「い、色々急でびっくりしましたけど、旅っていいですよね。なんだかワクワクするっていうか」
カタカタと揺れる馬車の中。
シエスタとフリーレンは、エレオノールの侍女というかたちで、ヴァリエール領地へと向かっている最中だった。
一応、出て行くときに学院からの手続きは済ませている。その間に手支度は整えたが、色々急だったのも事実。
そのためフリーレンの格好は未だにメイド服のままだった。
「そうだね、まさかメイド服で旅することになるとは思わなかったけど」
「あの、それについては本当にごめんなさい。ローラには厳しく言っておきますから、どうか……」
「いいよ、シエスタが謝ることじゃないし。こういうのも悪くはない」
フリーレン自身は特に気にした風でもなく、三つ編みを弄りながらシエスタと会話している。
一応まだ、耳は縮めたままだ。シエスタの進言もあるが、なんか面倒そうだなと思っていたので、『
「でもあれが、ルイズのお姉さんか」
「なんか、ミス・ヴァリエールをさらに怖くしたような御方ですよね……」
なんかもう、有無を言わせずズルズル引きずられて馬車に押し込めた時の、エレオノールの顔を思い出し、身震いする二人(一人はエルフ)。
ルイズのきつい部分をさらに濃縮したような存在。予め彼女についてはルイズから聞いてはいたけど、確かにあれは恐れられるのも無理ないだろうなあ。とフリーレンも思っていた。
彼女とのファーストコンタクトでエルフであるとバレなかったのは、果たして良かったのか悪かったのか……。少なくとも向こうは、メイドの格好ということもあってフリーレンをエルフだと疑ってはいないようだ。
「それにしてもミス・ヴァリエール、元気ありませんでしたね。朝食の時はあんなに快活だったのに、心ここにあらずというか。わたしたちがついてくることにすら気づいてなさそうというか……」
「さっき小耳に挟んだんだけど、どうやらルイズのもう一人のお姉さん、五日もたないかもだってさ」
「え!? そ、そんなことになってたんですか!?」
衝撃的な発言に、シエスタも思わず口を手で押さえた。
ちなみにこの『小耳』とは、使い魔の耳目の共有を使ったのである。フリーレンの片耳片目には、先を走る豪奢な馬車、その中で話すエレオノールの姿が見えていた。
さて、そのルイズ達が乗る馬車の中では。
「……」
「……」
当然ながら、ものすごく重苦しい空気が流れていた。
エレオノールは窓側に身を寄せ外を眺めている。ルイズはずっと、うつむいたままだった。
事実、エレオノールもなんと言おうかかなり考えていた。いつもは空気を読むことをしない長女だが、流石に事態は今までの人生の中でも最大級。何せ可愛い妹が
だが、道中ずっとこの空気のまま……というのもなんかいやだ。
「ルイズ」
エレオノールは妹に呼びかける。しかし、ルイズはなにも反応を示さない。
「ルイズ、気持ちは分かるけど、あまりこう、くよくよしないでさ……」
続けて語り掛けるが、それでも答えは返ってこないまま。
どう話題を切り出そうか……、しばし考えた後、そういえばルイズが魔法を使えるようになったことを思い出す。
「ねえあんた、魔法が使えるようになったんだって?」
その言葉に、ようやく頷くことで返すルイズ。
次いでもぞもぞと、懐から何かを取り出して、それをエレオノールに見せる。
「なによそれ」
ルイズの手のひらにあったのは、花の種だった。
それを姉に見せた後、開いた手を一度握りこむ。手の中が一瞬、光り輝く。
この反応にまず、エレオノールは驚きを見せた。明らかに系統魔法じゃない。何か別系統の魔法。
次いでルイズはまた、手を広げる。そこには種から萌芽し、二輪の花……、『双月草』の花が咲いていた。
「それが、あんたの使い魔から教わったという〝民間魔法〟?」
