使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第38話『それぞれの一ヶ月 ~キュルケの苦悩~』

 

 フリーレン召喚から1ヶ月と16日後。

 月は5月(ウル)第3週(エオロー)、エオーの曜日。

 トリステイン魔法学院。秘密の地下施設にて。

 ロングビル教師化計画。修行14日目。

 

 

「フュオオオオオオオオオオオ!」

 

 その日もマチルダは吠えていた。今日も今日とて老魔法使い(ジジババ)共の作るゴーレムから逃げ惑う日々。

 ただ、初日と比べれば、こなれてきたのか流石に動きも機敏となっている。フリーレン世界の土属性魔法は大体修得した。〝飛行魔法〟も、『飛翔(フライ)』より流暢に操れるようになってきた。

 

「〝石を弾丸に変える魔法(ドラガーテ)〟!!」

 

 小石の弾丸を放って牽制。相手(ゴーレム)が怯んだ隙に〝飛行魔法〟で跳躍。巨大ゴーレムの肩へ乗る。自分を握りつぶそうと腕を上げる前に、マチルダは魔法で飛んで離脱。

「着地!」

 平地に降り立つマチルダを着地狩りせんと、人間ほどの大きさのゴーレムの群れが、腕を振り上げ襲い来る。

「甘いよ!」

 今のマチルダにはそんな軽口を叩く余裕すらあった。

 

「ここだ、〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟!!」

 

 ゴーレムが襲い来る前に、マチルダは閃光を放つ。命を削るような修行の末、遂に射程は八メイルまで伸びた。

 その形状は、いうなれば『鍵の先端部(キーウェイ)』。細長い閃光の先端が不規則なギザギザで作られたものだった。

 どうやら『閉じられた扉や宝箱』を、いつも『錬金』や『開錠(アンロック)』で破壊してきたイメージから、この形体に結びつけたらしい。

 

 その閃光が、一体の巨大ゴーレムの胸部に見事当たる。人形の動力源たる魔法の核を見事撃ちぬいてみせたのだ。

 撃ちぬかれたゴーレムはゆっくりと、崩れ落ちていく。もうもうと土埃を起こしながら、巨兵はただの瓦礫の山と化していった。

 

 

 やった! ついにやったぞ! どうだ! 見てたか学院長! フリーレン!

 

 

「では、しばらくミス・フリーレンはミス・ツェルプストーの付き添いという事ですか」

「ああ、どうやら事態はかなり深刻なようでな。フリーレンが自ら個別レッスンを設けるくらい、と言えば異常事態度が伝わるかのう」

 

 

 おいこら! 無視すんじゃないよ! ってかフリーレンどこいった!

 

 

「……そんなに危ない魔法なのですか? 〝地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)〟というのは」

「少なくとも、今のミス・ツェルプストーが持つには手に余るとのことじゃ。制御をしくじれば、学院の全てを焼き尽くすほどの力があると言っておった」

「それは……っ、確かに迅速な処置が必須ですね」

「じゃろう、ミスタ・コルベール」

 

 

 ねえ! ねええぇっ!? ちゃんと撃ちぬいたよ!? なのにまだ動いてんだけど他のゴーレム共!!

 

 

「オールド・オスマン」

「なんじゃね、ミス・ヴァリエール」

「ちょっと、席を外してもよろしいでしょうか? その……」

「図書室に行って、火に関する本を探そうというのかね? ミス・タバサも」

「……!」

「ほっほっ、優しい子じゃのうミス・ヴァリエール、そしてミス・タバサも。ええじゃろう、特別に本の持ち出しも許可しよう。二人ともミス・ツェルプストーを助けてやりなさい」

 

 

 止めてよ! 止めて! ちょ、止めろ! ぎゃあああああっ!!

