使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第40話『民間魔法学その2 ~飛行魔法①~』

 

 

『民間魔法学』などくだらん。

 それが、『風系統』のスクウェアメイジ、『疾風』のギトーの偽らざる本音だった。

 

「では、今日も『風系統』についての講義を始める」

 

 その日も、ギトーは生徒たちに向かって、『風系統』の講釈をしていた。

 風はいい。

飛翔(フライ)』を用いればあらゆる場所へ飛んで行け、生半可な攻撃であれば『風の盾(エア・シールド)』で防ぐこともできる。

 攻撃ならば『稲妻(ライトニング)』を使えば、並大抵の手合いならば歯牙にもかけない。

 

 そして何よりも素晴らしいと思えるのがとっておきの秘策、『風の偏在(ユビキタス)』。

 

 分身などとは違う、高度な意思の分裂。

 風は偏在する。風の吹くところ、何処(いずこ)となくさ迷い現れ、その距離は意思の力に比例する。

 あらゆる状況に即応できる対応力。それこそ風系統が最強の魔法だと、豪語する所以だ。

 

「残念ながら試したことはないが、『虚無』さえも吹き飛ばすだろう。それが『風』だ」

 

 今回、授業は中庭の『ヴェストリの広場』にて行っていた。

飛翔(フライ)』の実習課題も兼ねているのである。ひとしきり風についての講釈を垂れたギトーは、ここで生徒たちを見渡す。

「では早速実践に移る。各々飛行訓練を始めたまえ」

 

 これは『風の専攻学』。よってここでは風系統と判明した者が授業を受ける。

 しかしこの中にタバサはいなかった。なんでも『民間魔法学』を受けるためだとかで休みを取っていた。その面については手続きが済んでいるので、ギトーがどうこう言えるものではない。まあ、別にいてもいなくても良いと思っていたが。

 しばし宙を浮き、飛行制御を始める生徒が現れ始めるが、それらを見てギトーは嘆息する。

 

「まったく、今年の生徒は実に不作だ。嘆かわしい」

「それはどういうことですか? 先生」

 

 今の発言は聞き捨てならないと、地面に降りてきて抗議するのはド・ロレーヌ。

 彼の家系は風の名門。魔法のランクも既に『ライン』クラス。そこでふよふよ浮くだけのでぶっちょマリコルヌや脳筋ギムリらと比べられて、呆れられるのは我慢がならない。

 

「ぼくはこの通り、風の制御も同期の中で随一という自負もあります。他の生徒と比べての発言であれば、いくら先生と言えど聞き捨てなりませぬ」

「二年に上がっておきながらせいぜい『ライン』クラス。その程度で調子に乗る浅薄さが何よりの証拠だというのだミスタ・ロレーヌ。当学院の歴史を少しでも齧っているのであれば、そんなたわごとは出てこんぞ」

 それを聞いたロレーヌはぐぬっ……。と顔をゆがめる。

 

 今から約百年以上前のこと。

 トリステイン国の中でもより高次元な魔法の教えを施さんと、発足したトリステイン魔法学院。

 ロマリアの大聖堂をモチーフに建てられた五角形の建築物の中にて始まった教育。だが時代は戦乱真っただ中。教えも貴族の礼儀作法よりもより敵を殺傷たらしめんとする魔法の方が多分に占めていた。

 より多くの敵を狩るために。より多くの領地を奪取するために。そしていずれは『聖地』を得んために。

 そんな時期の中にあった当時の魔法学院は、ただただ欲望と混沌を生み出す蟲毒という側面が、色濃く存在していたのだ。

 

 要は、柄は悪いが滅法強いメイジを生み出す訓練場だったのである。

 

 それこそ一年から『トライアングル』、二年で『スクウェア』クラス。そんな生徒すら少なくなかった。

 その一方で、今以上に激しいランク差別主義も蔓延っていた。『ドット』で入学した者になど人権はない。裏でのいじめ、制裁、陰口、体罰……。それこそ『ゼロ』時代のルイズの対応が、可愛いとされるぐらいの陰惨さ。

 徹底的に叩きのめされ、退学どころか自殺までした生徒もいるくらい、当時の学院は目も当てられぬ惨状だった。

 これは世界を救い、冒険から帰国した『賢者』オスマンが、教師として学院を訪れるまで続いたという。

 

