フリーレン召喚から1ヶ月と10日後。
月は
トリステイン魔法学院。秘密の地下施設にて。
ロングビル教師化計画。修行8日目。
「だぁああああ!」
その日も、マチルダは吠えていた。
フリーレンとオスマンが生み出すゴーレム群。そいつらを〝一般攻撃魔法〟で破壊していく修行。
「食らえ〝
マチルダは杖先から閃光を撃ち放つ。扇状に広がるかのような頼りない閃光が、五メイル程まで伸びていく。
初日と比べて成長の兆しは見えているもの、巨大ゴーレムの核にはまだまだ届かず。
「くそっ!」
マチルダは舌打ちした。全長十メイル程の巨岩ゴーレム。その胸の中に埋め込んだ魔力の核を撃ちぬく修行。それが始まって今日で八日目。
〝一般攻撃魔法〟自体は安定して出るようにはなったが、出力が甘いのか、ちゃんとした形状の閃光とならない。
まだ『魔力を放出する』という具体的なイメージが固まってないのだろうとフリーレンは言っていたし、多分そうだろうという自覚も勿論、マチルダも持っていた。
「まだまだ、もう一声ほしいのう」
遠くで見ているオスマンが呟く。マチルダは歯を食いしばってゴーレムから逃げ、距離をとった。
そんなマチルダを掴もうと、一体の巨大ゴーレムが腕を上げる。
「――――〝
マチルダは地面を手でたたく。すると地面が揺れて、巨大な段差を作り出す。
これを使って高度を稼ぐ。彼女の周囲五メイルが、三メイル程隆起した。
「やっぱり『土系統』のエキスパートなだけあって、地面やゴーレムを操る魔法はすぐ修得したね」
遠くから見ていたフリーレンが、今度は呟く。
攻撃魔法など、〝一般攻撃魔法〟一本でいいと思っているのだが、異世界の魔法を覚える足掛かりとして、こういった属性別の魔法も同時進行で覚えさせていたのだ。
そしてフリーレンの予想通り、習熟した属性魔法の習得はかなり早かった。今のマチルダは〝一般攻撃魔法〟よりもこちらの方をかなり使いこなしていたのだ。
ゴーレムの巨腕からやり過ごしたマチルダは、そのまま宙を遊弋。無論、これもフリーレン世界の『飛行魔法』である。
ふわりと宙に浮いたマチルダは、そのまま杖先をゴーレムの一体に向ける。
「――――〝
マチルダの周囲に浮いた小石が、文字通り弾丸の如く飛んで行く。
高速で飛んでくる礫の嵐に、ゴーレムたちは多少、動きを緩ませた。
「はぁ、はあ……」
怯ませたゴーレムに背を向け、マチルダは再び距離を取る。
『宙に浮いたり、地面を隆起させて距離を縮めるのはダメ』と、厳しく言われている。きちんと地に足が着いた状態で、かつ〝一般攻撃魔法〟でゴーレムを撃ち抜くことが最低条件だ。
だが、フリーレン製のゴーレムはともかくオスマン製のゴーレムはすぐに体を捻って殴りにかかる。
「ちょ……!」
マチルダはすぐに〝防御魔法〟を展開した。六角形の防御陣が彼女の盾となり、攻撃を防ぐ。
即効性は上がってきた。だがまだ、耐久性に難があるのだろう。すぐにひび割れた。
「ああっ!?」
そのまま、またマチルダは吹っ飛ばされた。
「う~む、成長はしとるが、先はまだまだ長いかのう」
「そうだね」
オスマンの言葉に、フリーレンは頷く。
またまた伸びているマチルダを介抱しながら、フリーレンは冷静な表情を崩さず告げる。
「でも、これぐらいだったら、まあ一ヶ月あれば習得……って言っていいレベルにはなるかもしれないね」
「そうなってくれないと困るわい。『民間魔法学』の主軸はもう、彼女に一任しているのだからのう」
「じゃあマチルダがまた目を覚ます前に、今度はこっちの面倒を見よっか」
フリーレンはそう言うと、飛行しているルイズの方を見た。
「みてみてフリーレン! 空を飛ぶってすっごい気持ちいいわ!」
そう、ルイズは空を滑翔していたのだ。
