使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第22話『英雄の剣』

 

 夜の帳が完全に降りたトリステイン魔法学院。

『休暇』として去った筈のロングビルこと『土くれ』のフーケは、秘蔵の宝を盗みに学院へと舞い戻っていた。

 

 

(学院の本塔にある宝物庫。そこに『英雄の剣』があることは確認済み。でも……)

 

 

 ここでロングビルは思い出す。

 宝物庫へ侵入すること自体は随分前から考えていた。そこである時、宝物庫へ入ったことがあるらしいコルベールから、色んな情報を聞き出したことがあった。

 自慢の色気を使い引き出した情報では、

 

 1.宝物庫は数多のスクウェアメイジが寄り集まって作られたもので、魔法でこじ開けるのは絶対不可能。

 

 2.しかし物理的な力にはそこまで耐性が無いらしく、例えば巨大なゴーレムによる攻撃なら壊される可能性はあるのではないか。

 

『まあ、そんな状況は天地がひっくり返ってもあり得ませんでしょうけどな!』

 そう言って笑っていたコルベールの暢気な表情まで、フーケは思い出す。

 

「物理衝撃が弱点だって? こんなに厚かったら、ちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないじゃないの!」

 フーケは今、魔力と共に存在も隠すという魔道具『隠ぺいのローブ』を頭から羽織った状態で、宝物庫の塔の側面に立っていた。

 そして足先から、壁の強度を測っている。極まった土系統ならではの技術だ。

 

「やっぱり、『ここ』から直接侵入するには、リスクが大きいか」

 

 だが、フーケは特に困らなかった。なぜなら既に『別の侵入経路』について、心当たりがあるのだから。

 本塔から一足飛びで降り立ったフーケは次いで、ヴェストリの広場を疾走する。

 壁を背に預け、足音を立てずにさらに進む。

 するとどうだろう。自分が背にしている壁際の窓から声が聞こえてきた。

 音からして女子の声。廊下側から聞こえてくる。

 フーケは窓の下へしゃがみ込み、その身を隠しながら会話に耳を傾ける。

 

 

「ところでルイズ、フリーレンはどうしたの?」

「実はさっきね、あの子、シエスタのほら……友達、なんて言ったっけ」

「ええと、ローラだっけ?」

「そう、その子の故郷がオーク鬼に襲われた。って連絡が来たらしいのよ。シエスタが大慌てで部屋にやってきてさ。それでフリーレン、ローラって子の村へ飛んでいったのよ」

 

 どうやらルイズとキュルケの二人らしい。フーケは内心、大量の冷や汗をかいた。

 今最も会いたくない二人だ。もしバレていたとしたら……。

 だが、どうやら『隠ぺいのローブ』の効果はあるらしい。少なくとも壁際から話を聞いている自分に気付いているようには感じられない。

 

 

「あら、結構な非常事態じゃないの。で、この真夜中に一人で向かったってワケ?」

「そうなのよ。本当はわたしも行きたかったんだけどね。飛べないし、フリーレンはローラって子を担ぐだけで精一杯らしいからね。……だから早く〝飛行魔法〟を教えてほしいって言ったのに」

「しょうがないじゃない。フリーレンに文句言ったって。……それにしても、最近オーク鬼の被害が増えてるのが気になるのよね」

「何かあったのかしら」

「さあ、住処でも追われたりしてね」

 

 そんな感じで、廊下を歩きながら会話を続ける二人。その声も、だんだんフーケから遠のいていく。

 フーケは二人が去るまで、息をひそめてやり過ごす。

 

「で、あんたはこんな夜中にどこ行くの?」

「ちょっと魔力操作の修行よ。早く『爆発癖』は克服したいし。この前習ったことを一度、全部反復したいと思ってるの」

「あら、あたしはあの『爆発』、結構便利だと思うんだけどね。タバサやフリーレンもそう言ってたじゃない」

「またあんたは他人事だと思って! 爆発『もできる』と爆発『しかできない』じゃ話は全然違ってくるでしょ!」

「はいはい、まあ頑張んなさいなルイズ。帰ったらフリーレンによろしく言っといて。タバサも次の講義を早く受けたいとか言ってたから」

「分かったわ。じゃあおやすみキュルケ」

「じゃあね~」

 

