「……本当にいいのか?」
「仕方がないじゃない。ほら、ちゃっちゃと準備なさい」
才人の問いに、ルイズは口を窄めて答える。その顔は赤い。
才人もそうだ。彼は今、過去最高ともいえるくらいドキドキしていた。
まさか、これから『性格は最悪だけど、すごく可愛い女の子』と、キスをすることになるのだから―――――。
五分前。
「えぇえええええ! 契約? なんでこいつと!?」
フリーレンから「才人と契約を結んでほしい」と言われたルイズは、当然ながら絶叫した。
もう使い魔が、フリーレンがいるのに更に契約だなんて、訳が分からないとばかりに。
「お、俺だってイヤだぜ! なんかよく分かんねえけど、こいつの『使い魔』とかってのは! ようは小間使いみたいなことさせられるんだろ! しかも一生!!」
「あ、あんたね! 仮にも神聖なる『
「んだよ。お前だって結構ぼやいてたじゃねえか! なんで俺みたいなやつが本来の使い魔だなんて、とかさ!」
「はいはい、二人ともそこまで」
再び熱くなる才人とルイズを、いったん宥めるのはフリーレンだった。
「第一ねえ、何回も言ってるじゃないの。『使い魔は一人につき一体』って。契約が成立するはずがないのよ」
「いや、できる。というより『できるようにする』」
自慢げな表情を浮かべて、フリーレンはルイズに、左手の甲を見せつけた。
「悪いけどルイズ、今の私はルイズよりもこのルーンについては詳しいんだよ。まだサイトには『ルイズの使い魔として呼び出された』という残留思念が残っている。私のルーンを通じて、サイトに力を渡すことぐらいなら問題はないよ」
「……できるってのは分かったけど、でもだからって、どうしてわたしがそんなことやらなきゃいけないのよ」
「理由はいくつかある。まずはサイトとの
「……というと?」
ルイズは首をかしげる。周囲も同じ様子だったのか、フリーレンの言葉を待った。
「今後また、こんな感じでみんなと話し合うことがあるかもでしょ? その時にいちいち接続に戸惑う時間がもったいなくなる時もあるかもしれない。『契約』すれば私とサイトとの繋がりも強くなって、より正確な接触ができるようになる」
「実を言うと、結構ギリギリなんですよねこれ。今日は成功しても次回成功するかは確証がありません」
フェルンもとりなすように補足した。この部屋を構築している二人がこう言うのであれば、結構奇跡的な確率でこの状態は保たれているのだろう。ルイズもそこは納得した。
「もう一つ、サイトの自衛手段の確保。聞くけどサイトって、戦えるの?」
「いや、無茶言うなよ。こちとら戦いとは無縁の場所から来たんだから」
「そうですね。サイト様は不思議な道具こそ持っていますけど、力自体は農作を営んでいる村人よりも低いです」
「辛辣! いやホントのことだけど!」
才人が泣きながら突っ込みを入れる。こういうところがあるから、フェルンには若干苦手意識を持つ才人なのであった。
「北部高原の魔物のレベルの高さは、シュタルク達だってよく知ってるでしょ? 戦えないサイトがもし孤立したら、死ぬしかないよ」
それを聞いた才人は「ひっ……!」と呻いた。確かにキール峠の関所から『シュラーフェン』という街に来る前に、色んな魔物に襲われたことがあるのだ。
正確には、キーノ峠は比較的魔物が少ない『エルンスト地方』にあるのだが、『シュラーフェン』はそこから微妙に外れた地域にある。そこへ向かう道では普通に魔物が活発に動いていたのだ。
天を覆うかのようなドラゴンの群れ。三十メートル以上あるゴーレム。目が幾つも蠢く大蛇、『
そのたび、シュタルクやフェルン達が迎え撃ってくれたのだが、才人自身は逃げ隠れするしかない。スマホで写真を撮る余裕すらない、そこで行われる本物の殺意の応酬は、ただの高校生でしかなかった才人にとって、重く辛いものだったのだ。
「だから、ある程度戦える力を身に着けた方がいいと思うんだ。それに『ガンダールヴ』はうってつけかなって思って」
「『ガンダールヴ』?」
「このルーンに込められた力だよ。武器を持てば素人でも熟達の戦士に変えることができる力だ」
「ちょっと待って! なにその力、初耳なんだけどフリーレン!」
まさに寝耳に水といった風に、ルイズは叫んだ。
いや確かに、エンシェント・ドラゴン戦ですっごい動きをしてたなと、思ったことはあったけど!
