使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第3話『なんでも爆発する魔法』

 

「ミス・ヴァリエールがエルフの少女を召喚した?」

「はい、……まったく寿命が縮みましたぞ。オールド・オスマン」

 

 ここはトリステイン魔法学院の学院長室。

 フリーレンが召喚された後、本塔最上階に位置する室内にて、そのような会話が行われていた、

「それは大変だったのうミスタ・コッペルス。明らかな面倒事を無事一人で解決してくれるとは流石だのう、うむ」

「褒めてくれるのであればせめて名前は正確に呼んでください。コルベールです!」

 召喚の儀に立ち会ったコルベールは、禿げ上がった頭頂部の汗を振りまきながら叫んだ。

「しかしエルフか……、ちなみにこのことを知っておる者は?」

「とりあえず、召喚の儀に立ち会った生徒と、この部屋にいる者だけでおりますが……その……学院長、何をなさっておるのですかな?」

 今度はずり落ちそうになる丸眼鏡を手で上げて、冷静に問う。

 

 コルベールが目にした光景。それは学院長の秘書を務めている筈のミス・ロングビルが学院長の尻を蹴り倒し続けている光景だった。急ぎエルフの事を伝えんと部屋の扉を開け、幾何か冷静になった時になって、この異常さに目が行ったのであった。

 

 現在、学院長にして齢百を越えようかという年長者メイジ、オールド・オスマンは、真剣な表情ながらもうつ伏せに倒れ、ロングビルの踏み付けを受け続けていたのだ。

「あ、いえ……、ちょっと学院長がセク……、じゃなかった、腰を悪くしたという事でしたので私が蹴り……、ではなくつま先で様子を見てあげようと」

「そ、そうなんじゃ。いやあありがたいのうミス・ロングビルや、おかげですっかり腰痛が治ったわい」

「おほめに与り恐縮でございますわ。ほほほ」

 オスマンは咳をして立ち上がると、澄ました表情で自分の席へと歩いていく。秘書ロングビルも、何もなかったかのような顔つきで仕事へと戻った。

 コルベールは内心ため息をついた。おそらく先ほどまで、自分の秘書にセクハラをしていたのだろうこのエロジジイ。ミス・ロングビルも大変だな。……今度、ねぎらいに食事でも誘ってみるか。

 頭の片隅でそんなことを思いつつも、再びコルベールは異常事態を思い出し、叫ぶ。

 

「と、とにかくそういうわけなのです! 『契約』は何とか無事成功いたしましたが、一体全体、これからどうすればよろしいでしょうか……」

「落ち着きなさいミスタ・コルベール。全ては小事じゃ。契約が無事成ったのであれば、下手な干渉は逆効果を生むことじゃろう。焦らず、しばらく様子を見るのじゃ」

「はあ……、しかし、本当に大丈夫なのでしょうか? 何せエルフですよ!?」

 

 エルフのことについては、不明なことは多い。

 何度か聖地を取り返さんと、他国と組んで軍を差し向けたこともあったが、その悉くが返り討ち。あまりに成果が出ないものだから、その奪還活動自体、既に行われなくなって数百年近くは経っていた。

 そのため、エルフの強さ恐ろしさは嫌というほど教え込まれるのに、肝心の生態については何一つ分からないのが現状であった。コルベールですら、そこは例外ではない。何せ調べようにも、資料があまりにも少ないのであるからして。

 そんな、どうしようかと一人対処に悩むコルベールに向かって、

 

「……エルフだからといって過剰に怖がるのも、それはそれで問題かと存じます。ミスタ」

 

 ロングビルが、羽ペンを置いて顔を上げそう言ってきたのだ。

「え、み、ミス・ロングビル……」

「まずは落ち着いてください。学院長の仰る通り、下手な干渉は逆効果かと。もしうかつに手を出し周囲にあらぬ被害が出たら、大事になってしまいます。最悪、王宮が軍をこの学院に送り込む事態にもなりかねません」

「うむ、ミス・ロングビルの言う通りじゃ。きみはこの学院を戦場に変える気かね?」

 そう言われてコルベールは顔を真っ青にした。『過去の経験』で癒えぬ傷を負った彼からすれば、そんな事態は絶対に避けたい。その思いが人一倍あった。

 二人の助言に心が落ち着いたコルベールに向けて、オスマンはテーブルに肘をつきながら問いかける。

 

「ミスタ・コルベール。きみはそのエルフを見て何を思ったのじゃね? 無遠慮に暴れ狂う化け物のように見えたかの?」

「……いえ、むしろ、思慮深そうな感じが見受けられました」

「ならば結構じゃ。状況的に大変であろうそのエルフが冷静でいるのに、わしらが焦りで行動してはならん。わかったかの、『炎蛇』よ」

 ここでオスマンは立ち上がり、窓から外を眺めながら、手を後ろに組んで続けた。

 

「生徒が相手じゃ箝口令は無駄になろうが……、なるべく、事を荒立てんよう通達はしておくのじゃ。事ここに至っては仕方がない。ミス・ロングビル、きみも支援してやってくれんかの?」