 話を戻す。

 要はギトーはこう言いたいのであった。「昔はよかった」と。

 

 いじめとか苛烈な魔法(ランク)格差はさておき、当時優秀な実力を持ったメイジが多かったのもまた事実。

 それに比べて、今のメイジのランクの低さよ。

 

「聖地奪還運動が活発だった時代は、それこそ皆死に物狂いで魔法の鍛錬に明け暮れた。二年で『ドット』なんていう恥知らずなど存在しなかった」

 

 聞いていた生徒たちは、緊張からか『飛翔(フライ)』をやめて周囲に集まってくる。

 みんな、戦々恐々とした面持ちでギトーの話を聞いていた。

 

「いっそのこと、再び聖地奪還運動を再開してみればいいのかもしれんな。そうしたら少しはランクを上げるメイジも増えてくることだろう」

 ギトーの声に、思わず唾を飲み込む生徒一同。

 ロレーヌさえ、押し黙ってしまった。

「まったく、我が学院はどこに向かうのだろうな。『民間魔法学』などどいう、わけのわからぬ授業を打ち立てるわ、聖地奪還を阻むエルフなんぞを学院に置くわ……」

 

 本気で呆れ果てた様子でそこまで言い切った。

 周囲に重苦しい沈黙が流れる。十中八九、フリーレンのことを言っているのは明らかであった。

 ここで一つ、咳をしてロレーヌは伺いを立てる。

 

「ひ、ひとつお伺いしたいのですが、よろしいですか?」

「なんだ?」

「その……ギトー先生の風魔法は『虚無』すらも吹き飛ばせるというのであれば、風さえ極めれば、勝てるものなのですか? あの……某使い魔とか……」

 

 流石に言葉を濁したが、ロレーヌの言いたいことはすぐに他の生徒たちにも伝わる。

 それに対し、憮然とした表情でギトーは頷いた。

 

「当然だろう。だが彼女はミス・ヴァリエールの使い魔。表立っての排斥などあってはならん。あんなのとはいえど、生徒であるからな」

 

 だが、とギトーは続ける。

 

「世界の異教徒を従僕にしておく、その神経は甚だ理解しがたいがな。……さて下らぬ議論はここまで。さっさと飛行訓練に戻れ。このままではここにいる全員、『最優』の逆、『最劣』と通知表に記載せねばならんな」

 

 それを聞いた生徒たちは悲鳴を上げた。得意に目覚めた系統でそんな成績を叩き出した日には、間違いなく家族から大目玉を食らう。

 各々、飛行訓練に戻る。しかし緊張からか集中を切らす生徒も出てきており、二、三サント浮いただけの生徒も多い。

 

「どうしたミスタ・マリコルヌ。それで『飛翔』と言えるのか?」

「あ、あの……ミスタ・ギトー、どうやれば上手く飛べますか? 何かコツなど教えて頂ければ……」

「そんなものはない。ひたすら修練と努力。それ以外にないであろう」

 

 至極失望した様子で、ギトー。

 そんなことを聞く時点でこのでぶっちょの格がわかろうというもの。

 ぐちぐちと説教という名の愚痴を吐き続けるギトー。そんな彼に向けて、『自分は違うぞ』とばかりに、ロレーヌは勇んで声をかける。

 

「あ、あの! ミスタ・ギトー! 一つお聞きしたいことがあるのですが!」

「なんだ?」

「スクウェアたる先生にお聞きいたします! 長年風系統に蔓延る課題、『飛翔中の魔法併用法』について、先生はどのように考えているでしょうか!?」

 自分を賢く見せるために、長年の課題を打ち出してみせたのだ。もっと言えば点数稼ぎである。

 

 風魔法の基礎『飛翔(フライ)』、そして『浮遊(レビテーション)』。

 これらの魔法は、別系統のメイジでも使える基礎中の基礎だ。火でいう『着火』、水でいう『放水』、土でいう『錬金』と同じように。

 しかし、風の系統に根差した者であれば、当然長距離かつ精密な制御運動も、他系統よりも操作可能できる。その機動力もまた、風の魅力でもある。

 

 その一方で長年抱えている問題。

 それこそが『飛翔中は別魔法を併用できない』という欠点。

 

 極めた風使いであれば、多少融通を利かせることもできるが、それでもこの問題は永遠に解決できない、六千年から続く難題として、今も聳え立っているのであった。

 ギトーもまた、その問題を解決せんと、様々な論文を打ち出したことがあったが、やはりというか解決したわけではなく。

 

