使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第26話『最初から大決(ラスボス)戦③』

 

 フリーレン召喚より████年前。

 ハルケギニア、どこかの森林深くの道の中。

 

 ガラガラと、商人が馬車を引いていた。

 商人は武器商人らしく、荷台にある剣などを売りに、別の地方へと向かっている途中だった。

 

(あー、つまんねー)

 

 馬車の中、倉庫のように雑多に並んでいる剣棚の中。一本の錆だらけの剣が、鍔をかちりと鳴らした。

 彼の名前はデルフリンガー。それだけしか記憶がない、しがないインテリジェンスソードだった。

 

 どこで生まれたかとか、前の使い手は誰だったかとか、それすら良く分からない。

 ただ、六千年以上生きている。それだけが彼のアイデンティティだった。

 それ故に彼は、『素晴らしい使い手』を、無意識に追い求めていた。伝説()()()筈の自分を十全に振るえる猛者。そんな人間を、剣士を求めていた。

 

(あれからどれくらいたったんだろうな。なんかもう、すべてがつまんねー)

 

 だが、出会うのは口先ばかり達者なでくの坊ばかり。

 魔法(メイジ)至上主義世界の中、腕自慢が湧き辛い環境なのは分かっている。だが、それにしてもボンクラが多すぎるものだから、次第にこの世に飽き飽きし始めた。

 三流以下の剣士未満に使われたくもないので、いつしか己の刃を錆に変えた。

 それでも鬱陶しい自慢話ばかり繰り出す輩は後を絶えないものだから、やがて口喧嘩を繰り広げるように。次第に扱う商人からも厄介者扱いされるようになり、今はどこへとも知らない剣棚に放り込まれている。

 

 そんな、生々流転の日々。どこへいくのかも、どこが終着点なのかすらも分からない。

 

「ひぃ! だ、だれか助けて……!」

 

 なんか、喧騒が聞こえる。どうやら商人が襲われているらしい。

 まあ、どうでもいいか。もう、全てがどうでもいい。

 この世に未練などもうない。どうせ自分を振るに足る者など、現れるはずがないのだから―――――。

 

 

「すまない主人! ちょっと剣を借りるぞ!」

 

 

 次の瞬間、暖簾がめくれて一人の男が姿を現す。

 青髪を短くそろえた男だ。いかにも美容を気にするかのような優男。見てくれを求めるばかりに中身が伴っていない、それこそオーク鬼の拳一発でノされそうな風体。それが彼の第一印象だった。

 

(なんだよ、まぁた外見だけ繕った軟弱野郎かよ……)

 

 男は、剣を探しているみたいだった。

 周囲には豪華絢爛な武器がたくさんある。鏡のように磨かれた大剣もあれば、豪勢な工夫を凝らしたレイピアもある。武器を求めるのであれば、何を使っても過不足ない状況ではあった。

 

 

 それなのに、男は真っ先に自分を見ると、一切の迷いなく自分の柄を手に取った。

 錆ついた刀身。誰が見たって、こんなボロ剣、見向きもしないはずだったのに。

 

 

 そしてその瞬間、デルフに電流が走った。

 握った瞬間、持ち手の実力が分かるからだ。だがその実力は、デルフの想像を遥かに超えたものだった。

(んだ……!? こいつ……!!)

 

 

 

 強ぇ!?

 

 

 

 一気に目が覚めたような、晴れやかな感覚がデルフの精神に迸ったのだ。

「これを借りるぞ!」男は自分を持って、素早く外へ出る。

「ええっ!? そんなボロ剣でいいんですか? もっと良いのが飾ってあったでしょう!」

「いや、これがいい!」

 男はそう言うと、慣れた所作で流暢に、錆びた刃を物ともしない剣さばきで、敵を斬り裂く。

 

 ぷぎゅああ!?

