を浮かべる日が来るなんてな……)

 コルベールは少し、感慨深い思いにさせられた。

 今まで爆発ばかりで、ずっと眉根を寄せていた少女が、こうやって自然と笑みをこぼせるようになる日が来るとは。

(ありがとうございます。ミス・フリーレン。エルフであろうと、あなたは間違いなく尊敬すべきメイジの一人です)

 熱心に用紙に羽ペンを走らせる、白髪のエルフ少女を、にこやかな笑顔でしばし、コルベールは見つめた。

 

 

「ねーキュルケー、次の授業はなにー?」

「『水系統の基礎学』よ。ミス・イヴリーヌの魔法薬学」

「やった。実用的なのを教えてくれるからあの先生、わたしは好きなのよね」

「そう? あたし、けっこうオドオドしててあんま好きじゃないのよねー。もうちょっと自信持ちなよっていうか」

「ルイズに同意。彼女の薬学はためになる」

 タバサも同意し、フリーレンも「そうだね」と続く。

 気づけばこの四人で、授業を回るようになっていた。

 ルイズは仇敵である筈のキュルケの肩に寄せ、羊皮紙に書かれた時間割を盗み見する。すっかりと気の置けない関係になりかけていた。

 それほどまでに、魔法を使えるようになったことがうれしいという気持ちもあるのだろう。

 

「薬学を学べば、それだけちいねえさまの病気を治す手掛かりをつかめるかもしれない。けがや病気にも強く出られるし、大事な授業だわ」

 

 ルイズの足取りは軽やかだ。

 今の彼女は、何の授業でも楽しくやれるのだろうという、楽しそうな笑みを浮かべていた。

「ほら、次の授業に遅れるわよ! 早く行って席取りましょうよ!」

 ルイズは廊下の先を指さし呼びかける。

 そんなルイズを見て、フリーレンはふと、思ったことを改めて尋ねる。

 

 

「ねえルイズ、魔法は好き?」

 

 

 それを聞いたルイズは、若干頬を染め、照れ隠しを隠すような口調で、

「そ、そうねえ……、ほ、ほどほどかな? ほどほどよ」

 誤魔化すように、そう言った。

「そうか」フリーレンは微笑んだ。

「私と同じだ」

 

 

 

 さて、今日の授業も終わって。

 夕食までの自由時間で、フリーレンと〝民間魔法〟のレッスンも軽く行って。

 夕食を食堂でとった後、風呂に入った後は来週への準備や宿題をやって。

 それを今夜のうちに一通りまとめた後、さあ寝ようという時間帯になった時だ。

 

 

「街に行きたい?」

「うん」

 

 

 フリーレンが鞄の中の荷物を整えながら、そう言ってきた。

「ここトリステインの首都はトリスタニアってところなんだよね? どんな感じなのか、ちょっと見てみたいんだよね」

 その顔はワクワクで埋まっている。どんな魔導書があるかとか、魔道具があるかとか、市場を見回りたくて楽しみで仕方がない。

 そんな無邪気な笑みを浮かべるので、ルイズも苦笑してしまった。

「まあ、明日は『虚無の曜日』だし、たまには城下町に繰り出すのもいいかもね。けど……」

 ちょっと困った表情を浮かべる。学院の生徒たちはもう慣れたのか、あまり干渉してこなくなったけど、それでもフリーレンは『エルフ』である。

 彼女の長耳を見た民衆や警備は何を思うのか、想像に難くはない。それこそ本当に『異端の敵』として、追い回される可能性が高い。

 勿論何かあれば全力で守るつもりだけど、自分の家名がどこまで通じるか分からない。

 

「異世界からやってきたとはいえ、あんたは間違いなく『エルフ』だからね……、何とかしてその耳を隠さないと、とんでもないことになるわ」

「だろうね。私はこの世界じゃ異物で異端みたいだし」

 

 フリーレンもそこはすっぱりと認めた。

 しかし次の瞬間「でも」と、自慢げに一冊の書物を取り出す。

 

「オスマンからもらったこれがあるから、大丈夫だとは思うんだ」

 それは、決闘騒ぎの後、オスマンからもらった書物だ。

 

「なにそれ? 何が書かれている本なの?」

「魔導書だよ。内容は私の世界風に言えば〝都合よく顔を変えられる魔法〟ってとこかな」

「……本当に都合がいいわね」思わずルイズは突っ込む。

「正確には、『風系統』の魔法に『顔作り(フェイス・チェンジ)』があるみたいだね。それについての理論が書かれた本なんだ」

 フリーレンはぱらぱらと本をめくる。オスマンがフリーレンのためにと、わざわざ自著したらしい。

 