ルイズはまた頷いた。そこでようやく口を開く。震える声で。
「これで……、いろんな薬草を集めて……ちいねえさまの病気を治す薬を、作るつもりだったの……」
「……」
エレオノールは嘆息する。いくらなんでも荒唐無稽。花を咲かせられるからなんだというのだ。
大体その魔法はブリミルの魔法じゃないだろう。そんな魔法を極めて、異端だと謗られるようになったらどうするのだろうか。
色々な小言が一瞬にして湧き上がるが、それをすべて自重するエレオノール。普段なら気にせず口にしただろうが、流石にそれを今言うのは違うと、弁える冷静さは残していた。
「どうして、どうしてそんなことになったの? 急変したって、どうして……」
「わたしだって分からないわよ。でも、病が重くなるばかりだって……」
「どうして、本当にどうして……。わたしがやってきたことは、一体……」
壊れた
ぽろぽろと、涙が膝へと零れ落ちる。
それを見たエレオノールは……、この「厳しさ」を鋳造で固めあげた長女にしては珍しい、しおらしい態度でハンカチを取り出すと、妹の涙を拭いてあげた。
「みっともないから、そんな風に泣くんじゃないわよ……わたしだって……」
妹の涙を拭く手が震える。気づけば、自分の視界もまた、陽炎の如く歪んでいた。
わたしだって聞きたいわよ。始祖ブリミルよ、どうしてカトレアにだけ厳しい試練をお与えになるのですか、妹が、なにをしたというのですか……。
気づけば、エレオノールも嗚咽を零していた。
二人の泣き声が、馬車の中で静かに奏でられる。
「…………」
「どうしました、フリーレンさん」
しばし呆けていたフリーレンは、シエスタの声で耳を震わせるとともに、どこからか現れた鞄を取り出す。
「ルイズのお姉さんを治す準備」
フリーレンはそう言うと、鞄を開ける。中には雑多な魔道具……水晶だの鐘だの何かの生物の骨だの、色んなのが入っている。
(どこにこんなに入るんだろう?)と考えるシエスタをよそに、フリーレンはその鞄の中から一冊の本を取り出す。
「あった」
少し埃を被っていたからか、息を吹きかけながらフリーレンは取り出す。
「治す準備、と仰いましたけど、確かフリーレンさんの魔法って、誰かを癒す力は女神様からお力を借りたものでないとできないと……」
マルトーの解毒事件のことを思い出したシエスタは、フリーレンに尋ねる。
「そうだよ。ザインやハイターがいてくれたら、もっと話は簡単だったろうけど」
でも、とフリーレンは魔導書の埃を手で落としながら、こう続ける。
「『難病』だったら、何とかなると思う。一回限りのとっておきだけど」
「その本が、そのとっておきなのですか?」
「そう、〝難病をどう治せばいいのか調べる聖典〟。昔いた
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それは、魔王討伐の道中まで遡る。
とあるダンジョンの中、勇者ヒンメル一行と旅の途中。
「おい、いい加減にしろフリーレン。何回ミミックの餌になるつもりだお前は」
戦士アイゼンの呆れ声に一切耳を貸さず、当時のフリーレンは目の前のお宝をどう開けようか、それのみに思考を割いていた。
「このダンジョンで見つけた宝箱は全部
「それは違うよアイゼン。今まで開けた宝箱が罠だったとして、このダンジョン全てがミミックだなんてことは証明できないでしょ?」
「無駄だよアイゼン。こういう時のフリーレンは誰にも止められないさ」
「止めるつもりもないでしょうに」
背後でそれを見ていたヒンメルやハイターは、もはや様式美と言ったような微笑ましい笑顔でフリーレンを見ていた。
そんな三人組に構わず、フリーレンは宝箱を開錠させる。はたして結果はというと……。
「ほら、大当たり」
