ギトーはトリステイン、その中でも辺境の地の生まれだった。
領地はあったが古くよりオークやトロールの住処としても知られており、戦がひっきりなしに起こる土地の貴族だった。
今でこそその亜人襲来は収まりを見せたものの、絶えない防衛戦のせいで借金が多く、貧乏な暮らしを余儀なくされていた。
幼少期は貧乏人の苦学生。当然ながらトリステイン魔法学院などという、最先端の教育機関へと通える金はなく。
ただ魔法を極めた。そういう意味ではオスマンと近しいものがあった。
いじめをうけたり貧乏を馬鹿にされながらも、学生時代のギトーには友人がいた。
友人も同じ風系統。そして金も土地もない苦学生。気難しい上に人付き合いが苦手だったギトーにとっては、唯一といっていい理解者だった。
その時代が楽しかったギトーは、やがて友人と共に風の魔法を極める時間が、何よりもかけがえのないものへとなっていった。
そんな中、彼を襲う苦難。当時の『
それを誰かに盗まれたのだ。
この論文を発表すれば、『飛翔』の性能がさらに強化されると、当時でも話題となった。要は金のないギトーにとって、金の卵になるかもしれない価値を持った論文なのだ。
それゆえに盗まれたギトーは血眼になって、無くなった論文を探した。
幸いにも、犯人はすぐ見つかり、論文も手元に無事戻ってきた。
逆に不幸だったのは、論文を盗んだ犯人は、あろうことか親しかったその友人だった。
(ギトー、お前だけずるいよ。なんでおれは未だに『ライン』なのにお前は『トライアングル』になるんだよ。置いてかないでくれよ)
論文を盗んだ友人は、目覚ましく才能を開花させていくギトーへの嫉妬もあったのだろう。
牢獄へ入っていった友人がどうなったかは、ギトーは知る由もない。もう、終わったことだからだ。
あの楽しかった日々も、競い合った時間も。
ただ、友人と笑いながら言い合った『風系統こそが最強』という言葉だけが、ずっと彼の脳内に住み続けた。
「私は一体、どうすればよかったのだろうな。今でもまだ夢に見る、私の瑕だ」
ギトーは愁いを零した表情で、そう言った。
「ふぅーん、なんでそんな話を私にしたの?」
体育座りのフリーレンが、ギトーに尋ねる。
それを聞いたギトーは、全てを諦めたかのようなさわやかな笑みを浮かべ、
「〝飛行魔法〟とやらの性能があまりにも悔しくてな、『飛翔』も負けておらんとひたすら飛び回ったら精神力が切れて落っこちた。そしてその先で流砂に嵌ってな。杖はすでに飲み込まれた。私はもうお終いだ」
そう、フリーレンの視界、十サント先の光景は、座りながら流砂で下に埋まりかけているギトーの姿があった。
フリーレンは(前にもこんなことあったなぁ)と、考えながらギトーを見る。
ちなみにフリーレンがここにいるのは、ただなんとなく、飛び去ったギトーが気になったから。それ以上でも以下でもない。
どこに行ったのかという、純粋な好奇心で追いかけてみたら、丁度こんな目に遭っているギトーを発見したのである。
「しかし、皮肉なものだ。こうして私の最期を看取るのが、まさかエルフとは……」
ギトーは身動きを取らないまま、そう呟く。周辺にフリーレン以外の人気はない。つまり助かりたかったら、彼女にそう言うしかないわけで。
ギトーの身体はもう、下半身が埋まりかかっていた。これ以上暴れたら間違いなく生き埋めになる。
そんな心境を分かっているのかいないのか、エルフ少女ことフリーレンは疑問符を浮かべて尋ねる。
「ねえギトー。なんでギトーはそんなに〝民間魔法〟を毛嫌いするの?」
今する質問なのかそれは。
そう思いながらも、ギトーは歯を食いしばって呟く。
「異端に当たることなど、始祖から奇跡を受け取った貴族が許せるはずなかろう」
「でも、ちゃんと
まったく、エルフというのは人の心、その機微というものが本当に分からない種族らしい。
チッ、と舌打ちしながらギトーはついに本音をぶちまけた。
「じゃあはっきり言ってやる。『気に食わない』。ただそれだけだ。理屈じゃない」
「そうなんだ。よくわかんないや」
「……貴様には感情というものはないのか、なるほど『聖地』云々がなくとも我々とは反りが合わぬはずだ」
「だって、勿体ないよ。ギトーの飛行技術に関しては学院でも随一だと思ってる。誰よりも高く速く飛べるかもしれないのに。そんな理由だけで棒に振るのは」
フリーレンの言葉と目は、侮蔑や嘲笑は一切ない。
本当に、どうして試してみないのか、その疑問だけが只々あった。
どこまでも悪感情というものが無いために、ギトーも少し、毒気を抜かれたような目でフリーレンの方を見る。
「試してみる? ギトーなら〝飛行魔法〟はすぐ会得できるよ」
「普通に助けるという選択肢はないのだな」
そう呟きつつも、このまま砂の中へ生き埋めになるのは流石に嫌だ。
まだ死にたくはなかったギトーは、渋々といったていで、流砂の中に自ら入ってくるフリーレンの手を取った。
手のひらから直接イメージを送る。契約を結んだルイズほどではないが、きっかけ程度なら送れるくらいにはレベルが向上したのだ。
そしてフリーレンの手の中にあった魔力……。〝飛行魔法〟に関するイメージに触れた瞬間、ギトーの中に電流が迸った。
(こ、これは……!)
