使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第23話『忍び寄る不穏』

 

「――――っ」

 あれからどれくらい経っただろうか?

 徐々に、フーケの視界は光を取り戻す。

 瞼を何度かしばたたかせ、状況を把握しようとした。

 

「目が覚めたんだね」

 

 最初に映ったのは、フリーレンの揺れる白髪だった。

 次いで彼女の顔が鮮明に映る。その表情は無で染まっている。

 怒っているのか、悲しんでいるのか。容易には悟らせない表情。

 

「オスマン、起きたみたいだよ」

「おお……、そうか。しかしまさかミス・ロングビルが『土くれ』だったとはな……」

 

 フリーレンが視界から消える。すると端から学院長の声が聞こえてきた。

 ここでフーケは、身体を起こそうとして、まったく動かないことに気付く。

 やっぱり、きちっと拘束されているか……。下を見れば、魔法で作られたのだろう、光る縄で縛られているのに気づいた。勿論、杖は無い。

 どうやらここは、学院長室らしい。ソファには意気消沈したルイズが、その隣にフリーレン。そして壁際には騒ぎを聞きつけてきたキュルケとタバサ。

 そしてセコイアのテーブルを挟んでオスマンが座っており、その隣にコルベールが控えていた。

 

「ずっとあたし達を騙してたってことかしら? 泥棒の『土くれ』さん?」

 キュルケが、呆れたような声をと共に自分を見下ろす。フーケは何も言わず、寝返りを打つ。口は塞がれていないが、足は縛られているせいで立つことができない。

「それにしても、随分と無謀なことしたわね。メイジどころかフリーレンもいる中で学院の宝を盗もうとしたんだから」

「……フン」

 フーケは縛られながらもふんぞり返る。ここまでされてしまったらもう、逃げることは不可能だ。

 やけっぱちな感情が、フーケをそうさせていた。

 

「しっかしショックじゃわい。未だに信じられん。こんなに美人だというのになぜ盗賊なんか」

「オスマンは、どういう理由でフーケを雇ったの?」

 

『魅惑の妖精』亭での話を思い出したフリーレンは、オスマンに尋ねる。

 周囲も気になったのか、学院長に視線が一気に集まった。

「出会ったのは街の居酒屋でな。わしはその時客で、彼女は給仕をしておったのだが、ついついこの手がお尻を撫でてしまってな」

「で?」コルベールが声を上げる。

「おほん、で、それでも怒らないから、秘書にならんかと尋ねたんじゃ。おまけに魔法も使えるというのでな」

「死んだほうがいいのでは?」

 理解できないとばかりにコルベールが呟く。周囲の女性陣も(フリーレンを除き)ジト目で睨み始める。

「じゃって、じゃってしょうがないじゃろう? くつろぐわしに向かって何度も媚を売ってきて、愛想よく酒を勧めてくれての、魔法学院長は男前で痺れます! って、のう!」

「言うな言うなもう言うな! 私だって明確なメリットや給金が無ければ、だぁれがお前みたいなすけこましジジイに媚うるかってんだ!」

 身体をバタつかせてフーケは喚く。どうやら当時の彼女は彼女なりに、かなりプライドをかなぐり捨てていたらしい。

 

「……それで、『魅惑の妖精』亭のみんなも騙してたってわけなの?」

 

 やがて、ルイズがぽつりと呟く。

 おそらく思い出しているのだろう。『魅惑の妖精』亭のみんなとの、和気藹々としていたやり取りのことを。

「みんな、あなたのこと信じてたのよ? なのに……」

「……はっ、そうだよ。今の私は金が全てさ。貴族の誇りとか、周囲の縁とか、そんなんじゃ食ってけないご身分だからね」

「なぜ、金が要るんじゃ?」

 今度はオスマンが尋ねる。

 するとフーケは「はっ」と呟いて、

「ふん、とるに足らない、下らないことさ。どうでもいいことだよ」

 投げやりな感情で、笑ってみせた。

 しばらく空虚な笑いが、部屋に響き渡る。

 

 

 

「人はどうでもいいことに命をかけない。私の戦友の言葉だ」

 

 

 

 それを遮るかのように、口を開いたのはフリーレンだった。

 それを聞いたフーケも、笑いをやめて、静かになる。

「……もういいんだ。本当に。終わっちまったことさ」

 どうせ、このまま宮廷に突き出されることだろう。自分の運命はもう、終わったようなものだ。

 多分縛り首、良くて島流し。どっちにしろハルケギニアの大地に立つことは二度とない。

 