 小声のような音量でそんな会話を耳にした後、二人は別々の方へ去っていったようだ。

 

(……行ったか)

 フーケはぐったりとそのまま尻もちをついた。

 それにしても心臓に悪いことこの上ない。もし〝魔力探知〟があったらこれでもうゲームオーバーだったことを考えると……。

 こんなに冷や汗を大量にかく盗みは、最初で最後にしたいものだ。

 

 だが一方で、幸運ともいえる情報も手にできた。

 とりあえず、『隠ぺいのフード』はきちんと〝魔力探知〟にも効果はあるらしいということ。

 そして何よりフリーレンは今、いないらしい。このチャンスを逃す手はない。

 魔法のフードをより深く被りなおした後、例の場所……、ヴェストリの広場まで向かった。

 

 

 

 誰もいないヴェストリの広場の中へ、フーケはまい進する。

『ライト』をつけるのすら自重して、夜目と記憶、そして盗賊の勘を頼りに、手探りで壁を触って『それ』を見つける。

「あった、このヒビだ」

 

 

 それは、かつてギーシュとマリコルヌが決闘騒ぎを起こした際、フリーレンの放った〝貫通魔法〟で小さな亀裂の入った壁だ。

 

 

 フーケは壁を手に置く。この周辺の壁は宝物庫の外壁と同じくらい、強力な『固定化』や『硬化』の魔法がかかっている。

 それもそのはず、調査をするうちに分かったのだが、この壁の裏には『宝物庫へ続く特別な地下通路』が通っているからである。

 どういう理由でこの設計をしたかは不明だが、なんにせよ、この手段を使わない手はない。

 フーケは杖を取りだした。誰もいないことを確認し、静かに『錬金』を唱える。

 

 

「――――えっ?」

 ヴェストリの広場の反対側。学院の窓からの光で若干明るさが残っているアウストリの広場にて。

 そこで魔力操作の修行をしていたルイズは、遠くから漏れたその『魔力の残滓』を、確かに感じ取った。

 

 

 再び、場面はヴェストリの広場にて。

 果たして、壁はあっけなくガラガラと崩れ落ちる。

 破片は容赦なく地面へ吸い込まれていくが、『サイレント』を展開しているおかげで、この音が外部に漏れることはない。

 

「良かった、計算通りだ」

 

 杖を振って邪魔な破片を取り払うと、その先の地下へと続く、微かな風がフーケの顔を撫でる。

 ここから、下へ降りられる。

 フーケはすばやく、身を翻して通路へ降り立つ。

 

 より暗闇が深くなった視界。フーケは『暗視』の魔法を唱える。これで少しは闇の中でも何があるかが掴める。

 だが……、

 

(……あれ、こっちであってるのかい?)

 

 足元にはより下へ誘う階段が見える。宝物庫の場所は塔の最上階。どう考えても別方向の通路のように思えるが。

 だが、フーケは階段を下りる。『見えない力』に、引っ張られていくように。

 何故か深く考えることをせず、フーケは階下を進んでいく。十段、二十段、いや、それ以上だろうか。

 かなり深い。空気も淀んだモノに置き換わったような気がする。動悸が激しくなるのは、緊張だけではないはず。

 

(この下、何があるんだ……?)

 

 やがて、フーケの視界の先には、松明で薄く照らされた広間があった。

 その先には五メイル以上もある大きさの、両開き式の扉があった。

 

 

 

 荘厳な石造りの扉には絵が刻まれている。四人の人間が、街を燃やしている巨竜と戦っているようだ。

 一人は剣、一人は杖、一人は……耳が長い。もう一人は……上半身が擦れて上手く見えない。だが、下半身はドレスらしきものが描かれている。だとすると女性だろうか?

