使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第4話『ルイズの系統』

 

 また、やってしまった。

 

「ほらやっぱり失敗したぁ!」

「何がヴァリエール家三女だよ! 本当は庶子じゃねえのかお前!?」

 

 使い魔は召喚できた。契約も成功した。

 だから、何か変わったと思いたかった。

 

「こうなるの分かり切ってたから嫌なのに!」

「もうあいつにやらせるなよ!」

 

 なんでいつもこうなんだろう。

 わたしはただ、みんなと同じように魔法を使いたいだけなのに。そのための努力は惜しみなく注いだつもりだったのに。

 魔法を使えば悲鳴と罵声。杖を振れば髪は焦げ服は破れる。

 それを繰り返してきて十六年、それでなお、何にも上がらない成果。

 たった一つの魔法さえできやしない。故に付いたあだ名が『ゼロ』という不名誉な仇名。

 

 

 

 ――――ルイズ、魔法は好き?

 

 

 

 フリーレンのあの言葉が、何度も頭の中に過ってくる。

 その度に、正直に「うん」と言えない悔しさ、悲しみで苛まれた。

 あの使い魔は、わたしのこの醜態を見て、何を思っているのだろう。

 

 あいつは何でも魔法が使えると言っていた。エルフだから当然のことだろう。

 そんな奴が、こんな無能な自分の使い魔になる。……ちゃんちゃらおかしいわよね。

 

 自嘲しながらルイズはしばし、俯ける、顔を上げることができなかった。

 あの使い魔……、フリーレンが、自分の失敗魔法を見て、何を思っているのか、知りたくなかったから。

 

 それでもルイズは、内側からあふれ出る悲しみを抑えながら、それを表には決して出さなかった。

 わずかなプライドだけは失わせないとばかりに。だから強気になって煤こけた頬をハンカチで拭きながら、淡々とした声で言った。

 

 

「ふう、ちょっと失敗したみたいね」

「ちょっとじゃないだろぉ! ゼロのルイズぅ!」

 

 

 再び、ヤジが室内に響き渡った。それでもルイズはぐっとこらえる。いつものことだからと。

 悔しいけど、いつか報われる日を、今でも信じて進んでいるのだから。

 この後はどうせ、居残りで片付けだろう。何故か今回は生徒側の机は吹っ飛んでなかったけど、壇上は悲惨なものだ。ミセス・シュヴルーズに至っては至近距離にいたためか、気絶しちゃってるし。

 いつものこと、いつものこと……、と考えていた時だった。

 

 ふわりと、宙に浮く者がいた。自分が呼んだ使い魔、フリーレンだ。

 

 その時になって、ルイズははっきりと彼女の顔を見る。何を考えているのかさっぱり分からない無表情を。

 エルフ故の希薄な顔色は、一見で何を考えているのか、容易には悟らせない。

 失望? 嘲笑? 怒り? 侮蔑……?

 ただ、フリーレンが飛んでルイズのところに着地した時には、周囲の嘲笑が一斉に止んでいた。

 

「……」

 フリーレンはまず、ルイズより先にミセス・シュヴルーズの方を看た。

「気絶しているだけか。これなら問題ないな。私でも治せそうだ」

 治癒魔法は僧侶の領分なので高度なものはできないが、状態を見るにまだ何とかなる。

 そう判断したフリーレンは軽く杖を振り、遠くにある鞄から一冊の書物を取り寄せる。軽い気絶を治す魔法が記された、聖典の書だ。

 旅の途中、ザインから分けて貰ったものの一冊でもある。僧侶の才能がなくとも使える、入門用のものだと言ってたっけ。

 書物を開き、もう片方の手でシュヴルーズに触る。手から光が溢れ、シュヴルーズを軽く癒した。

 

「――――っ!?」

 

 逆にそれを見たルイズは動揺した。そして……激しい嫉妬を、使い魔に覚えた。

 本当に何でもできてしまうと、錯覚してしまえるほどの魔法技術を見せられてしまったせいで、悔しいという思いがとうとう、限界突破していく。

 

 

 どうして? なんでなの? なんで本当にわたしだけ……!!