「ふむ、確かにそうじゃろうが、幸いにもお主が『土くれ』だと知っているのはこの場にいる面々のみ。学院の宝も、盗まれたわけじゃなく未遂に終わった」

 この時はまだ、想像だにしてなかったのだろう。学院の最深部でまさか、『あの心臓』を盗まれていたことなど。

 当時の記憶が抜け落ちていたフーケも、当然オスマンの言葉に疑問符を浮かべずに聞き続ける。

「どうじゃ? もしお主が今までに盗んだお宝を返すというのであれば、裁判の際に弁護はしてあげてもよいぞ? 勿論そっちの事情を聞かせてもらうのが条件じゃが」

「今更、ジジイの弁護が何の役に立つってんだ。私がどんだけこの国の貴族をおちょくり倒したか、知らない癖に」

「ほっほっ、こう見えてもわしは王宮の連中に顔が利くんじゃがのう。だからこそ、この国の『教育』という重大な機関のトップについておる。そんなわしの言葉を、連中は無下にはせんじゃろうて」

 

 オスマンは髭をしごきながら、笑った。

 ……そういえばこのジジイ、大昔にガリアを巨竜から救った英雄の一人だとかほざいていたな。まあ、今でも嘘くさいと思ってるけど。

 

「人生、なにが結果をもたらすか分からないものじゃ。どうじゃ? なんでこうしたかだけでも、話してはくれんか?」

「……やけに甘い対応するじゃないのさ」

「なに、このままお主を突き出しては、この色々と煮え切らない感情をどうすればよいのか、延々持て余し続ける生徒がおるからのう」

 

 オスマンは優しい目をルイズに向ける。

 フーケも、一瞬視線をルイズに移す。その瞬間、記憶の中で、アルビオンに暮らす孤児たちのことが思い浮かんだ。

 まだ、生き残れる可能性があるのなら、それに賭けてもいいだろう。フーケも観念したようにため息を吐く。

 

「……分かった。返すよお宝全部。でも先に言っとくけど、私が根城にしていた廃墟はオーク鬼の住処になっちまった。お宝も、奴らによって壊された物が大多数だよ」

「なに、大体の物ならわしやミス・フリーレンが修復してみせよう」

 

 オスマンは太鼓判を押す。まあ確かに、この二人なら大概のものは修復できるのかもしれない。フーケは思った。

 こうなると、逆にまだ売り払う前で良かったと、心から思う。修復できるのであれば八~九割の宝が返還されることとなる。

 

「では早速、そのアジトへの案内を頼みたいのじゃが……。さて、当然お主一人で行かせるわけにもいかない。他に彼女の案内に付き合う者は――――」

 

 すると、真っ先に杖を上にあげた者がいた。ルイズだ。

 周囲は一気に、視線を彼女に集める。

 

「オールド・オスマン。できればその任、わたしにやらせてください」

「し、しかしミス・ヴァリエール……! これは危険です!」

 コルベールが諫めるが、彼女の心情を汲んでいたオスマンは、そっと手で遮った。

 

「では、任せてもよいかの?」

「はい」

 

 ルイズの決意ある目を見たオスマンは、満足そうな表情を浮かべた後、フリーレンに向ける。

「ミス・フリーレンはどうじゃ? どうやらオーク鬼も屯しているようじゃからな。お主もいてくれるならありがたい」

「私? まあ別にいいけど。報奨次第かな」

「ちょ、ちょっとフリーレン! なに見返り要求してんのよ! あんた主人のメンツ考えなさいよ!」

 ルイズは慌てて、口を挟む。

「申し訳ございませんオールド・オスマン! フリーレンには言って聞かせますので」

「いや構わん。特に彼女はエルフじゃからのう。爵位など申請もできんし、代わりのちゃんとしたお礼は用意すべきじゃ」

 そうじゃのう……、とオスマンは首をひねった後。

 

「『フェニアのライブラリー』の閲覧許可証などはどうじゃ? お主は本が好きなようじゃからのう。学院の本全てを解禁してあげるぞ」

「いいよ、乗った」

 