勿論『フライ』ではない。フリーレンの持つ〝飛行魔法〟の術式を、先ほど彼女に送ったのである。
彼女の後ろにはタバサがいる。先を飛ぶルイズに追い付こうと、何とか飛ばしているのだが……。
「やったあ! 一位! タバサに勝ったわ!」
そのまま、大部屋の端にあるゴールテープを、両手を上げて切る。
ルイズはそのまま、フリーレンの隣へと着陸する。遅れてタバサも着地した。
「よし、〝飛行魔法〟も順調に会得できたね、ルイズ」
フリーレンはよしよしとルイズの頭を撫でる。褒められることに耐性のないルイズは、それはもう嬉しそうに、自慢げに胸を反らす。
「ふふん、もっと褒めてくれたっていいのよ!」
お嬢様然としながらも、やはりというか嬉しそうな感じを隠せないルイズ。今までずっと飛ぶことすらできなかったのだ。ようやく普通のメイジ並みになれたと、嬉しさもひとしおだろう。
「タバサもお疲れ」
フリーレンは次いでタバサに目を向ける。タバサは相変わらず無表情であるが、負けた事にちょっと思うところはあるような仕草をする。
「タバサはどうしてルイズに負けたと思う?」
「出力の違い。直線での最高速度勝負では
「そうだね。今のレースはルイズにちょっと有利だったというのもあるね」
先ほどのレースはいわば、短距離走のようなものだった。単純な飛行速度なら出力が高いルイズに、分があるのは確か。
逆に空中制御自体はタバサの方が上だと、フリーレンも見ていて思っていた。
タバサは、ルイズのようにフリーレンから直接イメージを送られていないが、彼女が作ってくれた書物や理論を読み込んでイメージしたことで、会得へと至っていた。ここは同じ『風使い』というのもあることだろう。
「今度は障害物ありでお願いしたい。そうしたら負けない自信がある」
タバサはズイっと前に出た。何気に彼女は負けず嫌いなようだ。
「ふんだ、障害物レースでもわたしは負けないもん!」
ルイズも持ち前の負けん気で、タバサと額を合わせる。
「飛行の肝は適切な空中制御。戦闘中にずっと障害物がないことなんてありえない。あなたの飛行ではいずれ誰かと衝突する」
「へー言うじゃない。わたし、ずっとあなたのこと本の虫だって思ってたわ。そんな顔もできるのね」
「魔法戦は資質だけじゃない。実戦によって培われる経験もまた重要。あなたの使い魔も言っている事」
ルイズとタバサは互いに相手を睨み据える。心なしか、火花が静かに迸っているようにも見えた。
夢の世界での邂逅以降、明確にルイズを『対等な実力者』と、見るようになったのだ。
「ほっほっほ、己を高め合えるライバルとの切磋琢磨。ええのう青春じゃのう」
オスマンはそんな、静かに闘志を燃やす二人を見て、穏やかな声で髭をしごいていた。
ルイズもなんだかんだ言って、タバサとこうやって軽口をたたき合えるのを楽しんでいるようにも見えたのもあるかもしれない。
「じゃあ、次レースやる時は障害物ありにするね。……さて」
今日の修行を終えたルイズとタバサ、二人を見てフリーレンは、まだまだ彼女たちに余裕があることに気づく。
「まだ元気みたいだから、ここは一つ座学でもしようか。私の世界の言語、あと古エルフ語について学んでもらおうか」
しばらくして。
部屋の離れで勉学机に座ったルイズとタバサは、揃って山積みにされた本を見る。
これらは全部、フリーレンの世界の魔導書のようだ。あの鞄の中に入っていたとのことだが……。
(どうみても、この鞄の中にこれだけの本は入んないでしょ)
(多分、魔法の鞄)
ルイズとタバサがひそひそ声で話す間、更に多量の本を抱えてフリーレンはやってくる。
「二人とも、座学は優秀みたいだからね。軽く翻訳した用紙もあるから、それで学んでね。言っとくけど、魔導書の大半は古エルフ語なんだから、読めないと話にならないよ」
