使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第35話『民間魔法学』

 

「何の用?」

 フリーレンは冷たい声のまま、ゼーリエに問いかける。

 一方、ゼーリエは特にその質問に答えぬまま、椅子の上で座り方を変える。

 

「向こう千年間は、私と会う気が無いんじゃなかったの?」

 魔法協会を出禁にしたことを思い出し、そう続ける。

「別に、お前を出禁にしたのは大陸協会の施設関連だけだ。お前自身に会う気が無いとは、一言も言ってない」

「死ね」

「死ねはないだろ」

 

 屁理屈をこねるゼーリエに向かって、辛辣な言葉で返すフリーレン。

 施設は利用させないくせに、面倒ごとだけ放り込まれればこうもなるだろうが。

 それよりも……と、ゼーリエは続ける。

 

 

「あのルイズって子が、お前を使い魔にした『担い手の一人』か」

 

 

 フリーレンは無言でゼーリエを見る。変わらず彼女は、不敵な笑みを浮かべ続けていた。

「『どこまで知っているのか』って顔だな」

「教えろ、と言ったら素直に答えてくれるの?」

 それを聞いたゼーリエは、鼻で笑った。

 

「逆に聞くが、お前はこの間、何をしてたんだ? その様子だと魔王を討ったお前の勇者だけでなく、フランメの奴が来ていたことすら、気づいてないみたいだな」

 

 フリーレンの無表情が、若干揺らいだ。

 まさか、自分の師匠もかつてはハルケギニアに来ていたというのか?

 

 

「……その様子だと、やはり気づいてないな(・・・・・・・・・・)。お前でも気づけていないということは、相当上手くやったんだろうな。フランメの奴は」

 

 

 次いで、何か含みのあるような言葉を続ける。

「目的は何? ルイズの虚無?」

 フリーレンは若干、硬い声で尋ねる。

 一級試験時、激突したリヒターが言っていたことを思い出したのだ。

 

 

『大魔法使いゼーリエは、魔王軍との長い戦火の時代の、洗練された魔法使いを未だに追い求めている』

 

 

 それが、今の大陸魔法協会の形成に至っていると。

 それを思えば、大魔法使いである自分すらも使い魔にしてしまう、『虚無』を持っているルイズ自身が目的なのかと思っていた。

 

「……まあ、あの魔法についても興味はある。否定はしない」

 ゼーリエも、そこは否定しないとばかりに、長い髪を指でいじくってこたえる。

 

「半端な覚悟じゃお前でもあれ(・・)は、持て余すだろうよフリーレン。……ブリミルの奴でさえ、扱いきれずに力を『四分割』にしたんだからな」

 

 彼女の言葉に、フリーレンは内心、改めて感嘆していた。

 ルイズの潜在魔力から、かなり強力な魔法があるとは思っていたけど、ゼーリエをしてそこまで言わしめるほどのものなのか。

 なにより、ブリミルを知っているかのような口調……。

 

「……ブリミルと、会ったことが?」

 フリーレンの問いに対し、しかしゼーリエは答えない。

 色々思うところがあるような、そんな表情を浮かべていた。

 

「ルイズ達から聞いたけど、ハルケギニアのエルフは『聖地』なる場所を守る、番人の役目を果たしているって聞いた。そこは始祖ブリミルが帰るべき拠り所だからって。何か知ってる?」

 先の質問は答えないと見たフリーレンは、別の質問をぶつける。

 

 

「『聖地』か……まだそんなものに酔っているのか、連中は」

 

 

 さぞつまらないという表情で、ゼーリエは玉座のひじ掛けに頬杖をついた。

「すでに奴らの大義名分は、潰えて久しいというのに。それに気づかない子孫も、それと争う同族(エルフ)も、相変わらずの馬鹿ばかりか」

 どうやら、ゼーリエはハルケギニアのエルフやブリミル教徒に、あまり良い印象を持っていないらしい。フリーレンでもそれが分かるくらい、先の声には苛立ちが含まれていた。

 