 

 

「わしも、少し席を外そう。この部屋の出入りは自由にしておくから、各々、勉学なり修行なり好きに活用なさい」

「はい! ありがとうございます!」

「そういうわけじゃ、ミスタ・コルベール。お主はミス・フリーレンのサポートをしてあげてほしい。同じ火系統同士、教えられることもあるじゃろう」

「ええ、分かりました」

「あの、それでオールド・オスマン」

 

 ここでルイズが、心底憐れみを浮かべた目を、他のゴーレムの攻撃で吹っ飛ばされて気絶したマチルダに向ける。

 

「彼女は、どうするのです?」

「勿論これからも修行を課すつもりじゃ。彼女はこれで『合格』と思っているようじゃがまだまだ甘い。ようやく『第一試験』突破といったところじゃぞ。……そもそもとして『ゴーレムの動きを止めたら合格』だなんて、ひとっことも言っておらんからのう」

(鬼……)

 この時浮かべる学院長の笑みは、スケベなそれとは違う、どこか鬼教師然とした微笑みであった。

 それを見て、思わずゾッとするルイズ達。今までスケベな好々爺としての顔しか知らないものだから、こんな顔もできたのかと。

 

(……これは昔の話なのですが、私が教職に就くより前のオールド・オスマンは、それはもう相当な鬼教師だったと聞いてます)

(え、そうなのですか?)

(ええ、それはもう。当時のトリステイン魔法学院は、今のような貴族然とした教えをほとんどしておらず、ただただ魔法の腕を上達させるような『しごき』が中心だったとのことで、治安も相応に悪かったのですが、それをオスマン氏がその魔法の腕一本で、現在のような形に仕上げたと聞いています)

「ほほ、昔の話じゃわい」

 コルベールのひそひそ声に、オスマンは笑って返す。

 

 ちなみに、当時の魔法学院はオスマンがトップに立つまで女人禁制でもあった。『神聖な魔法の先を行くのは常に男子たるべき』という風潮が、トリステインのみならずハルケギニア全土であったからだ。

 今のルイズ達のように、女性でも学院で勉学に励むことができるようになったのは、それこそオスマンによる働きかけが大きい。

 

 ……野郎ばかりに囲まれる風潮を嫌ったというのは、当然ながら当人のみの秘密ではあるのだが。ともあれルイズ達女性陣が肩を並べて勉強できるのも、翻ればオスマンのおかげなのでもあった。

 

 

「それを言うなら、お主の父も、昔は相当なやんちゃだったんじゃぞ」

「あの、父を知っているのですか?」

 ルイズは思わず身を乗り出す。厳格な父、ラ・ヴァリエール公爵の事をオスマンは言っているのだろう。

 

「あやつとナルシス、そしてバッカスは当時の学院でも力を持てあました悪童でな、あ奴らが何かやらかすたび、よくわしが拳骨で世話しておったんじゃ。今度、お主の父に聞いてみるがよい。あ奴の事じゃ、顔を青くするんじゃないのかのう」

「はぁ……」

 

 ルイズはちょっと唖然とした表情を作る。まさか、『厳粛』を絵にしたような顔しかしない父に、そんな過去があったとは……、全然知らなかった。

「そんなことよりも、各々、ミス・ツェルプストーの事をよろしく頼むぞ」

 オスマンの言に、周囲は頷いた。

 

 

 

 その後も各自、自由に過ごし始める。

 ルイズは当面の間、魔力操作の修行。同時並行で図書館で本を漁る日々。

 タバサもほぼルイズと同じだったが、たまにキュルケの様子を見に行ったりしていた。

 オスマンは『フェニアのライブラリー』に籠り、効率的な炎制御法が無いかの探索。

 その間、マチルダはまだまだゴーレム修行で悲鳴を上げる毎日。

 

 さて、そんな中フリーレンはというと。

 

「そう、そういう風に杖を構えて」

「……」

「いいよ。とりあえず、恐れずに撃ってみて」

 マチルダが伸びている部屋とはまた別の大部屋、耐熱性の高い特別な小部屋で、キュルケの魔法の制御を見ていた。

 やがて、キュルケは震える杖先を構える。いつも自信満々な彼女からすればあり得ないくらいにか弱い表情だった。

 彼女の数メイル先には、的として用意した、不動のゴーレムが何体か立っている。それに向かって、キュルケは魔法を放つ。

 

「――――〝地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)〟!!」

 

 刹那、キュルケの杖先から極太かつ、赤黒の火炎放射が吐き出された。

 それは一瞬にして的のゴーレムを燃やし尽くす。後には何も残らない。

 そして、的を全て灰燼に帰したにも関わらず、杖先から迸る火炎はどんどんと増大していく。

 

「あっ……ダメ! フリーレン!」

「集中して、杖を落とさないで」

 

 キュルケの悲鳴を聞いて、フリーレンも咄嗟になって彼女の杖を持つ手を握る。

 彼女の身体に密着し、姿勢と一緒に魔力の流れも制御させる。

 しばらくして、杖先から流れていた獄炎は徐々に弱まっていく。

 完全に炎が消えた後、キュルケは大汗を掻きながら崩れ落ちた。

 

