使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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外伝その1『勇者、ハルケギニアへ渡る』

 

 勇者ヒンメル、魔王を討伐する。

 この、人類の悲願ともいえるニュースは瞬く間に大陸に住む人々へと巡り渡った。

 

 それに多くの者が歓喜する傍ら、魔族は自分たちの長を討った勇者を心底恐れ、日陰へと隠れる。

 中央諸国の王都では連日にわたって祭りが行われ、悪の象徴を滅ぼした勇者達一行を称える銅像まで作られた。

 世界に、平和が訪れた瞬間だった。

 

 

「じゃあ、私はここで」

「これからどうするつもりだ?」

 

 中央諸国、大きな河川の上にかかった桟橋にて。

 

「魔法の収集を続けるよ。百年くらいは中央諸国を巡る予定だから」

 

 十年に渡って旅をした仲間、パーティ内の誰もが認める大魔法使いのエルフ、フリーレンは再び、一人悠々自適の旅に戻ろうとしていた。

 その見送りとして、同じく仲間の僧侶、ハイターとドワーフの戦士、アイゼンと共にヒンメルはいた。

 

「まぁ、たまには顔を見せるよ」

 

 と、特に別れを惜しむようなこともなく、からりとした態度でフリーレンは去っていく。

 その背中を、仲間の三人は微笑みながら見送っていた。

 

「エルフの感覚は分かりませんね」

 手を振っていたハイターが、そう言う。

「まったく、いつから生きているのやら」

 ヒンメルもそう答える。淡白な性格なのは十年経ってもまったく変わらない。まあそういうところもまたいいと思っているのだが。

「五十年も百年も、彼女にとっては些細なものかもしれないね」

 彼女はこの間、どんな旅をするのだろう。そんなことにヒンメル達は思いを馳せるのだった。去っていくフリーレンが見えなくなるまで。

 

 

 

「……で、ヒンメル。お前はどうするつもりだ?」

 帰り際、アイゼンが問いかける。

「どうする……か。まあ仕事探しかな」

「もうか、早いな」

「王都への帰りでもそんなこと言ってましたね」

 

 ハイターの言葉に、「大事な事さ」とヒンメル。

 

「これからの人生が長いんだ。僕達が成した功績もいつかは忘れ去られる。『魔王を討った勇者』という椅子一つで遊び惚けるつもりは無いよ」

「生真面目な奴だ」

 アイゼンは長いひげをしごきながら次いで、「仕事かぁ……」と、主に耽るように呟く。

 

「どうせだったら酒が飲める仕事が良いですね」

「いや、だからお前僧侶だろ」

 

 気楽なハイターの言葉に、思わずツッコむヒンメル。

 とは言いつつも、ハイターの仕事先は沢山ある。あれだけの偉業を成した僧侶だ。聖都で司教をするなり、道は沢山あろう。……酒が飲めるかまでは知らないが。

 

「ま、僕もやることは沢山ある。〝フリーレンを過去から未来へ帰す魔法〟なんかも、これから探さなきゃいけないしね」

「そうですね。ところで……、〝腐敗の賢老〟はあれでよかったのでしょうかね?」

 

 ここでいつになくハイターが、神妙な顔つきで言った。

 三年前、かつて中央諸国に地獄を齎した屈指の大魔族。あのフリーレンをして「私たちじゃ勝てない」と言わしめた相手。

 今はグレーセ森林の奥深くにて封印を施しているが……。

 

「そうだな、戦力を揃えて囲んで叩けば、今の俺たちなら討伐はできただろう」

 アイゼンも頷く。

「……その代わり、多大なる被害が出るとも、彼女は言っていたけどね」

 腐敗の賢老こと、クヴァールの処置はかなり議論した。

 冷静に考えれば、魔王を討った自分たちが最後に封印を解き、討伐すればいいと思っていたのだが、それだと最悪、「村周辺にも被害が及ぶ」と差し止めたのはフリーレンだった。

 

 

 それぐらい、〝人を殺す魔法(ゾルトラーク)〟の威力は絶大だという。

 

 

 聞けば、敏い魔法使いなんかは既にこの魔法を人類でも転用できないかと、開発を進めているという。

 普通、魔族の魔法は人類には決して解析しえないほどに複雑な構造をしているのだが、あの〝人を殺す魔法〟だけは、人類でも扱えるくらいに理路整然とした術式をしているとか。