「ゼーリエはハルケギニアを知っているの? 師匠(せんせい)はなんであの世界に……」

「おいおい、別に私はお前と駄弁りにここへ来たわけじゃない」

 

 ゼーリエは指をぱちんと鳴らす。

 すると彼女の上から、どこからともなく金色の糸が垂れてくる。

 ゼーリエは想うように、天から降りてきた糸を見つめていた。フリーレンはその魔力糸の正体を朧気ながら探知する。

 

 ルイズと同じ波長の魔力。だがルイズ当人のものじゃない。

 また別の『虚無』か。ゼーリエの言葉を聞くに、複数人担い手がいるのだろうか。

 この糸はさしずめ、その担い手がどこにいるのかを指し示すものなのであろう。

 

「……ハルケギニアへ向かう『導線』を、作りに来たんでしょ?」

「その通りだ。所詮お前との会話もただの暇つぶし。『担い手』の残滓が見えた以上、もうこの空間に用はない」

 ゼーリエが不敵な態度で、手を強く振り払うと、糸はかき消えた。

 だが、所在は分かったとばかりに彼女の笑みは強くなるばかり。

 

 ……もう居場所を探知したのか。

 

 相変わらず、彼女の魔力と技術は本当に凄まじい。

 未だに自分は、ゼーリエを越えるイメージがつかない。こと魔法において、彼女を越える者は、そうはいないことだろう。

 ただ、こうでもしないとゼーリエでもハルケギニアへ向かえないという点だけ、フリーレンは気になった。

 

「意外だね、ゼーリエの事だから、〝ハルケギニアへ向かう魔法〟とか、持っているのかと思った」

「昔はあったんだがフランメの奴に譲ってな。今はない」

 

 フリーレンの瞳が、また一瞬揺れた。

 いったいどうして? 疑問符ばかり浮かべる弟子の弟子の姿を見て、ゼーリエは笑う。

 

 

「知りたいなら私なんかに聞かず、あの世界を思うがままに旅してみろ。そうすれば見えてくるものもあるだろうよ」

 

 

 ゼーリエの言に、フリーレンはしばし固まったまま思案する。

 そうこうする内、自分の手を見た。徐々に透明になり始めている。ゼーリエはまだ透明化の兆しが見えないが……、どうやら自分でも、ここまでが限界のようだ。

 

「もうそろそろ、お前の意識も限界か」

「そうみたいだね」

 

 再び、世界は崩壊し始める。

 それとともに、フリーレンの身体が一気に透明になり始めた。

 

「まったく、やりたいこと、やるべきことが一気にできたよ」

「苦痛か?」

「いいや、楽しくなってきたよ」

 

 ヒンメルのような言葉と表情を浮かべながら、ゼーリエに笑ってみせる。

 どうやらハルケギニアは、自分の思う以上に近い世界らしい。

 師匠も来たことのある世界。一体あそこには何があるのだろう。

 

 

「これだから魔法使いはやめられないね」

 そう思えば思うほど、フリーレン自身は無意識にワクワクする気持ちを覚えたのだ。

 

 

 一方のゼーリエは、同じく不敵な笑みを浮かべたまま、

「じゃあなフリーレン。また会うこともあるだろう」

「私は別に会いたくないけど」

 そう言うと、今度は自分たちの立つ地面が別々に分離する。

 ゼーリエはそのまま、天井へと落っこちていく。あれから彼女は、あの金色の糸を追って別の担い手を探すのだろう。

 

 おそらくまだ、召喚権を持っている担い手のところへと。

 結局彼女はなにがしたいのか、それが分からないのが不気味ではあるが……。

 

 

(ゼーリエも、師匠の痕跡を見てみたくなったのかな……?)