 

 

 ここでフリーレンは、立ち上がってルイズの方を向く。

「ねえルイズ、さっきの魔法って――――」

「うるさいうるさいうるさい! あんたが今言いたいことは分かってんのよ! どうしてわたしみたいな落ちこぼれに召喚されたのかってことでしょう!!」

 聞きたくなかった。フリーレンの口から、侮蔑の言葉が飛んでくるなんて。

 だから遮った。どうせ馬鹿にする言葉が彼女の口から流れるだけだろうと思ったから。

 フリーレンの声を上書きする勢いで、教室中に聞こえる音量で、ルイズは叫んだ。

 

「これで分かったでしょ! わたしの二つ名! 『ゼロ』のルイズ! 杖を振れば大爆発。呪文を唱えればみんなが迷惑! わたしだって、なぜこうなるのか本気で分からないのよ! どうして、どうしてわたしだけ……!」

 

 それは、十六年に及ぶ葛藤、溜めていた鬱憤の発露であった。

 

「待ってルイズ、落ち着いて――――」

「聞きたくない聞きたくない聞きたくない! どうせあんたもわたしを馬鹿にしてるんでしょ!? エルフだもんね、なんでも魔法を使えちゃうんだもんね! 不可能なんてことないんだよね! バッカみたいよね! そんな万能エルフさまが、わたしみたいな落ちこぼれの劣等生なんかに召喚されちゃってさ! さぞ大笑いしたいわよね! 笑っていいわよ笑いなさいよ!」

「いやルイズ、だから私は――――」

「あんた言ったわよね! 昨夜『魔法は好きか?』って! そんなの、そんなの――――ッ!」

 ここでルイズは、とうとう目から大粒の涙をこぼしながら、嗚咽交じりに叫んだ。

 

 

 

「大っ嫌いに決まってるじゃない! どれだけ苦労しても報われない、報いてくれない魔法なんて、大っ嫌いよぉぉ!!」

 

 

 

 そしてそのまま、フリーレンの隣を通り過ぎながら、教室の外へと駆けて行った。使い魔を残したままで。

 

「…………」

 フリーレンは何も言わず、しばし佇んでいた。

 ルイズの絶叫でしばし、周囲も静まっていたが……、やがて、呆れや嘲笑の混じった声が、再び始まる。

 

「見ろよ、遂に泣いちゃったじゃないか『ゼロ』のルイズのやつ」

「あれじゃあもう、退学はすぐかな」

「地位があるからって、気ばかり強くっていけないわよね。そういうのはきちんと魔法の実力も伴ってからにしてほし―――――」

 

 この期に至ってもなお、ルイズを嘲笑する者たちは次の瞬間、目にする。フリーレンの表情を。

 まったく変わらない無表情なのに、見られた者には『死』をイメージさせんばかりの、殺気が籠っていると錯覚するほどの表情――――、

 

「……ひっ!?」

 

 その声を最後に、再び沈黙が場を支配する。

 それほどまでに、生徒を見るフリーレンの目は、周囲を容易に黙らせる圧があった。

 まるで竜が蟻を見るかのような表情。その圧は彼らから余裕を奪った。

 

「ふ、フリーレン……」

 キュルケがやがて、ぽつりと一言呟く。タバサもこの空気感をどうしようか、本気で悩んでいるのか手に持つ杖の動きが、少し慌ただしいものになっていく。

 流石に暴れたりしないと思うが……それでも主人であるルイズがいなくなった今、改めてエルフ一人だけ残されたこの状態は……。

 

「あ、あれ、ここは……?」

 

 そんな中、気絶から目が覚めたシュヴルーズが起き上がる。

 それを確認したフリーレンは、手に持っていた杖を軽く一振りする。

 周囲は何か飛んでくるんじゃないかと、ルイズの爆発以上に身構えたが……、特に害意は飛んでこない。

 代わりに、吹き飛んだ破片や備品が、宙に浮いて元の位置へと戻っていく。

『風』系統の基礎、浮遊魔法(レビテーション)の性能を大きく上回る。多量の破片などが、綺麗に修復されていく。

 

 強力な魔法を詠唱も使わず行った。これには思わず、キュルケどころからタバサも驚愕の色を隠せないほどだ。

 

(……これって、やっぱり『先住魔法』とは違うのかしら?)