なんと、その宝箱はミミックではなかった。
中には、一冊の古そうな本が入っていた。間違いない、魔導書だ。
むふー、と自慢げに本を見せるフリーレン。アイゼンはやれやれと首を振り、ヒンメルは「良かったじゃないか」と拍手を送る。
「おや、それはどうやら聖典みたいですね」
唯一、僧侶であるハイターは、フリーレンのどや顔よりも背表紙にある文字列に目をつける。
フリーレンも改めて視線を本に落とすと、確かに聖典らしき紋様が本全体に彩られていた。
「本当だ。なぁんだ……」
するとフリーレン、喜びから一転つまらなさそうな表情を浮かべる。
「どうしたんだい? せっかく手に入った魔導書だというのに、らしくないじゃないかフリーレン」
「女神様の魔法って、原理が未だに良く分からないものが多いから、正直つまんないんだよね。僧侶の才能もないし、読んでて面白くないし」
せっかく手にしたおもちゃが自分に合わないものと思ったフリーレンは、そのまま魔導書をハイターに渡す。
「だからハイターにあげるよ。ハイターなら使いこなせるでしょ? 本の表紙を見るに、かなり古い本みたいだし」
「どれどれ……、おお、これは賢者エーヴィヒ全盛の時代に、女神様の解読を試みた古文書みたいですね」
受け取ったハイターは、その場で本をぱらぱらとめくる。
「この時代の魔法は『不老不死』や『死者蘇生』といったものへの探求が凄まじかったですからね。もしかしたら、それ相応の強大な魔法が眠っているかもしれませんよ」
「ふぅーん。まあどうでもいいよ。どうせ私には使えないものだし」
一度興味が失せると随分淡白になるフリーレンは、どうでもよさそうに下へ降りる階段を指さす。
「ねーヒンメル。ここの
「分かった分かった。先に進もう」
「フリーレン、本当にこの聖典は貰ってもいいのですか? あんなにミミックに食べられつつも手にしたお宝だというのに」
「うん、私よりハイターの方が活用できるでしょ。治癒魔法は僧侶の領分だ」
フリーレンはそう言うと、さっさと下への階段へと向かって行く。
「そうですか、ではお言葉に甘えて」
ハイターもまた、フリーレンの好意に甘んじて、素直にその聖典を懐に収めた。
そんなことがあってから、更に時が進んで。
魔王を討ち、勇者は寿命を迎え、人を知るために旅に出た魔法使いエルフは、流浪の旅の末かつての戦友を訪ねた時の頃。
修行が終わり、一人前になった新たな弟子を預かり、僧侶の戦友も寿命で旅立った、その直後の事だ。
「フリーレン様、どうかなさいましたか?」
弟子となった幼きフェルンを連れ、ハイターの家から旅立とうとする直前。
ふと、何とはなしに懐に手を伸ばしたフリーレンは、あることに気付いて足を止める。
「ごめんフェルン、少しそこで待ってて」
「はい?」
「ちょっと、忘れ物した」
そう言うと、フリーレンは一度ハイターの家へと戻っていく。何が何だかわからないと、首をかしげるフェルンを置いて。
戦友が眠ったばかりの家の地下室。ハイターに頼まれ『不死』や『死者蘇生』について調べていた部屋。
そこの机に近づいたフリーレンは、懐からあるものを取り出す。それは鍵だった。
(フリーレン。もし私が死んだら、その鍵で机の引き出しを開けてください。あなたの旅に役立つものが入っています)
ハイターの遺言を思い出したフリーレンは、言われた通り机の下にある、鍵穴がついた引き出しへと向かう。
そこで貰った鍵を使い、施錠されていた引き出しを開ける。そこにあったのは……、
「これ、あの時あげた聖典じゃん」
そう、旅の道中、ハイターに渡した聖典が入っていた。
取り出したフリーレンは、ぱらぱらとページをめくる。ハイターが既に解読していたのか、かなりの付箋が張られており、フリーレンでも使えるように翻訳されているようだった。
