使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第28話『勇者の足跡』

 

「それにしても、振り返るととんだ一日だったわい」

 トリステイン魔法学院、学院長室にて。

 やれやれといった形で、オスマンはセコイアのテーブルに両肘をついていた。

 彼の前のソファには、かの大事件を解決に導いたルイズ、キュルケ、タバサ、フリーレン。

 向かいのソファに今回の元凶、秘書ロングビルこと『土くれ』のフーケ。

 オスマンの隣には、唯一話を聞いていたコルベールが立って控えていた。

 ちなみにデルフリンガーは、フリーレンの側に立て掛けてあるのだが、また眠ってしまったらしく、寝息を立てていた。

 

「いやはや……、もう、私は汗が止まりませんでしたぞオールド・オスマン。まさかそのような大変なことが起こっていようとは……」

 

 私も参戦すればよかった……。と、後悔に顔を歪めるコルベール。生徒たちを危険に晒したことに罪悪感があったのだろう。

「いや構わんよ。もう終わったことじゃし、何よりお主は戦いなどもう、したくないのじゃろう?」

「それでも緊急でしたら駆けつけましたよ……。いえ、これ以上は言い訳ですね。申し訳ございません」

 コルベールは頭を下げる。「じゃからええわい」とオスマンは軽く手を振った。

 

「王宮衛士隊の報告はどうなっとる?」

「はい、例の『古代竜復活、及び再討伐』についての報告は、オスマン氏と近隣の民以外に目撃例がないため信じる者が皆無とのこと。そのため、『土くれが変な実験を行い、その結果生み出されたキメラドラゴンを討伐した』という話でまとまっているとのことです」

「わしが想定した通りの内容になったな。まあ古代竜が復活したというよりかは、かの『土くれ』がよく分からん経緯で生み出したバケモンを退治した、という方が通りも良いじゃろうて」

 一応、今回の事件についての内容は嘘偽り並べ立てて報告しているつもりは無いが、あまり詳細に話し込むとエルフであるフリーレンのことについても明るみにしなければならない。

 なので、踏み入った報告までは王宮に届けてなかった。

 まあ、そもそもとして太古の竜がまさか蘇りかけていたなんて話、今更王宮の連中が信じるはずも無し。

 もう既に事も終わっているため、下手に騒ぎ立てる必要性も無いのだから、王宮がそのように受け止めたことに特に異議を並べ立てる気もなかった。

 ちなみにフーケは、表向きには「キメラドラゴンに巻き込まれて死亡」ということになっている。それを疑う者など、王宮にはいないようだった。

 

「まったく、本当に余計なことをしてくれおって」

 オスマンのジト目に、フーケは赤面して俯いた。

「まあ、そもそも『絶対防御』を誇った筈の学院の城壁が、なぜ『錬金』ごときであっけなく粉砕できたのかが、一番の疑問なのじゃが……」

 次いで呟くオスマンの言葉に、思い切り反応したのはフリーレンだった。

 その原因は間違いなく自分の魔法にあると分かっているが故だ。

 しばし、周囲は滝汗を流すフリーレンを見つめていたが、やがてオスマンは「ふぅ」とため息をつく。

 

「もとはと言えば、そのヒビの原因に気付かなかったことや、事の発端である生徒同士の決闘を傍観し、放置したわしに責がある」

「そうですね。責任は傍観の立場にあった我々が負うべきです。後から調べてみれば、最近のメイジの当直達は見張りにつかず、ぐうぐう自室で寝る者も多いと聞いております」

「こんな有り様じゃあ、いずれこうなるのは当たり前じゃったのかもしれんな」

 オスマンはため息交じりにそう答える。すこし空気がしんみりし始めたと思ったので、フリーレンのためにも話題を変えた。

 

 

