使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第29話『フリッグの舞踏会』

 

「勇者ヒンメルは三十一年前に亡くなっている」

 

 それを聞いた周囲は、一瞬沈黙で凍結した。

 ルイズ達はすでに知っているとはいえ、改めて聞かされると沈む気持ちを覚えるのは、先ほどまで楽しそうに語っているオスマンを見ていたからというのもあるのだろう。

 

 彼は本当に、楽しそうだった。

 楽しそうに、彼との下らない旅路を語っていた。

 

 そんな彼が、フリーレンの言葉で完全に止まってしまっていた。

 やがて、オスマンは大きく深呼吸。そしてため息を吐いたのち、言った。

 

「死んだ……とな?」

「うん。寿命で。みんなに看取られて。大往生だったよ」

「お主はその場には?」

「居合わせた。ちゃんと見送ったよ」

「そうか……」

 

 オスマンは震える拳を必死になって隠しながら、立ち上がる。

 そしてゆっくりと、窓を見た。

 

「そうじゃろうな。そうなってもおかしくないほどに長い時が経った。だが……そうか……、逝ったか、友は」

 

 若干声すらも震わせながら。当人でも、この言いようのない感情をどう表していいのか、迷っている様子だった。

 

 一分ぐらい、誰もしゃべらなかった。重苦しい雰囲気の中、オスマンは静かに、だがやさしい笑顔を浮かべて周囲に告げる。

 

「さてと、老人の四方山話に付き合ってくれてありがとう。丁度今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。世界の危機も救われたし、予定通り執り行う」

「あ、そうだ! すっかり忘れてたわ!」

 

 キュルケがぽんと手を叩く。

 

「今日の舞踏会の主役はきみたちじゃ。何せフーケの悪だくみを未然に防ぎ、お宝を取り戻した英雄なのじゃからな。せいぜい、着飾るのじゃぞ」

 

 オスマンにそう言われ、生徒たちは立ち上がる。

 

「コルベール、お主も行きなさい。ミス・ロングビル。沙汰は追って伝える。二人とも、今夜は自由にしたまえ」

 

 コルベールやロングビルこと、マチルダも頷いた。

 みんな、察していたからだ。「一人にしてほしい」と。

 

「私はどうする?」フリーレンは一応、オスマンに聞く。

「すまんが、一人にしてもらえるとありがたい。ああ、デルフはお主の好きにしても良いぞ。こんな状況でも暢気に眠りこけているボケ剣じゃが、頼りにはなる奴じゃ。よろしく頼むぞ」

「分かった」

 フリーレンも言われた通り、ソファから立ち上がる。

 そしてデルフを担ぐと、先に退出したみんなと倣った。

 

 

「最後に聞かせてはくれんかの? あいつは、安らかに逝ったのか?」

 

 

 オスマンの問いに、フリーレンは一瞬悩んだ。

 ヒンメルが死に際にどう思ってたか。それを自分の言葉で表しても、伝えてもいいのか迷ったのだ。

 彼がどう思っていたのかを尋ねるために、対話するために死者と話せる秘境へ行こうとしているのだから。

 だが、一瞬フリーレンの脳裏に、当時のハイターの言葉が過る。

 

 

『ヒンメルは、幸せだったと思いますよ』

「ヒンメルは、幸せに逝ったと思うよ」

 

 

 戦友の言葉を信じて、フリーレンは言った。

 オスマンは、ただ一言「そうか」とだけ、呟いて黙った。

「……ありがとう、ミス・フリーレン。お主に見送られたのならば、あやつも本望じゃったろうて」

 小さく頷いたフリーレンは、そのまま退出する。

 

「あと、もう一つ。『また会えそうもなくてごめんね』だってさ」

「……そうか」

 

 それを最後に告げて、扉はゆっくりと閉じられた。

 

 

 オスマン一人になった学院長室にて。

 彼は一息つくと、机の引き出しに入れてあった、酒瓶を取り出す。

 ガリア産百年物のヴィンテージワインだ。好事家なら喉から手を伸ばしたいほど欲する逸品である。

 エンシェント・ドラゴン討伐時、時のガリア王からの褒賞の一つとして貰ったものだ。

 酒瓶の中身は底でゆらゆら揺らぐ程度。気分でちみちみやっていたが、今回は全部をグラスにつぎ込んだ。

 一口、唇を湿らせる。

 