「〝難病をどう治すか調べる魔法〟……、なんだよハイターの奴、こんなの隠していたのか」
小言を呟くフリーレンはやがて、本に挟まっていた一枚の手紙に目を向ける。
ハイターから自分へ宛てたメッセージのようだ。フリーレンは手紙を開封し、書かれた内容に目を通す。
『フリーレンへ。この手紙を読んでいる時はもう、私は天国にて、ヒンメルと共に贅沢三昧を過ごしている事でしょう』
そんな書き出しで始まった文章。
内容は主に、この書物についての事。
『解読してみた結果、この本は女神様の魔法、その一端を古代の魔法技術で強引に押し込めた魔導書だと分かりました。解読にかなりの時間を要しましたが、魔法使いのあなたでも問題なく使えることでしょう。せっかく貰ったプレゼントでしたが、やはりあなたに返すこととします。使う機会が、ありませんでしたので』
読み進めてみると、どうやらこの書に記された魔法はかなり強力だが、それ故に一回しか使えないらしい。
『あなたは今頃、〝この魔法があるなら私に使えばよかったのでは〟と思っている事でしょう。ですが、これは今の病気を治す手がかりを得るだけで、次の病を防ぐわけではない。寿命という限界がある以上、私の時間が長くなることはないでしょう』
ここで二枚目の用紙に目を通す。
『ですから、それについて気に病む必要はありません。この本はこれから続けるあなたの長い旅の中、生きたいのに生きられない、そんな理不尽な重みを背負っている方にこそ使ってあげてください』
これから多くの人を知る、知ろうとするあなただからこそ、いつかこの本は大きな価値を生み出すはず。
そう綴られていた文章も、末文まで向かって行く。
『改めて、フェルンの事をよろしくお願いいたします。あなた達の旅路に女神様の加護があらんことを。僧侶ハイターより、戦友にして偉大なる魔法使いフリーレンへ』
「……手紙まで格好つける気か、あの生臭坊主」
手紙を読み終えたフリーレンは呆れやら何やらが混じった、色んな感情が籠ったため息を吐く。
結局、最後まで格好つけられてしまったな。
でも悪い気はしない。不思議な感覚だ。
「分かったよハイター。あの時あげたつもりだったけど、やっぱり返してもらうよ」
フリーレンは本を閉じ、表紙をやさしく撫でた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そんな、格好つけの生臭坊主が遺した本。
マルトーの時は治し方自体は分かっていたこと、どの道『風雲花』が必要だったから使わなかったけど、いよいよ使う時が来た。
フリーレンはぱらぱらと本をめくる。ハイターが訳してくれた付箋を読み解きながら、いつでも使えるように準備し始めた。
さて、トリステイン魔法学院を出発して三日目となろうか。
昼日中、聖典を読んでいたフリーレンはふと、馬車の窓を開けて外を見る。
丘の向こうからお城が見えてきた。周りに遮蔽物が何もない分、街で見たトリステインの宮殿よりも大きく感じる。
道中馬を何度か入れ替えながら、急げる限り急いでここまでやってきた。
堀や城壁、いくつもの高い尖塔がここからでも確認できる。
旅すがら、色んな城や屋敷を見てきたし招待もされてきたが、なるほどこのレベルの城はそうは見ない。それこそ中央諸国の王都とか、帝国のアイスベルグ城にも並ぶだろう造りだ。
「ん?」
そんな立派な城屋敷から、一羽のフクロウがルイズ達の馬車の中へと入ってくる。
恐らく連絡係のフクロウだろう。気になったフリーレンはルイズと視界と聴覚を、しれっと共有する。
「お帰りなさいませ、エレオノールさま、ルイズさま」
フクロウは開かれた窓の淵に立ち、流暢に喋った。シエスタが見たら、さぞ驚いたことだろう。
