使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第20話『フリーレンの魔法講座① 魔力探知/防御魔法』

 

『土くれ』のフーケという、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れている盗賊がいる。

 

「あ、あわわ……!」

「あ、あのゴーレムは間違いない! 『土くれ』だぁああ!」

 

 フーケは北の屋敷に、宝石つきのティアラがあれば早速赴きこれを頂戴し、南の別荘に家宝の杖があればこれも頂戴し、東の邸宅に真珠の指輪があれば一に二もなく頂戴し、西のワイン倉にヴィンテージワインがあれば喜び勇んで頂戴する。

 

「も、モット伯! 早くお逃げを!」

「ば、馬鹿もの! これでも私は『波濤』の二つ名をとったモットだぞ! たかが木端メイジの土人形如き――――!」

「うわあ! モット伯が! モット伯が吹っ飛ばされたあぁ!」

 

 まさに神出鬼没の大怪盗。それが『土くれ』のフーケだった。

 

「まずい! 奴は間違いなく『火竜の骨格』を盗みに来たに違いない!」

「衛兵はまだか!? 早くやつを捕えて……ぐあぁ!」

「無理です! ゴーレムの練度が高すぎる! 魔法衛士隊も間に合いません!」

 

 フーケの盗み方は、千差万別だった。

 繊細かつ緻密に計画を練って、屋敷に忍び込んだかと思えば、白昼堂々ゴーレムを呼び出し強行突破に走ることもある。

 今夜、巻き起こっているこの騒乱は後者であった。

 

「あった」

 ゴーレムの肩に乗っていた『土くれ』のフーケは、噂に聞く『火竜の全身骨格』が飾られた大部屋へ降り立つ。

「本当にまともな防犯魔法も仕掛けてないじゃないの。これだけ被害に遭ってまだ学ばないのね。この国の貴族共は」

 彼女の前にある、十メイルほどもある巨大な竜の骨格を見て、フーケは小さく頷いた。

 そのままフーケは杖を振る。ゴーレムを巧みに動かし、透明なケースに守られた地盤ごと『火竜の骨格』を持ち上げた。

 その間、フーケは壁にサインを残す。

 

 

「秘蔵の火竜の全身骨格。確かに領収いたしました。土くれのフーケ……と」

 

 

 サインを入れる傍ら、ふとフーケの視線に『あるもの』が過る。

「……ん?」

 隅にある木箱。おそらくこの『火竜の骨格』と共に買い物をしたのであろうが、その一つから、黒いオーラみたいなものが出ていた。

「なんだ……?」

 好奇心に駆られたフーケは、その箱の中を確かめる。

 

 中には、程よく折れ曲がった一本の角が入っていた。

 何かの怪物のものなのだろうが、フーケの中で思い当たる動物はいない。

 どうやらこの角が、先ほどから邪悪そうなオーラを発しているようであった。

 

(……このオーラ、身体に変な影響を及ぼすとか無いわよね?)

 

 でもこのオーラが変に気になったフーケは、折角だからこれも頂戴しようと思った。

 何かのいわくつきかもしれない。適当な背景をでっち上げられれば、もしかしたら高く売れるかもしれないし。

 そうと決めたフーケは早速この角が入った木箱も手にする。

 そして頂くものを頂いたら、もうこの屋敷に用はない。

 再びゴーレムの肩に乗り込んだフーケは、魔法衛士隊が来る前にさっさととんずらを始めた。

 

 

 トリステイン首都から外れた森林。

 魔法学院から馬車で四時間ほどの場所にある廃屋にて。

 

「……さて」

 無事逃げおおせたフーケは、とりあえず盗んできた『火竜の骨格』を飾ったケースを、廃屋の横に置く。

 後で風呂敷みたいなものでも被せておくか。誰も来ないだろうけど。

「三千……か四千エキューは取らないとね。さて、どこが高く買ってくれるかしらね……」

 そんなことをぼやきながら、フーケはぼろのソファに身体を横たわらせる。

 彼女の周辺には、貴族から盗んだ宝物が散乱している。売り払う目途がつくまで、ここで保存しているのであった。

 学院には明日帰るが、いつ帰るかまでは伝えてなかった。まああのスケベジジイは気にしないだろうし。好きな時間に帰ればいい。

 今夜はここで休もう。そう思った時に過るのは、フリーレンの忠告だった。

 