「結局、あの化け物はどうやってあんな風になったのかのう?」

 お主は分からんか? とオスマンはフリーレンに呼びかける。

「私も原因は全部分かったわけじゃないけど」と、フリーレンも前置きしながら、机の上に破片を置く。

 それは暗黒のオーラのようなものを放っていた。

「これは私のいた世界で生息する『暗黒竜』の角のかけらだ。これにフーケは心当たりある?」

「ああ、この前モット伯とやらの屋敷で丸ごと頂戴したさ。ドラゴンの骨格標本らと一緒にね」

「一番は、暗黒竜の放つオーラに、あの古代竜(エンシェント・ドラゴン)の心臓が引き寄せられてしまったという説」

 フリーレンは戦場で拾い上げてきた暗黒竜の角の破片を、みんなに見せながら話す。

「元々、暗黒竜の角は私の世界でも召喚に使うぐらい強力な力を持った素材だ。同じドラゴン同士、引き寄せられる何かがあったのかもしれないね」

「うぅむ、最後のあがきで韻竜に憑りつこうとしたことといい、竜を洗脳する技術といい、無いとは言い切れんな」

 

 オスマンは頷く。もともと奴は『虚無』を狙うくらい、潜在的な力を見抜くことに長けている。その力を取り込み再生を繰り返し、あの域へ至ったのかもしれない。

 

「勿論、この説が確実という証拠はないけどね。古代竜の生まれとか、太古の昔に眠りについた理由も現時点じゃ解明できそうもない。真相を明かすんだったら、観測や検証を繰り返す必要はあるけど……」

 フリーレンは、すごく疲れた目を浮かべる皆を見て「まあ、進んであんな目には遭いたくはないよね。私も御免だ」と、返した。

「だから現状、分かることはそれぐらいかな」

「うむ、とはいえ貴重な情報の提供、感謝するぞ」

 

 

 

「さて、では改めて話を聞かせてくれんかのう『土くれ』よ。まずお主の、本当の名が知りたいのう」

 

 オスマンは再び、話題を変えて今回の元凶、フーケの方を見る。

 フーケはため息をつく。自分の言動一つで独房送りか否かが決まる雰囲気だ。

 

「私の本名は『マチルダ・オブ・サウスゴータ』。アルビオンの貴族だったんだけど、家も名前も捨ててトリステインにやってきた流れ者さ」

 自嘲気味に、フーケは言った。ここで嘘を言う意味はない。全部本当のことを言うつもりだった。

 逆に、その名を聞いたオスマンは、何かを思い出したかのように手を打つ。

 

「『サウスゴータ』!? ああ……ロングビルってそういう……」

「知っておるのですかな? オールド・オスマン」

「ああ、一昔前にヒンメルの奴と旅した時にな。アルビオンに寄ったことがあったのじゃ」

 

 ヒンメル。

 その名が出たフリーレンは、目に見えて強い反応を示した。すでに彼のことを使い魔ごしに聞いているルイズ達も、無意識に顔をオスマンに向ける。

 コルベールとマチルダだけは、イマイチどういうことか分かってないようだが。

 

「ヒンメル? 誰ですかその者は」

「後で話すわい。そうか……ではお主はロングビル・オブ・サウスゴータの子孫なのじゃな」

「ご先祖様を知ってんのかい?」

 マチルダは思わず立ち上がる。オスマンは懐かしむような顔で頷いた。

「知っとるも何も、彼女の尽力がかつてアルビオンの内乱……『レコン・キスタ革命』解決の一助となった。歴史という大海の中に、彼女の名は埋もれてしまったが、わしはよく覚えておる。毅然として、平民にも差別しない、理知的な女傑じゃったよ。特に尻の触り心地が……」

 

 ここまで来た時、オスマンはごほんと咳を鳴らした。「ま、まあヒンメルに促されてちゃんと謝ったわい」と、誤魔化すようにそう続けた。

 

「彼女との出会いや反乱の経緯を話すのはまた今度として……、最後はかのエンシェント・ドラゴン……古代竜討伐戦後に亡くなられた。巨大なゴーレムを使役し、命尽きるその時まで、ヒンメルの足を担っておった。まったく、女性にしとくには惜しい英傑じゃったわい。ええけつなだけに」