「そんな下らぬ質問を今のこの場でする。その意味の方を先に問いたいのだが? ミスタ・ロレーヌ」

「え? いや、その……?」

 

 ロレーヌは気づかない。ギトーの地雷を踏んだことに。

 風のスクウェアまでいった彼が、その難題を放置するわけがない。

 挑んで、悩んで、放置した。『無理』だと、分かってしまった。

 

 飛行中の同時併用など、無理。

 どうしてもしたいのであれば、スクウェア以上を目指すくらいの気概で修行するのみ。

 それが、難題に挑んで得た答え。六千年前から続く、不変の答えだ。

 

「今年の通知表を楽しみにしていたまえミスタ・ロレーヌ。風を操る者にそぐわぬその『空気の読めなさ加減』は、きみの家族に確かに伝えておくとしよう」

 

 聞いたロレーヌはそれはもう、絶望したような表情を浮かべて項垂れた。

 マリコルヌも流石に今回ばかりは、地雷を踏んだロレーヌに同情する。

 

「ほれほれ、何を黄昏ているのだ。さっさと授業に戻らぬか……」

 

 

 その時だった。

 巨大な振動音が、地面を揺らす。

 

 

「うおっ!?」

「な、なんだ!」

 その時に気付く、アウストリの広場の方面。

 そこに三十メイル以上のゴーレムが姿を現したという事。

 そして……、

 

「せ、先生!」

「あれを!?」

 

 生徒は口々に空を指さす。ギトーも思わず刮目した。

 そこには、優雅に空を高速移動しながら、魔法の応酬を繰り広げる一人の教師と、一人の生徒がいた。

 それは、『雪風』のタバサと『民間魔法学の教師』ロングビルの二人だった。

 

 

 十分前の事。

 トリステイン魔法学院。アウストリの広場にて。

 

「それでは第二回の授業について、始めていきたいと思います」

 その日の『民間魔法学』もまた、『風系統専攻学』同様、外で行われていた。

 

「前回から引き続きこの授業を受けて頂いたこと、この場でお礼を申し上げます。今回もあなた達の魔法観を一変するようなものを行うつもりですので、是非最後まで話を聞いていってくださいな」

 そんな文言から始まったロングビルはまず、前回のおさらいについて、修行内容の繰り返しが重要であること、それを説いた後に本日の課題に移る。

 

「本日は『飛行訓練』の授業です。飛行と言っても『風系統』の『飛翔』とはまた違うものです」

「どう違うのですか?」

 引き続き受講をしているモンモランシーが、手を上げて質問した。

 ロングビルは眼鏡をきらりと光らせ、

 

「簡潔に説明しましょう。民間魔法学の〝飛行魔法〟は、『飛翔』のそれよりも基本に根差した術式で構成されています。主な違いは『飛行中に魔法を同時併用できる』ということ」

「え、そんなことができるのですか!?」

 

 当然、周囲はざわついた。

 

「はい。『向こう』の方々はそもそもとして、『飛行』は『歩法』と同じ。つまり息をするように行ってこそという意識が浸透しているのです。『ディテクト・マジック』と『魔力探知』は相互互換な相性だと思っていますが、こちらに関しては〝飛行魔法〟のほうが上位互換だと思っています」

 

 ロングビルの答えに、どよめきはさらに強くなる。ロングビルはあえてそのどよめきを鎮めるようにはせず、人差し指を口元で立てて、注目させることで沈黙を作り出す。

 

「つまり、これを会得できれば『風系統』の技術を一つ、過去にすることができる。長年続いた『飛翔中の魔法同時併用は不可能』という問題に、明確な改善点を打ち出す意味でも優秀な魔法だと思っています」

 

 この言葉に、周囲の注目もより強くなった。

 なにせ、先ほど挙げた話はメイジからしてみれば長年の難題であった。それを解決できるというのは、メイジとして明確な『上』を目指せるという事。

 第一回の授業の時は怪訝な顔をしていた生徒たちも、この話には前のめりになる者が俄然増えた。

 

「それでは、早速やっていきましょう。今回は各成績で『最優』を取っているミス・タバサにお付き合い頂きます」

 

 ロングビルはそう言って、タバサを指名する。言われたタバサも、素直に頷き、ロングビルの横に立つ。

 

