使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第24話『最初から大決(ラスボス)戦①』

 

「うわあ……、これは見事に壊されてますね」

 

 トリステイン魔法学院。

 ヴェストリの広場にある、壊された外壁を見て。

 

 どうやらフーケはここから侵入したらしい。

 最高硬度を誇る筈の鉄壁が無残に壊されているのを見て、コルベールは暢気にそんなことを呟いていた。

「しかし、まさかこの学院にこんな地下通路があるとは知りませんでした。これは一体どこへ向かって伸びているのですかな……?」 

 ここでコルベールも気づく。

 一緒に通路を見ていたオスマンは過去最高かもしれないくらい、青い顔をしていたことに。

 今までこの学院で働いていたコルベールでさえ、こんな学院長の顔は見たことがない。いつもは「全ては小事」と泰然としているというのに……。

 

「おい、おい……まさか……、いや、確かに丁度『結界』の張り替え時期だったけど……」

 

 オスマンはそう言うや否や、魔法も使わずダッシュで地下へと続く階段へと向かう。

「ど、どうしたのですか!?」コルベールは後を追うも、オスマンは老人とは思えない脚力で先に進んだ。

 しばらくして、コルベールはフーケの侵入したかの大広間へ到着する。

 そこでも無残に壊された外壁を見て、オスマンは目に見えて大慌てを始めた。

 

「ない……、ないぞ!! 『古代竜(エンシェント・ドラゴン)の心臓』が……、危険すぎて封印しておくしかなかったあの特級呪物が……!」

「え、エンシェント・ドラゴン? なんですかなそれは……」

 しかし、オスマンはもうコルベールの言葉に応えることなく、怒号を上げた。

 

 

「こればっかりは見過ごせんぞあの小娘!! こうしてはおれん!」

 

 

 これ以上ない気迫ある声だ。さしものコルベールも竦んでしまうほどの。

 あのオールド・オスマンが本気でブチギレている。

 当然ながら、彼が激怒するさまを見るのも初めての事だ。

 オスマンは『飛翔』を唱える。鷹と見間違えるかのような速度を出しながら、オスマンは宝物庫に向かう。

 そして、フーケを捕まえたかの広間、『英雄の剣』の柄を手に取った。

 

「デルフ! 起きろデルフリンガー! 緊急事態じゃ!」

 

 柄を手に取ったオスマンが叫ぶ。台座に安置された剣は、気怠そうな声を出す。

「んあ……おめぇ……、オスマン? 老けたなぁ……あれからどれくらい経ったよ」

「いつまでボケとる場合じゃ! わしらが必死の思いで封印した『古代竜の心臓』が持ち出された! あればかりは流石に看過できん!」

「はぁ? なんでそんなことになったよ……。ってか相棒はどうしたよ?」

「あいつならとっくの昔に自分の住む世界へ帰ったわい! 寝てたお前は知らんじゃろうがな!」

「んだよ、水くせえ……。別れの言葉くらい言ってくれてもいいじゃねえかあの野郎」

 剣はぶつくさ言いながら、オスマンに再び抜かれて刀身を外に現わす。

「それよりも、奴が完全に復活する前に止めるぞ! お前も付き合え!」

「えぇ……。別にいいけど、メイジのお前じゃ俺は使いこなせねえと思うぜ。せめて『あいつ』くらいいてくれないと」

「奴はおらん! だが、あ奴と同格の者なら今このハルケギニアに来ておる! 彼女なら信頼できる!」

「彼女って……。相棒がよく語ってた『仲間』のことか? 誰か来たのか?」

 答えを返す前に、オスマンは杖を振って、再び『飛翔(フライ)』。風竜のごとき速度を出しながら、フリーレンのいるところへと翔けた。

「やれやれ……。まったく、騒がしい目覚めだな……。ふぁぁああ……」

 

 

 さて、場面はフリーレンたちの方へ移る。

 かの古代竜は、黒曜石のような肌を見せながら悠然と歩いていく。

 その周囲を、フリーレンは飛びながら観察していた。

 

(外殻は周囲の岩、塵、草木などを取り込んで魔力で強化、高質化した外皮に変化させているって感じか)

 

 こんな非常事態でも、フリーレンは冷静に状況を推察する。

 奴はその四肢から地面を通じて、元は岩や草木だったものを、心臓の魔力で吸収。そして強力な外壁に変え強化しているようだ。

 心臓の魔力だけでこの所業ができるあたり、元々は相当強力なドラゴンだったのだろう。

 

(単純な強さでいうなら、ヒンメル達と戦ったことのある皇獄竜(こうごくりゅう)以上は確実にあるな)

 

