使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第42話『模擬戦』

 

 フリーレン召喚から約2ヶ月後。

 月は6月(ニューイ)第3週(エオロー)。マンの曜日。

 トリステイン魔法学院、地下の特別修練施設にて。

 

 

「じゃあ、いくわよタバサ」

「いつでも」

 

 背伸びをしながら、ルイズはタバサと正面から向き合った。

 軽くぴょんぴょん飛び跳ね、体をほぐす。

 程よい緊張感がルイズの中を満たしている。これからやるのは魔法を主体とした『模擬戦』。今まで単独で修行していたけど、相手を付けた戦いは初めてだ。

 

 魔法使いたるもの、実戦による修練も極めて大事。

 そういうフリーレンの教えに従い、とりあえず経験豊富かつ、身近な例としてタバサと戦うこととなった。

 キュルケやマチルダだと、相性の関係上優勢になるため得るものが乏しい。なので逆に苦手な相性といっていたタバサの方を指名したのである。

 勿論、タバサを指名したのは他でもないフリーレンだが。

 

 もちろん、やるからには負けるつもりなどない。全力で勝ちに行くつもりだ。

 体をひねったり腕を伸ばしたり、準備運動もほどほどに済ませた後、ルイズは杖を懐から取り出す。

 

 一方のタバサは相変わらずの無表情。一つ違いがあるとすれば、いつも持っているあの長杖がない。両手をだらんとさせていた。

 いつも肌身離さず杖を持っている姿を見ていただけに、何も持っていないタバサには結構な違和感がある。

 初めての模擬戦となるルイズとは違い、タバサはこういうことに慣れっこなのか、いつもと変わらぬ表情。そこでまず、自分とは経験の差が違うとルイズは思わされる。

 

 ルイズとタバサは、お互い五メイル程空け離れた場所で、対峙していた。

 

「では審判(ジャッジ)はあたし、『微熱』のキュルケが務めさせて頂きますわ。お二人さん」

 

 二人の丁度真ん中の位置にて、キュルケは片手を上げて宣言する。

 二人にとっての真剣勝負である以上、身内贔屓はしない。勝ちだと思ったら仇敵(ルイズ)でも、負けだと思ったら親友(タバサ)だろうとそのように判定するつもりだ。

 キュルケの隣には、フリーレンやマチルダ、オスマンもいる。観戦もいる中でやりあうので、なおさらルイズは緊張した面持ちで杖を向けていた。

 

「では、はじめ!」

 

 そうこうするうち、キュルケは上げた手を振り下ろす。

 ルイズは体内の魔力を巡らせる。この実戦は身内以外見ていないため何でもあり。〝防御魔法〟だろうが〝一般攻撃魔法〟だろうが使って問題ない。

 ルイズはまず〝防御魔法〟を『全面展開』する。魔力量が底なしだからこそできる荒業。こうして周囲をバリアで守っておけば、理論上自分が危害を加えられることはない。

 

(さあ、どうするのかしらタバサ!)

 

 とりあえず、向こうの武器である『先手』はこれで封じた。

 そうしてまず自分の安全を確保したルイズは、改めてタバサの方を見る。

 しかし、タバサは未だにぽけーっとしている。何を考えているのかわからない。なんなら模擬戦が始まったことに気づいてないのかもしれない、そんな表情をしていた。

 

「ちょ、ちょっと! いつまでボケっとしてるつもり!? やる気あんの!?」

 

 ルイズは思わず叫ぶが、タバサはどこ吹く風。

 どうしよう。このまま攻撃してもいいのだろうか。ルイズは逡巡する。

 間違いなく防御を展開している自分が有利なはずなのに『タバサが何をしてくるのか、そのイメージが全然つかめない』のだ。

 魔法使い同士の戦いにおいて、『相手がどう出るか読めない』はかなり危ない。フリーレンが何度も教えてくれた言葉だ。

 相手の思考や先が読めないことが、こんなにも恐怖を感じるとは思わなかった。

 

(これが、フリーレンたちの魔法使い同士の戦闘ってやつなのね……)

 

 とにかく、ずっとこうしているわけにはいかない。

 魔力量が並外れているとはいえ、それでも〝防御魔法〟の全面展開は魔力の消費がとても激しい。

 もしかして向こうは魔力切れを狙っているのかもしれない。ならばこちらから仕掛けないと、魔力が切れて終わりなんてしょっぱい試合は御免だ。

 

