使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第45話『ちいねえさま』

 

「ちいねえさま!」

 ルイズは心臓が張り裂けそうになるのを、必死になってこらえながら、次女カトレアの眠る寝室へと向かっていった。

 道中、彼女に懐いている様々な動物たちが廊下の隅で縮こまっている。カトレアは特に動物に懐かれやすく、子鳥から蛇から虎まで、カトレアに懐かない動物なんていないほど多種多様な生物がいる。

 いつもはカトレアの周囲で和んでいる動物たちすら、神妙な顔で外にいるあたり、本当に緊急事態なのが窺えて、ルイズの心音を更に加速させる。

 

「これは、ルイズお嬢様」

「おかえりなさいませ」

「ガストン! ちいねえさまは……」

 

 部屋を開けると、まずカトレアの専属医である、ガストン伯が荒ぶるルイズを諫める。

「カトレアお嬢様は先ほど起きたばかりです。できればお静かに」

「分かってる、分かってるけど……!」

 ルイズも静かにしなければならないのは分かっているも、それでも逸る心はどうしても抑えきれそうもない。

 

 ルイズは部屋の奥、窓際のところにある、豪華な羽毛をつめたベッドで、上半身だけ起き上がらせているカトレアを見つけた。

 

「ちいねえさま……!」

「あら、ルイズ。お帰りなさい」

 

 ちいねえさまこと、次女カトレアは、いつもの慈愛の微笑みを浮かべて、末の妹に語り掛けた。

 

「あらあら、少し背が伸びたかしら? ちょっと大きくなったみたいね。可愛いルイズ」

「ちいねえさま……、あの、病気は……」

「大丈夫よ、ちょっと眠ってただけだから――――!」

 

 次の瞬間、ごほごほっ、と激しいせき込みで笑顔が崩れるカトレア。先程の会話で浮かべた笑顔は、完全な虚勢だった。

 さらに激しくなる咳の末、ベッドや彼女の服が朱の涎で染まる。

 ルイズはそれを見て唖然とした。喀血した次女の表情からは、明らかな死相が漂っていたから。

 

「身体はますます悪くなるばかり。今まで病の進行を遅らせてきた薬も、効き目がなくなってきました」

 

 拳を震わせ、ガストンは呟く。齢四十くらいの小男といった風情の彼は、トリステインでも屈指の水系統のスクウェアメイジである。

 そんな彼でも、やはりカトレアを治すには至らず。その目は患者を治せない悔しさで歪んでいた。

 

「申し訳ございませんルイズお嬢様、私では……カトレアお嬢様の病を遅らせることすら、限界に来ております……」

「……っ!」

 

 ルイズは慌てて、カトレアに寄り添う。

 そして両手を前に出し、そこから一輪の花を出してみせた。

 

「ルイズお嬢様!?」

「その魔法は!?」

 

 あの爆発しかしないルイズが、杖を使わず魔法を使ってみせた。

 色々驚く周囲をよそに、ルイズはこれこそカトレアに見せたかったとばかりに、『双月草』の花を見せた。

 

「見て、ちいねえさま。わたし、魔法使えるようになったよ。こんな風に、魔法で花を咲かせられたの。手紙で書いてくれたよね、『自分を信じて』って」

 

 学院に来たばかりの頃、爆発ばかりで馬鹿にさせることを恐れて、何度も帰ろうと思った。

 そんな中送ってくれたカトレアの手紙には、『何があっても帰ってきてはいけない』という、厳しい文と同時に『あなたならできるわ』と、いつもの優しさの籠った文もあったのだ。

 

「ちいねえさまの言う通り、自分を信じたら色んな花を咲かせられるようになったよ! これでいろんな薬草を作って、ちいねえさまの身体を治そうって思ってたの! ちいねえさまにはいっぱい、話したいことがたくさんあるの。あのね――――」

 

 そこまでまくしたてた時、ルイズは気づく。涙で視界がぼやけていたせいで、気づくのが遅れた。

 カトレアはルイズの花を見た瞬間、顔を青くし始めたのだ。

 身体は小刻みに揺れ、動悸は更に不安定になる。

 