「はっ……はあっ……!」

「怖がり過ぎだよキュルケ。『魔法はイメージ』。あの炎を手足のように操るイメージを構築しないと、ずっとあのままだよ」

「わかって、分かってるわよ……!」

 

 キュルケは項垂れながら何度も首を振った。

 フリーレンの言いたいことは分かっている。

 でも、どうしたってできないのである。あの火を操れるイメージがどうしても描けない。

 むしろ、これを使って齎される影響の凄まじさの方が、より鮮明に思い描けてしまうのだ。

 

 

 灼熱と呼ぶも生温い業火。消火する術が分からず、慌てふためく自分。

 骨まで焼き尽くす人々、か細い悲鳴。それ以上に劈く、焼き付く音。

 その燃える人々の中に、自分が大切に思っている者が……。

 

 

「はっ!」

 そこでキュルケの意識は現実に戻ってくる。

 フリーレンが彼女の前で、両手を突き出して掌を合わせて叩いたのだ。

 パンッ! という心地よい音が、キュルケの精神を現実へと揺り戻した。だが、気づけば額に多量の脂汗を浮かべていた。

 

「大丈夫、キュルケ?」

 相変わらずの無表情で、フリーレンが声をかけてくれる。しかし、笑顔で大丈夫と答えられる気力は、今のキュルケに残っていなかった。

 

「ごめん、ちょっと本気でマズいかも……」

「だろうね、火の制御が全然効いてない。このままじゃ普通に魔法を使う分にも支障を来たす」

 フリーレンの言葉に、小さくキュルケは頷いた。

 今の状態で、普通に『炎球』を放とうとしても、もしかしたら『地獄の業火』に置き換わるかもしれない。

 それぐらい、今のキュルケは不調に陥っていた。

 普段快活なキュルケは今、体育座りした自分の両ひざに顔を埋めている。魔法を使うことすら怖がっている様子だ。

 フリーレンも、キュルケには召喚当初から助けてもらっていた。その借りを返す意味でも、彼女の不調を治してあげたい。

 その時だ。

 

「失礼、ミス・フリーレン。ミス・ツェルプストー」

「コルベール、来てくれたんだ」

 

 フリーレンはそこで、目線を新たにやってきたコルベールへと向ける。

 コルベールは禿げ上がった頭を撫でつけながら、低頭でフリーレンの方へとやってくる。

 

「話はお聞きしましたぞ。私でも、何か手伝えることはありますか?」

「その言葉を待ってたんだよコルベール。魔法自体は私のものとはいえ、やっぱり『火』の制御には同じブリミル民かつ『火』に通じた者の方が、改善は早い」

 

 フリーレンは嬉しそうな表情を浮かべて言った。コルベールもまた、フリーレンからそう言ってもらえて嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「……あんたに何が分かるってのよ」

 

 逆に、キュルケの方はコルベールを見て、「フン」と鼻を鳴らした。

 元々キュルケは、コルベールに良い印象を持っていなかった。

『火の本領は破壊と情熱』。それが信条の彼女にとって、『火の本領は破壊だけでは寂しい』と、しょぼい授業しかしてこなかったからすっかり舐め切っていたのである。

 

 事実、彼の受け持つ『火』の専攻学は、変な絡繰りを持ち込んで変な風にヘビのぬいぐるみを動かす『愉快なヘビくん』とか、透明な箱を作って変な導線を引いて、遠距離からランプをつける『光り輝くヘビくん』とか、本当に理解しがたい実験内容しかない。

 単位云々関わらず、最近のキュルケはもう、コルベールの授業をまともに受けなくなっていた。

 ちなみに、それを言ったらフリーレンは「すごく勿体ない」と、コルベールのフォローに回っていたが。

 それにしたって、あまりにも面白くない。

 普段は雰囲気で表しても露骨に顔には出さなかったキュルケだったが、精神的に余裕がないこともあって、声にすら出していた。

 非効率だとしても、まだフリーレンの方が良い。言外にそう、言っていたのだ。

 

「授業で遊んでばっかりのミスタに、今のあたしの何が分かるのよ。なんも知らない癖に……」

「……きみが、私に対して良い印象を抱いてないことは知っている。だが私も私なりに、きみの力になってあげたいんだ。それだけでもどうか、分かってほしい」

「どうだか……」

 