「完全な〝再現〟は行かないまでも、理論は大体把握したから――――」

 フリーレンは自分の両耳に、軽く手を当てる。右耳、左耳という順に。

 すると、エルフ特有の長耳は、人間と同じくらいの長さに縮まっていた。

 

「耳を縮めるくらいなら、何とかできるようにはなったよ」

「へぇ! すごいじゃないの! これなら大丈夫そうね」

 ルイズは感心したように唸った。これなら何か言われるようなこともないだろう。

「分かったわ。そういうことだったら明日、トリスタニアに行きましょ。色々案内してあげるわ!」

 そう言ってルイズは机の上にある、給仕を呼ぶための魔法の鈴を軽く鳴らす。

 数十分後、ぱたぱたと足音を出しながらシエスタがやってくる。

「お呼びですか? ミス・ヴァリエール」

「明日トリスタニアに行くから、馬車の手配をお願いするわ。確か最近流行っているレッドラビット種の馬車なら、馬とほぼ同じ速度で駆け抜けるらしいから、それを手配して頂戴」

「結構お金がかかりますけど、いいのですか?」

 尋ねるシエスタに、ルイズは「いいわ」の一言で済ませる。

 ここから首都へ行くとなると、馬でも三時間近くかかる。寝坊助のフリーレンが、早朝から馬に乗れる姿がイメージできなかったルイズは念のためと、速い馬車の手配をしたのだ。

「あと、せっかくだしあなたも来なさい」

「あら、わたしでよろしいのでしょうか?」

「構わないわ」

 

 貴婦人というのは、どんな時でも身の回りの世話をさせる侍女を、最低一人は連れ歩くもの。

 

 長女の言葉を何とはなしに思い出したルイズは、せっかくだしとシエスタも買い物に誘ってみたのだ。

 シエスタも、「丁度首都で買いたいものがあったんです!」と、嫌そうどころかむしろ快諾の意を示す。

「じゃあもう寝ましょうかフリーレン。明日は早朝から行くわよ」

「えぇ……、起きられるかな……」

「嫌そうな顔しない! ほら、さっさと寝ましょ!」

 寝間着にぱぱっと着替えたルイズは、いち早くベッドに入ってバンバンとたたいた。

「ではミス・ヴァリエール、フリーレンさん、明日はよろしくお願いしますね」

 シエスタも笑顔で会釈して、部屋を去っていった。

 

 

 フリーレン召喚から13日後。

 トリステイン魔法学院。

 

「う~ん、むにゃむにゃ」

「やっぱり、起きられてないじゃないの……」

 二つの月が地平線の彼方へ消え、代わりに太陽がのっそりと顔を出し始める時間帯。

 朝起きたルイズは、隣で大きな鼻提灯を膨らます使い魔エルフを見て、まず呆れのため息をついた。

 しかも寝ているせいか、耳も元の長さに戻ってるし。

「ミス・ヴァリエール。馬車の準備が整いましたけど……」

 既に準備を済ませたシエスタが、ノックの後で部屋に入ってくる。

 

「ちょっと待って。この寝坊助どうにかしてあげないと」

「う~ん、お母さん……」

「誰がお母さんか! ご主人様よ! ちょっとシエスタ! お願い手伝って!」

 

 ルイズは忙しない手際で、フリーレンをベッドから引っ張り出す。

 世話係のシエスタもいたことで、フリーレンの髪や服などはなんとか整える。

 しかし当のフリーレンは未だふにゃふにゃ。この状況に至ってなお鼻提灯を膨らませているのだからさもありなん。

「ミス・ヴァリエール、もう馬車の出発予定時刻を過ぎちゃってます!」

「はあ……、こんなことなら〝浮遊魔法〟の方を先に覚えておくべきだったわ……!」

 フリーレンの数ある魔法の中に、『浮遊魔法(レビテーション)』と同じ具合の魔法はあるようだ。先にそれを教わるべきだった。それだったらフリーレンを無理やり浮かせて運ぶこともできただろうに。