今まで『気に食わない』だとか『食わず嫌い』で、頭ごなしに否定していたギトーだったが、このイメージを直接知った瞬間、そんな考えは吹っ飛んでいった。
(な、なんて簡潔な魔法陣……! こ、こんな簡単なイメージで飛行ができるのか、こ、これが民間魔法……!)
それぐらい、今まで書いた論文を置き去りにするかのような、洗練された構造。
これなら確かに、他の魔法の並列使用もお茶の子さいさいだろう。風系統を極めるところまでいったギトーだからこそ、すぐそれに気づいた。
「軽くイメージを送っただけだけど、どうする? このまま飛んで引っ張り上げてあげようか?」
一応、彼女なりの気遣いとして、そのまま空に引っ張り上げようかと提案するフリーレン。
しかし、逆にギトーが彼女の手を離さなかった。
「いや、待て。もう少し、もう少しだけこのイメージを送ってくれ! なにか、何か新しい閃きのようなものが……!」
それを聞いたフリーレンは「そっか」と、なされるがままギトーの手を取ったまま佇む。
やがて、フリーレンもまた、ギトーと一緒にずぶずぶと流砂に飲み込まれていく。
数秒後、巨大な衝撃音と共に、砂がまき散らされる。
ギトーは、フリーレンを引っ張りながら上空を飛んでいた。杖を使わずに。
つまりギトーは、この短時間で〝飛行魔法〟をあっさりと習得したのであった。
「まったく、エルフに借りを作ってしまうとは……」
そのまま〝飛行魔法〟で自由に飛べるようになったギトーは、失くした杖を回収した後、そのまま自室へと飛んで戻った。
風系統について書かれた論文が所狭しと並んでいる本棚。その本棚の真ん中にある、羊皮紙で埋もれた机の中の下にある椅子に、ギトーは一息ついて座った。
「すごいねこれ、全部ギトーが書いたの?」
壁際にある書物や羊皮紙を無造作にかき分けながら、そう言ってきたのはフリーレンだ。
彼女も何故かついてきたのだ。ギトーはため息をつく。
元々人を迎えいれるような作りはしていないのだが、フリーレンは特に気にしてないようだった。
それほどまで、自作の論文に目を輝かせている。学生や周りが誰も見向きもしない、風についての仔細を記した論文。
そんな、他者から見れば取るに足らない論文で目を輝かせる彼女を見て、ふと昔の情景をギトーは思い出す。
(昔は私も、あんな風に笑い合える友がいたのだがな……)
まあいい。
ギトーは机の上で用意した用紙に羽ペンを走らせる。
今日会得したインスピレーションを、忘れない内に書き起こそうとしていたのだ。そこに異端だから、気に食わないからという感情は既にない。
噂に聞く〝飛行魔法〟。その性能を直に脳内に埋め込まれた、そこから迸った、稲妻のような発想の源泉に、今は身を任せるのが大事だと思っていたのだ。ここは良くも悪くも、風で優秀なギトーだからこそであった。
(これを自在に使えるようになれば、確かに魔法の並列使用は可能。だがそれだと『
ここまで至った時、ギトーの脳内で逆転の発想が弾け飛ぶ。
学生時代、盗まれかけた論文を作成していた時、あの時と似たような閃きが彼の脳内で突如、湧き立ったのだ。
(魔法並列使用! これに『
ギトーの視界は今、机の上の羊皮紙、自身が書いている魔法陣に収束していた。
羽ペンを持つ手は残像が出ているかのように動き出す。粗削りながらも新たな理論が、そこには描かれ始めていた。
(これを使えば、瞬発的な速度は風竜を越えるかもしれない! 速度においても『風』は優秀ということが魔法学界で証明され――――)
そこまで来た時、ふとギトーは羽ペンを止めた。
そして、疑問に思うような風情で、山のような論文を漁るフリーレンに目を向ける。
「一つ、聞いていいか?」
「なに、ギトー」
「どうしてそこまで、私を気にかける。貴様に何の得があって、こんなことを……」
純粋な疑問だった。だがどうしても知りたかった。
何が目的なのか、何か交渉をしたいのか。そういった意味も含めて尋ねた質問。