 

 

『もう盗みは、やめた方がいいよ』

 

 

 

「――――クソッ!」

 悪態を一つ、宙に投げかけフーケは寝返りを打った。

 こうして彼女の忠告を無視して盗みを働いたわけだが。はてさて、あいつは周りにチクるだろうか。

 それならばもう、学院に戻るのすらもやめて、この国からとんずらしなければいけない。

 だが、魔法学院秘書としての給金も決して馬鹿にならない。この金も手を付けず、アルビオンの孤児たちに寄付していたのだから。

 それにこのまま逃げたら、周囲も自分が土くれだという確信を持つことだろう。そうすれば今後の盗賊活動にも支障をきたす。今まで自分がここまで盗みを成功させられたのは、顔どころか性別も知られていない『神出鬼没』で通ってきたからというのも、あるからだ。

 とりあえず、明日は素直に学院に帰ってみるか。無論、警戒は怠らないつもりだが。

 それに――――、

 

 

(『英雄の剣』か……)

 

 

 今日の聞き込みで唯一、有意義だと思えた会話内容。

 もし学院を離れるとしたら、かの剣を盗み出したその時だな。フーケはそう思って眠りについた。

 

 

 

 フリーレン召喚から14日後。

 トリステイン魔法学院。学院長室にて。

 

 

「おぉ、ご苦労だったのうミス・ロングビル。わざわざ王都に出向いて貰って、さぞ疲れたじゃろう」

「いえ、これぐらいは問題ありませんわ、オールド・オスマン」

 ロングビルは優雅に会釈し、学院長に報告する。

 一方、オスマンは新聞雑誌のような紙を両面で広げ、巷で起こった新情報(ニュース)について目を通す。

「ふむ、件の『土くれ』がまだ昨夜現れたそうじゃのう」

「ええ、私も独自に調査をしていたのですが、足取りを掴めず……、申し訳ございません」

「いやいや、きみに危害が及ばなくて何よりじゃよ。ミス・ロングビルや」

 そう言ってさりげなくお尻に向かう手を、ぱしりとロングビルは払った。オスマンは不満げな表情を隠そうともしない。

 

「まったく、油断も隙もありゃしない」

「ま、まあまあそうカッカしなさんな」

 

 悪びれもせず腫れた手をさするオスマンを見て、ロングビルはため息をついた。

 本当にこのスケベジジイが、かつて平民と一緒にガリアを救った英雄なのだろうか?

 古代竜がその昔、ハルケギニアに現れ、そして討たれたという話はロングビルも聞いたことはあるけど、いざこの爺さんが当事者と言われると、どうしても納得しがたいものがある。

 

 ロングビルがそんなことを考えているとは、露程も知らなさそうな表情で、オスマンは椅子に深く座り直す。

「とにかく、調査ご苦労であった。今日一日は自由時間としてあげるから、残りの仕事を片付けるなり休むなり、好きにしなさい」

「ご配慮いただき、ありがとうございます」

「ええよ、わしも眠いし。それじゃあおやすみ」

 オスマンはそう言って、机に突っ伏してそのまま寝入っていく。単に自分も寝たいからフリーにしたんだろこのジジイ。ロングビルはそう思っていた。

 ロングビルは再び嘆息する。……とりあえずこの反応を見るに、自分が『土くれ』であるとは知らなさそうだ。

 本当に、あのエルフ……、フリーレンは何も言っていないらしい。

 

(まあでも、油断は禁物か……)

 

 ロングビルは仕事の一つでもある、宝物庫整理用のリストに目を通す。つらつらと下まで文字を眺める内に、彼女の目は一瞬、猛禽類のそれに変わった。

 

 

 あった。一番下のリストに。

『英雄の剣』と書かれている。

 

 

 とりあえず、あの店主の言っていたことは嘘ではないらしい。他にも『破壊の杖』とか、いろいろ気になる宝物はあるけど、次にもし盗むとしたらこれにしよう。

 ロングビルはそう考え、本当にフリーレンが自分のことをしゃべってないか確かめるために、今度はルイズの様子を見ようと足を動かした。

 彼女は良くも悪くも顔に出るためわかりやすい。ルイズの表情を見れば、自分が盗賊であったことがバレたか否か、分かるはずだ。

 