 

 

 なんかの歴史絵なのだろうか? どちらにしろ、今のフーケにはどうでもいいことだ。

 

 

(この中に、何かとてつもないお宝がある)

 もしかしたら『英雄の剣』だろうか? 好奇心も相まって、フーケは扉に手を触れ、厚さを測った。

 すると薄っすらと、扉から光が漏れた。なにがしかの結界だろうか?

 だが……、光が弱い。経年劣化で力が落ちているのか?

 なんにせよ、これなら自分の『錬金』で破壊できる。そう思えるくらいに脆くなっているようだ。

 

「何か良く分からないけど、せっかくだから入らせてもらうよ」

 

 フーケは『錬金』を唱える。すると扉に、人ひとり分入れる穴が出来上がる。

 ゆったりと、扉の向こうへ入ったフーケは……ここでより空気が重くなったかのような圧迫感を感じた。

 

 

「はっ……はあっ……!」

 

 

 緊張で息が乱れる。自然と汗が垂れる。

 なんだ? 目の前にある『これ』は何だ?

 丸柱の上に置かれているもの……心臓か? これは……。

 

 よく見れば、まだ脈打っているような気がする。この得体の知れないもの……生きている心臓は、光の鎖でがんじがらめにされていた。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。

 

 フーケはそれ以上の思考は一切せず、無意識に心臓へと手を伸ばす。まるでこの心臓に導かれるかのように。

 恐怖で手を震わせながら、それでも手にするのを強制するかのような……。見えない因果が働いているかのよう。

 

 

 

 

 そこから先、フーケの記憶はトんだ。

 

 

 

 

「――――あれ? 私……」

 フーケが気付いた時、『錬金』で侵入した地下通路の真ん中に立っていた。

 何があったのか、思い返そうにも『何も思い出せない』。

 暗いから『暗視』の魔法を唱えたところからしか、記憶が無いのだ。

(しかも、携帯用の小鳥魔法人形(ガーゴイル)も無いし、一体どうなってんだ?)

 思わず懐を探すと、愛用していた魔法人形も無いことに気付く。

 小さい宝なら括り付けて飛ばすことで、先んじてアジトまで送り届けてくれる鳥型の魔法人形。結構活用していたし、確かに持ってきたはずなんだが……。

 

(って、違う違う! 早く『宝物庫』に行かないと! この絶好の機会を不意にしてたまるか!)

 

 せっかく、フリーレンがいない隙を狙えたのだ。

 地図によれば、間違いなくこの道の先……。階下へと伸びる階段から逆方向に進めば、上へと上がれる道に当たる。そこは宝物庫から直通の『裏道』なのだ。

 早く先に進もう。足音を消して進むロングビルだったが……。

 

 

「なに、この壁……誰か入ったってこと?」

 

 

 聞き覚えのある声に、フーケは身体を跳ね上げた。

 思わず振り返った先、『錬金』で破壊した入り口近くに、誰か入ってきていたのだ。

 穴から月光が注がれているため、この距離でも互いに誰か、分かってしまった。

 

「……え、ミス・ロングビル? ですか?」

「……チッ」

 

 フーケは苦い顔で、舌打ちを鳴らした。

 その音でさえ、閉所なので反響してルイズの耳に通る。

 

 

 一方のルイズは内心、混乱していた。

 修行中、不審な魔力を探知した彼女はひそかにヴェストリの広場へと向かったのだ。

 調べてみたら、いつのまにか学院の壁に大きな穴が開いていた。

 何があってこんなことになったんだろう? そんな好奇心を持って中に入ってみると、そこに帰った筈のロングビルがいた。

 

 冷や汗が流れる。

 何故? 彼女がこんなとこにいるの? この穴はなに?