 

 ちなみにこれは、予め示し合わせたものだった。

 一回目の授業は座学メインで地味に終わってしまった分、今回は派手に見せて『民間魔法学』を周知してほしいと、オスマンから言われてこのような形にしたのである。

 今回の主題は『飛行中に魔法を使うこと』。すなわちそれなりに動ける相手がいた方が、よりすごさを周囲に知らしめられるはず。

 そのため一対一の実戦形式にすることで、〝飛行魔法〟の便利さ奥深さを理解してもらおうという魂胆である。

 

「ではミス・タバサ。こちらが〝飛行魔法〟における魔法陣の用紙となります。他の方々にも教材を渡しますので、名前順に来てください」

 

 ロングビルは『ハルケギニア用に書き起こした飛行魔法の魔法陣』を、授業に参加している全員に配る(タバサやルイズはすでに会得しているが、あくまでみんなと同じ時期に習っているというていを保つために、同じように倣った)。

 そうしてしばらく〝飛行魔法〟の方法をレクチャーした後、実践に移る。

 

 

「では、行きますよミス・タバサ。遠慮はしなくてよろしいですよ?」

「もとより、そのつもり」

 

 

 表面上は『飛行訓練のレクチャー』。だが二人とも、ガチ実戦のつもりで臨んでいた。

 タバサもタバサで、老魔法使い二人に鍛え上げられたスクウェアメイジと試合できる機会を、不意にするつもりは無い。やるからには本気だ。

 周囲がごくりと息を飲む中、戦闘は始まる。

 

 マチルダは魔法で杖をその手に呼び寄せる。シレっと見せたその技法にまず、周囲は驚いた。

 

「え、なにあれ!?」

「どっから杖を!?」

 その声に構わず、ロングビルは杖を向ける。

 

 

「〝石を弾丸に変える魔法(ドラガーテ)〟!!」

 

 

 ロングビルの周囲に落ちていた小石が宙を浮き、文字通りの弾丸となってタバサに殺到する。

 タバサは一瞬、〝防御魔法〟を展開しようとしてそれを中断。まだ講義で防御魔法を広めていないため、自重した格好だ。

 代わりに〝魔力探知〟で飛んでくる魔法の小石を空間認識で把握。最小限の動きで回避する。

 まず、宙に浮いたのはタバサだ。勿論これは『飛翔(フライ)』ではない。〝飛行魔法〟の方。

 その証拠に口語は使わず飛んでみせた。それに気づいた生徒も「おおっ」とどよめく。

 そして――――、

 

 

「ラグース・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」

 

 

 こちらは口語(ルーン)を唱えながら、『氷の槍(ジャベリン)』を展開する。先程よりも驚愕の声が大きくなった。本当に飛びながら平然と別魔法を使い始めたのだから。

 タバサは氷の槍を打ち放つ。しかしロングビルもさるもの。それを飛翔して悠然とかわす。

 二人は宙に浮き始めた。にもかかわらず二人は余裕の表情。とても飛行に集中している者のそれとは思えない。本当に息をするかのように行っている挙動だった。

 

「土使いが『土の無い』宙に浮く。それは自分の優位性(メリット)を捨てているようなもの」

 

 タバサはそう指摘しながら、ロングビルに向かって突撃する。周囲に『氷の矢』を伴って。

 遅れて殺到する氷の矢の波状攻撃を、しかしロングビルは涼しい顔で受け流す。

 

「ご心配には及びませんわ。ご老人たちにみっっっっちり鍛えられましたもの。その程度、百も承知」

 

 そう言いながら、〝防御魔法〟で氷の矢を防ぎ切る。〝魔力探知〟できちんとどこに矢が着弾するかを見抜き、要所要所を六角形の破片で防ぐ。フリーレン世界の魔法使いの基礎を、きちんと会得した動きだった。

 そのまま、ロングビルは笑顔で杖を振る。すると地面から、巨大なゴーレムが姿を現わす。

『土くれ』時代から愛用しているゴーレム召喚魔法。スクウェアメイジになったおかげで更なる練度に磨きがかかったが、広場を考慮した大きさに留める。

 

 

「さて、それではレベルを一段階上げていきますよ。降参したい時はいつでも言ってくださいね」

「必要ない」

 

 