 現在のフリーレンでさえ、誰か支えになってくれる仲間(パーティ)が欲しいと思える手合いだ。

 ヒンメル、ハイター、アイゼンは高望みにしても、シュタルクやフェルンが最低限ほしい。現状だと文字通り、手を焼きそうだ。

 

 ちょっと自分一人だと、辛いか。

 だが、やるしかない。

 

(幸いにも、まだ奴は動き出してから日が浅いみたいだ)

 

 このまま奴が全盛の力を取り戻す前にカタをつける。フリーレンは自身の魔力を最大限発揮させる。

 周囲には魔族はいない。故に自分の魔力を騙す必要が今は無い。

 竜巻のような、荒れ狂う魔力が周囲を圧する。

 フリーレンは杖先を眼下、巨竜の頭上に向けた。

 

 

 

 

 

「――――〝破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)〟」

 刹那、轟音、衝撃、そして劈くような嘶きと共に、紫電の閃光が空中を迸った。

 

 

 

 

 

「きゃあああああっ!」

 空中でフリーレンが巨竜と戦う様子を、シルフィードに乗っていた面々は言葉にならない表情で見ていた。

 先ほどから、フリーレンは自重せずに強力な魔法を放っている。それは彼女がこのハルケギニアに来てから、初めての事。

 そのどれもが、個人のランクでくくることすら烏滸がましい魔力、威力、破壊力。

 

(これが……、エルフ(かのじょ)の本気……!)

 

 タバサは戦慄していた。

 先ほどの紫電の閃光なんかもそうだ。

 雷系の魔法は『稲妻(ライトニング)』や『ライトニング・クラウド』など風系統に類するが、それらの攻撃魔法が児戯に見えるほど、隔絶した力をその身で感じた。

 冷える肌。広がる膨大な魔力、耳の奥にいつまでも残る轟音。正直、全てにおいてレベルが違いすぎる。

 

 その稲妻の束は、竜の外皮に強烈なヒビを残す。

 魔力で無理やり強化した外壁だ。そんなに強度はないようだ。

 電撃を放って様子を見たフリーレンは次に、巨竜の放つブレスをやり過ごしながら、再び地獄の業火を放ち始めた。

 

 

 

「――――〝地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)〟」

 

 

 

「うあっ……!」

 それを肌で感じたキュルケは呻いた。得意の火を操る系統だからこそ、嫌でも思い知らされる。

 自分の扱う炎など、小火に例えることすら許さないと言わんばかりの熱量。

 しかもその熱量は際限なく上がっていく。火炎焱燚(かえんえんいつ)。文字通りその火力の上限は留まることを知らない。

 赤と黒、時折白炎が混じった、獄炎の傍流のせめぎ合い。勝敗を決したのは、ドラゴンの炎だった。

 一瞬、フリーレンはその膨大な熱量。その濁流に飲み込まれていく。

 

「フリーレン……!? フリーレン!!」

 ルイズは思わず、手を伸ばし叫ぶ。

 だが、通り過ぎた熱線の中に、フリーレンは変わらずそこにいた。彼女の周りにはルイズにも教えた〝防御魔法〟を全面展開している。

 獄炎に勝るとも劣らぬ熱線を完全に遮断しながら、フリーレンの目は静かに、巨竜の方に定めていた。

 

 

 

 

 まるで神話のような戦い。夕焼け空が煌めく中、咆哮を上げる巨竜と、それをより高所で見下ろすエルフ。

 肖像画の一枚絵になるかの如き荘厳さは、傍観者であるルイズ達の網膜に、これ以上なく焼き付く。

 

 

 

 

「やっば……」

「これはわたしたちが関与できる戦いじゃない」

 

 自分の持つ系統を遥かに凌駕する魔法のぶつけ合い。

 この戦いに参加するには、あまりにも力不足が過ぎる。

 

 トライアングルクラスという、半端なりにも実力を持つ彼女達だからこそ、この戦いは容易に首を突っ込めるものじゃないと、すぐに判断したのだ。

 

「で、でも、フリーレンやシエスタたちを放ってはおけないわ!」

 

 ルイズは叫んだ。別に貴族のプライドとか、そんな理由で逃げることを今更拒否しているわけじゃない。

 純粋に、大事な人を見捨てて逃げるなんてことができなかった。

「何言ってるのよ!? このままあたしたちが遊泳してたら、それこそフリーレンの邪魔になるじゃないの!」

 キュルケも即座に反論する。実際、それが正しいのはルイズだってわかっている。

 でも……、と、眼下で未だ逃げまどっている住民たちを見捨てて、それをしても良いのかと、ルイズの中の良心がせめぎ合っている。

 悶々としている彼女を見て、口を開いたのはタバサだ。

 