 好きなだけ学院で本が読める。

 そう聞いたフリーレンは、これ以上ない笑顔を浮かべて、オスマンと握手した。

 ちなみにオスマンがこれを解禁したのは、彼女が『虚無』を調べられるようにという、意味合いも含まれているのだが。

「まったくもう……」と、腰に手を当て悩ましい顔をするルイズの背後で、今度はキュルケが杖を上げた。

「ヴァリエールには負けられませんわ。あたしも行きます」

「キュルケ! あんた……」

 ルイズが何か言い切る前に、今度はタバサも杖を掲げる。

 

「タバサ、あんたはいいのよ? 関係ないんだし」

「覚えた魔法を鍛えたい。それに心配」

「……ありがとう」

 

 キュルケは嬉しそうに、タバサに寄りかかる。

「ミス・フリーレン、彼女たちも同行して良いかの? なに、心配はいらんよ。ああ見えて、ミス・タバサは『シュヴァリエ』の称号を持つ騎士じゃ。お主の足手まといにはならんじゃろうて」

「え、本当なの? タバサ」

 今度のキュルケは驚いた表情で、今度は親友を見た。

 

「純粋な技量と功績で与えられる爵位だね。爵位としては最下位だけど、金や地位で得られないっていう」

「おお、博識じゃのう。もうそこまで調べておるのか」

 

 立ち振る舞いや攻撃系魔法に対する貪欲さといい、只者じゃないと思っていたフリーレンは、さして動じない。

「それにミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系で、彼女自身の炎もかなり強力と聞いておる」

「え!? あ、……はい。そう……ですね」

 ふむ? とオスマンは首をかしげる。自信家である彼女を褒めたつもりだったのに、すごい反応に困ったような表情を浮かべたことに疑問に思った。

 両手の人差し指でつんつんして押し黙る彼女をよそに、今度は自分の番とばかりにルイズは胸を張る。

 オスマンは困ってしまった。『虚無』の事は大っぴらに言えないし。どうやって褒めようか? と、思案していた矢先、

 

「大丈夫だよ。ルイズのことは私が良く知ってる」

「……うむ、そうであろうな。それにお主が来てからというもの、ミス・ヴァリエールは『民間魔法』で多大なる成長を果たした。それに先の騒動も、フーケとたった一人で敢闘したわけじゃからの。今更、オーク鬼どもに遅れなんぞ取るまいて」

 

 フリーレンがそう言って来たので、オスマンもおほんと咳を一つして周囲にそう伝える。

 素直に褒めてくれたので、ルイズも嬉しそうに微笑んだ。

 

「では、お主たちに改めて任ずる。オーク鬼が住まうアジトに赴き、『土くれ』のフーケが盗んだお宝を、見事奪還して来るのじゃ」

「はい、杖にかけて!」

 

 三人の少女はそう言うと、杖を掲げる。

 フリーレンも、忠誠を誓うとかはこの際おいといて、杖を出して上に構え、ルイズ達に倣った。

 

 

 さて、一方その頃。

 フーケの住んでいた廃墟には、再び数体のオーク鬼達が屯していた。

 一度これだと住処に決めると、中々そこから立ち去ろうとしない。これもオーク鬼の習性の一つだった。

 彼らはこん棒を振り回したり、小動物を狩って食べたり、あくびをして五体を投げながら、それぞれ暇な時間を潰していた。

 室内の宝はもう、彼らの所有物となったらしく、壊れたものや汚れたものが散乱している。それはもう無残なものだ。

 ただ、それでも廃墟の隣にある、『邪気を放つ木箱』には、手を出してなかったが。

 

 

 そんな彼らを異変が襲うのは、この数秒後のこと。

 

 

「ぷぎ?」

 

 一匹のオーク鬼が、上空から落ちてくるものを見つける。

 上空を飛ぶ鳥型の人形が。どうやら何かを落としていったらしい。

 人形の方は分かる。よく人間のメイジが使役するのを知っている。

 

 だが……、この鳥が落とした『もの』は何だ?

 見たところ心臓のようだが……。

 

 すると次の瞬間、心臓から数多の肉の触手が伸び、『邪気を放つ木箱』へと吸い込まれていく。

 まるで木箱から放つ黒の瘴気に中てられたかのように。多数の触手を伸ばした心臓は、そのまま木箱の中へと吸い込まれていった。

 

 何事だ? この異変を見たオーク鬼たちが全員集まってくる。

 すると今度は、木箱の中から先程よりも強靭な触手があたりに飛び散り、オーク鬼たちを絡めとった。

 

 ぴぎゃ!