「だから詳しいって言ったでしょ」
むふーとした顔で、フリーレン。
「帰還手段がすぐに見つかることに越したことはないけれど、その間ずっと無力なのは可哀そうだし、フェルン達も重荷になるだろうからね」
「でも俺、本当に戦いなんてしたこともないぜ。そんな急に力をもらったからって、変われるものなのか?」
「少なくとも『ガンダールヴ』との親和性は、私よりサイトの方が高いと思うんだ。だってサイトは、ルイズの本来の使い魔候補だったはずなんだから」
フリーレンは左手の甲を見つめながら続ける。
「私もエンシェント・ドラゴン戦時に一瞬だけ使ったことはあったけど、暫く筋肉痛で立つこともままならなかったし。やっぱり魔法職が戦士の真似事をするものじゃないね。そういう意味ではサイトの方がまだ上手く扱えると思うよ」
「まあ、俺だってシュタルク達のお荷物にはなりたくねえし、戦えるのなら戦いたいし……」
と、才人は頭をかく。
「あまり無理するなよ」
と、シュタルクは言ってくれるが、魔物との戦闘中はずっと隠れているしかない才人にとって、やはり思うところはあるみたいだ。
「最後に。最初の話と近い理由にはなるんだけど、
「召喚……って?」
ルイズは疑問符を浮かべる。
「私が、サイトを『
それを聞いたルイズ達は、揃って仰天した。
「ええ!? できるの? だってあなた、始祖の魔法は使えないって……」
「
これを聞いたハルケギニアの生徒は、ただただ驚くばかりだった。そこまで理解を深めていたのかと。
フリーレンの学習速度があまりにも早すぎる。もしかして自分たちよりも
これを聞いていた才人も、そばにいるシュタルク、フェルンにこそっと尋ねる。
「……ねえ、もしかしてフリーレンって、かなりすごい?」
「当たり前じゃないですか」
「あんなんでも、魔王討伐パーティの一角でフェルンの師匠だからな」
「はぇ……やっぱりすげえ魔法使いなんだな……」
ようやく才人も、このエルフのすごさが、ちょっとだけだが分かったような気がした。
「こういう諸々の観点からして、『契約』はかなりのメリットはあるよ。勿論私が『主』ならサイトは『従』。あくまで力の大本が私なのは変わらなくって、サイトに力を適宜共有したり、分け与えたりできるって感じだね」
「サイト様の状況に応じて、力の受け渡しが可能ってことですね」
「そう。勿論この繋がりは一時的なものだから、サイトが元の世界に戻れるってなった時は、自動的に
そこまで言ったフリーレンは改めて、才人たちに問いかける。
「ってな感じなんだけど、二人とも、どう?」
「えっ……いや、まあ……」
問われた才人は、腕を組んで考える。
(確かに、いつ戻れるか分からない以上、戦える力はあった方がいいよな。ずっとシュタルク達に戦わせるわけにはいかないし……それに『契約』も一時的だっていうし)
とはいえ、そこまで深くは考えなかった。
やっぱり、自衛の力は欲しいと思っていたから。
シュタルク達が今は助けてくれるとはいえ、いつまでも彼らの力に頼りっぱなしじゃいけないと、強く思ってはいたから。
実際、街へ向かう道中、才人は実際に『
その時はデンケンが自分の前に立ってくれたおかげで、事なきを得たけど。
それでも、暗闇の靄の中、デンケンが見目麗しい令嬢を撃ちぬく場面が、どうしようもなく印象に残っていたのだ。
