「災難でしたわね、ここ最近、スリが増えているみたいで」
「はい、おかげで助かりました。ありがとうございます。ミス・ロングビル」
まさかの学院長秘書官の登場に、しどろもどろになりながらもお礼を述べるルイズ。
ロングビルはにこやかな笑みを浮かべながら、取り返した財布をルイズに返した。
「最近、コソ泥が王都を闊歩しているみたいだから、それに乗じてこんな奴らが増えてきているみたいですね」
「コソ泥?」
「巷では噂になっているみたいです。『土くれ』とかいう盗賊が、様々な貴族からお宝を頂戴して回っていると」
衛兵にしょっぴかれていく、先ほどのスリを見ながら、ロングビルはため息をつく。
「まあ、そんなことがトリスタニアで起こっているのですか……」
「そう、まったく世も末ですよね」
ロングビルとルイズは屈託なく笑い合った。
「大丈夫ですか、ミス・ヴァリエール」
「ええ、……次はもうちょっと早く言ってくれると助かるわ。でもありがとシエスタ」
心配そうにするシエスタに向けて、ルイズはまた財布を預ける。
自分が持つのは貴族である以上、変な話だし、フリーレンはさっき見てたら論外だし。
さて、ロングビルの眼鏡はやがて、フリーレンの方へと向かう。
「あら、あなたは……」
「あ、ミス・ロングビル。こちらわたしの使い魔のフリーレンです」
「ええ、学院長から詳しいお話は伺っております。……彼女が例の」
ロングビルはルイズとひそひそ声で会話できる距離まで詰める。ルイズも神妙な顔つきでうなずいた。
「はい。……どうか、彼女がエルフであることはご内密に、お願いいたします」
「大丈夫です。それにしても、こうして見ると……」
ロングビルは眼鏡をくいと上げる。彼女の目の前にいる白髪の少女メイジ(耳は魔法で縮めているのか、外見上は人間に見える)は、むふーとした顔で色んなガラクタを抱えている。
「やっぱり異世界の市場はすごいね。今まで見たこともない道具がいっぱいあるよ」
「……それ、さっきのやつじゃない。本気で全部買うつもりなの? 悪いこと言わないからやめときなさいって」
「そもそも、まずは換金するところから始めた方が良いかと思いますが」
シエスタも「あはは……」と呟く。フリーレンもまた「それもそうだよね」と、しょんぼり顔。
「でしたら、私の知っている換金所へご案内しましょうか?」
「え? よろしいのですか?」
「はい、困った時はお互い様ですし、オールド・オスマンからも、彼女のことは助けてやってほしいと言いつけられていますので」
ロングビルの提案に、ルイズははにかんだ。いくらオスマンの命令とはいえ、エルフに偏見を持たずに協力してくれる人間がいるなんて、失礼ながら思ってなかった。
「ではこちらです。案内しますよ」
「はい! ありがとうございます! ほらフリーレン! そのガラクタはとりあえず置きなさい!」
それだけに、嫌な顔一つせずに味方してくれる人がいてくれるのはうれしいことこの上ない。
ルイズはロングビルに頭を下げた後、未練がましそうな表情を浮かべるフリーレンの手を取って、彼女の後を追った。
「ところで、ミス・ロングビルはどうしてここへ?」
換金所を訪ねる道中、ルイズはロングビルに聞く。
「ええ、その『土くれ』関連の調査を、学院長に頼まれまして」
聞けば、つい昨日も被害に遭ったらしい。
ロングビルは一軒の建物を指さす。貴族が住んでいるだろう豪華な屋敷の一角が、大きく崩れている。
「うわあ……」
「ひどいですね……」
ルイズとシエスタは、その被害光景を見て唖然とする。
「手ひどく壊されているね。大規模な質量攻撃かな」
「ええ。『土くれ』の盗み方は千差万別。『錬金』で錠前を破壊し静かに侵入する時もあれば、『ゴーレム』を使って力づくで突破する時もあるのです。被害総額は数知れず。奴の首には五万エキュー以上の賞金がかかっているとか」
フリーレンの問いに、ロングビルが答える。
「『ゴーレム』っていうことは、『土くれ』は『土系統』のメイジってことですか?」
「そう推測されています。ランクはおそらく『トライアングル』クラス。逆に言うとそれ以外が一切謎に包まれているのです」
「ふぅーん」
フリーレンはなんとなしに歩く、ロングビルの背中を追った。
道中、転がっていた小石を軽く拾う。ルイズは見咎めたが、ロングビルは「まあまあ」と収めた。
「まったく、同じ『土系統』としての品位が問われるから、早くつかまってほしいものですよね」
「ええ、本当にその通りだと思います」
ロングビルの微笑みに、ルイズは頷く。どうやらこの秘書もまた、ルイズは『土系統』と思っているらしい。
「さて、ここです」
ロングビルの案内を受けて、それなりに綺麗な装いの屋敷へ、ルイズ達は案内される。
フリーレンの金貨を受け取った鑑定家は、大層な頷きを見せた。ロングビルも何気に気になる表情を見せる。
「ふぅむ、珍しい金貨ですな。これは一体どこの?」
「これはね、中央諸国の――――」
「じゃなくって、彼女は『東方』出身のメイジなんです! そこで使われている金貨なんです、はい」
途中、フリーレンの口を遮ってルイズが補足する。それで一応、鑑定家は納得したような様子を見せた。
(『東方』?)