 

 いずれ近い未来、魔法の主軸に〝人を殺す魔法〟が入り込むのは時間の問題。

 

「だからこそ、あの魔法を防ぐ〝防御魔法〟も必ず生み出される。長い時間をかけて徹底的に解析し、陳腐化させてから一撃で屠る。そうすれば被害も何も出ない」

「彼女は、そう言ってましたね」

「フリーレンが『やる』って言ったんだ。僕らは今まで通り、彼女の約束を信じるだけさ」

 

 討伐できるのなら、周囲を巻き込まないに越したことはない。

 最終的にはヒンメル達も、フリーレンの遠大なまでの作戦に、未来を預けた格好だった。

 

 

「じゃあ、私はこれで」

「俺も、ここで」

 やがて、分かれ道に差し掛かった時。ハイターやアイゼンとも別れる時が来た。

 

「俺は一旦、実家に帰る」

「私も、しばらくは聖都で仕事を探しますね」

 あの魔法も探してみます。と、ハイターはヒンメルに耳打ちする。

 女神の魔法により、未来から過去へとやってきたフリーレンが、無事元の時代へと戻る魔法。

 これを探し当てないと、彼女の今後はとてつもなく歪なものとなることだろう。だからきちんと見つけなくてはならない。

 

「ああ、頼む。女神様の魔法でフリーレンは未来から過去へ来たみたいだしね。調べられる範囲で調べてくれ。勿論僕も調べるけど」

「で、お前はどうするんだ、ヒンメル」

 

 アイゼンの問いに、ヒンメルは分かれ道を指す看板に目をやった。

 

「一度グレーセ森林に行こうかなと思ってね。クヴァールの封印の様子を見ておきたい」

「マメですね」

「年に一回は来ようかと思ってるよ」

「そうか、まあ気を付けてな」

 そんな気軽な感じで、二人とも別れたヒンメルは、その足でグレーセ森林へと向かった。

 

 

 途中、遭遇した魔物を討伐したり、困っている人を助けたり。

 伝説の勇者だと知った人々から求められる握手やサインなんかに対応したり。

 村に着いたら着いたで、村人からは歓迎の嵐だったり、フリーレンのスカートをめくったクソガキとも楽しく会話したり。

 

 

 そんなこんなで時間が流れ、今は封印されたクヴァールの目の前にいた。

 

 

「ま、当たり前だけど当分は大丈夫そうだな」

 何か異変が起きてやしないかと観察していたが、特に何かあったようなことはない。

 フリーレンの見立てでは、八十年は安泰と言っていたけど……。

 

 ヒンメルはふと、傅いたまま固まるクヴァールを見上げる。

 自分でも最後まで討伐しきれなかった、屈指の魔法使い。

 その姿は封印されているにもかかわらず、ある種の荘厳な、もっと言えば畏怖させるような気迫というのを感じさせる。

 

 八十年後……、少なくとも自分はもう、生きてはいないか、生きていても戦いの場に参加することはないのだろう。

 

「頼んだよ、フリーレン」

 未来でも健在であろう、大切な仲間に向かってそう呟く。その時だ。

 巨大な地響きが、周囲を襲った。

 

 

「なんだ――――!」

 ヒンメルはすくっと立ち、腰に差した愛剣。魔王を討伐した『勇者の剣』に手をかける。

 地鳴りはしばらく断続的に起こったが、やがて徐々に静まり返っていく。

 完全に静まった後、ヒンメルは動き出した。

 

(先の地震で、村にもクヴァールにも影響はないようだが……)

 

 地震は森の奥から発生したようだ。原因を突き止めるため、ヒンメルは震源地と思しき場所まで移動する。

 既に日は落ち、一つの満月があたりを照らす暗闇の中、それはあった。

 

「これは……ダンジョンか?」

 

 地面の裂け目から覗く、確かに続く道筋を見つけたヒンメルは、思わず息を飲んだ。

 旅の最中、色んなダンジョンを巡ったことはあったけど、まさか今になってこんな洞窟を見るとは思わなかった。

 思わぬ隠しダンジョンを発見し、ヒンメルは溢れ出る好奇心を抑えきれずにいた。

「せっかくだし、どんなところか探検してみるか!」

 

 

 洞窟は、かなり暗いが大きな一本道だった。

 松明一本、片手にヒンメルは進んでいく。

 道中、敵らしい敵は出てこない。しかし先の地震の影響か、地面が隆起していて少し歩きづらい。

 その地面も良く目を凝らせば、それなりに格式ばったレンガで敷き詰められた跡が疎らに見える。

 

(反対側の道は大岩で塞がれていた。今進んでいるこの道は、どこへ通じているんだろうか?)