 タバサは長尺の杖を真横にして、改めて見据える。

 さて、ロングビルは杖を振った。ゴーレムの巨腕が彼女に向かって殺到する。

 

 タバサはそれを、見事な空中動作で回避。巨腕の周りを一周しながらロングビルに詰め寄る。

 

「〝大地を操る魔法(バルグラント)〟」

 

 ロングビルは自作したゴーレムの肩に立ちながら手を置き、魔法を発動する。

 するとゴーレムの巨体が若干崩れ、槍のような突起物が生成。それがタバサに襲い掛かる。

 タバサは回避しながら、時に『氷の矢』を放って、ロングビルに何とか接近しようと試みていた。

 しかし、思うようにうまくいかない。どれだけの速度で放っても所詮は氷の礫。確かな質量で構成された、動く土と岩の塊の前には無惨に阻まれてしまう。

 

(……こんな時、〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟なら風穴を開けて突破できるのに)

 

 タバサもまた、内心歯がゆい思いで魔法を使っていた。

 しかし流石にまだ、他の生徒たちの前でこれは見せるわけにはいかない。

 民間魔法学二回目で既に〝一般攻撃魔法〟を会得したと、周囲に知られるのは面倒だからだ。タバサだけ特別かと、周囲からやっかみを買いかねない。

 解禁はあくまで民間魔法学を最後まで受講した時。

『民間魔法学』の『最優』をとったから会得できましたという体裁を、作らなければならないからだ。故に他の生徒もいる中で、見せるわけにはいかないのであった。

 しかし、〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟が使えないとなると、こんなにも戦闘で不自由するとは思わなかったタバサだった。

 

 

「すごいわね、あの二人」

「でも、〝一般攻撃魔法(ゾルトラーク)〟無しだと相性面からマチルダが圧倒的みたいだね」

 二人の上空戦を地上で眺めながら、主従の二人、ルイズとフリーレンは言った。

「ルイズも、飛ぶならあれぐらいを目指さないとダメだよ」

 タバサを指さしながら、フリーレンは言った。

 ルイズもそれには素直に頷く。確かにこうして見ると、タバサの空中制御の凄まじさが良く分かる。風系統で『飛翔』に元から慣れているとはいえ、流石はトライアングルクラス。

 ゴーレムの巨腕を回避しながら、そこから突き出てくる複数の突起物を手堅く回避している。自分だったら多分どこかで衝突していただろう。

 

(速さはわたしの方が上でも、あんな体捌きは確かにまだできないわね……)

 

 ルイズは素直に、タバサの技術に関心を寄せていた。

 しかし、戦闘自体は徐々にタバサが劣勢に追い込まれていく。

 相手は巨腕による重撃と、ゴーレムを自在にいじって突起物による波状攻撃。その二パターンを上手く使い分けている。

 

 

 一方タバサ側は、得意の氷魔法だと距離的にみてもかなり辛い様子だ。向こうはもう、〝防御魔法〟を使わずとも隆起した土壁を展開するだけでやり過ごし始めていた。

〝一般攻撃魔法〟を解禁しても良いのなら、まだ勝機はあっただろうが、それが使えない今、ほとんど彼女に勝ちの目はない。

 こればっかりは、ランク差もさることながら、『相性』によるところが大きい。

 

「魔法戦における大切な要素、『相性差』。どんなにランクに差があろうと、相手の得意とする魔法によっては遥か格下に負けることもある。多分ランクが逆転していても、タバサはマチルダには勝ちきれないだろうね」

「ああ、そう言えば言ってたわねフリーレン。『魔法使い同士の戦いはジャンケンのようなものだ』って」

 

 隣にやってきたキュルケが尋ねる。

 

「実際はもっと複雑だけど、簡単な例を出すと今のルイズ、キュルケ、タバサの三人はそれぞれグーチョキパーみたいな関係だと思うよ。ルイズがグーならタバサはパー、キュルケはチョキみたいに」

「あら、あたしはヴァリエールに負けやすいってこと?」

「それはどうして?」

「ルイズは〝例の魔法(一般爆裂魔法)〟で全体攻撃ができるし、極めて高いレベルで〝防御魔法〟を使える。でも魔法を使う時と後での隙が大きいんだ。だから速度や手数で勝るタバサには圧倒的不利。今度二人で模擬戦をしてみるといいよ。『相性』というのを実感できると思う」