戦闘後、幻影鬼は『その人にとって大切だった人に化けて油断させる特性』があるということ、『デンケンが撃った令嬢は、病でかつて亡くなった妻だった』というのを聞かされた。
「ごめん……じっちゃん。俺を助けるために奥さんの幻影を撃たせちゃって……」
「なに、奴ら魔族の策謀には慣れている。それよりもお前が無事でよかった、サイト」
そういう一幕があったために、怖くても戦える力が欲しいという気持ちは、強く持っていたのである。
「分かった! 俺、契約する! 俺も力が欲しいんだ! せめてシュタルクたちの足手まといにはならない力を!」
それを聞いたフリーレンは、微笑みを浮かべて頷いた。
そして今度は、ルイズの方を向く。
「ということなんだけど、ルイズ、いい?」
「いいってあんた! わかってんの!? コントラクト・サーヴァントは……っ!!」
そこまで言ったルイズは、顔を激しく真っ赤にした。
そう、契約方法はキスなのです。
キス、つまりは接吻。
今から自分は、こいつとキスしなければならない。そう思うとルイズの顔は激しく茹で上がった。
既に使い魔もいるわけだし、この契約自体、ルイズには何のメリットも無い。故に乙女の羞恥心と才人への感情。それが天秤となって揺らいでいる状態だった。
「え、なんで? そんなに俺に力を渡すのが嫌なの?」
「ち、がう! ちがうちがうの! あぁもう!」
ルイズは激しく髪をかき乱す。
気になった才人が、フリーレンに向き直って尋ねる。
「『契約』って、そんなにきついものなのか?」
「そうでもないよ。あ、でもキスする必要があるみたいだね」
瞬間、サイトは思い切り噴き出した。
これには聞いていたシュタルクやフェルンですら、顔を真っ赤にする。
「お、おいサイト。それはいくらなんでもエッチすぎる……」
「出会ってまだ一時間も経ってないのに、それはかなり飛ばし過ぎな気がします……」
「んだよお前ら! 仲良く両手を合わせながら震えやがって! 俺だってどうすりゃいいんだよこの空気!」
才人もやるせなさそうに絶叫した。
普通、こういう契約って魔術的な何かでこう、やる感じじゃないのか? キスってなんだよキスって!?
そりゃあルイズだって、思いっきり抵抗を示すってものだ。
「や、悪かった。ちょっと軽率だったよな。俺なんかとキスなんて、そりゃあな……」
才人はルイズに背を向けてしゃがみこむ。そして床に「の」の字を書き始めた。
才人は単純で抜けていて楽観的な側面もあるが、落ち込む時は激しく落ち込む一面もあるのだ。
「さっきの言葉は忘れてくれ。そんな、ねえ……俺なんかじゃ、ねえ……ぐす」
「……いいの? 力が欲しいんじゃないの?」
「いや、そりゃあ俺だって欲しいさ! でもそれで、見ず知らずの女の子の心が傷つくってのは、それはダメだろっていうか……」
さっきまで、あんなに口喧嘩していたのに。変なところで謹直さを発揮する才人。
ルイズもまた、才人のそんな心が、少し気にかかったような仕草をする。
(……そもそも、サイトがこの世界に来るはめになったのも、元はといえばわたしの魔法のせい、なのよね……)
ふと、その事実が頭を過った。
彼が今苦しんでいる原因は、自分にもある。
それを見て見ぬフリをし続けるというのは、貴族としてあるまじきことなのではないか?