「あなたの使い魔は?」

「はい?」

「あなたの使い魔は、なんて言っていた? その言葉に従うのが正解だとわたしは思う」

 改めてそう言われて、ルイズは思い返す。フリーレンとのさっきのやり取りを。

 

「……上空で待機、まずは冷静に、ドラゴンを観察しろって、言ってたわ」

 

 それを聞いたタバサは、小さく頷いた。

「なら、それに倣う」

「ちょ、ちょっとタバサ! 本気なの!?」

「オーク鬼の場面ではすぐ『逃げろ』と命じたらしい彼女が、今回は『観察しろ』と言った。それは即ち、わたしたちにも何か役目を期待している可能性が高い」

 ルイズはハッとした。そう言えば、今回フリーレンはすぐ『逃げろ』とは、確かに言ってなかったっけ。

「彼女の邪魔にならない距離で旋回。まずは状況をきちんと見定める」

 タバサはシルフィードにそう命じた。

 使い魔の風竜は「きゅい」と、震え交じりの鳴き声を発しながらも、翼をはためかせ、巨竜と距離をとって旋回を始めた。

 

 

(よし、あの距離ならブレスは当たらないな)

 程よい位置で旋回を始めるシルフィードを見て、フリーレンは巨竜を『自分と主人(ルイズ)、両方の視界』で見定める。

 ルイズに『観察しろ』といったのは、ある程度俯瞰した視界でこの巨竜を見たかったというのもある。

 右目でルイズの視界と、しれっと共有していたフリーレンは、時折大きく足踏みしている巨竜を観察を続けていた。

 

 フリーレン自身は、ひたすらこの巨竜のヘイト役だ。奴の周囲を飛び回り、あのブレスをルイズや避難している住民たちに向けないようにしながら、攻撃魔法を放つ。

 

(少なくとも、効いてはいるみたいだ)

 

 ルイズの視点で全体を見たフリーレンは、そこで竜の外皮の損傷具合を確認する。

 自身が放っている地獄の業火や破滅の雷は、決定打とはならずとも着実に削っている。このペースなら、オスマンが来る前に何とか片がつきそうだ。

 巨竜の背後に回ったフリーレンは再び、杖先から〝破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)〟を再び撃ち出す。

 紫電の閃光が、再び巨竜の張りぼての外皮を……、焼くはずだった。

 

「――?」

 しかし、外皮が一瞬、光ったと思うと、紫電の閃光が行く先を変える。

 次の瞬間、まるで弾かれたかのように紫電は霧散し、周囲に弾け飛ぶ。弾け飛んだ閃光は、数十メイル先の木々に衝突。爆音と共に衝撃音を四方八方に発生させた。

 

「え、なに!?」

「フリーレンの魔法が、弾かれた!?」

 

 片耳越しに、キュルケとルイズの叫びが聞こえる。どうやら遠くで見ていた彼女たちも、先の現象を『弾かれた』と認識したようだ。

 

 

(魔力の侵入を阻害し、弾く障壁か。小賢しいマネをする)

 

 

 魔力を探知できるフリーレンの視界には、かの巨竜が、バリアのように薄皮一枚の障壁を纏い始めたことに気づいた。

 なんにせよ、あの障壁をどうにかしないと、魔法攻撃の通りが悪くなってしまう。

 ならばどうするか――――。

 

 

「――――〝魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)〟」

 

 

 フリーレンは即座に戦法を切り替える。

 六枚花弁の魔法陣の中央から、殺意を凝縮した閃光を撃ち出した。

 閃光はそのまま障壁と衝突。しばし拮抗するも、最後は無残に打ち破られ、外皮に再び深い傷跡を残した。

 

「広範囲攻撃で削るより、貫通魔法のが通りがいいみたいだね」

 

 それに気づいたフリーレンは、周囲を六枚花弁の魔法陣で満たし始める。

 刹那、魔法陣から幾条もの閃光の束が放たれる。それは真っすぐに、時に軌道を変えながら、しかし巨竜の身体にすべて直撃する。

 

 

 グォオオオオオオオオオオオオ!

