使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第31話『民間魔法は〝異端〟か否か』

 

 フリーレン召喚から3週間後。

 トリステイン魔法学院、学院長室にて。

 

「お呼びですか? オールド・オスマン」

「うむ、忙しい中来てもらってすまんのう。ミスタ・コルベール」

 

 フリッグの舞踏会も無事終わり、いつも通りの日常が戻りつつある中。

『炎蛇』のコルベールは、学院本塔の学院長室に突如、招かれることとなった。

 

「お疲れ様です。ミスタ・コルベール」

「や、やあ……ミス・ロングビル……で、いいのかな」

「ええ、学院では『ロングビル』で通しております。今まで通りよろしくお願いいたします」

 

 学長室にはロングビルもいた。いつもと変わらぬ様相のまま。

 彼女もまた、いつも通り学院長の秘書としての毎日を送っているようだ。

 

「さて、ミスタ・コルベール。本日きみに来てもらったのは他でもない、ミス・フリーレンのことについてじゃ」

「エルフ……というよりは彼女の扱う〝民間魔法〟についてでしょうか?」

「聡明じゃな。流石じゃ」

 

 背中から差す陽光を浴びながら、オスマンは静かに頷き、重厚な机の席に着いた。

 

「お主にはまだ、伝えておらんかったからの。彼女の魔法。その奥深さについて」

「……っ」

「秘密は共有したが、現場を知らなかったお主には、ぜひ知ってもらいたかったんじゃ。そのためにお主の時間割もこちらで調整させてもらったからのう」

「存じております」

 コルベールは息を飲む。今日行うはずだった講義を全てキャンセルされてまで、伝えたいこと。こんなこと今までなかった対応だ。

 それだけにオスマンの目は『真剣』な表情をにじませていた。

 

 若い頃は『異世界の勇者』と共に数多の偉業や伝説を残し、年を取って落ち着いた今でもなお『賢老(オールド)』の二つ名で呼ばれる賢者。

 四大系統、そして〝汎用魔法(コモン・マジック)〟。伝説の系統を除く全ての魔法を知り尽くした者として、トリステインの魔法学院のトップに収まった者が、強く伝えたいこと。それはまさに『未知数の魔法がある』からという理由しか思い当たらない。

 どんなものが来るのだろう? そう考えるうち、背後からロングビルの声が聞こえた。

 

「オールド・オスマン、私は席を外した方が?」

「いや構わん。むしろいてもらいたいぐらいじゃ。この場で彼女の魔法に最も触れておるお主の意見も聞きたいからな」

 

 それを聞いたロングビルは、少しばつの悪そうな表情を浮かべた。

 そういえば、とコルベールも手を叩く。フーケとして盗みに入った時、ルイズからかなり抵抗を受けたと聞いていた。

 彼女の系統魔法は『虚無』で未覚醒なのだから、その時はフリーレンから教わった魔法で『土くれ』と対抗したことになる。

 コルベールの目線を受けたロングビルは、かなり疲れた様子で伊達眼鏡を外す。やがて、オスマンは彼女にまず問い掛けた。

 

 

「正直言って、お主はどう思った? ミス・ヴァリエールが使う魔法を」

「……メイジとしてだったら、二度と相対したくねえって思ったよ」

 

 

 息を吐きかけ、眼鏡を曇らせながらレンズを布にふき取る。

「裏をかく形であの子を追い詰めたけど……逆に言うと、それしか攻め手が無かったというか。とりあえず得意のゴーレムだけじゃ絶対勝てない、ってのは身をもって分かったよ」

「……戦ったのは、ミス・ヴァリエール一人だけなのですよね?」

「ああそうさ。まあ終盤でフリーレンに邪魔されたけど。でもミス・ヴァリエール……長いからいいや、ルイズ一人だけでも、学院で勝てる連中はそうはいないって思ってるよ。下手な教師陣よりも強いかもね、今のあの子は」

 

 コルベールは唖然とする。

 今のマチルダの言葉を咀嚼するとなると、『落ちこぼれと言われていた、戦闘経験もろくに無い女子生徒一人』に、歴戦の『土くれ』は負けかけたという事だ。

 つまり、それだけ一瞬にして、自衛できる手段を、反撃できる魔法を、この短期間でルイズはフリーレンから教えてもらったという事になる。

 