 

 進むべきルートが一本しかないので、迷うことなく進んでいくヒンメル。

 こうして進むたび、仲間と馬鹿をやりながら探索していたことも思い出す。

 

(一人になると、こんなにも寂しいものになるんだな)

 

 ちょっとナイーブな感傷に浸りつつも、やがて道は終着点となる。

 古惚けた扉をこじ開けた先には、丸型の巨大な部屋が広がっていた。ボスらしき魔物も特にいない。

 

 代わりに、中央には鏡が置いてあった。人一人分、包めるくらいの大きな鏡だ。

 

「なんの鏡だ?」

 中央に寄ったヒンメルは、鏡の周囲を探索する。外見上は自身すら映さないほどに汚れが目立つ、ただの鏡。

 ただ、こんなところに置かれているという事は、何かしら特別な力を持つ鏡である可能性も高い。

 

(フリーレンがいてくれたら、なんか分かったのかな)

 

 思案に暮れるヒンメルの腰が、やがて薄っすらと光り始める。

 光ったのは、どうやら剣のようだ。

 

「……剣と、鏡が反応している?」

 

 ヒンメルは腰に差している剣を引き抜く。鍛冶屋キーゼルが作った、本物の勇者の剣と同じ形になぞらえた剣。

 巡り巡って、本当に魔王を討った剣となった、十年以上使っている愛剣だ。

 だが、それ故に特に何かしらの力を備えているわけでもない。

 

 なのになぜ……、と首をかしげたが、どうやら光っているのは剣の刃の部分。それも全体ではなく、疎らに光っている。

 

(もしかして、過去に討伐した魔族の残滓に、この鏡は反応しているのか?)

 

 鏡に剣を近づけてみる。すると鏡の方が徐々に光り出し、魔力を帯び始める。何かあると、確信した瞬間だった。

 

 剣の切っ先と、鏡面をかち当てる。

 すると次の瞬間、巨大な光が部屋中を満たした。

 

「な、今度は何だ――――!」

 

 その言葉を最後に、勇者ヒンメルは一時、この世界から姿を消すこととなる。

 光が消えた部屋の後には、突き刺さった愛剣だけが残った。

 

 

 

「はぁ……、はぁ……」

 どことも知れぬ森林の中。

 トリステインのメイジ、若きオスマンは今、全速力で森の中を疾駆していた。

 

「くそっ、ワイバーンの野郎、マジでおれを焼肉にするつもりか!」

 

 ぼやいた瞬間、背中に巨大な火炎放射が横切っていく。あともう五サント程右にいたら、即座に黒焦げになっていただろう。

 間一髪。なんて生への喜びに浸っている暇はない。何故なら真後ろ上空には、十メイル以上巨大な赤燐の竜が飛び交っているのだから。

 竜は、無遠慮に侵入した外敵を滅さんと、口内に火力を溜め始めている。排除と共に今日の夕飯も兼ねているのだろう。その追跡は執拗なものだった。

 

「くそが! このまま食われてたまるか!」

 

 オスマンは巨大な『氷の槍(ジャベリン)』を展開する。水二乗、風二乗のスクウェアクラスにまで威力を高めた魔法だ。

 しかし、精一杯のあがきとばかりに放ったその槍は、竜のブレスで瞬く間に溶かされ消えゆく。

 人の身で、魔法で、竜のブレスに対抗するにはまだ、当時のオスマンは力不足だった。

 

「ぎょあああああ!」

 

 そのままブレスは、オスマンの全身を焼いていく。あわや黒焦げ死体が出来上がりかと思いきや……。

 

「こっちだ間抜け」

 

 先の燃えたオスマンは『偏在』。本物は『飛翔』を唱えて宙に浮き、竜の上空、背後をとった。

 千載一遇の大チャンス。精神力的にも外したらもう次は無い。

 オスマンは今自分にできる最大火力の『稲妻』を、竜に叩きこんだ。

 