 

 どうやら、商人を襲っていたのはオーク鬼だったらしい。その数は十を越える。

 最初は強そうな人間がおらず高をくくっていたようだ。しかし急に森の外れからやってきた人間が剣を持ち始めた瞬間、情勢は一気に逆転した。

 

 男は、当たり前のように斬撃を飛ばし、オーク鬼を蹴散らしていく。

 無敵の強さを垣間見たオーク鬼たちは一気に戦意を喪失し、あっという間に逃げ去っていった。

 

 

「よし、勝った!」

 男は錆だらけの刀身を掲げ、しばし勝利の余韻に浸っていた。

 デルフはただただ、呆然としていた。

 見てくれはうざいナルシストなのに、今まで見たことのない剣捌きに体捌き。

 相応に地獄や修羅場を潜り抜けなければ、絶対に身につかない技術をこの男は持っていたのだ。

 

「本当に、ありがとうございます! オーク鬼に襲われた時はどうしようかと……!」

「間に合ってよかった。怪我はなさそうで何よりだ」

 

 男は快活な笑みを、お礼を言う商人たちに向ける。こういった人助けは慣れきったような表情。

 こいつはいったい、なんなんだ? デルフは初めて、この男に興味を強く抱いた。

 

「……ところで主人、すまない。ここはどこだい?」

「はい?」

「僕はさっきまで、とあるダンジョンの中にいたんだけど、気づいたらこんな山奥に飛ばされてしまってね。恥ずかしながら剣もその時落としてしまって……。ここはグレーセ森林でいいんだよね?」

「グレーセ森林? いえ、聞いたことありませんね。ここはラ・ヴァリエールからゲルマニアに通じるロラン街道ですが……」

「え? ラ・ヴァリエール? ゲルマニア……? なんだ、僕はどこへ飛ばされたんだ? ここは中央諸国じゃないのかい?」

「ちゅ、中央諸国? なんですかそれ、聞いたことありませんよそんな地名は」

「おめえさん、さっきから何言ってんだ?」

 

 あまりにも男が突拍子のない単語を飛ばすので、思わずデルフが会話に割り込んだ。

 

「わ! この剣、喋るのか!」

「喋っちゃ悪いかよ、おう」

「お、おいデルフ! 喧嘩は止めろ! せっかくの命の恩人に向かって!」

 

 男は、剣が喋ったことに大層な驚きを見せる。

 

「すいません、この剣、インテリジェンスソードっていうんですが、この通り見た目はサビサビの癖に、客に喧嘩を売る問題児なんでさ。やいデルフ! これ以上失礼を言うな! 貴族に頼んでてめえを燃やしちまうぞ!」

「おもしれ! やってみろ! どうせこの世にゃあ飽き飽きしていたところだ!」

「やってやらあ!」

 何故か主人と剣の喧嘩に発展し始める。それを止めたのはデルフを持っていた男だ。

 

「まあまあ、もったいないじゃないか。喋る剣なんて面白い」

「へっ、お前さんも『使い手』じゃねえくせに、随分鍛えてんじゃねえか。人は見た目によらねえってか」

「おいおい、これでも僕はついこの前、魔王を討伐した勇者一行の一人、伝説の勇者ヒンメルだ。実力なんて、あって当然じゃないか!」

 髪をふぁさぁ……と撫でつける青髪の男こと、ヒンメル。

 それを聞いた商人とデルフは、揃って疑問符を浮かべた。

 

 

「魔王? なんですかいそりゃ?」

「お前さん、もしかして『イーヴァルディ』のような空想の勇者に憧れる、痛い妄想癖でも持ってんのか?」

 

 

 臆面もなく自分を『魔王を討った勇者』と言ってくるのである。もしかしたらかなり痛い人物なのだろうか?

 商人とデルフ、二人の心の距離があいたので、ヒンメルは再び慌てた様子を見せた。

 

「い、いやいや! ついこの間まで王都でお祭り三昧だったじゃないか! 本当に、ここはいったいどこなんだい!?」

「だから言ってんじゃねえか。ここはハルケギニアって世界のトリステイン国。魔王なんざきょうび、平民の書く御伽噺でしか聞いたことねえよ」

「僕の……知らない世界……」

 

 それを聞いたヒンメルは、ひどく愕然とした。

 落ち込んでいるのか? と商人は心配顔にする。痛い人とはいえ、助けてもらった恩人なのは確かだし。

 とりあえず、慰めでもしようかと思ったが……、やがてヒンメルはひとしきり大きく深呼吸した後、こう言った。

 

「そっか、僕はあの『鏡』でどこに飛ばされたのかと思ったけど……、いつ以来だろうな。こんなにワクワクするのは」

 