 

 

 そう考えている合間にもフリーレンの地面は、闇の底へと引っ張られていく。

 それとともに、フリーレンの意識は一気にハルケギニアへと揺り戻っていった。

 

 

 

「フリーレン? フリーレン!」

「うぅん……」

「もう、いつまで寝てるのよ、起きなさい!」

 

 フリーレンはまた、寝ぼけた眼を開ける。

 視界の先には、ルイズの顔。周囲を見渡すと、キュルケとタバサもこちらを覗き込んでいた。

 

「おはようルイズ……おはよう?」

「少なくとも『おはよう』じゃないわね」

「外は真っ暗」

 

 タバサはカーテンを広げて外を見る。まだ真っ暗だ。

 寝たのは昼頃だから、まあそれぐらいの時間にまでズレたのだろう。

 

「いやあ、それにしても面白かったわね、あれがフリーレンの旅の連れってワケね」

 夢で見たことを振り返り、キュルケは言った。

「おまけにサイトって面白い子にも会えて、ルイズの結婚式が見れるだなんてね」

「もう! 蒸し返さないでよ! 本当に別にあんな奴の事なんかこれっぽっちも思ってないんだから!」

 早速キュルケは面白おかしそうにからかう。ルイズも真っ赤になって反論した。

 

 あんな奴、別に本当の本当に気にしてないんだもん!

 ただ、困ってたから力を与えてあげただけだもん! 本当にそれだけだもん!

 

 心の中で、必死になって何度も否定する。とはいえ、異性とのキスはあれが初。使い魔にしたっていう認識も特に持っていないものだから、いやでも意識してしまうのだが。

 そんなルイズをからかうキュルケと、それに必死で否定するルイズ。その裏でタバサは、フリーレンに向いて言った。

 

「あの子」

「あの子……、ああ、フェルンの事?」

「いつか、ハルケギニアに来るって言ってた」

「来れると思うよ。この世界はどうやら、まだまだ私の知らないことがたくさんあるみたいだしね」

 

 フリーレンは笑う。ハルケギニアとの導線が確かに存在する以上、いずれ彼女もこっちに来ることだろう。

 それだけの力があることは、フリーレンが良く分かっているつもりだ。

 

「そう……」

 タバサはそう呟いて、二つの月を思わず見上げる。

 そうすると、ふと夢の中でのフェルンの言葉が、脳内で再生される。

 

 

『お聞きしたいのですが、キュルケ様やタバサ様は学院でも最底辺、ルイズ様以下の落ちこぼれなのですか?』

 

『あなた達には一体何が見えてるんですか……!?』

 

 

(わたしは、何も見えてなかった……?)

 自分だってそうだ。ルイズの魔法は、失敗からくるものだと思い込んでいた。

 みんながそう言ってたから、『そうなのだろう』という認識でいてしまったのだ。

 

 自分はフェルンをじっと見ていた。どんな人物か見定めるために。

 でも、フェルンが自分を見たのは最初とあの時だけ。

 逆に、彼女が一番注目していたのは、落ちこぼれだの『ゼロ』だのと馬鹿にされていたルイズだった。

 

 幼少期から魔法の才があって、父同様優秀だとみんなから褒められ伸びて。

 その後凄絶な人生を歩む羽目になって、だから自分はみんなとは違う鑑識眼を持っていると思っていたけど。

 なんてことはない。わたしも、節穴だった。

 それを、なんか思い知らされたような気がしたタバサだった。

 

(こんなんじゃだめだ。もっと、もっと強くならないと……)

 自分の、悲願を達成するためにも……。タバサは無意識の内に拳を握りこんだ。

 

 

「ま、無事交信はできたからとりあえずは安心かな。これ以上私から、どうこうするつもりはないよ」

 一方、フリーレンは呑気にそう言って、軽く背伸びをする。

 寝ていたとはいえ、精神はずっと覚醒状態を維持していた。身体は休めていても、脳は起きていたのだ。きちんと夢で起こった記憶を引き継げるように。

 つまり、むっちゃ疲れた。二つのお月様もまだ空を楽しく遊弋しているわけだし、このまま二度寝と洒落こもう。

 フリーレンはもう、主人の許しなく勝手にベッドへダイブする。ルイズももう、そこには文句は言わず、だけど聞きたいことがあるのか尋ねる。

 