 

 

 さて、そのルイズ達はというと。

 ヴェストリの広場にて、使い魔フリーレンの魔法講座が今、始まろうとしていた。

 

「いよいよフリーレンの魔法講座が聞けるのね。楽しみだわ」

 生徒役としてこの場に参加したのは、キュルケとタバサ、そしてルイズ。二人は使い魔のフレイムとシルフィードをそれぞれ、隣に侍らせながら用意した椅子に座っている。

 タバサに至っては、机に羊皮紙羽ペンと、学院の授業以上に勉強する姿勢を見せていた。

 ……というより、この講義の発端はタバサなのである。食後のプリンと引き換えに、直々に魔法について講義をしてほしいと。気合の入り方も違うというものだ。

 

 

「あんたら、午後の授業はいいわけ?」

 自分以上に興味を持った表情を浮かべる二人を見て、ルイズは呆れ顔。

「いいわよ。どうせ次は根暗のギトーの風自慢講座だし。聞く価値を天秤にかけたらこっちに傾くのは当たり前よね」

 キュルケの軽口に、タバサも小さく頷くことで答える。彼女の机には、フリーレンが前に書いた〝ハルケギニア用一般攻撃魔法〟の魔法陣の用紙もある。

「まあ、いいわ」と、ルイズもそれ以上咎めることなく椅子に座り直す。

 ルイズは自分が魔法で入れた紅茶を啜りながら対面、魔法で黒板をぶら下げているフリーレンの方を見た。

「ねえフリーレン。もう誰も来ないだろうし、そろそろ始めましょうよ」

「もうちょっと待ってて」

 多量に平積みされた本の奥から、声が飛んでくる。

 やがて、その奥からぬっと使い魔、フリーレンが姿を現した。

「よし、それじゃあタバサからずっと頼まれていたこと。私の世界の魔法講義について始めようか」

 

 

(あ、いた)

 丁度この時、ロングビルは建物の死角から、この様子を窺っていた。

 勿論、音を立てないよう細心の注意を払って。誰かが『ディテクトマジック』を使わない限り、まず気づかれない自信がある。

 どうやら講義かなにかをしているらしい。ちょっと気になったので、そのままロングビルも聞き耳を立てる。

 

「まず最初に気になったんだけど。ハルケギニアって、『ディテクトマジック』以外に魔力を探知する技術は無い……って、断定して良いんだね」

「ええ、そうね。そう聞いてはいるわ」ルイズは簡潔にうなずく。

「一応、強者同士ならかけられた魔法のレベルで、ランクを見極めることはできるわ」

 一度それで決闘騒ぎを解決したことがあるキュルケは、自慢げに髪をかき上げながら言った。それにタバサもウンウンと頷く。

「そうだね。それは本にもあった『強者は強者を知る』って格言のことだね」

「フリーレンの世界じゃ、魔力を直に見ることができるのよね?」

 かつてヴェストリの広場でルイズの魔力を見定めていた時の現象を思い出し、キュルケは再度尋ねる。

 

「オスマンにも言ったけど、魔力探知は敵の気配や技量を〝魔力〟で測ることができるから便利なんだよね。慣れれば遠距離からでも探知できるし。敵の技量や気配を測り間違えて気づいたら死、っていうのは魔法使い同士の戦闘でよくある死因の一つに数えられるからこういう形に尖っていったんだよね。――ロングビルも聞いてるってことでいいんだよね?」

 

 フリーレンの言葉に、三人はビクッとして反応をしめす。タバサに至っては一瞬杖を取って臨戦態勢を取っていた。これはどちらかというと、気づかれずに背後に立たれたことに対する防衛によるところが大きいが。

「ひゃい!?」

 勿論、これ以上に驚いたのはロングビルだった。どうやら、魔力探知の講座から先に入ったのは、このためであったらしい。当たり前だが、フリーレンには最初から感づかれていたようである。

 

「み、ミス・ロングビル! トリスタニアから帰ってきていたのですか?」

 ルイズも慌てた様子で、おずおずとやってくるロングビルを見た。

「す、すみません……。ちょっと、気になるものでしたから……、つい遠くから見学させていただいてました……」

 小さく頭を下げながら、ロングビルはすばやく周囲を注視する。もし正体が知られていたら、これ以上は逃走できなくなる可能性が高い。

 

 逃げるか、否か……。

 逡巡していた後、ルイズが先にロングビルに向かって頭を下げた。

 

「あの、昨日はどうもありがとうございました!」

「へ? あ、はい……、昨日はお疲れさまでした」

 ルイズが笑顔でそう言ってくるので、思わずロングビルもそれに倣った。

 

(ほ、本当にチクってないのかい……?)