「かしこまりました、オールド・オスマン」

 命を受けたロングビルは、すっくと立ち上がり、毅然とした態度で学院長室を去っていく。

 室内には、オスマンとコルベールと二人が残った。

 

「ちなみに、そのエルフは何という名前なのかね? ミスタ・コルベール」

「……フリーレンと、名乗っておりました。オールド・オスマン」

 

 フリーレン。

 そう聞いた学院長は、少し目を見開き、コルベールの方を振り向いた。

 

「……今なんと、『フリーレン』と言ったか?」

「へ? いやはい。確かにフリーレン、ミス・フリーレンと言いましたが?」

 何故聞き直したんだ? コルベールは静かに首をかしげる。ボケたわけじゃなさそうだし。

 すると、今度はオスマンはくっくっと、笑い始めた。

「そうか、フリーレンが来おったか……。これはまた、何とも面白いことになったものじゃのう」

「……学院長? 知っているのですか?」

「いや、まったくの初耳じゃ。おそらく向こうもわしの事など知らんじゃろうて」

 

 コルベールはずっこけた。

 あまりにももったい付けたような表情をした癖にそう返されれば、仕方のないことだろう。

「ふざけている場合ではありませんぞ! 彼女の左手のルーンも、過去類を見ない不思議な紋様でしたから! これから彼女のルーンについて調べますから『フェニアのライブラリー』全ての本の閲覧許可を頂きたい!」

「わかったわかった。……ではルーン調べについても一任するぞ、ミスタ・コルベール」

「言われなくともそのつもりです! では!」

 コルベールは閲覧許可の用紙を受け取ると、きびきびと去っていった。

 オスマン一人となった室内。机の上で、ちゅうちゅうと鳴く一匹の白鼠が現れる。

 

 

「そうじゃよ可愛い使い魔モートソグニルよ。あやつが何度も語っておった『偉大なる魔法使い』が、どうやらこの地に来たみたいなのじゃよ」

 

 

 先の緊張感もどこへやら。心底安心しきったかのような穏やかな表情を浮かべながら、掌の上に使い魔のネズミを乗せて言った。

 やがて、日が明ける。

 

 

 フリーレン召喚から1日後。

 四番目の月であるフェオの月ヘイルダムの週。

 トリステイン魔法学院、ルイズの部屋にて。

 

 

「……んっ、あぁ」

 やさしい陽光を受けながら、ルイズは目を覚ます。

 上半身を起き上がらせ、布団をまくる。背伸びをして、くしゃくしゃとなった桃髪を少し撫でた。

 目ぼけた眼を手でこすり、ぼんやりと考えを巡らせる。

 

 ええっと、いま、なんじ……。

 

 壁にかかった、魔法の丸時計を見やる。そこに指してある短針を見つめるうち、徐々に緊張感で心臓を高鳴らせていった。

 

「ああっ!? ちょっと! 大遅刻じゃないのぉおおおおおおおおお!!」

 

 ルイズはベッドの上に立ち上がった。

 何せもう昼前だ。朝食の時間はとっくに終わっており、なんなら今は一限目の授業の真っ最中。

 早く準備しないと、次の二時限目の授業にも間に合うか怪しい。

「ちこくちこくちこくぅうううううううううううう!!」

 発狂して飛び跳ねるルイズ。あまりにボスボス跳ねるものだから……、

 

「あっだぁっ!?」

「ひゃあっ!? なに!?」

 

 隣で横になっていた『なにか』を踏んづけ、思わず驚き尻もちをついてしまった。

 

「いっっったいよぉ……、ルイズぅ……」

 

 涙声で、横になっていた『もの』が動き出す。ルイズは思わず呻いた。

 自分の隣には、いつの間にか正体不明の白髪エルフ少女が、さも当然のようにいたのだから。

「ひいっ! エルフぅう! なんでこんなところに!?」

「落ち着いてよルイズ、私だよ、フリーレンだよ。昨日ここに来た使い魔だよぉ」

 慌てて物を投げそうになったルイズは、ここで目の前のしょぼしょぼ顔の少女が、昨日召喚したエルフであることを、ようやく思い出す。

 

「あ……、そうだった。……てかなに、あんた、いつの間にわたしのベッドに……」

「だって、寝るとこないじゃん」

 

 フリーレンは『イーヴァルディの勇者』の本を胸に抱きつつ、あくびをかます。本を読んだ後、そのままルイズのベッドに潜り込んだようだ。

 今の彼女は、真っ白な寝間着一つ、身に着けているだけだった。ツインテールにしていた白髪は、ルイズといい勝負なくらいボサボサになっている。

 ルイズは周囲を見渡す。そうだ、あの後ふて寝しちゃったから、使い魔の寝床について、まったく考えてなかった。

 いやまあ確かに、自分のベッドは広いし、二人どころか三人入っても余裕なんだけど……。

「は、入るならひとこと言ってほしかったわ……」

「しょうがないよ。寝てたのに起こすのもかわいそうだし」

 そう言われては、ルイズもぐうの音が出なかった。

 

 もし普通の人間が使い魔だったら、適当なわら束や毛布を投げてよこしたであろうが……、さしものエルフ相手にそんな事、できるわけもない。同性だし、問題ないと言われればそうだし。

 

 寝床事情についてはまた後で考えよう。そこまで行きついた時、ルイズは思い出す。そんなことをしている場合じゃないと。

「ってそうだ! 早くしないと!!」

 ルイズは慌てて支度をする。本当なら使い魔を小間使いのように、服の着替えとか髪の整えとか顔洗い用の水桶用意とか使い倒したいけどエルフだからそんなことできないしぃいいいいいいいいい!