「トゥルーカス、父さまと母さまは?」
流石にもう落ち着いたのか、いつも通り毅然とした様子でエレオノールは尋ねる。
「奥さまは屋敷でお待ちです。旦那様は、エレオノールさまと入れ替わりで昨夜トリステイン魔法学院へ向かいました」
なんでも、『あの手紙』からの衝撃でしばし思考を働かせるのにかなりの時間をかけたようだが、改めてどういうことかを聞きに、直にオールド・オスマンを訪ねに行ったようである。
「なによ、だったらわざわざわたしが向かう必要もなかったじゃないの」
そう言いながら、足を優雅に組み替えるエレオノール。
ここでルイズが、口を開いた。
「ねえトゥルーカス。ちいねえさまは……」
この問いに、トゥルーカスという梟はすごく困ったような顔をする。
羽を逆立て、目を大きく見開き、首を何度も捻る。梟が緊張した時に取る行動だ。
それはつまり、この問いにどう返そうかで頭を悩ませている証拠。
「まだ、死んではないんでしょ?」
エレオノールはズバリと切り出す。
「姉さま!!」
ルイズは叫んで立ち上がるが。
「言わないと先に進まないじゃない」という声で、強引に鎮火させられる。
「あ、はい。まだ大丈夫です。ただ……、最近眠りが深くなったというか……、医者の呼びかけにも応じなくなりかけているとか……」
その答えに、ルイズは顔をくしゃりと歪ませる。エレオノールも冷や汗で息を飲む。
もう本当に、一刻の猶予もないのかもしれない。ルイズは力なく椅子に座りこんだ。
「分かったわ。……トゥルーカス、門を開けてちょうだい」
それを聞いたフクロウは一礼すると、再び外へ飛び立つ。
やがて目の前に、巨大な門柱の両脇に控えたゴーレムたちが、跳ね橋を下ろし始める。
跳ね橋が完全に降り、その先にある門の扉が開かれる。馬車は再び進み始めた。
「おかえりなさい、ルイズ、エレオノール」
聳え立つような巨大な城。その入り口付近にて。
使用人を周りに従えながら、ルイズの母、カリーヌが二人の娘を出迎える。
「か、母さま!」
エレオノールは面食らった。従者のみかと思いきや、まさか母直々に迎えに来るとは。
「あの、母さま……」
「カトレアなら先ほど起きました。二階の、あの子の寝室にいます」
まるでルイズの心境を先読みするかのように、カリーヌはそう告げる。
いつも厳しく、恐怖の象徴のような母。そんな彼女の、憐憫に満ちた表情を生まれて初めてルイズは見た。
だが、それを聞いたルイズはとうとう居ても立ってもいられなくなったのか、走って先に屋敷の中へ入っていった。
「ルイズ……」
エレオノールは何とも言えなさそうな表情でルイズを見送る。
「エレオノール、あなたもお疲れ様」
「え、ええ……」
素直にねぎらう母など、生まれてこの方見たことない。なんともリアクションに困ったような表情を浮かべる長女。
「して、例のエルフの子はどこに?」
「え?」
この答えに、エレオノールは唖然とした。
「どうしたのです? 連れてこなかったのですか?」
「い、いえ! 母さま! エルフですよ! もしエルフと我が家が懇意だと知られたら、王宮がどれだけざわつくか……!」
どうやら長女は、周囲の風聞を気にしてエルフを連れてこなかったらしい。
彼女のこの発言自体は、ブリミル民であるなら間違ってはいない。始祖の杖で禄を食んでいる、王家にも近いヴァリエール家なら、なおのことだ。
「……そうですか」
事実、そこまでカリーヌは長女を責めるようなことはしなかった。
「もう行きなさい」とだけ告げて、エレオノールを促すことに留める。エレオノールは内心、滝汗のままそそくさと屋敷に入っていった。
事実、「エルフを連れてこなかったこと」について、カリーヌがそこまで怒髪天ではなかったのには理由がある。
(さて、どちらでしょうかね)