「ねえフリーレン、本当にいいの?」

「なにが?」

「わたしのルーン。契約……、もし苦しかったら、本当に破棄してもいいのよ?」

 

 ああ……、と、フリーレンは自分の左手の甲を見る。

 確かに『召喚』は事故で、自分が来たのはただの偶然。

 それは才人が来た以上、揺るぎのない事実だ。

 だが……、

 

「そんなことしないよ。元々私は、このルーンを誰にも渡すつもりは無いよ。だって、まだまだ色んなことが発掘できそうだし」

「フリーレン……」

「それに」

 と、フリーレンはにやっとした笑みを浮かべ、ベッドの上で体育座りしながら、左手の甲をルイズに見せる。

 

 

「ルイズは私を使い魔にできた。それは事故でも紛れでもない事実だ。このルーンでできた絆は本物だから、心配しなくていいよルイズ」

 

 

 その言葉に、ルイズは表情を綻ばせる。

 今日からずっと、それだけが気にかかっていたのだ。

 自分は使い魔すらまともに召喚できないのかと、消沈しかけていたからこそ、フェルンやフリーレンの言葉に、文字通り救われたような気がしたから。

「本当にありがとう。フリーレン」

「いいよ。それよりもっとこのルーンについて研究したいから、ルイズこそきちんと長生きしてね」

「うん……、頑張ってみる」

 その会話のあと、一同はもう一回その場で就寝することとなった。

 

 

 そして翌日の昼頃。

 ハルケギニア、トリステイン魔法学院。

 

「今日こそは話を聞いて頂けませんかねぇ、フリーレン様ぁ!」

「ごめんって、マチルダ。怖いからそんな顔近づけないで……」

 

 昼食の時間。ルイズの部屋にて。

 直々に訪ねてきた秘書官ロングビル、否マチルダは笑顔の圧をフリーレンに向けていた。

 何せこれで四度目の訪問となる。一度目は前に、筋肉痛とかで断られた。二度目は昨日『夢で交信するから』と、部屋からたたき出された。三度目は今日の朝。ルイズは起きたがフリーレンはまだぐっすりだったため、来たことにすら気づけなかった。

 頼む立場であるのは分かっていながらも、流石にこの対応にはマチルダも堪えたわけで。

 マチルダの笑顔の圧は、フェルンとはまた違った怖さがあった。

 ぷるぷる震える小動物のフリーレンに代わり、ルイズが何しに来たのかを尋ねる。

 

「それで、フリーレンに何の用なの?」

「あぁ、実はね……」

 

 ここでマチルダは、オスマンの壮大な計画について話す。フリーレンの世界の魔法を、この学院でも改めて教えるというものだ。

 更なる魔法文化の発展のために。異文化の魔法を取り込み、飛躍した成長を今の貴族たちに施す。

 それこそが、強国ゲルマニアや大国ガリアに対して、小国であるトリステインが生き延びる唯一の手段だと、王宮でも訴えかけるようだ。

 

「ふぅーん、オスマンも面白いことを考えるじゃん」

「あんたの魔法を見て、火がついちゃったみたいなのよね」

 と、マチルダ。

「それで新たに『民間魔法学』って授業を作って、異国の魔法を学ぶシステムを作りたいと」

「流石にエルフであるあんたを教壇に立たせるわけにはいかないから、別枠の教師が必要になって」

「それでマチルダに白羽の矢が立ったと」

 

 フリーレンの言葉に、頷くことで答えるマチルダ。

 

「まあ私も、教師なんて面倒くさいのはやりたくないし」

 とは、フリーレンの弁だ。

「盗みを働いていたことへの贖罪も兼ねてって感じかね。それで最初から、改めてあんたの魔法を学びたいんだ」

 

 それで付き合ってほしいと、そういうことらしい。

 

「まあ、付き合ってあげてもいいよ」

「本当!?」

「色々試したいことあるしね」

「た、試すって……」

 フリーレンの快諾に胸をなでおろすマチルダだったが、すぐさま放たれた不穏な言葉に、思わず身を固くする。

 