「食らえ!」

 迸る電閃は、確かに竜を怯ませた。

 翼を焼き、体勢をぐらつかせる。

 空中での姿勢制御に支障をきたし始めた。

 

「はっはー! やったぜ! これで……」

 しかしまた、オスマンも油断していた。

 制御を崩した竜が反転して、巨大な尻尾で打ち付けに来たのだ。

 その対応に反応できるはずもなく、オスマンもまた、強かに尾で打ち付けられ、撃墜される。

 

「があっ!?」

 

 オスマンもまた、地面にたたきつけられた。

 意識を飛ばしかけながらも、『飛翔』は維持していたおかげで軟着陸には成功したものの、精神力は完全に尽きた。

 一方のワイバーンは、翼膜が焼けて飛ぶことはなくなったものの、依然健在。首を伸ばして食らいに来るには十分すぎる距離だった。

 

(あ、終わった)

 

 この時、オスマンの思考はその一言で埋まっていた。

 思い返せば、ふざけたものだ。

 

 メイジとして生は受けたものの、どことも知れぬ貧乏地方の出であったオスマンは、一旗揚げる思いで首都へやってきた。

 才はあったが地位も金もなかった彼は、最高級の教育を施されることで有名なトリステイン魔法学院に入ることは叶わず、どことも知れぬ貧乏学校で、必死になって魔法を学んだ。

 

 才能一本、それだけでのし上がろうと考えていた彼は野心に溢れていた。所詮才能だけの貧乏貴族と、金も地位も持っている貴族から馬鹿にされた彼は、強さの証として当時、森に巣食っていたワイバーンの首を連中に見せつけてやろうと大きく宣言した。

 

 その結果がこれだ。いくら才はあっても、未だ人の範疇を越えていなかった彼に、ワイバーン討伐は無謀の極みだった。

 結局、それに気づいたのは今この瞬間になってから。無謀と挑戦は違うと、頭ではなく心で理解したこの瞬間だけだった。

 

 その代償は、当然命によって贖われる。

 オスマンは杖を落とした。どうせ魔法はもう一発も放てない。死ぬならいっそひと思いに焼いてくれ――――と思った時だ。

 

 

 

「大丈夫か? 助けに来たぞ!」

 

 

 

 目を開けた時、ワイバーンは沈んでいた。

 そしてその上に立つ、一人の剣士に、オスマンは目が行った。

 剣士はワイバーンの首を一刀で両断し、血に濡れた刃を拭いている。

 どんな名剣なのかと思いきや、その剣自体は錆が浮いた粗悪品だったものだから、オスマンは二重に驚いた。

 

 

「そんなボロ剣で、ワイバーンを一撃だと……?」

「良かった、間一髪だったみたいだね」

「お前、一体何なんだ? メイジじゃないのか?」

「魔法使いじゃないさ。僕はヒンメル。そしてこいつはデルフリンガー。これでもかつては世界を救った勇者さ」

 

 

 それが後の英雄、異世界(ハルケギニア)にやってきて十日経っていないヒンメルとの、最初の出会いだった。

 

 

「それで、なんでまたお前はワイバーン討伐なんて無謀なことをしたんだ?」

 そう問いかけるのは、ヒンメルの横で立てかけてあるデルフリンガーだ。見た目はサビだらけ、とても名剣とは思えない風体のインテリジェンスソードなのに、いやに態度がでかい。

 普通ならうんざりするだけの駄剣としか思えないが、ヒンメルはまったく気にしていないようだ。

 オスマンはフンと鼻を鳴らした後、討伐までの経緯を話した。

 

「皆に馬鹿にされるのが悔しくて、一人で竜に挑んだか」

 焚き火の近くに刺した焼き魚に、手を付けながらヒンメルは言った。

「無謀の極みだな」

 デルフがからからと笑う。オスマンは軽く舌打ちした。

 

「うっせえ、一人でもなんとかやれたんだよ……、それを横から邪魔しやがって……」

「嘘はいけねえな。あれは誰がどう見たって燃やされる五秒前だったじゃねえか」

 

 オスマンの負け惜しみに、デルフは冷静に突っ込む。いちいち腹立たしい剣だ。そう思ったし、実際顔に出した。当のデルフは気にしてもいないようだが。

 