 

 

 巨竜の悲鳴が響き渡る。

 自分の魔法防御を無に帰す攻撃の連続。それに耐えきれなくなったからであろう。

 更には左前足を貫かれ、バランスを崩しその場に倒れこんでいく。

 

「すごい! すごいわフリーレン!」

「効いてる! あの化け物ドラゴンを追い詰めてるわ!」

 

 ルイズとキュルケの、きゃあきゃあ姦しい声が聞こえた。

 視界と一緒に聴覚も共有しているため、彼女たちの会話も聞こえるのである。

 それに気づいたフリーレンは、自分の聴覚もルイズと共有を始めた。

 

「ルイズ、聞こえる?」

「聞こえ……え!? フリーレン!? な、なんで……?」

「ルイズが言ったんだよ。『使い魔と主人は目と耳を共有できる』って。だから、一時的にこっちの会話も聞こえるようにしたんだ」

 

 案の定、ルイズは素っ頓狂な声を上げる。疑似的な連絡手段の確保。上手くいくかは自信が無かったが、この距離までなら問題なさそうだ。

「そ、そっちはどんな状況なの?」ルイズは声を張る。

「〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟が有効なのはわかったけど、闇雲に削ってもすぐ再生される。どうやらあいつ、周囲の生命力を食らって魔力に換えているらしい。その魔力で外殻を構築、再生しているみたいだ」

 

 フリーレンは真下を見てそう続ける。

 先ほど貫き、破壊した左足は既に完全再生を果たしている。

 攻撃が通るのは良いのだが、結局回復されるのでは無駄に魔力を消耗するだけ。

 何とかして、急所たる『魔力の供給源』……すなわち心臓を見つけて破壊する必要があった。そうしなければ、この巨竜は永遠に止まらないだろう。

 

 

 

「あと、さっきからずっと気になってたんだけど、あのドラゴン、私じゃなくてずっとルイズに狙いを定めている」

 

 

 

「――――え?」

 その言葉を、ルイズは血の気が引くような思いで聞いていた。

 ということは、あのドラゴン……わたしを狙っているってこと? なんで……?

 

「気づいてなかったんだね。とにかくまだ終わりじゃない。十分距離を取りながら、もし危なそうだったら撤退も視野に入れて」

「そんな! あなたはどうするのよフリーレン!」

「動き出した。いったん切るね」

 

 流石にしゃべりながらだと、戦闘に集中できない。

 一旦こちらの聴覚共有を切ったフリーレンは、巨竜から見ても鬱陶しいと思えるように動き回った。

 すると巨竜は、攻撃を続けるフリーレンよりも、距離を取り始める風竜、シルフィードの方に足を動かし始めたのだ。

 

「ちょっと、こっちに向かってきてない!?」

「な、なんでよ!?」

「分からない。一旦、撤退する」

 

 風竜の上でなされる会話に耳を傾けながら、フリーレンは飛行魔法で巨竜の眼前に迫る。

 

(このドラゴン、ルイズの『虚無』に気付いている?)

 

 でなくば、こうまで自分ではなくルイズの方を見るだろうか?

 とにかく、早めに止めねば。

 フリーレンが杖先を構え、再び魔法を撃ち放とうとした瞬間。

 

 

 ギャアッ!

 

 

 上空から、フリーレンを食らわんとする。ドラゴンが殺到した。

「――――!」

 フリーレンはすぐさま、上体を横に寝かせて空に視界を向け、上から迫りくるドラゴンを〝一般攻撃魔法〟で貫いた。

 

(ここに来て、別のドラゴンの襲撃?)

 

 フリーレンは辺りを見渡す。

 視界の先、ドラゴンらしき影が、イナゴのように殺到して来るのが見えた。

 フリーレンは巨竜へと視線を変える。かの竜は両目を炯々と光らせ、魔力をまき散らしているようだ。

 

(こいつが魔力で無理やり同族(ドラゴン)を操っているのか)

 

 こうなると厄介だ。

 思案するフリーレンに時間を与えぬとばかりに、数十頭のドラゴンが殺到した。

 飛竜たちは、狂ったような力を目に宿しながら、フリーレンに襲い掛かる。

 フリーレンはためらわず、〝一般攻撃魔法〟を撃ち当てる。どうやらこの一帯に棲むドラゴンは、そこまで『貫通性能』に耐性が無いようだ。攻撃を貰ったドラゴンは一撃で身体に風穴が開き、墜落していく。

 

 

 だが、いかんせん数が多すぎる。

 倒しても倒してもキリなくわいてくる。

 

 

(やっぱり、フェルンかシュタルク、どっちかでもいいからほしいな……)

 

 フェルンがいれば、この程度の数のドラゴン、ものの数秒で全滅させられただろう。

 シュタルクがいれば、斧の一撃で巨竜の侵攻を大幅に遅らせることも、追撃のチャンスも作ってくれたことだろう。

 今になって、二人の頼もしさを、いないとこんなにも苦戦を強いられることに気付いたフリーレンだった。

 