 

「落ちこぼれと周囲から謗られていたミス・ヴァリエールが、僅か短期間で歴戦の土くれをも翻弄するほどに成長させる。その魔法の正体がこれじゃ」

 

 

 オスマンはそう言って、机の上に二枚の用紙を取り出す。

 それはフリーレンが、オスマンにすぐ取得できるようにと渡した二つの魔法……〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟と〝防御魔法〟のやり方が書かれたものだ。

 

「これ……はっ!?」

 コルベールはそのうちの一枚、ハルケギニア用に調整された〝一般攻撃魔法〟の魔法陣を見て、驚きの声を上げた。

「そうじゃのう。お主ほどのものならまず気付くであろう」

 オスマンは静謐な瞳で、動揺するコルベールを射止める。隣で覗いていたフーケも、思わず顔をゆがめた。

 

 

(なん……って、分かりやすい構造。こんな魔法陣見たことないのに、こんな魔法が昔からあったかのように思わせるほどに洗練されたデザイン……)

 

 

「絵本のような分かりやすさじゃろ」

 オスマンの補足に、コルベールは手を口に押えて頷いた。なんならその手すらも震えている。

「それも当然のこと。魔法陣の周囲を彩る言語。それは我々がいつも使っておるものやルーン、そして図式が八割を占めておる。直感的に『こういう攻撃魔法です』と、ハルケギニアのメイジならばすぐ伝わるように組み込んでおるのじゃ」

「これは……『汎用魔法(コモン・マジック)』なのですか?」

 

 思わず、コルベールはそう尋ねた。

 四大系統、どの枠にも当たらない魔法は『汎用魔法(コモン・マジック)』と呼ばれる。『召喚』や『契約』、扉を解錠させる『アンロック』や光を灯す『ライト』などがこれに当たる。

 攻撃に寄った魔法ともなると騎士御用達の『剣化(ブレイド)』や『魔法矢(マジック・アロー)』などもそれにあたる。

 これらの魔法は、ルーン語ではなく口語で唱えるので、ある程度自由が利く。

 

 そしてこの魔法陣は……、その口語による自由度の高さを利用し、〝一般攻撃魔法〟を『汎用魔法(コモン・マジック)化』させたもの。そのように発動できるよう組み込んでいるのだ。

 

「魔力を練り、『ゾルトラーク』と唱えて杖を振えば、我々でも発動できる……」

「お主はこの魔法、覚えられそうか?」

 

 オスマンの静かな問いに、コルベールは震え声で返す。

「時間はかかるでしょうが……、会得に関しては『確実』かと」

 コルベールは次いで、〝防御魔法〟の図式も手に取って見る。〝一般攻撃魔法〟と比べると少々複雑だと思うも、それでも会得自体は問題なさそうだと思える簡潔さだ。

 何とも分かりやすい説明書を読んでいるような感覚。学院で使われている教科書だってここまで鮮明な図式はまず記されていないことだろう。

 

「わしゃあのう……、ほんっっっとにあの戦いで思い知ったわい。なぁぁにが賢者、なぁあにが賢老(オールド)じゃ! 魔法の高みに立つということがどういうことかと! わしですらこんな綺麗で簡潔な魔法陣なんぞ書けんぞ!」

 

 オスマンは机を何度も叩く。コルベールは痛いほど彼の気持ちを理解していた。

 彼女……、フリーレンはまだ、ハルケギニアに来て一ヶ月と経ってない。

 その一ヶ月以内でこうまでも、この世界の魔法を知り尽くし、理解し、その上で別世界の魔法を、どういうものかとかみ砕いて伝えられる知識、応用力、分析力。

 

 コルベールも心底身を震わせた。

 ハルケギニアの六千年。その積み重ねたる自分たちの魔法をこの短期間でここまで理解する、彼女の旺盛な知識欲とそれを成せる経験値の高さに。

 魔法の極みとは、こういうものをいうのではないか。オスマンの生きてきた経験全てを凌駕するほどの、『本当の高み』というもの。それを直に見せられかなりのショックだったのだろう。

 

 

「もうこの部屋全部あげて、彼女が学院長やればええんちゃうんかのう! わしゃあもう……、消えたい……、また旅に出てイチから自分の腑抜けた根性を叩き直したい……。何が賢者……、何が魔法の極みじゃ……!!」