「あの、この講義については学院長から許可をもらってますので、どうか、見逃していただけると……」

「え、いえ! 他国の魔法技術を学ぶその姿勢は、すごく大事だと私も思いますよ! 気にせず、続けてくださいな」

 ちょっと食い気味に、ロングビルはルイズに賛同する。すると彼女は「よかった!」と笑顔を見せた。

 

 この様子、本当に知らないらしい。自分が『土くれ』であることを……。

 

 ロングビルは最後に、フリーレンの方を見る。彼女も意味深な表情を浮かべるも、その後小さく首を振った。

 それを受けて、ロングビルも少し心音を落ち着ける。

 

「まあこんなわけで、遠くにいる魔法使いの魔力を探知することもできる。魔力を探す技術が『ディテクトマジック』一点しかないことは、逆に言えば『魔力を隠す技術』も相応に拙いということだから――――」

「学べば、多くのメイジの痕跡が人知れず辿れるということ」

 タバサが手を上げ、フリーレンの言葉を捕捉する。

「うん、便利でしょ」

「ええそうね! これなら『土くれ』の痕跡も追えるんじゃないかしら!」

 ルイズが早速意欲を見せる。キュルケやタバサも「これは便利」とばかりに頷きを見せた。

 ……ロングビルは、静かに顔を真っ青に変えていくが。

 

 

(じょ、冗談じゃないよ……、もう盗みなんて、リスクがでかくてできないじゃないの……!)

 

 

 そんな彼女の心情とは裏腹に、フリーレンは周囲を見て続ける。

「現状だと、私が最初みんなに教えるとしたら、この〝魔力探知〟と、あともう一つ〝防御魔法〟かな」

「防御魔法?」ルイズ達は再び、首を少し傾げた。

「あ、時々やってたわね。あの六角形の障壁みたいなの」

 キュルケは手をポンと叩く。タバサも頭の中で、彼女がたまに作る魔法壁を思い出した。

 

「そう」フリーレンはそう言うと、三人の前に立ち、右手を差し出す。

 すると、彼女の掌の上から、六角形の一片が展開された。

 

「〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟を防御するために作られた魔法防御。現代の魔法戦において、防御と言われたらまずこれを指すっていうくらい有名な守りの要だ。これを――――」

「ちょ、ちょっといいですか? フリーレンさん」

「なに? ロングビル」

「わ、私もこの講座に参加してもよろしいですか? ちょっと、興味を引かれるものがありましたので」

 少しでも、フリーレンの魔法知識を修めておきたい。思考を切り替えたロングビルは、オスマンからもらった休み時間をこの講義に当てることにしたのだ。

 断られるかと思ったけど、当のフリーレンからは「いいよ」という快諾を貰ったので、立ちながら話を聞くことにした。

 

 

(こいつが一体どういうつもりなのかも、ちゃんと見極めないとね……)

 

 

「話がそれたね。まずは〝防御魔法〟を学んでもらおうかな」

「防御魔法なんだ? あたしは〝一般攻撃魔法〟についてもっと知りたかったんだけど」

 

 

 一般攻撃魔法って何ですか?