そう言われたので、素直に座学に臨む二人。
こればかりはルーンによる相伝云々も関係ない。単純な地頭と集中力の勝負だ。
二人はしばし、静かな闘志を燃やしながら黙々と勉学に励み始めた。
「さて、後は……」
フリーレンが、オスマンの方を振り向こうとした時だ。
この秘密の部屋に、新たな住人がやってきた。ここでマチルダが修行していることを知っている人間、コルベールである。
「あ、コルベール、来てたんだ」
「やや、お疲れ様ですミス・フリーレン。ちょっとだけ、お時間よろしいかな?」
「その顔は……ああ、もしかして〝
「ええ、ちょっと見て頂ければと」
ここで、フリーレンはコルベールの方を向いて言った。
実はマチルダの修行と同時期にコルベールもまた、〝一般攻撃魔法〟を独自に練習していたようである。
強くなるため……、というよりは、『この魔法はどれぐらいのことができるのか』。それを知るために学んでいたようだ。
そして、未だにマチルダが会得に四苦八苦、悪戦苦闘している中、先にコルベールがこの魔法について、習熟したようである。
もしマチルダがこのことを知ったら、恐らく発狂することであろう。
「正直、私はまだこの魔法について、まだまだやれることがあると思うのです。ちょっと見てもらって、なにかアドバイスなど頂けたらと」
「いいよ、じゃあちょっと、あっちの方でやってみようか」
フリーレンは、ルイズ達とは別方向の壁際を指さす。それを見て頷くコルベール。
何気に気になったのか、遅れてオスマンもついていった。
「……どうでしょうか?」
壁の先、いくつもの大穴が開いた壁を見せながら、コルベールは冷静に尋ねる。
「…………」
フリーレンは少し、無言でその光景を見つめていた。
「あの、ミス・フリーレン?」
コルベールは気まずそうな表情を浮かべる。何か悪いことでも起こしただろうか?
しかし、フリーレンは壁……コルベールの魔法で開けた穴ぼこに近づき、実際に触り、しばし眺めて考え込んでいた。
「なにか、コルベールの魔法に思う点でも見つけたのかね?」
今度はオスマンが尋ねる。
ここでフリーレンは、無表情のまま、今度はコルベールを見つめた。
本当に、何気ない表情で。
「いや、
「……というと?」
コルベールの問いに、再びフリーレンは沈思黙考する。彼女のこの態度には、コルベールやオスマンも、そろって首をかしげていた。
事実、フリーレンがこんなにも考えこんでいるのには、理由がある。
(ルイズは『爆発』、タバサは『槍』、オスマンは『直線』。個人によって差が出る 〝調整版
撃ち手によって閃光に個性が生じるようになった調整版。
魔法陣の色も、使い手によって色も変わる筈。それはタバサやオスマン、ルイズなどで把握済みだ。
その理論で行けば、コルベールの魔法陣は赤色になる……筈なのだが、撮影で記録したものを見返しても、フリーレンが使うそれとはほぼ変わらない色合いに紋様だった。
先ほど見ていた魔法の撃ち方も、どちらかというとフリーレンの世界の魔法使いとほぼ変わらない。言い換えれば『わざわざハルケギニア用に調整したのにも関わらず、コルベールのそれは調整前とほぼ変わらぬ挙動』になっているのだ。
要するに……修得してから一月も経たないうちに、人類が八十年の歳月を費やして築き上げた〝魔族を殺す魔法〟の理論にまで迫っている、ということになる。
(この魔法によってできる発想、解釈の広げ方がクヴァール……、いや魔族殺しへと研究していた頃の私とそっくりだ)
そう、コルベールはこの魔法を解析していた頃の自分と、そしてこの魔法の作り手であるクヴァールと、同じ解釈で魔法を扱い始めている。