 

 ぷぎぃ!

 

 自慢の怪力も一切無意味。

 そのまま引きずられていくように、オーク鬼たちは木箱の中へ吸い込まれた後、多量の血を噴き上げていく。

 しばらくして、今度はバラバラになっていた『火竜の全身骨格』を、同じような要領で取り込み始めた。

 

『肉』に『骨』。二つの物質を手にした心臓は、更に大きく動き出し始める。

 次の瞬間、血まみれとなった木箱は粉みじんに吹き飛び、その正体を外へと投げ出す。

 

 黒曜石の如き黒々とした外殻に鋭い爪。それらを身に纏いながら。

 かつてガリアを蹂躙した太古の竜……古代竜(エンシェント・ドラゴン)の心臓は、異国のドラゴン……、暗黒竜の放つオーラに中てられ、再起動を始めたのだ。

 

 外へ出た、せいぜいがまだ二メイルほどだったその竜は、周囲の石や砂、草木を取り込み更に貪欲に、その身体を巨大化させていく―――――。

 

 

 

 そんなことが起こる数時間前。

 ルイズ、キュルケ、タバサ、フリーレンの四人は、フーケを案内役に早速出発した。

 馬車と言っても、屋根なしの荷車のような馬車である。オーク鬼から襲撃があった際、すぐ外に飛び出せるほうが良いと、このような形となった。

 

「では、任せたぞミス・フリーレン。まあきみならどうってことはないじゃろうが。わしたちはこの後、学院での被害状況を詳しく見ておくことにする」

 

 出発前、オスマンはフリーレンを呼び止め彼女と会話していた。

 やがて、彼の裾からちろりと白鼠が現れる。それはちょろちょろと地面へと降り、フリーレンの足元から腰へ、そして肩へと伝っていく。

 

「わしの使い魔モートソグニルじゃ。有事の際はその子を使うといい。連絡役も兼ねておる」

「最初学院長室に来た時、私のスカートの中を覗こうと窺ってた鼠だね。やっぱりオスマンの使い魔だったんだ」

 

 ドスッ、という言葉がオスマンの胸中に、精神的に突き刺さる。やっぱり彼女は気づいていた。途中でやめて正解だったと、オスマンは冷や汗交じりに思った。

 

「ま、まあそういうコトじゃ。使い魔は主人の目と耳となる。そちらの状況を逐次把握する意味でも役に立つじゃろうて。では、頼んだぞ」

 

 オスマンは何とかそう取りなした。

 フリーレンも頷いて、肩にネズミを乗せその場から去ろうとしたが……、途中で足を止め、ふとオスマンを見て言った。

 

「ねえオスマン、もしかして〝魔力探知〟……」

「おおぉ! 気づいてくれたか! その通り、お主がくれたあの魔法書でな。いやあなかなか便利じゃなこれは!」

「あの文書だけで習得できるんだ。流石、この世界での『大魔法使い』と言われるだけあるね」

「ほっほっほ、そう言ってもらえると嬉しいわい。……ところで、わしも気になった点が一つ、ある。聞いても良いかの?」

「なに?」

「あの文書には、探知を極めると魔力の多寡だけでなく、『隠蔽が揺らぎとなって見える』と書いておった。はてさて、この文書が本当なら、お主の魔力は……」

「へえ、気づくんだ」

 

 そう言うとフリーレンは、魔力を『スクウェアクラス』から『普段状態』へと切り替える。

 まあ元々、かなりきつい魔力制限を課していたところだ。それなりに極めた魔法使いなら、まず気付く。

 

「これが私の本来の魔力だよ。余りでかすぎると周囲の目を引くだろうから、これぐらいってことにしている。内緒にしてね」

 ハルケギニアに来る前の普段状態の魔力を見せて、

「うむ。わかったわい。流石強大な魔力じゃ……が」

 

 彼女の普段状態。そこから立ち上る、洗練された魔力のオーラをしばし眺めた後、やはり気になるとばかりにオスマンは口を開く。

 

「もう一個だけ聞いて良いかの?」

「なに?」

「わしにはまだ……お主の魔力が、まだ()()()()()()()()()()()()()()()のは気のせいかのう?」

 

 それを聞いたフリーレンは、一瞬真顔になる。

 本気で驚いた。そう言いたげな瞳にオスマンも「な、なんか悪いこと言った?」と、困り顔。

 

「そうか……。それも気づくんだ。へぇ……」

 