 授業で使う羽ペンや羊皮紙や教科書やら杖やらを鞄に入れて一人火を噴いていた中、

 

「ねールイズ、髪結んで……」

 

 当の使い魔は、そんなことを臆面もなくほざきやがるのであった。

 自分のことで手一杯だったルイズは、ここで堪忍袋の緒が切れる。エルフ相手という事も忘れてがなった。

「ふっざけんじゃないわよあんたぁ! どこの世界に使い魔の世話をする主人がいるってのよ! 逆でしょうがぁ! てか起こしなさいよ!」

「あー、それ無理。私、朝よわいから」

「はぁぁぁあああ!?」

「フェルンからもよく『だらしない』って言われるんだ。起きるのはいつも昼だよ。こればっかりはもう直せないんだ。ごめんね」

 ゆるゆる表情で片手を上げ、そう言うフリーレン。

 このポンコツエルフがぁ! ルイズは心で絶叫する。

 

「ねぇ、それより髪……」

「うっさい! わたし先に行くから勝手にしなさい!!」

 

 ルイズはもう、フリーレンの方を振り向きもせずに部屋を出ていく。シャツはよれよれ、スカートは若干ズレて、ソックスも片足履くのを忘れている。髪も当然、色んな所が飛び跳ねていた。

 それでもルイズは駆けだした。これ以上不手際重ねて退学なんて御免だから。

 慌ただしくルイズが去った部屋内にて、フリーレンはぽつりと呟く。

 

「……フェルンはやってくれたんだけどなぁ」

 

 怒ると怖いし気難しいけど、何かと世話を焼いてくれた弟子に甘えていたツケが、ここに来て跳ね返ってきた。

 いつの間にかあった当たり前が消えたことに、ちょっと寂しさを覚えるフリーレンだった。

 

 

 結局、一人でゆるゆると支度を整えたフリーレンは、ちょっと遅れてルイズの部屋を出る。

 長い白髪をツインテールに束ね、タイツを履き、昨夜と同じよう服を着こんで。

 服には昨夜フリーレンが〝しわくちゃな服を整える魔法〟をかけているから、ほぼ新品同様だ。まあ、フェルンの〝服の汚れをきれいさっぱり落とす魔法〟には遠く及ばないけど。

 昨夜寝る前、ルイズの服にもかけてあげてたんだけど、あまりに急いでたから彼女は気づかなかったようだ。

 フリーレンはそのまま、気ままに学院の中を歩いていく。ルイズがどこの教室に向かったとか何にもわからないから、そうするしかなかった。

 

「ひいっ! エルフだ……!」

「召喚の儀でエルフが出たって話、本当だったんだな……」

「大丈夫なの? 襲ってこないよね?」

「誰だよ主人は……、使い魔にしたんなら無責任に放し飼いするなよな……」

 

 途中、自分を見た学生たちとすれ違うたび、驚かれたり陰口をささやかれたり、そんな言葉がイヤでも聞こえてくる。

 酷いと取って食うんじゃないか、とまで出る始末。

(魔族じゃないんだからさ、そんな怖がらなくてもいいじゃん)

 どんだけ嫌われてるんだこの世界のエルフは。

 ちょっとしおれた表情で、廊下を歩いていくフリーレン。

 そこへ――、

 

「あらフリーレンじゃないの。おはよ」

「あ、キュルケ、タバサも」

 

 そんな中、キュルケとタバサの二人とばったり会えたのは、フリーレンにとっても幸運と言えた。

「ちょうどこれから二限目の授業に行くところだったのよ。フリーレンも来るんでしょ?」

「そうだね、この世界の魔法について、色々と見てみたいし」

 フリーレンの隣で、キュルケたちは話しながら教室へ向かう。これはキュルケにとっての『あえて』である。実力者である自分たちがエルフと和気藹々と話す姿を見せることで、フリーレンを見た周囲が怖がらないようにと。ようは彼女なりの気遣いであった。

「あ、そうだ。タバサ、あの本ありがとうね」

 フリーレンはタバサに、改めて『イーヴァルディの勇者』をくれたことにお礼を述べる。

「どうだった、面白かった?」

「うん、すごく良かった。ヒンメルたちのことを思い起こしながら読んでたよ」

 フリーレンの答えに、タバサは「そう」と、一言返すだけ。

 相変わらずの無表情であったが、内心嬉しそうな表情を浮かべていたことに、キュルケはすぐに気づいた。

 