さっきの『そっくり』という発言も、つまりは自分やクヴァールにそっくりという意味合いなのであった。
その人が得意とする魔法は、時に人生や人間性に大きくかかわる時もある。
『人を殺す』という魔法に対し、これほどまでの性能を短期間で、コルベールは発揮させ始めている。
それはつまり、どういうことかというと……、
(そういうこと、なんだろうね)
フリーレンはコルベールを見る。
おどおどして自信が無さげ、禿げ上がった頭頂部、いかにもな昼行燈のような挙動。
その顔の影にある、『暗殺者』としての挙動を、フリーレンは強く嗅ぎ取った。
そう、例えるのならば帝国の闇に潜むという『影なる戦士』のような、硝子のような殺意を宿した二面性……。
「コルベールはさ」
「はい?」
「この魔法、他の生徒に教え広めても良いと思っている?」
フリーレンの唐突な質問に、コルベールは唾を思わず飲み込んだ。
やがて、拳を震わせながら答える。
「正直に言って……、やはりこれを広めるのは、私はずっと反対です。あまりにも……、あまりにもやれることが多すぎる。人殺しはできないように作られているにしても、それでも……」
「…………」
フリーレンとオスマンは無言になって、コルベールを見つめた。
「だってさ、オスマン」
「まあ、お主の気持ちも、勿論わからんわけではないぞ。ミスタ・コルベールよ」
オスマンもまた、コルベールの事は分かるとばかりに、肩を叩いた。
「ではこういうのはどうじゃ? 『民間魔法学』の『最優秀』認定の査定に、お主も一枚噛むという事は。ようはこの者であれば『会得して良い』と、お主が認めたものにのみこの魔法を習得させるということじゃ」
「しかし……、これは……」
「お主の言いたいことも分かる。じゃが、分からないものを分からないままにしたまま放置させておく方もまた、問題だとわしは思うのじゃ。未知のまま有事が起こった際、混乱せず対応させるためにも。きちんとした『知識』を教え広めることもまた、大事であろう」
オスマンの言葉に、コルベールはしばし悩む。悩み続ける。
そんな彼を諭すように、オスマンは続ける。
「人は何よりも未知を恐れる。未知に対抗するは正しき知識。それを教え広めることが教師の本分。そうではないかの?」
「……分かりました。では私も、その査定役にお願いします」
「なになに、気持ちは分かる。お主がそう言うのであれば、本当にこの魔法の奥は深いのじゃろうな」
コルベールの言葉に、オスマンはほっほっほと顎髭を撫でつけた。
次いで彼は、フリーレンの方に向けたその禿げ上がった頭を下げる。
「すみませんミス・フリーレン。わざわざ私なんかのためにお時間を頂いて」
「別にいいよ。私もコルベールのことが、少し分かったような気がするかな」
フリーレンも、コルベールという男がどういう人物なのか、薄っすらとだが分かったような顔をする。
「研究者肌なんだね。コルベールは。なんか気が合いそうだと思ったんだよね」
「は、はは。なんかあなたにそう言ってもらえると、なんだかこそばゆい気持ちを覚えますな!」
そう言って、コルベールとフリーレンは固く握手した。
「驚いたね、立ち振る舞いから只者じゃないとは思ってたけど。あそこまでとは思ってなかった」
コルベールが一度、部屋を去った後。
フリーレンはオスマンにそう告げる。
「ほっほ、我が学院きっての隠し玉じゃ。ちと融通が利かんところはあるがのう。頭の切れはわしが保障する」
「オスマンとは別の意味での『天才』か。……一番やり合いたくない手合いだな」
「ほう、お主をしてそこまで言わしめるか」
楽しそうに、オスマンは顎髭を揺らしていた。フリーレンはコルベールが去った扉をしばし見つめる。