 

 

 あ、ええと……、それはですね……。

 

 

 ルイズとロングビルがひそひそ声で会話をする中、フリーレンはキュルケの質問に端的に答える。

「生存率に直結するからね。特にルイズ。貴族の矜持は立派だと思うけど、碌に自分を守る手段もなければ一時撤退する判断もできてないから、危なっかしくて見てられないんだよね」

「うっ……」

 ルイズは呻いた。それと同時に大雨の中、オーク鬼に襲われた時のことを思い返す。

「ま、まあ確かに。進んであんな目には遭いたくないわね……」

「〝防御魔法〟があったら、オーク鬼の攻撃をやり過ごしながら逃げることも、反撃の隙も作れただろうから。ルイズやキュルケみたいな前に出がちな魔法使いにこそ、学んでほしいんだよね」

「……さらっとあたし、ヴァリエールと一緒の戦闘レベルってこと?」

 イマイチ納得いかなさそうな表情を浮かべるキュルケだが、フリーレンからすればあんまり変わらないというような表情を浮かべる。

 

「私からすれば、まともな〝前衛〟も〝防御魔法〟もないのに突っ込む魔法使いなんて、自殺志願者と呼ばれてもしょうがないんだけどね」

 

 オーク鬼がさして強くなかったからよかったけど、あんなマネを北部高原でやったらまず死は避けられない。そういう意味でもフリーレンは語気を少し強めて言った。

 彼女の言に強く出られないルイズやキュルケは、しおしお顔で反省の色を見せる。

 

 

「じゃあ、早速習得に入るんだけど、その前に一つ」

 ここでフリーレンは、真剣な面持ちで尋ねる。

「この世界の魔法は、始祖ブリミルから与えられた奇跡の力。それを使ってエルフが守る聖地を目指せ。それが六千年前から続く教えだってことは、良く分かった」

「ええ、それが?」

「だから言うんだけど、私の教える魔法はもしかしたら、この世界では〝異端〟ってことになる可能性は高い。一応、私の扱う魔法はエルフ独自じゃなくって、人間でも使える魔法なんだけど、(エルフ)が教える以上理解は得られないかもね。それでも大丈夫?」

 

 この魔法を学ぶことで、将来の人生が狂うかもしれない。

 勿論、フリーレンは純粋な善意で魔法を教えるつもりだが、周囲がどう思うかまでは分からないことだろう。

 そういう意味でフリーレンは尋ねたが、真っ先にそれに答えたのがルイズだった。

 

「何を言うのよ、わたしはあなたの魔法しか使えないのよ。どこへだってついていくつもりよ」

「わたしも、今更気にしない」

「二人に置いていかれたくはないし。ゲルマニア人はそういうのどうでもいいと思ってるから。問題ないわ」

「私も、ぜひ教えてください」

 四人が快諾したので、フリーレンはそのまま講座を続けた。

 

 

「じゃあルイズ、こっちきて」

 言われた通り、ルイズはフリーレンの元へと向かう。

「左手を出して、目を瞑って、集中して」

 これも言われた通り、ルイズは手を出し、目を瞑る。

 フリーレンも左手でルイズと握手する。周囲はそれを見守っていた。

 

「今から、契約のルーンの回線を通じて〝防御魔法〟のイメージを送る」

「ええ、〝お茶を出す魔法〟や〝リンゴの色を変える魔法〟とかと同じ感じよね」

 

 ルイズは目を瞑ったままそう言った。

『契約』の導線があるため、ルイズが民間魔法を比較的容易に取得、会得しやすいのだ。

 

「あら、もうキスはしなくていいの?」

 キュルケはからかうが、

「いちいち接吻は非効率すぎるからね、同調も進んだしこっちに変えたんだ」

 フリーレンは効率面からと、返答する。

 

「ちょっと左手と頭が熱くなるかもだけど、我慢してね」

 やがて、握手していたフリーレンの左手……、『ガンダールヴ』のルーンが光り輝く。

 それと同時に手が光り、その輝きは次第にルイズの手から腕に伝わり、そして身体中に広がって消えていく。

 目を瞑っていたルイズは、少し苦悶の表情を浮かべていた。何度かこうやって魔法を会得したけど、この風邪を引いたかのようなモヤモヤはどうにも慣れない。時間が経てば消えるんだけど……。

 

 

 やがて、暗闇の視界の中に、白い枠が描かれていく。

 枠は六角形の形状を成し、半透明な膜を張った、一片を作り出す。

 それがどんどん生まれだし、やがて集まりだして隙間なく合体していく。

 

 

「ぷはっ!?」

 そこまできたとき、ルイズは目を開けた。

「終わったよ」フリーレンは手を掴んだまま、膝をついたルイズに言う。

 