「そ、そうなの……」

「で、逆にタバサは、速度はあるけど一発の魔法の威力が低い。マチルダの模擬戦を見れば分かるようにね。圧倒的広範囲で攻撃でき、かつ隙を見せない手合いにはああやって消耗戦を強いられる。それはキュルケの〝地獄の業火の魔法〟でも同じことだよ」

 

 勿論、例の魔法はまだキュルケは完全制御できていない。

 だがもしそれを会得できれば、少なくともタバサのような手合いに負けなしになると続けた。

 

「一方でキュルケの場合、その広範囲攻撃を塗りつぶすレベルの攻撃魔法をぶつけられるとなった時、反撃できる材料が無い。キュルケの攻撃速度じゃルイズの〝防御魔法〟は妨害できない上に、ルイズの魔法が決まれば一瞬で勝敗は決する」

 

 そう言われて、キュルケは首をひねった。

 だが、考えてみると確かにそうだ。まだ〝防御魔法〟も会得していない今、実際にルイズの爆撃魔法を回避できるイメージがわかない。

 他方、〝魔力探知〟や〝防御魔法〟を会得したタバサなら、そういった魔法の発生源を的確に見切ったり防いだりすることも可能なのだろう。

 

「勿論、今挙げた例はあくまで抽象的な例にすぎない。今後のルイズ達の成長次第じゃ相性差がひっくり返るってこともあるだろうし。……まあ何が言いたいかというと、それぐらい複雑だけど無視できない問題として『相性差』というのは存在するってことだよ」

「でも、流石にあなたくらいとなるとそういうのとも無縁になるんでしょ? フリーレン」

 

 ルイズは楽観的かつ呆れたような口調で言った。

 千年以上生きたエルフたる彼女なら、相性とかそんな要素など、外れた存在だと思っていたからだ。

 

「そんなことないよ。私だって相手したくない手合いはハルケギニアにいる。というより、最近見つけた」

 

 それを聞いたルイズやキュルケは揃って目を見開いた。

「え、それって誰?」

「やっぱりオスマン学院長?」

「まさか、今のオスマンだったら私は百回やったら百回勝てる。それはさっきも言った通り相性差によるものだ。魔力や経験は凄まじくても、ハルケギニアの魔法という箍からまだオスマンは抜け出せてないから、現時点ならより攻撃的な魔法を使える私が圧倒的に有利」

「え、じゃあ誰?」

「コルベールだよ。仮に私が彼と戦うとなったら、十回やったら一回は負ける可能性が高い」

 

 それを聞いたルイズは意外そうな表情をした。だがキュルケの方は〝地獄の業火を出す魔法〟を操るコルベールの姿を見ているのだから、むしろ誇らしそうな笑顔を浮かべる。

 

「コルベール先生なの……? でも先生ってトライアングルクラスよね? オスマン学院長よりも凄いの?」

「確かに彼は私よりも、オスマンよりも魔力は低い。でもそれを補って余りある『発想力』と『分析力』がある。あれは本当に脅威だ。私でさえ『なんでもありの戦闘だとコルベールが何をしてくるか』って、イメージが鮮明に描けないほどなんだから」

 

 具体例を出すのであれば、コルベールの発想力はクヴァールに近い。

〝人を殺す魔法〟が日の目を見て以降、人類が築き上げてきた八十年。基礎的魔法として築き上げてきた理論の積み重ねを、彼はたった数日で理解し始めている。そう書けば恐ろしさが伝わるであろうか。

 

「いろんな分野の知識を取り入れてくる貪欲さ、時に自分をも上回る発想力。それによって作られる未知なる魔法。それを出されたら、私でもどうなるかは分からない」

 

 ただ、と前置きしてフリーレンは続ける。

 

「じゃあコルベールがハルケギニアで最強かっていえばそうじゃない。オスマンとコルベールがやりやったらオスマンが圧勝するだろうし」

「なんでよ?」

「魔力差もあるけど、オスマンはコルベールの『性格』を知り尽くしているからかな。発想力が凄まじくても『人となり』を知っているオスマンはそれを手玉に取ってくるって、分析してるんだ」

「なるほど、そこで偶然にも『ジャンケンのような相性差』が発生しているってワケね」

「そうだね。現状の私、オスマン、コルベールならそういう三角関係になるだろうね」

 

 勿論、今後の展開次第で変わるかも、と続けるが。

 

