使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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外伝その2『それ(・・)は闇の底から這い上がる』

 

 勇者ヒンメルの死から28年後。

 北側諸国、グラナト伯爵領。

 

 満月翻る夜空の中。

 暗闇に交じって衝撃音が、響き渡る。

 

「リーニエ! 何をやっている!! 早くそいつを片付けろ!!」

 

 断頭台のアウラが率いる首切り役人の一人。リュグナーの怒声が響く。

 彼の眼下では、今まさに二人の戦士が同じ得物を手に、殺し合っていた。

 

「その斧捌き、どういうことだ。そいつは師匠の技だ……」

 

 戦っている相手の片方は人間の戦士、シュタルクだ。

 既に頭や肩に数多の切り傷を作り、多量の出血をしている状況の中、更に唖然とした表情を作っている。

 そんな彼と戦っているのは同じ首切り役人の一人、リュグナーが「リーニエ」と呼んだ少女であった。

 少女といっても、彼女は魔族である。経験値差もあって戦闘は終始彼女が優勢。更に彼女が用いる魔法は、ある意味でシュタルクに特効の魔法であった。

 

「こんな偶然あるんだね。運命は面白い」

「まさか……」

「私は戦士、アイゼンの動きを模倣している」

 

 なんの偶然か、リーニエの〝模倣する魔法〟で記憶した人物は、シュタルクの師、アイゼンのものだった。

 当然ながら、師の動きに弟子がついていける道理もなし。リーニエが放つ斧の動きに、シュタルクはなされるがままだった。

 

「ようやく倒れた(・・・)か。急がないとまたリュグナー様に怒られる」

 

 もう再起不能だろう。リュグナーの援護に向かおうとしたリーニエ。その背後でのっそりとシュタルクは立ち上がる。

 さしものリーニエも、少し苛立ちの表情を忍ばせる。弱いくせに、やたらしぶとい。なんだこいつは。

 

「大人しく寝てればよかったのに。もう負けたんだから」

「……俺はまだ立っている」

 

 その後もシュタルクは、「師匠の技はもっと重かった」だの、「お前のはただの真似事だ」だの、負け惜しみに近い言動を繰り返す。

 先ほどまであれだけ切られ、吹っ飛ばされたのに。こいつには何が見えてるのか、さっぱりわからない。

 もういい。

「なら、その真似事で引導を渡してあげよう」

 

模倣する魔法(エアファーゼン)

 

 リーニエが得意とする魔法であり、相手の魔力の動きを模倣して、自分で再現する魔法。

 魔力で斧を形成し、一気呵成に、シュタルクの懐へ攻め入る。

 案の定、シュタルクは反応が遅れたようだ。大上段に斧を構えたまま固まっている。胴体ががら空きだ。

 

(大振り。防御も無し。血迷ったな)

 

 相手が斧を振り下ろす前に、此方の攻撃が相手を両断する。事実、そうなった。

 リーニエのとどめの一撃が、シュタルクの脇腹に直撃する。……直撃しただけだった。

 

「相打ち覚悟だってのにビビッて損したぜ。やっぱり全然重たくねぇや」

 

閃天撃(せんてんげき)!!〟

 

 何故かこちらの攻撃は、皮一枚切って血を噴出させるだけで終わった。

 何が起こったか推察する間もなく、返しの一撃がリーニエを上段から真っ二つにした。

 

「あ……」

 

 気づいた時にはもう、体中が魔力の残滓となって、消えゆく時だった。

 無意識に届かぬ満月を伸ばすも、その手も残滓となって散り散りなって霧散する。

 

 ああ……、これが『死』か。

 

 遠くでリュグナーの叫びが聞こえたような気がする。しかしその時にはもう、視界は暗く翳り、聴覚は遠のき、魂が世界に放逐されるかのような感触を覚えていた。

 

 リーニエの意識はこの時、確かに途絶えた。

 

 

 

 

 