「はっ……はっ……!」

「え、ちいねえさま……!」

「駄目ですルイズお嬢様! カトレアお嬢様に『花』をお見せしないで下さい!」

 

 慌ただしい態度で、ガストンはルイズの手から『双月草』をひったくる。何が何だか分からないルイズは、ただ置いてけぼりにされていた。

 

「心拍数は!?」

「上昇中!」

「すぐに鎮静薬を用意しろ!」

「ルイズお嬢様! 大変申し訳ございませんが一度ご退室願います!」

 

 急変する事態に、何が何だか分からず。

 ただルイズは、気づけば部屋から追い出されていたことに気付く。

 

 

「申し訳ございませんルイズお嬢様。ガストンの非礼は私が詫びます。ですが、今のカトレアお嬢様は、特に『花』を恐れるようになったのでございます」

 

 

 隣では執事のジェラードが優雅に頭を下げて説明する。

 カトレアの病が急変したと同時に、彼女は『花』を見ると更に容態を悪化させるようになったとのことだ。勿論、その原因は一切不明。

 本当に何の関連性があってそうなっているのかは定かではない。ただ、分かることは一つ。

 

 本当にもう、カトレアは長くないという、頷きがたい事実だけだった。

 

 

「ちいねえさま……」

 ルイズはもう、何も考えられなくなっていた。思考が完全に死んでいた。

 必死になって学んだ魔法で、褒めてもらおうと思ったのに。

 なんの皮肉か、次女は花を見ることすら駄目になっていただなんて。

 

 じゃあ、わたしはなんのために、花を咲かせる魔法を……?

 

 自分の中で培ってきた自信、その根幹が揺らいだルイズは、幽鬼のようだった。

 そして足は無意識に、そのままジェラードを通り過ぎ、そして……あの小船のところへ向かい始めていた。

 

 

 

「なんか、想像以上に酷い有様になってますね」

「あれじゃあちょっと邪魔できる余地はないね……」

 

 さて、使用人の服を着ていたシエスタとフリーレンはというと。

 先程一部始終を遠くから目撃していたのだが、あんまりにも慌ただしくなっていく様子に、終始介入ができなかった。

 カトレアの容態が悪化してからか、常に彼女の周囲には医者や看護師たちが控えている有り様。あれじゃあよほどの理由が無い限り、長居はできない。

 

 しかも、これから自分が使う魔法は系統魔法じゃない。女神由来の魔法。つまり別世界の魔法なわけで。

 それをこれ見よがしにカトレアの目の前で使うとなったら、周囲は絶対騒然となる。

 更に問題はあり……。

 

「この魔法を使う時はかなりの集中力がいるからね。少なくとも『耳縮め(フェイス・チェンジ)』は維持できない」

「じゃあ、魔法を使っている間はフリーレンさんがエルフであることがあっさりバレてしまうと」

「おまけに結構無防備をさらすんだよね。魔法が一回こっきりの使いきりであることを考えると、途中で中断させるわけにもいかないし」

「つまり、触診するには長時間フリーレンさんがあそこで、ミス・カトレアと二人きりになれる環境が必要だと」

「そういうことだね。さてどうしよう」

「ええ……どうしましょう……」

 

 二人して悶々と悩む。

 正直に事情を話せばそれで済むのだろうが、『エルフ』が『別世界の魔法』を使う。その単語だけがどうしてもノイズとなる。

 学院ならいざ知らず、初対面の多い御貴族様のお膝元でそんなことをした日には……。

 

 にゃお、ぴぃぴぃ、がおがお

 

「あら、この子たちは……」

「動物だね」

 見れば、自分たちの膝元に子猫や小鳥、犬や亀などが集まり始めていた。

「そう言えば、ルイズから聞いたことがあるんだけど、カトレア嬢は動物と心を通わせることができるらしい」

「へぇ、それでこんなにも慕われているのですか。すごい方なのですね」

 シエスタは廊下の端から、部屋の前で揃って頭を悩ませている医師団を見て呟く。

 彼らもカトレアを治したいという本心が、強いがゆえに苦渋の顔を浮かべている。それだけカトレアは慕われているということなのだろう。

 