 キュルケは拗ねるように首を振った。

 コルベールが来たことで空気がまた一段と重くなったが、それに気づいているのかいないのか、フリーレンが口を開いた。

「より強い火を制御下に置くとなった場合、コルベールの助言は絶対役に立つ。好き嫌いとかせずに、コルベールの話を聞いてあげなよ」

「…………」

 

 かなり長い葛藤があったが、やがてキュルケは立ち上がる。「分かったわよ」という言葉と共に。

「じゃあコルベール、もしコルベールが火を扱うとなった場合、どういったことを考えるかを、キュルケにレクチャーしてあげて」

「ええ、了解しましたぞ!」

 コルベールは言われた通りに、『火』についてどう制御下に置くのかという一般的なイメージを語り始める。

 出力の制御法、空気中に広がる炎を留める方法、それをどうやって消火するのかとか。

 だが……、

 

「馬鹿にしないでくださいますミスタ? そんなのヴィンドボナ(前の)学院でとうに習った道ですわ」

 

 案の定、失望したというような顔でキュルケはそっぽを向いた。コルベールは困った表情を浮かべるばかり。

「その当たり前ができなくなっているから、初心に振り返ってみようって、コルベールは言いたいんだよ」

 フリーレンがすかさず補足する。コルベールが都度怯んでしまう分、空気を読まない(おそらく読めていないだけだろうが)フリーレンのあけすけな言葉に、コルベールは結構助けられていた。

 キュルケも、フリーレンには流石に強く出られない。

 最終的には、彼女の言葉に頷いた。

「分かったわよ……」

 そんな、ピリピリするような空気が充満するその光景を、扉の外から、ルイズとタバサは見つめていた。

 

 

 コルベールがレッスンに入って、そこから更に3日経過した。

 

 

「どうなの?」

 最初の大部屋の修行部屋。タバサはフリーレンに尋ねる。

 ちなみにマチルダはまた、遠くの方で吠えながらゴーレム群と戦っていた。

 

「コルベールのおかげで、炎の制御は順調に効率化しているようには見えているよ」

「そうなの。よかったじゃない。それで元に戻りそうなの?」

「それはちょっと分かんない。あの様子だと元の調子を取り戻すのに軽く十年、『地獄の業火』の完全制御なんて、半世紀以上先の事だろうね」

 

 勿論、キュルケ自身の精神の高ぶりによっては、会得速度をもっと早められる可能性があるのは分かっている。けど今のところ、そのような兆候は一切見られない。

 

「あとずっと思ってたんだけど、コルベールとキュルケって、相性良くないのかな?」

「えぇ……今更それに気づくの? 誰が見たってそう思うでしょ」

「う~ん、でもコルベールがいてくれた方が私としてはありがたいんだよね。できれば仲良くしてほしいと思ってるんだけど……」

「フリーレンって、結構コルベール先生の肩を持つわよね?」

 

 ルイズは首をかしげる。確かに『火』のトライアングルだし、魔法の腕はあるんだろうけど、変な実験が多いこともあって、本当の実力は正直よくわからない。そんな感想を、彼女はコルベールに対して抱えていた。

 それに対し、フリーレンはというと、

 

「コルベールはね、『魔法』とは違う別の何かを作ってるっぽいんだよね。私も彼の授業を受けているけど、その内容はほとんどわからない」

「わからない授業でどうしてそんなに肩を持てるの?」

「言い方が悪かったね。つまりコルベールの掲げる理論は、私でも置いてきぼりにされるほど複雑かつ将来性があるってことだよ。例えるなら〝魔力を全く用いない魔法〟かな。サイトのように、魔力を持たない人間にも使える技術だ。『愉快なヘビくん』もそうだけど、あの技術を洗練させて、別方面に転用できれば、移動技術や輸送技術が大きく効率化するかもしれない」

「…………」

「もしかしたらコルベールは、フランメとは別方面の大天才として名を馳せるかもしれないよ。そんな人間を嫌うだなんて、キュルケも変だよね」

 

 現時点では、まだまだ原石のような発想だが、もしかしたらコルベールの想像力は、千年生きた自分すら上回るかもしれない。

 なぜなら彼が作っているのは、過去の含蓄に重点を置いた自分とは違う、『未来』という先を見た技術だ。

 自分が見ているものとは全く別ベクトルの視線。魔法云々置いといても、フリーレンは彼の構築する理論は、常に新鮮な気持ちで聞いていたのだ。

 同じ研究者肌を持つからこそ、時折自分ですら置いていかれるほどの理論を講釈するコルベールは、すごいと思っていたのだ。

 そんな人間を、どうしてキュルケは嫌うのだろう。本気でフリーレンは理解できないでいたのだ。

 