(いちいち異世界とか面倒くさいでしょ。こういうどうでもいい時は、『ロバ・アル・カリイエ』出身で通しなさい)
聞けば、エルフの住まう地の更なる東は、『東方』と呼ばれる未開の地が広がるという。
エルフであることを誤魔化せる内は、フリーレンのことを『東方から来たメイジ』とした方が良いと、ルイズは提案してきたのだ。
「良く分からないけど、分かった」
これ以上問題は起こることはなく、フリーレンは持っていたヘソクリの半分(ライヒ金貨など、ほか銀貨数枚)を、ハルケギニアの貨幣に換えた。
「よし、これである程度売買は何とかなりそうだ」
無事換金が済んだことで、「むふー」と上機嫌のフリーレン。
とはいっても、総額五エキューもなかったが。旅するならこれでも気にしないのだろうが、数百エキュー以上持っているルイズから見れば、はした金も良いところだ。
「ねえフリーレン。買ってほしいものがあるなら言いなさいな。代わりに出してあげるから」
「だってルイズ、あれは止めろこれも止めろっていうじゃん」
「日用品とか嗜好品とかなら全然買ってあげるわよ。お金ならあるし。でもあんた、どこで使うのってやつ持ってくるじゃないの。あんなペースで買いあさってたらあっという間にそんなはした金、消し飛ぶわよ」
ルイズの言葉に、フリーレンは真剣な表情で悩んだ。腕を組んで、先の市場で何を買おうかを必死になって考える。
「では私はこれで」と、ロングビルは去ろうとする。
気になったルイズは、彼女を引き留めた。
「あ、あの。ミス・ロングビルはこれからどこへ?」
「調査の続きです。この近くの路地裏は、昨夜『土くれ』が使った逃走経路ではないかとの噂を聞きつけまして。周辺の聞き込みをしようかと」
「でしたらわたしも協力させてください。同じ貴族として、そんな盗賊の蛮行を見過ごすわけにはいきませんし」
毅然とした表情で、ルイズは言った。吐いた言葉に嘘を持たせない、屹立とした表情。
疑うことを知らない、真っすぐとした顔にちょっと眩しさを覚えながらも、ロングビルは言った。
「……面白いものではありませんよ。手がかりが得られるかも不確定ですし、無駄な時間を浪費するかもしれませんが、それでもよいですか?」
「はい、全然かまいません! 二人も良いわよね!」
ルイズはシエスタとフリーレンに尋ねる。……とはいっても、ルイズの勢い的に断れる雰囲気じゃなさそうだったが。
「わたしは別に、構いませんけど」
「こういう困りごとが、巡り巡って大きな面倒事につながるんだよね。わかる」
ふと昔のことを思い出し、無意識に微笑みながら、フリーレンは言った。
さて、人気のあまりない路地裏の中を、ルイズ達は通っていく。
やがて四辻に出ると、剣の形をした看板が下がっている汚い建物を見つける。
「まずはここです」
そう言うと、ロングビルは先に扉を開ける。
ルイズ達も中に入る。ランプの明かりの中、壁や棚に様々な剣や盾が並んでいる。どうやら武器屋のようだ。
店の奥でパイプをふかしていた男は、来店した者が貴族であることを知ると、ドスの利いた声で威嚇する。
「ちょっと若奥様。うちはまっとうな商売をしてまさあ。お上に目を付けられることなんざ、これっぽっちもありませんや」
「まだ何も言っていないのに先んじてそう言う時は大体、後ろ暗いことがあると相場は決まっているのですが……、まあいいでしょう」
一方のロングビルは、店主の威嚇を取るに足らなさそうな風情で、並んでいる武器に目線を移す。先のスリを捕まえた手管といい、意外と場慣れしているな。フリーレンは思った。
ロングビルは財布から銅貨を数枚、取り出す。
「昨夜、この辺りを『土くれ』が通ったという噂を聞きました。ならばあなたも何かを知っているのではと思いまして。心当たりのほどは?」