「あの、大丈夫ですか?」

 良く分からん人だなあ。商人がそう思いながら声をかける。

 しかしヒンメルは、『思わぬところで隠しダンジョンを見つけた』かのような、少年心を宿したような瞳を向けながら、笑顔で返す。

 

 

「ああ、大丈夫さ。……どうやらまだ、僕の冒険は終わりを迎えてないらしい。それが分かっただけでも嬉しいかな」

 

 

「なんだおめえ」

 思わずデルフは突っ込む。本当に変な奴だ。

 口から出ること全てがわけわかんねえのに、実力だけは本物。

 そして誰も理解してくれない苦境の筈なのに、すぐに思考を切り替えられるポジティブな性格。全てが今まで会ったどの人間にも当てはまらない、奇妙な風格を漂わせていた。

 

「いや何でもない。ここでは〝冒険者ヒンメル〟。改めてそう名乗ることにしよう」

「ほんとになんだおめえ」

 

 勇者を名乗ったかと思えば冒険者を名乗る。本当にこいつ、ようわからん。

「とりあえず、怪我がなくって良かった。もしよかったら、このまま目的地まで護衛しようかい?」

「ええっ! いいんですかい! ぶっちゃけ助かります! またあんな目に遭うのは御免ですし……、ただ、そんなに持ちあわせが無くて」

 

 まあ、金があったら護衛の一人でも雇っているだろう。慮ったヒンメルは静かに言った。

 

「お金はいらないよ。報酬として、この剣をくれれば」

「え、おい!」

「いいんですかい! やった! 正直願ったり叶ったりでさ! 厄介払いに困っていたところですし、なんなら特別に鞘もお付けしますぜ!」

「俺の意見無視すんなぁ!」

 そう叫びつつも、別にデルフは、このヒンメルとかいう男の刃となることに、強く異議を唱えることはしなかった。

 面白い奴に会えた。そう思っていたからというのもある。

 

 その後、商人の護衛自体は順調に終わり、彼とも握手で別れる日が来た。

 

「本当に大丈夫ですかい? そんな剣で。旦那でしたら特別、もっと良い剣をお譲りしたっていいのに……」

「ああ。武器というより仲間ができたようなものだしね。一人より、話せる誰かといた方が旅は楽しいものさ」

 ヒンメルの言に、商人もふっと笑った。

 そしてそのまま、最後は手を振って別れる。「またね」という言葉と共に。

 

「とりあえず、ここはどこか、どうやって元の場所へ帰るかを見つけるところから始めるか。改めて、よろしくなデルフ」

「……なあ、ヒンメル。一つ聞いて良いか?」

 

 ヒンメルは、肩に担いだ旅の道連れと話しながら一人、どこへ続くとも知れない街道を歩き始める。

 

「なんだい?」

「なんでお前さん、俺なんか選んだ? この通り、見た目もサビサビでぼろっぼろ。元の切れ味に戻る方法も思い出せねえ有り様だってえのに」

「さあね。……でも、きみはおそらく、何にもかえがたい力を秘めている。そう思ったのさ」

「どうしてそう思った?」

「なんとなくだ」

「なんだそりゃ」

 笑顔で言うヒンメルに、デルフもまた、呆れが混じった笑いで返す。

 本当に変な野郎だ。だが、同時に不思議な気分にさせてくれる男だった。

 

 

 魔王討伐なんて嘘八百としか思えないのに、本当にそれを成し遂げてきたかのような風格を身にまとっていたのだから。

 

 

 それから、デルフはこの世界におけるヒンメルの剣として、色んな所を旅した。

 

 魔法が発展し栄えていくゲルマニアを。上空三千メイルの空の大陸(アルビオン)を。竜が蠢く火竜山脈を。人形技術で成長し続ける大国(ガリア)を。灼熱の海、砂漠(サハラ)を。

 

 時に人助け、時に遺跡探検。時に人助け、時に戦闘。時に人助け、時に大事件に巻き込まれながら。

 

 酒場での下らない会話、徐々に増える仲間、後に歴史を動かしたであろう大事件を裏から解決し、時の人々に、確かに記憶に刻んでいく。

 まるで本物の勇者のように、様々な偉業を成しながらも、振り返ると下らない会話やたわいのない冒険譚で笑い合う情景が思い出される。そんな人間を守れる刃となれる楽しさ。

 デルフはいつしか、ずっとこんな感覚が続けばいいとさえ、思い始めていた。

 