「…………」

「どうしましたか? フリーレンさん」

「ああ、なるほど。そういうことか(・・・・・・・)

 

 しゃがんで子猫の顎を撫でながら、何か確信に至ったフリーレン。

 小鳥がシエスタの肩に乗る。そんな中彼女はエルフに尋ねる。

 

「いや、一つ分かったことがある。少なくとも『子供のころから体が弱ったという理由』については、心当たりがあるよ」

「何か掴めたのですか?」

「昔、師匠との旅路でね。似たような事例があったから。多分それだろうね。でも…………」

 そこまで言うと、フリーレンは立ち上がる。

 

「多分、今カトレア嬢を苦しめているのは『それ』とは全く別の原因。どのみちハイターから貰った魔導書は使ってみないと」

 とりあえず、今すぐには行動を移せない。もうしばらくカトレアが落ち着いたところを狙わないと。

 

「あ、こら! あなたたちそんなところでさぼってたの!」

「やばっ!?」

 この屋敷を預かるメイド長らしき者の怒号が、フリーレンとシエスタに突き刺さる。

 

「ほら! カトレアお嬢様のお世話を頼まれたのでしょう? 衣服や毛布の洗濯その他諸々! やってもらうことは山ほどありますからね!」

「ど、どうしましょうフリーレンさん……!」

「仕方ないよ。今すぐはちょっと無理そうだし。でも……」

 フリーレンは最後に、哀願のような目を向ける小動物たちに、軽く何事かを呟く。

 そうすると、動物たちはまるで意図を汲んだかのように、四方八方に散っていった。

 

「隙が無いなら、作るしかないね」

 

 そう言うと、とりあえず両手にいっぱいの毛布や服などを乗っけられたシエスタと一緒に。自分の両手にもいっぱいの毛布を持たされた歴戦エルフは、しおしお顔でその場を離れた。

 

 

 

 さて、ヴァリエール領がそんな風に混沌としていた中。

 同時刻、トリステイン魔法学院。学院長室。

 

 

「久しぶりですのう、ヴァリエール公爵」

 

 夏休みに入り、暇を持て余していたオールド・オスマンの元に、一人の来訪者が現れる。

 はてさて、やってきたのはルイズの父、ヴァリエール公爵。

 (くだん)の手紙を読んでわざわざやってきたのだろうというのは、この部屋へと通したロングビルもすぐ察した。

 

「こちら、どうぞ」

 

 ロングビルはそう言うと、お茶を入れたカップを公爵とオスマン、両方に差し出す。

 もちろんこれは〝温かいお茶が出てくる魔法〟で出したものだ。実際に杖先からお茶を出したし、なんなら公爵にもその光景を見せた。

 当然、茶を注ぐこの美人秘書の杖先には公爵も注目したが、そこに対して何か言うことはなく。対面のソファに座るオスマンに強い眼力を向けた。

 

「うむ、少しコクが深くなったんじゃないかのう、また腕を上げたんじゃないのか? ロングビルや」

 

 当のオスマンはどこ吹く風、本当に美味しそうに茶をすする。公爵は思った。何が何でもこの魔法に対するコメントを引き出させるつもりだなと。

 だが、正直そんな暇などない。公爵が口を開こうとした時、まるで機先を制するように『賢老』は口を開く。

 

「わざわざ当学院までご足労頂けるとは、トリステイン屈指の大貴族たるヴァリエール公爵には大変、申し訳ないことをしてしまったものじゃ。この埋め合わせはまた後程……」

「そういうのはやめてください『先生』。わしは公爵としての立場ではなく、かつての一生徒として、そして娘を学院(ここ)に預けた父としてこの場に来たのです」

 

 つまり、畏まるのはやめろと。それだけを端的に伝える。

 これを察せられないオスマンではない。「うむ、そうか」とだけ言うと、改めて喉の調子を整える。

 

「まったく、心臓が止まるかと思いましたぞ。なんですかあの手紙は。わしを発作で殺す気ですか」

 