 暗くて狭い通路。そして巷を騒がせているという盗賊の噂。そこから導き出される答えは――――、一つ。

 

 でも、ルイズは信じたくなかった。

 一昨日も、街中で自分や使い魔を助けてくれた、凛々しくも頼れる学院長秘書官が、まさか『土くれ』のフーケだなんて……。

 

 

「あ、あの……」

「ミス・ヴァリエール。こんなとこで何をしているのですか?」

 機先を制するように、まずフーケが口火を切る。口調こそ穏やかだが、何か嫌な予感は否応なしにルイズの中で膨れ上がっていく。

「え、いや! ミス・ロングビルこそ何をやっているのですか? 帰ったんじゃないんですか? それにこの穴はどういう……」

「ちょっと忘れ物があって、急ぎ学院に戻ってきたんです。そしたら壁にこんな穴ができていて……、私も、どういうことかと調査していたところなんですよ」

 

 笑顔を浮かべ、安心を与えるかのような口調で言ってきた。

 ルイズは一瞬、彼女の言い分を信じそうになる。いや、間違いなく少し前の自分だったら『信じた』だろう。

 

「ここは危険ですよ。もしかしたら『土くれ』が忍び込んだ可能性が高い。さあ、私と一緒に外へ出ましょう――――」

 

 そう言って、にこやかに手を伸ばしてくる。でもルイズは気づいていた。

 そのもう片方の手で、背中に隠した手で、秘かに魔力が集中しているのを。

 フリーレンに教えてもらった〝魔力探知〟が、彼女が自分を欺こうとしていること、全ては演技だという事を、嫌というほどに如実に教えてくるのだ。

 

「……ではミス・ロングビル。その、後ろにやっている手を、見せてもらえませんか? もし杖を持ってなかったら……、信じます」

 

 震える声で、ルイズは言った。事実、信じたかった。

 助けてくれた頼れる大人が、自分に騙し討ちを仕掛けようとしている。そんなこと信じたくなかった。

 だが、フーケの目はその瞬間、鋭い目線へと変わる。

 

「……そうかい」

 間髪入れず、フーケは杖を振った。

 地面に散らばっていた破片が一個、浮き上がりルイズに殺到する。土系統の呪文『土弾』だ。

「――――ッ!」

 ルイズが目を見開いたその次の瞬間には、着弾、轟音、そして砕けた土煙が周囲を覆う。

 だが、フーケの目は『仕留めた』という楽観的なモノではない。むしろ先ほどよりも強い『警戒』の色で染まっていた。

 

「……くそ、大人しく今ので寝てりゃあ良かったのに」

 

 今の『土弾』は、ルイズの鳩尾を狙ったものだ。もし当たっていれば気絶で済ませられるよう、威力は調整してある。

 しかし、顔をしかめるフーケの正面には、ルイズが依然無傷で立っていた。あの六角形の〝防御魔法〟が、先の『土弾』を防いでいた。

 

 

「どうして? わたしたちを……ずっと、騙していたの……?」

 

 

 ルイズは声と同時に拳も震わせる。

 怒りもある。だが、それ以上に悲しみが襲って来た。

 今まで懇意にしてもらってきただけに。それら濁流となった感情を吐き出すかのように、ルイズは叫んだ。

 

 

 

「うそつき!」

 

 

 

 それを聞いたフーケは、逆に覚悟が決まったかのような表情を浮かべる。

 素早く杖を振る。ここは閉所であるため、そこまで巨大なゴーレムは展開できない。できたとしても、彼女の〝防御魔法〟を破れるとは限らない。

 

(だが、破れないならそれなりに対処策はある!)

 

 これがもし完全初見だったら、何が何やら分からずやられていた可能性もあったろう。

 だが、この前フリーレンの魔法講座に参加したことで。ある程度知識を取り入れられていたことが幸いした。

 あれからずっと脳内で対策を練っていた。そのうちの一つをまずは披露する。

 フーケは粉々になった破片に向かって『錬金』を唱える。すると、周囲の破片はより粉々となり、煙幕という名の砂塵を作り出す。

 

「な、なに……!?」

 

 ルイズは困惑を浮かべながらも、身の危険から〝防御魔法〟を全面展開する。

 彼女の周囲は、六角形で覆われた球状のバリアが展開された。

 更にその周囲を、砂塵が覆う。安全は確保されたが、視界は完全に潰された格好だ。

 

 どこから、何が来るのか分からない。

 もしかしたら、防御を解く瞬間を狙っているのかもしれない。

 そう思うと、ここから一歩も動けず、また防御を解くことすらもままならなかった。

 ここはまだ、戦闘経験が乏しいというのも起因していた。

 

 やがて、一分、二分……、いや、五分経っただろうか?