(おそらく違う。『先住魔法』にも口語は必要。彼女はまったく別体系の魔法を使っている)

 

 ひそひそ声で、この魔法について軽く会話するキュルケとタバサ。

 その合間にも、部屋は元の状態へと戻っていた。

「あ、あらあらあなた! 教室まで直してくれたの! 本当にありがとうねえ!」

 ルイズのやり取りを何にも知らなかったシュヴルーズは、素直にフリーレンをほめる。

「大丈夫だよ。……それとごめんねシュヴルーズ。私、ちょっと調べたいことがあるから、先に出るね」

「あらら、残念ねえ。まああなたは使い魔ですし、しょうがないものね。……ってあれ? ミス・ヴァリエールは?」

「ちょっと調子が悪かったみたい。大目に見てあげて」

「そうなの……、あの子も難儀よねえ。『召喚』が成功したから今度こそ、って指名したんだけど、逆効果を招いてしまったようね……」

「シュヴルーズは悪いことしてないよ。いや、むしろ良かった。あの子のことが少しだけ、分かった気がしたから」

 一転、フリーレンは優しい声でシュヴルーズを起き上がらせる。

 この際、耳元でこっそりと「あとで魔導書、ルイズの部屋宛てにお願いね」と告げておくのを忘れない。

「ええ! 私の著書全部一冊ずつ送ってあげるわ! 是非あなたも『土』系統の深さ便利さを、学んでいって頂戴!」

「ありがとう。でも、この授業で一番良く分かったのは――――」

 それを最後に、フリーレンも教室を去っていく。最後に一瞬だけ、ルイズ達を馬鹿にした学生たちに向けて――――、

 

「ルイズや私を、周囲がどう見ているか……かな」

 

 冷ややかな声と共に。そう残して。

 気まずそうな雰囲気だけで、もじもじする生徒たち。

 そんな中、

 

「あ、そうそう」

 

 再び戻ってきたフリーレンが、扉を開け、上半身だけ乗り出し、左手の刻印を見せて言った。

 

「少なくとも私を『召喚』したことと、『契約』は成功したんだから。『ゼロ』はもう違うんじゃないかな」

 

 それだけ言い残すと、今度こそ去っていった。

 

 

 

 フリーレンはそのまま、学院を散策し始めた。

 ルイズを探そうと思ったけど、普段の魔力がゼロ近くまで希薄なせいで、〝魔力探知〟に引っ掛かりづらい。学院の構造もまだ把握できてない今、彼女を探すのは困難を極めた。

 なので今、ルイズ探しを一旦諦めたフリーレンは、普段滅多に人が来ないと言われる学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある広場、『ヴェストリの広場』に来ていた。

 ここへ来たのに、特に意味はない。強いて言えば、一人で実験したかったからだ。

 

「さて……」

 フリーレンは日が差さない学院の壁際、そこにあったベンチに座りながら、懐から数個の小石を取り出す。

 先の『錬金』講座の時に、ミセス・シュヴルーズが使っていた小石だ。さっきさりげなく持ってきていたのである。そのうちの一個は真鍮だ。

 

「小石自体は、どこにでもあるものだな」

 フリーレンはそれを地面に置き、杖を両手に持って瞑目する。

 魔力を滾らせ、目の前の石に集中する。ツインテールの白髪は宙に浮かび、彼女の足元は風が巡り始める。

(口語は確か……)

 

 そして、先ほど記憶した『錬金』の呪文を唱えてみた。

 

 やがて、ゆっくりとフリーレンは目を開ける。

 しかし、目の前にあった小石には何の変化もない。真鍮にもならなければゴールドにもなっていないし、ましてや爆発もしなかった。

 

「……やっぱり、再現できないな」

 この世界の魔法を正確に再現しようとしたのだが、失敗した。

 フリーレンが今まで持ち寄った知識がまるで通用しない。改めて別世界の魔法なんだなと、強く思った瞬間だった。

 

「これは何か別の、強い〝加護〟があるからなのかな? でも再現はできないまでも、ある程度いじったり解除したり、真似事程度ならできそうだ。そこから〝解析〟を始めた方がいいかもね」

 

 始祖ブリミル。

 六千年前に存在したと言われる大魔法使いにして、全てのメイジの祖となる存在。

 彼の力が、この世界の魔法を構築していたとするならば、それは一朝一夕で真似できるものじゃないのは確かだろう。

「始祖ブリミルか。聞いたことないけど……。師匠(せんせい)やゼーリエに匹敵する大魔法使いだったのは、確かだね」

 千年生きた自分の技術が通用しない。だが、だからこそ燃える気持ちをフリーレンは覚えるのだった。

「さて、じゃ後は――――」

 小石を拾い上げた後、フリーレンは次なる場所へと向かう。

 

 

 彼女が向かったのは、本塔にある図書室であった。

 とりあえず、今は情報が欲しかった。魔法もそうだけど、この世界の詳細な地理、歴史、薬草学、魔道具学、生物学、地質学諸々……、とにかく、知りたいことは山ほどある。

 司書はエルフが来たことで仰天していたが、「自分は使い魔であること」、「主人が本を所望していること」を適当をでっちあげ、何とか最終的には許可を取り付ける(その時の司書の目は、かなり胡散臭そうな表情をしていたが)。