 

 

 オスマンの絞り出すような声を初めて聞いたマチルダは意外に思った。このジジイも人並みに悩むことがあるんだと。

「……とりあえず、エルフの彼女が学院長になったら大騒ぎどころじゃありませんから、落ち着いてください」

 そう言って静かになだめる。第一、ものぐさそうな彼女が学院長なんてやりたがるとは思えないし。

「そうですよ、冷静になってくださいオールド・オスマン。……にしても、この魔法は……」

 次いでコルベールは、〝一般攻撃魔法〟そのものの性質に目を向ける。

 子供に読み聞かせる絵本のような、分かりやすい図式で書いてくれていることで、どういう魔法かというのはこの場でもある程度イメージしやすい。日頃様々な研究をするコルベールなら、尚のことだ。

 

「彼女の世界は、これが攻撃魔法の〝基礎技術〟として、組み込まれておるようじゃ。しかもそれを作ったのは、その者たちですら脅威と認識する種族、魔族の中でも屈指の魔法使いだったとか」

「……確かフリーレンや、それに並ぶ面々が四人並んで『封印』しかできなかったって、化け物のことかい?」

 

 魔族の脅威とやらはイマイチ、ピンとは来ないけど。フリーレンの強さは少なくとも良く分かった。あれはハルケギニアの人間(メイジ)が勝てる相手じゃない。砂漠に住む同族(エルフ)ですら、彼女に比べればまだ可愛げがある方だと断言できる。

 そして片一方は御伽噺から登場したかのような勇者。

 そのクラスが四人もいて勝てなかった化け物。そう思うとマチルダは激しく身震いした。

 コルベールが見ている魔法は、元はその化け物が作った術式。既に大きく手が加えられ弱体化しているものの、それでも攻撃系の系統魔法をすべて過去にできる性能を、誇っているのだから。

 

 

「もし仮にじゃが、この魔法を扱える人類や魔族とやらがこのハルケギニアに攻めてきたら、わしらの魔法で太刀打ちできるとは思うかの?」

「無理でしょう。少なくとも私は蹂躙される未来しか思い浮かびません」

 

 

 コルベールは断言する。

 それほどまでの使い勝手の良さがこの魔法には組み込まれている。それを〝基礎レベル〟で刻み込んでいる?

 これを防ぐには隣にある〝防御魔法〟しかない。これらの技術を高練度で扱える連中など、砂漠のエルフ以上にやり合いたくない。

 それがコルベールの、まっさらな感想であった。

 

「その通り。この魔法は彼女が〝ハルケギニア用に〟調整した術式のようでのう。人に当てても絶対死なぬようにできておる。それでいて脅威に対しては本来の性能を発揮できるようにもしており、その上で余白も程よく残しておる。『殺人』を除きどういう風に改造しても、ある程度は許容できるように仕組んでいるのじゃ、我々の成長を見越してな」

「……優しいのですね、彼女は」

 成長を視野に入れながらも、絶対に命を奪わない仕組みを作り上げたフリーレンを、密かに思う。

 それだけ彼女は、人の命の重みを理解してくれているという事。彼女が自分たちの味方側でいることに、大きな安心感を覚えた。

 

「じゃが、それでもなおこの魔法の存在が明るみに出れば、これまでの価値観が大きく変わることじゃろう。少なくともゲルマニアがこのことを知れば、涎を垂らして取り込み戦に活用することじゃろうな。(いくさ)がまた大きく様変わりすることは間違いない」

 

 この魔法が使われる先。それは戦でしかない。

 コルベールは大きく頭を悩ませる。

『二十年前』の記憶……、巨大な炎の光景、自分のトラウマが、一瞬だけ過った。

 

「その前にさ、宗教庁が大きく騒ぐんじゃないか? エルフから教わった魔法なんて知ったら、異端認定の大合唱だろ、連中」

 

 マチルダも別視点から頭を悩ませる。

 いくらこの魔法が別世界の魔法だとしても、教えるのがエルフである以上、そういった謗りもまた逃れられないのも確かである。

 エルフに対する理不尽とも思える怒りと憎悪は、思うように『聖地』を我が物にできなかった反動、そのままの歴史となる。その光景は、マチルダが一番よく知っている。

「その通りじゃ、故に二人に改めて問いたい」

 ここでオスマンは、今まで二人に見せたことのない、真摯な目を見せて問う。

 