「あなたの言うそのヒンメルって人、相当すっごい人みたいね。御伽噺の勇者と重ね合わせるだなんて」

「まあね、伝説が風化してもなお、知る人から永遠に語り継がれるだろうって思ってるよ」

「聞けばもう故人なのよね。一度、生きている姿でお目にかかりたかったわ。相当いい男なんでしょうねぇ」

 両腕で自分を抱きしめ、クネクネし始めるキュルケ。フリーレンは一見、常識人だと思った彼女の奇行に「?」と、疑問符を浮かべる。

 

「ツェルプストー家は代々、恋と情熱に生きる家系。彼女もまた、人生の中で強火の恋というものを求め彷徨っている」

「彷徨ってるなんて言い方よしてよタバサ! ただ他の人より多くの恋をしていきたいと思っているだけなのよぉ」

「……それで去年、多くの同級生からいらない嫉妬を買っていた」

「しょうがないじゃない。どうせあの子たちも大した恋なんて、してきてないんでしょうに」

 

 自慢であるかのように、真っ赤な髪をかき上げるキュルケ。

「あたしの系統は『火』、そして二つ名は『微熱』。火の本領は破壊と情熱よ。どうせなら命を燃やす情熱で、全てを壊してしまうような恋をしてみたいものね」

 まだ見ぬ恋を求めるかのような調子で、キュルケはそう言った。

 そんなキュルケに、「まあ、頑張って」と、無難な調子で返せなかったフリーレン。

 反対にキュルケは、フリーレンの様子を不思議に思ったのか、

 

「逆にあなたは、恋とかないの? 千年以上生きてるんだったら、全てを捧げたっていいと思えるような殿方の一人や二人、現れたんじゃないの?」

「……」

 

 これを聞いたフリーレンは、無表情になった。

 しばし、考えるような表情やしぐさをするものの……、

「分からないな。私、エルフだから。あったのかもしれないし、なかったのかもしれない」

 少し諦めたかのような口調で答えるのみ。

 本当に分かってなさそうな様子なので、やっぱり感情の機微に疎いところは人間と違うんだなと、キュルケとタバサも無意識に思わされる。

「ここのエルフはどうか知らないけど、私の世界のエルフは恋愛感情や生殖本能に欠落があって、あまり子孫を残そうとか考えないんだ。長寿ゆえかな。だから個体数は激減して、日々衰退の一途を辿っている」

「……その勇者の人とは、どうだったの? 恋とか、そういうのはなかったの?」

 意外にもそう質問したのはタバサだった。キュルケも一瞬、恋とは無縁そうな立ち振る舞いをするこの少女を、意外そうに見つめる。

 対するフリーレンは、それすらも悩ましい顔でこう答えるのみ。

「それも、……そうだね。上手く言葉に言い表せない。でも……――――」

 ふと過る、三十一年前の記憶。

 勇者の死。それにみんなが涙した。

 多くは別れを惜しむが故の涙だったが、自分は違った。

 

 

 あの子、ヒンメル様の仲間なんだって?

 悲しい顔一つしないなんて、薄情だね。

 

 

 やろうと思えばできたことを、ずっとしてこなかった。

 そしてどう願おうとももう、できなくなった。

 

 私は結局、あの人のことは分からないまま―――――。

 たった十年とはいえ、色んな所を回ったのに。

 無意識に毀れた涙の重みは、あの時が一番強かっただろう。それほどまでにあの時は、情緒が激しく揺れたのを思い返す。

 

 

「あの人が死んで、いなくなった時になって、なぜもっと彼のことを知ろうとしなかったのか、後悔したことだけは確かだよ」

 

 

 あの時流した涙をぬぐうため。それが目的地定めぬ旅路で唯一、決めた行き先。

魂が眠る地(オレオール)〟に行って、彼ときちんと対話するために――――。

 そしてもう二度と、あんな後悔は起こさないように。

 

「……だから私は旅しているんだ。魔法もそうだけど、もっとよく人間を知るために」

 聞いていたキュルケはやがて、フリーレンの頭を、タバサは彼女の背を優しく撫でた。

 

「じゃあもっと、あたしたちのことを知っていきなさいな」

「何か困ったことがあったら、可能な限り手伝う」

「難儀な世界に来ちゃっただろうけど、少なくともあたし達は、あんたの味方だからね。フリーレン」

 情に厚い二人の、心からの気遣いに、フリーレンは小さく顔を俯かせた。

「ありがとう。でもキュルケ……頭撫でないで」

「なんでよ?」

「昔こんな風に慰められたことあったから……、嫌でも思い出すんだ」

 それを聞いたキュルケは、撫でる代わりにくしゃくしゃと強く、そしてやさしくかき撫でた。

 

 