 フリーレン召喚より3年前。

 ハルケギニア、アルビオン大陸。ニューカッスルの礼拝堂周辺。

 

「奴はいたか!?」

「いえ、恐らくは地下道から逃げ延びたかと」

「何としても奴を探し出せ! 必ず引きずり出して縛り首にしろ!」

 

 二つの月が暗闇を優しく照らす中。松明や杖に光を灯したアルビオンの騎士たちが、捕り物をしているかのように駆け回っていた。

 そんな彼らが歩く地面の下。下水を側に置いた地下通路にて。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 泥と血で塗れた、汚らしい男が足を引きずりながら走っていた。

 一見すると聖職者のような風情だが、その目に浮かぶ狂気の瞳は、とても神を尊ぶ者のそれとは思えないほど。

 

 

 男の名はクロムウェル。たった今、アルビオンの騎士たちに追われている男であった。

 

 

 四年前、サウスゴータの大公、その妾騒動に巻き込まれた彼は、そのまま職を追われて浮浪の日々を余儀なくされていたのである。

 

 当然ながら、彼はアルビオン王家を憎悪した。

 

 慎ましく生きていただけだったのに……、いや、成り上がる野心がないわけではなかったが……、それでもこんなゴミのような追い打ちをかけてきた王政府に、何か仕返しがしたかった。

 

「ご、ごれだ……、ごいつを……、使えば……」

 

 足を引きずり、息も絶え絶え。

 出血は酷く、背中で流れる血が、進んできた道に自分の足跡を残していく。

 

 いずれ、自分が見つかるのは明白だろう。

 だからこそ、ちょっぴりの野心と大きな憎悪を原動力に、クロムウェルは歩く。

 彼の右脇には、魔導書が挟んであった。大公お抱えの聖職者だった時代、たまたま屋敷に招かれる時があった頃。魔が差し手癖で盗んだ書物。

 当時の大公は、王家の家財を任される地位にいた。それゆえ珍しい魔道具や書物がたくさんあった。そのうちの一つなのだろう。

 

 これはなんの書物なのか、理解するのにかなりの月日を要した。だが書物に挟んであった、翻訳語が書かれたメモを頼りに、摩訶不思議な文章を読み解くと、あることが分かった。

 

 

 これはハルケギニアから遠い遠い大陸で生み出された、禁忌の書物ということ。一度書物の力を起こせば、あり得ぬことを起こすとされる力を持った魔道具(マジックアイテム)であるということだった。

 

 

 地位も金も、なんなら命すら落としそうになっているこの瞬間。どうせなら目に映る全てを巻き込んで地獄に叩き落してやりたい。

 クロムウェルは地下通路から礼拝堂に向かう。使うのであれば地表で使いたい。歩くたび、本からの脈動を強く感じていく。

 クロムウェルは平民である。魔法など使えぬはずなのに……、本能でそれが分かっていた。

 

 

 

 本には、読める人が見たらこう書かれているのが分かったことだろう。

〝死んだ魔族を蘇らせる魔法〟と――――。

 

 

 

 ニューカッスルの礼拝堂。抽象的なブリミル像が若干振動し、横へと動く。

 像の下から出てきた穴から、クロムウェルは這いあがった。

 もう身体中から血の気が失せていくのが分かる。後数分もせず、自分は死ぬのだろう。それでも心の底から湧き上がる憎悪が、彼を動かしていた。

 

「もう、ここでいいか……」

 

 クロムウェルは無意識に本へ視線を向けた。本はより強い光と脈動で応える。

 まるで悪魔と契約しているかのような気持ちにさせられる。だがそれでいいとクロムウェルは思っていた。

 

 失血で震える手を、必死になって動かし本を地面に置く。

 そしてページをめくった瞬間。

 

「いたぞ! このコソ泥め! もう逃げられんぞ!」

 