(毎回こんなリアクションされるのかぁ。世知辛いなぁ……)

 

 

「『始祖の祈祷書』か……」

 フリーレンは何気なく取った書物をめくる。そこには「敬虔たるブリミル教徒は必ず『聖地』に向かうべし。そうすれば始祖から更なる恩寵が授けられる~~」的なことが、綴られている。

 また別の本棚にも、同じような書物があった。どうやらこの祈祷書、色んな所で複製されているようだ。

 今フリーレンが手に取ったのも、質の悪いダミー例の教材のようだ。

 

「まるでフランメの書物みたいだな」

 

 大魔法使いフランメの著書に本物なし。とは今のフリーレンの世界でもよく言われていることだが、それに近しい書物なのかもしれない。

「始祖とエルフ、そして『聖地』……、それがこの世界の根幹を成すみたいだね」

 彼女は机に向かう。すでにそこは書物が大量に平積みとなっている。その時になってフリーレンは気づいた。

 

 やばい、このままだと平気で百年は引きこもれてしまう。

 ついつい寄り道や道草をしてしまうのはヒンメルの癖が移ったせいだな。私は悪くない。

 いや違う違う、私が一番知りたいのは――――、

 

「やや、あなたはミス・フリーレンではありませぬか!」

 

 ここでフリーレンは、自分を呼びかける声の方を見る。

 そこには『召喚の儀』で立ち会った教師、コルベールがいた。

 

「なるほど、ミス・ヴァリエールへのお使いですか」

「……うん、ソウダヨ」

 コルベールの問いに、フリーレンはぎこちない声でそう返す。今の彼女は、フェルンなら一発で気付くだろう、「嘘をついている顔」をしていた。

 だが、コルベールは気付くことなく、彼女とともに『フェニアのライブラリー』の中を進んでいく。教師以外立ち入り禁止だが、コルベールが特別に許可してくれた。

 

「ところでコルベールは、何について調べているの?」

「あ、ああ! 実はきみのルーンについてなのだよ。もう一回、見せてもらってもいいかね?」

 

 どうやら、タダでこのライブラリーに連れてきたのには訳があったようだ。

 フリーレンは言われるがまま、左手を差し出す。それを見ていたコルベールは「ふぅ~む」と唸りながら、自身のスケッチを見比べていた。

 

「もう少し過去の文献を漁った方がよさそうだな……」と、コルベールは一際大きな書物を『レビテーション』で引き寄せた。

 フリーレンはしばし、そんなコルベールを見つめていたが、やがて問いかける。

 

「ねえコルベール、ルイズの魔法をさっき授業で見たんだけど」

「え、ああ……、先ほどの爆発音と振動はやはり彼女か……」

 

 コルベールは本を手に持ち、パラパラとめくりながら、憂うような声で言った。

「その様子だと知ったみたいだね。あの子の魔法、何を唱えても爆発するんだ。その原因は一切不明。私も暇を見て色々調べているんだが、どうにもこうにも症状の事例が無くて……、本当に、かわいそうでならないからなんとかしてあげたいんだけどね」

「うん、それで思ったんだけどさ……」

 フリーレンは何の気もない様子で、コルベールに告げる。

 

 

 

「ルイズの系統。あれって『虚無』だと思うよ」

 

 

 

「―――――へ?」

 さしものコルベールも、目を丸くした。

 今度は思わず、フリーレンを見る。

「私は確かにこの世界に来てまだ一日と経ってないよ。だから系統の詳細についても何にもわからないけど、そうだって確信があるんだ」

「……い、いや、はは。流石にそれは突飛が過ぎるよミス・フリーレン。『虚無』は確かに教科書にこそ必ず載るけど、その実六千年の向こうに隠れた伝説的存在。それを扱えたのは――――」

「ブリミルだけって言いたいんでしょ? それは私も知っているよ」

 コルベールは冷や汗交じりに否定するも、当のフリーレンは、『フェニアのライブラリー』内の一冊の本を、杖を振って呼び寄せる。

 

「コルベールは気づかないの? というより、みんな気づいてないっぽいね。()()()()()()は、あまり普及していないみたいだね」

「な、何がだい?」

「〝魔力探知〟。私の世界では普及している技術だけど。この世界の魔法探知は常時誰それの魔力を追うレベルじゃないんでしょ。昨日コルベールが使ってた性能を見るに」

「――――え?」

 コルベールは滝汗をかいた。

 確かに昨日、実はこっそり戻って、影から彼女に『ディテクトマジック』をかけたことがあったのだ。どれくらい魔力があるのかを知るために。

 