 ルイズはそのまま、杖先から魔法陣を展開する。

 指定した地点を爆発させる、ルイズ式〝一般爆裂魔法(ゾルトラーク)〟。その範囲は広大。マチルダのゴーレムだろうとキュルケの火だろうと吹き飛ばすほどの威力を持ちながら、人体への影響は気絶のみに留めた、新世代の攻撃魔法。

 それを、タバサに向けて撃ち放とうとする。

 

 杖先に魔力を迸らせ、ルイズは叫ぶ。

一般爆裂(エクスプロー)――――」

 

 

 そこまで言った時、タバサが動いた。

 流暢な動きで、魔法で杖を呼び寄せたタバサは、そのまま『氷の矢』を撃ち放つ。

 

 

 

「〝氷の矢を放つ魔法(ネフティーア)〟」

 

 

 

 系統魔法とはまた違う、おそらくフリーレン世界の氷魔法。

 氷魔法といえば『氷の矢(ウィンディ・アイシクル)』か『氷の槍(ジャベリン)』。まず口語を唱えるから予備動作で分かると思っていたルイズはまず、そこで面食らってしまった。

 ルイズの油断を突くかのように飛んできた氷の矢は、瞬激の速度で〝防御魔法〟の壁に連続して当たっていく。

「きゃあっ!?」

 当然ながら、バリアに阻まれた氷の矢は途中で弾かれ、宙に浮く。しかしいきなりの奇襲にルイズは怯んでしまった。

 それにより、込めていた魔球は一気に萎んでしまう。こうやって不意を打たれると、ルイズは脆いのだ。

 

(でも、ダメージを受けたわけじゃない! このまま魔法が撃てるわたしの方がまだ有利――――)

 

 その時だ。

 ルイズの視界一帯に、氷霧が形成された。

 

「――――え?」

 先の弾かれた氷の矢を媒介に、接近したタバサが『錬金』を唱えて分解、攪拌して即席の霧を作り上げたのだ。

 視界を遮る霧ができたことで、タバサの姿を見失う。これじゃあ魔法を放っても外れる可能性が高い。

 当然、こんな戦法などイメージできてなかったルイズは思わず面食らってしまう。

「ちょっと、何よこれ!?」

 霧の中に取り残されたルイズは、動揺で声を震わせた。

 

 でも……、そうだ。この手法、マチルダの時もやってたっけ……。

 視界を魔法で遮る。こうされると守りに入ったルイズは後手に回ってしまう。

 

(〝魔力探知〟でもタバサを探せない……。この霧自体が魔力の塊だから、紛れて分からないんだわ……)

 

 五感でも魔力でもタバサの居場所が分からない。

 ルイズは一気に自分が不利になったかのような気分に陥った。

 もしこの〝防御魔法〟が破られたら、自分は負ける。そのイメージが、ルイズの中で何度も湧き上がる。

 魔法使い同士の戦闘において、自分が負けるイメージが浮かんだら危険信号。これもフリーレンが教えてくれた言葉だ。

 それがどういうことか、ようやくルイズは分かったような気がした。極度の緊張感が、ルイズの身体を蝕んでいく。

 

(だ、だったらいいわ! 空から探すもん!)

 

 それでも何とか気を取り直したルイズは、ふわりと身を浮かせて空へと向かう。

 五メイルほど宙を浮いた後、杖先を下に向ける。

 眼下には、十メイルほどの氷霧が広がっていた。あの一瞬でここまで広げたのだろうか。闇雲に歩かなくてよかったと、ルイズは思う。

 視界でもう一度探るが、やはりタバサはいない。おそらくこの霧の中に潜んでいるのだろうが……。

(どっちにしろ、この魔法で全部吹き飛ばしてやるわ!)