「ルイズ達ブリミルの加護を持った魔法使いは、時に私の想像を超える現象を起こすことが多々あった。その力の詳細について、私ももっと知りたいとは思ってたんだよね」

 

 研究者としての肌を覗かせるフリーレン。

 自分の持つ〝民間魔法〟を彼女たちが本気で会得するとなった場合、どんな反応が起きるか楽しみで仕方が無いといった風情だ。

 なんかちょっと怖いなぁ、とマチルダは一歩引くも、まあこれも仕方がないことかと素直に受け入れる。

 

「別に、苦痛を与えるようなことはしないよ。そんなの効率悪いし。基本私の世界の魔法は、長い時間をかけて習得するのが第一原則だからね」

「でも、ルイズは例外にしてもタバサって子も、結構速い速度であの〝ゾルトラーク〟? を会得したって聞いたよ」

「そこなんだ。あの子の才能がずば抜けていることを差し引いても、あんな短時間で会得はまずありえない。多分だけど、ルイズ達の魔法は『精神』と根付いている分、極限なまでの状況の中でなら、習得にかかる時間を速められるのはわかった」

 

 でも、とフリーレンは続ける。

 

「それだけじゃないと思うんだよね。ルイズ達の魔法習得速度の秘密。色々考えていることがあるから、それをマチルダで試してみたい」

「はいはい、どうぞお好きにこの身体を扱ってくださいな」

 

 マチルダは両手を広げてそう言った。

 とにもかくにも、まずは魔法を会得しなければ。

 フリーレンも立ち上がった。

 

「じゃあ、早速始めようか。ルイズ達も参加する?」

「勿論よ。今度は〝飛行魔法〟について教えて! 知りたいことなんてそれこそ山ほどあるんだから!」

「ああそうそう、レッスンなんだけど、学院長から正式に許可をもらっているから、今後は『ヴェストリの広場』じゃなくて、この学院内で限られた人しか入れない、特別な部屋を使ってもいいってさ」

「秘密の特訓ができる部屋ってところだね。いいんじゃないかな。マチルダだって、エルフから魔法を習っているところなんて見られたら、話がややこしくなっちゃうもんね。タバサやキュルケも誘って、早速やってみよっか」

 

 フリーレンはそう言うと、ルイズの部屋にある、壁にかかったカレンダーを見る。

 ぱらぱらと、二枚ほどページをめくって日付を確認していた。

 そこには赤丸で囲んでいる日付がある。マチルダも思わず身を乗り出す。

 確かこの月って……、そうだ、夏季休暇が始まる日だ。

 

「いま五月だよね。七月の夏季休暇までに教えられることは教えておくよ。……ああそうそう。それで授業料の報酬なんだけどさ」

「え? あ、ああ……何が欲しいんだい?」

 

 マチルダは一瞬怯んだ。

 そう言えばこのエルフ、何か頼む時は大体何か見返りを求めるのだ。オスマンの頼みだってそこは例外じゃなかった。

 ルイズも、フリーレンのこのがめつい様子には「あんたってホント……」と呆れ顔だが、彼女自身は改めるつもりは無いらしい。

 

 どうしてそんな風に見返りを求めるのかというと、ヒンメルがそうしていたから。あくまで「貸し借り無し」にすることが大事だからというスタンスから来ているというのは、聞いていたのである。

 

「マチルダって、盗賊だったんでしょ? この辺りで面白そうなダンジョンとか洞窟とか、そういう情報が欲しいかな」

「情報屋の伝手を使ってそれを教えてくれと? まあ、それぐらいだったら別にいいけど」

 てっきり秘蔵の魔法道具かなんか求めるかと思ったけど、そんなんでいいのかと、安心とともにちょっと拍子抜けするマチルダ。

 確かに『土くれ』時代、そういった宝の地図やあらぬ噂。王墓の中で眠る秘宝などの情報を漁りに漁ったことはある。勿論、大抵は眉唾物だったが。

 モノではなく『情報』を欲しがっているフリーレンの態度に、少し疑問に思った格好だ。

 