 成程、大魔法使いに偽りなしだ。

 フェルンが〝魔力制限〟を見破った時、きっとゼーリエも同じような感情を持ったのだろう。多分今、あの時の彼女(ゼーリエ)と同じ感情を共有している気がする。

 そう思ったフリーレンは、本来の〝魔力制限〟すら見破られたことに、不敵な笑みを浮かべた。

「じゃあ頼りにしてるよオスマン。何かあったらモートソグニルを通して連絡するから」

「え、うん。いや、うむ! 任せたぞ」

 

 

 

「本当に、こっちでいいのね?」

「ああ……、今更、嘘ついてどうする」

 

 キュルケの問いに、フーケは投げやりな口調で答える。

 当然だが、彼女はまだ縛られたまま。杖もフリーレンが管理している。現状、脱出なんて無理に近い。

 まあ、流石にもう嘘とかつかず素直に身を任せるつもりだったが。

 

「ありがとうねシエスタ。御者をやってくれて」

「ええ……、別にわたしはいいのですが……、その、どういう状況なのですか? これは」

 

 現在、御者をしているのはシエスタである。ルイズ達たっての希望で、彼女になった。今はメイド服ではなく、動きやすい服装に着替えている。

 だが、彼女からすればすべてが青天の霹靂だ。街であんなに良くしてくれていたロングビルが、まさか『土くれ』のフーケだったなんて。叔父やジェシカたちになんて言えばいいのだろうか?

 

「気持ちは分かるわシエスタ。わたしも色々思うところはあるけど、でもすべて事実よ。あなたは何も言わず、馬車を動かして頂戴」

「は、はい……」

 ルイズの方が遥かに傷ついている。そう思ったシエスタは、これ以上何も言わずに馬を走らせた。

 

 

「ねえ、なんでトリステインでお宝を盗んだのかしら? あんた、どこの貴族よ」

 

 最初に沈黙に耐えきれず、そう話すのはキュルケだった。

 フーケも、どう喋ろうか迷いながらも、口を開く。

 

「……アルビオンさ」

「アルビオン?」

 最近、きな臭い話ばかり聞こえてくる空の国のことを思い出す。

「ふーん、察するに、何か不祥事起こして家名を追われて野に下ったってところでしょう? で、食うのに困ったから盗みを働いたと」

「そうさ……」

 

 思うような声で呟きながら、フーケは縛られた身体を仰向けに投げ出す。

 

「……本当に、あんたがさっき言ったことで全部さ。まあ、あんたらブリミル教徒には、決して分からないでしょうけどね」

「どういうことよ?」

 

 キュルケの問いに、フーケは答えなかった。

 ただ、心底やりきれなさそうに、空に言葉を吐きかける。

 

「本当に、なんで見捨てられないんだろうね。私ってば……」

 そう言うと、フーケはぷいとルイズ達から視線を背けた。

 

 

 

 馬で移動している道中、面々は思い思いに時間を潰していた。仮眠を取ったり本を読んだり。

 そうこうする内、フーケが吐いた廃墟の場所に着く頃合いとなった。

 この時のルイズとタバサはずっと目を瞑って、フリーレンから教わった〝魔力操作〟の練習をしていた。

 

 そしてキュルケは、フリーレンと握手していた。〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟と〝防御魔法〟のイメージ構築を、何とか授けようとしていたのだが。

 

「う~ん、だめ、全然分かんない」

「まあ、それが普通かな」

 

 フリーレンも少し悩みながらキュルケの言葉に同調する。

 ルイズのように『契約』の経線を使えれば楽なのだが、それが無いとどうしても習得に大きな遅れが出る。それは致し方のないことだろう。

 

「でも、タバサはあっさり習得したわよ?」

「前に説明したように、ルイズ達の魔法は『感情』に左右されるみたいだから、極限なまでの集中で習得難易度を早められても、それがない場合は月~年単位で見ないとかな。ただ……」

 

 フリーレンはそう答えるも、キュルケがこんなにも習得にまごついている理由は、他にもある。

 

「キュルケって、そこまで私の魔法を習得しようって意気が無いでしょ」

「……」

 

 言われてみれば確かにそうだ。

 端的に言えば『必死さ』がない。この魔法は絶対に習得してやるという、必死さが。

 現状、『火のトライアングル』で満足してしまっている今のキュルケだと、石にかじりつく思いで励んでいるルイズとタバサ、その二人に遅れてしまうのは当然と言えた。

 