 

「〝一般爆裂魔法(エクスプロージョン)〟!」

 

 ルイズは真下に杖を向け、魔法を撃ち放つ。十メイル規模で発生した巨大な閃光が、タバサの作り出した霧を見事に吹き飛ばした。

(さあ、これでどう! タバサ――――)

 

 その時、頭上に衝撃が走った。

 慌てて上を見ると、そこには『氷の矢』を連続で打ち放つタバサの姿があった。

 

 更に彼女は杖先を巨大な『氷の槍』で尖らせ、目にも留まらぬ速度で突進してくる。

 タバサ自身に足りない『火力』を、『飛行』と『落下』、二つの速度を掛け合わせ補う。

 そこから繰り出される、研ぎ澄ませた一撃は、先の『氷の矢』で既にひび割れていたルイズのバリアと衝突する。

 

 

(え、まさか……全部読まれて……)

 飛んだことも、霧に向かって魔法を撃つことも、全部読まれていたルイズは、思わず絶句した。

 

 

 ルイズが唖然とした時、バキン! と、頭上の〝防御魔法〟が壊れる。

 ルイズの魔法は一発が強力すぎる上に、まだ残心ができるほど研ぎ澄ませられない。特に〝一般爆裂魔法(エクスプロージョン)〟クラスの大規模魔法を撃った後は、並列使用中の魔法の性能は極端に脆くなる。ルイズの欠点、その二である。

 

 ふわふわ浮くだけの状態に、一瞬性能がガタ落ちした〝防御魔法〟。この隙をついたタバサの攻撃は、彼女の唯一の生命線たる六角形のバリアを、容易に打ち壊してみせた。

 

「きゃあ――――!!」

 

 バリア内に侵入したタバサはそのまま、ルイズの背中に馬乗りになって、共に地面へ落としていく。

 地面に強打した(一応、タバサが魔法で落下速度を落としていたようだが)ルイズは、声にならないうめき声を受けて倒れる。

 

 彼女が気付いた時は、自分はうつ伏せでその上にタバサが乗り、杖は奪われた状態。

 その上で氷の手錠で両手を背中に、両足も拘束され身動きが出来ず。

 更に氷で尖らせた長尺の杖の先端を、首筋に向けられていた。

 

 

「勝負あり! タバサの勝ち!」

 

 

 その姿を見たキュルケが、すぐさま手を上げて宣言する。それを聞いたタバサは、立ち上がって下敷きにしていたルイズから離れる。

 見事なまでの大敗。どころか完全に無力化されてしまった。ルイズも何も言えず、がっくりとうなだれた。

 

「はぁ……負けた。ここまで差があるとは思わなかった……。相性って本当に大事なのね……」

 

 手足は拘束されたままなので、ごろりと仰向けになりながら、タバサの方を見るルイズ。

 

「確かに相性もある。でもそれ以前の問題も山ほど抱えている」

「え?」

「あなたは焦ると〝魔力探知〟を怠る悪癖がある。魔法を霧に向かって撃つ時、一度冷静になって探知していれば、上空へと先んじて逃げたわたしの痕跡も追えたはず」

 

 あ、とルイズは口を開けた。

 そうだ。っていうか振り返ってみると〝魔力探知〟なんて、霧の時以外全然使ってなかったことに気づいてしまう。

 

「相手の痕跡を常に辿る意識を根付かせないと、相性が有利な相手にもあなたは勝てない」

「うぅ……」

 

 悔しいと思うが、事実である。ルイズは思わず唇を噛む。

 フーケの時も、そうやって最後は組み伏せられたことを思い出したのだ。

 

「あなたの魔法は一撃が広範囲かつ威力が高い。けどそれゆえに小回りが利かない。それを鑑みた上で自分の戦法を見つけないと、今日の二の舞になる」

 

 それだけ助言すると、タバサは背を向けて去っていく。去り際、杖を振ってルイズの拘束を外し、奪っていたルイズの杖を彼女の前に落としていった。

 立ち上がったルイズは杖を取り、手首をさすりながら最後に尋ねる。

 

「ねえ、聞いてもいい? 最初に対峙した時から、ずっとこうなるって読んでたの?」

 その問いに、タバサはうなずくことで答えた。

「あなたは読みやすい。性格的にも戦法的にも」

 

 ルイズは嘆息した。自分はタバサが何をやってくるのか、さっぱり読めなかったというのに。

 これはどちらかというと、相性というよりは経験値の差だろうな。とはルイズも思った。

 理由は分からないし教えてくれないけど、タバサは自分よりも遥かに実戦をくぐってきたのだろうと、嫌でもわかるくらいの力を見せてくれたのだから。

 

 フェルンやフリーレンに認められて、自分はもしかしてすごいんじゃないか。

 そう思っていたけど、やっぱりこうやって色々なことを体験するたびに思う。自分はまだまだ未熟だと。

 おそらくこの模擬戦は、それを分からせるためのものだろうと思ったけど、それ以上のことをこの敗北で実感したのだ。

 

(昔のわたしだったら、癇癪を起こしただろうけど……)

 

 今は違う。

 この時点で『ゼロ』ではないルイズは、まだまだ成長の余地があること、反省して次に活かしてやるという意気に溢れていた。

 そういった、挑戦的な笑みを無意識に浮かべていた。

 

(見てなさいよタバサ! 次やるときはこうはいかないんだからね!)