「大体お前らはなんでこんなとこにいんだよ」

「ま、色々あってね」ヒンメルは相変わらず、オスマンの僻みも気にしない風体で魚をかじっている。

 代わりにデルフが、ここまでの経緯を補足した。

 

「この辺りに住んでいる連中に頼まれたのさ。最近竜害が酷くて何とかしてほしいって。本来対処すべきこの地の領主サマはだんまり決め込んじまってるから、村人は泣き寝入りするしかなかったのさ。それを不憫に思った俺の持ち主様が、『じゃあ僕が行こう』ってなってな」

「んだよ、それできっちり討伐するとか、どこのイーヴァルディ様だよお前」

 

 野心と無謀で挑んだ自分と違い、困っているから手を貸して竜を討ったとか。

 自分がすごい惨めな生き物になったようで、オスマンは閉口するしかなかった。

 

「おれはそんなすっごいすっごい剣士サマに救われたってことですかね。これはこれは光栄の極みでごぜぇやす」

「卑下しなくっていいさ。きみの魔法だって十分凄いと僕は思っているよ」

「……けっ、お前なんかに何が分かるってんだ」

 そうだ、お前らには分からない。分かるはずもない。

 何をやらかしたか知らないが、生まれた時にはすでに僻地に追いやられた自分の領地のことなど。荒れた土地故に何も生み出せず、民どころか碌な使用人すらいない。

 ヴァリエール家と比べればまさにアリとドラゴンともいえる、雲泥の差だ。

 

 

 地位があれば、馬鹿にされることもなかった。

 教養があれば、もっと魔法の勉強ができた。この才能を活かせたはずだ。

 金があれば、流行り病で両親が死ぬこともなかった。薬があれば、治せる筈だったのに。

 

 だから、当時のオスマンは野心と挑戦で動いていた。領地も家も全て売り払い、正真正銘裸一貫。のし上がるために。

 金、地位、権力、そして勿論女も。この世の全てを己の手に収めてやると。周囲からバカにされるたび、そう思った。

 だからこそ、

 

「おれは『本物』のメイジを目指すんだ。才能だけしかないというのなら、才能一本でのし上がってやろうじゃないかと。いずれおれを嫉む事すら天上のことだと、全世界に知らしめてやるのがおれの生きる意味だ」

 

「はっ、とんだ野心家だな」

 デルフの呆れるような声に、「剣のお前には分からんだろう」とオスマンは返す。

「まあまあ」と、ヒンメルはオスマンとデルフの間に立ってとりなした。

「でも気持ちは分かるよ。馬鹿にされると悔しいよな」

「だから、平民のお前に何が分かるってんだ。お前は所詮偽物の貴族だ、地位もコネも教養も金もない、そう言われ続けたおれの気持ちが」

「いや、少し分かるよ」ヒンメルは言った。

 

 

 

「悔しいよな。『所詮偽物だから本物にはなれない』って馬鹿にされるのは。何が何でも見返してやろうって思うよな」

 

 

 

 ふと昔を思い出したかのような、寂寥の笑みでヒンメルは言った。

「偽物……か。まるでお前自身、そう言われたような感じだな」

「実際言われたことだからね。それにさっきも言ったけど、きみは凄い魔法使いだと思うよ」

「お世辞なら止めてくれ。何度言うが、お前に一体何が分かるんだ」

 

 オスマンは自嘲気味にそういうが、ヒンメルは首を振って立ち上がる。

 そして、首を切断したワイバーンのうなじ部分を指さした。

 

「ほら、ここの翼膜と一緒に、首筋にも強烈な雷の跡が残っている。この傷を狙ったおかげで僕は一撃でこいつを狩ることができた」

 

 オスマンは目を見開く。

 こいつ、きちんと目で追っていたのか? あの戦闘を……。

 

「きみの魔法は、間違いなくワイバーンを疲弊させていたんだ。それは間違いない事実さ」

「……そうかい」

「他人からの評価で、偽物か否かなんて決める必要はないよ。自分がこれだと思って進んだ道。それだけは確かな本物だろう? 僕はそうやって歩いてきたし、これからもそう歩いていくつもりさ」

 