 そんな風に思案する一瞬の隙を突かれ、ドラゴンに片腕を咥えられた。

 咄嗟に防御魔法を展開したおかげで、嚙み千切られるという事なく無傷で済んだが、ルイズから見ればフリーレンが食われたように見えただろう。

 

「フリーレン! ふり……!」

 ルイズの涙ながらの絶叫が耳元で聞こえる。

 フリーレンを咥えたドラゴンは、そのまま地表へ向けて真っ逆さまに叩きつける腹積もりのようだ。

 さすがにこの状況で叩きつけられるのは避けたい。杖先を竜のこめかみに向けて〝一般攻撃魔法〟を撃ち放つ。

 頭が綺麗に消えた竜はあっさりと墜落。遅れてフリーレンも、受け身を取りながら地表へ着地した。

 着地こそ無傷で済んだが、服が若干汚れ、右の髪留めが弾け飛ぶ。

 

 

「ふ、フリーレンさん! 大丈夫ですか?」

 地表に降りたフリーレンに駆け寄ったのはシエスタだ。その背にはフーケを抱えている。

「シエスタ、住民の避難は?」

「ええ、なんとかしているつもりなのですが、まだ逃げ遅れている人も多いらしくて……」

 

 シエスタもまごまごしたような表情を見せる。それも仕方のないことだろう。こんな危機的状況を味わったことなど、一度もないだろうから。

 フリーレンは一瞬、まだ縛られたままのフーケに視線を移した。

 

 ……たまには、賭けてみるか。

 

「フーケ、こんな有り様だ。正直、今の私に地上の面倒までは見れない」

「え?」

「そっちは頼んだよ」

 フリーレンはそう言うと、フーケを縛っていた魔法の縄を解除し、杖を投げ渡した。

 

「え、えっ!?」

「いいんですか?」

 

 自由になったフーケはすばやく身を翻し、シエスタから逃れる。

 フーケ自身、「信じられない」といったような表情をフリーレンに向けていた。

 

「正気か?」

 こんな地獄のような状況など、さっさと逃げるにきまってるだろう。

 そんな意味合いも込めて口にするが、フリーレンは特に表情を変えずに言う。

 

「いいよ、私はフーケを信じると決めた」

 

 それだけ告げると、フリーレンは再び〝飛行魔法〟で上空へ飛ぶ。丁度この頃、主人(ルイズ)の視界越しに危機が映ったからだ。

 かの巨竜、エンシェント・ドラゴンは魔力で構築した巨腕を作り出し、それを飛んでいるシルフィードにぶつけようとしていた。

 

「きゅいきゅいぃいい! もう無理! ほんっきでむりぃ! お姉さまぁ!」

「頑張って、後でお肉いっぱいあげるから」

 

 多数の竜の群れを回避し続けるも、体力の限界が来ているのだろうシルフィードが、涙目で叫び続ける。

 タバサはそんな使い魔を必死に鼓舞する。喋ったことを咎める余裕はなかったし、周囲もぶっちゃけ、今それを気にするような余力はなかった。

 

 しかしシルフィードの努力も虚しく、巨腕はルイズ達に覆いかぶさる。死という絶望の影が、彼女たちを覆いつくそうとした。

 その瞬間、迸る閃光。フリーレンの〝一般攻撃魔法〟による援護だ。

 だが、消し飛ばせたのは一部のみ。残った腕の一部が、シルフィードに軽く当たる。

 

「ぎゅい!?」

 当然、シルフィードの身体は激しく揺れた。

 その時の衝撃で、ルイズが落ちていく。

 

「きゃ、きゃあああああああっ!?」

「ルイズ!?」

 キュルケは叫んだ。

 ルイズはまだ〝飛行魔法〟を習得していない。このままでは、重力に引かれてそのままお陀仏になることだろう。

 

「ルイズ、聞こえる?」

「ああああっ、って、フリーレン!?」

「落ち着いてルイズ、着地の瞬間〝一般攻撃魔法〟を撃って、上手く相殺しながら着地して」

「はあぁ!? そんなの、いきなりしろって――――」

「できる。合図する。今の私はタバサたちの救助で手一杯だから向かえない」

 一瞬、主人の自分をいの一番に助けるのが筋でしょ。って言葉が出そうになったが飲み込んだ。

 そんなことを言ってられる状況じゃないのは、フリーレンが一番良く分かっているのだから。

 だからフリーレンは、自分の底力にまた賭けているのだろう。五年かかると言われた異世界の魔法を、根性で体得したルイズの才を。

 

「ルイズならできる。自分を信じて」

「……わかった!」

 

 正直、この戦いは足手纏いだと思い始めていたルイズは、これぐらいの苦難、自分で突破せねばと考え始めていた。

 そうこうする内、地面が一気に迫ってくる。

 ルイズは叩き潰されるイメージを必死になって克服しながら、フリーレンの言葉を待った。

 