 防御魔法を五分以上全面展開(・・・・・・・・・・・・・)していたルイズは、ここでゆっくりと防御を解く。

 特に息切れを起こすこともなく、晴れた砂塵の先、周囲を見渡すと……、いつの間にか、フーケは消えていた。

 

「……しまった!」

 

 逃がした。

 さっきの煙幕は目くらまし。これに乗じて最初から逃げ出す算段だったのだ。

 勿論、ここまで来て逃がすわけにはいかない。

「待ちなさい!」

 そう叫んで、ルイズはフーケの後を追った。

 

 

(地図によれば、この先が宝物庫へ続く階段のはずなんだ……!)

 

 フーケは駆ける。

 ルイズに自分の正体がバレた以上、もうここトリステインに自分の居場所はない。

 ならば、最低でも『例の剣』を入手しなければ。空の国で暮らしているあの子たちを飢え死にさせないためにも。

『心臓』を盗んだことに関しては一切の記憶が抜け落ちていたフーケは、何としても例の剣……。『英雄の剣』を求めていた。

 

 

 やがて、フーケは宝物庫にたどり着く。今使っている通路は、宝物庫の裏口も兼ねているようだ。

 というか、本来は宝物庫から、あの地下通路へつながっているらしい。フーケは本来の用途から逆走する形となったのだ。

 フーケは扉を『錬金』で破壊する。こちらの扉はそこまで頑丈にできていない。すぐに破壊し、開けることができた。

 

 やっとたどり着いた宝物庫。

 

 ここには『眠りの鐘』だの、『嘘つきの鏡』だの、スレイプニィルの舞踏会で使われる『真実の鏡』だの、秘かに狙っていた『破壊の杖』だの、色々な魔道具(マジックアイテム)が保管されている。

 どれも好事家垂涎のアイテムばかり並ぶが、今回はゆっくりしている暇はない。

 フーケは持ち前の勘を発揮させ、この倉庫のような一室の奥に、一際大きな木製の扉があるのを見つける。

 鍵はかかっていたが、幸いにもこちらも、自分の『錬金』で破壊できた。

 杖を振って鍵を壊す。その先の一室はそこそこ広い。小さいゴーレム程度なら錬成できそうだ。

 

 さて、その空間の奥。

 火繊毛のしかれた絨毯の先、台座に刺さった剣がある。

 長さは一・五メイルほど。刀身が細い薄手の長剣だ。

 刀身は見事なまでに透き通っており、近づけばフーケ自身の姿も映し出すほどに磨かれている。

 

 すぐにピンときた。あれは間違いない。『英雄の剣』だと。

 

「こんなに簡単に見つかるとはね……!」

 フーケは早速引っこ抜こうとする。すると……、

 

 

「……んあ、なんだ、おめえさん」

 

 

「……うおっ!?」

 フーケはビビった。一瞬、柄から手を放して後ずさる。

 剣は、触れるなりカチカチと鍔を鳴らし始めた。そこから声が出てくる。

「い、インテリジェンスソードだったのか?」

 意志を持つ魔剣。歴史の影ではこういった魔道具も珍しくはない。

 だが、まさか英雄と言われた剣がそれとまでは思わなかった。

 

「なあ、おめえさん……、今ブリミル歴何年だ?」

 剣は、気怠い声で尋ねる。

 

「へ?」

「いつだって聞いてんだ……。あれから何年経った? すっかり眠っちまってたからよお。……相棒は? オスマンの野郎はどうした?」

 

 オスマン? 学院長の名前が出て、フーケは一瞬呆気に取られる。

 だが……、『相棒』って誰のことだ? 古代竜を討ったという、例の剣士のことか?