 

「もういいわよ! ついてこないで!」

 

 

 その時だ。怒声と共に、キュルケが扉をバンと開ける。

 そして、わたわたしているコルベールをよそに、部屋を出て行ってしまった。

「はぁ……」と、置いて行かれたコルベールは、ため息をつく。

 

「どうしたの?」

 フリーレンの純朴な問いに、「いや、喧嘩したんでしょ」とルイズが返す。

「はは、いざ直球に言われると面目が立ちませんな」コルベールは、困ったような笑顔を浮かべた。

 

「あ……、ご、ごめんなさい。ミスタ・コルベール」

「いいんだよミス・ヴァリエール。全ては私の不甲斐なさゆえだ。きみのことも、ミス・ツェルプストーのことも、私は何一つ理解できてなかった。本当に、自分の未熟さに頭が下がる思いだよ……」

 

 コルベールはがっくりと頭を垂らす。流石に申し訳なさが先にきたルイズは、コルベールのフォローに回った。

 

「でも、キュルケにも困ったものですわね。教師であるミスタに向かって、あんな頭ごなしに怒鳴らなくたって」

「ああまで嫌われてしまうとな……、さて、どうしたものか」

「とりあえず、キュルケを追いかけた方が良いんじゃない?」

 

 フリーレンの提案には、「ならわたしが行く」と、タバサが答えた。

 

「タバサ、あんた……」

「彼女には『一個貸し』がある。きちんと返したい」

 

 タバサはそう言うと、くるりと背を向け歩き出す。

 ルイズも、タバサの先の言葉に思うところがあったのか、その背中を追い掛けた。

「待ってタバサ。わたしも行くわ。わたしもキュルケには広場での貸しがあるからね」

 

 さて、残ったのはフリーレンとコルベールだけとなった(正確にはマチルダもいるけど、今は遠くで伸びていた)。

 

「ミス・フリーレン。恥を忍んでお願いがあるのですが」

「なに、コルベール」

「私にも、〝地獄の業火を出す魔法〟を教えて頂けませぬか? ミス・ツェルプストーの苦しみを、きちんと理解して共有したいのです」

 

 

 

「はぁ……」

 外は真夜中。二つの月が仲良く空を泳いでいる時間帯だ。

 そんな中、キュルケは誰も来ないヴェストリの広場で一人黄昏ていた。ベンチに座って、ぼーっと月を眺めている。

 隣にはいつの間にか来ていた、使い魔のフレイムがいた。主人の今の心境を察したのか、頭を寄せてじゃれつこうとする。

 キュルケはそれを嬉しく思いながら、使い魔とじゃれあっていると、

 

「ここにいたの」

「……タバサ」

 

 タバサが、キュルケの隣へとやってきた。

 

「……スランプ? 珍しい」

 隣のベンチに座りながら、タバサは声をかける。

 キュルケは、タバサだからこそ見せるナイーブな目つきで、

「そうね、こんなこと初めてだわ」

 と答える。

 

「……別に、気にしなくていいのよタバサ。あたしなんかほっといて、修行でもしてなさいな。ヴァリエールの奴に置いて行かれるわよ」

 

 気遣うような声で、キュルケはタバサの髪を撫でる。

 しかし、タバサは頑として動かない。

 ちょっと意地にもなっているかのような親友の表情に、キュルケも少し眉をひそめた。

 

「どうしたのよ、あなたこそ珍しいじゃない。あたしなんかをそんな風に構うなんて」

「あなたには借りがある」

「ああ、例のあれ?」

 タバサは頷いた。

 

 

「丁度ここだった、一年前、あなたと決闘した日」

「ああ、そうだったわね」

 

 

 キュルケは軽く当時を振り返った。

 今でこそ親友同士だけど、最初に会った時は互いの勘違いから、こうして決闘騒ぎまでしたのを思い出す。

 最終的には、自分たちを裏で焚きつけたのは、あのド・ロレーヌやトネー・シャラントら嫉妬した女性陣だと判明。

 とはいえ、それが無かったらこうして互いを慮ることも無かったろう。

 