「便利ねぇー」キュルケは思わず呟いた。

「そんなんで魔法を習得できるなんて、改めてすっごい使い魔を召喚したわねルイズ……って、ごめんフレイム! あなたに不満があるわけじゃないのよ!」

 キュルケの言葉にムッとしたのか、主人の赤髪を食み始めるフレイム。タバサもまた、無言でシルフィードを見つめていた。

 シルフィードは「自分じゃ不満か」という目線を送っていたが、主人(タバサ)の視線は変わらず。どんな心情があるかどうかは、当人たちにしか分からないことだろう。

 

「じゃあルイズ、実際に防御魔法を出してみようか」

「え、ええ」

 

 フリーレンの手を借りる形で、ルイズは起き上がった。

 一呼吸整えた後、目を瞑って先ほどのイメージを、頭の中に思い浮かべる。

 そして今度は、そこに自分の魔力を絡ませて、掌の上に出せるよう集中を始めた。

 すると――――、

 

「おお……」

 

 目を開けたルイズは、思わず声を漏らした。

 彼女の手の先には、フリーレンが先ほどしたような六角形の一片、防御魔法のかけらが確かに生成されていた。

 

「それをゆっくり、たくさん増やして結合させて」

 ここでフリーレンは、手を放して一歩下がる。

 言われるがまま、ルイズは掌の上にたくさんの六角形を生み出す。

 やがて、手を振り払って多量の破片を動かし、目の前に〝盾〟として再構築を始めた。

 数分かけて、ルイズの前に、フリーレンと同じような〝防御魔法〟が構築されることとなった。

 

「へぇ……これはまた」

 ロングビルも、感心したようにルイズの前に近づく。

「触っても?」

「は、はい。大丈夫です」

 ルイズの許可をもらったので、ロングビルはコンコンと手の甲で叩く。

「不思議な魔法壁ですね。魔法だけを防ぐってわけじゃないのか……」

「攻撃魔法に同調して、威力を効率よく分散させる術式を組み込んでいる。先も言ったように、当時猛威を振るった“人を殺す魔法(ゾルトラーク)”の対処策として生み出されたものだよ」

「その魔法については先ほどミス・ヴァリエールから聞きましたが……、その、どうにも信じられず……」

 

 なんでも防御を貫く閃光魔法とか、今時思春期の男児くらいしか妄想しない魔法を聞かされたロングビルの思考は、若干上の空だ。

 実物も無しにそんな魔法があるなんて言われても、想像できないだろう。

 

「後で見せてあげるよ」

 フリーレンはそう言うと、今度はキュルケを手招きした。

「キュルケ」

「なに?」

 ここで、使い魔のフレイムとじゃれていたキュルケは立ち上がる。

「キュルケはこの防御、壊せると思う?」

「えー? まあ、どうかしら」

 キュルケもちょっと顎に手をやって考える。

 ルイズの爆発を防いではいたけど、最初に見た時は結構ボロボロにされていたし。完全無欠なバリアーってわけじゃないのだろうとは思っていた。

 まあ、いざ自分があれを壊してみようってなると……ピンとは来ない。でもルイズにできるのなら、できないとは思わないけど。

 するとフリーレンは、更にこう続ける。

 

「試してみる? どのくらいの性能があるのかみてみたいでしょ?」

「ちょ、ちょっとフリーレン!?」

 

 ルイズは慌てた調子を見せるが、フリーレンは落ち着かせる。

「大丈夫だよ。絶対に壊れないから」

「ふぅん……」

 この言い分には、ちょっとカチンときたような表情を浮かべるキュルケ。

「そういうなら、試してみましょうか?」

 豊満な谷間から、するりと杖を抜く。ロングビルとタバサは、少し距離をとった。

 

「え、え? ほ、本気でやるつもりじゃないでしょうね!?」

「本気でやるにきまってるじゃない。あなたの使い魔が太鼓判押したのよ?」

「ほらルイズ、防御に集中して」

 

 杖を突きつけるキュルケを見て、本格的にルイズは焦り始める。仇敵故に、ツェルプストーの操る火の威力は知っている。まともに直撃したら、火傷じゃすまないのは良く分かっていた。

 