 

『そんなボロ剣で、ワイバーンを一撃だと……?』

『良かった、間一髪だったみたいだね』

『お前、一体何なんだ? メイジじゃないのか?』

『魔法使いじゃないさ。僕はヒンメル。そしてこいつはデルフリンガー。これでもかつては世界を救った勇者さ』

 

 

 記憶を掘り起こすたび、口に酒を含ませる。

 最初に思い起こしたのは、彼との最初の出会い。

 

『魔王を討ったという異世界の勇者』を名乗る男は、不思議な風格を漂わせていた。その風格に、無意識に惹かれていたオスマンもまた、彼がどんな旅路を歩むのかという興味で彼に付いて行くことになったのだ。

 

 

『あ、また間違った。こっちにしよう』

『おいヒンメル。またそれかよ。次の階層は目の前なのに、なぜ引き返すんだ?』

『オスマンは分かってないな。〝ダンジョンに入ったらすべての部屋を巡る〟というのは、冒険者の間では常識だぞ?』

『そんな常識聞いたことねえよ!』

 

 

 また一口、口に酒を含む。

 いろんなところを旅したものだ。未踏のダンジョンにも潜ったし、様々なアクシデントにも見舞われた。

 思いもよらない宝を見つけることもあれば、ひょんなことがあってそれを失う。ふざけるな、と喧嘩する時もあれば、バカやったなと、焚き火の前で豪快に笑い合うこともあった。

 

 

『いい加減にしやがれバカヒンメル! 一体いつまで時間かける気だ! もうお日様がこんにちわしているだろうが!』

『まだ待ってくれオスマン! 今すっごい格好いいポーズが僕の中で閃きそうなんだ! アルマンやワルド男爵もそう言ってるぞ!』

『そうだぞオスマン! こう、剣と剣をこう組み合わせてこうポーズをするとだな……』

『ふざけんな三馬鹿ナルシスト共! 今日という今日は堪忍袋の緒が切れた! 殴り合いじゃこのやらぁぁあああああああああ!!』

『はっはっは! おう、やろうじゃないかね!』

『まぁた始まったよ。ワルドもグラモンの嬢ちゃんも、ヒンメルによぉ付き合うぜ本当に……』

 

 

 道中、様々な人と会って交友を深めた。

 貴族が貴族らしかったあの時代。戦乱の渦中であったがゆえに一度深めた絆は強く、故に決して崩壊することが無い。

 いつ命を散らしても良いと前を向く、騎士らしい騎士たちが多かった時代。それ故に気風のいい好人物が多かったというのもあるが、それでもなお、多くの人の心を惹きつけたのは、ヒンメルの人徳あってのものだというのは、オスマン自身が良く分かっていた。

 

 

『よし、早速反撃開始だ』

『ったく、お前はいつもそうだよ! おれ言ったよな!? 〝裏からレコン・キスタの本拠地に乗り込むなんざ無謀の極み〟って、忠告したよな! おれ来なきゃお前はどうするつもりだったんだよ!』

『でもきみはこうやって来てくれた。強力な味方を連れてね』

『くそぉ、とうとうおれも焼きが回ったかぁ……。何万居るんだよこれ……』

『グダグダ言ってねえでさっさと行くよオスマン! 全て終わったら尻でも足でも好きに触らせてやるからさぁ!』

『いいえ、ノーセンキューで。ロングビル母ちゃん』

『おぉ、オスマンが美人に迫られてるのにドン引きしてらぁ』

『尻に敷かれるってのが分かってるんだろうね』

 

 

 本当に、色んな事件に見まわれたものだ。

 当時最盛期だった『聖地再征服(レコン・キスタ)問題』にも切り込んだし、トリステインにて渦巻く陰謀にも、裏で関わったりしたものだ。

 ただ、現状を見る限りはもう、ヒンメルの名はほとんど残ってはいないのだが。

 ただの剣士が活躍するというのは、やはり魔法の有無が差別を分かつこの世界では、到底受け入れられないのも事実。

 