魔力自体は別に高いわけじゃない。だが、フリーレンが驚いたのはその発想力と解釈の広げ方、その速さ。
それらに関しては、もしかしたら自分と同等、いやそれ以上かもしれないと思わせるほどだ。
「ルイズに会った時からずっと思ってたけど、これだから魔法使いは止められないね」
そう言ってフリーレンが歩く先、ルイズが手を上げてこちらを呼びかけている。
「ちょっとフリーレン! この魔導書について翻訳してみたんだけど、見てくれない?」
「わたしはもう一冊目を突破」
「はあ! ちょっと、速すぎない!?」
「座学でもわたしが勝つ」
「ま、負けるもんですか! ごめんフリーレン! さっきのなし! 後でまとめるからちょっと待ってて!」
「ほっほ、やはり修行はみんなで楽しく、ワイワイやるに限るの」
「マチルダは全然楽しくなさそうだけどね」
伸びたまま、意識がまだ戻ってこないマチルダを見て、フリーレンは言った。
「それよりも、ちょっとオスマン。私の代わりにルイズ達の面倒を見てくれない?」
「ふむ、別にいいが、お主はどうするのじゃ?」
「私は……」
フリーレンはここで、もう一人の少女。
一人で精神統一しているキュルケの方を向いた。
「彼女の様子を見てくるよ」
「キュルケ、どう?」
「あ、ええ。フリーレン」
フリーレンは一人座って目を瞑っていたキュルケに近づいてそう言った。
実を言うと、彼女だけはまだ、〝一般攻撃魔法〟はおろか、〝飛行魔法〟も〝防御魔法〟も、〝魔力探知〟すらも会得できてなかった。
完全に、ルイズやタバサに置いて行かれる形となってしまっていたのだ。
マチルダのように期限を定められているわけではないので、とりあえず幼少時代のフェルンよろしく基本的な修行を一通りやらせているのだが、正直そちらの進捗も芳しくない。
いまいち集中できてないというか……。完全に伸び悩んでいる状態だったのだ。
キュルケ当人も少し気にはしているのか、彼女にしてはかなりナイーブな目線でフリーレンを見ていた。
「なんか……、全然上手くいかないのよ。こう、やりたいことっていうイメージは分かるんだけど……」
「そうだね、全然集中できてないね」
キュルケのため息交じりの言葉を、ばっさりと肯定するフリーレン。
「なんでそんなに集中できてないんだろう? やる気以前に、なんか要因があると見ているんだけど」
「…………」
「本当に分からない?」
フリーレンの真剣な表情に、キュルケは無言で頷いた。
気づけばキュルケは、体育座りして自分の足を腕で抱きしめていた。
『微熱の女王』として、学院のありとあらゆる男共を手玉に取る普段とはまさに正反対。まるで見えない幽霊に怯える少女のようであった。
「……」
勉強中だったタバサは、ここで筆を止める。
そして、遠い距離からフリーレンとキュルケの二人を、じっと見つめていた。
「ねえフリーレン……」
「なに?」
「あなたにだからこそ、吐露するんだけど聞いてもらってもいい?」
キュルケの言葉に、フリーレンは頷くことで答える。
「どうしたの?」
「あたし、変なの。あなたのあの『炎』を見た時から……」
「炎?」
フリーレンの問いに、キュルケは頷いた。
「消えないの……あの情景を見た時から、心の底に燻っている炎が……、消えてくれないの……」
「……」
彼女の告白に、フリーレンは真剣な表情になって考える。
「それ以来、火が怖くて怖くて仕方が無いの。『微熱』の二つ名にあるまじきことなのは分かっているんだけど……あの火が全てを焼き尽くすようで、そんなイメージが止まらなくって……」
「……あ」
フリーレンもここで、ようやく腑に落ちたような表情をする。
「……どうしたの?」
いつの間にか、タバサが勉強を中断して、キュルケの隣にやってきた。