 やがて、フリーレンたちは二時限目の授業の教室へと入っていく。

 当然、エルフが入ったことで最初にいた学生たちはざわつくも、キュルケやタバサと親しげという事で、緊張感も多少なりとも和らいでいった。

 そして当たり前のように、フリーレンはキュルケとタバサ、二人の隣の席へと腰かける。

 椅子に座る使い魔はこの教室内ではフリーレンだけだが、当然そんなことを指摘できる勇気ある者など、いるはずもなく。

「何の授業をやるの?」

 羽ペン羊皮紙など、学習道具一式を鞄から取り出しながら、フリーレンは尋ねる。

 ようやくこの世界の魔法を学べるからか、ちょっとうきうきし始めていた。

「『土』系統の授業ね。担当は『赤土』のミセス・シュヴルーズ。ランクはあたし達と同じ『トライアングル』クラスよ。まあ大方、一年で習ったことのおさらいだろうから、肩ひじ張らなくていいと思うわ。――――ああごめんなさいペリッソン。また後で」

「土か。ゴーレムを作ったり、岩を操ったりするような感じかな」

「その認識で合っているわ。まあ召喚の儀でどの系統かはみんな決まったわけだし、正直こんなのさぼってもいいけど、『基礎学』は出ないと単位がどうのとうるさいのよねー。―――あらごめんあそばせスティクス。今友人と歓談してますの。空気読んでくださるかしら?」

 キュルケは群がる男共にしっしっと、手を振った。いつもは下僕のように傅く男共はしょんぼりしたまま帰っていく。

 まさにこの室内で女王のように振る舞う彼女に、思わず関心が先に来るフリーレンだった。

「ホントに凄いね。キュルケ」

「日常茶飯事」

 隣でひそひそと、タバサと会話する。

 次いでキュルケの胸を見る。うん、大きい。

 ルイズやタバサや自分とは大違いだ。下手したらフェルンよりあるかもしれない。

 何食べたらあんなになるんだろうか? 純粋に教えてほしいくらいだ。

 

「ところで、さっき言ってた『トライアングル』ってなに?」

「魔力の指標。系統を足すことで、発揮できる魔法の威力が変わる。メイジとしての技量を測るにはこれが一番わかりやすい。一番下が『ドット』、一番上が『スクウェア』。という風に」

 聞けば、熟達のメイジは様々な系統を足して複合魔法を作ったり、同じ系統を足してより強力な魔法を発現させたりするらしい。

「一度に発揮できる系統の多寡を『ランク』で分けているわけか。やっぱり聞いたことないな。今まで旅した地では、そんな風に魔法を扱う人はいなかったね」

「あなたは違うの?」

「私の世界じゃ『魔法はイメージ』っていうのが大前提でね。頭の中で思い描いて『できる』って、強く想像することが何よりも重要視される」

「イメージ?」

「そう、そして常識からかけ離れたイメージを強く持てる魔法使いが、より高みへ登れるって感じなんだ。勿論、相性や条件もいろんな要素として絡んでくるから恐ろしく複雑。だから魔法戦に絶対はなく、『手数の多いジャンケン』という風に、例えられることもあるよ」

「へぇー、そうなの。ぶっちゃけあたしはこんな授業よりあなたの魔法講義をもっと聞きたいわ。むちゃくちゃ面白そうだもの」

「同意。すごく興味ある」

「私も教えるのは全然構わないけど、今は私が生徒側でもいい? まだ聞き足りないことがあるし」

「いいわ、大体は答えてあげる。例えば?」

「あなた達の二つ名。『微熱』や『雪風』、『赤土』は私でもイメージつくけど、ルイズの『ゼロ』だけはよく分からなくて」

「あぁ……、あの子、まだ言ってないのか……」

 ここでキュルケは、困ったように頬を掻いた。タバサも目線を、無意識に本の方へと隠してしまう。

 普段なら色々ルイズのことで(あげつら)うキュルケも、友人となったフリーレンの手前、大っぴらに言っていいものかと逡巡していた。

「あとルイズの系統。あれって、もしかしたら――――」

 そこで、ルイズが教室へと入ってきた。

 

「あ、ルイズ」

 フリーレンは呼びかけるが、ルイズは一瞬、こちらを一瞥すると、フリーレンより少し離れた席に着いた。

 服装や髪などはきちんと直っているが、明らかに不機嫌な表情だ。フリーレンがしばらく様子を伺っても、何も答えなかった。

「はぁいルイズ、ちょっとあなたの使い魔、借りてるわよー」

「…………」

 キュルケの挑発のような言葉に対しても、それでもルイズは乗ってこない。

「なによあの子、ほんと、主人があんなザマってどういうこと?」

 キュルケが、フリーレンのためと憤慨するものの、それでもルイズは何の反応も示さなかった。

 

 事実、ルイズは悔しかったのだ。

 

 ルイズもあの後、フリーレンに悪い事をしたと思って、何か言おうと探していた。

 でもその時にはもう、キュルケとタバサ、あの二人と楽し気に会話をしていた姿が、目に映ったのだ。

 エルフ故に味方が誰一人いない環境で、もしフリーレンに何かあったら、主人である自分が真っ先に助けなきゃ、庇わなきゃいけないのに。

 その席をそれをあろうことか、ツェルプストーにとられてしまった。

 悔しさと悲しさで、今のルイズの情緒は割と、ぐしゃぐしゃになっているのであった。

 何も言えなかったのは、そのせいだった。

 