 

『本ぐらいなによ。あたしが本の代わりに友達になったげるわよ』

 

 

「あの時から、ずっとあなたには借りがある」

 同じことを、タバサは繰り返した。

「ふふ、意外と義理堅いわよねあなた。べつにそんな、一生抱えるようなものじゃないでしょう?」

 

 軽い調子でキュルケは言うが、タバサはそれに対し、強い首振りで答える。

 キュルケにとっては軽いものかもしれないが、彼女がくれたのは『友情の証明』だった。それが氷のような人生を送らざるを得なかった自分に、どれだけの暖かさを持っていたか。

 

「あの時あなたがああ言ってくれたこと、あなたにとってはなんでもないようだけど、私にとっては確かな光だった。それをくれたあなたには感謝してもしたりない。だから、あなたが困っているのなら無条件で力を貸す」

「タバサ……」

「忘れないで、友達とはそういうもの」

 

 それだけ言い残して、タバサは席を立つ。

 そして去っていく背中を、キュルケは見えなくなるまでずっと見つめていた。

 

 

 

 キュルケはそのまま、しばらく黄昏ていたが、ややあって自室へと戻った。

 男遊びが減ったことで、随分と寂しくなった自室だ。最近は専ら、ルイズやタバサの部屋に行くことが多くなったというのもあった。

 いつの間にか、寝るか使い魔とじゃれるかしなくなったため、部屋の飾りつけも簡素なものとなった。

 さて、そんな彼女の真ん中にある机の上に、何冊か本があることに気付く。

 

「……なにかしら?」

 

 キュルケは本の表紙を手に取って見る。

「『一年から学ぶ火系統の扱い方』、『効率的に火を操る方法』、『スクウェアクラスへランクアップする方法、~火系統編~』……タバサね、これは」

 

 わざわざ時間を見てこれを探してくれたのだろうか。キュルケは思わずクスリと笑った。

 ぱらぱらとめくってみる。よく見るとページの至る所に付箋が張ってある。そこに補足文などが記されており、そこには効率よく炎を操る方法を抜き出していたようだ。

 

「……まったく、こんなことされちゃったら全部読むしかないじゃないの」

 

 友人の熱意に根負けするかのような口調で、キュルケは他の本を手に取っていく。

 その一番下に、一通の封筒があった。

 

「……ん?」

 キュルケは封筒を開けて手紙を取り出す。

 そこにはイメージ方法……、フリーレンから教わった魔力操作のあれこれや、イメージ修行。自分は花を咲かせる時にこうやったから、キュルケはこうすればいいんじゃないかなど、綺麗な文字で色々と綴られている。

 そして末文には、

 

 

『勘違いしないでよ! わたしのライバルはあくまでもあんたなんだからね! 早く戻ってきなさいよ! ルイズ』

 

 

 ヴァリエールの名字を入れなかったのは、あくまでも個人として、という意味合いが込められているのだろうか。

 

「……本当にもう、馬鹿ね、あんたも」

 

 キュルケの瞳から、何か熱いものが流れ落ちた。

 今の自分の心境など、誰にも分かるわけないと、自分の殻に閉じこもっていた。そんな自分を心の底から気にかけてくれる人たちがいる。

 そういう人たちに巡り合えて本当に良かったと、ようやく心に溜まっていた靄が、晴れたような気がした。

 

「……もうちょっとだけ、頑張ってみようと思うの、ねえフレイム」

 

 涙をぬぐったキュルケは、隣で頭を膝にこすりつけてくる、使い魔サラマンダーの頭を手で撫でた。

 

 

 あの後。

 一通り本を読み直して、自分の中で構築したイメージ修行をしようと、もう一回例の修行部屋へと足を運んだキュルケ。

 

「……あら、まだ誰かいる?」

 

 夜も更けた中、もう誰もいないと思っていた。

 思わず、扉からちょっと部屋の様子を見る。

 そこにあった光景を見て、思わずキュルケは息を飲んだ。

 

 自分があんなにも悩んでいる『地獄の業火』を、人知れず操る修行をしているコルベールの姿が、そこにあったのだ。

 

「―――ぐあっ!」

「惜しいね、もう少し溜と余力を持って。あんまりぎちぎちに操ろうとしなくていいよ。逆にそっちの方が神経を使うから」

「ええ、私も今そう思っていたところです」

 