「なんだい、休暇中に冒険にでも出るつもりかい?」

「そうだよ」

 

 マチルダが気軽に尋ねると、フリーレンもあっけらかんとそう返す。

 ルイズも一瞬、寝耳に水といった反応はするも、夢でフェルンとの会話を聞いて「なんとなくそうだろうな」という気持ちは持っていたので、声に出してまで驚いたりはしなかった。

 

 

 

「今から二か月後、トリステイン魔法学院で二か月半の夏休みが入るからね。そこで一度、大きな旅をしたいんだ。ゼロからヒンメルと、師匠を知る旅路だ」

 

 

 

 フリーレン召喚から2ヶ月後。

 月は6月(ニューイ)第1週(フレイヤ)。ユルの曜日。

 トリステイン魔法学院。

 

 

「『民間魔法学』?」

 学院の廊下の中、壁にかかったチラシを眺めていたギーシュは、隣にいるマリコルヌと話し合っていた。

 

「ああ、なんか始めるって言ってたな。期間限定で異国の魔法が学べる授業だってさ」

「教師は……あの美人秘書官ミス・ロングビルだって?」

「へえ、あの人教師もできるんだ」

 

 隣にやってきたのはレイナールという少年だ。かけた眼鏡を持ち直しながら、チラシに書かれた内容を読む。

 

「『これを学べば魔力のランクアップも見込めるかも、異国の技術のイロハを教えます。来たれ未来の若人たちよ!』。なんか怪しい勧誘チラシみたいだな……」

「でもミス・ロングビルって学院長秘書だよね、遠目で見たことあるけど胡散臭そうな感じには見えなかったけどな。何より凄い美人だったし」

「期間は約一か月。『最優秀』をとった方には特別な魔法も教えます、だって」

「なあ、この絵ってさ……」

 ここでマリコルヌが、チラシの下にあった絵図を指す。

 チラシの下には、撮影画像があった。高解像の絵を見せる魔法。

 ハルケギニアにはこんな風に正確な絵を「撮影」する技術はない。これが「民間魔法」なら、確かに凄いものはある。博識な方のレイナールは一人納得していた。

 だが、なによりギーシュたちの目を引いたのは、その写真の内容だ。

 

「あ! これはミス・フリーレンが使っていたあの……!」

「だよね、やっぱりそうだよね!」

 そう、ここに描かれていたのは〝一般攻撃魔法〟を放つロングビルの一枚絵だった。

 

 実物をヴェストリの広場で見ていたギーシュたちの心は、秘かに沸き立った。

 なにせずっと気になっていたのである。あんな格好いい閃光を放つ魔法。思春期真っただ中な男なら誰だって会得したい。

 

「ああ、これは来る人多いだろうね……」

 レイナールも呟いた。実は彼も決闘観戦組だったのだ。流石に遠巻きではあったが。

 あの魔法が得られるのであれば、学びたいという生徒は多いことだろう。

 ってか、既にギーシュとマリコルヌは走り出していた。

 

「押すなよギーシュ!」

「そっちこそどきたまえよ!」

 

 二人はどたどた走りながら、授業参加の書類を取りに向かっていた。

 取り残されたレイナールは、眼鏡をくいと上げながら思考を冷静にする。

 まったくもってくだらないと、そんなことのためにあんなにがっつくなど、貴族らしくないと、ぼくは違うぞと、心の声で呟いてみる。

「ふっ、まったく落ち着きがないんだから」

 今度は実際に口に出して、強がってもみる。

 ……五秒後、彼も猛然とダッシュし始めた。

 

 

 そんなわけで、その『民間魔法学』の授業日がやってきた。

 場所は『基礎学』で使っている教室。そこの入り口付近に『民間魔法学』と、案内用の看板が立っている。

 はてさて、参加した生徒は三十名以上をこえた。多くの人があの〝一般攻撃魔法〟を実物で見たことのある生徒たちだ。その中には当然ギーシュたちもいる。

 