 

 

 その後も、学院の授業の暇を見て、ルイズ達の修業は行われていた。

 その上で、自分のやるべきこと、反省すべき点、鍛えなきゃならないことなどを箇条書きにして書き起こし、その日は就寝。

 朝起きて朝食を食べ、受けるべき授業は受けて、授業が終わった自由時間を使って地下で修業し、夕食と風呂の後、軽く瞑想してその日を終える。

 これが、『民間魔法学』が始まって以降のルイズの日課となっていた。

 

 

 フリーレン召喚から2ヶ月半後。

 6の月(ニューイ)第4週(ティワズ)、オセルの曜日にて。

 そんな風に時間を過ごし、気づけば夏休み目前。

 トリステイン魔法学院にて、二ヶ月半という長い休暇期間が迫っていた。

 

「いよいよ、来週から夏休みね」

「そうだね」

 

 部屋の中、荷物を整えながらルイズが言うと、フリーレンもそう返す。

 夏季休暇中の生徒は様々だ。帰省したり、王宮の仕事を体験したり、タバサやキュルケのように、学院に残る者も少なくはない。

 ただ、フリーレンとルイズの、休暇中の過ごし方は既に決まっている。

 

 フリーレンはヒンメル、そしてフランメの足跡をたどる旅路。

 そしてルイズは、

「ちいねえさまを治せる薬草を探す旅。ここが正念場だわ」

 

 この時のために、様々な書物を漁ってどんな薬草が重要か、勉強してきたのである。

 そのために結構色んなところを回らねばならない。この時期にしか咲かない花もあるため、仕方のないことでもあるのだが。

 

(ちいねえさまの余命はもう、三年あるかないか。ちんたらしている場合でもないのよね)

 

 勿論、まず先に家に帰って、カトレアの様子を看る必要があるのだが。

 その上で必要な薬草について精査し、各地を巡る予定だ。

 フリーレンにもこの件に関しては既に了承を取っている。二人の目的の深刻度を考えればルイズ優先になるのも仕方のないこと。

 

「私の旅は特にあてがないからね。ルイズのお姉さん優先で全然かまわないよ」

「ありがとう、フリーレン」

 

 そういうわけで、どちらかというとこの旅は、ルイズのための旅でもあった。

 それでも、いよいよ学院から離れて遠くの地へ足を延ばせる。フリーレンもまた、この日を楽しみにしていたような笑みを浮かべていた。

 

「まずは家に帰らないとね。さて……」

 

 そこでルイズは、第一の関門『両親にフリーレンのことを伝えるかどうか』について、頭を悩ませる。

 自分はもう、フリーレンを召喚したことに後悔はない。この先何があろうと、彼女の味方をするつもりであった。

 だが、家族はそうもいかないだろう。「エルフを召喚しました」だなんて、他の貴族や王宮にも知られたくない一大スキャンダルである。

 最悪、自分は家に閉じ込められて自由を奪われるか、フリーレンは……、追放か、酷ければ討伐隊を差し向けられる可能性だってある。

 そうなった場合、ルイズ最大のトラウマともなっている、あの母と対峙しなくてはいけないわけで……。

 

(タバサにも勝てない今のわたしで、母さまに勝てるはずないし……、ってかその前に、勝てるイメージが一片たりとも浮かんでこないし)

 

 だから、上手くなんかこう、フリーレンがエルフだとバレないようにやって……。まだ詳細な作戦は煮詰めてないけど、思い浮かびもしないけど、とりあえず何とか隠れながらフリーレンとカトレアを接触させ、病状を判別させねばならない。

 

(流石にちいねえさまなら、わたしがエルフを召喚したと聞いても、他の人に言い触らしたりはしないはずだし)

 そこは優しく包容力のある次女を信頼していた。問題は長女の方。

 

(エレオノール姉さまに知られたら、きっとタダじゃすまない。もしかしたら、フリーレンを『魔法研究所(アカデミー)』送りにするとか言い出しかねない。そうなったら最悪だわ……!)