 公爵の心底疲れ切った声。

 ロングビルは内心、同情で深く頷いた。もし対面がオスマンではなく自分だったら、思わず深く頭を下げて謝罪したことだろう。

 

「ほほ、じゃがのう、ぜんっっぶ事実なのじゃ。『召喚の儀』より起こった一ヶ月。それはもう目くるめく激動の日々じゃった。わしでさえ、今までの価値観を何度揺るがされたことか」

 

 当のオスマンはにこやかにそう言って「もう一杯」と、ロングビルに催促する。側に控えていた秘書は手で空になったカップを下げた後、再び杖でお茶を注ぎ始める。

 どうあがいてもコメントして欲しいと思ったのだろう。公爵はとうとう、ロングビルの魔法にも触れる。

「彼女が先程から使っている魔法が、先生の価値観を狂わせた元凶なのですかな?」

 そこでオスマンは、口につけていたカップをゆっくりと机に置く。

 

 

「今更回りくどいことは聞かん。のうピエールよ。お主は『異世界』を信じるか?」

 

 

 ……ああ、また頭が痛くなりそうだ。

 手持ちの頭痛薬は足りるだろうか。

 

 なんなら額を指で抑えようかとも思ったけど、この時に厳しく時に恐ろしく、そしてそれ以外は常に飄々としてつかみどころのない、自分でさえ学生時代、出し抜くことは叶わなかったかつての『教師』を睨むだけに留めた。

 

 ようは、『自分が弱っています』というアピールをこの教師に見せたくなかった。見栄っ張りでなのである。

 逆に『自分はこれしきではぜんぜん堪えません』という表情を保ちながら、立派な顎髭を手で撫でつけ話す。

 

「ではあの魔法は『異世界』から来た魔法と?」

「その通りじゃピエール。かつての我が生徒よ。お前は学生時代、誰よりも聡明だったが同時に誰よりも馬鹿だった。そんなお前だからこそ、嘘偽りは一切述べずに伝えるのじゃ」

 

 ピエールは背もたれに身を預ける。たった三年なれど、オスマンの事はよく知っている。何せ自分が入学する前から『鬼教師』として、色んな生徒の根性を叩き上げてきた屈指のメイジ。

 彼の介入のおかげで、学院のいじめはこれでも随分なくなった。昔は自殺者まで出ていたのだから。

 だからこそ、エレオノールとルイズ、二人の娘を学院に預けたりもした。もしかしたらかつての教師なら、娘の爆発の原因を突き止められるのではないかと。そう信じていたからだ。

 

 

 その返ってきた答えが、まさかの『虚無』。しかも未覚醒ゆえに起こる現象だと判明。

 おまけに娘の症状を改善してくれたのは、ハルケギニアの仇敵エルフ。オスマンをして『自分以上』といわしめる魔法使いだと。

 

 

 もうこれだけでお腹いっぱいなのにもかかわらず、ここにきて更に『異世界の魔法』ときたものだ。

 ただ、この学院長はつまらない嘘をついたことはない。ピエールもそこはオスマンの事を信頼していた。つまりは本当の事。それがまた厄介さを加速させるのだが。

 さて、悶々としているせいで長時間黙っていたらしい。オスマンは顎髭をしごきながら口を開く。

 

「ほっほっほ。まあ急に言われても信じられんじゃろう。じゃが、これからの時代は加速する。ついてこれん弱小国は潰れることじゃろう。わしとて、それを望むわけもない」

「……わしに、なにをさせたいのです?」

 

 いたずらに「王になれ」と言われても、急に動けるわけも無し。

 つまるところ、その本質をピエールは尋ねたかったのだ。だからわざわざ、オスマンを呼びつけることはせずに学校まで訪問してきた。

 次女が「明日が命日」になるかもわからぬ中、末娘まで不孝の連鎖に陥ってほしくはない。何が自分にとって正しい選択か、見極めたくてかつての教師を尋ねたのだ。

 

「答えは簡単じゃ、ついてきてくれんかピエールよ」

「どこへ向かうのですか?」

 ピエールは疲れ果てたような声で返す。一方オスマンは窓を開け、外へ出る準備をし始めた。

 

 

「タルブじゃ。かつて親友(ヒンメル)と共に訪れたかの地。そこにお主に伝えたいことが詰まっている」

 

 

 その後。

 途中まで龍籠で、タルブへと向かっていた面々。

 だがあと数キロといった場面に差し掛かった頃、急にオスマンは「ここからは『飛翔(フライ)』で行くぞ」と言い出し始めたため、ロングビルもピエールも慌てて準備する。

 だが……、

 

(速過ぎる……! もう先生が見えなくなった……! いかん、このままでは置いて行かれる!)