 なんのことだか分からず呆然としていると、剣は眠気が混じった声色で続ける。

 

「なんだ、おめえさん。あいつらの知り合いじゃねえのか。……じゃあまだ眠いんだ。なんたってあの化け物竜の討伐ですっごい疲れたからなあ。もうちょい寝かせてくれ」

 そう言うと再び剣は黙り始めた。鍔から鼻提灯が浮かんでくる。本当に眠り始めたらしい。

 

(な、なんだかよくわかんないけど、多分こいつが『英雄の剣』ってことでいいんだよね?)

 

 先の古臭い会話を聞くに、相当年月が経った魔剣であることは確かなようだ。

 とりあえず、こいつを『英雄の剣』としよう。フーケは再び、引き抜こうと剣に近づく。

 そして、気づく。

 

「……ったく、しょうがない子だよ」

 

 姿が映るくらいに磨かれた刀身に映る、小さな人影。

 それを認めたフーケは、眼鏡を地面に落として、背後にいるルイズに向けて振り向いた。

 

「動かないで、ゆっくり両手を上げて、杖を捨てなさい」

 

 ルイズは毅然とした表情で、杖をフーケに向けていた。

 そこに一切の迷いはない。フーケの蛮行を、必死になって止めようとしている目だ。

 

 

 ……私も昔は、あんな顔してたはずなんだけどな。

 

 

 かつての宮仕えの記憶を思い起こしながら、フーケは小さく嘆息した。

「……いいからどきな。そうしたら無傷で見逃してやる」

「さっき石粒を放ってきたやつのセリフとは思えないわね。誰が信じるのよそんな言葉。ふざけないで!」

「死なせるつもりは無かったのは本当だよ。ちょっと眠っててもらいたかっただけさ」

 こればかりは本心だが……、まあ、だからといってそれで『危害を加えるつもりは無い』が通らないのは仕方がない。フーケもそこは分かっていた。

 

「だが、こっちだって必死なんだ。邪魔するというのならもう容赦はしないよ」

 

 猛禽類のような瞳に形を変え、フーケは杖を振るった。

『錬金』で地盤を砕き、そこから発生する破片を再構築してゴーレムを作り出す。大きさは五メイル程だ。

「食らいな!」

 フーケの叫びと共に、ゴーレムは巨腕を振り上げる。インパクトの瞬間、『硬化』で鋼鉄に仕上げた質量の塊をぶつける。

「――――ッ!」

 ルイズは〝防御魔法〟を展開した。巨腕がバリアと衝突し、室内に豪風を一瞬発生させる。

 

 ……ぴしり。

 

「え?」

(――――ッ!)

 ルイズは呆気に取られ、フーケは目敏く発見する。

 今確かに一瞬、魔法壁の中心にヒビが入ったかのような音が聞こえた。

 トライアングルクラスのキュルケの火は、全然余裕で防いでいたのに。

 

 あ、そうだ! しまった!

 ルイズは思い出す。昨日の講座の後、フリーレンから受けたアドバイスのことを。

 

 

『いいルイズ。〝防御魔法〟は確かに高性能ではあるけど、無敵じゃないというのは覚えておいて?』

『……というと?』

『質量にはそこまで強くないんだ。この防御壁は〝人を殺す魔法〟を防ぐ前提で作られたから。物理にまで性能を上げると術式が複雑化して展開に致命的な隙ができる。だから現在の魔法戦はその隙をついた〝質量攻撃〟が主流とまでなっているみたいだし』

『そう、なの……』

『だから、例えばフーケのような巨大なゴーレムを使う相手には、馬鹿正面に〝防御魔法〟は使わないでね。街中で壊れた屋敷を見る限り、まともに受けたら粉々じゃ済まないだろうから』

 

 

 そうだ、言ってた! 〝防御魔法〟は質量に弱いと!