「おい、ギーシュ見ろよ、ルイズ、キュルケ、タバサの三人もいるぜ」

「ホントだ。しかもミス・フリーレンもいるじゃないか」

「あのビーム魔法って、確かエルフも使ってたよね。ぼくたちも学べるってことは、あれは『先住魔法』ってわけじゃないのかな?」

「多分そうだろうと思うけど。……あ、来た」

 ギーシュたちがひそひそ話をする間に、民間魔法の担当教師となったミス・ロングビルが姿を現した。

 

「はい、では皆さん。本日より『民間魔法学』の教師をすることとなりました。ロングビルです。改めて一か月間、よろしくお願いします」

 

 ロングビルはそう言って、優雅に会釈する。何人かの謹直な生徒は、それに倣った。

「早速授業に移りたいのですが……、ここで皆さんには『民間魔法』とは何か、それを扱う人々や地域にはどういった文化が根付いているのか、それから先に説明したいと思います」

 そう言うと、黒板に向けてチョークを使い、時に絵柄、時に文字を書いて解説をしていく。

 

 当然ながら、ここで書く『地域や文化』とはフリーレンの世界を元にしたものだ。

 その地ではエルフと人間が融和して暮らし、ドワーフなる未知なる種族もおり、ブリミルの遺した魔法とはまた別体系の魔法を使う。

 そのために民生用の魔法が多く出回っており、資質があれば平民も魔法を使え、時に人類の脅威、魔族と対抗するために日夜しのぎを削っているとも。

 

「あの……さすがに信じられない事ばかり仰ってますけど、それは本当なのですか?」

 

 手を上げてそう尋ねるのはド・ロレーヌだ。ランクこそ『風系統』のラインクラス。名門出のエリートメイジだが、それ故に鼻にかけた立ち振る舞いが多い。

 過去にキュルケとタバサに陰謀を仕掛け、助けてくれたシエスタをなじっていた少年でもある。

 彼自身は興味がてら授業に参加したのだが、この授業に対して強い疑問を口にした。

 他の生徒たちも、ロレーヌと同じように信じられないような顔をする。

 

「ええ、確かに我々ハルケギニアの民にとっては、信じられない事でしょう」

 ロングビルは眼鏡を上げながら、黒板で埋まった文字を一旦、杖の一振りですべて消去する。

 

「ですが、だからこそ広い視野で物事を見なければいけない。わたしは若い頃、ずっと疑問に思ってました。世界というのは本当に、『ハルケギニア』と『聖地』しかないのか。例えばアルビオンがある海の先に、東方と言われる『ロバ・アル・カリイレ』の先に、ゲルマニアと砂漠(サハラ)の間にある『未開の土地』の先に何があるのか、答えられる方はここにおりますか?」

 

 そういう風に問われてしまっては、誰も答えを返すことができない。座学トップクラスのルイズやタバサにさえ、その先に何が広がっているのか、イメージがつかないのだから。

 

「その疑問を解消するため、私は一人、家を出て旅を続けて参りました」

 

 というバックボーンを軽く提示しながら、ロングビルは続ける。

 

「世界の広さを知った私は、その未知なる文化にまず驚きました。現地で色んな人と対話し、学び、その技術を吸収してきました。始祖が主軸にあるあなた達からすれば、まず受け入れられない内容でしょう。ですが、現実にそういう文化が、魔法が、技術が『向こう』には確かに存在する。まずはその事実を否定せず、受け入れるところから皆さん、始めてください」

 

 ロングビルの答えに、周囲はざわついた。

 異端じゃないのか、この授業大丈夫なのか? この学院は変な方へ向かってるんじゃないか?