 礼拝堂の扉が開かれ、そこから多数の騎士たちが杖を向ける。

 隊長と思しき兜とマントを羽織った騎士は、「てこずらせおって」と呟きながら周囲と同じように杖を突きつける。

「ジェームズ一世より、この場で即処刑する権限は既に頂いておる。最後に言い残したことがあれば言ってみろ!」

 騎士の発言に、クロムウェルは身体を震わせながらも、恍惚の表情を浮かべる。

 準備は整った。後はもう、発動するだけだ。

 

「言いたいこと、か……」

 

 この本は、ブリミル教徒であれば貴族平民関係なく、発動する。

 命を投げうつほどの多量の血を流せば―――――。

 

 

 

「すべて、滅びちまえ」

 

 

 

 これ以上ない笑みを湛えながら、クロムウェルは両腕を広げる。

 刹那、杖から殺意の魔法が迸った。氷の槍、風の刃、炎の弾丸。それらは容赦なく、瀕死の聖職者の身体を貫いていく。

 それに伴い、多量の血が足元の本へと、滝のように注がれる。

 やがて、大の字になってクロムウェルは斃れた。その顔は最後まで狂気の笑顔に満ちている。

 彼が倒れ伏す前、勢い余って破っていた数枚のページが、衝撃と爆風に煽られ、窓から、大陸の突端に立つ礼拝堂の外へ。そしてそのまま、夜風に煽られ流されていく。

 それに気づく者は、誰一人いなかった。

 

 

 

「フン、くたばったか……」

「良かったのですかね。礼拝堂をこんなにも汚してしまって」

「仕方があるまい。国王はこの問題を速やかに解決されることがお望みだった。大義の前には些末な問題よ」

 とはいえ、このまま汚れているのはちと風聞に悪い。騎士隊の隊長は素早く部下たちに、死体と飛び散った血を片付けるよう命じる。

「しかし、あのコソ泥が持っていた書物はなんだったんだ? 平民の癖に、何をするつもりだった……?」

 疑問符を浮かべて、誰に問うても返ってこない筈の言葉を空に投げかけた時だ。

 

 

 

 

 

「あら、あなた達が知る必要はないわ。私でも理解できない領域を、あなた達如きが理解できるはずないもの」

 

 

 

 

「なっ――――ッ!?」

 百戦錬磨の隊長は、心の底から湧き上がる動揺を隠しながらも、声の主の方へ杖を向ける。

 周囲も慌てて、声の主へ杖を向けた。

 

「な、なんだ、貴様――――!?」

 

 視界の先、礼拝堂の最後列の長椅子に、いつの間にか女性が座っていた。

 露出の多いドレスのような衣装。独特に束ねた髪。大きく開けた胸元。そして、まるで鬼のように頭に生やす二本の角。

 女性は足を組みながら、何度か首の調子を手で整えていた。まるで落っこちないかを入念にチェックしているかのよう。

 大丈夫そうだと知るや、今度は膝元に置いてあった天秤をいじり始める。杖を、周囲から殺意を向けられているにも関わらず、その様子は悠々としたものだ。

 さて、女性は先の隊長の言葉に答えず、独り言を続ける。

 

 

 

「シュラハトや魔王様は……、いないか。他の七崩賢(れんちゅう)の気配もなし。今のところ私だけ。それとも後で、誰か来るのかしら?」

 

 

 

 ソリテールも変なものを施してくれたわね。

 独り言を続ける女性に、騎士の隊長は苛立ちの声をぶつける。

 

「貴様……、さっきのコソ泥の仲間か! 一体どこから現れた? 何が目的だ!?」

 

 

 女性は答えない。ただ、片手で持った天秤を高く掲げる。

 天秤はカタリと、片側に大きく傾く。

 

 

 それっきり、何の反応も示さない。ただ天秤で遊んでいるだけの女性に向かって、今度は隊長の横に控えていた、副隊長らしき装飾を身に纏う騎士が、杖に魔力を溜め始める。

 