 

 

「彼女が善意で教えてくれたこの魔法。これらはわしらハルケギニアの民にとって、〝異端(いぶつ)〟か、否か」

 

 

 

 しばし、沈黙が流れる。

 あまりにも大きな問題に、すぐに答えを返すことなど、できるはずもない。

 魔法自体は優秀だし、取り込めば今の学院生徒たちの大きなレベルアップになるのは確か。

 だが、下手に全国に広めようものなら、落ち着いた戦の熱が活性化しないとも限らない。それにうまくやらねば、異端認定で最悪、この学院自体が潰れてしまうかもしれない。

 かといって、これほどまでに便利な魔法を会得しておかねば、魔族なる脅威がもし侵攻を始めた時、対抗できる術がない。タバサの言によれば、それらしい奴を見たとも聞くし。

 対抗できる技術を今から身に着けるのは悪いことでもないはずなのだ。

 

(けど、あの子以外に〝魔族〟ってのを見たやつもいないわけだし、それだけで決めつけるのもなぁ……)

 

 マチルダは「うーん……」と考える。どうするのが正しいのか……。

 隣のコルベールはやがて、ゆっくりと口を開く。

「……ちなみに、ミス・フリーレンはこれについてどう思っているのですか?」

「ああ、彼女はじゃな……」

 オスマンは目を閉じ、静かに振り返る。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「好きにしていいよ」

 フリーレンの答えは、非常に淡白なものだった。

 オスマンがコルベールらに魔法陣を見せる前。オスマンは先に、フリーレンに確認を取っていた。その一幕。

 

「い、いいのかのう?」

 オスマンは逆に問い返す。こんな優秀な魔法教材、すぐ返せと言われるかと思ったのだが……。

「オスマンがこの学院の長なんでしょ? 私はまだハルケギニアについて全然分からないから、オスマンが決めていいよ」

 フリーレンは特に、気にした様子もない。なんなら『あげた』つもりの表情を浮かべていた。

「いらないなら燃やしてもいいし、他の民間魔法を『汎用魔法(コモン・マジック)化』したいんだったら教材にしてもいい。大体理論はつかめたからね」

 オスマンは「う~む」と、ため込んだ息を吐く。

「一つ聞いていいかのう? どうしてこんなにもわしらに魔法を教えてくれるのじゃ? かなりの手間じゃったろうに」

 問いを聞いたフリーレンは一瞬考える。攻撃魔法伝達の発端はタバサからだったが、別に彼女のことが無くても、自分の魔法をハルケギニア用に調整すること自体は、最初から考えていた。

 その理由をオスマンに告げる。

 

 

「一番の理由は、ルイズがまたいじめられないためかな」

 

 

「というと?」

 オスマンは尋ねる。

「この世界、『ブリミルの魔法』を上手く使えることが立場につながるみたいだからね。『汎用魔法(コモン・マジック)化』したのは、努力次第でみんな習得できるという立場を作りたかったから」

「なるほど、もし異端だと騒ぎがあった時は、ブリミル教徒でも習得できる魔法として、異端(せんじゅう)魔法ではないと言い逃れできる余地を構築するためか」

 

 すべては、未だ〝民間魔法〟しか使えないルイズのために。

 

「そう。この世界、かなり魔法が不自由だからね。本当にもったいないよ」

 フリーレンはため息をつく。無表情を崩さない目つきの中に、一瞬忍ばせた感情の機微を、オスマンは見逃さなかった。

 

(主人を庇うためにそこまでするとは。本当に、凄い魔法使いを召喚したものじゃな、ミス・ヴァリエールは)

 

 虚無の担い手というのも納得だ。

「だから、どうすればいいとかはオスマンに任せる。私が下手に動いて均衡を乱す方が悪手だと思うし」

「ずいぶん、わしを信頼してくれるのじゃのう……。お主の主人の『虚無(けいとう)』すら見抜けぬ浅はかなこのわしを」

「でも〝魔力探知〟を会得したらちゃんと気づいたじゃん。オスマンは今まで知らなかっただけで、知ったらちゃんと理解できるんだから。私の〝魔力制限〟に気づける人間や魔族が、どれくらいいると思ってるの?」