「おい、ボケジジイ」

「ごめん、ほんっとごめん!」

「私はともかく、ご先祖様にまで手を出していたのか! こんの……くそぼけが……!」

 とうとう切れたマチルダは、オスマンを散々に蹴り倒し始める。当然ながら、止める者は誰もいなかった。

 

(色々と癖のある爺さんみたいだね。ヒンメルとどんな旅したんだろう)

 

 フリーレンだけは、そんなことに思いを馳せていた。

 マチルダに散々に蹴倒されたオスマンは、倒れながらも真剣な表情で問い掛ける。

「しかし……家名を捨てたとは穏やかじゃないな。サウスゴータは確か、アルビオン王の分家筋に仕えるほどの高名な家の筈じゃが……」

「家はなくなったよ。父、ムラン・オブ・サウスゴータと、父が仕えていたモード大公は処刑されたんだ。兄王のジェームズ一世の手によって!」

 心底疲れたような声で告げるマチルダに、オスマンは立ち上がりながら驚きの表情を浮かべた。

 

「兄が弟を処刑? なんで?」

 

 キュルケが疑問符を浮かべて尋ねる。隣のタバサは、一気に負の表情で歪んだ。

 マチルダは髪を軽くかきながら、話を続ける。

「端的にいやあ、王家に『差し出せ』って言われたものを差し出さなかったのさ」

「何で差し出さなかったの? それってなに?」

 今度はルイズが尋ねる。マチルダは歯を食いしばり、ぎりぎりと拳を握り締めた。

 よほど、言いたくないのだろう。だが、言わねば先に進まないことも分かっている。

 みんながマチルダの言葉を待つ。大きく深呼吸した後、最後にフリーレンを見て、観念したように言った。

 

 

「大公の妾の娘さ。エルフの血を受け継ぐ、ハーフエルフの少女だよ」

 

 

「えっ?!」

 当然ながら、周囲は騒然とした。

 ルイズは一瞬、フリーレンの方を見る。しばし、時間が流れた。

 

「へー、ハーフエルフか。ハルケギニアにいるんだね」

 

 当のエルフであるフリーレンの感想は、そんな淡白なものだったが。

「なんか、反応薄くない? せっかくの同族? なのに」

「エルフ自体、本当にめっきり見かけなくなったからね。ハーフなんて本当、いついらいだっけかな……」

 そんな事を言いながら、両腕を組んでしばし考える、思考のフリーレンとなった。

 

「しかし、ハーフエルフってことは大公の妾ってエルフそのものだったってことでしょ? ……そりゃあ、大スキャンダルにもなるわね……」

 

 キュルケは呆れのため息をこぼす。

 自分達はもう、フリーレンで粗方慣れたけど、学院から一歩外を出れば、この対応は至極当然のこと。

 それだけエルフは『ブリミル教徒の敵』として、嫌われているのである。

 そのエルフと王家の人間が、内密に付き合っていた。おまけに子供まで作った。それは確かに、大事にもなろうというものだ。

 

「大公と妾は、間違いなくお互いを愛し合っていた。それは本当だったさ。けど、それがある日王家に漏れちまったみたいでね……。兄王はエルフの妾とその子を差し出せと迫った。拒否したら向こうは大々的な抹殺に乗り出した。ってわけさ」

 

 はぁ……、と、マチルダはため息をついた。

 話してしまった。という多大なるストレスが、彼女を支配していた。

 

「それで、その子はどうなったの?」

 

 思わず、身を乗り出してルイズは尋ねる。

「私はその子の……ああ、ティファニアっていうんだけどね。子供のころからの世話役を務めていたんだよ。妾のシャジャル様も、エルフと聞いていたけど凄く優しくて、良くしてくれていた。だから、私だって彼女たちを守りたかったさ。でも……」

 

 マチルダは心底疲れたような顔で、ソファに再び戻った。

 