それに対して、フリーレンはあっけらかんと。
「さっきも言ったでしょ、勿体ないからだよ」
「……何が勿体ないのだ?」
「ギトーはこと『風系統』においては、教師陣の中でも優秀なメイジだ。この部屋の論文を見ても分かるよ。すごく風に関して勉強してきたんでしょ?」
「誰も見向きもせん、過去の論文だがな」
自嘲気味に、ギトーは言った。
確かに、過去に自身の出した論文が学界を席巻し、その資金でトリステイン魔法学院という、最高級の施設の教師に納まることができた。
だが、その後の論文は鳴かず飛ばず。長年の議題『飛翔中の魔法同時使用』についてもあらゆる視点からメスを入れたことがあったが、どれもしっくりと来ない。
そうこうするうちに学界からも、いつの間にかギトーの名が消えていた時は、悔しさと共に諦観で拳を震わせたことがあった。
今の自分の無様さを、過去の友人が見たら何を思うのか。そんな考えがその時過っていた気がする。
「じゃあ今描いているその魔法陣で、また学界に名を残せるんじゃないかな」
フリーレンの目は、ギトーが今描いている魔法陣に向けられていた。
確かに、この論文を発表すれば、今まで忘れ去られていた自分の名が、再び載るかもしれない。もしかしたら歴史の中にも残るだろう。
長年、空飛ぶ生物種で『風竜』より速い生物は存在しなかった。それを一瞬とはいえ覆せるだろう魔法を、今記述しているのだから。
その論文を見ながら、フリーレンはこう続ける。
「魔法使いはいつ、どこで、どのようなきっかけで化けるか分からない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「いやあ、焦ったなフリーレン」
「焦ったどころの話じゃないでしょ
千年前の記憶、その一片。
『魔族の技術』として恐れられている『魔法』の実用性。それを説明しようと、帝国の大陸を渡り歩いていた頃の話。
後の大魔法使いとして名を馳せるフランメと、魔王討伐の英雄フリーレン。そんな未来で名を馳せる偉大な二人の魔法使いはほんの一時間前、異端騒ぎであわや磔刑寸前までいってたところを無事乗り切ったところだった。
豪快に笑うフランメと歩く道中、ジト目でフリーレンは己の師匠を見る。
僻地で有名な魔法使い一族と接触し、技術交流できないかと向かう中、魔法を異端だと騒ぐ戦士村の連中に出くわして、捕まって、磔にされて。
あの時の師匠の命乞いは、今まで見てきたもののどれよりも迫真だったと、フリーレンは思っていた。
「いやほんと、あれどうするつもりだったの? たまたま魔物たちが村を襲撃してこなかったら、私達死んでたよ」
「だがお前も私も死んじゃいない。無事一族とも接触をはかれたことだし、結果全部良しだ」
刑執行寸前は、後のヒンメルよろしく「うおーん」までしていたフランメだったが、丁度魔物が襲撃してきたこと、その隙をついて脱出したフランメが、魔法で魔物を倒してその重要性を説いたこと、その後なんやかんやあって魔法に対する誤解を解いたことで、無事戦士の村から脱することができたのだ。
「でも、こんなこと続けていたら師匠、絶対いつか誰かに殺されるか処刑されるよ」
今回は乗り切ったが、次はどうなるか分からない。そういう意味でもフリーレンは警告する。
「だが、この歩みを止める気はない。魔法に対する誤解を解き、誰もが魔法を使える時代……、それこそ子供たちにまで魔法の楽しさを浸透させるのが私の夢だ」
それに、とフランメは続ける。
「魔法使いってのは、いつ、どこで、どんな理由で化けるか分からない。この大陸はそんな才能の原石で溢れていることだろう。きっとそんな奴らがこれからの時代……、魔族に対し抗う術を身につけ発展させていくんだ。その積み重ねが魔王を討つと、私は思っている」
「そんなものなのかな……」
師匠は一体、どこまで先を見ているのか分からない。きっと百年二百年じゃない。千年先を見据えているんじゃなかろうか。