 長い時間と共に、彼の偉業は塗り潰されるように消えていく。

 それでも、今でも心に焼き付いている。彼との旅の日々。

 

 

『……もう帰っちまうのか』

『ああ、どうやら僕の世界を繋ぐ扉の力が、弱まっているようなんだ。もしかしたらこれが、最後の通り道になるかもしれない』

『ま、いい区切りじゃねえの? エンシェント・ドラゴンも退治したし、色んなとこを回ったろ。……お前が探している〝過去から現代へと戻る魔法〟とやらは、見つからなかったけど』

『そうだね。……あの魔法だけは何としても見つけてあげないと。未来のフリーレンが、女神様の石碑に触れる前に。だからどうしても、帰らなくちゃいけない』

『じゃあお別れか……、デルフはどうすんだ? あの激戦の後、力を使い果たして眠っちまったみたいだけど』

『別れや感謝を直接伝えられないのは残念だけど、持っていけないからな……。この扉は僕だけしかくぐれないみたいだし』

『だな。……じゃあおれが預かってやる』

『オスマン……』

『勘違いすんな! 預かってやるってだけだ。必ず取りに来い! こいつだって、おれよりお前の肩に担がれた方が喜ぶわけだしな! いいか、絶対戻って来いよ!』

『ああ。ありがとう、友よ』

『お礼を言うのはこっちの方さ。ワイバーンに食われるはずだったはずのおれを、ここまで連れてきてくれてな。また絶対、生きて会おうぜ。ヒンメル』

『その時は、僕の自慢のパーティも、一緒に紹介したいものだな』

『おう、楽しみにしてるぜ!』

 

 

 そこまで来た時、オスマンの瞳から、熱いものが流れた。

 それはぽたり、ぽたりとグラスの中の水面に静かな波紋を生み出す。

 

 

 

「馬鹿もんが……、勝手に逝きおって……。生きて会おうって約束したじゃねえか……。最後の最期で法螺吹くんじゃねえよ。バカヒンメルよぉ……」

 

 

 

 しばし、オスマンは腰を曲げ、嗚咽をこぼす。

 すっかり夜の帳が降りた頃、明かり一つない静寂な闇夜に照らす二つの月が、いやに眩しく、オスマンには感じられた。

 

 

 

 アルヴィーズの食堂の上の階は、大きなホールとなっている。代々舞踏会はここで行われる習わしだ。

 中では着飾った生徒や教師たちが、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。

 そのバルコニーの一角。二つの月が月光となって、自然光となって照らし出す場所にて。

 

「お待たせしました。フリーレンさん、こちらになります」

 シエスタはそう言って、先に準備させていたテーブルの上に並べた豪勢な料理をフリーレンに見せる。

「ありがとうシエスタ」

 フリーレンは、みんなが集まるその席に、真っ先についていた。

 今の彼女は、長い白髪をひとまとめにした、純白のドレスに着替えている。要塞都市フォーリヒでも着ていたドレスだ。

 誰とも踊るつもりはないが、舞踏会だし、格好だけでもそれなりにと考えていたのである。事実、エルフとはいえ、美麗な容姿のフリーレンを目で追う男子生徒はそれなりに多かった(流石に声掛けまでにはつながらなかったが)。

 

 

(なあ、あの噂本当だと思うか?)

(あのエルフとルイズが、『土くれ』のフーケが企んだという国家転覆計画を阻止したって話か?)

(キュルケやタバサや、秘書官のロングビル女史もその中にはいたらしいぞ。あの二人だけならともかく、彼女たちも加わっているのならその話も本当そうだよな)

 

 

 陽気な音楽の裏で、そんなひそひそ声が裏で紡がれる。

 フーケ討伐の功績については、先ほどコルベールとロングビルの二人が予め発表したこともあり、始まりの頃はその話が生徒たちの間で行われていた。

 

「皆さま、あの時の話で持ちきりのようですね。……視線がなんかむずがゆいです」

「気にしないでいいよ」

 

 フリーレンは先に、果物の蜜がかかったローストチキンを切り分け口に運んでいた。

 ルイズ達はまだ、支度に時間がかかっている。それもあって先に料理を食べ始めていた。

 