「ルイズ……」

 フリーレンは改めて、呼びかけようとした時、丁度授業開始のチャイムが鳴った。

 紫色の服に身を包んだ、中年の女性が部屋に入ってきた。

 

「おはよう皆さん。春の使い魔儀式は大成功のようですね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔を見るのがとても楽しみ……」

 シュヴルーズという、魔女帽子を被った中年の女性は、ここで視線をフリーレンに移す。そして若干顔を青くする。

「あ、あらあら……ほ、ほんとうに使い魔となったエルフがいるんですねぇ……」

 シュヴルーズは、冷たい目でこちらを見下ろしている(と思い込んでいる)、白髪のエルフ少女を見て一歩後ずさった。

 教師陣には予め、使い魔にエルフが紛れているという事は伝えられていた。そのためかろうじて冷静さは保っているが、やはり怖いものは怖い。

 

「……なあギーシュ、あの耳……付け耳とかじゃないよな、やっぱり」

「マリコルヌ、もしきみが彼女を『飾り物のエルフ耳をつけただけの平民』呼ばわりしてルイズを馬鹿にする気なのなら、相当な勇者だとほめてあげるよ」

 金髪の男性学生が、コソコソ何やら話している。他のみんなも、そのことについてひそひそ話をし始めていた。

 

「召喚したのは、ミス・ヴァリエールなのですよね、大丈夫……ですよね、いきなり襲ってきたりとかは……」

「そんなことしませんわミセス・シュヴルーズ。ミス・フリーレンの友人であるこのあたし、『微熱』のキュルケが杖にかけて保証しますわ」

「わたしも、保証する」

 すぐさま、キュルケとタバサの二人は、杖を軽く上に掲げて宣誓した。

 ルイズもハッとして、懐から杖を取り出そうとしたけど……、完全に機を逸してしまったせいで、言葉が紡げなかった。

『トライアングル』クラス二人から太鼓判が得られたことで、シュヴルーズもホッとした様子で胸を撫でおろした。

「学院トップクラスのあなた達が保障するのなら、大丈夫なのでしょうね。……ええではコホン! 早速始めましょうか!」

 ミセス・シュヴルーズは元の調子を取り戻して、授業へと移った。

 

 最初は四大系統やランクについて。そのおさらい。

「魔法の四大系統はご存じですね、ミスタ・マリコルヌ」

「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。火、水、土、風の四つです!」

「今は失われた系統魔法である『虚無』と合わせて、全部で五つの系統があることは皆さんも知ってのとおりです。その五つの系統の中で『土』はもっとも重要なポジションを占めていると考えます。……私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。ほんとうに。単なる身びいきではありません」

 シュヴルーズの講義は続いていく。大体の者が隠れて別の本を読んだり、舟をこぎ始めたり、爪の手入れをしている者が大半。

 そんな中、彼女の授業を誰よりも真剣に聞いていたのがフリーレンだった。シュヴルーズが黒板に文字を書いて補足するたび、すらすらと羊皮紙に羽ペンを走らせていく。

 

「あらまあ、勉強熱心ね、ミス・フリーレン」

 自分の授業を誰よりも、真剣に聞いてくれるのが彼女だったためか、ちょっと嬉しく思うシュヴルーズ。

 エルフと聞いた時は恐ろしかったけど、案外良い子なのかもしれない。シュヴルーズはフリーレンの評価を上方修正した。

 

「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。この魔法がなければ、金属を自在に加工することもできません。大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることでしょう」

「確かにそうだね。自立稼働するゴーレムの作業力は単純に馬鹿にならないものがあるし。最近だと護衛できるくらいに屈強なゴーレムが携帯できるようにもなったからね。生活基盤の構築において、土はかなり優秀な属性だと思うよ」

「そ、そう! そうなのよ! ミス・フリーレンは分かってくれるのね! このように『土』系統の魔法は皆さんの生活に密接に関係しているのですよ!」

 自分の系統をほめてくれたためか、シュヴルーズはすごく上機嫌になった。

「では座学はここまで。実技に入りましょう。今から皆さんには『土』系統の魔法の基本である、『錬金』の魔法を実践してもらいます」

 ここでシュヴルーズが、教壇の上に小石をばらまく。そして懐から杖を取り出した。

 

 ついに実技だ。フリーレンは身体を乗り出して、シュヴルーズの杖先を凝視する。

「そ、そんなに見られると困ってしまいますわ、ミス・フリーレン」

 ほほほ、とシュヴルーズは笑う。それに構わず、フリーレンは凝視を続けていた。

 正確にはシュヴルーズ本人ではなく、彼女の周囲で揺蕩う魔力の流れを追っているのである。

 シュヴルーズは杖を構えて呪文を詠唱する。

 瞬間、彼女を纏っていた魔力は『身体全体』から『杖先』へと収束。そして徐々に大きくなっていく。

 

(こうやって系統を『足している』って事なんだろうね。一段階、二段階、三段階……)

 