「助けに行った父と大公は捕まり、そのまま処刑。私も屋敷に向かったんだけど、シャジャル様を守り切れず……、ティファニアだけでも、何とか助け出したんだ」

「それで、今は?」

「アルビオンの人里離れたある場所に匿っている。場所は……、ごめん、まだ言いたくない。あんたらのこと、信用してないわけじゃないけど、あの時のようにどっかから漏れ出たりしたら大変だから……」

 

 マチルダは無意識に首を振る。それだけ、そのティファニアという少女のことを大事にしているのだろう。

 

「ほんと、何やってんだろうね、あの子を見捨てさえすれば、今頃自由に生きられるって、分かってるのにさ。……どうあがいても見捨てられずに、生活費を工面するために金を集めることにしたのさ」

「それで盗みに走ったと?」

「そうさ……。途中で色んな戦災孤児を拾ったからね。金がかかるのなんのって。……まあ半分は、あたしの家名を辱めた貴族への復讐もあるんだけどね」

 マチルダは一息ついて、ソファに再び身体を沈める。

 彼女の深刻な表情は、決して嘘偽りではないということを周囲に示していた。

 やがて、マチルダはフリーレンに問い掛ける。

 

 

「なぁ……教えてくれよ、どうしてあんたらエルフは『聖地』とやらを守ってんだい? どうして父さまやシャジャル様は死ななきゃならなかったんだい? どうしてエルフと人間は仲良くやれないんだい? 教えてくれよぉフリーレン……」

 

 

 私は疲れたよ……。

 涙を流して、嗚咽をこぼすマチルダ。こんなことを問うたって、この世界のエルフじゃない彼女には、分からないのは分かっているけど、言わずにはいられなかった。

 フリーレンも、泣いているマチルダを正面から見据え、申し訳ない声で告げる。

「ごめん、マチルダ。私にも分からない」

 でも……、とフリーレンは続けた。

 

「マチルダはきちんとその子の世話係をやれているってことは、よく分かったよ」

 

 フリーレンの言葉に、マチルダは何とも言えなさそうに、視線を下に落とした。

 しばらく、静寂が訪れる。

 

 

「もしよかったら、その子を学院で匿うってのはどうじゃ?」

 今度は横から、オスマンが提案する。

 それを聞いたマチルダは、涙を拭いたのち、心底悩ましい表情を浮かべる。

「それも考えたさ。考えたけど……」

「なんじゃ、何をそんなに葛藤しておるのじゃ? 何がお主をそんなに苦しめるのじゃ?」

「お前がいるからだよ、このエロボケじじぃがぁあ!」

 

 とうとう、マチルダは噴火してまた立ち上がる。

 

「ほんっと、私だってフリーレンを頼りたいよ! この学院でみんなのように授業を受けさせたいよ! でもあんた、絶対セクハラする! するに決まってる! もう今からでも目に浮かぶよ。あの子の育ったあそこ(・・・)を指して『それはホンモノか?』って、ふざけたこと抜かす場面が! ああ本当にこの! この! エロボケがあ!!」

「ぎゅああ! ごめ、ごめんて! ぐぁああああ!」

 

 過去最高レベルでオスマンを蹴り倒し始めるマチルダ。当然だが、誰も止めようとしない。

 なんか、色々ことをややこしくしているのはこの爺さんなのでは? 周囲はそう思い始めていた。

 

(魔法はホンモノなんだけどな)

 

 その様子を見ながら、フリーレンは思う。

 まあ、今の一級魔法使いはどこかタガを外した者が多いと聞くし、そういう意味ではオスマンは自分の世界に来てもやれるんじゃないかとは思っていた。

 ゼーリエ相手にこの態度をとれるのならある意味本物だろうし。

 

「ほ、ほほ……そういえばサウスゴータのロングビルも、自分より他人で熱くなれる人じゃったのう……今思い出したわい……」

 呻いて倒れるオスマンを、ひと通り蹴り倒したマチルダは再びソファに戻った。

 

「色々と考えたけど、私はあの子が平穏無事に生活できればそれでいいんだ。勿論、いつかは世界に旅立たなきゃならない時が来るだろうけど、今はまだ、そっとしておきたいんだ」