 

 長女エレオノールは、魔法の技術こそ優秀ではあるのだが、そのきつい性格故、母と同じくらいに苦手意識を持っている難敵である。

 その上、彼女は今魔法を研究する機関こと『魔法研究所』に勤めている。あそこは何をするのかルイズも良く分かってないけど、貴重な生物を解体するとか、魔法のためなら裏で色々やったこともあるのだとか、そんな黒い噂の絶えない機関でもある。

 そんな機関に長女が勤めているのも、ひとえにカトレアの難病のためだとは思っているのだが……(ちなみにルイズのためでもあるという事までは、ルイズ自身も知らない事である)。

 

 そんなわけで、母と長女、そして父か。勿論使用人たちにも、フリーレンというエルフを召喚し、使い魔としたことは絶対にバレてはならない。

 

「っていうわけなの。だから本当に、慎重にお願いね」

 ルイズはそこまで、フリーレンに語って聞かせた。

「怖い機関があるんだね……」と、ちょっと震えながら、フリーレン。その一方でどんな魔法の研究をしているのか、興味があるような表情もしていたが。

「ルイズのお姉さんの病気を、裏から何とかこっそり確認するって感じだね」

「そういうこと。病状が分かったらささっと家を出るわよ。今度は薬を作ってちいねえさまに提供する。そうやって裏で活動するしかないわ」

 エルフであることがバレないように。一応フリーレンは耳を縮められるため、よほどのことが無い限り大丈夫だとは思うけど。念のためだ。

 

「あと気になったんだけど、ルイズのお母さんって、昔戦場で活躍したっていう『烈風』カリンなの?」

「え、なんで知ってるのよ!?」

 フリーレンの何気ない問いに、ルイズは思わず目を見開く。

「図書館でね。色々調べていく内に『エスターシュの反乱事件』に行きついたんだ。そこで、その二つ名を知った」

 

 全盛の『烈風』はまさに、神話の戦士そのものだったと、歴史書には綴られている。

 

 その反乱事件鎮圧から始まり、火竜山脈では暴れる竜たちを得意の『風』で鎮圧したり、ゲルマニアの国境付近での小競り合いを、二つ名の威光だけで撤退せしめたとか。

 一線を退いた後も、彼女の存在が冗談抜きでゲルマニアの領地拡大を押しとどめている『抑止力』になっていると分析する学者もいるほど、伝説的な存在なのである。

 

「そうなのよ……。流石にあの人ももう年だし、フリーレン以上……とまでは思ってないけど、それでも気を付けてね。あの人は規律を破るのをとにかく嫌っているの」

 

 そう言うと、ルイズは静かに震えだした。幼少期の厳しいレッスンの日々が強制的にぶり返したのだろう。

 魔法が使えてそれなりに成長しているルイズでさえこの調子。よほど恐れているんだろうなとは、フリーレンも思った。

 

「もし、もしすべてが上手くいかなくて、あなたがエルフだってことがバレて、母さまと対峙することになったら、最悪あなただけでも逃げなさいな。わたしのことは気にしないでいいから……」

 あくまで、フリーレンに気を使ってそう言うルイズ。

「まあ、何とかしてみるよ。ルイズの目的はお姉さんを治すことなんでしょ?」

「うん……」

「こういうのは何事も挑戦だ。私は寧ろ、お姉さんを治せるかどうかの方が自信が無いんだけど、それも含めて何とかしてみるよ」

「ありがと……フリーレン……」

 フリーレンの言葉に、ルイズは心底嬉しそうな表情を浮かべて言った。

 そして、改めて決意を新たにする。

(待っててねちいねえさま。絶対、死なせたりなんかしないんだから……!)