 そこまでいくと、魔力は膨張を止める。

 詠唱を終えたシュヴルーズが、杖先を小石に振り下ろす。すると石は光り出し、真鍮へと姿を変えていた。

「ご、ごごごゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」

「いいえ、ゴールドを『錬金』できるのは『スクウェア』クラスだけです。私はただの『トライアングル』クラスですので」

 もったいぶった咳を一つして、シュヴルーズは言った。金じゃなかったと知ったキュルケは、「なぁんだ」とこぼしながら席に戻る。

 

(スクウェアクラスは金も錬成できるのか。〝万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)〟のような不完全なものじゃなくって)

 流石に錬成できる量に限りはあろうが、極めればその域にたどり着く魔法を基礎に置いているのはやはり、感嘆に値する。

 

 隣では、タバサがフリーレンに問い掛けていた。

「どう?」

「やっぱり、私が運用する魔法プロセスとは全く違うな」

「というと?」

「独特な呪文もそうだけど、『錬金』一つで様々な運用が示せる拡張性は、私の魔法にもそうはない。これは使い手の実力も反映された結果なのかな」

 あれを上手く運用すれば、金どころじゃない。文字通り壁を壊したり、物を『土くれ』に変えたりだってできるだろう。応用を利かせれば、食料すらも作れるんじゃなかろうか。

 様々な民間魔法を複合させたかのような許容性、拡張性の塊のような魔法を『基礎』においているとは、この学院の魔法技術は、かなりレベルの高いものかもしれない。こんな魔法はフリーレンの中でも初めてだった。

 本当に、会得できるのであればいろんなところで活用ができそうだ。

「まあ! 私の魔法をここまで褒めてくれたのはあなたが初めてよミス・フリーレン! うれしいわあ!」

 ミセス・シュヴルーズはもう、年甲斐もなくはしゃいでフリーレンを褒める。

「今度私の部屋にいらっしゃいな! 私が授業で使っている教科書や自著をあなたに分けてあげるわ! サイン付きでね!」

「え、魔導書をくれるの? うひょー! やった!」

 褒めただけで魔導書をくれるだなんて、なんて良い人なのだろうか!

 フリーレンはガッツポーズをかます。周囲は教材なんかでそんな喜べるのか、理解不能とばかりに思っていたが、魔法オタクで異世界出身のフリーレンからすれば、ハルケギニアでしか手に入ることのないレア本を、タダで貰えるのだ。

 むふー、と上機嫌に耳をピコピコさせるエルフを見て、周囲はいつの間にか、和やかな雰囲気になっていた。エルフが教室にいるというのに。

 だが、そんな和やかな空気は、

 

「じゃあここで実演を始めましょう。そうねえ……、ではミス・ヴァリエール! あなたにやってもらいましょうか!」

 

 この言葉で、一気に不穏なものへと変わる。

「……?」

 フリーレンは周囲を見渡した。

 なんだ、目に見えて周囲がざわついたけど……。

「せ、先生」

「なんでしょうか? ミスタ・マリコルヌ」

「ルイズは止めた方がいいです。危険です」

 マリコルヌとかいうぽっちゃりメイジの言葉に、周囲はうんうんと頷く。

「なんで?」

 当然フリーレンも、分かるはずがない。しかしミセス・シュヴルーズは、

「私は彼女が努力家だと知っていますよ。それに彼女は、こんなにも私を分かってくれる素敵なエルフを召喚したのです。きっと、今までとは別の結果が訪れると信じてますよ」

「え、いやでも……」

「やります! やらせてください!」

 ここでルイズは立ち上がった。そして、ツンと済ませた表情のまま、つかつかと壇上へ上がっていく。

 

「…………?」

 

 フリーレンは不思議な面持ちで、ルイズを見ていた。気になって立ち上がろうとした時、タバサが裾を掴んで彼女を机の中へと誘う。

「どうしたの? みんな、ルイズが魔法を使うことを恐れているようだけど」

「危険だからよ。いい? 教えてあげる。『ゼロのルイズ』の由来」

 隣では同じく、机の下に隠れていたキュルケがフリーレンにそう言った。見れば、ほとんどの生徒は机を盾にし始めていた。

 

「あの子の魔法は、()()()()()()()()()()()()の。四大系統、どの呪文を唱えてもね。何を詠唱しても爆発ばかり。ついたあだ名が『成功率ゼロ』のルイズ」

「爆発?」

「そう、そしてその威力は並じゃない。平気で教室全体にまで及ぶ。だから危険」

 隣ではタバサが補足してきた。二人は何も知らないフリーレンのために、善意で告げていた。

 

 

 

「ふぅーん、〝なんでも爆発する魔法〟か」

 

 

 

 しかしフリーレンは、再び立ち上がって、遠目からルイズの様子を見る。

「ちょっと、本当に危険よ!」キュルケが諫めるも、

「大丈夫だよ。危ないようだったら防御はするから」

 いつの間にかフリーレンの手には、あの長杖が握られていた。

 どうしたって確かめたかったからだ。『なぜ爆発するのか』を。

 

(ルイズの今の魔力量は、昨夜と全く変わってない。『ドット』の指標があの子たちだとして………、そのドット以下っていうのはやはり変だ)

 

 フリーレンは机の下に隠れている生徒たちの魔力の流れを見る。ここでのトライアングルクラスはキュルケ、タバサ、シュヴルーズの三人のみ。大半はドットのようだ。だからよりルイズの魔力量と比較できる。

 

 あんな蚊柱のような小さいオーラしかないのに、この教室全体に及ぶ大爆発を、果たして起こせるものなのか?