 

「いやあ、空は快適じゃのうロングビルや」

「ええ、……あの、公爵を置いて行っても?」

「ああ? あいつが遅いのが悪いんじゃろ。ったく、魔法の研鑽をさぼりおって。十分以上遅れるようだったら拳骨だな拳骨」

 少し『昔』の調子が戻ったような口調で、オスマンが言う。

 しかし仮にも相手は公爵だというのにこの様子。どうやら公爵が生徒時代はずっとこんな様子だったのだろう。

 もしかして、今まで見てきた好々爺な調子は、昔からすれば大分丸くなったのではなかろうか。

 なんか、この学院長の怖さが徐々に分かりつつ感じるロングビルだった。

 

「それにしても、ミスタ・ギトーも素晴らしい魔法術式を開発したものじゃわい。『飛翔』に〝飛行魔法〟を併用してみせるなどと、風のスクウェアたる彼しか思いつかん発想じゃろう」

 

 彼らが公爵を置いて速く飛んでいる理由。それはギトーが最近発明した『飛翔を組み合わせた』魔法術式だった。

 理論上、この魔法を使うと初速のみなら風竜すらも越える。遠距離移動でも熟達のメイジならば、空を飛ぶ原生生物と並走することが可能となった。

 無論、そこまでの移動は風に関する理解をそれなりに深めたものだけができる境地だが、系統魔法と民間魔法、その触りさえ学んでいれば少なくとも、従来の『飛翔』より比べ物にならない速度を出すことは可能となった。集中もしなくてよくなったのか、精神、魔力的な負担も軽減された。

 

 オスマンはともかくとして、ロングビルにすら置いて行かれるのはある種の必然だった。

 

 余談だが、この魔法を開発したギトーはこの後、教師としても一皮むけたようで、いたずらに他系統をけなすようなことはなくなった。

 相変わらず仏頂面であるため、人気は伸び悩んでいるものの、風に関する実践的かつ理論的な内容を語るようになったため、真面目に授業を受ける生徒は増えた。

 あのタバサが机の一番前の列で、彼の理論を真剣に聞くようになったと聞けば凄さが分かることだろう。

 

 また、彼の授業は積極的に系統魔法と民間魔法を混ぜ合わせた理論を提唱することも増えた。それにより、民間魔法に対する嫌悪感は最初期より大分和らいでいっているとか。

 

 

(これが……! これが異世界の魔法!! ルイズを導いた力の正体か!)

 

 

 ついていくことに必死だったピエールは、まずここで〝民間魔法〟の奥深さ、その入り口に立ったような感覚を覚えた。

 

 

 はたして、数十分後。

 

「ほう、久々じゃなここへ赴くのは」

「ここには一体なにがあるんですか?」

 

 先にタルブの地へと降り立ったオスマンは、顎髭を撫でながら悠然と立つ。

 次いで降り立ったロングビルことマチルダも、ここは初めて見るとばかりに周囲を見渡した。

 

 微風を受けて爽やかにゆれる大草原。花の香りが風で送られ鼻腔へ入りゆく。

『牧歌的』という言葉が当てはまる綺麗な草原だ。その遠くでは村と、その側に寺院のようなものが建てられている。

 

「その昔、ヒンメルと共に訪れた地の一つ。当時のタルブでは、それこそ摩訶不思議なことを色々体験したものなんじゃよ、マチルダや」

「例の勇者様ですか?」

 

 かつて古代竜から世界を救ったという剣士。ナルシストで有名なグラモン家を鼻で笑えるほどの超ナルシスト。

 それぐらいの話ならばオスマンやフリーレンから何度も聞かされた。この地はどうやら、この賢老においても懐かしき地なのだろう。

 