 

 

 

 さて、二人の少女がそんな会話をしていた、その三日前まで時間を戻す。

 ヴァリエール領地、城とも形容されるほどの御屋敷、ルイズの実家、その一室にて。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 現ヴァリエール領主にしてルイズの父、ヴァリエール公爵は盛大な溜息を零していた。

 彼の手には、かつて世話になったあの鬼教師、オスマンから送られた手紙があった。

 

「どうしましたか? あなた」

「なんかもう……怒るとか、呆れるとか、そういう次元を通り越したこの感情をなんて言い表せばよいのか、わしは分からんよ、カリーヌぅ……」

 

 未だに溜め息が零れる夫の元へやってきたのは、妻にしてかつての英雄。『烈風』ことカリーヌ夫人。

「その手紙、トリステイン魔法学院からのものですか? ……もしや、ルイズに何か?」

 敏い夫人は、夫の手にある手紙と彼の表情を見て、そこまで推察する。

 公爵は「当たり」だと言わんばかりに疲れた表情を浮かべて、夫人にも手紙を渡す。

 

「……いいか、このことは、決して誰にも知られるなよ」

 

 そう言うと、公爵は念のためと『ディテクトマジック』を展開する。盗み聞きしているネズミなどがいないか、確認してから夫人も手紙の内容に目を通す。

 そして、なぜ公爵がこんな表情を浮かべているのか、その意味を一瞬で理解した。

 

 

 曰く、ルイズは召喚の儀で異世界のエルフ(砂漠の出身ではない)を召喚したこと。

 

 曰く、そのエルフの進言で、ルイズの系統は伝説の彼方にあった魔法、『虚無』であるのが判明したこと。

 

 曰く、爆発ばかりだったルイズの欠点を、使い魔となったエルフが見事矯正し、民間魔法限定ではあるが、魔法が使えるようになったこと。それにより彼女は大層喜んだということ。

 

 曰く、そのエルフの扱う魔法『民間魔法』は自分たちの扱う系統魔法のそれよりも、格段に実用性に優れた代物であるということ。でも宗教観から大いに揉めることが予想されること。

 

 曰く、それでも個人的挑戦から、今後はかの魔法を『民間魔法学』と改め、広めていくことを決めたこと、でも絶対王宮が騒がしくなるのが予想されること。

 

 その他にも諸々のことが書かれていたが、夫人は最後に、一番最初の文書にあった、

 

 

 

 

『おうさまやりなよ』

 

 

 

 

 手紙一面に書かれたその一文を見た後、カリーヌは目を公爵に向けた。

 

「……どう思う?」

「どう……ですか……」

 カリーヌはこれ以上ない、ぽけーっと顔をして。

 

「すごく、困ったことになりましたね」

「お前もそんな顔するんだな……初めて見たよそんな表情」

 

 余りについていけない情報の洪水に、感情を置いてきたかのような顔を浮かべる妻を、不思議そうな目で公爵は見つめていた。

 

「そうだな……、わしも、色々思考が追いついておらん。ってか今でも情報がわしの中で完結せん。本当にこれ、どうしよう」

「どうしましょう……」

 

 鋼鉄の規律をモットーに、かつては様々なメイジから畏敬を集めた『烈風』カリンですら、この情報を飲み込むことで今は精いっぱいだった。

 

 

 

 数時間後。

 

 

「はぁあああああああああ!? なにやってるのよあの子! エルフを召喚だなんて!」

 

 部屋中を満たすほどの絶叫を上げたのは、長女エレオノールだ。

 たまたま帰省していた彼女は、両親から伝えられたこの情報の塊をぶつけられ、発狂するのを抑えられなかった。

 なお、この叫びについては公爵夫人が展開した『サイレント』のおかげで、この部屋にいる者にしか聞こえない。

 

「ど、ど、ど、どうすればいいのよこれ! あの子が『虚無』の系統ってだけでも信じられないのに! おまけに民間魔法って何よ! あの子ってばまた変な魔法に嵌って……!」

「静かになさい、エレオノール」

 

 母の諫めの言葉で、長女も少し冷静さを取り戻す。

 この部屋にいるのは父、母、そして長女の三人。驚愕の内容を共有したのも、この三人だけである。

 

「とにかく、事態は一刻を争います。早急にルイズに、話を聞かなくてはなりませんね。エレオノール、ルイズを連れ戻してもらえますか?」

「まったく、本当にあの子ってば、世話が焼けるんだから……!!」

 

 幾何か気持ちを落ち着かせたエレオノールは、肩を怒らせ部屋を去っていく。ルイズを連れ戻しに行くんだろうなとは思っていた母は、長女の歩みを止めるようなことはしない。

 

 

「それで、考えはまとまりましたか? あなた」

「……ごめん、まだまとまりそうもない」

 

 

 豪奢な机に上半身を預けていた公爵は、未だ自分の顔を両手で覆ったまま、ずーっと固まっていた。

 まあ、先ほど喰らったあの爆弾のような情報をぶつけられれば、仕方もあるまい。

 なんなら、一晩寝た方が良いんじゃないだろうか? 気遣いからそう提案しようとしたカリーヌだったが、その前に公爵は顔を上げる。

 