「いい加減答えろ! それとも今すぐ魔法で首を刎ねられたいのか!」

「あら、()が、()の首を刎ねるって?」

 

 殺意を言葉に変えて向けられ、そこでようやく女性は反応を示す。

 周囲の圧を一切気にすることもなく、不敵な笑みを副隊長に向け続けていた。

 

「ふざけているのか、我々が、貴様を、に決まっているだろ――――」

 

 副隊長は、そこから先、言葉を紡げなかった。

 突如迸った風の刃が、副隊長の首を吹き飛ばしたのだ。

 

「なっ、隊長!?」

 

 周囲は驚きの声を上げる。なんと、副隊長を殺す魔法を放ったのは隊長だったのだ。

 隊長は目を虚ろにさせながら、味方を殺したことに何の疑問もないような面持ちで、杖先を副隊長に向けたまま。

 

「随分と軽い魔力ね。羽毛を乗っけたのかと思ったわ。おまけにあっけないくらい、即堕ちしてくれるだなんて。少しは抵抗の意思を見せてほしいものね」

 

 女性は薄ら笑いを浮かべる。

 隊長はまるで女性に魂を預けたかのような面持ちで、彼女に傅いた。

 

「き、きさま……、なにをした!? 一体隊長に何をした!?」

「詠唱がない……先住魔法か!?」

「その角、亜人か!? オークなのか、それとも吸血鬼の亜種か……!?」

 

 的外れな言動が飛び交うたび、女性はやれやれといった表情を浮かべる。

 再び、天秤がカタリと傾く。すると一番背後にいた騎士の一人が、他の騎士の背中に向けて魔法を放ち始める。

 

「な、おいジャスティン! 一体どうした!? なぜ杖をこっちに向ける!」

「や、やはりこいつの魔法か!?」

「水系統の魔法か!? 人知れず心を操るのか――――」

 

 聡明な騎士の何人かはこの状況を推察していたが、残念ながら彼らに事態を解決する力まではなかった。

 

 

 天秤が傾く。

 それだけで一人、また一人が反抗を始める。

 なんの疑問もなく。同士討ちを始めた。

 

 

 むしろ敏い騎士ほど女性の手駒になった。状況を理解できない愚鈍な騎士だけが、狩られていく。

 いつの間にか、王の命を忠実に遂行しようとする手駒は、あっという間に消えていった。

 幾許かの魔法が飛び交った後、生き残ったのは先の女性と、彼女を新たな主人と崇める騎士たちだけ。

 

「さあて、どうしようかしらね」

 

 女性は背伸びをする。未だに彼女は、椅子から立ち上がってない。隊長に厳しく誰何されたその時から、微動だにしていないのである。

 ただ、天秤を傾かせるだけで周囲を殲滅した女性は、物憂げに髪をいじり、魔力の流れを探知し始める。

 ひとしきり魔力を探知して、本当に誰もいないと分かった女性は、けらりと呟く。

 

 

「ひとまずは好きにしていいってことで、いいのかしらね」

 

 

 女性は魔族であった。

 生まれた時から孤独であるがゆえに、愛や情、憐憫や罪悪感といったものとは無縁の生き物。

 その中でも彼女は、強大な魔力と生涯を費やし、極めた魔法を持つがゆえに、魔王直属の幹部にまで、引き上げられるほどの実力の持ち主となった。

 

 彼女は負けなしだった。

 あの忌々しいエルフ……、『葬送』のフリーレンにまんまと欺かれ、この手で(くび)を落とすハメになるまでは。

 

復讐(リベンジ)……しようにも、まずここはどこだか、調べるところから始めないとね」

 

 次いで思ったこと。腹が減った。

 魔族の主食は人間である。別に人間でなくともいいのだが、今から自らの足で食べ物を探すのも面倒だ。

 当面は魔力の回復に努めなければ。〝服従させる魔法(アゼリューゼ)〟自体は問題なく機能するようだが、まだ大量の『不死の軍勢』を操れるまでには至っていない。

 なに、潜伏するのには慣れている。魔力を完全に取り戻してから、活動を始めるとしよう。

 