「そうよ、隠さずすべて話しなさい」
隣でルイズが、毅然とした態度で問う。
しかし店主ははっ、と鼻で笑って銅貨を拾って、指で転がした。
「さあねえ、なにぶんトシでしてねえ。昨夜なにを食ったのかすらおぼつかねえんでさあ」
「なんですって!」
明らかに馬鹿にしている態度にルイズは憤慨するが、ロングビルはそんな店主の態度は予定調和とばかりに、裾から更に数枚の銀貨を机の上に置く。
「では、これで今日の夕食を豪華にすればよろしいわ」
ついでに、さりげなく胸元を見せる。店主の視線が明らかにそちらへ泳いだ。それを察したロングビルは椅子に腰かけ、太腿を組んでじっと店主を見つめる。
銀貨よりも明らかにそちらの方を凝視し始めた店主は、やがて思い出すかのような声で、
「あ、ああそういえば、昨夜の……一時か二時ごろでしたかねえ。急激な振動音で目が覚めた記憶がありまさあ」
それを聞いたルイズは、恐らくゴーレムを使った強盗事件が起こった時間帯なのだろうと推理する。
「その後は?」
「さあ、どうだか」
ロングビルは裾から一枚、金貨を覗かせると、それを太腿に挟んで目線を集める。
「あ、ああ! そうでした! その後すぐでしたかねえ。人影みたいなものが『ピエモンの秘薬屋』の角を通っていきましたね!」
「そう、貴重な情報提供、ありがとうございます」
もう得られるものはないだろうと判断したロングビルは、金貨を受け取ろうとした店主の手をさらりとかわし、金貨を裾へ再びしまい込む。
「誰も渡すとは言っていませんわ」
「……チッ!」
店主は舌打ちしながら、机の上の銀貨銅貨を懐に収めた。
「慣れてるね、ロングビル」
フリーレンは感心したようにロングビルを見る。酒場で色んな交渉は見てきたけど、正直かなりやり手だなと思えるレベルだ。
「お褒めに与り恐縮ですわ」
当たり障りのない声で、ロングビルは会釈する。ルイズも今のやり取りには素直に感心した様子を見せた。
「じゃあ次は『ピエモンの秘薬屋』に向かいましょうか」
ロングビルはそう言って、再び武器屋を出ようとした時だ。
店主が最後に、声をかけてきた。
「なああんた! だったら最後に一つ、聞きてえことがあるんだが良いか?」
「……なんでしょう?」
するとここで、店主は神妙な顔つきになって尋ねた。
「あんたら貴族なんだろ? だったらトリステイン魔法学院にはかの『英雄の剣』が眠っているっていう話は、本当なのか?」
「……『英雄の剣』?」
ロングビルは眉根を寄せた。
すると店主は、思いを馳せるような声で話し始める。
「うちら武器屋の間ではまことしやかに伝わる話でさあ。半世紀以上前に大国ガリアで起こった『大厄災』……。それはご存知ですかい?」
「『竜を操る太古の竜』が、ガリア国内を食らわんとした御伽噺ですか?」
今より昔。
火竜山脈の奥底に眠っていた最強の竜……、
今でこそもう、御伽噺か作り話の類とされるほどの伝説であるが、平民の間では真実だと思っている者も多いようだ。
「そんな御伽噺があるんだ」フリーレンは言った。
「そういえば聞いたことあるわ。ガリアで流行っている『イーヴァルディの勇者』の最終章は、その内容を著しているって」
「あんたら、貴族の癖に知らねえのか」
と、店主は馬鹿にしたかのような口調で語気を強める。
「なんですってぇ!」とルイズは当然噴火するも、それを窘めてロングビルは尋ねる。
「で、あなたはその話を持ち出してまで、何を聞きたいのです?」
「へえ。その御伽噺の続きにはこうあるのでさ。『ガリアを食らわんとしたその太古の竜を討ったのは、平民の剣と賢者の魔法』と」
「……?」
「そしてその賢者というのが、今トリステイン学院で長をやっていると噂のオールド・オスマンという話でさ」
「……??」
あのスケベジジイが? かつてガリアを救った英雄だって?