「なあカリーヌよ、お前はあの手紙を見て、最初に何を思った?」

「なにを、ですか……。ルイズの系統についても驚きましたが……、それよりも……」

「そうだな。そのエルフの少女についてだな」

 

 ヴァリエール公爵は真剣な目をカリーヌに向ける。

 始祖ブリミルの杖から枝分かれして、『公爵』という地位にいる以上、『聖地奪還』を阻むエルフは自分たちにとっても敵。

 だが、それだけでフリーレンを敵視するような軽々な考えは当然、公爵も夫人もしていなかった。

 理由はどうあれ、ルイズは使い魔の事を気に入っているだろう文面が、オスマンの手紙からも伺えたわけであるし。それにフリーレンは聖地を阻む『砂漠』出身のエルフでもないらしい。そんな彼女を敵として当てはめるのは短慮だと、二人は勿論弁えてもいた。

 

 しかし、だからといって諸手を上げて彼女を歓待することもまたできない。個人で済む問題ならそうしても全然良かったのだが、ことが知られれば王宮にも波及する大問題へと発展するかもしれない。そうなるととても面倒になる。

 故に、慎重な対応が今は求められているわけで。

 

「聞けば、そのエルフの少女が現れたことで、ルイズが『虚無』であるということが一気に判明した。魔法使いとしては相当なものだと。あのオスマン先生が褒めることなどそうそうない」

「そうですね、それに手紙によれば、そのエルフは信用に足る者だとも書かれていました。『土くれ』の起こした国家転覆騒動を鎮めたのも、彼女とルイズ、そしてあの子の友達だとか」

 

 その友達が仇敵ツェルプストー家ということも同時に書かれていたが、この際それは大した問題とも思ってないので、それは置いておく。

 

「ならば、エルフというだけで敵意を向けるのは逆効果かと。信頼に足るかどうかは、実際に会ってみない事には」

「そうだな……まずはその者の人となりを、見極めてから考えようと思う。しかし王様か……」

 

 ここで公爵は立ち上がり、背後にある窓から夜空を見上げる。

 二つの月が炯々とした光を放つ。その下では、闇に紛れてカラカラと動く馬車の姿があった。エレオノールが乗った馬車であろう。

 それを見た後、再び公爵は口を開く。今度は別の問題を……。

 

 

「ところで、カトレアの調子はどうだ?」

 夫の問いに、カリーヌは少し寂しげな表情を浮かべて、首を振る。

「そうか……」

 公爵もまた、軽く項垂れた。

 

 

 ここ最近、公爵の頭を悩ませる問題。

 次女カトレアの容態が、急変したのだ。

 

 

 最近の彼女はもう、寝るのも苦しそうな状態となっていた。ベッドから起き上がるのも論外。食事も受け付けなくなった。

 

 なんでこうなったのか分からない。医者の見立てでは、今の病気とはまた別の病気にかかったのではないか。そう推測したが、その難病の正体がつかめないのだとか。

 最近は毎夜うなされる次女の手を握ることしかできない、歯がゆい日常が続いていた。

 

 

 

「主治医ガストンの見立てでは、あと一週間持てばいい方だと……」

 

 

 

 それを聞いた時、公爵は軽く目尻を押さえる。

 それは悲しみの粒を隠すためだというのは当然、夫人も気づいていた。

 

「そうだな、そういう意味でもあの子を一度、実家に戻さねばな……」

 

 あの子(ルイズ)が一番、次女に懐いていたのだ。

 今生の別れになるかもしれない。きちんと最期の時は対面させてあげないと。

 公爵は再び顔を上げ、呟いた。

 

「ブロアの街にもただならぬ異変が起こっているというのに……。まったく、自領の問題すら片付いておらんこのわしに『王様になれ』とは、人のことなどお構いなしな性格は相変わらずだな、先生……」

 

 

 

 同時期、フォンティーヌ領。

 ヴァリエールの屋敷から一週間近くかかる、どこか森の奥深くの村落にて。

 

「なんだ……これは?」

 