 だから、自分をもっと信じてあげればいい。

 ヒンメルは屈託ない笑顔で、オスマンにそう告げる。

 オスマンはそれっきり、何も言えなくなってしまった。

 

 

 

 その後もこのヒンメルとかいう剣士は、色んなことを話してくれた。

『全く別の世界から来た』だの、『エルフと旅をした』だの、『魔王を討伐した』だの。

 どれもこれも、ハルケギニアの民なら到底信じられない言葉ばかりだ。

 

「嘘もそこまで極めれば立派だよなぁ」

「分かる。俺もここまでの法螺は流石に聞いたことねえよ」

「おいおい、全部本当のことだって」

 

 ここだけは心底同調するとばかりに頷くデルフとオスマンを見て、困ったようにヒンメルは頬を掻いていた。

 

 

 

 やがて、夜が明ける。

 ヒンメルは、無事竜を討伐したことを村に報告しに行くようだった。

 首都と村への分かれ道に差し掛かった時、ヒンメルは小銭の入った袋を渡してきた。

 

「竜討伐の前金さ。あのワイバーンはきみのおかげで早く討伐できたから、報酬も半々にしよう」

 

 ヒンメルからそう言われたら是非もない。

 受け取ったオスマンは包みのひもを緩める。

 

「……スゥ銀貨もないのか、ドニエ銅貨ばかりじゃねえか」

「仕方ないさ。本当になけなしの金で、彼らは頼んで来たんだから」

 

 こんなはした金で竜討伐を請け負うとか、明らかに釣り合わない。

 これならいっそ慈善でやって無償の恩を売っておいた方がいいまであるんじゃないか。

 そう言うと、ヒンメルは、

 

「それじゃ意味がない。報酬を貰っておけば貸し借りはなくなる。それが大事なんだ。僕が求めるのは誰かを助けるためであって感謝の言葉じゃない。貸しを作ってしまったら本当の意味で助けたことにならないだろう」

 

 と告げてきた。

 どうやら彼にも、人助けにポリシーがあるらしい。

 おそらく、ずっとこんな感じで誰かを、何かを助けてきたのだろう。それだけは嘘や法螺なんかじゃないとは、オスマンは思った。

 

 

 それは、ずっと自分中心で考えていた当時のオスマンにとって、すごい新鮮な風を与えられたようなものだった。

 

 

 ふと、オスマンは竜から剥ぎ取った赤燐に視線を落とす。

 このまま討伐した証を持ち帰って、それで自分は何が変わる? 

 自分一人でワイバーンを討伐したなどと、周囲に嘘を吹聴してまで自分を誇示することに、なんの意味があるのか。

 だったらおれは……。

 

「じゃあ、僕はこれで。また会えるといいね」

 ヒンメルはそう言って、村の方面へと向かおうとする。

 その背中に向かって、

 

「……待て、やっぱりおれもそっちに行く」

 

 それは、思わず口をついた言葉。

 ヒンメルは足を止め、オスマンの方を振り向いた。

「勘違いするな。そっちの道の先に、おれはまだ用がある。お前らとはたまたま、行く道が一緒だったってだけだ」

「……そうか」

 

 ヒンメルはふっと笑う。

 そして言った。

 

「一緒に来るかい?」

「……村に着くまでに考えるさ」

 

 ほぼ照れ隠しのような口調だが、本心はついて行くことに、迷いはなかった。

 この不思議な男について行くこと。それは自分の実力を大きく成長させるのではないかという、確信があったのだ。

 当時のオスマンは、その確信に従ってみたかったのだ。

 

 

「んで、お前らの名前は何ていうんだ?」

「こいつ……、ワイバーン討った後に名乗ったじゃねえか」

「まあまあ、改めて、僕はヒンメル。こいつは愛剣のデルフリンガーさ。きみは?」

「おれはオスマン。いずれはこの国の天辺、『賢者』を目指す男の名だ。よぉく覚えておけ! おら、もたもたすんな、置いてくぞ!」

 

 オスマンは大股で先にズンズン進んでいく。デルフは「変な道連れができちまったな」とぼやいた。

 

「いいじゃないか。この感覚、まさしく冒険が始まったって感じだ」

 

 一方ヒンメルは、心底楽し気に、そう笑った。

 天候は晴れ、天国まで見えそうな青い海に白い雲がゆらゆら流れる、心地よい空が広がっていた。

 

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