「それでも多分、『コルベールとはやりたくない』って評価は私の中では変わらない、とは思ってるよ」

「へー、ジャンってそんなに凄いのねえ! フリーレンにまでそう言わせちゃうなんて!いやだわますます惚れちゃうじゃないの!」

「「ジャン?」」

 

 異様に惚気づいた声でくねくねし始めるキュルケを見て、呆気にとられる主従の二人。

 

「ねえキュルケ、まさかなんだけど……」

「あら、ルイズは流石にわかるのかしら?」

「うっそでしょ……、何歳離れていると思ってるのよ?」

「年の差なんか、あたしには何の障害にもならないわ」

 

 どうやら本気らしい。ルイズは呆れるやらなにやらといった表情を浮かべる。

 なお、フリーレンは未だに何故キュルケが「ジャン」呼びし始めたのか、理解できてなかったが、まあ仲良くなったんだろうなー、とは思っていた。

 キュルケの『微熱』を理解するにはまだ、フリーレンの心はまだ冷えすぎているのだろう。

 

 そこからしばしあって、「でも……」と、藪から棒にルイズは言った。

 

「わたしはフリーレンが負ける姿がどうしてもイメージできないんだけど」

「言いたいことは分かるけど、私だって別に無敗じゃない。自分より魔力が低い相手になんか、十一回も負けたことがあるし」

「え!?」

 

 思わず声を出して驚いた。このエルフが、十一回も負けたなんて!

 この声により、他の面々……ギーシュやモンモランシー、レイナールらは興味深そうにこちらを見る。

 周囲の注目を集めながらも、フリーレンは解説を続けた。

 

「そしてその中の六人は人間だ。私が歩んできた千年の歴史の中では、私よりも強い人間はたくさん見てきた。少し長く生きているからって、自惚れるつもりは全くないよ」

 気づけば周囲は、フリーレンの話に傾聴し始めていた。その目に恐れはない。只興味だけがあった。

 それぐらい、彼女の話す魔法談義にも、興味を示し始めているのだろう。

 

 ややあって、衝撃音が上空に轟く。

 

「決着がついたみたいだね」フリーレンは空を見上げる。

「ロングビルはさっきのジャンケンでいうならキュルケのようなもの。大規模な攻撃も細かな攻撃も使える万能系だ。その時点で手数のみのタバサは圧倒的に不利。勝敗も――――」

 

 やがて、ズドンとフリーレンたちの目の前に何かが落ちてくる。

 顔以外の全身が泥団子で埋まっているタバサが、そこにあった。ゴーレムに全身を握りこまれた後、『錬金』で固縛されたようだ。

 

「まあ、そう簡単には覆らないよね」

「〝あれ〟を使っていいのならまだわからなかった」

 

 負け惜しみとばかりに、むっすー顔でタバサ。

「あら、私も〝あれ〟は使ってませんわ。素直に負けを認めるのも大事なことですよ。ミス・タバサ」

 顎に手の甲を当て、「ほほほ」とロングビル。その後優雅にとりなしながら、生徒たちに告げる。

「さて皆さま、これが民間魔法における〝飛行魔法〟。息をするかのように他の魔法を並列使用できる。その素晴らしさが先の空戦で分かって頂けたかと思います」

「あ、あの! どうやればミス・タバサのようにまで動けますかミス・ロングビル!」

「是非教えてください!」

 

 生徒たちはもう、興奮冷めやらぬ様子でロングビルの講釈にがっつき始めた。

 こうやって実戦を目の当たりにしたことで、民間魔法の奥深さを理解し始めたのであろう。

 異端云々も、結局は「自分も修得できる魔法」という事実の前に静かに消える。なぜならこれらはすべて汎用魔法(コモン・マジック)という分類に入っているのだから。

 ロングビルから魔法陣の書かれた魔導書(学院でいう教科書か)を受け取った面々は、タバサほどではないにしろ、〝飛行魔法〟を会得し始めたのだ。

 元々、飛翔は速く飛ぼうと思うと修練を要するものの、他系統の者でもできるくらいには基礎的な魔法である。習得するのにさしたる時間はかからないようだ。

 いつしか、隣の広場でスパルタのような『飛翔』魔法を使っているだけの生徒たちより、息をするように飛行魔法を使えるようになっていった。

 

 

(……その割には、あまりにもみんなの習得速度が速いような気がする)