フリーレンだって、サイトを助けようと色んな観点から手段を提示してくれている。それに応えてあげるのが、主人ってものなのじゃないだろうか。
ルイズはしばし、葛藤からぐっと拳を握り締めた。
そして大きく深呼吸したのち、決意するように口を開く。
「……いいわ」
「はい?」
「コントラクト・サーヴァントをやってあげる。『ガンダールヴ』の力をあんたに託してあげるって、言ってんのよ」
才人は仰天して、思わず立ち上がった。そして振り向く。
ルイズはすごく顔を真っ赤にしながらも、
「か、かか勘違いしないでよね! あくまで力を渡すだけなんだから! べ、べ別にあんたにどうこう思われたいって気持ちは、これっぽっちだってないんだからね!」
人差し指をこちらにつきつけ、思いっきり声を震わせながら言ってきた。
……ああ、これが昔流行ったという『ツンデレ』ってやつなのか。才人はドギマギしながら思った。
「……本当にいいのか?」
「仕方がないじゃない。ほら、ちゃっちゃと準備なさい」
才人の問いに、ルイズは口を窄めて答える。その顔は赤い。
才人もそうだ。彼は今、過去最高ともいえるくらいドキドキしていた。
まさか、これから『性格は最悪だけど、すごく可愛い女の子』と、キスをすることになるのだから―――――。
優しい日差しがステンドグラスからこぼれる結婚式場にて。
フリーレンはまず、ルイズの額に人差し指を当てていた。指は光りながら、ルイズの額から全身へと流れ、やがて消えていく。
「『ガンダールヴ』の力部分をルイズに還元した。今なら『コントラクト・サーヴァント』が使えるよ」
「口上は、今まで通りでいいのね?」
「うん、私にやった時と同じ感じで大丈夫だよ」
じゃあ、とルイズは覚悟を決めた面持ちで、壇上にいる才人に向かう。
(ほんっと、
この場面をセッティングしたフリーレンに、思いっきり文句を言いたかったが……、彼女もこの空間を好きにいじることはできないみたいなので、仕方がない。
周囲は椅子に座って、この様子を眺めている。まるで新郎新婦の結婚式に呼ばれた客人のようだ。
「なあ、本当の本当にいいのか?」
「あんたがしり込みしてどうすんのよ。もうわたしは腹をくくったから、あんたもいい加減覚悟を決めなさい」
ルイズにそう言われたので、才人も男らしく腹をくくる。
いや別に、ルイズのことが気になるってわけじゃない。わけじゃないけど……。
ついのこの間まで、「可愛い女の子と知り合いたいなー」と、マッチングアプリをいろいろ調べていた才人である。まさか目も覚めるような外国人美少女と、唇を合わせるなど思いもよらなかった。
「それじゃあ始めるわよ」
ルイズは杖を掲げ、才人の額に向ける。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
杖で才人の額を軽くたたいた後、懐にしまって、両手で才人の両肩をつかむ。
そしてフリーレンたちの目の前で、確かな接吻を交わした。
からぁん、からぁんと、遠巻きに鐘の音が鳴る。
いつの間にか、見ず知らずの人たちの幻影が現れて、壇上の二人を拍手で祝福し始めた。
「な、なによこれ!?」
急に起こった演出に、キュルケも思わず驚きの声を上げる。
「ちょっと待って! 演出過剰じゃないのこれ!?」
ルイズもすぐに唇を離し、絶叫した。
いつの間にか、ルイズと才人の服装も結婚式場にふさわしいものとなっていた。才人は黒のスーツ、ルイズは純白のウェディングドレス、という風に。
なんならフリーレンたちの様相も、この式場に相応しいドレスとスーツに仕上がっていた。
夢の中とはいえ、いくら何でも好き勝手し過ぎだろう。みんなそう思っていた。
「ねえフリーレン! これなんとかしなさいよ!」
ルイズは心底困った様子で叫ぶも、
「ごめんルイズ。こればっかりはどうにもならない。大人しく受け入れて」
としか、返せないのであった。
(〝
しばらくの間、自分の主人が別の使い魔と結婚式を盛り上げる場面を、見ていることしかできないフリーレンだった。