「確かにそうね……」キュルケはせつなげに、髪を掻きあげ、しばらく集中しているルイズ達を見つめた。

 ロングビルはあくびをしながら、そんな彼女たちのやり取りを見つめている。

 そんな折――――

 

 

 どこか遠くで、大地を揺るがすような地響きが轟く。

 

 

「な、なんでしょうか?」

 真っ先に不安の声を上げたのはシエスタだ。

 馬が嘶き、身体を持ち上げようとしたので、馬車の動きも急停止する。

「どうしたのシエスタ? 何かあったの?」

「わ、分かりません。でも、何か嫌な予感が――――」

 それを聞いたフリーレンは、真っ先に愛用の杖を呼び出し立ち上がる。

 異変に気付いたタバサも、集中を止めて臨戦態勢をとった。

 

「ねえフーケ」

「な、なにさ?」

「一つ聞くけど、『あれ』って、フーケとは無関係だよね」

「――――え?」

 フリーレンが指さす先。そちらの方を向いたルイズやロングビルたちは、そろって目を見開いた。

 

 

 森林の先、黒曜石の山が蠢いている。地鳴りの正体はこれだ。

 その岩肌は、まるで意志を持つかのように首を上げ、顔から先を持ち上げ口を開く。

 刹那、大気を揺るがすような咆哮が、全方位に渡って響き渡った。

 

 竜の骨格を受けて、地面や岩、その他外部の素材を集めて構築した巨大な竜。エンシェント・ドラゴンの残滓。

 五十メイルに渡るその全長の突端が、フリーレン達の前に突如として現れた。

 

 

「……え?」

「なによあれ……?」

 ルイズ達は声にならない呻き声をあげる。

 それもそうだろう。まるで進路を阻むかのように、異形の怪獣が目の前に立ち塞がったのだから。

 

「よく分からないけど、かなりヤバいね、あれ」

 

 フリーレンは冷静に告げる。数秒かけてその言葉の意味を咀嚼したルイズ達は、慌ててフーケに食って掛かる。

「ねえ何よあれ! なにあの化け物! あれなんなのよ!」

「やっぱりあんた! あたしら罠にかけるためにここへ誘導したんじゃないの!?」

「違うって言ってんだろ! 私だって何が何やらさっぱりだよ!」

 

 後ろでやいのやいの女性陣の姦しい声が響く。

 唯一、生徒の中で冷静だったタバサはフリーレンに向き直った。

 

「あれはいったい、なんだと思う?」

「分からない。ドラゴン……なんだろうけど、健全な様子じゃないね。それに魔力が心臓らしき箇所に一点集中している。もっと精査したいけど、この距離だと――――」

 フリーレンの目尻がつり上がった。どうやら向こうも、自分たちの存在に気付いたようだ。

 竜はこちらに向かって口を開け始める。そこに魔力が一気に収束し始めるのを察知した。

 

(――――え?)

 刹那、この危機に誰よりも早く察知したのはシエスタだった。

 瞬間、脳裏に閃く。

 三秒後、自分たちがあの竜の放つ獄炎に、跡形もなく焼かれる光景を。未来を。

 

 

「っみなさん! 早く馬車を降りてください! ここは危険です!」

 シエスタは馬車の手綱をナイフで切って、馬を自由にする。馬も直感で危険と思ったのか逃げ出した。

 次いで動き出したのがフリーレン、そしてタバサだった。

「え? え……」

 フリーレンは未だ呆気に取られているルイズを引っ張り跳躍。タバサもキュルケと共に馬車を離脱。

「ちょ……」と動けないフーケには、軽く魔法を撃ち当て吹っ飛ばし、強制的に馬車から脱出させた。

 

 

 

 次の瞬間、ルイズの目の前に極太の火炎放射が、閃光の如き速さで駆け抜けていった。馬車はその獄炎の中で、呆気なく飲まれて消える。

 

 

 

 凄まじい熱気で思わず口を覆う。緊張と恐怖で身体全体がびりびりし始める。

 突如巻き起こった急激な展開を、ルイズは必死になって飲み込もうとしていた。

 