 

 だがそれも、唐突に終わりを迎える。

 彼との旅の終着点。それが突如復活したといわれる、古代竜(エンシェント・ドラゴン)討伐戦。

 

 

 洗脳で幾千、幾万もの竜で空を埋め尽くし、業火ですべてを焼き払う。まさに太古の災厄。

 強靭な鱗や外殻は、刃物どころかあらゆる魔法も通さない。まさしくこの世の終わりを体現したかのような存在に、ヒンメル一行は挑んだ。

 

 

「う~ん、あれに正攻法はきついだろうね」

「当り前だろう、おれでもあいつはどうすればいいか分からん。『魔障壁』とやらで魔法が通らないんじゃな……」

 

 エンシェント・ドラゴンがガリアへ歩を進める行き先。そこで待ち構えるように。

 当時のヒンメルと、在りし日のヤング・オスマンは、これからエンシェント・ドラゴンが通るであろう道を崖上から見下ろしながら、会話していた。

 オスマンは木の根元に寄りかかりながら、立って崖下を見るヒンメルに向かって言った。

 

「流石のお前でも正面じゃ無理だろうヒンメル。あんなバケモン、どうすりゃ倒せるってんだ」

「既に――――――と――――――には準備してもらっている。後はみんなの力を借りて……、まあ何とかする。かな」

「……お前はいつもそうだよ。おれが『無理だ』『無謀だ』って言っても、絶対弱音を吐かねえ、どんな困難や苦境も、楽しみながら攻略しやがる」

「そして大体、結果オーライで済ませちまうのがヒンメルだよなあ」

 

 鞘から現れ、デルフはカタカタ笑った。流石にこの頃はもう、刀身は錆ではなく新品のような美しさを出している。

 そんな、あっけらかんとしたデルフを見たオスマンは、ひどく憤慨した。

 

「てかデルフ! なんでお前『魔法を吸収できる能力』があるなんて今まで隠してやがった! その力があったらあんな時とかあそことか、もっと楽できただろうがよ!」

「うっせえ! 俺もついさっき(・・・・・)そういやあるなあって、思い出したんだよ! 逆にいやあ今思い出したからいいじゃねえか! 今更蒸し返すんじゃねえよスケベメイジ!」

「んだとぉ! この減らず口のお喋り剣め! 先におれの『六乗炎嵐(ヘキサゴン・フレイム・ストーム)』で滅却してやろうか!」

「おう、やれるもんならやってみろ! こちとらあのバケモン竜のブレスを吸収しようってんだぜ! てめえの起こす火なんざ屁でもねえや!」

「はいはい、二人ともそこまで」

 当たり前のような感じで、ヒンメルは喧嘩する剣と戦友を諫める。手際よくなだめるあたりが、このやり取り自体が日常と化しているのが窺えた。

 

「そろそろエンシェント・ドラゴンがこちらに来ることだろう。僕たちも準備を始めるぞ」

「……なあ、ヒンメルよ」

 

 宥められて冷静になったオスマンは、神妙な態度でヒンメルに尋ねる。

「なんだい?」

「ずっと聞きたかったんだが、お前さん、それでいいのか?」

 それは、普段おちゃらけることの多い彼からすれば珍しい、真剣な表情だ。

「あの古代竜の討伐は、ハルケギニアの住民なら命をかけてやらなきゃならねえ。世界の危機だからな。だがお前はこの世界の住民じゃねえ。だのにこれから、あの竜の最前線に立って命を張るんだぜ。なんでそんなに気張れるんだ?」

「確かにね。本音を言えば僕だって怖い」

 

 ヒンメルはしれっと答える。あんまりにも自然にいうので、オスマンもずっこけそうになった。

 

「じゃあなんで、自ら危険な目に遭おうとするんだ?」

「この恐怖が、僕をここまで連れてきた。それだけさ」

 ヒンメルはにっと笑う。「御馴染み戦友の言葉だな」デルフが補足してきた。

「もっと分かりやすく言えよ」とこぼすオスマン。ヒンメルは考えた後、真剣な表情でこう続けた。

 