「すみません、ミス・ヴァリエール。フリーレンさんの杖と鞄をお願いしてもいいですか?」

 そう言うと、シエスタはフリーレンの頭に広いつばの帽子をかぶせて、落ちないように結んだあと、そのまま「よいしょ」の一声で彼女を背負った。

「さあ、早く行きましょう!」

「あんた、意外と力持ちね」

「田舎育ちなので、これぐらいは余裕なのです」

 屈託なく笑って、シエスタは言った。ルイズも言われた通り、フリーレンの鞄と杖を持って馬車へと向かった。

 

 

「ほらフリーレン、そろそろ起きなさいっての。もう着くわよ」

「ふぇ……ん、あぁ……!」

 ここでフリーレンは、寝ぼけた眼をこすって上半身を起き上がらせる。

 結局、馬車に乗った後もフリーレンはぐっすりなのであった。

 ようやくまともに思考が働きだした後は、もうトリスタニアが誇る城下町が視界に映っていた。

「ごめんルイズ、普通に寝てた」

「別にいいわよ。それより、早くほら、耳縮めて」

 関所の前までやってきた。なのでルイズは「早く早く」とせっつく。隣のシエスタもそわそわし始めていた。

「わかったわかった」と、フリーレンはすぐ魔法を使って耳を縮めた。

 

 

 トリステインの首都トリスタニア。

 昼頃になって到着したルイズ達一行は、思い思いに活気溢れる城下町を楽しみ始める。

 

「ここがブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ。この先にトリステインの宮殿があるわ」

 

 白い石造りの街並みを歩きながら、ルイズは視界の奥にある立派な宮殿を指さす。

 道端では果物などの食材、色々な本、見たこともない道具を売りに出している商人たちが見える。この活気はどこへ行っても変わらないなと、フリーレンは思った。

「で、どうするの? 何を見るつもりなの?」

 ルイズは尋ねる。いつもフリーレンから魔法を教えてもらっているため、今日くらいは彼女のわがままに付き合ってあげようという構えでいた。

「とにかく、色々見て回りたい」と、フリーレンの足取りは今まで以上にないほど軽やかだ。

 なにせ異世界の市場である。ここでしか買えない魔法材料や魔導書がたくさんある。そう思うなら一分一秒すら惜しい。

 そんなわけで彼女の足の赴くままに市場を回り始めるのだが……、

 

 

「ねえルイズ、これ買って」

「……その竜の頭蓋骨、なんに使うのよ」

 

 

「見て見てルイズ、これ『浮気を確かめる眼鏡』だって」

「うん、で? いらないでしょ別に」

 

 

「この革と錠前、猛獣をしつけるための拘束具らしいね」

「なに、つけてほしいの? しかも高いし。こんなの買うやつの気が知れないわ」

 

 

 このエルフ、さっきから変なのしか見つけてこない。

『使い魔は主人の望むものを持ってくる』とは言うけど、どうやらそのレーダーはとっくに死んでいるらしい。いや、魔法を持ってきてくれているからそれでチャラにでもなっているのだろうか。

 まあ、フリーレンが強く望むなら全然買ってあげてもいいけど、それにしても何に使うのかすら良く分からないものばかり。おまけに高いし、流石のルイズもこれには渋い顔を隠せない。

 最初は遠慮からか、財布は使い魔ではなくシエスタに持たせているけど、このエルフに財布を握らせるのは、別の意味で危ない。やめておこうとルイズは思った。

 

「ごめんよ嬢ちゃん。この貨幣はここじゃ使えないねえ」

「やっぱりだめかあ」

 

 ルイズ達の視界の先では、売買を断られてしょんぼりするフリーレンの姿があった。

 当たり前だが、フリーレンがヘソクリとして隠し持っていた貨幣は、ここでは通用しない。

 ルイズは「はぁ……」と思いきりため息をこぼした。フリーレンの鞄を持っているシエスタも「はは……」と、これには頬をかく。

「それがあんたの世界の通貨なの?」

「うん、これがライヒ金貨、こっちがシュトラール銀貨。結構なヘソクリだよ。こっちじゃどんな貨幣を使っているの?」

 ルイズはシエスタの方を見る。シエスタはおずおずとやってきて、財布の紐を緩めて四種類の貨幣を見せた。

「これがドゥニエ銅貨、こっちがスゥ銀貨、んでこれがエキュー金貨ね、最近じゃ金の含有率を下げた新金貨もあるけど。ハルケギニアの貨幣は基本、これで統一されているわ」

 一通り紹介した後、シエスタは財布を再び懐にしまった。

「まあ、あなたの貨幣にも『金』は使われているみたいだし、探せばこっちの貨幣と交換してくれる場所はあるでしょうね。ただ、どれくらいの資金になるかはわからないけど」

 別世界とはいえ同じ金や銀で作られた貨幣である。魔法でハルケギニア用の貨幣に変換する場所は、ないわけではない。

「とりあえず、先にその換金場から探そうか。暫くはこの世界にいるだろうし」

 先に換金しておけば良かったな。フリーレンの言葉に、ルイズも「そうね」と頷く。

 

(そういえばわたしって、今どのくらい持っていたっけ?)