ロングビルは首を思い切り捻った。
「太古の竜にとどめの一撃を与えた伝説の剣……。それを平民の間では『英雄の剣』として、秘かに崇められているんでさ。あっしもいつかはそんな剣を店内で取り扱ってみてえって、夢を見てるんでさ。いやああっしの想像の上を行く、それはもう素晴らしい見た目と力強さを備えた名剣なんでしょうねえ……! そんな剣が目の前にあったら、一万、いや十万エキュー、いや全財産はたいたって惜しくねえや!!」
少年のように目をキラキラさせて、店主は続ける。
「ガリア著の『イーヴァルディの勇者』によると、その平民の剣士と賢者は親友同士という話で、剣士がガリアを去る時、その剣を友情の証として賢者に手渡したという話がまことしやかに伝わっているそうでさ。その賢者がオールド・オスマンであるなら、今その剣が魔法学院に眠っている可能性が高いとみてるんでさ」
「へえ……、あのスケベジジ……、学院長に、そんな過去があったんですねえ」
イマイチ想像がつかなさそうな表情で、ロングビルは唸った。彼女の頭の中では、セクハラをかましてくるスケベ爺さんという姿しか知らないが……、本当なら人は見かけによらないものだ。
「夢を壊すようで申し訳ございませんが、少なくとも私の周りでそういった話は聞いたことはありません。けど……」
ここで一瞬だけ、誰にも気づかない角度で猛禽類のような眼になりながら、ロングビルはこう続けた。
「大変興味深い噂の提供には、感謝しますわ」
そう言って、全員店を出る。
「なんでえチクショウ……」とぼやいた店主は、彼女たちが去った十秒後か。
扉の目の前に落ちていた金貨を見て、驚きと嬉しさの歓声を上げた。
「あの学院長に、そんな過去があったなんて知らなかったわ」
「まあでも、あくまで噂の類ですし。あまり気にしすぎるのもよくないかと」
店を出て、ロングビルがとりなす。未だに彼女の中には疑問の色が浮かんでいた。ある意味、一番近く普段の学院長を見ているからというのもある。
「それにしても、『英雄の剣』かあ。所詮は平民の想像が作った剣だろうけど、ちょっと気にもなるわね」
「案外、大したことはないかもしれないよ」
フリーレンの少し冷めたかのような声に、ルイズは意外そうな表情を浮かべる。
「あら意外ね、てっきりあなたはそういうのにも興味を示すタイプだと思ったのに」
「だって、伝説って言う割には役に立とうとすらしない例を知ってるし」
フリーレンの脳裏に過るは、未だ里の奥で眠りについている『本物の勇者の剣』である。
実際に魔王を討ったヒンメルにすら抜かせなかったあの剣のことを思えば、名ばかりが広がることの無意味さに、思うところがあるのも確か。
「名ばかり有名になっても、実際に使われないんじゃ意味が無いよ。結局はそれを扱う人が一番重要だって、十年の旅で学んだからね」
フリーレンの過去を思うような声に、ルイズは「ふぅーん」としか、返すことができなかった。
あの後もいくつか店を回ったが、結局『土くれ』を追えるような情報は得られなかった。
世間を騒がせる盗賊は再び、トリステインの闇の中へと紛れて消えた。
「今日はもうここまでにしましょう」
いくつか回った後、ロングビル自ら切り上げを宣言する。
「でも……」と、碌な手掛かりを掴めなかったルイズは悔しそうな顔をするも、
「元々、そこまで込み入った調査をするつもりはありません。あくまで学院長個人の要望に、付き合っただけですので。それにかの有名な『土くれ』が、この程度の聞き込みで尻尾を出すなど露程も思ってませんし」
正論をロングビルに告げられ、ルイズも頷いた。
「お三方も、せっかくの休日でしょう? 始祖から頂いた休日を無駄にせず、楽しんでいってくださいな」
「ルイズ、お腹空いた」
フリーレンがお腹をさすってそう言った。
起きてまだ、何も食べていない。ルイズ達は馬車の中で軽くサンドイッチを食べたが、この寝坊助はさっき起きたばかりで何も食べていないのだ。