「それに何も、僕一人だけであいつに立ち向かうわけじゃない。デルフがいる、オスマンがいる、頼れる仲間も、この事態を何とかしようと国中が、この旅で知り合ったみんなが一致団結して頑張っている。みんなが僕を信じてくれるから、僕もみんなを信じてあいつに立ち向かえるんだ」

 

「……ったく、本当に底なしのポジティブ野郎が」

 オスマンはため息をこぼす。暗に「お前だけでも逃げろ」と、遠回しに伝えたつもりなのに、それをやんわりと断ってきたのだから。

 

 

「……死ぬんじゃねえぞ、ヒンメル」

「分かってるさ。こっちこそ頼りにしてるぞ。オスマン」

 

 

 そう言って戦友二人は、互いに突き出した拳を打ちつけあった。

 するとここで、上空から幻獣グリフォンが殺到する。その上から一人の、羽帽子をかけた精悍な騎士が、ヒンメル達の前に舞い降りた。

 

「ヒンメル、オスマン! 奴がついに動き出した!」

「いよいよか。ワルド()爵」

「ああ、決戦だ。各位、戦闘準備に入っている。ヒンメル達も配置についてくれ!」

 

 羽帽子の騎士は、押し出しの強い美顔に炯々とした強い瞳を滾らせていた。

 ヒンメルは彼とも古い知り合いであるかのような風体で、握手しながら会話を交わす。

 

「よし、行こうかみんな。世界を救いに」

 

 ヒンメルの言葉に、周囲は頷いた。オスマンは『飛翔(フライ)』で瞬時に飛びさり、所定位置に着く。

 ヒンメルも剣を肩から抜き放ちながら、デルフに言った。

 

「頼むぞデルフ」

「おう、やってやろうぜ。『相棒』」

 そして、いよいよ世界(ハルケギニア)の命運をかけた戦いが始まった。

 

 

 

 かくして、古代竜との戦闘は熾烈を極めた。

 作戦、仕掛け、人海戦術、数々の秘密兵器、多量な魔法の雨あられ。

 災厄を鎮めんとあらゆるものを投じていきながら、優に半日以上、古代竜と戦闘を繰り広げた。

 

 だが、それをもってしてもなお、かの厄災は頑強、健在。

 

 この戦の中、幾人もの知り合った人々が散っていった。それに伴い、竜側も確実にその力を削いでいく。

 それでも歩みは止まらない。絶望が、人類の側に降りかかろうとしていた。

 

 

「はぁ、はぁ……」

「大丈夫かよ、ヒンメル……」

「問題ないさ……、はは、魔王との戦いを思い出すよ。こんな風に熾烈だったけかな……」

 

 ヒンメルは今、壊れた城塞の岩陰に身を隠しながら、呼吸を整えていた。

 身体中、煤や血で汚れている。だが五体満足でいるだけ上出来だと、デルフは思っていた。

 オスマンは無事だろうか? いや大丈夫だろう。長年旅をつづけた信頼が、ヒンメルに「大丈夫」という確信を与えていた。

 

「そろそろあの野郎、ガリアに足を踏み入れちまうぞ」

「ああ。だがあいつだって無傷じゃない。大きく消耗しているのは確かなんだ。ここで、決着をつけよう」

 

 そのためにも、今は少しでも休憩をしなければ。

 仲間たちの力を借りて先回りしていたヒンメルは、この『虎街道』と呼ばれる一本道で、あの巨竜と雌雄を決しようと考えていた。

 

「……なあ、ヒンメル」

「なんだ、デルフ」

「先に言っときてえことがあるんだ。……『ごめんよ』」

 らしくない、デルフの汐らしい態度にヒンメルは疑問符を浮かべた。

 

「急にどうした? 何を謝るんだ?」

「最初に会った時、俺言ったよな? 『イーヴァルディのような空想の勇者に憧れる、痛い妄想癖でも持った野郎』だって」

「さあ、言ったっけ?」

 

 ヒンメルは気を使ってとぼけたが、デルフは続ける。

 

「実を言うと、ずっと後悔してたんだ。なんで信じてやれなかったんだろうと。今ならお前が、『魔王を討った勇者』だって心から信じられるのに。この戦が起こる前まで、ずっと何かの間違いだろうって、思ってたんだ」