一方、そんな先の未来など全く分からないから頭を傾けるフリーレンを、師匠フランメは優しく撫でて言った。
「それを、悠久の時を生きるお前に見せてやろうって言ってるのさ」
「ゼーリエにも?」
「ああ、あの人にも分からせてやるつもりさ」
「でも正直、師匠は
「いーや、生き切ってやる。弟子に看取られながら花畑の上で大往生してやるよ」
自信満々にそう言い切る、フランメの笑顔が、フリーレンの中に確かに記憶の片隅に残っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「だからかな。ギトーは自分の書いた論文なんて、と言ってるけど、ギトーだからこそ『飛行』の上を目指せるんじゃないかって、なんとなく思ったんだよね」
フリーレンの微笑みに、しばしギトーは茫然としていた。
まさか、自分を見てくれたのは他でもない、エルフであったという事実に。
羽ペンを持つ手が少し震える。それを隠しながら、もう一つ問うギトー。
「もう一つ聞いていいか、貴様が魔法に、興味を持つ原点は何だ?」
自分は、それしかなかったから。
友との出会いも、論文の作成も。全ては自分が、貧乏から脱するため。だから必死になって魔法を鍛え上げた。
自分にとって、魔法は己のアイデンティティ。ならば目の前のエルフ少女は、どのような自己を持って魔法を見ているのか。
それに対し、フリーレンはしばし考えるような表情をするが、やはりこれしかないという笑みを浮かべて。
「私の魔法を褒めてくれた馬鹿が
それを聞いたギトーは、一瞬過去の情景を思い出す。
それはまだ、友が裏切らずに馬鹿をやっていた頃、いつの間にか忘れた笑顔を、自然に浮かべていた頃のこと。
『やったなギトー! もうラインだなんて! やっぱりお前は天才だな!』
『何言ってんだ! お前こそ次期トライアングルって持て囃されてるくせに!』
『お互い決闘じゃ負け知らずだからな! ホント、風系統でよかったな!』
『いーや、おれたちの扱う風だからこそだ! いずれは一緒に、風の頂点を目指そうぜ!』
『おう、おれたちの操る風系統は最強!』
『そうともさ! 最強! おれたちの魔法は虚無すら吹っ飛ばす!』
『『がっはっはっ!』』
『風系統は最強』か……。
そうだった。なぜ自分がこんなにも『風系統』にこだわるのか、その
「貴様にも、友が
「うん、もう大体、いなくなっちゃったけど」
フリーレンはそう言って、本棚にある本を抜こうと力を籠める。
するとバサバサと、重みに耐えかねた他の書類まで一緒になって落ちてくる。
一気にフリーレンは、紙の山の中で埋もれてしまった。下半身だけがだらしなく現れている状態。とても恐怖の象徴たるエルフとは思えぬその無様さに、ギトーは嫌味のない微笑みを浮かべて杖を振る。
ふわりと、紙の山が宙に浮き、フリーレンは復活した。
「ありがとう、ギトー」
「いや、礼を言うのはこっちの方だ」
ギトーはそう言うと、恐らくこの学院で誰も見せたことのないような、愁いのこもった笑顔を浮かべると、机の引き出しにしまってあった、ある本を差し出した。
「今日助けてくれたことと、新しいインスピレーションをくれた礼だ。興味があるのなら、受け取り給え」
「それは?」
「風魔法の極致、『
ギトーはそこで言葉を切る。フリーレンはすごく嬉しそうな表情で、その本を受け取ってくれた。
「シュヴルーズやイヴリーヌ、コルベールもそうだけど、こういった論文や魔導書は本当に嬉しいんだよね。今まで私が見てきたことのない、魔法の観点が見れるから」
「それをいうなら私もそうだ。食わず嫌いがどれほど愚かであるという事かが、今日でよく分かった。それに気づかせてくれたこと。感謝する」
ギトーはそう言うと、「集中したいから出て行ってほしい」と、「だが書斎にはいつでも好きに来てくれて構わん」の、二つの言葉をフリーレンに送った後、新たな魔法陣作成に再び集中し始めた。