しおしお顔で俯くフリーレンに何とはなしにロングビルは、提案する。
「私の知っている店で良ければ、案内しましょうか?」
「え、そこまでしてもらっていいんです!?」
ルイズなんかはかなり仰天したかのような様子を見せる。
「私も小腹がすきましたし、せっかくですからね」
「はい、ありがとうございます!」
秘書の温かい提案に、ルイズは思わず頭を下げた。
「ここです。私が昔、給仕で働いていた場所なのですが」
ロングビルは店前にやってくる。店名には『魅惑の妖精亭』と書かれていた。
それを見たシエスタは「あっ!」と呟く。
「え、ミス・ロングビルはこちらで働いていたのですか?」
「はい。ここでオールド・オスマンにお会いして今の仕事を得るに至ったのですが……、まだやってるのかしら」
ロングビルは羽扉をあける。
「ジェシカ? ミ・マドモアゼル? いるかしら?」
「いらっしゃ……、って、まあ! ロングビルちゃんじゃないの! おひさしぶりねえ!」
やってきたのは、胸にもじゃもじゃの毛を生やした、ガタイの良い大男だった。外見は男らしいのに、動きはくねくねと女のよう。
初見のルイズとフリーレンは一瞬、怖気で身体を震わせた。
「っていうか、シエちゃんまで! お久しぶり!」
「はい、お変わりなさそうで何よりですわ叔父さま!」
一方、シエスタはこのクネクネのオカマとひしと抱き合う。
「知り合い?」ルイズは尋ねる。
「ええ、母方の親戚です。紹介しますね。ここの店主を勤めている叔父のスカロンです」
「あら、これまた可愛らしい貴族様ですわね! ウチの給仕服がなんとも似合いそうなオーラ! 時と場合が違えばあなたがここで給仕をしていた可能性もありそうな感じねえ! う~んトレビアン!」
スカロンはルイズを見るなりそこまでまくしたてる。ルイズは人生最大の身震いをした。
どこをどうトチ狂ったらこの変なオカマの下で働くことになるのだろうか、さっぱり想像できない。
「こちらも貴族の方かしら? お二人ともよくこちら『魅惑の妖精』亭に来てくれましたわ!」
スカロンはフリーレンにもウインクをする。
「うん、よろしく……」フリーレンもまた、ぷるぷると小動物のように震えながら、何とも言えなさそうな声で返事した。
(でも強いな……。かなり鍛えている。シエスタの血筋ならおかしくはないか)
「ねえミ・マドモアゼル。ランチか何かやってませんでしたっけ?」
「あら、食事をとりに来たのね! いいわ! せっかく来てくれたんだもの、特別お安くしてあげるわあ!」
その後、ルイズたちは昼食を机で囲んで取り始めた。
なんでも、この『魅惑の妖精』亭は、夜はきわどい恰好をした女の子たちが、飲み物や肴を運んでくれるので有名な店なようだ。
最近は昼にもなにか仕事を打ち出そうとしたのか、軽い食事も提供するようになったとか。
「え……、じゃあミスも最初はアレを……?」
ルイズは給仕に動いている女の子たちを見て、顔を真っ赤にしながら尋ねる。ロングビルも、顔を赤くしながら無言で頷いた。
「……トリステインにやってきて、右も左も分からなかった私を、最初に拾ってくださったのが店長でしたので……」
「そうそう! ロングビルさん、その美貌もそうだけど洗練した立ち振る舞いですっごい稼ぎ頭だったのよ! わたしとタメを張るぐらいだったんだから!」
聞いていたシエスタにそう補足するのは、スカロンの娘でこの店の看板娘ことジェシカ。
シエスタとは正反対の溌溂とした性格の彼女は、良くも悪くもタニアっ子らしいあけすけさで当時のロングビルのことを話していた(その横でロングビルは顔を真っ赤にしていたが)。
「それだけに残念だったわ。お得意様のオスマン学院長にスカウトされた時は。今からでも帰ってきてほしいって思うくらいよ!」
「たまーに、本当にたまーにだけど、ここが恋しくなる時もあるわ。本当にあのセクハラジジイが……」
酒を飲んでいるわけではないのに、酒乱のような口調でロングビルは軽く机をたたく。