 

 流石に矛盾が過ぎる。

 一体どんな流れを経て行われるのか、きちんと見極めねば。

 そのうち、ルイズはシュヴルーズの隣にやってきた。杖を引き抜き、一瞬こちらを、フリーレンを見る。

 

 ……見てなさいよ! わたしだって!

 

 目が、そう語っているように見えた。

 そしてルイズは、目を閉じて、呪文を唱える。

 シュヴルーズと同じくらいに淀みない口語だ。杖の振りも流暢。何も問題はないように見えた。

 だが、次の瞬間、フリーレンは目を見開いた。

 

 

 

(―――――え??)

 ルイズのか細い魔力が、杖を振り上げ、呪文を唱えていく内に、一気に広がる。

 一瞬にして。そのオーラは彼女の体外からあふれ出し、教室全体を覆い尽くすほどにまで広がっていく―――。

 

 

 

「――――――っ!!」

 本能だった。あるいは、千年以上にも及ぶ死闘により培われた経験則からか。

 フリーレンは瞬時に〝防御魔法〟を展開した。六角形(ハニカム)状の半透明な魔法壁が、生徒たちとルイズの間を隔てるように展開される。

 

 そして次の瞬間。大爆発がルイズを中心に発生し、轟音が響き渡った。

 

 

「うわあぁ!!」「きゃああ!!」

 巨大な爆発音。生徒からは呆れの声が、徐々に湧き上がってくる。

「もう! いい加減にしろよゼロのルイズ!」

「いつだって成功率ゼロじゃないか!」

「エルフと一緒に退学しろよもう!」

 次いで、机から身を乗り出してきた生徒たちが、揃ってヤジを飛ばしてきた。

「はぁぁ、結局何にも変わらずか、もう……」

 キュルケも呆れたように机から起き上がって、一瞬目を丸くする。

 

「………なにこの壁?」

「分からない。多分、彼女の魔法」

 

 彼女たちの目の前には、六角形が幾重にも重なった独特の魔法壁が張られていた。

 これにより、他の生徒や使い魔、家具などは一切無傷であった。

 一方で魔法壁自体は、完全無傷とはいかず結構破損していたが。それほどまでの威力が、先の爆発にはあったという事なのだろう。

 そしてこれを展開していたフリーレンは、杖を片手にしばし、呆然と佇んでいた。

 

「………………」

「これで分かったでしょ? あの子が無能と言われる理由。いっつもこんな感じなのよ」

「……む、のう?」

 

 あれで? あんな魔力なのに……?? 誰も気づいてないの?

 先ほど見せたルイズの魔力、あの大きさは間違いない。

 

 

 フェルンより、師匠フランメより、いや、そもそも千年生きた自分の全力時に匹敵する膨大な魔力量であった。

 

 

 フリーレンが驚愕する。

 それは、彼女を知る人間ほど唖然とさせてしまう異常信号だろう。

 なにせ、いつも自分が魔族相手にやっていることを、逆に体感させられたようなものなのだから。

 普段と全力時で魔力量の違いを誤認させ、欺いて殺すという。師匠から教えられたやり方を――。

 

 しかもこれはまだ、『未覚醒』な状態でこの威力だという事も驚愕に拍車をかけた。魔力の流れがシュヴルーズと比べても、あまりに歪過ぎる。まるで、重要な『何か』が、欠落しているが故に起こった副産物。

 その結果があの大爆発という形で、発現しているだけなのに………。

 

 もし本当に覚醒したら、あの力を完全に制御できるようになったら。

 もしかしたら………、

 

(私以上……、いや、下手したらゼーリエにも……届くんじゃ……?)

 

 千年極めた末にたどり着く、故に寿命という限界のある人間には絶対にたどり着けぬ境地。

 それを、たった十六歳の少女が、あっさりと凌駕してのけた。

 仮にこれ、ゼーリエ当人が見たら「弟子になれ」と、肩を叩きに来るレベルだろう。

 

「キュルケ、タバサ……」

「なに?」

 ここでフリーレンは、ゆっくりとキュルケたちの方を見る。

 その目は、今まで見せたことのない、真剣な表情であった。

「二人は、本当にルイズが『落ちこぼれ』だと思っているの?」

「え?」

「あなた、どういう……」

 驚愕するタバサやキュルケをよそに、フリーレンは内心、心が高鳴る気持ちを覚えていた。

 こんな気持ちは何年ぶりだろうか。

 ゼーリエの言葉じゃないけど……、これだから魔法は面白い。

 

 

 千年以上研鑽を積んだ自分が、たった十六歳の少女に魔力量で凌駕される。

 

 

 普通じゃありえないようなことが平然と起こる。そんな刺激がこれからも多く得られるだろうという確信に。気持ちを昂らせていた。

 

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