 

「とりあえずあんたら全員、首を落としなさい」

「はい、アウラ様」

 

 

 隊長含めた騎士たちは、何の疑いもなく、杖を自分の首筋に向け、躊躇なく魔法を放った。

 一瞬、鮮血が噴水の如く咲き乱れる。礼拝堂はクロムウェルの殺害時以上に血まみれとなった。

 首無しになった騎士たちは、まるで供物を献上するが如く、己の顔を女性――――断頭台のアウラに差し出した。

 

 

 

 その後、アウラがどう暗躍したかは三年後、フリーレンが召喚される年になって判明する。

 ここではもう一つ、クロムウェルの手から離れたページ。そのうちの一枚の行方について追おうと思う。

 

 

 ページは何枚かに渡って、散り散りになって空を漂う。

 風に煽られ、アルビオン大陸を離れ、夜の海の上空を泳いで。

 やがて別の大陸にまで、空をひらひらと漂った。

 

 長い旅を経たそのページは、やがてどことも知れない森の中。どこかの湖の中へと揺蕩っていく。

 湖面の上に触れたその瞬間、ページは黒ずんだ。まるで墨汁のように用紙のすべてが黒に染まった後、沈殿して姿を消していく。

 その後、湖面に多数の泡が拭き上がる。その次の瞬間。

 

 

「ぶはっ!?」

 湖面から、角の生えた少女――リーニエが姿を現した。

 

「はっ……はぁ……」

 リーニエは力なく腕を動かしながら、何とか岸辺まで辿り着き這いあがる。

 激しい動悸を落ち着かせ、改めて周囲を見渡した。

 

「ここは……どこ?」

 周囲の魔力を探るが、今のところ反応は無し。上司のアウラはもとより、共に戦っていたリュグナーの気配もなかった。

 今度は視界から情報を得ようとする。鬱蒼とした森林の中。人気はない。森の形からして、グラナト伯爵領ではないようだが……。

 本当にここはどこだろうか? そう思いながらふと上空を見上げる。リーニエは眉根を寄せた。

 

「月が……二つ?」

 

 ではここは、自分の住んでいた世界とは違う場所なのだろうか?

 それとも人間の言う『あの世』?

 

 魔法が生み出した幻覚……は、多分ないだろう。リーニエは魔力探知に優れている。そんな魔法が使われているのなら違和感を覚えるはずだ。

 何が何だか分からない。とりあえずリーニエは、どうしてこうなったかの記憶を漁ろうとして……、

 

 

『お前の技はただの真似事だ』

 

 

『真似事』

 

 

『真 似 事』

 

 

『真 似 事』

 

 

「――――あぐっ!?」

 思い出したくもない記憶まで鮮明に蘇り、彼女を苛んだ。

 間違いなく決まった筈なのに、なんであんな不条理なことが……!

 

「ふざけるな……、その真似事の魔法に……、どれだけ私が研鑽を積んだと思ってる……!」

 

 魔族とは、一つの魔法を一生かけて極める生き物である。

 魔族にとって魔法は、魔力は己の存在証明と同義。それゆえに魔法に対するプライドは人間よりも強く持っている。リーニエも当然、例外ではない。

 

 幾度となく鍛えてきた魔法が、あんな、理不尽の極みとも思える展開に敗れただなんて、当然ながら納得できるはずもなかった。

 

 悔しさと惨めさで、身体を震わせる。

 それと同時に、腹の音も鳴った。

 

「…………」

 無性に、腹が減った。

 

 生き返ったばかりだからか。枯渇した魔力が、栄養を欲しているからだろうか。

 湧き上がる悔しさは一旦棚の上に置いて、リーニエは何か食えるものはないか、探索を始める。

 