 エルフでもないし人でもない。それゆえ彼女の精神はすごくナイーブだと、マチルダは説明する。

 複雑な事情があるようで、ルイズ達もしばし黙考していた。

「……」

「こんな事態になって、こんなわがまま通せるとは思ってない。でも、あの子たちの平穏が約束されるのなら、私は何だってやるさ。それは、今でも変わらないよ」

 改めて、決意を湛えた表情で、マチルダはそう言い切った。

 

 オスマンは這う這うの体ながらも、威厳を精いっぱい保つ声で、再び周囲に問い掛ける。

 

「ふむ、どうじゃ皆の衆? 彼女の告白を聞いて、それでもなお王室に突き出すか?」

「あたしは別にトリステイン貴族たちのお宝が盗まれようがどうだっていいし、裁く権利とかも特にないしねえ」

「わたしも同意」

 外国人であるキュルケとタバサは即座にそう返す。

 やったことは許されざることだが、心情的にタバサはかなりマチルダに同情している様だった。

 お宝にしても、きちんと返還されるようだし。

「私も、先の話を聞いた後だと酌量の余地あると思いますし、ここで彼女を突き出してしまうと、そのアルビオンに住む子供たちにも累が及ぶことでしょう」

「お主はどうじゃ?」

 

 オスマンは最後に、ルイズの方を見た。

 ルイズは真剣な表情で、しばらく悩む。

 

「……確かに、フリーレンの言う通り盗みに理由はあるわけだし、あなたをここで突き出せば、そのティファニアってハーフエルフほか孤児たちの生活も困窮する。それは良く分かったわ」

 最初にそう言いながらも、ここで大きく深呼吸して、再びルイズは正面からマチルダを見据えた。

 

 

 

「でも、やっぱり無関係な人たちの宝を盗んだのは、良いことだとは言えないわ」

 

 

 

 マチルダは反論しない。

 理由はどうあれ、犯罪に加担したのは確かなのだから。

「だから、もうこんなことは絶対にしないこと。ちゃんと償うこと、今後は誰かを助けるために力を使うこと。それをここで誓って頂戴。そうしたら……わたしを殺しかけたことについても忘れてあげるわよ」

 ルイズの言葉に、マチルダは杖を取りだし、真正面から答えた。

「……誓うよ。あの子の安寧を願うためにも」

 ルイズもまた、杖を取りだし、マチルダと杖を交わす。

 確かな誓約が、結ばれた瞬間だった。

 

 

「さて、これにて一件落着じゃな」

 オスマンは、ここでパンと手を打って立ち上がる。

 もう威厳もへったくれもないほど服がボロボロだが、それでも精一杯の威厳を保って。

 なんならエンシェントドラゴン戦よりボロボロなんじゃなかろうか、とみんなは思っていた。

 オスマンは「こほん」と咳を鳴らした後、ルイズ達を見て告げる。

 

「さて、世界の危機を救ってくれたこの場のみんなに改めてお礼を言わせてほしい。お主らには感謝してもしきれない。本来なら王宮に爵位を手配し、バラ色の花道を歩ませるのが筋というものじゃが……」

 オスマンはここで、肩に乗っている白鼠の鳴き声に耳を立てた後、言った。

 

「どうやら今の勲章授与諸々は、従軍が条件になったらしくてな。そちらでの褒賞をわしの一存で与えることはできん」

 それに詳細を話せばエルフも絡む。とオスマンは続ける。

 その理由に対して異を唱える者はいない。皆、それだけフリーレンのことを信頼しているからだ。

 

「故に、今回は賞金のみということで勘弁してほしい。盗賊フーケに懸けられた懸賞金と貴族の宝を取り戻した謝礼を分配し、後日お主らに送らせてもらう。これが老いぼれにできる精一杯の感謝の気持ちじゃ」

 その言葉に、まあ仕方が無いかという顔で、キュルケやタバサは頷いた。ルイズも別に褒賞目当てで志願したわけじゃないし、それを不当というつもりもない。

 逆に、一番頑張ったであろうフリーレンに何か無いのか、というのが気になったようだ。

 