 コルベールは今、必死の形相であの魔法を放っている。周囲は獄炎で塗れており、それを必死になってコントロールしているのだ。

 その時の表情は、蛇のような……、キュルケですら思わず寒気が来るような、恐ろしい表情を浮かべていた。

 だが、よく見ると彼の腕には結構な火傷の跡がつき始めている。『火系統』の教職である彼をしても、一朝一夕で会得は難しいようだ。

 それでも……、

 

「大体、つかめたような気がします。ミス・フリーレン」

「そうだね、正直こんなに早く会得するとは思ってなかったよ。それだけコルベールの集中力が凄まじいってことなんだろうね」

「生徒が苦しんでいるのです。それを思えばこそですよ」

 

 コルベールは杖を大きく振って、赤黒の焔を鎮火させる。

 周囲を覆わんばかりの熱気が、一瞬にして掻き消えた。

 一息つくコルベールの様子……。今まで見てきた昼行燈のそれとは違う、彼の『別の顔』を見たようで、思わずキュルケはそんな彼に見惚れていたことに気付く。

 

 自分なんて、放射だけでも精一杯なのに、あれだけ多量の炎を操れるだなんて。

 キュルケの中で、コルベールの評価が一気に変わった瞬間だった。

 

「――――ふぅ」

「お疲れ様、コルベール。もう制御のイメージは構築できたんじゃないかな」

「いえ、まだまだです。今の状態だと完全制御には良くて十秒が限界。それ以上は操れる自信がありません」

「でも、それぐらいだったら少なくともキュルケに教えることはできるよ。私が保障する」

 

 そう言うと、フリーレンは尻もちをついて休憩するコルベールの、汗でテカった禿頭をなでなでした。

 撫でられるなんて、本当に久しぶりでどう反応しようか迷うも、悪い気はしないとばかりに笑みを浮かべるコルベール。

 

「で、どうするキュルケ。ずっとそこで見ていたみたいだけど」

 次いでフリーレンは、キュルケに呼びかけた。

 呼ばれたキュルケはビクッとする。そうだ、フリーレンには〝魔力探知〟があるんだから、隠れ見てたってすぐに分かる。

 やがて、キュルケはおずおずとやってくる。

 

「あ、あの……、ミスタ」

「ああ、ミス・ツェルプストー。ちょっと見苦しい姿を見せてしまったね」

「い、いえ。あたしは別に……」

 

 キュルケは思わずしどろもどろに返してしまう。正直言って、コルベールがあんな気迫ある顔もできるだと、ちょっと驚いていたのだ。

 なんだったら、ちょっといいかもな……、とすら思っていたり。

 

「ミス、確かに私は臆病者だ。『火の本領は破壊と情熱』、きみの信条でもあるね」

「……はい」

「でも、それだけじゃ寂しいと私は考える。火は破壊だけでなく、新たな文明を作る松明にもなるんじゃないかと。火を間違った方に使ったことのある身(・・・・・・・・・・・・・・・・・)だからこそ、ミスにもそれを分かってもらいたかった」

 

 だが……、とコルベールは続ける。

 

「一方でやはり、『火』とは恐ろしいものだ。使い方を間違えれば容易に人を殺傷たらしめる。その恐ろしさもきちんと、合わせて教えるべきだったんだ。だが、私はそこから逃げてしまった。火の恐ろしさを伝えることを。今振り返ればそれがいけなかったんだろうね。きみが私を嫌悪するのも、納得だ」

「ミスタ……」

「だからこそ、今のミスの心境を知るために、私も〝地獄の業火を出す魔法〟を、ミス・フリーレンの指導を受けて修行している。これで少しは、きみの役に立てると思う。だから――――」

 

 そこから先、コルベールは言葉を紡げなかった。

 キュルケが、ぎゅっとコルベールを抱きしめたからだ。

 豊満な胸が一気に押し付けられたことで、さしものコルベールを目を瞬かせる。

 

「み、ミス……?」

「もう、いいんです。あたしがただバカだった。それだけなんですから……」

 そして彼から離れた後、「さっきはごめんなさい」と、頭を下げてキュルケは謝罪した。

 

「あたし、もう一度頑張ってみます。もう癇癪を起さないから、できれば付き合って頂けますかしら?」

「……ああ! きみがきちんと炎を制御できるように、一緒に頑張ろう。ミス・ツェルプストー」

「あら、『キュルケ』って、呼んでくれたっていいのよ、あたしもあなたのこと、これから『ジャン』って呼ぶから、ね?」

「……はい?」

 そんな寸劇を繰り広げ始める二人を見て、フリーレンはうんうんと頷くだけだった。

 