(お腹が空いたってことは、ここは人間がよく言う『天国』とか『地獄』とかって、わけじゃなさそうだね)

 

 りんご落ちてないかな。

 木の上で何か、果物が成っていないか探すリーニエ。

 そうしてしばらく探索すること数分。リーニエの鋭い魔力探知の網に、何かがひっかかる。

 

(人間? 魔法を放っている。相手は……一人、いや二人か)

 

 状況を推察してみる。探知できた魔力は二つ。その一つが魔法らしきものを放っている。

 という事は、誰かが誰かを攻撃しているという事になるわけで。

「行ってみるか」

 果物探しは止め、魔力のする方へと足を延ばした。

 

 

 

「や、やめておじさん……!」

「ようやっと見つけたぜ、手間取らせやがって……!」

 果たして、リーニエがそこに辿り着いた時は、血みどろの戦闘が終わった後のようだ。

 

 杖を持った不精の男が、泣き喚く少女に下卑た笑みを浮かべている。傍から見れば、襲われているのは少女の方だと思うが……。

 

(でも、あの子もかなりの魔力を持っているね。それに男の方も、かなりボロボロだ)

 

 魔法の特性柄、相手の観察には長けている。

 詳細まではよく分からないが、周囲の荒れ果てた跡や男性側の惨状を見るに、少女の方もそれなりに抗う術はあったとみるべきか。

 で、負けたのが少女の方。対抗手段が消えて命乞いに賭けているようだ。

 

「ねえどうして殺すの!? わたしは人間の血を吸わなきゃ生きていけないの! 人間だって獣や家畜を殺して食べるでしょ!? 何が違うの!?」

「その人間様を食い物にしたツケが回ってきたってだけさ。吸血鬼の嬢ちゃん」

 

 あの子、『吸血鬼』なのか。

 なんか人間とは違う魔力の流れをしていると思ったけど、別種族であるなら納得はできる。

 

「安心しな、今すぐこの俺が地獄へ送ってやるからよ」

「いやあ! やめて! やめておじちゃん! 見逃して、助けて!」

 

 考えている合間にも、男は杖を少女に向かって振り下ろそうとしていた。

 まあ助ける義理も道理もなし。大人しく見てて、一人になった所を狩ればいいか。

 そう考えていたのだが、いかんせん栄養を求める身体の方が、大きく自己主張してしまう。

 大きな腹の音は、これから吸血鬼を殺そうとしていた男、メイジの耳にもはっきり届いたようだ。

 

「誰だ!? そこにいるやつ出てこい!」

 

 リーニエは「はぁ……」と嘆息する。

 ここまでバレているのならもう、隠れても意味がない。そうと分かったらすぐに身を乗り出した。

 

 

「な、なんだてめえは……。なんだその角?」

 一方のメイジは、新しく現れた少女こと、リーニエを見て少し動揺した。

 見た目こそ可憐な少女なのだが、人間とは違うとばかりに二本の角が主張している。

 吸血鬼の亜種なのだろうか? たった今、吸血鬼そのものを追い詰めていたのだから、そういった思考にもすぐたどり着く。

 

「答えろ、てめえ一体なんだ!? そいつの仲間か!」

 

 怒鳴って誰何すると、リーニエは一瞬だけ、傷つき倒れている吸血鬼少女へ、冷たい視線を向ける。

 やがてその冷たい目は、メイジの方へと注がれ始める。

「違うよ。吸血鬼でもない。それよりも……」

 リーニエは片手を上げる。小さな魔力球が象られ、そこから立派な斧が生成された。

 

「な、なんだその魔法? 斧が……!」

「お腹すいた」

 

 刹那、リーニエは一足飛びで唖然とするメイジの頭を、大上段からの振り下ろしでかち割った。

 

 

 

「ふぅ、久々かな。人間食べたの」

 