 

 フリーレンは可笑しそうな笑みを浮かべて踵を返す。

 部屋を出る際、最後にこう言い残して。

 

「それに、オスマンはヒンメルの仲間だ。だから私も、無条件でオスマンを信じるよ」

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 ここでオスマンは、目を開けた。

 

「わしは昔、ヒンメルと別れた後も修行を続け、今や前人未到の『八系統魔法(オクタゴン・マジック)』を使えるまで極めた。それが魔法の高みだと思っておった」

 

 だが……、とオスマンは二枚の用紙を見て続ける。

 

「それと同時に知ることを、成長することをやめてしまった。いつしか、魔法学院の長という立ち位置に収まったことで、満足してしまったのじゃろうな。いやはや、老いとは恐ろしいものじゃわい」

「オールド・オスマン……」

 コルベールとマチルダは揃ってオスマンを見る。

「だからこそ、この魔法は『挑戦』と受け取った。六千年停滞し続けていた歴史に、そろそろ新しい風を吹き込む時期なのじゃろうて。彼女が来たのはそういうことだと、わしは解釈した」

「ってことは……」

 マチルダの疑問に、オスマンは「ああ」と呟きながら席を立つ。

 

 

「わしは〝民間魔法〟を学院の魔法として取り込み教えていくよう、働きかけていくつもりじゃ」

 

 

「……うまくできそうですか?」

 コルベールは静かに問う。

 オスマンはにやっと、子供のような茶目っ気溢れる笑みを浮かべた。

 

「それぐらい、やってみせねば向こうにいる親友(ヒンメル)に呆れられるわい。あいつはミス・フリーレンと同じくらい、わしの魔法も凄いと褒めてくれたからのう」

 

 立派な顎髭を撫でつけ、天国に旅立ったであろう、友を想った。

 

「……噂には聞いていたのですが、よほど出来た人だったのでしょうね」

 オスマンがここまで言うくらい、印象に残っていたということなのだろう。

 剣士とはいえ、フリーレンやオスマンにも強烈な印象を残す勇者。自分も是非会ってみたかった。コルベールですらそう思った。

「フン、ただのナルシストじゃわい」

 オスマンはつまらなさそうに鼻を鳴らしたが。

 

「それでじゃ、ミス・ロングビル」

 ここでオスマンは目をきらりと光らせる。

「なんだい?」

「お主が今まで犯した過ちを、ここで清算してもらおうかのう」

 マチルダは大きく深呼吸した。いずれは来るだろうと思っていたことだ。覚悟はしている。

「……何をすればいいんだい?」

「なに、そう身構えるでない」

 無意識に身を固くするマチルダに、安心させるようにオスマンは呼びかける。

 

 

「お主には〝民間魔法〟の教師をやってもらいたい。ということじゃ」

 

 

「教師ぃ?」マチルダは素っ頓狂な声を上げる。

「そうじゃ」とオスマンは頷いた。

 

 今まで、学院長秘書ロングビルは、『美人』以外すべてが謎に包まれていた。

 当人的には、あくまでフーケという存在を誤魔化す隠れ蓑的なものでしかなかったが、これにあたりきちんとした〝背景(バックボーン)〟を用意するというものだ。

 

「フリーレンが教えるとなると間違いなく角が立つじゃろう。お主はこれから、〝東方で魔法を習った過去のあるメイジ〟として動くのじゃ」

 

 オスマンはそれから、次のように語り始める。

 アルビオンの貴族であったロングビルは、かねてより興味があった〝未知の世界〟の知見を広めるため、砂漠のさらに向こう側をかつて旅したことがあると。

 そこで得た魔法を試そうとハルケギニアに戻るも、活かせる場所が中々見つからない。

 そんな流浪の旅の中で、オスマンと出会い、いつかは別大陸の魔法……〝民間魔法〟を教える機会をうかがっていたと。

 

「そういう風に振る舞って、これらの魔法を生徒たちに教えてやれってことかい?」

 マチルダは机の上に乗っている書類を、軽く手で叩く。

「その通りじゃ」オスマンはにっこり微笑んだ。

 これが盗賊としての代償ならあまりにも安いものだし、別に異は無い。 

 ただ、問題が一つ。

 