 結果は……当然ながらこのハルケギニアのランクで括ることすら烏滸がましいほどの、多量な魔力を彼女は発散させていた。

 これに追い付けるのは、この学院内ではそれこそ老賢者オスマンくらいだろう。

 これが原因というのもあって、オスマンの席では冷静さをほとんど失っていたというのもあった。

 

 ……というか、普通にバレてました。

 

 コルベールはどう対応して良いか分からず、しばらく彼女の言葉に耳を傾けるしかなかった(あまり怒っているわけでもなさそうだし)。

 

「あの魔法を受けてみて〝解析〟して、大体のことは把握したつもりだよ。あの魔法は宮廷での政争や暗躍などで魔法が絡んでないか、その痕跡を調べることに特化した魔法みたいだね」

 

 ここらへんは、人類の脅威〝魔族〟がいないことにも起因しているのだろうと思っていた。常に魔物魔族との戦いが隣にあるフリーレンの世界では、『魔力の機微を見誤る』ことは死に直結する。だからこそいちいち詠唱せずとも、遠距離からの気配察知や、魔力の量を測る技法が当たり前のように根付いた。

 魔族がおらず、人類同士の政争に長年の時間を費やしたハルケギニアの魔法探知は、魔法の痕跡を辿ったり変装を見破る方へ、自然と尖らせていったのだろう。

 

 だがそれは逆に言えば、『常時魔力の機微を探る』には少々、具合が悪いということ。魔力の指標を『ランク』で整理しているのだから、魔力の多寡を探る必要性がそこまで根付かなかったのだろうと、フリーレンは推理していた。

 

「話がそれたね。それで〝魔力探知〟で探ってみたら普段のあの子、魔力量がほぼゼロに近いくらいに、か細いオーラを放っているみたいなんだ」

 

 もし魔力の機微を探る技術がもう少し普及していれば、ルイズの『あれ』の異常具合に、誰かが気付いたかもしれない。

 そんな中、常時魔力の流れを探知する技術を持っているフリーレンだけが、魔法を使った時のルイズの異常さを、誰よりも早くキャッチしたのだ。

 

「でも杖を上げ、魔力を解放し始めた瞬間、いきなり教室中に広がるほどの規模を放っていた。あれは私でもおかしいと思ったよ。だって、千年以上修行した私の魔力に匹敵していたんだから」

「え、せんねん? み、ミス……、お、おいくつ……」

「千年の修行を凌駕する天性の魔力量。すごいよね。〝才能〟の一言じゃ片付かないよ。それこそ私の世界じゃ〝天地がひっくり返ってもあり得ない〟。でも現実としてあの子はそんな力を持っている。それに類する系統は『虚無』以外に、ありえないんじゃないかな?」

 フリーレンは本をパラパラとめくる。これも『始祖の祈祷書』だ。ただこちらについてはブリミルが扱った魔法について、ちょっと踏み込んだことが書かれていた。

『始祖の魔法は万物、真実、根源の祖となる系統』、『物質の更なる〝小〟に影響を及ぼす』とか、そんなことが書かれている。その力を以て、『聖地』を守りしエルフと鎬を削ったとも。

 

 

「ほんと(いびつ)だよね。あの子の魔力量も、この国の魔法を見る目も」

 

 

 フリーレンは本をめくりながら続ける。さっきルイズが見せた、悲壮な泣き顔を思い起こしながら。

「あの子言ってたよ。『魔法が大嫌い』だって……。あんな才能持っているのに、もったいないよね」

 コルベールは震えた。目の前のエルフ少女の言葉に、そこから導き出されていく推論に。

 それでもまだ『ありえない』と、言葉が喉をつかえている。

 だって、あまりにも不自然が過ぎる。今までありえなかったことが、水面下で起こっているだなんて……。

「で、ですがミス・フリーレン……」

 ここでコルベールは本を落とした。ばさりと、重量感のある音が一瞬響く。

 次いで衝撃で、パラパラと本がめくられていく。その本は丁度、『始祖ブリミルの使い魔の項』と書かれていた。そこにはルーンの絵柄も載っている。

 