「あの、フリーレンには……ほかに何かないのですか?」

「私は別にいいよ。約束通り『許可証』をくれれば」

 

 と、フリーレンはさして気にしてなかったようだが、オスマンはそんな彼女にもささやかだが『お礼』を送ると約束したため、ルイズも胸をなでおろす。

 

 

 ちなみに、マチルダが気を揉んでいた『契約期間』の業者については、規定額をオスマンが支払うということで決着がついた。

 とはいえ、マチルダはどちらかというとこの件を『やらかした』側であるため、いうなれば賞金ではなく借金という形になったが。

 返済は学院で一生タダ働き。勿論衣食住はつけるし必要ならば休暇も与えるというし、今後はその契約に関してもオスマンが負担してくれるというのだから、マチルダとしても文句は出せなかった。

 

「まあ、諸々の準備が整ったら、ティファニアをこの学院には呼ぶことにするよ」

 

 今すぐ、というわけにはいかないが、遠からずマチルダもティファニアを学院に呼び寄せることについては考えている様だった。

 エロジジイがいるとはいえ、この学院ならエルフの事を分かってくれる人間が多少なりともいるのも確かだし。

 

「その時は、どうかティファニアの事を頼むよ。本当に、今のあの子は独りぼっちだからさ」

 

 マチルダの言葉に、周囲もまた頷くことで返した。

 

 

 

「さて、話は大体、いち段落したな」

 オスマンは髭をしごいて頷いた。

 気を利かせたコルベールが、周囲に紅茶のカップを振る舞う。

「ま、皆の衆。しばし休憩時間としようかの。精神的に疲れる会話ばかりしていたからのう。もし部屋で休みたいのであれば、遠慮なく出てもらって構わんぞ」

 

 オスマンはそう言うも、周囲は部屋を出ようとはしなかった。

 開口一番、口を開いたのはマチルダだ。

 

「何言ってんだい。こちとら聞きたいことが山ほどあるんだ」

「そうですぞ、エンシェント・ドラゴンの件もですが、その旅の連れとして度々あがる『ヒンメル』という人物について、ぜひ教えてもらいたい!」

「それについてはわしより、彼女の方が詳しいじゃろうて。のう?」

 

 オスマンは静謐な瞳で、湯気の立つ紅茶をふーふーするフリーレンを見る。

 周囲の視線が、一気にフリーレンに注がれる。当の本人はその視線を一切気にせず、茶を一口。

 やがて、フリーレンは口を開く。

 

「オスマンはヒンメルと、どのくらい前に出会ったの?」

「どのくらい前に会ったかはもう、定かではない。若い頃、森を散策していた頃にワイバーンに襲われてな。そこを救ってくれたのがヒンメルじゃった」

「そこで、二人は出会ったんだ」

「そうじゃ。奴は『異世界』から来た勇者だと言っておった。かつてエルフや仲間たちと共に、世界を震撼させた魔王を討ったと。まあ当時のわしは信じなかったな。じゃが、不思議な魅力を携えた男じゃった……」

 オスマンは遠い目で、語り始める。

 

「そうじゃな……。本当にいろんなところを旅をした。アルビオン、ガリア、トリステイン、そして当時の砂漠……、くだらんことを沢山話したし、馬鹿げたことも色々やった。振り返っても愉快な旅路じゃった」

 

 マグカップの紅茶に揺れる水面を見つめながら、オスマンは続ける。

 

「その旅路の最後が、あのエンシェント・ドラゴン討伐じゃ。やつはこの旅路で培った仲間や人脈、そしてあいつ自身の超人的な剣技でもって、一番長く竜と戦っておった。あいつがおらんかったら、今頃世界の在り様は全く別のものとなったろうて」

「……本当に、変わってないな」

 オスマンの話を聞いたフリーレンは、ふふっと笑みをこぼす。

 

 

 相も変わらず、お人よしのカッコつけ。

 その生き様で、様々な人を惹きつけたのは想像に難くない。

 