「私、まだそこまで〝民間魔法〟とやらに詳しくないし、なんならこの魔法すら習得してないんだけど」

「ならすぐに習得するのじゃ。なに、お主ほど優秀なメイジはトリステインでもそうおるまい。二日三日寝ずにやればなんとかなるじゃろう」

「…………」

 

 さらっとブラックな発言が聞こえたような気がしたが……、まあ、それでも盗賊時代の代償を天秤にかければ……、流刑や死刑台よりはるかにマシなのも事実。

「ミス・フリーレンと話して、どのように魔法を教えたら良いか、相談するといい。彼女も自分の魔法を教えることに関して、異論はないと言っておったからのう」

「要はとっとと〝民間魔法〟を極めて教師をやれるレベルにまで成長しろって言いたいのね」

「むしろこれは、回りまわってお主のためになるのじゃぞ? 単純に敵なしになるわけじゃし、そのハーフエルフの子に教えてあげれば、自衛にもなるじゃろうて」

 マチルダは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。彼の言うことはいちいちもっともなのが腹が立つ。

 一応、あの子は『忘却』なる魔法を持っているため、盗賊程度なら難なくあしらえるのは知っているが……。

 

「わあったよ。ちょっとフリーレンと相談してくる」

「うむ、期待しておるぞミス・ロングビルよ」

 

 ため息をついた後、マチルダは去っていく。

 彼女が去った後、コルベールは再びオスマンに向き直った。

 

 

「オールド・オスマン。一ついいでしょうか?」

「なんじゃ?」

「〝魔力探知〟や〝防御魔法〟などは、教えることに異論はありません。生存率の向上につながるわけですし」

 ただ……、とコルベールは〝一般攻撃魔法〟の魔法陣を指さし続ける。

 

「この魔法についてはまだ、未知な部分が多いので、すぐに広めるのは早計かと思うのですが……」

「むう……確かにそうであろうな。ならばこういうのはどうじゃ?」

 

 オスマンもそこは考えていたらしい。なので〝一般攻撃魔法〟の用紙を机の中に一度ひっこめる。

 

「これは、『容易には会得できぬ魔法』として広めるつもりじゃ」

「……というと?」

「魔法学院で最も成績のいい生徒にのみ、特別に教える魔法という措置をとる」

「それはそれで、変な差別や軋轢を生む可能性がありそうですが……」

「まあ、そこは柔軟に対応していくとしよう」

 と、オスマンは続ける。

「それはそれとして、〝民間魔法〟を積極的に学びたいと思う生徒を増やすことも大事じゃ。最初は怪訝な顔をされるのが目に見えておるからのう」

「というと?」

「なぁに、男というのはいくつになっても〝光線(ビーム)〟に憧れるものじゃ」

 オスマンはほっほっと笑った。コルベールも、彼が言いたいことをすぐに察する。

 

 確かにあの魔法は、実用性もそうだが見た目も派手で格好いい。閃光のように全てを吹き飛ばす攻撃魔法。思春期真っただ中な男児なら是非会得したいと思うだろう。

 

(〝一般攻撃魔法〟を飴にして、〝民間魔法〟を積極的に学ばせようとするおつもりか)

 

 だが、これなら学院全体の学習意欲や成果を促進させられるし、悪い事ばかりでは無い……筈。コルベールも静かに頷いた。

 

「なによりも最初は手探りじゃ。間違っていると感じたら修正すればよい。ここで挑戦をやめたらもう、わしゃあ死ぬまで『挑む』ことをやめてしまうじゃろう」

「みんなのため、というよりは自分のためということですか?」

「勿論みんなを思っての提案じゃが、……そうじゃな、結局は自分のためでもあるじゃろうな。とっても大事なことじゃわい」

 

 オスマンは微笑みながら、杖を振る。机の上にあった空のカップに、温かいお茶が注がれていく。

 コルベールはあっ……と声を出す。今のはフリーレンの魔法だ。

 

「わしゃあ今、本当に楽しいのじゃ。この気持ちが分かるかの? ミスタ・コルベール」

「……大変、よろしいことかと思います」

「魔法はやっぱり、探求している時こそが一番楽しい。それを思い出させてくれたフリーレンに、わしなりに応えたいのじゃよ」

 

 この後、学院長室の扉が開かれる。マチルダが戻ってきたのだ。

 