 状況が状況で混乱していたため、そこまで頭が働かなかった。

 幸い、室内故そこまで大きなゴーレムじゃなかったため、破壊されることはなかったけど。〝防御魔法〟で何とかなると思っていたルイズは、一気に緊張感で冷や汗が流れ始める。

 

 一方のフーケも、バリアの奥でのルイズの焦りように、一縷の望みを見出す。

(まさかあの魔法壁、質量にはそこまで耐性が無いのか?)

 

 だとしたら僥倖だ。

 まだ、こちらにも勝ち目はあるかもしれない。フーケは更に杖を振るう。

 ヒビが入ってあわあわしていたルイズを、バリアごとゴーレムを使って掴み上げたのだ。

 

(このまま、握りつぶしてあの壁を壊してやる!)

 

 刹那、ゴーレムにありったけの魔力を送ることで握力を大きく引き上げる。

 バリアを張ったまま捕まったルイズは、ぴしりぴしりとヒビが入り始めるバリアを、恐怖と緊張の入り混じった目で見つめていた。

「安心しな、握りつぶすのはバリアだけ。あんた自身には気絶してもらうだけさ。それは保証するよ」

 無意識に、ルイズを殺すことを忌避しているかのような口調で、フーケは言った。

 ルイズは、歯を食いしばって杖を向ける。

 このまま、何も分からないまま気絶させられ、フーケを逃がす。そんなことしたくない。

 ルイズは目を瞑る。

 

 

『……じゃあさ、もしフーケと一人で出くわすこととなったら、わたしはどうすればいいの? 逃げるしかないの?』

『そうでもない。ルイズはすでに答えを得ているんだよ』

『……え?』

『〝一般攻撃魔法〟。ルイズ的に言えば〝一般爆裂魔法〟かな。あの攻撃の規模を上手くコントロールすることができれば、ゴーレムくらいなら跡形もなく吹き飛ばせる』

『え、あの魔法が……? そんなことになるの?』

『もしそんな状況に陥ったら試してみて』

 

 

 ルイズは目を開ける。

 一昨日言ってくれた、タバサの言葉もまた、脳裏をよぎる。

 

 

『いっそのこと、その爆発を持ち味としていかせばいい』

 

 

 そうだ。どうせ失敗するのなら、開き直って使えばいいじゃないか。

 このまま何もしなければじり貧で負ける。だったら賭けに出るしかない。

 ルイズは杖を、今にも握り潰さんとするゴーレムに向け、叫ぶ。

 

 

「――――〝一般爆裂魔法(ゾルトラーク)〟!!」

 

 

 魔力操作をかなぐり捨て、あえて爆発させることに割り振る。

 刹那、魔法陣の先から生まれた光球は、一瞬凝縮した後、巨大な大爆発を起こした。

 

 

 

「――――?」

「どうしたのよタバサ?」

 トリステインの女子寮。タバサの部屋にて。

 親友の部屋でマニキュアを塗っていたキュルケは、ベッドの上で正座して瞑目していたタバサが、急に眼を見開いて杖を手にし始めたことに驚きの声を上げる。

「なにか、巨大な気配を感じた」

「なによそれ? 一体何を感じたのよ?」

「わからない。だから確かめる」

 タバサ自身、まだ習い始めたばかりで朧げな〝魔力探知〟で、その結果を拾ったに過ぎない。言葉の端々に確信ではなく迷いがあるところからも、それは窺えよう。

 だが今は、この未確定な勘を信じることが大事だ。タバサは駆けた。親友の勘を信じたキュルケもまた、椅子から飛び跳ねタバサの後を追う。

 

 

 

「はあっ……はあっ……」

 かくして、ルイズの放った攻撃魔法で、ゴーレムは粉々に砕け散った。

 魔力の暴走にすべてを割り振った広範囲攻撃だったが、それが逆にゴーレムに対して特効になったらしい。魔法で動いていた無機質な岩人形は、跡形もなく砕け散った。

 一方、防御魔法を張ったままのルイズは無事だった。巨腕から逃れて地面に倒れたルイズは、ゆっくり起き上がって周囲を探ろうとする。

 

(どうなったの? フーケは吹っ飛んだの?)