「今!」

「―――ッ!」

 

 ルイズは下に向け魔法を放つ。その時の衝撃で、身体がごろごろと、地面で転がっていく。

 

「……っ、たぁ……!」

 激痛で涙がこぼれる。

 でも、何とか涙をぬぐって、ルイズは立ち上がる。

 身体中から痛いという信号が送られてくるが、手足が折れたわけじゃない。何とか、歯をくい縛れば立ち上がれる痛みで済んだ。

「とにかく、みんなと合流しないと……」

 そう呟き、歩き出そうとした時だ。

 

 

 こわいよぉ、お兄ちゃん……!

 

 大丈夫だ、俺がしっかり守ってやるから……!

 

 

「誰!?」

 ルイズはおもわず、杖先を声のする方へ向ける。

 そして驚きで目を見張った。恐らく逃げ遅れたのだろう子供たちが、そこにいたのだから。

 

 その時、轟く巨竜の咆哮。

 次にルイズは上空を見上げた。飛翔しているシルフィードに群がる竜の群れ。それを薙ぎ払うフリーレンの姿。

 それを見計らってか、巨竜は再び口を開ける。炎かと思いきや、今度は自身の外殻を取り込み、吐き出した膨大なる『質量弾』だった。

 

「タバサ!」

「―――ッ!」

 

 一瞬、キュルケとタバサの二人は死を覚悟した。

 それほどまでの巨大弾が、迫ってきたのだから。

 巨岩が視界一帯を覆いつくす瞬間、タバサたちの目にフリーレンの背中が一瞬、見えた。

「あっ……」

 フリーレンの〝防御魔法〟が、質量弾を弾いていく。タバサたちの盾になるかのように。

 だが、圧倒的速度で飛んできた『質量』だ。いかな万能な防御魔法でも、耐えきれるものじゃない。

 そもそもとして、この魔法防御は〝人を殺す魔法〟の対策ありきで作られたものだ。物理的な防御性能は、魔法的なそれと比較すると欠ける。

 

(……破られる。仕方がない、賭けるか)

 連続で飛んでくる質量に、遂に防御壁が耐え切れなかったのか、ばきりと音を発していく。

 次いで、壁は完全に破壊される。魔力の残滓が、フリーレンの周囲に静かに舞う。

 そして遅れて飛んできた、人ひとり分の大きさのある外殻に、遂にフリーレンは直撃した。

 一方、フリーレンが直撃したことで回避できる隙を作れたシルフィードたちは、何とかこれを回避するも、『フリーレンが直撃を貰う』という、異常ともいえる光景に、呆気にとられた。

 

「……ぁ!」

「フリーレン! フリーレン!!」

 

 キュルケたちの叫びも虚しく、フリーレンは外殻弾と共に、地表へと一瞬で姿を消した。

 彼女の愛用する杖だけが、無情にも垂直に落下していった。

 

 

「はっ、はっ……」

 熾烈極まる戦線の中、はたしてフーケは逃げ出していた。

 当然だ。こんな地獄に付き合う義理も情もない。

 

「待って下さい!」と叫ぶシエスタに構わず。フリーレンがいなくなった瞬間、回れ右して駆け出したのである。

 

(何を買い被っているのか知らないけど、こんなバカげた戦場に付き合う道理がどこにあるってんだ!)

 

 あのエルフが自分に何を見込んでいるのか知らないけど、見当違いも良いところだ。下らない情だの責務だの、そんなものは家名と一緒にサウスゴータに捨ててきた。

 そう、見捨ててきた。見捨てて……。

 

 

 刹那、何故か脳裏に過る。今も健やかに暮らす、孤児たちとかの少女の姿が。

 

 

「くそっ……!」

 フーケの顔は苦痛に歪む。

 そもそも、あの子らすらも(・・・)見捨ててしまえれば、自分は真の意味で自由になれるはず。

 だが、そう思えば思うほど、何故か足に込める力は弱まり、自然と立ち尽くしてしまう。

 そしてその時になって気づく。

 

「こっちよ! 早く!」

 ルイズが、幼い子供二人を引き連れ何とか逃げ出そうとしているところを。

 ルイズ自身、先ほどフリーレンが振り飛ばされているのは目撃していた。していたが……、ここで足を止めるわけにはいかない。動揺を責務で無理やりつなぎ止め、まず子供たちを助けようと動いていた。

 

 だが、そんな彼女たちの健気さも虚しく、巨竜の足踏みは、容易に彼女を射程範囲へととらえる。

 人の歩みと五十メイル以上の差がある竜の歩みは、瞬間的に距離を縮めて有り余るものだ。

 