「はぁ……ようやく収まったわ」
式場の盛り上がりも、一時の事。
すぐに人だかりの幻影は消え、元の空間へと戻った。……全員の服装までは戻らなかったが。
「どう? サイト。何か変化を感じる?」
「んー、いや、特に何も」
スーツ姿の才人は自分の左手を見つめた。
ルイズ曰く、『契約が成功したのなら左手に刻印が刻まれる』とのことだが、特にそのような現象はない。
フリーレンはしばし、才人の左手の甲を、手にとって凝視する。
「……目には見えないけど大丈夫。確かにこの手からルイズの魔力を感じるから」
「そうですね、私も確認できました」
ドレス服に置き換わったフェルンも、小さくうなずく。今は薄っすらと左手を中心に、才人に力が巡っているのを探知したのだ。
「これで、『ガンダールヴ』の力が使えるってことでいいのか?」
「そうだね。起きたら試してみて」フリーレンはそう言った。
フリーレンの言葉に、才人は強く頷いた。
そして、この力をくれたルイズに向かって、改めてお礼をする。
「ありがとうなルイズ。俺のためにわざわざキスまでしてもらって……」
「いや、本当にそうよ、この服も何とかしてほしいわ」
「あら、お似合いだったわよルイズ。まるで本物の結婚式に御呼ばれしたみたいだったわ」
「お似合い」
「あんたらはねぇもう! ほんっっと、他人事だと思ってぇ!」
うがー! と両腕を振り上げながらキュルケ達を追いかけるルイズ。
そんな少女たちを、しばし遠目で見つめていた才人はやがて、左手の甲を見つめて秘かに決意する。
(これで少しは、みんなのために役立てるかな……。よし、やるぞ!)
才人は、静かな闘志を滾らせ始めたのだった。
そんな面々を遠くに置いて。
フリーレンは、フェルンとシュタルクの方に寄り、三人のみに聞こえるように話し始める。
「これでサイトは『ガンダールヴ』を使えるはずだから。シュタルク、もし暇があったらサイトを鍛えてやって」
「ああ、それにしても本当にその『ガンダールヴ』ってのは強いのか?」
「極めれば、勇者ヒンメルに近い動きはできるのは間違いないよ」
「……マジか」
魔王討伐の勇者の動きができるとか、確かにそれは、極めれば強いなんてものじゃない。そう思うシュタルクだった。
「ただ、それに近い力を出すと身体に思いきり負荷がかかるから。そういう調整面でも様子を見てやってほしいんだ」
「分かった。俺もあいつは何とかしてやりてえって思ってるし」
左手を握りこんで静かに決意する才人を見て、シュタルクも強く頷いた。
「じゃあ私たちはこれから、ハルケギニアとサイト様の世界、両方を行き来できる手段を探してみます」
「うん、お願いねフェルン。……あ、そうだ」
と、ここでフリーレンはフェルンに、別の頼みごとをする。
「あと一つ、実はサイトの『ガンダールヴ』なんだけど、力と一緒に『記憶』も送り込んでいるんだよね」
「『記憶』……ですか?」
「そう、ハルケギニアで失われた魔法、『虚無』を作ったブリミルの記憶。断片的だけど、『ガンダールヴ』に刻まれていたみたいなんだ」
ここでフリーレンは、フェルンとシュタルクにだけ、ルイズの魔法の正体について明かした。
ハルケギニアでは失われた魔法『虚無』。それを扱い、エルフと鎬を削ったといわれているブリミル。その力の一端が、今のルイズに宿っていること。
「そんなすごいお方がいたのですね。大魔法使いフランメみたい……」
「間違いなく実力は
「フリーレンがやってやればいいんじゃねえか?」
シュタルクが疑問符を浮かべて問う。
「そうしたいんだけど、六千年以上ある膨大な記憶量なんだ。おまけに幾重にも施錠されているみたい。精神魔法は得意じゃないから、私がやるとなると数百年は軽くかかりそうなんだよね」
マハトの記憶を洗うことが出来たのは、記憶の持ち手だったデンケンの協力もあったためだ。
今回は六千年以上あるうえに、かなり厳重な
もちろん、時間が許してくれるのであれば、いつかはこじ開けられる自信はあるのだが……。
「数百年……か」