 あの後。

 子虫を潰すように男を葬ったリーニエは、その人間の血肉を美味しく頂いた。

 残った衣服を適当に土に埋めて、証拠を隠滅する。こうすればバレるのにも時間がかかる。アウラたちと出会う前に、よくやっていた手法だ。

 

 

「それにしても、美味しかったなー。この世界の人間って、こんなにも美味なのかな?」

 

 

 腹をさすりながら、満たされた口調でリーニエは呟く。

 別に人間を仕留めて食べるのは初めてじゃないが、今まで食べてきた者とは血肉の質が、明らかに違うように感じた。

 今まで食べてきたのが安肉なら、今のは極上ともいえる仕上がりの素材だ。

 なんだろう、魔力かな、それとも血なのかな? 良く分からないけど、この世界の人間はことさらに『美味しい』と、思ったのは確かだ。

 

 それに関しては良い情報だと思った一方、気になる点もある。

 

 先ほどの技……、〝模倣する魔法(エアファーゼン)〟で覚えた記憶の中の戦士、アイゼンの動きなのだが、自分の想像と現実で、大きくブレたような気がしたのだ。

 先程も、大上段からの振り下ろしで人体を真っ二つにするつもりだったのに、実際に裂けたのは頭だけだった。

 

あいつ(・・・)のせいで、イメージの動きと実際の動きに、齟齬が出るようになってしまったな……)

 

 魔法はイメージ。イメージ通りにならないものは発現しない。

 今までは無双できたから気にしなかったけど、シュタルクとの戦闘で実際と想像では大きく違うという事も、無理やり刷り込まれてしまった。

 

(もう、この模倣はやめた方がいいかもな。でも、戦士アイゼン以上に動きにキレのある人間なんて、見つかるだろうか……)

「あ、あの……」

 

 そこでリーニエは、思考を現実へと揺り戻す。

 見下ろすと、先ほどの少女が自分のスカートの端をつまんでいた。

 

「助けてくれてありがとう。……あなたも吸血鬼なの?」

 どうやら先ほどの戦闘は、吸血鬼(どうぞく)だから助けてくれたのだと思っているようだ。

「違うよ。私は魔族。お腹が空いたからあいつを狩っただけ」

「へえ、そうなんだ。魔族……は、聞いたことないけど、でもお姉ちゃんも人を食べるんだ」

 少女はどうやら、同じ『人狩り人(マンイーター)』だと思って、シンパシーを覚えたらしい。

 

「ねえお姉ちゃん、一つだけ、聞いてもいい? わたしは人間の血を食べて生きている。人間は獣などの生き物を殺して食べる。そこに違いなんて、ないわよね?」

「別に無いんじゃない?」

 何とも奇妙な質問だとリーニエは思った。まあ自分は、絶対に人間を食べなくては生きてはいけない身体ではないけど。

 だが、それで少女の方は天啓を得たような、嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「だ、だよね! お姉ちゃん分かってくれるんだね! わたし嬉しい!」

 なんか、懐いてきた。

 リーニエはどうしようかと首をひねる。

 

 別に、食ってもいいかなとも思う。吸血鬼がどんな味するのか興味あるし。

 ただ、先の人間で腹は満たされている。別にすぐ食べなくてはならないというわけでもないし、少女から色んな情報が得られるかもしれない。そちらの方が貴重だと、今は判断した。

「自己紹介がまだだったわね! わたしエルザ。お姉ちゃんの名前は? わたし、お姉ちゃんのこともっと知りたいの!」

 エルザからそう言われたので、リーニエも答える。

 

「リーニエ。ねえエルザ、ここはどこなの?」

「どこって、ここはトリステインとガリアの国境沿いよ。先ほどまで近くの村で暮らしてたんだけど、あのメイジがやってきて……、正体がバレて、殺されそうになったところをお姉ちゃんに救われたの」

 

 この世界について知りたかったのに、お涙頂戴の身の上話を打ち明けてくるエルザ。

 リーニエはどうでもよさそうな表情で聞き流しながら、先ほど出た「トリステイン」や「ガリア」について、更に尋ねる。

 