 

 周囲を探っても、フーケらしき魔力や気配は感じない。

 一瞬、あれで倒したのではと思ったルイズは、〝防御魔法〟を解いてしまう。

 それが仇となった。

 

「隙あり!」

「あっ!?」

 

『隠ぺいのローブ』で魔力を絶っていたフーケが、土煙に乗じてルイズに飛びかかる。

 ルイズは〝防御魔法〟を張る暇もなく、組みつかれて倒れる。ついでに杖も遠くへ飛ばしてしまった。

 

「ったく……厄介極まりない魔法だよ。真正面からやったんじゃ、命がいくつあっても足りやしない」

 

 フーケは懐からナイフを取り出す。ギリギリまで気絶に留めようとしたけど、もしかしたらまだ何か隠し玉があるかもしれないと穿ち始めていた。

 万全を期すなら、ここで彼女の命を絶っておいた方がいい。時間ももうない。

 だが……、ナイフを振り上げるときになって、フーケは一瞬、ほんの一瞬だけ、手が震えた。

 

 なぜか、アルビオンで暮らしているあの子たちの顔が、脳裏に過ったからだ。

 

(今更、恐れているってのかい? ふざけるな……!)

 あれだけ奪って、必要だったら殺しもやって。

 手に血に塗れた自分が、何を今更、目の前の少女一人を害するのを恐れるのか。

 情に絆されたわけでもないのに。

 

 それともまだ、自分は人間でありたいと思っているのだろうか。

 両の手はとっくに血で染まっているのに。それでもまだ……。

 

「……ぐっ!」

 

 ルイズは、抜け出そうともがきながらも、じっとナイフを見つめている。

 死ぬのを覚悟しているのと、自分が本当に刺し殺すはずがないという、半々の感情。彼女もまだ、信じているのだろうか?

 たった数日、数日だけだ。

 それだけしかない時間で確かにあった、あの下らない会話を。そこで生まれた確かな楽しさを。彼女はまだ信じているのだろうか。

 

「フーケ……ロングビル先生!」

「……!」

 

 ルイズの必死の声に、心が思い切りぐらつくフーケ。

 だが、ここでつかまるわけにはいかない。

 早く、『英雄の剣』を盗んでここから脱出しなくては。そのためにはどうしても、ルイズも無力化する必要がある。

 フーケは最終的にこれは『必要な殺し』と断じて、振り上げたナイフをルイズに振り下ろそうとする……。

 

 

 

 

 

「そこまでだよ、ロングビル」

 

 

 

 

 

 振り上げた手は、動かせなかった。

 フーケは、自分の腕を止める声の主を見て、これ以上なく歯噛みした。

 覚悟を決めて目を瞑っていたルイズも、自分を助けてくれた正体を見る。

 

「フリーレン……」

 はたして、そこにいたのは使い魔エルフ、フリーレンだった。

 どうやらオーク鬼討伐からとっくに帰ってきていたらしい。

 

 見れば、先は閉まっていた宝物庫の大扉が開いている。自分たちのように裏道からではなく、正面から宝物庫の大扉を突破して入ってきたようだ。

『固定化』で非常に強化され、フーケですら正面突破は無理だと思っていた、あの扉を。

 

 

「ごめん、ルイズ。こうなるんだったらあの時――――」

 

 

 フーケは、何とかしてこの場を脱しようと、フリーレンに向き直ろうとする。

 しかし、それより先に、首筋にバチッとした衝撃が、フーケを襲った。

 何をされたのかは分からない。ただ、急速に意識が薄れゆき、身体が言うことをきかなくなって倒れていく。

 

 

「なあなあにせず、きちんと決着をつけておくべきだったね」

 

 

 心底残念そうな声が、鈴のように鳴り響いてくる。

 視界に闇が降りてくる。多数の足音が聞こえてくる。

 

 

「本当に残念だよ。ロングビル」

 

 

 それを最後に、フーケは意識を完全に手放した。

 




実績解除『フーケ越え……?』
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