「そんなことより、シエスタも座りなよ」

「い、いえ! わたしは平民で……使用人ですし」

「硬いこと言わないの。あの激闘を共有した仲じゃないの。ねえ」

 

 シエスタにそう声をかけたのは、キュルケだ。これまた炎のように真っ赤なドレスを優雅に着こなしている。隣には黒いパーティドレスを身に纏ったタバサもいた。

 

 ちなみにタバサの使い魔のシルフィードは今、眼下の中庭で巨大な骨付き肉を頬張っていた。

 青鱗の竜の周りにはこれまた様々な使い魔、モグラやサラマンダー、フクロウやカエルといった動物たちが集まっている。どうやら使い魔にしか分からない言葉で自慢話をしているらしい。

 まあ、今回は想像を絶する死闘だったので、彼女のハメ外しも、ある程度御目溢しをしていたタバサだった。

 

「椅子も丁度、用意してあるわ。ほら早く」

「で、ではお言葉に甘えて……」

 

 貴族にこうまで勧められて、それでなお断ったら逆に失礼に値する。

 シエスタも、おずおずながら席に座った。

 

「あ~、いい匂い。すっかりお腹すいたわぁ」

「マルトーさん、腕によりをかけて作ったって、言ってましたから」

 フーケ討伐の真相を予め話していたマルトー曰く、

「さすが『我らが妖精』とそのご主人様だ! 昨今の威張り倒すだけの貴族たちも見習ってほしいぜ!」と、これ以上なく気張って料理を作ったという。

 キュルケは美味しそうに、極楽鳥のソテーを頬張る。タバサも好物のはしばみサラダに、これでもかとがっついていた。

 そんなキュルケを遠くから、色んな男たちが端から覗いていたことには、フリーレンも気づいていた。

 

「いいのキュルケ? 後ろに踊りたそうに見ている人たちがたくさんいるけど」

「いいわ。なぁんか今日はそんな気分じゃないしね」

 

 せっかく自慢の美を惜しげもなく披露する日だというのに、まるっきり興味のなさそうな声で、キュルケは言った。

 

「あんな事件があった後じゃ、知らない男共より死闘を共有したみんなと席を囲みたいのは、可笑しいことでもないでしょう?」

「それもそうですわね」

 

 キュルケの声に同調したのは、背後からぬっと現れたロングビルだ。彼女も綺麗な鈍色のドレスを着こなしていた。スリットが入った足に薄いタイツが眩しく煌めく。

 

 眼鏡をかけ、いつも通り学院長秘書官として優雅に佇むその姿は、どうしても荒くれの『土くれ』その人であるとは思えないことだろう。

「あらどろぼーさん。あなたもこちらへ? 生憎席は用意してなかったんですけど?」

「硬いこと言わないの。同じ死線をくぐった仲じゃございませんこと?」

 ロングビルはそう言うと、杖を振るって遠くから椅子を一つ、此方に取り寄せ席に座る。

 キュルケたちは特に文句を言わず、その様子を見届けていた。

 

「……ほんと、振り返るととんでもない一日だったわね」

「誰かさんのせいでね」

「……分かってるよ。すべて私の所為さ。反省してる。これからは身を粉にして働くつもりさ」

「どうだか、口では色んなこと言えるでしょう? そういう反省は言葉ではなく態度で、行動で示してほしいわね」

 

 キュルケの言葉に、ロングビルは少し沈痛する。

 言い過ぎたかしら? と考えていたキュルケをよそに、タバサの方は、はしばみのサラダの乗った小皿を手渡しした。

 

「あげる」

「あら、ありがとうね」

「なんかタバサ、ちょっと彼女に同情的じゃない?」

「気のせい」

 

 マチルダの身の上話を聞いてからというもの、少しだけタバサが彼女に歩み寄っているような気がする。そう思ったキュルケだった。

 さて、そんな会話をしている内に――――、

 

 

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール嬢のおな~~り~~!」

 

 

 ホールの中央から、歓声と共にそんな言葉が聞こえてきた。

 見れば、これまた綺麗な衣装に身にまとったルイズが、開け放たれた扉から姿を現した。

 