「み、みんな! キュルケ! シエスタ! タバサ! フーケ! 大丈夫なの!?」

「あ、あたしらはなんとか……」

 向こう側の茂みに退避していたキュルケとタバサが、ひょっこりと顔を出す。

「わたしたちも大丈夫です!」

 おなじく、シエスタも茂みから顔を出した。彼女は縛られているフーケを抱えている。

 みんな無事と知って、とりあえずルイズはホッと一息。しかし、状況は未だ改善の兆しを見せず。

 かの化け物竜は、こちら側へと歩を進める。どうやら自分たちの方へと向かっているようだ。

 

「ねえ、どうすんのよこの状況……!」

 キュルケが心底疲れ切ったような声で言った。

「あたしたちが頼まれたのは『フーケに盗まれたお宝の回収』だったはずよ! 仮想敵だってオーク鬼って聞いてたのに、あんな化け物ドラゴンとやりあえっての!?」

「状況は最悪。撤退が無難」

 タバサも、親友の言葉に素直に頷く。

 ハルケギニアにおいて、竜とエルフは『決して相手にしてはいけない二大巨頭』として知られている。人の身で、成熟した竜と張り合うのは危険が大きすぎる。竜の火力、生命力は単純に魔法の力を凌駕する。

 しかも、あれは竜の中でもかなりの特異点だとタバサは思っていた。本でいろいろな竜の知識を漁ったが、あんな形態の竜は見たことも聞いたこともない。

 ただ、先ほどのブレスを見るに、絶対に相手にしてはいけないというのは十分に理解した。

 

「ねえ! ルイズ、フリーレン! ここは一回逃げましょう!」

 

 キュルケは大声で提案してきた。タバサも口笛を吹いて、使い魔のシルフィードを呼び寄せる。

「え、でも……」と呟くルイズ。まだ状況が判断できない状況で、逃げるだなんて言われても……。

 その時、ルイズの耳に微かに響く。誰か知らない人々の悲鳴。

 

 な、なんだあれは!

 

 ば、化け物!

 

 逃げろ! みんな早く逃げろぉ!

 

「この近隣に住む住民たちだろうね」

 フリーレンは、茂みの奥で逃げ惑う老若男女を見ながら、冷静に告げる。

「さっきのブレスの規模を見ると、このままじゃ、みんな巻き込まれるだろうね。誰も助からない」

「ど、どうにかならないの!?」

 

 ルイズはフリーレンの胸にしがみつきながら、必死な声で叫ぶ。

 フリーレンも、少し逡巡しながら、肩にいた白鼠を、ルイズの方へ手渡し言った。

 

「とりあえずオスマンにはこの状況を伝えた。ルイズはあのドラゴンの子供に乗って待機だ。いいね」

「え、じゃあフリーレンは……」

「仕方ないよ。この状況。ヒンメルなら絶対見捨てないし」

 ため息を吐きながら、それでもどこまでも冷静な瞳で。更にこう続ける。

 

「なんとかして時間を稼ぐよ。ルイズ、まずは冷静に、あのドラゴンの正体を観察するところから始めるよ」

 

 フリーレンはそう言うと、杖を手に逃げ惑う人々の群れに、突っ込んでいった。

「ふ、フリーレン!! 待って――――!」

 慌てて手を伸ばすルイズだったが、後ろへ飛んできたシルフィードの口にくわえられたため、一時上空へと避難する。

 

 再び、巨竜は口を広げる。そこから先程と同じくらいの膨大な火炎が、凝縮されていく。

 刹那、豪炎は放たれる。骨すら残さないと言わんばかりの熱量が、逃げ惑う人々に襲い掛かった。

 

 その光景を見た住民の人々は、絶望の表情でそれを見ていた。

 逃げても無駄だと。これで死んだと。そう思わせる火力に人々は足を止める。

 その、生きることを諦めた人々の中心に、フリーレンは滑り込み、そして杖を上に向ける。

 魔力を一気に解放させ、そこから魔力を収束。そして、

 

 

 

 

「――――〝地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)〟」

 

 

 

 

 次の瞬間、フリーレンの杖先から、巨竜の放つブレスと同等の熱量が放出される。

 ありったけの熱量を凝縮させたかの魔法は、ブレスとしばし撃ち合い、そして弾けとんで霧散した。

 

 

「まったく、とんでもない重労働になりそうだ」

 

 

 助かって驚愕と喜びで歓声を上げる人々を尻目に、フリーレンはかの巨竜―――かつて、ハルケギニア全域を震撼させた古代竜(エンシェント・ドラゴン)のなれの果てと対峙することとなった。

 

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