 

 

 これを見ていたフリーレンは、内心そう思っていた。

 マチルダの修行期間内から密かに思った疑惑。最初は風系統だからとか、そんな感じで習得速度が速いのかと思ったけど、別系統のギーシュやモンモランシーも既に宙に浮き始めていた。

 まあ、魔法を早く修得できるのなら、それにこしたことは無いのだが……。

 

(……まさかね)

 ちょっと内心湧き上がった疑問を、でもこの時ばかりは「気のせい」としたフリーレンだった。

 

 

 

 さて、これを見せられた風の専攻学の生徒たちは、たまったものじゃなかった。

 なにせ長年の課題である『飛翔中の魔法同時使用』など、不可能とギトーが断じていたのに、その隣では常識をひっくり返すような現象が起こっているのであるから。

 ギトーの眉は、ますます険しくなるばかり。

 

「あら、ごきげんようミスタ・ギトー」

 ここで、ロングビルが〝飛行魔法〟で飛んでギトーの授業場に降りてくる。

 

「ミス・ロングビル。今此方は授業中なのだが」

「ええ、ですが正直、あまりにも強い嫉妬の目を感じましたので」

 

 そう言いながらロングビルは「こういうのはどうですか?」と柔らかな声で提案する。

「折角の同じ飛行訓練ですし、ここから共同授業というのは。ここにいる風系統の子たちであれば、向こうのレッスンしている子たちよりも、速く飛べるでしょうし」

「……学院長の差し金か」

「教師をやるのであればスキキライせず、存在を認めた上で『どうするか』を常に思考してほしい。オールド・オスマンがそう仰ってましたのは事実です」

 

 しばし、沈黙が流れる。

 ややあって、その静寂を、おずおずと上がる手が破る。

 

「あの、ミス・ロングビル……」

「はい、ミスタ・ロレーヌ。なんでしょう?」

「第一回で……、胡散臭いとか、異端じゃないかとか……、その、色々言いましたけど……、やっぱりぼくも、その……」

 

 ロレーヌはかつてないくらいに汐らしい態度で、もじもじしながら口を開く。

 そんな彼の態度を、ロングビルは優しい笑顔と手で迎え入れる。

 

「ええ、大丈夫ですよミスタ・ロレーヌ。『民間魔法学』は誰も拒みません。風系統の名門であるあなたなら、この〝飛行魔法〟のすばらしさは誰よりも良く分かって頂けたかと思います。よろしければ、是非」

「はい! よろしくお願いいたします!」

 

 ロレーヌは今までにない笑顔を浮かべた後、ルイズ達のいる授業広場へと向かって行く。

 遅れてマリコルヌや、そのほか風系統の生徒たちも、我先にと向かって行った。

 誰もが皆、非効率な『飛翔』よりも息をするように行える〝飛行魔法〟の方に向かうのは、自明の理だった。

 

 

 さて、あっという間にギトーの周囲にいた生徒たちは消えた。

 ただ、悶々とした様子で立ちすくむギトーにも、ロングビルは手を差し伸べて言う。

 

「学院長はこうも言っておられました。『教師たるもの、生徒を正しく導くためにも、教えるだけではなく常に最新を知り続けることも大事』と。食わず嫌いをする気持ちは分かりますが、どうでしょう。もしタイミングが悪いということであれば、別の機会を設けたりも致しますが―――――」

「くだらん」

 

 ロングビルの声を遮るように、ギトーは杖を振る。

 突風のような風と共に、ギトーは宙を浮いた。勿論これは『飛翔(フライ)』である。

 

「何を言おうと、何と言われようと、『民間魔法学』などという不埒なものは認めん。絶対に認めんぞ!」

 

 そしてギトーは風のような速さで、学院の周囲を回った後、そのまま飛び去っていく。

 

(受け入れられるか、受け入れてなるものか! 風は最強! 絶対にそこは譲らん!)

 

 ギトーは何かに突き動かされていくように、突風のように飛んで行く。しかしもう、それを気にする生徒たちは誰もいなかった。

 みんな、新しい飛行技術に目を奪われていたのだから……。

 

 

(へえ、速い。『飛翔』であれなら〝飛行魔法〟ならもっと速くなるだろうに)

 勿体ない。

 

 

 そう呟くフリーレンだけが、飛び去っていくギトーを見上げていた。

 

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