「トリステインやガリアも知らないって、お姉ちゃんまさか『東方』から来たの?」

 

 その後もエルザから色んな国名や地名を聞き出したが、やはり聞いたことのないものばかり。

 一方でエルザも、自分のいた地名や街を伝えても首をかしげるばかり。有名な人名についても同様だった。

 あの勇者ヒンメルすらエルザは「知らない」と答えたのだから、本格的にこの世界は自分のいたものとは違うんだなという、確信に至る。

 

 

(アウラ様やリュグナー様も、この世界に来ているのかな? ドラートは……どうでもいいか)

 

 

 ここでふと、リーニエは思い出す。

 勇者ヒンメルに敗れ、アウラが魔力を回復するまでの一幕。

 暇だと思える長い隠遁生活時に、ふと訪ねてきた〝無名の大魔族〟のことを。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

『面白い魔法があるんだけど、興味ないかしら? アウラ』

 

 

 大魔族の名は、確かソリテールと言ったか。

 主人のアウラと、長い時間何かを話していた記憶がある。余りにも強い魔力だったせいで、ドラート共々遠目でしか二人の様子を見れなかったけど。

 

『どうせ暇なんでしょ? 偉大なる賢老クヴァールとシュラハトが発掘し、そして復活させた〝太古に存在した特別な魔法〟。あなたたちに施してあげてもいいのよ』

『……まあいいわ。退屈なのは癪だけど本当のことだし。乗ってあげる』

 

 アウラはこの、大魔族が持ってきた話に乗った。当然、自分たち首切り役人も連れていかれた。

 

 そこから先の記憶の詳細は……掘り下げていくにつれ、何故か曖昧になっていく。

 何があったか、思い出そうにもほとんど覚えてない。

 

『次はあなたね。動いちゃ駄目よ』

 

 ただ、ソリテールの手が異様に迫ってくる光景だけが、妙に記憶に残っている。

 何故か、その時は身体全体が震えていたのを覚えていたからだ。

 

 

『魔王様やシュラハトにも施してない〝特別な魔法〟よ。もし発現したら、クヴァールや全知の彼に感謝しなさい』

 

 

 最後に、指で額をとんと突かれて、長い間眠っていたことだけは鮮明に覚えている。

 そしてこの記憶すらも、今になってようやく思い出す有り様。今まで本当にこのこと全部、忘れていたのだ。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

(あの時の魔法が、今を作ってるってことでいいんだよね。多分……)

 

 

 良くは分からないけど、ひとまず状況を整理するリーニエ。

 これ以上の情報を求めるとなると、アウラか、リュグナーを見つけて聞いた方が得策だろう。

 ドラートは、あてにならないからいいや。

 

「ねえお姉ちゃん。どうする? わたしと一緒に行かない? お姉ちゃんとわたし、同じ人を食べる者同士いい相方になれると思うのよ」

 

 リーニエは再び、エルザに目を向ける。

 色々話していたが、結局は旅の連れが、向こうは欲しかったらしい。

 まだこの世界の諸々について知らないリーニエからすれば、まあ無碍にすることもない。

『今』は、まだ……。

 

「分かった。私も探したい奴がいるから、それまでだったらいいよ」

「お仲間がいるのね!? わかったわ! 一緒に探してあげる! よろしくね、リーニエお姉ちゃん!」

 かくして、二人の人食い少女たちは暗闇の森の中を歩き出す。

 

 その最中、とある青髪の少女と激戦を繰り広げたり、徐々に分かっていく魔族の特性に、大きくエルザは頭を悩ませていく羽目になるが、それはまた、別の話。

 




リーニエ主役回の筈だったのに思いのほかアウラ様が主張してきた……。
ネタだったり仲間化だったりと色々美味しい立ち位置の方ですが、本作のアウラは普通にヤベー奴として書きます。
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