 肘まで伸びた白い手袋、胸元の開いたドレス、長い桃色がかった髪色をフリーレン同様、ひとまとめにしている。

 髪には、恐らく魔法で作ったのであろう、蒼月草の花がつけられており、それが宝石とも形容すべき彼女の美貌を、更に引き立たせていた。

 

 

 今までルイズの美貌に気づかなかった男たちが、早速群がる。そこにはキュルケに相手にされなかった面々も加わっていた。

 当然ながら、ルイズは彼らに視線を一切向けようともせず、同じようにバルコニーの一角で、静かに談笑するフリーレンの方へと向かう。

 噂の主役たちがこぞってバルコニーの方へ向かったことで、非常にしょっぱい舞踏会が始まったものの、当然ながら当人たちはそれを気にすることもなく。

 ルイズが席に着くと同時に、タバサがご丁寧に『サイレント』で、会話が聞こえないようシャットアウトしたので、貴族の男子たちも嘆息して諦めるしかなかった。

 

「あらいいのルイズ? 踊らなくて。そんな気合入ったドレスを身にまとっておきながら」

「あんただって踊ってないじゃないの」ルイズはキュルケの軽口を軽くいなした。

「そんな気分じゃないもの」とキュルケが言えば「わたしもそうよ」と、気軽に返す。

 ここで食事しかしてなかったフリーレンが、ルイズの髪飾りを見て言った。

 

「それ、蒼月草の花?」

「ええ、さっき魔法で作ってきたの」ルイズははにかんだ表情で答えた。

 

 

 師匠の好きな魔法で、自分を変えた人が好きだった花を作ったルイズ。そんな彼女の笑顔が、フリーレンの中では不思議な眩しさを放っているように感じた。

 

 

「綺麗な花じゃないの」キュルケは素直にほめそやす。

「タバサにも似合いそうな色合いね」

「作ってあげようか?」ルイズはそう言うと、杖で軽く一振り。手のひらに蒼月草の花が作られた。

 これを目敏くキュルケは受け取ると、あっという間に花飾りに仕立て上げ、タバサの青髪にそれをつけた。

 

「うん、似合う」

「……ありがとう」

 急なことで戸惑うタバサだったが、嬉しさが勝ったのか、手で軽く花飾りを整えるだけに留める。

 

「色んな花を調べてきたけど、この花が一番きれいだって思ったのよね」

「それは、ヒンメルの故郷の花だ」

 

 フリーレンの言葉に、周囲は少し目を見開く。

「……そうだったんだ」

 

 なんとなしに、哀愁を漂わせた微笑みでルイズは言った。

 少ししんみりする空気の中、しばし後、ルイズが「それにしても」と、背伸びしてからこう言った。

 

 

「あなたがやってきてからというもの、振り返ると色々なことがあったわね。召喚した時はエルフだなんて! って思ったし」

 

「そこからあたしと決闘まがいなこともやったりしてね」

 

「マルトー料理長があわやのところで! っていう事態もありましたよね……」

 

「そこでルイズが無事、民間魔法を会得できるようになって」

 

「『土くれ』のフーケが学院に盗みに入る事態も発生し」

 

「あんな化け物竜とやり合う羽目になり、人知れず世界を救うと……、ほんと、振り返ると色んなことがあったわねえ」

 

 

 そこまで来ると、不思議と周囲は笑い合った。

 かつての敵も交えての会話なのに、何事も無く解決したというのもあるのだろうが。

 振り帰ると、本当に……

 

「ドタバタと騒がしい一ヶ月だったわね」

 

 ルイズの言葉に、みんなが心底同調した。

「でも、なんていうのかしら、楽しかったわ。今はこうやって、みんなと話し合えるのが、楽しいって思えるもの」

「こういうのが終わり良ければ全て良しってやつでいいのかしらね?」

 

 ロングビルが気兼ねなく言うと、「どの口が言うのよどの口が」と、ルイズも自然と軽口で返す。

 しばし歓談した後、ルイズは改めて言った。

 