二台目の、使用人用の馬車から降り立つ二人の少女。
見かけからして、エレオノールが連れてきた従者。おそらく学院の者だ。
だが歴戦の『烈風』としての勘が告げている。あの二人のどちらかが、ルイズが召喚した
もし噂の『先住魔法』ならば『ディテクトマジック』には反応しない。何よりこちらから仕掛けてエルフ少女の不興を買うのも億劫だ。
手紙では『少女』以外に外見の情報が記されていなかった。だが、
「あなたたち」
「は、はいっ!」
カリーヌはここで、使用人の少女二人に話しかける。
黒髪の少女が、姿勢を正す。隣の白髪の少女も、恭しい態度で黒髪の子に倣う。
どちらも貴族への敬いを忘れない姿勢。故に分かりづらい。エルフならもう少し居丈高に構えているのかと思っていたのだが……。
(簡単には尻尾を出さないと。面白い)
容易には分からせない装いに内心夫人は楽しみながらも、表面では厳粛を押し出した口調で、カリーヌは言った。
「あなた達二人にはカトレアの世話係を命じます。何かわからぬことがあれば、ジェラードやトゥルーカスを付けますので、ひとつ、お願いいたします」
あえて正体を聞き出すようなことはせず、まずは様子見。
自由に動かせるように差配しながら、どう出るかを読む腹積もりでいた。
(先住だろうと民間だろうと、それであの子が助かるというのなら……)
聞けばエルフの少女は、優れた手腕を以てルイズの『爆発』の原因を調べ上げたという。それほどまでの技術の持ち主なら、ひょっとしたらカトレアも……。
一縷の期待を込めた瞳を一瞬だけ、二人の少女に送って。
カリーヌもまた、従者を連れて屋敷に入っていく。
「ぷはっ……。はぁ、怖かったぁ……」
カリーヌが去った後、シエスタは大きく息を吐く。
「すごく、すごくお強そうな方でしたね……」
貴族など、魔法が使えるだけのいばりんぼ。そう思う平民たちは多いし、事実の側面もある。だが、彼女はまさしく『本物』。
人を傅かせてきた者だけが放つ眼光は、今まで見てきた学生たちとは比べ物にならないとシエスタも思わされた。
「だね、あの年でかなり鍛えている。相当強い魔法使いだ」
隣でそれを見ていたフリーレンも、立ち上がりながらそう言った。
これほどまでに洗練された魔法使いがいたとは。風格からして、彼女がかつてトリステインを何度も救った英雄、『烈風』カリンなのだろう。
(今の実力からしてデンケンと同等……。〝
『系統魔法』だけでこの域に行ける魔法使いなら、自分の魔法を吸収すれば更なる高みへ至れるかもしれない。
間違いなく、ゼーリエ好みの魔法使いだ。もし試験があれば文句なしに〝一級魔法使い〟の証を取得できるだろう。
「……ていうかフリーレンさん、お辞儀とかできたんですね」
「えぇ……それどういう意味? 私そんなに日ごろ無礼に見える?」
「ごめんなさい。そういうわけではなくて、フリーレンさんがこう……人間の貴族の方に慮れるとはちょっと思えなかったので」
「そんなことないよ。向こうじゃ貴族の非礼は即無礼討ちだ。むしろすっごく気を揉むよ」
特に北側諸国の貴族など、無茶ぶりの依頼をするくせに断れば投獄だのなんだの脅す輩も多かったし。
「タメ口叩いても許してくれているルイズの爪の垢を煎じて、王都の王様に飲ませてやりたいよ本当に。冒険の時なんか銅貨十枚しかくれなかったのに」
「はは……、フリーレンさんも大変なんですね」
「今回は特に公爵家だからね。王族でもかなり近い位置にいる家。無神経な態度は流石に控えないと」
まあ、勝手な行動は多分するだろうが。
カリーヌのあの対応を見るに、「次女を治してくれるならある程度は許容する」ということなのだろうし。
「じゃあ、行こうか」
フリーレンもまた、シエスタと共に、他の侍女に案内される形で屋敷に入った。