「間違いなく、ルイズが持たない」
「そうですね、ちょっと遠大すぎますね」
契約の期限は『どちらかが力尽きるまで』。それを思えば、確かにフリーレン一人がやるのは効率的ではないことだろう。
「だから、こういうのはもう専門家に任せる。彼女なら、やってくれるだろうしね」
「彼女……、エーデル二級魔法使いのことですか?」
「うん、彼女だったら私よりも速く記憶を解析できるだろうしね」
〝黄金卿〟解決での一幕。
魔族の中でも一際強力な魔法使いだったマハトの記憶を、ひと触れするだけで百年分さらうことが出来た、卓越した精神魔法の使い手。
人間と精神構造が違う魔族相手にそれなのだから、きっとブリミルの記憶解析でも、活躍してくれるに違いない。
「分かりました。後で相談してみます」
「『虚無』の魔法はかなり強力だったみたいだし、もしかしたらそこに、異世界を行き来できる特別な魔法もあるかもしれない。そっちでも調べてみて」
フリーレンの言葉に、フェルンは軽くうなずいた。
「じゃあ、今日やれるところはここまでだね。後は――――」
その時、ずしんと巨大な衝撃音が式場を襲った。
「きゃあっ!?」
周囲は慌てる。それもそうだろう。
いきなり、壁や床が亀裂を生み出しバラバラになり始めたのだから。
「た、タバサ! 身体が消えてるわ!」
「……あなたもそう」
キュルケとタバサは、お互いの身体を見て答える。足先からまるで幽霊のごとく、身体が透明になり始めているのだ。
「心配しないで、夢から覚める時間が来ただけだから。意識が現実に戻ろうとしているだけだよ」
「そ、そうなのか……でもなんか怖いな……」
才人やシュタルクはもう、腰まで消えつつあった。ルイズやフェルンも、徐々に体が透明になっていく。
「今日起こったことは間違いなく現実でも反映されているだろうけど、一応チェックは忘れないでね。特にサイト。問題はないはずだけど」
「わ、分かった! 今日はいろいろありがとうな! ルイズ! フリーレン――――」
才人は最後にそう言い残しながら、スッと消えた。
キュルケとタバサも、完全に透明になって同じく消失する。
「じゃあフェルン、待ってるよ」
「はい、また何かあったら連絡します。どうか、お気をつけて」
フェルンは最後に、フリーレンに微笑みかける。
そしてルイズに軽く会釈した後、彼女も消えた。
残ったのはルイズとフリーレンだけとなった。そのルイズも、先に身体が完全なる透明になっていく。
「……じゃあわたしも、先に起きてるから」
「うん、ハルケギニアで待ってて。また魔法学院で」
そう言うと、ルイズも完全に消えた。
残ったのは、フリーレンだけとなった。
会場は完全に瓦解し、バラバラになった破片のみが宙を舞う。結界は消失し、暗闇の空間の中、会場やガラスのような破片が散らばっていく。
その地面の一片に、フリーレンは立っていた。彼女だけはまだ、透明になりつつも身体の一部分も消さずに、意識を残していた。
崩れゆく天井。四方に散る装飾品。崩壊する空間。そんな中で落ちていくフリーレン。
しかし表情は相変わらずの無表情で。ここで彼女の視点は、ある一点を向け始める。
「いるんでしょ、ゼーリエ」
刹那、崩壊がピタリとやんだ。
崩れ行く空間は、まるで時が止まったかのように留まっていく。
再び身体に色を取り戻したフリーレンは、ルイズ達に向けていたのとは違う、少し冷たい視線を、真上に向けていた。
「気づくのが遅いぞ、フリーレン」
フリーレンの真上、浮遊する破片の裏で、逆さまになって座る女性がいた。
フリーレンと同じ長い耳と、金色の髪を湛えたエルフ。
「だから〝魔力制限〟ばかり鍛えるのは効率が悪いんだ。この空間の製作を、私が裏で補助していたことにすら、この瞬間までお前は分からなかったんだからな」
金髪のエルフ、ゼーリエは軽く指を鳴らす。
すると自分の座っている破片とフリーレンが立っている破片。それらが動き出し一つの地面へと融合する。
フリーレンは、玉座に胡坐座りをする、己の師匠の師と、改めて対峙した。