「早く、逃げて!」

「で、でもお姉ちゃん!」

「わたしは良いから早く逃げなさい!」

 

 ルイズは子供たちを手で押し出しながら、巨竜を睨み据える。こいつは自分を狙っていると言っていた。だったら離れないとあの子たちも危険に晒されてしまう。

 

「フーケ! その子たち頼んだわよ!」

 

 ルイズは視界の端で佇んでいたフーケに、子供たちを預けて逃げるよう指示を飛ばす。

 そして震えながら杖を構えて、巨竜と対峙する。

 対するエンシェントドラゴンは、ルイズを視界にとらえると、大口を開けてそのまま彼女を食らわんとした。

 

「……ッ!」

 ルイズは〝防御魔法〟を全面展開する。巨竜の咢が深々と障壁に突き刺さる。

 そのまま竜は、魔法の球で覆われたルイズを持ち上げる。顎に力を籠め、一気にかみ砕かんとしていた。

 ルイズはそれに、必死で耐えた。本音を言えば死にたくない。使い魔がやってくることを信じて、必死に耐える。

「ひぃ……!?」

 だが、ぱきりぱきりと、障壁にひびが発生し始める。このままでは一分も持たず、防御壁は砕かれ、自分は巨竜の腹の中に納まってしまうだろう。

「うぅううううっ!」

 ルイズは涙を流しながら、そうはなりたくないと必死に耐えた。

 

「……!」

 

 フーケはその様子を、ただ唖然として見上げていた。

 身体が動かない。今、今なら逃げられる筈なのに。

 どうしても、『虚無の休日』で過ごしたあの時間が、彼女を金縛りにしていた。

 

「お姉ちゃん! ねえお姉ちゃんもメイジなの!?」

「あのお姉ちゃんも助けてあげてよぉ!」

 

 ふと下を見れば、子供たちがすがるような声と目で訴えてくる。

 やめろ、そんな目で見るな。

 身体が、手に持つ杖が震える。歯を食いしばり、必死に冷静な思考と格闘した。

 

 

『私はフーケを信じると決めた』

『フーケ! その子たち頼んだわよ!』

 

 

 刹那、フーケはあらん限りの雄たけびを上げながら、杖を振った。

 巨竜がひっきりなしに地ならしをしたおかげで、丁度いい破片が周囲に散らばっている。それを集めて、三十メイル越えのゴーレムを作り出す。

 

「くったばれええええええええええええええ!」

 

 フーケは、そのまま殴りつけるように杖を振る。使い手の意思を反映した巨兵も、それに倣って剛腕を振り上げ、巨竜に殴りかかった。

 ルイズを食らうのに夢中になっていた竜は、もろにその拳を食らい、体勢を大きく崩した。

「きゃあああ!」

 ルイズは悲鳴を上げながら、再び落っこちる。その合間をゴーレムが拾い上げる。

「はぁ、はぁ……って、フーケ? なんで……」

「ほんと、なんでだろうねえ。見捨てちまったら、全部楽になれるって、分かってんのにさ……」

 身軽な動きで巨兵の肩に乗ったフーケは、ほとほと困った表情を浮かべた。

 

 

「子供たちにあんな顔で頼まれちまったら、もう逃げられないじゃないのさ!」

 

 

 自分の気質を心底恨みながらも、フーケは再び杖を振るう。ゴーレムが追撃せんと再び腕を振り上げる。

 だが。今度は巨竜の方が早かった。再び口内に溜めた甲殻を、質量弾として放ち始める。

 

「あっ!?」

「きゃあ!」

 一瞬にして、岩の巨兵はバラバラになって吹っ飛んだ。

 フーケはその前に、ルイズを抱えて脱出したものの、今度は真上から来る竜の巨脚の影から逃れられずに呻いた。

「くそっ―――!」

 もう少しで踏みつぶされる。フーケはルイズを抱えたまま、目を瞑った。

 彼女たちを踏み潰さんとしたその足を、強烈な衝撃波が襲った。思わず巨竜も足を跳ね上げるほどの強烈な攻撃。巨竜はバランスを崩し、そのまま横になって倒れこむ。

 助かったフーケたちは、この光景に思わず呆気にとられる。

 

「一体何が……って」

「フリーレン!」

 

 ルイズは喜色の声を上げる。

 彼女たちを助けたのは、茂みの奥からやってきたフリーレンだった。

 相変わらずの無表情であるが、額から血を流している。服も傷や汚れが目立っていた。残った左側の髪留めも弾け飛んだようで、結びがなくなった白髪が彼女の背中に広がっている。