「ねえフリーレン。わたし信じるわ。あなたが異世界から来たエルフだってこと」

「まだ信じてなかったの?」

「今までどうしても胸につっかえてたんだけど、ようやく心から信じられるわ。学院長があんなに楽しそうに話しているのを見ちゃったらね……」

 ルイズがにこやかに言うと、今度はフリーレンの隣に立てかけてある剣が、こそこそと動き出し始めた。

 

「おいおい、なんか俺を除いて楽しく語っているみたいじゃねえか」

「あ、起きたんだ。デルフリンガー……、だっけ」

 

 フリーレンはオスマンから譲り受けた『英雄の剣』こと、デルフリンガーに目を移す。

「おう。ついさっきな。……まだちょっと眠ぃから、もしかしたら勝手にまた寝るかもしれねえけど」

「ずいぶんな寝坊助さんね。『英雄の剣』なんでしょ?」

「仕方ねえさ。マジであの化け物ドラゴン倒すのに、全魔力を注ぎ込んでやったからな。反動でガタが来てんのかもしれねえ」

「おじいちゃんか」

 ルイズは思わず突っ込んだ後、周囲の視線に気づいた。

 ルイズはハッとする。フリーレンの例を思い出したからだ。慌てて口を塞いだが、特にデルフは老人(刃?)呼ばわりされることは気にせず続ける。

 

「まぁな、六千年生きてっからなあ。まあ、大昔のことは全然思い出せねえんだが」

「そう言えばあの時、私のこと『使い手』とか言ってたけど、それって何か関係あるの?」

 

 左手のルーンを見せながら、フリーレンは問いかける。

『虚無』の力、『ガンダールヴ』と何か関係があるのだろうか? 生きてきた年月を聞く限り、始祖ブリミルと無関係とはあまり思えなかった。

 

「さぁ、どうだったかな……、マジで思い出せねえ。お前さんに握られた瞬間、ついそんな言葉が口をついたって感じだ」

「ずいぶんなお惚けぶりね……」

 

 ルイズは呆れの声を出す。話を聞くに、とても大昔の災厄に刃を突き立てた名剣とは思えない。

 マチルダに至っては「これ、あの親父に高値で売れたのかね……」とかぼやき始める始末。

 

「しゃあねえだろ六千年だぞ六千年。色んなところが穴抜けなのは仕方がねえだろ」

「それは分かる」

 デルフの言葉に、フリーレンはうんうんと頷いた。

 自分の六倍もの年月生きているのであれば、記憶が曖昧になるのも致し方ないのだろう。

 

「でも、ヒンメルとの冒険は覚えてるんでしょ?」

 

 フリーレンはデルフの鍔を見て言った。

「おう、最初見た時は『なんだこいつ』ってやっぱり思ってたな。でも強かった。あいつ以上の剣士はまずいねえだろうって思うぐらいにはな」

 デルフはそう前置きした後、しばし揚々と語り始める。とはいっても、大体オスマンと被るところはあったのだが。

 やがて……。

 

 

 

「……なあ、相棒(ヒンメル)の奴が死んだってのは本当か?」

 

 

 

「聞いてたの?」

「薄っすらとな。眠りが浅い時はお前らの会話を聞いていることもあるぜ」

 デルフの言葉に、しばし周囲に沈黙が訪れる。やがて、デルフは呟いた。

 

「そうか……置いてかれちまったか。ったくあの野郎……俺に話も無しに勝手に逝きやがって……」

「デルフ……」

「水クセェじゃねえかよお……、あんなに一緒だったろうがよぉ……。なんで黙って行っちまうんだよぉ……」

 

 しばし、プルプルと刀身を震わせる。

 本気で泣いている様だった。彼なりに、やはりヒンメルの死はオスマン同様、かなりの喪失感を齎したらしい。

 そんなデルフを慰めるように、フリーレンが左手に置いてデルフの鍔をやさしく撫でた。

 

「私はいなくならないから安心して良いよ。長寿同士、仲良くやろう。デルフ」

「そうかい。ヒンメルのかつての仲間が次の俺の使い手か。それもまた面白いな。こっちこそよろしくな。『新相棒』」

 

 同じく寿命の概念がない者同士、親睦を深め合う一人と一本を、温かい目で周囲は見守っていた。

 

「それにしても、そのヒンメルって勇者、本当に凄い人だったのね。あのスケベジジ……じゃない、オールド・オスマンと共に旅をしてたなんて」

 

 あなた知ってたの?