 そんな会話がそこここにされる。ロングビルは何も言わず、ここは生徒たちに好きなような会話させていた。

 

「あの、この授業胡散臭いので、降りても構いませんか?」

 

 再び手を上げてそう言うのはロレーヌだ。

 彼の隣には何人か生徒が頷いている。

「ええ、構いません。内容が内容ですしね。万人に理解を得られるとは考えていません。降りたところで単位に響くわけもなし。皆さまも、受けるか否かはご自由に決めて大丈夫ですよ」

 そう言われたので、何人かの生徒は席を立って去っていく。勿論その中にはロレーヌもいた。

 そのまま十人ほど部屋から去っていったが、反対に入ってくる人も出てきた。

 

「あの、わたしはこの授業に参加しても良いですか?」

「あ、モンモランシー!」

 

 ギーシュは思わず席を立つ。

 当然ながら決闘の事があったモンモランシーは、彼に対し強くぷいと、首を振った。

 

「ええ、大丈夫ですよミス・モンモランシー。少なくともあなたの興味を引き続ける内容を提示する自信が、こちらにはありますから」

 大人の余裕をもって、ロングビルはモンモランシーを受け入れる。

 そのまま、モンモランシーはフリーレンの隣の席に座った。

 モンモランシーはそのまま、小声でフリーレンに耳打ちした。

 

(ねえ、あなたの魔法、花畑を出せるのよね? ルイズと同じように)

(うん、できるよ)

(じゃああの魔法も、今ミス・ロングビルが語っているのと同じ体系の魔法を使っているってことなのね?)

(そういうことだよ)

 フリーレンが補足する。

 すると出番とばかりにロングビルは眼鏡を光らせ、周囲に説明を始めた。

 

「何を隠そう、ミス・ヴァリエールに召喚されたミス・フリーレンも、元はその地を旅するエルフだったとのことです。彼女も私同様、『聖地を守る』という使命よりも好奇心を取って冒険し、そこで別体系の魔法を学び、人と色んな対話をしながら、諸国を渡り歩いていたそうですよ。要は似た者同士というわけです」

 

 脚色こそ入れたが事実の部分もある。これまた周囲は改めてフリーレンを見つめる。

 驚きやひそひそ声が再びなされるが、流石に興味のない生徒は去ったこともあって、そこまで強い疑問を出す生徒は現れなかった。

 

(実を言うとね、わたしもあなたの〝花畑を出す魔法〟を学びたいのよ。そうすりゃあもうルイズの奴に頼み込むなんてしなくてもいいし)

(ああ、それでここに来たんだ。魔法薬の研究?)

(まあね、趣味で色んなのやってるんだけど、どうしても作りたいやつがあって……それには色んな花の素材がいるのよね)

 そこまで言うと、モンモランシーはきっとギーシュの方を睨みつける。一方のギーシュはまだ怒っているのかと、縮こまるしかない。

 

 その合間にも、ロングビルは話を続ける。

「確かに、今日ここで話した内容は、今までのあなた達の価値観に直接問い掛ける難問ではあります。『怖い』という感情はおかしいことではありません。誰でも最初は未知を恐れるものです」

 

 ですが、とロングビルは続ける。

 

「少しでも他国の技術に歩み寄っていいと、思える人たちには授けましょう。下らないようで奥が深い、〝民間魔法〟と呼ばれる技術というものを。必ずや、どこかであなた達の成長につながると思うからこそ、私は今教壇に立っているのです」

 

 説明を一通り終えたロングビルは会釈した。

 流石に大公に仕えていたサウスゴータ家の娘なだけあって、やるべきこととなったら満点にこなしてみせた。

 

 彼女の言葉に、最初はギーシュが拍手をする。次いでマリコルヌが、やがて周囲が拍手を始めた。

 

(上々だよロングビル)

(はは、ありがとさん)

 

 フリーレンから無言の笑顔を受け取ったロングビルは、軽い目線で頷いて答える。

「では、前置きもここまで。本題である魔法の授業について、始めていきましょうか」

 

 ロングビルは再び、杖を一振りして黒板をまた真っさらに戻す。

 そしてそこに、ギーシュたちが今までに見たこともない魔法の理論を、書き始めていった。

 

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