「―――やや! これは! もしや……!」

 気づいたコルベールは、慌てて落とした書物を拾って、次いでスケッチと見比べる。

「同じだ! ミス・フリーレンのルーンと一致しましたぞ! ほら!」

 コルベールは興奮冷めやらぬ顔で、フリーレンに本を見せてくる。

 そして自分の左手と見比べた。

「――――うん、確かに一致しているね」

「そうでしょうそうでしょう! いやあよかったあ……最悪この図書室全部当たらなければいけないものかと覚悟していましたからな!」

「で、なんて書かれているの? 『ガンダールヴ』?」

 フリーレンは横から本を覗かせる。そこの文章にはでかでかとそう書かれているのだけが見えた。

 

「ええ、そういう事ですな! 主人を守る、強靭なる盾『ガンダールヴ』! 詠唱中の無防備な主人を守るために特化されし存在! その強さは武器を持てば一騎当千! 並みのメイジで歯が立たなかったと書かれてありますぞ!」

 

 無事ルーンを見つけられたからか、ちょっと上がったテンションでコルベールは叫んだ。

「で、そのルーンを作った主人て、どんな人なの?」

「それは勿論始祖ブリミルでしょう! なんたって『始祖ブリミルの使い魔の項』に書かれているのですから……な……」

 言っていることの事実に遅れて気づき、やがてコルベールは顔を青くしていった。

 そうだ、このルーンがフリーレンに発現したという事は……、つまり……、

 

 

 

「じゃあもう確定だね。間違いなくルイズの系統は『虚無』だよ」

 断言するかのようなフリーレンの声に、再びコルベールは、本を落とした。

 

 

 

 さて、あの後。

『ルイズは虚無である』と、改めて確信が得られたフリーレンは、図書室を去る。

 コルベールはあの後「こうしてはいられませんぞぉおお!」と、叫びながらどっかへすっ飛んでいった。

(忙しない人だなぁ……)と、フリーレンは駆けずり回るコルベールの背中を、遠い目でしばし見つめていた。

 

「それにしても、『始祖を守る盾』……か」

 

 フリーレンは、左手の甲に刻まれた紋様を見る。

 先のコルベールの発言が正しいのであれば、このルーンは『武器を握ることで力を解放できる』という事、『始祖の呪文は長い分強力である』という事だ。

 魔法職の自分が近接特化の力を会得したことについては、何とも言えない感情が巡る。どうせならシュタルクにあげた方がよほど活躍するだろうに。

 それに、主人を守るための力か……。

 

 

「ヒンメルに一番似合いそうな力だな」

 

 

 記憶の向こうにある彼の顔を思い浮かべながら、フリーレンは呟いた。

 さて、これから本格的にルイズを探しに行きたいところだが……、

 

「おなかすいたなぁ……」

 

 フリーレンはしょんぼり顔で、お腹をさする。

 朝から何も食べてないのである。学院の朝食を食べられる時間帯にまず、フリーレンは起きられない。

 さっきまで図書室にいたからカロリーの消費を抑えていたけど、今は一歩一歩歩くたびに空腹が彼女を襲っていた。

 一応、鞄にはまだ『ガチガチの硬いパン』が何枚か残っている。とりあえずそれを食べて乗り切ろうかと、考えていた時だった。

 

 ここで、昼食を告げるチャイムが学院中に響き渡る。すると廊下側からたくさんの学生が出てくる。食堂へ向かう人の列が、徐々にできつつあった。

 

「あぁいた! フリーレン!」

 その中にはキュルケとタバサもいた。

 

「丁度昼食の時間で食堂へ向かうところなのよぉ! あなたも一緒に行きましょ!」

「え? いいの? だって確か食堂って……」

 フリーレンは先ほど図書室で調べた本の一つ、『トリステイン学院案内書』で読んだことを思い出す。

 この本塔にある食堂、『アルヴィーズの食堂』って、貴族しか入れないとか書いてあったけど……、

「んな堅苦しいこと言いっこなしよ! あたしたち友達でしょ? あなたの分も用意させるから、一緒に食べましょ!」

「それに、さっきの話も気になる」

 隣でタバサも、フリーレンの目を見て言った。視線を本から離さない彼女からすれば、かなり珍しいことだ。それだけフリーレンへの興味が高いからなのだろうが。

 フリーレンは何か言おうとして……、腹の音の方が先に主張してきた。だめだ、いい加減身体がエネルギーを欲し始めている。

「じゃあ、お願いするね」

「いいわよ! 行きましょ!」

 フリーレンはそのまま、キュルケとタバサ、二人に導かれるように付いて行った。

 




次回、みんな大好き決闘導入回
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