「仕方ないさ。ここには〝魔族〟も〝魔物〟も、なんなら〝魔王〟もいないんだから。僕だってこの世界の住民なら、変な奴だろうなって思うだけさ」

「だから今のうちに謝っておきたかった。お前は間違いなく『勇者』だ。色んな人を守り、惹きつけ、この最終決戦でもみんなから頼りにされている。そんなお前を守る剣であれたこと、心から誇らしく思うよ。勇者ヒンメル」

「そういう言葉は、奴を討伐してすべてが解決した時に言うもんだ。デルフリンガー。人生ってのは、今後の方が長いんだからね。特にきみはこれからも悠久を生きるわけだし」

 

 ヒンメルはここで立ち上がる。壁にしていた岩の奥から、咆哮が聞こえてきたからだ。

 最終決戦の時は近づいてきた。それを誰よりも察したのである。

 服を整え、髪についた煤を振り払い、デルフの刀身が問題ないかチェックし終えた後、遂に立ち上がる。

 その時になって、ヒンメルは最後に相棒(デルフ)に向かってこう言った。

 

 

 

「でも、僕もこの世界で最初に出会えたのが、きみで良かったと心から思っているよ」

 

 

 

 かくして、ヒンメルは巨竜の前に真正面から対峙する。

 ヒンメルはデルフを構える。二つの月光が淡く刀身を照らしだす。

 対する巨竜も、咆哮を上げながらヒンメル個人を真正面から見据えた。

 

 

 まるで御伽噺のような戦い。地平線の向こうで朝日が輝く中、泰然と見下ろす巨竜と、その進行を阻むように見上げる剣士。

 

 

 巨竜はあらん限りの息を吸う。周囲にある破片を取り込み、口内で熱した巨大ブレス。

 破片を交えることで、より広範囲に質量もぶちまける。この技一つで、全てを薙ぎ払ってきた。

 

 それをこの巨竜は、たったひとりの人間にぶつけようとしている。そうせねば倒せないと悟っていたから。

 

 刹那、巨竜に立ち向かう勇者の視界全面に、ブレスが吐き出される。

 それを真正面から見据えながら、ヒンメルは駆けた。

 破片を斬り裂き、ブレスを『デルフの限界を超えない範囲』で吸収し。

 時に壁を走り、ブレス範囲から逃れ。

 

 しかし次の瞬間、その地一帯が強烈な破裂音と破片で舞い上がった。

 

 強烈な熱が迸り、瓦礫が小石のように散弾し、辺り一帯が焼け野原となる。

 岩は紙屑のように宙を舞い、火花が周囲を飛び散り、(ともしび)となって佇む巨大竜を写し出す。

 

 その竜の上空。舞い散り落ちゆく一つの破片。その裏側に、愛剣(デルフ)を突き刺し共に飛んでいたヒンメルがいた。

 

 

 その時の光景、情景。

 瞬きの速度で、フリーレンの中に流れた、デルフの記憶だった。

 

 奇しくも、フリーレンは当時のヒンメルと同じように、真上に舞い上がった岩盤にデルフを突き刺し、巨竜の真上で構えていた。

 

 巨竜は反応した。『当時』と同じように。

 剣の持ち手にじゃない。正確には、その者のはるか上空に位置する者の気配。『虚無』の気配に。

 

「フリーレン! 作戦通りこっちに顔を向けさせたわ!」

 

 上空にはシルフィードが再び舞い上がっていた。その上にタバサとキュルケ、シエスタ、そしてルイズがいた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「最後の作戦?」

「そう」

 

 それは、巨竜が最後のブレスを放つ前。その瞬間。

 フリーレンが秘かに、ルイズにこう伝えていた。

 

「奴の目は常にルイズを追いかけている。ルイズが上空に動けば、奴は真上を見上げる。その隙を私が討つ」

「それって……、つまりわたしに囮をやれってこと?」

「囮兼、とどめ役だ。額の目を潰しても、かろうじて魔力は残るだろう。でもルイズの〝一般爆裂魔法〟なら、今度こそ奴の全てを消し飛ばせる。私が弱らせるから、ルイズが終わらせて」

「そんなこと……」

 ルイズは自信なさげに言うが、フリーレンはここで自信を持たせるために口を開く。

 

「『メイジの実力をはかるなら使い魔を見よ』」

「へ?」

「ルイズが教えてくれた言葉だよ。使い魔の実力や実績が、メイジの実力と繋がっているというのなら――――」

 