「おーよしよし」とスカロンがなだめにかかる。
ロングビルはメイジであることは、周囲もすでに知っているらしいが、全然威張らないからか、周囲への親密度は高いらしい。
「ほんと、いつでも帰ってきてもいいのよロングビルちゃん。つらいこともあるでしょうけど、わたしたちはあなたの味方だからねえ!」
「ええ……、ありがとうございます」
ロングビルは小さく会釈する。食事をとり終えたルイズたちは、ロングビルの意外な一面を知れてちょっと微笑ましい表情を浮かべた。
食事を済んだ後も、ルイズ達は引き続き城下町を渡り歩いていた。
「……『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』?」
「はい、巷の奥様方に非常に人気なんですよ! 特に二章がすごいんです! ああやっと買えた! ずっと欲しかったんですこれ!」
「街に行きたかったのって、これが理由だったの。どれ……ってちょっと! 何よこの文! 汚らわしい! 汚らわしいわ!」
「そう言ってる割には興味津々じゃないですか、ミス・ヴァリエールも!」
とある書店で、ルイズとシエスタが本一冊できゃあきゃあ騒ぐ一面もあれば。
「う~ん、この壺はもしかして値打ちものかな?」
「貴族の嬢ちゃんお目が高い! それはシュペー郷が錬金で作成した壺で、好事家に見せたら金貨数枚じゃきかない代物ですぜ!! 今ならお手持ちのエキュー金貨だけで……」
「フリーレンさん、止めといたほうが良いかと。それは贋作です」
「あんた、危うく偽壺に全財産はたく羽目になりそうじゃないの! もうちょっと考えなさいよ!」
「だってぇ、面白いもの沢山あるし……、でもありがとうロングビル。助かったよ」
「いえいえ」
市場でそんな一幕もあり。
「はいこれ、『
「そんな! わざわざわたしのために、ありがとうございます!」
「いいのよ。あなたは花を咲かせる魔法が得意のようですし。同じ『土系統』のよしみです」
教師らしく、魔法花店でおすすめの教材を、ルイズに買ってあげるロングビルという一幕もあった。
これまた市場での買い物にて、
「あっ」
「ちょっとフリーレン! なに銀貨落としているのよ!」
「ごめんルイズ。ええっと……」
「仕方ありませんね」
ころころ転がる銀貨を拾おうと、もたつくフリーレンより先にロングビルが魔法を使って銀貨を拾い上げるという、
(…………)
「ほら、何やってんのよフリーレン! 次はあっちに行くわよ!」
しばし、銀貨を思うように見つめていたフリーレンは、ルイズの声に頷くことで返す。
そんなこんなで、気づけば街が夕焼けで染まり始める。
トリスタニアの街並みはすでに、夜の色を見せ始めていた。
「ミス・ヴァリエール! フリーレンさん! そろそろ学院に帰らないと」
「あー、もうそんな時間なのね……」
かなり残念そうな表情を、ルイズは浮かべた。もっといたいけど、流石にこれ以上残ってたら明日の授業に間に合わない。
「馬車の手配は済ませましたので、それで帰りましょう」
「そうね。……ミス・ロングビルはどうします?」
結局、付き合わせてしまった学院長秘書に、ルイズは尋ねた。
ロングビルは微笑みを浮かべ、
「私はこのまま、『土くれ』に関する聞き込みを続けます。明日には帰るつもりですので、お気になさらず」
「そんな……、あの、わたしに協力できることって、ありますか?」
夜まで働くと聞いて、不憫に思ったルイズはロングビルの力になれないかと尋ねる。
「いえいえ、大丈夫ですよ。子供は将来に向けて勉強するのが仕事です」
ルイズの肩に優しく手を置き、ロングビルは答える。
ルイズはしばらく俯いた後、頷いた。
「本当に、今日一日ありがとうございました」
「本当にいいのですよ。困った時はお互い様。それだけです」
ロングビルは手を振って、ルイズ達が乗る馬車を見送る。
ルイズとシエスタが、馬車に乗った時だ。
「なにしてんのよフリーレン。早く乗りなさいよ」