 

 

「まったく、〝無名の大魔族〟といきなり遭遇した気分だ……」

 

 

 この世界に来て初めてだろう。酷くげんなりした顔と声で、フリーレンは呟いた。

 先の質量弾は直撃する前、〝高密度な魔力の盾〟を前面に張って、何とかやり過ごした格好だ。このような手法をやってくる大魔族と戦った時の、その真似事だ。

 正直賭けに等しいものだったし、もう一度同じことをやれと言われても「したくない」と断言するほどギリギリだったが、何とか小規模の傷だけで済んだ。

 その状態で駆けつけてみたら、ルイズ達が襲われていたので、〝高圧縮した魔力〟を直接ぶつけて巨竜を転倒させたのである。

 

(つくづく皮肉なものだな。ソリテール(あいつ)が長々語っていた技術が、こんなところで役立つんだから)

 

 眉を少ししかめながらも、フリーレンは足を再生させようとする巨竜に向かって、魔力の塊を投げつけるような所作でぶつける。

 巨大な衝撃音と共に、しばし再生できないほどに粉みじんとしながら、巨竜を横倒しに崩した。

 そこで「ふぅ」と、一息つくフリーレン。そしてふと上空を見る。

 空には竜の群れ。どうやらあの巨竜、別の竜を洗脳して操ることができるらしい。

 

 ……その割にはあの幼竜、シルフィードが平気なのは不思議だが。

 使い魔だからだろうか? それともあの竜自体に何か特性があるのだろうか?

 まあ、後で考えよう。

 

「フリーレン!? 大丈夫?」

 ルイズは慌てて駆け寄る。フリーレンはため息交じりに現状報告をする。

「正直、面倒なことになってきた。奴の魔力は、私をも超えようとし始めている」

「そんな……!?」

「このまま放っておいたら、あいつはこの地一帯の生命体を食らって更に強くなるだろうね。国すら滅ぼす力だ。少なくともトリステインは無事じゃすまない」

「その通り、奴の恐ろしさはわしが良く分かっておる」

 

 え……?

 と、ルイズ、フーケ、フリーレンの三人は、声のする方へ向いた。

 

「やっと来たか、遅いよオスマン」

「うむ、もしものためにとモートソグニルを忍ばせたのは正解じゃったのう」

 

 かつんと、オスマンは愛用の長い杖を地面に鳴らしながら、女性陣に声をかけた。

 

「状況はすべて把握しておる。取りあえず、ミス・ロングビルに一つ、ええか?」

「な、なにさ……?」

 オスマンは大股で、かつての秘書官へと歩み寄る。

 そして……、

 

 

「こんのバカもんがぁああああああああああああ!」

「あだぁ!?」

 学院長、怒りの拳骨。それがフーケにさく裂した。

 

 

「よりにもよって一番やっかいなものを盗み出しおって! なぜ今まで黙っておった! おかげで世界の破滅一歩手前まで来ておるぞ!」

「せ、世界の破滅ってそんな大げさな……!」

「あれは太古の昔に大暴れしたエンシェント・ドラゴン! 周囲の竜を洗脳し、手駒として人類の国という国を燃やしまわった厄災じゃ! かつてわしが頼れる仲間と共に討伐し、摘出した心臓を学院の下で封印していたというのに!」

「なんで、そんなもの学院の下に安置してたんだよ……!」

「当時はそれしか対処法が無かったからじゃ! かといって悪しき者に心臓を利用されてはかなわん。わし直々に監視しておった! 今でも奴の心臓が放つ瘴気が結界を蝕むから、定期的に張り直しておったのに、まったく何というタイミングの悪さじゃ!」

「言い訳はいいから、早くアイツを何とか止めないと」

 フリーレンが宥めにかかったので、オスマンもこほんと、咳を一つ鳴らす。

「その通り、このままじゃ世界は破滅じゃ。トリステインもゲルマニアも、ガリアもアルビオンも、そしておそらく砂漠すらも無事ではすまんことじゃろう」

 

 世界のどこにも人類の居場所はなくなってしまうぞ。

 

 そう言われて、ふとフーケはアルビオンの孤児たちの顔が、思い浮かんだ。

 自分のヘマで彼女たちまで危険に晒される。そんなこと、あってはならないことだ。

 

「お主にも大事な人がいるのであれば、今立ち向かわねばその人も無事ではすまんじゃろうて」

「……分かったよ。やるよ。やってやる。元は私の蒔いた種だもんな」

 フーケの決意を聞いたオスマンは、ほっほっと笑った。

「さて、ではあ奴、エンシェント・ドラゴンを再討伐するかのう」

 

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