「言っとくけどフリーレン。あたしの炎……、この身体に流れるツェルプストーの火は、ただ燃やすだけじゃないわ。『燃やし尽くす』のよ。色んな知識を漁るあなたのことだから、それも分かったうえで言っているのよね? それでも本気で良いのね?」

「うん。キュルケの『炎球』はオーク鬼の時に見たけど正直、あれぐらい(・・・・・)だったらヒビも入らないから、本気でやっていいよ」

 そう言うとフリーレンもルイズから少し距離をとった。

 

 彼女からすれば、挑発ですらない只の事実。しかしそれを聞いたキュルケからは、笑みが消える。

 あの時は雨が降っていたから威力が削がれているのもあった。だが今日は晴天。火力は十全に担保されている。

 それでなおこの言い方をされたら、貴族として、火系統の名家として生まれた血筋として黙ってはいられない。

 

「ルイズ、もし火傷を負ったらあたしじゃなく、あなたの使い魔を恨みなさい」

 

 そう言うと、キュルケは杖を上に向ける。炎のような赤毛が、熱したようにざわめき逆立つ。彼女の真上に、直径一メイルの炎の球が現れる。トライアングルクラス相応の『炎球』だ。

「ちょ、ちょっと待って―――――!」

 未だにあわあわするルイズをよそに、キュルケは躊躇なくそれを、鬱憤をぶちまけるような所作で叩き付ける。

 

 ドゴン! と衝撃音と熱気が広場全体に走った。

 

 キュルケはしばし、細目で煙の先を見る。

 ……ちょっとやりすぎたかしら? なんて思い始めていた。今のは火傷どころか体の一部が炭になってもおかしくないだろう。

 タバサも、ロングビルも晴れゆく煙の先を見る。ただ、フリーレンだけは相変わらずの無表情で様子を眺めていた。

 

 

 果たして、ルイズは無傷だった。

 彼女の目の前に展開される、未だ無傷の六角構造の盾が、先の炎を完全に防いでいたのだ。

 

「――――うそ……」

「無傷……ですか?」

「すごい」

 キュルケ、ロングビル、タバサ、それぞれ三者三様に感想を漏らした。

 

「……っもう! 本気でやらないでよ! びっくりするじゃないの!」

 

 ルイズが、盾の奥から冷や汗交じりに叫ぶ。

「ルイズ、防御解かないで、まだ維持してて」

「へ……? きゃあっ!?」

 返事を待たず、第二波、第三波の火球が、何発もルイズの盾に直撃した。

 何かの間違いだろうとばかりに、キュルケが立て続けに魔法を放ち始めたのだ。

「これでっ……どう!?」

 再び杖を振り上げる。

 今度は三メイル程の直球の炎球が生成された。彼女の本気、最大火力の『炎球』だろう。

 

 

 ……あれは正面だけじゃ防げそうにないな。側面や真後ろからの余波で火傷を負うだろう。

 

 

「ルイズ、今度は〝全面展開〟のやり方を教えてあげる」

 フリーレンはそう言うと、再びルイズに近づき彼女の左手を掴む。

「え、な、なにを……!」

「い、く、わ、よ! 二人とも!!」

 刹那、キュルケは巨大な火球を二人に向かって叩きつける。

 火球はもうもうと燃え上がり、小さな火柱を生み出した。

 しばし、ルイズ達のいた場所は炎で荒れ狂うが、その先にあったのは――――。

 

 

〝防御魔法〟をバリアのように、球状に展開しているルイズとフリーレンだった。

 当然、二人が火傷を負ったような姿は見受けられない。

 

 

「……はあぁ」

 キュルケはその場で膝をついた。

「悔しいけど、今ので精神力(たま)切れだわ……」

「本当に、ヒビ一つ入ってませんね。……すごい硬度」

 ロングビルも一瞬考える。果たして、自分のゴーレムだけでこれは壊せるのか? と。

 

「タバサ、あんたやる?」

「いい。あなたで壊せないならわたしも無理」

 

 タバサは静かに首を振った。自分の操る氷の魔法は、速度はあるが火力面で劣る。

『破壊力』においては自分以上と思っていた炎の親友でも無理なら、自分でも破壊は不可能だろうと、即座に判断する。

 

「これが私の世界の〝防御魔法〟だよ。〝人を殺す魔法〟を防ぐために、八十年以上かけて構築された、人類の英知の結晶だ」

 