「早かったのう、どうしたのじゃ?」カップのお茶をすすりながら、オスマンは問う。

「いや、教えを請いに行ったら『また今度にしてくれ』って言われちまって」

「ふむ、その心は?」

「全身筋肉痛でダウンだとさ。今日はずっと寝たきりらしいよ、フリーレンのやつ」

「「ええ……」」

 オスマンとコルベールは、揃ってどういうことなの……といった小声をこぼした。

 

 

 

「うおーん……」

「大丈夫ですか? フリーレンさん……」

「だいじょうぶじゃなぃ……」

 フリーレンはルイズのベッドで完全に寝込んでいた。

 腕や足をちょっと動かすだけでも、ビクビクと痙攣する始末。

 今はシエスタの看護を受けているところだ。授業が終わり、部屋に戻ってきたルイズは、そんな彼女を見て呆れの表情を浮かべている。

 

『ガンダールヴ』で勇者ヒンメルの動きを再現したが故の後遺症だ。古代竜(エンシェントドラゴン)戦後、遅れてきた筋肉痛。今更になって身体の全てが悲鳴を上げていたのである。

 覚悟はしていたけど、ここまで来るとは思ってなかったと、後々にフリーレンは語ったとか。

 

「なっさけねえな、大丈夫かよ今回の相棒は……」

 壁に立てかけていたデルフは、呆れの声をこぼした。

「だがまあ、勇者ヒンメルの動きをその肉体で完全再現したんだ。その程度で済んだだけでも良かった方だとは思うぜ」

「分かっていたけど……、ヒンメル……というか戦士や勇者って、おかしいよ……」

「勇者の視界がどういうものか分かってよかったじゃねえか」とデルフ。

「うん、もういいかな……」フリーレンは呟いた。

 

「まったくもう、大丈夫なの?」ここでルイズが口を出す。

 彼女がずっとこの状態なので、今日は修行は無し。ずっと使い魔の面倒を、シエスタと一緒に看ていた。

 ルイズの問いに、フリーレンは首を横に振る。ルイズはため息をこぼした。

 

「とりあえず、湿布を張ってマッサージは先ほど施しました。後で軽くストレッチしましょう、ぬるめのお湯で入浴するのも良いらしいですよ」

「ありがとうシエスタ、助かるよ……」

「まったくもう、おばあちゃんみたいね。……あ」

「二回目だぞルイズぅ……次はないからね……」

 

 しまった、とルイズが口をつぐんだ時はもう遅かった。

 やってしまった。フリーレンは長耳をしきりにぴくぴくさせている。

 

(どうしよう、本当にあと一回言ったら三日三晩ギャン泣きするのかしら……?)

 

 なんとも気まずい空気が流れる。その時、壁に立てかけてある『遠見の鏡』が光り出した。

 

 

『これから就寝』

 フリーレンにしか分からない言葉で、魔法の文字が記されていく。

 

 

「……この文字って何なの? 最近よく出るようになってきたけど」

 話題を変えられそうだと思ったルイズは、鏡に目を向けフリーレンに尋ねる。

「ああ、それはね、フェルンからのメッセージだよ」

「フェルンから?」

 ルイズは首をかしげる。確か、フリーレンの一番弟子というメイジだっけか。

 

「どうやら『交信』の準備ができたみたいだね……。まあ、今日は身体が痛いからやらないけど……後で付き合ってくれる? ルイズ」

「……フェルンって子と、直に話せるってこと? どうやってよ?」

「その時になったら話すよ」

 フリーレンはそう言うと、寝返りを打って鏡から背を向ける。返信するのも億劫なので無視することにしたらしい。

 フェルンの怒りゲージがどんどん膨れ上がりそうだが、痛いものは痛いから仕方がない。

 

「筋肉痛が治ったら、フェルン達に『会える』と思うから、心の準備だけしておいてね」

 

 そう言うと、フリーレンはすやすやと寝始めた。

 ルイズはシエスタと、一瞬顔を見合わせる。

 

「どんな方なんでしょうね、フェルンさんって」

「さあ……」

 

 ルイズも首をひねるしかない。

 ただ、フリーレン以外の別世界の人間と『会える』という。それはどうやって行われるのだろうか。

 ルイズもまた、疑問符を浮かべながら寝入った使い魔エルフの顔を、見ることしかできなかった。

 

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