 ロングビルの問いに、フリーレンは首を横に振る。

 

「いいや、全然知らなかった」

「あらそう? でもヒンメルって人は途中であなたの世界に帰ってこれたんでしょ? だったら帰省途中にそんな話の一つや二つ……」

「会ってなかったんだ。魔王討伐した後五十年間、彼が死ぬ間際までずっと」

 

 その言葉に、ちょっと周囲が驚いた様子を見せた。

 

「……なんで?」タバサが、今度は問い掛ける。

「なんでって、あの時は特に、自分から会おうって思わなかったから」

「むしろそこまでいくと、どうして死に目に会えたかのかが不思議ね……」

 

 ルイズが悩ましげな表情を浮かべる。

 

「五十年に一度ある〝半世紀(エーラ)流星〟を見に行くって約束はしていたからね。かつてのパーティと見に行ったその帰りに、ヒンメルは死んだから」

 

 シエスタに入れてもらった、食後の紅茶に舌を湿らせながら、フリーレンは言った。

 

「でも今は、後悔してる。何故あの時、聞いてあげなかったんだろうな……。私って本当に、ヒンメルのこと何も知らなかったんだな……って、オスマンを見て心底思ったよ」

 

 そんな、悲しげな表情を浮かべるフリーレン。

 笑みの裏に確かに抱える後悔。それをルイズは垣間見たような気がした。

 

「だから、あなたはヒンメルと会うために〝魂の眠る地(オレオール)〟へ向かおうとしているのね」

「そういうことだよ。フェルンやシュタルクと一緒にね」

 

 それを聞いたルイズは、心の中で、一つの決心を固める。

 彼女は大事な旅をしている最中だ。それを自分の都合でこの世界に『召喚』してしまった。

 杖を上げ、宣誓するように、フリーレンに向けてこう言った。

 

「フリーレン、遅いと言われるかもしれないけど、誓わせて頂戴。わたしは必ず、あなたをあらゆる災難から守り抜くと。どんな人々に『異端』と謗られようとも、このわたし『花畑』のルイズは最後まであなたの味方でいると」

 

 杖を上に掲げて。

 最初のシュヴルーズの授業の時から、キュルケやタバサに取られて誓えなかった言葉。

 

「そして、必ずあなたを元の世界に送り返す。そんな大事な目的があるんだもの。帰る手段も絶対に見つけてみせると同時に誓うわ」

 

 決意ある瞳で、そう告げるルイズ。

 すると、そのルイズの杖に、キュルケの杖も重なった。

 タバサもマチルダも、一緒になって重ねる。

 

「あんただけに格好つけさせないわよヴァリエール」

「わたしも、改めて一緒に誓う」

「あんたにはたくさん借り作っちまったからね。その誓い、私も乗らせて頂戴」

 

 杖が束になって集まり、改めて宣誓する少女達。

 その様子を、シエスタは拍手しながら微笑ましく見つめていた。言葉にはしないが、気持ちは同じだと目線が語っている。

 

「うん、ありがとう。みんな」

 

 フリーレンは口元を緩ませ、嬉しそうな顔をした。

「モテモテじゃねえか相棒」と、デルフも隣ではやし立てる。

 

「でも……ここにいる間だけ、少しでいいからあなたの力を借りたいの。ちいねえさまのこともあるし、魔法ももっともっと知りたいこと、たくさんあるんだから」

 

 最後にルイズは、上目遣いでこう質問した。

 

「だからフリーレン、帰る時が来る前までは、一緒にいてもらってもいい?」

 

 ルイズの心からの懇願に、フリーレンは微笑みを浮かべて頷いた。

 

「いいよ。目的はあるけど当てのない旅だ。たまにはこういうのも悪くないからね」

 

 フリーレンの快諾に、ルイズは「ありがとう」と、小さく頭を下げた。

 そんな和やかな空気の中、タバサが鋭い刃のような質問をフリーレンに投げかける。

 

「でもあなた、連れはどうするの? ここにきて結構時間が過ぎているけど」

「……あ」

 

 次の瞬間、フリーレンは冷や汗ブルブルになって震え始める。

 