「一件落着って、ところかな?」

 

 そしてフリーレンは、視線をキュルケとコルベールの二人から、扉越しに覗き込んでいるルイズとタバサ、そしてオスマンの三人の方へと向けた。

 

 

 そして一週間後、二人の熱いレッスンのおかげで、制御の修行は順調に進んだ。

 その甲斐あって、〝地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)〟はまだ完全に制御できたわけではないものの、普段のように『炎球』魔法を撃てるようには、不調も回復したのである。

 

 どうでもいいが、この邂逅以降、キュルケは付き合っていた男共を全員フッた。そしてその『微熱』の目を、本格的に教師であるはずのコルベールに向け始めるのだった。

 

 

 フリーレン召喚から1ヶ月と23日後。

 月は5月(ウル)第4週(ティワズ)、エオーの曜日。

 トリステイン魔法学院。秘密の地下施設にて。

 ロングビル教師化計画。修行21日目。

 

 

「ひゅるっ ひゅるっ!! ひゅるひゃぁオオオオオオオオオオオオオおおっ!!」

 

 マチルダは発狂していた。今日も今日とて憎いあんちきしょう(ジジババ)共が作り出す岩人形を殲滅する日々。

 

「ゾルトラーク! ゾルトラーク! ゾルトラークぅうううううう!」

 

 的確に動きながら、時に〝飛行魔法〟で攻撃をやり過ごしながら、杖先を向けつつ、しかし口語は発狂したかのような様相で、〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟を放つ。

 

 十四日間やっていたあれは『第一段階』であること、『修行第二段階』を告げられたマチルダはくるっていた。まだまだ終わらぬ地獄(しゅぎょう)の日々。

 

 それでも彼女はめげず、折れず、諦めずの精神で、死に物狂いで魔法を鍛えた。

 いつの間にかランクも『スクウェア』にアップしていたのだが、いつ上がったのかマジで覚えてないくらい、そんなの気にする余裕すらなかった。

 

 かくして、マチルダは鍵の先端状の形の〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟を乱射する。それに当たった岩の兵は、あっさり崩れていく。

 そしてついに、目的を達成できる時が来た。目の前に湧いてくるゴーレム兵を、全てたたき潰したのであった。

 

「やった! やっったああああああああああああ!!」

 

 マチルダは狂気乱舞しながら、そのまま大の字になって倒れこむ。

 そしてそのまま、やるせなさそうな声で叫んだ。

 

 

「ってかこれ! 私の修行計画だろうが! 私を無視すんじゃないよおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 そう、彼女の修行達成時、皆個人レッスンに入っているおかげで、誰も見てはなかったのであった。

 なにはともあれ、遂にマチルダも順調に仕上がりを見せ始めていたのである。誰も見てなかったが。

 いや――――、

 

 

「わしは見ていたぞ、よくぞこの短期間でそこまで立派になったものじゃ」

 

 

 唯一、指導していたオスマンだけが、倒れこむ彼女に手を貸す。慈愛のような微笑みをもって。

 

「が、学院長……!」

 その優しさに触れて、思わず涙を零しながら手を取ろうとするマチルダ。

 だが……、

「うむ、これで『第二試験』合格。これでもう仕上がりは上々といったところじゃが、まだ時間があるのじゃし、これから『第三試験』でも言い渡そうかの」

「――――え?」

 その言葉で、絶望の二文字を顔で表現するマチルダ。

 その合間にも、オスマンの背後には巨大ゴーレムが部屋を埋め尽くさんばかりに登場する。

 

 

「てなわけで最後の試験じゃ。『わしを倒してみせよ』」

 

 

 オスマンは笑顔を浮かべた。

 その顔は、彼の生徒だったものが見れば心底震え上がるであろう、『鬼教師』としての側面を備えた笑顔だった。

 そこから更に、杖を軽く振る。

 自分が作り上げるそれを、はるかに凌駕した性能と大きさの巨大ゴーレムが殺到して来る。

 

「――――あっ」

 

 マチルダの声は、そこで途切れる。

 ゴーレムの巨腕と轟音で搔き消えてしまったからだ。

 ……この試験をマチルダが無事突破できたかは、想像にお任せするとする。

 

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