 やさしい笑みを浮かべ、更にこう続ける。

 

 

 

「ルイズ。あなたが召喚したのは千年以上生きた魔法使いにして、かつて魔王を討伐した勇者一行の一人だ」

 

 

 

 

「……っ!」

「そんな私を使い魔としたんだ。だから大丈夫、ルイズならできるよ」

 

 心の底から信頼してくれている声。

 ルイズは、心の中が熱くなるのを感じた。

 こんなにも自分を信じてくれる人は、次女以外では彼女が初めてだったのだから。

 

 だからルイズは頷いた。何も言わずに。

 自分を信じてくれる、フリーレンの言葉をルイズも信じた。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 ルイズはタバサにもう一回、シルフィードで飛び立つように頼んだ。

『危機察知役』にシエスタも伴って。キュルケも一緒に。

 

 さて、同時期のオスマン達はというと。

「ちょ、ちょっとあれ、どうするつもりなのさ!」

 フーケは大慌てしていた。あの範囲のブレス、〝防御魔法〟やゴーレムじゃまず防ぎきれない。

 この範囲なら、逃げている住民たちにも被害が及ぶだろう。

 

「案ずるな、ミス・ロングビルよ。すでに手は打っておる」

 

 オスマンは長い杖を一振りする。

 すると先ほど使ったゴーレムの残骸を寄せ集めて『錬金』。鋼鉄製の城塞を一瞬にして生み出した。

 その上に、先ほどフリーレンから教わった〝防御魔法〟を、直径十メイルほどまで長く展開する。ブレス、質量両方耐えるオスマン独自設計式防御陣だった。

 

 

 次の瞬間、城塞に向かって膨大な熱量と共に、散弾の如き破片弾が飛んでくる。

 

 

 一瞬、強烈な衝撃が走りフーケは戦慄いた。

 そんな中でも、オスマンは毅然として立って杖を振っている。

 巨壁は何度も壊れかけるも、そのたびに再生を繰り返し、長時間のブレスに耐える。

 

 

「舐めるなよ巨竜。おれ(・・)があの後、どれくらい修業したと思ってる」

 

 

 オスマンは若かりし頃の不遜な態度を押し出した声で、業火の先にある巨竜に告げる。

 

 

「『八乗鋼鉄壁(オクタゴン・スチールウォール)』の最新式防御魔法だ。あの時(・・・)とは違うぞ。この後ろにそのブレスは絶対通さん」

 

 

 本来、四系統(スクウェア)より上は王家にしか許されぬ領域(クラス)

 それを成すのは、類まれなる才と、人よりも長く生きて得た知恵、そして勇者との旅路で培った、数えきれないほどの経験値。

 四系統魔法全てを八乗(オクタゴン)まで自在に重ねられる。百に及ぶ生きた年月が、それにより培われた膨大な魔力が、あり得ないことを可能にさせていた。

 

 ハルケギニアが誇りし賢老。その一端を、フーケは垣間見た。

 巨竜の業火は、その勢いが完全に消え去るまで、完璧に防いでみせた。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 それでも業火は、守るべきもの以外の周辺を焼き払った。

 木々は燃えるより先に灰となり、辺り一面は荒れ地に変わる。

 その巨竜の上空。

 

(――――見えた)

 

 フリーレンはそのまま、『ガンダールヴ』の、デルフの記憶に導かれるがままに、盾にしていた岩盤から跳躍する。

 デルフを引き抜き、呆然と見上げているであろう巨竜。その額の、第三の目に向けて刃を構える。

 剣など振ったことないのに、まるで熟達の戦士の如く操れる。なんとも不思議な気分だ。

 

(ヒンメルもアイゼンも、シュタルクもこんな視線で相手を追いかけるのかな)

 

〝剣士の視界〟を肌で体感していたフリーレンは、そのまま記憶の奔流に今は身を任せる。

 自然と剣を下に突き立てる。その動きにぎこちなさは一切ない。

 そしてそのまま、一気に重力に引かれるままに、竜の額にある第三の目へと殺到する。

 

 フリーレンの切っ先は、巨竜の眼球に深々と突き刺さった。

 一瞬の静寂の後、巨竜は激痛の悲鳴を上げた。

 

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