フリーレンだけが、しばし馬車の前で佇んでロングビルを見つめていた。
「ちょっとだけ待ってて。私もロングビルにお礼を言いたいから」
そう言うと、ロングビルに手招きして、ルイズ達に聞こえない距離まで、彼女を誘った。
「なによ、もう……」
仲間外れにされたルイズは口を窄めた。
「何か御用ですか? フリーレンさん」
ロングビルはにこやかに尋ねる。
「今日はありがとうね、ロングビル。特に偽物鑑定は助かったよ。危うく素寒貧になるところだった」
「本当に、びっくりしましたもの。あの
なんだ、そんなことを言いに来たのかと。ロングビルは事務的な笑顔を浮かべて対応する。
ひとしきり笑いあった後、おもむろにフリーレンは尋ねた。
「一つ聞いていい? どうしてエルフである私を、こんなにも助けてくれたの?」
「……なにって」
「だって、聞き込みの後もずっと私たちに連れ添ってくれたよね。わざわざ聞き込み時間を削ってまで。それに食堂での時も」
「ああ、ありましたねそんなことも……」
フリーレンは今日のことを振り返って問う。彼女だって暇じゃないはずなのに、午後からは率先して自分たちのフォローに回ってくれてた気がする。
それに、まだ自分が学院に来て間もない頃、トネーとキュルケの喧嘩を仲裁したのもロングビルだ。いくら学院長に頼まれたからと言っても、エルフが異端という価値観が当たり前の世界において、彼女の対応は自分に寄り添ったものが多かった。
だからこそかもしれない。
「そこまで世話を焼いてくれた理由を、聞いてみたくなったんだ」
さて、真剣な面持ちで問われたロングビルはというと、
「まあ、学院長からのお願いというのもありますけど……」
ロングビルは目を伏せる。
脳裏に浮かぶ、今、空の大陸でひっそりと暮らすハーフエルフのことを。
彼女もその長耳を持つが故に、人のいる場所へ出られない、閉鎖的な生活を余儀なくされている。
もしかしたら、無意識に重ねていたのかもしれない。目の前のエルフ少女と、彼女のことを。
「あなたのように、不憫な目に今も遭っている子を知っているから……、他人事とは思えなかったのでしょうね」
それを聞いたフリーレンは、口元を少し緩ませた。
「そっか、教えてくれてありがとう」
そしてロングビルに手を向ける。ロングビルも微笑みを浮かべて握手する。
「私も今日一日、ロングビルを見てきて、悪い人じゃないのは良く分かったよ。だからどうしても最後に、ロングビルにだけ言いたいことがあったんだ」
「なんでしょうか?」
ロングビルは気軽に尋ねる。フリーレンはあっけらかんとした表情で言った。
「もう盗みは、やめた方がいいよ」
「――――ぇ?」
ロングビルは一瞬、何を言われているのかまったく分からず、思考を空にした。
しかしフリーレンは、まったく冗談を言っているような面持ちはせず、懐から小石と、銀貨の二つを取り出し見せる。
「この小石は昼に拾った、ゴーレムだった瓦礫の破片。そしてこっちは、さっきロングビルが『浮遊』で拾ってくれたお金なんだけど……」
ロングビルは茫然とした様子で、フリーレンを見つめる。何か言おうにも、言葉が上手く紡げない。
大公失脚の報を聞かされた時以来の緊張と動揺が、彼女に言葉を紡がせなかった。
先ほどまで贋物も見抜けずしおしおしていたから、ずっと愛玩犬のような表情しかしてなかったから、すっかり油断していた。
彼女は間違いなく、純度百パーセントのエルフなんだという事。個人対個人なら、メイジがどうあがいても太刀打ちできない存在であるということに、今更ながら気づかされた。
「この二つから、まったく同じ魔力の波長を感じた。そして今日一日立ち振る舞いを見ていたけど、明らかに裏事に慣れているでしょ。役職でいったら『
ここでロングビルは、背筋がぞわぞわするような、言いようのない悪寒に包まれていった。
まさか、あの銀貨を拾うのにもたついた姿勢から、ずっと疑っていたとでもいうのだろうか……! だからわざと魔法を使わせて……!!