 防御魔法を解除し、ルイズと離れた後、フリーレンは告げる。

「よぉくわかったわ。あなたの世界の魔法はどうやら、ハルケギニアとは思いっきり、レベルが違うってことがね」

 キュルケが最終的にそう締める。

 ロングビルもタバサも、この魔法壁の強度に驚いていた。

 ハルケギニアにも『水の盾(ウォーター・シールド)』とか『風の盾(エア・シールド)』とか、各系統に則った防御呪文は無いわけじゃないけど、それに比べれば月とすっぽん、アリとドラゴンの差があるのは明白。

「質問」

 ここでタバサが手を上げる。

「なに? タバサ」

「この防御魔法、他の魔法と併用できるの?」

 純粋な疑問府を浮かべて、彼女は尋ねる。フリーレンはあっけらかんとした様子で答えた。

 

「併用も何も、魔法使いの戦闘では〝飛行〟しながら常に〝魔力探知〟でどこに〝防御魔法〟を展開するとか、考えながら〝一般攻撃魔法〟、ないし独自に鍛えた魔法を撃ち合う戦いになっているからね。それぐらいは今時の三級魔法使いでも当たり前のようにできるよ」

 

「……仮に、わたしたちはあなたの世界で言うと何級になると思う?」

 フリーレンの世界では、魔法を『検定』で判別する協会があることを思い出したタバサは続けて尋ねる。

 フリーレンは少し、顎に手をやって考えた後。

「分かんないけど……仮にこの中で、単独で魔物討伐とかを任せられそうだと思えるのはタバサとロングビルくらいかな」

「え、あたし論外なの?」

「わたしも!?」

 ルイズとキュルケが同時にかみつくが、

「だって二人とも、あの程度のオーク鬼相手でいっぱいいっぱいだったじゃん」

「で、でもあたしトライアングルよ、これでも一応……」

「魔力やランクは関係ないよ。この二人は〝実戦〟を知ってる。戦う上で何が重要で今どうするべきかっていう経験を積んできている。それが何よりも重要だよ」

 しれっとロングビルもその中に加えられたことで、ルイズとキュルケは思わず、学院長秘書に注目を集める。

 戸惑うロングビルをよそに、フリーレンは続ける。

 

 

「魔法使いの資質を決めるのは魔力(ランク)だけじゃない。技術や経験、扱う魔法や操作精度(コントロール)、努力と根性。……そして才能だ」

 

 

 魔法は戦闘次第で、自分より魔力が下の者に負ける可能性は十分にある。複数の手があるじゃんけんのようなものだ。

 勿論、ハルケギニアでも戦上手のドットが、スクウェアを打倒することもある。その理論を知っているタバサは、何も言わずにフリーレンの言葉に傾聴していた。

 

「素質は磨いていけば良い。ルイズもキュルケもそういう意味ではまだまだ原石だ。勿論タバサやロングビルもそうだよ」

 そして最後に、こう締めくくる。

「それだけに、こうした日々の訓練が何よりも大事になってくるんだ。だから私が最初に一番、皆に教えるべきはそれかな。私も、私を認めてくれたみんなを死なせたくはないからね」

「フリーレン……、わかったわ」

 ルイズは力強く、頷いた。

 確かに自分は、実戦を知らないという意味ではまだまだ『ひよっこ』ということなのだろう。

 日々の修行が大事。それを何よりも思い知っているルイズは、フリーレンの言う事に素直に頷いた。

 

 未熟であることを認め、その上で先に進めばいい。

 少なくとも自分はもう、『ゼロ』ではないのだから。

 

「だからまずはルイズは勿論、タバサやキュルケも、これをいつでも自在に展開できるように、イメージする修行から始めようか」

 フリーレンはルイズに向き直る。

「ええ、そうね」

 ルイズも素直に頷いた。

 と、ここで再びタバサが手を上げる。

「もう一つ、実はあなたに頼みたいことがある」

「なに? タバサ」

「〝防御魔法〟も確かに重要だけど、〝一般攻撃魔法〟。これを……」

 タバサは一呼吸区切って、更にこう続けた。

「もうすでにわたしは〝会得〟したから、ちょっとだけでいい、見てほしい」

 

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