 ちょっと気になったルイズは、シエスタにもう一度財布を出すよう告げる。

「はい」

「ありがと」

 受け取ったルイズは、財布の中身を確認しながら、ふと思ったことをフリーレンに尋ねた。

「……って、そういえば思ったんだけど、あんた、旅の連れは探さなくていいの? フェルンとシュタルクだっけ。心配してるんじゃないの?」

 自分からこっちの世界に連れてきておいて、あれなのは自覚しているけど。それにしたってフリーレンは仲間を探すような気配はあまりない。

 一方のフリーレンは、したり顔でこう告げる。

 

「勿論、元の世界に帰還する手段は探すよ。でもとりあえずは大丈夫だよ。既に向こうにメッセージは送ってるし」

「え!? い、一体いつの間に!?」

「ま、ちょっとね」

 驚くルイズをよそに、ふふと口を緩めるフリーレン。

 

 

「大丈夫だよ。フェルンだってもう一人前の魔法使いだ。今のあの子なら、私の残したメッセージに必ず気付く。私がどうやって会おうとしているのかもね」

「え、会う手段って……」

「フェルンが気付いているなら、必ず向こうからアプローチをかけてくるはず。今はそれ待ちかな」

 

 

 すごい信頼だな。ルイズは思った。

 まあ聞けば、その子が子供のころからの付き合いというし。世界に五十人といないほどの最高峰の魔法使いだとも聞いていた。ルイズの想像上では、まあ『スクウェア』クラスの凄腕メイジという想像しか持てないのだが。

(わたしとほぼ変わらない年齢で、フリーレンからもこう言わしめる子か……、いったい、どんな子なのかしらね?)

 さて、そんな折――――、

 

「ミス・ヴァリエール! 危ない!」

「きゃっ!」

 シエスタの声に間に合わず、急に誰かが、ルイズとぶつかった。

 ぶつかった男は、そのまま彼女に謝ることなくその場を去ろうとする。

 一連の流れを見たシエスタは叫ぶ。

「ミス・ヴァリエール! 財布を盗まれてます!!」

「あ、え……しまった!」

 ルイズは大慌てで起き上がった。勘定中だった財布の袋が消えている。

「スリよ! フリーレン!」

 ルイズは慌てて叫んだ。財布が飛んでいく光景を見たから、メイジのスリだろう。この街でこういった光景は珍しくはない。

 貴族は全員がメイジだが、メイジの全てが貴族ってわけじゃない。様々な事情で裏稼業や犯罪者に身を落とすメイジだって、多いのだ。

「ま、どこにでもこういうのはいるよね」

 ルイズの悲鳴を聞いたフリーレンは、あわてず騒がず、ゆったりと杖先を構える。

 とりあえず〝浮遊魔法〟でも使って浮かせて動きを止めるかと、思った時だ。

 

 

「……ん?」

 逃げるスリの先に、女性がいた。眼鏡をかけて、洗練された立ち振る舞いをする美女だ。

「どけよババア!」

 しかし男は、そんな女性を突き飛ばす姿勢で突進する。

 すると女性は、身を翻して足払い。洗練された動きで男を地面に転ばせる。

「ぐわあっ!?」

 それでいて杖を取り出し詠唱。地面に倒れた男の服を『錬金』でつなぎ止め、動きを封じる。

 反撃に転じようとスリは杖を取りだすが、女性の方があらゆる意味で早かった。

 先に女性の方が『レビテーション』を詠唱。するりとスリの杖と、貨幣が詰まった袋を奪った。

 

「……これでもわたしは二十三ですわ。女性を馬鹿にするときはくれぐれもお気を付けを」

 

 女性がメイジだと知らなかったスリは、冷や汗と動揺でうめき声を上げる。

 そんなスリに構わず、女性は靴のかかとで気絶させた。

「大丈夫ですか――――って、あら、ミス・ヴァリエール」

「あ、あなたはミス・ロングビル!」

 財布をスリから取り返してくれたのは、学院長秘書のロングビルだった。

 

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