「ロングビルでしょ。『土くれ』のフーケの正体は」
動悸が激しくなり、呼吸が荒くなる。無意識に握りこんでいた拳の中は、汗が溜まり始めていた。
まさか、こんなにもあっさりと、自分の正体を見抜いてくるなんて!
誰にも気取らせなかったというのに――――!
目が泳ぎ始めるロングビルの不安を見て取ったのか、安心させるようにフリーレンは続ける。
「安心して、今すぐこれを誰かに、それこそルイズにも言うつもりは無いよ。でも……本格的にルイズが『土くれ』調査に乗り出し始めたら、どうなるかは分からない」
ロングビルの胸中はもう、安心して良いのか、動揺と不安という感情で、ごちゃまぜになっていた。
しかし当のフリーレンは、あくまでも淡々とこう続ける。
「だから、止められるなら止めてほしいかな。ルイズだって悲しむだろうし。まあロングビルのことだから、盗みにも多分理由があるんだと思うけど」
最後にこう言い残して、フリーレンは踵を返した。
「じゃあまたねロングビル。今日は本当に、いろいろありがとうね」
交じりっ気のない感謝の言葉。本当に彼女はロングビルの、今日の行為を感謝した言葉だった。
ロングビル……否、『土くれ』のフーケはしばし、路地の真ん中で佇んでいた。
ただ、フリーレンが放った言葉は、脅しや脅迫じゃない。完全に気遣いから来る忠告だ。
だからこそ、確信を持ってああいってきたのだろう。もう彼女に嘘は通用しない。
「盗みは止めろ……ですって?」
とたんに、フーケは整えた髪を掻きむしって髪留めを外す。
伊達でかけていた眼鏡は、からりと音を立てて地面に落ちる。
しかしそれに手を伸ばすことはしない。今の彼女は学院長秘書官ではなく、トリステインを震撼させている盗賊の目になっていた。
「あんたに何が分かるってんだよ……」
刹那、フーケの脳裏に過る、苦い記憶。
「マチルダよ、わしにもしものことがあったら、シャジャル様とティファニア様をよろしく頼むぞ!」
「待ってください! 父上は、父上はどうするのですか―――!」
投げかけた問いは、返ってくることなく父は内乱に巻き込まれ、仕えていた大公とともに処刑され……、やさしき妾のエルフも、その最中で命を奪われ……。
「あ、あなたは……?」
「良かった、大丈夫、私は味方だよ」
忌まわしきあの粛清の嵐の中で、家名も家族も仕えるべき主君も失い。
残ったのは妹同然に可愛がっている、大公の忘れ形見のみ。
その彼女の生活費を稼ぐために、こうしてトリステインまで出稼ぎにきたというのに……!
「それができたら、苦労するかってんだ!」
額に脂汗を溜めながら、フーケはやるせなさそうに叫ぶ。
どうして、どうして自分の人生にはこんなにもエルフが絡むのだろうか?
そんな風に黄昏れる彼女をよそに、壁越しに貴族の声が聞こえる。
「モット伯、『例の物』、無事届きました」
「うむ、まったく今日は良い買い物をしたものだ。『火竜山脈産ドラゴンの全身骨格』など、そうみられるものではあるまいて」
「モット伯の名声や格も、更に広まることでしょうな!」
「そうであろうそうであろう!」
連れている従僕と、そんな会話をしながら歩く、格式高そうなメイジたちが大通りを通っていった。
「ところで昨今騒ぎを起こす『土くれ』の件ですが……」
「なに、気にするところではない。私とて『波濤』の二つ名を持つトライアングルメイジよ。盗みに来るなら返り討ちにしてやるわ」
物陰から隠れていた『土くれ』は、それを聞いて細い路地裏を通る。
フリーレンからの忠告を、今はシャットアウトして。
世間を騒がせる盗賊は、今宵も跳梁跋扈する。
ロングビルの働いてた場所って「酒場」だけでどこかまでは不明なんですよね。
なので今作では「魅惑の妖精亭」で働いていたということにしています。