 

「その後はどうなったの?」

 フリーレンは尋ねる。

「幸いにも帰る手段はかなり最初の段階で見つけておってな。一年に一回、あやつは自分の世界に帰っておった。なんでも『腐敗の賢老の封印具合をきちんと見なきゃいけない』と、言っておった」

「そっか、帰る手段は見つけてたんだね」

 会話を続ける二人をよそに、マチルダが尋ねる。

 

「腐敗の賢老って、なんだい?」

「私の世界で大暴れした魔族の一人だよ。〝人を殺す魔法(ゾルトラーク)〟の開発者でもあるんだ」

 

 それを聞いた周囲は(良く知らないコルベールを除き)揃って口を開ける。

 特に唖然としたのがオスマンだ。魔法の原理を一瞬で理解、会得したからこそ、あの巨竜の核を瞬時に葬る魔法の恐ろしさを、いち早く察した。

 

 

「……あの魔法の生みの親か。それは確かに脅威であろうな。しかし、ヒンメルとお主の二人がいても討伐できなんだか?」

「二人どころか、私やヒンメルと同格の戦士と僧侶を加えて四人で挑んで勝てなかった。当時は封印で精一杯だったよ」

「はぁ!? フリーレンでも倒せなかったって、どんだけよそいつ!?」

 

 これまたルイズ達は唖然として叫んだ。

 巨竜戦で遠慮なく強大な破壊魔法を繰り出したフリーレン。その恐るべき実力を誰よりも知る者たちは、その言葉の重みに圧倒され、呆然とした。

「でも、今はきっちり倒したからもう問題ないよ」

「そうか……ヒンメルでも倒せない敵とかおったんじゃな……。凄まじい話もあったものじゃの……。っと、話がそれたのう」

 こほん、と咳をしながらオスマンは続ける。

 

「そんなわけで定期的に戻っておったのじゃがな、エンシェント・ドラゴン討伐後に互いの世界を結ぶ扉の力が弱まっての。あの戦いで眠ってしまったデルフを頼むという言葉と、固い握手を交わして、奴を見送った。それが最後じゃったわい」

 

「そっか……」

 フリーレンもまた、ゆらゆらと水面が揺蕩うカップの紅茶。そこに映る自分の顔を見る。そしてしばし物思いにふけっていた。

 

 

 そりゃあそうだ。

 自分が五十年、ふらふら中央諸国を旅したように、ヒンメルだって、その後の人生がある。

 その合間に、彼はこの世界で多くの足跡を、遺していたのだろう。

 

 

 

 その時になって、ふと蘇る。

 勇者の最期。半世紀(エーラ)流星を見に行く前のこと。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「ヒンメル。『暗黒竜の角』、ありがとうね」

「なになに、預かってたものを返しただけ気にすぎないよ。仲間なんだ。当然のことじゃないか」

 半世紀(エーラ)流星を見に行く前日。

 残りのパーティメンバーであるハイターやアイゼンと合流する前、ヒンメルと軽く談話したことがあった。

 揺り篭のように椅子を揺らす、老人となったヒンメルを横目に、当時のフリーレンは本をパラパラとめくっていた。

 特に意味はない。仲間が来るまでの暇つぶしだ。

 やがて、おもむろにヒンメルは言った。

 

「フリーレン、きみは本当に変わらないね」

「ヒンメルは相当変わったよね。すっかり老いぼれちゃって」

「こればかりは仕方のないことさ。でも、老いぼれた僕だって格好いいとは思わないかい?」

 

 髪の毛は寂しいものとなったにもかかわらず、自虐を一切見せないポジティブぶり。外見は変わっても中身は変わってないなと、当時のフリーレンも思ったものだ。

 

「フリーレン、きみは五十年、どんな旅をしてきたんだい?」

「べつに、特に当てもなくブラブラしていたよ」

「そうか」

 ヒンメルはそう言うと、天井を見上げてこう続ける。

 