「ルイズぅ、もしフェルンに会うことになったら一緒に謝ってくれる……?」

「え、え?」

「絶対怒ってる、もう一生口利いてくれないかもしれない。ホント、怒ったフェルンは怖いんだよ……」

「わ、分かった分かったから! とりあえず落ち着きなさいって、ねえ!」

 

 このエルフがこれだけ怯えるとか、どんだけだ。

 ルイズは必死になだめながら、その待っているという連れに会うのを、ちょっと怖いと思い始めるようになってしまった。

 

 こうして舞踏会は、踊ることこそないものの、各々楽しい時間を過ごしていった。

 

 

 

 やがて、舞踏会も終わりを告げる。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、みんな就寝する時間となった。 

 

(…………)

 

 そんな中、ルイズの隣で寝ていたフリーレンが、おもむろに身体を起き上がらせる。

 微かな魔力を壁にかかった鏡から感じたからだ。

 

『これから就寝』

 古エルフ語で書かれた魔法の文字が、鏡から浮き上がっている。

 

『ごめん、疲れたからまた今度で』

 フリーレンもまた、鏡にそう指でなぞった。

 フェルンは怒るだろうけど、会うのならルイズ達も紹介したい。

 

「どうした相棒? 急に起きて」

 壁に立てかけたデルフが、問いかけてくる。

 まだ外は真夜中だ。二つ月の光が黒塗りの地表を燦燦と照らしている。

 ルイズは疲れているのだろう。すやすやと寝息を立てたままだ。

 

「ちょっとね、デルフ、少しいい?」

 

 フリーレンはそのまま、肩にデルフを背負って窓から空に飛びあがる。

 そして、学院の屋根の上へと着地した。

 

「思い返すと、あっという間だったな」

「舞踏会の話を聞く限り、俺が来る前から色々あったみてえじゃねえか」

 

 どうやら、デルフと少し喋りたかったらしい。

 しばし、デルフはフリーレンとたわいのない会話を続ける。ヒンメルの出会いとか、オスマンの出会いとか、そんな話をしていた。

 

「でな~あいつ、タルブでもこれこれこういうことがあってな。いやあ、思い返すと色んなことがあったなあ」

「ヒンメルは、ここでも銅像を作ってたの?」

「ああ、良く分かんねえけど銅像作りはよくやってた。今も残ってるかは知らねえけど」

「そっか……」

 

 フリーレンはそう言うと、体育座りを止めて立ち上がる。

 ルイズは気を使って「帰る手段」を見つけてくれるみたいだけど、少なくともフリーレンは、そこまで今は帰りたいとは思ってなかった。

 

 

 自分も知らない、ヒンメルの足跡。

 あいつはここで一体、どんな冒険をしてきたのだろう。

 

 

 それを、直に自分の足で知りたいという思いが、今は強かった。

〝魂の眠る地〟へ向かう目的を忘れたわけじゃないけど。どうせかの地でヒンメルと会うのなら、土産話は多い方が良い。

 

「楽しそうだな、相棒」

「楽しいよ。私の知らないヒンメルが、ここにいるわけだしね。これは私にとって――――」

 

 フリーレンは、くすりと笑って学院の屋根の上から、ハルケギニアの世界を睥睨する。

 そう、これは自分の知らない勇者の足跡を探す旅。

 いわゆる――――、

 

 

「ゼロからまた、ヒンメルのことを知る旅路だ」

 

 

 

 

 

使い魔のフリーレン

~ゼロからの旅路~

 

 

 

 

 

~第一章・完~




もう終わりのような雰囲気が漂ってますが、まだ続きますよ~。
気付けばこれだけ多くの方に読んで頂けているようで、本当にありがとうございます。
この後、外伝二本アップし、その後本編続きに入ります。

もう気付いてる方も多いかと思いますが、この後、原作沿いの展開となることはほとんどありません。
ヒンメルが介入したことで、色んなキャラに多かれ少なかれ影響が出ています。
勇者の生み出したバタフライエフェクトがどのような形へと変化していったのか、どうぞ、お楽しみいただければと思います。

引き続き、これからもよろしくお願いいたします。
お団子
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