 探索隊の騎士の一人が、あまりの非常事態の光景を見て呻いていた。

 彼らはヴァリエール公爵の要請により、構成された援軍だった。

 最近フォンティーヌ領で起こっている不可思議な現象。「村人が永遠の眠りにつく」。

 その調査を公爵から任された彼らは、腰に差した杖を抜き放ち、この異常光景を何とか解決しようと動き出す。

 

「ほう、また獲物が来てくれたのか」

 

 燃えつく家々、倒れる人々。まるで食われたかのように血をまき散らした死体。

 その死体は村人のみならず、先遣隊の騎士たちも含まれている。

 月光の中、強く発生している赤い灯を背景に聳え立つ、花の化け物。

 

「人間は面白い。こうやって荒らすだけで、向こうからわんさかと援軍を寄越してくる」

 

 その花の化け物の前に、頭に角を生やした青年がいた。

 

「貴様! この村の人々や先遣隊に何をした!」

 

 騎士の(かしら)が激昂して叫ぶ。この異常事態を生んだ原因はこの……吸血鬼らしき亜人の青年にある。

 そう思ったのだろう。他の面々も杖を引き抜き臨戦態勢に入るのだが……。

 

 青年がスッと、人差し指を掲げる。それだけで(かしら)の首が飛んだ。

 

「なっ!?」

「隊長!?」

 

 援軍のリーダーがあっさりと討ち取られた。

 周囲は混乱に包まれる。

 何をした? 先住魔法? だが……、口語を唱えたような形跡はなかったぞ!?

 彼らはヴァリエール家でも精鋭である。亜人……トロールやオーク鬼、コボルトや吸血鬼といった対策もきちんと積んでいる。先住魔法に対する知識もそれなりに収めていたのだ。

 

 だから分かった。あの魔法は『先住魔法』じゃないと。

 だが……だったら何故『奴が指を上げただけで隊長の首が飛んだ!?』

 

「おまけに弱いし美味。文字通り、こんな美味しい世界があったなんてな」

 

 まあ、腹はよく減るようにはなったけど。

 

 青年は残酷な笑みを浮かべる。彼の目の前には五十を越えるメイジがいる。それらをすべて、食料にしか見ていない表情。

 

「か、かかれ!」

 

 副隊長が、動揺を抑えて指示を出す。

 彼らもまた、魔法を唱えようとしたが……、そうした動きを見せた隊士の首が、軒並み飛んでいく。

 

「まだ強度が足らないな。完全なる〝魔力の糸〟に仕上げるのには、まだ時間と魔力が必要か。……これは一回死んだからかな、まあ仕方ないか」

 

 角を生やした青年は、腕を振るだけで騎士隊の首を飛ばしていく。

 

「さて、残念だがもう決着はついた」

 

 それでもやり過ごしていた騎士隊が、ルーンを唱え切って魔法を放とうとした時だ。

 急に、隊士たちが倒れ始めていったのである。首を飛ばされたわけではないのに。

 

「な、なんだ一体……」

 青年の攻撃をやり過ごしていた副隊長ですら、急に身体を侵す微睡みに抵抗できず、意識を落としていく。

 数秒足らず、援軍もまた全滅。そのうちの数十体は首を飛ばされ即死。

 残りは花が放つ芳香に惑わされたかのように、永久の眠りについた。

 

「さて、腹も満たしたことだし……」

 

 援軍の隊長、副隊長の人体を食らって腹と魔力を満たした、鬼角の青年……ドラートは、若さ特有の傲慢さを押し出した風情で、周囲を見渡す。

 

「そろそろあの屋敷(ヴァリエール家)を狙うとするか」

 

 感じるのだ。

 あそこには、更に美味い人間(しょくざい)がわんさかいるということを。

 今までは力を取り戻すためにかなりの時間をかけたが、今や人間の生息圏、それもこの世界では上位種族らしき魔法使い(メイジ)を片手間で狩れるところまでこぎつけた。

 

 この世界の人間は美味しい。喰らえば喰らうほどより魔法の高みに近づける。特にメイジは最上の御馳走だ。

 さらなる魔力を持つ人間を食らい、いずれは魔族の上位勢。〝大魔族〟を目指す。

 

「そうすればもう、アウラ様……いや、アウラやリュグナーに(おもね)る必要もなくなるというものだ」

 

 どこまでも不遜な態度を押し出しながら、ドラートは笑う。

 彼の背後では、巨大な花がまるで同調するかのように蠢き、眠りについた人間たちに蔓の先端を突き刺していた。

 

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