「やあやあ村長、二ヶ月ぶりかのう?」

「あれまあオスマン様、いえいえ三週間ぶりでございます」

「おや、そうじゃったかのう! いやあ年を取ると細部が歯抜けになって困るわい」

「「ほっほっほっ」」

 

 いや訂正。どうやら結構ひっきりなしに来ていたらしい。

 この村を預かる長と会話する学院長を見ながら、マチルダは思った。

 どうやらオスマンは、フリーレンたちと古代竜戦を乗り切って以降、しばしばここを訪れるようになったらしい。昔を思い出しに来ているのだろうか。

 

「はあっ! はぁっ……! ぜぇ……っ!」

「あ、学院長。公爵がお越しになられました」

 

 ここで若干体を揺らしながら、ピエールも到着する。

 しかし、涼しい顔をする学院長とその秘書と比べると、額に脂汗が溜まっていたが。

 

「うむ、着地からきっかり九分三十二秒。まあ拳骨は勘弁してやるが……」

 

 こっちはやけに正確な時刻を告げながら、オスマンは言った。

 村長に向けていた、先ほどの好々爺を一切消した、鬼教師そのものの目。それを公爵に向ける。

 

 

「おせぇぞピエール。少し魔法が訛りすぎてはいねぇか? 公爵家の当主たるお前がそんなザマでいいのか? うちの秘書よりおせぇとかどうなってんだ?」

「す! すみません!」

 

 

 公爵はひっと身構える。学生時代、この言葉と共に稲妻のような拳骨が飛んでくるのがお決まりだった。その時によく、視界にお星さまが飛び交ったものだ。

 よく悪友と共に悪戯をした時、それが露見した時、雷を落とすかのようなあの拳骨。無意識に頭を下げて目を瞑るのは、かつての防衛本能だろうか。

 

「『トリステインの貴族よ、常に魔法の研鑽怠る勿れ』。始祖ブリミルから分離した三人の賢者ソーンが子孫へ送ったとされるメッセージじゃ」

 始祖ブリミルから授けられた三本の杖。伝承では、始祖が作ったと言われる三人の子、そして一人の弟子。それが始祖の終焉と共に別れてそれぞれの国を興したと伝わっている。

 ガリアの創始者イル、トリステインの創始者ソーン、アルビオンの創始者シゲル。学年ごとのクラスにも使われている、伝説の聖者の名前だ。

 ちなみに、弟子フォルサテは後に宗教庁、ロマリア皇国の建立に深く携わったとか。

 

「はてさて、お主は魔法の研鑽をしておったのか? 嫁さんにそこらへん全て放り投げてはおらんか? いくら政務が忙しいとて、我らを作るは魔法という御業。その修行を怠るとはどういうわけじゃ? ん?」

 

 拳骨の代わりに小言が続く。

 公爵は先ほどの『飛翔』の疲れも相まって、しおしお顔を晒していた。もう公爵としての威厳はそこにない。

 マチルダは情けとばかりに、あまり公爵を注視しないよう、細心の注意を払って今は、寺院へ向かう石段を上る。

 というより、かわいそうだと普通に感じたマチルダは、話題を変えた。

「あの、学院長。そろそろ教えて頂けませんか? どうしてわざわざ、公爵をこのような地へお連れしたのか……」

「もうすぐじゃわい」

 声を柔らかくして、オスマンは言った。

 

「オスマン様、ご無沙汰しております」

 石づくりの階段を上り切った先でマチルダたちを迎えたのは、数人の村人。どうやら家族のようだ。

 その中にはオカマもいた。マチルダは思わず「げえっ!?」と呻く。

 

「す、スカロン店長……」

「あらん、お久しぶりねぇロングビルちゃん!」

「あ、本当だ! ロングビルさんやっほー!」

 

 まさかの『魅惑の妖精』亭の店長、スカロンとその娘ジェシカ。

 なんでこんなところに! マチルダは思わず、目線をオスマンに向けるが、当人はとぼけた表情を崩そうともせず。

 

(確信犯だなこのジジイ!!)