ルイズもまた、羽ペンを手に止めてちらちらとこちらを窺っている。
あのツェルプストーが本気で苦しんでいる。
なにがあったのだろうと、遠巻きながら思っているようだ。
「具合でも悪いの?」
タバサがやさしい声で親友に問い掛ける。キュルケは嬉しそうに微笑みながらも、「違うわ」と答える。
「ごめん、これは完全に私のミスだ」
「え?」
タバサは次いで、そう言ったフリーレンの方を見る。
「そっか、キュルケもまた天才なんだ。それに気づけなかったってことなんだろうね」
「何があったの、言って」
タバサは語気を強めた。親友がどうしたのだろうかと。
本気で心配している彼女をよそに、フリーレンは囁くように、キュルケに言った。
「――――〝
「――――ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、キュルケは身を竦めた。そして小さく震えだす。
「やっぱりそうか」
「どういうこと?」
「キュルケはおそらく、
それを聞いたタバサは目を見開いた。そしてキュルケの方を見る。
「そんなこと……!」
「できる。土系統のマチルダが〝
これはまさしく、火を操るツェルプストー家の中でも突出した才能を持つキュルケだからこそ、というのもあることだろう。
事実、タバサは同じ風系統に分類される〝
今のキュルケの頭の中では、あの獄炎魔法をどうやったら出せるかという理論を、魔法陣を感覚的に作っているようだ。
そして、その力の深淵が分かっているからこそ、彼女は自分の力を心底恐れている。
おそらく彼女は、かの獄炎魔法を放てと言われたらすぐにでも放てるのだろうが、それを完全に制御できる自信が無いのだろう。
そうして放った魔法で、恐らくは親友や自分の周囲を燃やし尽くすことを恐れている。この震えは、炎の恐ろしさを知っているからこそ来る震えだった。
「ちょっとこれは、別枠の修行を設けた方が良い。結構な緊急事態だ」
「え?」
「こうなっては仕方が無い。キュルケには〝
フリーレンはそう言うと、キュルケを抱き抱えながら立ち上がらせた。
キュルケは何も言わず、されるがまま起き上がる。
「ちょ、ちょっとフリーレン?」
ここでルイズも、慌ててキュルケの方へとやってくる。
「ごめんルイズ、ちょっとキュルケと個人修行してくる。ルイズはタバサと一緒に修行していて。しばらくは彼女とつきっきりになると思うから」
「そ、そんな急に言われても……!」
ルイズは困惑した。しかも相手はツェルプストー。長年に渡る仇敵だ。
昔の自分だったら、そんなやつに頼れる使い魔を貸すなんてこと、絶対しなかっただろう。
だが――――、
「わたしからもお願いする」
タバサも真剣な表情で、ルイズに向かって頭を下げる。
フリーレンもまた、
「キュルケには私がこの地に来た時から助けてもらっている。だからこそ、私も困っているキュルケを助けたいんだ」
そう言って来たので、ルイズはため息を吐いた。
そう言われてはもう、何も言えない。
自分だって、ヴェストリの広場でキュルケの助けがあったからこそ、事態が好転し、こうして魔法が使える現在があるのだから。
「……分かったわ。わたしのことは心配しなくていいから、しばらくはキュルケに付き添ってあげて」
最終的に、ルイズも頷き、認める。
(ごめんなさいご先祖様。でも、借りはきちんと返すのが筋ですよね? たとえ相手がツェルプストーといえども……)
内心先祖に謝りながらも、表面上はこう続ける。
「勘違いしないでね、貸すだけよ。ちゃんと返しなさいよ」
「ルイズ……」
「……そんな目で見ないでよキュルケ、調子狂うじゃない。いいから、早く行きなさい」
憎まれ口は叩きつつも、キュルケの事はそれなりに心配するルイズだった。