「実は僕ね、きみと別れたあの日から、かなり楽しい冒険をしたんだ」

「へー、ハイターたちと?」

「いいや、まったく別の面々とさ。……聞きたいかい?」

「別にいい」

 

 淡白にそう返す。

 あの時は本当に、興味が無かった。

 

 そろそろハイターたちも来るだろうし、今のうちに半世紀(エーラ)流星を見る場所や案内をどうするかで思考が埋まっていたのもあった。

 ヒンメルも、そんな淡白なフリーレンすらも相変わらずだなといった風に、顎髭をしごいた。

 

「……ま、それも仕方のないことか。僕も今日だけは、きみたちの思い出を中心に語りたいからね。彼らには、悪いことだけど」

 

 心から申し訳なさそうな表情を、一瞬だけ浮かべるヒンメルの顔が、何気にフリーレンの記憶でも鮮明に、今も残っている。

 それでも、ヒンメルは顔を持ち上げ、楽しそうな顔でこう言うのだった。

 

「でももし、きみも僕と同じような『体験』をするようなことがあったら、是非色んなところを巡ってほしい。一夜で語りつくせない楽しい旅路を、新たな仲間と送ってきたんだ。その足跡を、たくさん残してきたからね」

 

 そして最後に、一瞬だけ悲しそうな表情をして、

「その時、もし僕の事を知る者がいたらこう告げてほしいんだ。『また会えそうもなくてごめんね』と」

 

 

 ヒンメルはそう言って、しばし静かに目を閉じて眠った。老いてからというもの、ヒンメルは良く寝るようになった。

 開いた本越しにフリーレンはしばし、ヒンメルを見る。初めてちょっと、興味を持ったような感情を、覚えたような気がする。

 ……気がするけど、結局深くは聞かなかったし、ヒンメルももう、その話はぱったりとしなくなった。

 その後流星を見に行く旅路では、五十年前の旅の思い出話が中心だったし、結局その話を直に聞くことなく、ヒンメルは旅立った。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「私は本当に、ヒンメルのこと、何も知らなかったんだな……」

 

 

 でも、今思えば聞いてあげればよかった。

 自分の知らない、彼のもう一つの旅路の話を。

 

 

「――――でな、その時村でヒンメルの銅像を作るってことになったんじゃが、あやつ一切妥協しなくてのう、日がくれ夜が明けても銅像モデリングに精を出しておったんじゃ! ほんっっっとにふざけるなと! 最終的にあいつとは髪の引っ張り合いをしてのう! いやあ懐かしいわい!」

「えぇ……子供ですか……」

「ふん! 十七時間以上待たされる身にもなってみろってんじゃ! マジいい加減にしろと! あげくにリテイクを出されてついにキレた彫像家も巻き込んで大乱闘! まだまだあるぞ―――」

 

 ここで楽しくヒンメルとの思い出を語っていたオスマンへ、フリーレンは視線を戻す。

 周囲は彼の語るヒンメル像に、すっかり耳を傾けていた。特に、そのナルシストぶりを今は熱烈に話していたが。

 

「なんていうか、すっごいナルシストな人なんですね……」

「フン、あ奴の前じゃグラモンの今のバカ息子などアリンコミジンココケコッコじゃ。本物のナルシストとはどういうものか味わったわしからすりゃあ、あの子の気障な態度など慈愛の微笑みで見つめられるくらいじゃわい」

 

 ひとしきりヒンメルのキザっぷりを語ったオスマンは、ここでフリーレンに目を向ける。

 

「のうフリーレン! お主とて分かる筈じゃろ? そういえばあ奴は今どうしておるんじゃ? あいつとはよく髪の引っ張り合いをしたからのう、今頃ハゲ散らかしてんじゃないかと思っておるんじゃが……」

「死んだよ」

 フリーレンの宣告に、オスマンは一瞬、言葉に詰まった。

 周囲も、先ほどまでワイワイとした空気が一瞬にして、冷えたような心地だった。

「勇者ヒンメルは三十一年も前に、既に亡くなってる」

 




つくづく書いてて思う。クヴァールさんおかしい……。
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