フリーレンも、流石に邪魔をしては悪いと思ったのか、貰ったいくつもの論文を手に、部屋を出て行った。
その後、教師の定例会議にて。
「『民間魔法学』、良いと思うぞ」
開口一番、そう言い切ったギトーに、周囲は色んな意味で目を丸くした。
どんな心変わりがあったのか、それを聞こうとするより先に、ギトーは続ける。
「今まで異端だのなんだのと避けてきたが、やはり実利や利便性という、重大な要素は決して無碍にはできん。むしろ系統学の教師陣にこそ、積極的な交流が必要だと私は考える」
「い、いったいどうしたのですかなミスタ・ギトー。何故そのようなことを……」
思わずコルベールが尋ねる。何せこの前まで彼は反対派筆頭だった。それなのにこの急な手のひら返し。
肯定派のコルベールでさえ、これには思わず首を傾げるしかなかった。
「なに、かの魔法に直に触れて、その凄さを理解した。それだけのことだ」
ギトーは素直に認めた表情を浮かべる。こんな彼の表情もまた、初めて見るとばかりに周囲はざわつく。
「ミスタ・コルベール。貴方は確か言いましたな。『民間魔法学』は侵略ではなく新たな道を見つける融和だと」
「え、あ、はい」
「貴方の言うとおりだ。既存の魔法に新たな反応を混ぜることで更なる進化を呼び起こす。それこそが小国トリステインが、領地や人民で勝る他国とやりあえる、一つの切り札になると見ている」
こうやってスラスラと自身の論調を述べたギトーは、最後に、
「というわけで、『民間魔法学』を学院の授業として取り入れること。それに対しこの私、『疾風』のギトーは全面的に賛成する。食わず嫌いしている教師たちにこそ、かの魔法に触れてもらいたい」
そう言うと、ギトーは去っていった。
周囲は彼の変容ぶりに口を開ける中、コルベールはふと思った。
(ミス・フリーレン。どうやら彼女は、無意識に人を変えていく魅力があるようだ)
人を知らぬからこそ、人をいい方向へと変えていく。
そんなそこはかとない魅力に、ルイズや周囲も、ギトーすらも惹かれていくのかもしれない。コルベールは何とはなしにそう思っていた。
さて、そんなフリーレンはというと。
「はぁ、今日も疲れた……って」
風呂から上がったルイズが、自分の部屋に戻って来た時の事。
扉を開け、飛び込んできたその光景に一瞬、目を奪われた。
「あールイズ、お帰り」
「ちょ、ちょっとフリーレン! これいったいどういうことよ!!」
ルイズは思わず叫ぶ。
なぜなら部屋中一杯に、フリーレンがたくさんいたのだ。ざっと数えただけでも七人くらいいる。
どうしてこんなに急に増えたのか、さっぱり分からないルイズは思わずがなってしまった。
「実は今日ね、ギトーから『偏在』についての魔導書を貰ったから、試してみようと思ったんだけど……」
「ルイズー、髪解いて」
「ねールイズ、おなかすいたぁ。おかしー」
「ルイズー、買った魔導書どこー?」
「ルイズー、ルイズー」
ふやけたフリーレンどもの大合唱。思わずルイズは頭を抱えた。
どいつもこいつもふにゃふにゃ顔で自分の願望をさらけ出している。そのくせ自分を呼ぶ時だけは一糸乱れぬ口調なのだから余計手におえない。
「増やせるは増やせるんだけど、操作が全く効かないんだよね。まだ完全な再現ができてないせいかな」
「い、いいから早く消しなさいよ! 耳がおかしくなりそう!」
「消し方も分かんない。一応時間経過で消えるようにしてはいるから、それまで待って」
「待ってって! この状態で!? ねえどれくらいかかるの!?」
「分かんない。もしかしたら一週間かかるかも」
「いいから今すぐ消しなさぁぁぁぁぁい!!」
その後もふやけたフリーレンに囲まれながら、発狂しながら面倒を見なければならなくなったルイズは、その後フリーレンに「何があっても『偏在』だけは絶対使用禁止」を言い渡すのだった。