 

 歯と拳をギリギリ震わせるロングビル。しかし表面上は笑顔を取り繕って、かつて働いていた店長に話しかける。

 

「あ、あの、お二人はなぜここに?」

「なにって、帰省よ。ワインの在庫も切らしちゃったし。そしたら急にお得意様の学院長が訪ねてきたっていうし、これからもご贔屓にの挨拶と思ってね」

 

 そういえば、このタルブという土地はワインの素材たる上質な葡萄が取れるとは聞いたことがある。しかし、まさかこんなところでつながりがまた戻ってくるとは。

 マチルダも心内ではかなり渋い顔をしていたが、こうなってしまっては仕方が無い。

 

「それで、彼女とこいつに『例の彫像』を見せてやってほしいと思ってな」

 オスマンはそう言うと、身体精神共に疲弊しきった公爵を後ろ指で差す。

 もはや『こいつ』呼ばわり。貴族としての垣根を取っ払うと随分容赦がないオスマンであった。

 スカロンたちも、このピエールをお貴族様とは思いつつも、トリステイン屈指の公爵とは、ましてやついこの前知り合ったルイズの実の父とまでは、露程も思ってなかった。

 

「彫像?」

「そうじゃ」

 

 スカロンたちの家族に案内され、そのまま寺院の奥へと進む。

 ジェシカらの祖先が建てたというその寺院。丸木で組み合わされた門、石の代わりに板と漆喰で作られた壁。木の柱……、白い紙と、縄で作られた紐飾り。そして板敷きの床。

 

 もし才人がこの場にいたら、この様相を見てこう答えただろう。

 それは『神社』だと。

 

 ジェシカとスカロンの二人が、横開きの扉を開けて貴族たちを招き入れる。

 マチルダはそこで首を傾げた。遅れてやってきた公爵も、ふむ? といった顔をした。

 その寺院の中には、彫像が立っていた。三人の人間が、一緒に肩を組んでいる。その背後に、巨大な……ハルケギニア人にとっては形容しがたい『何か』。

 

 カヌー? みたいなものの左右に、鳥の玩具のような翼が作られている。前頭部分は変な三枚羽根があって、何かの魔法道具かと思ったけど、こんなものは見たこともない。

 

 う~ん、と首を傾げたところで、何かが判明するはずも無し。

 マチルダは、隣にいるジェシカに耳打ちした。

 

「ねえ、これなに?」

「ああ、これはね『竜の羽衣』。わたしの御先祖様の一人はね、これに乗って遠くの大陸からやってきたって話なの」

「そう、これは飛ぶんじゃ。なんとも面白いことじゃろう?」

 

 それを聞いたマチルダとピエールは仰天した。こんな、へんてこな竜の出来損ないのようなこの形状が、飛ぶ? どうやって? さっぱりイメージできない。

 

「おっと、わしの発言を疑うことは許さんぞ。わしはきっかり『見た』からのう。こいつがきちんと飛んでいくさまを」

「これが……」

 

 マチルダは彫像をまじまじと見つめる。これがどう飛ぶのかは分からないけど、まあ学院長がこんなところでつまらない嘘をつくわけも無し。

 

「まあ、わたしたちも実際飛んだ姿は見てないから、よくは分からないけど。でもこの『竜の羽衣』の前にいる三人が、協力してこれを飛ばしたという証言は古くからあるらしいから、飛んだのは事実っぽいのよね。あ、ちなみにこのおじいさんがわたしたちのご先祖様」

 

 ジェシカは三人で並んでいる彫像、左側の人のよさそうなおじいさんを指さす。

 

「ちなみに、真ん中で自己主張しておるこのキザ野郎がヒンメルじゃ」

「え、この人が例の勇者様?」

 マチルダは次いで、真ん中の青年を見る。左右の人間(左はジェシカの御先祖様か)の肩に両手を乗っけて、親しさをアピールしているかのよう。その服は剣道の服と袴を着ている。

 ネームプレートは剥げているのか見当たらない。長い時と共にどこか行ってしまったようだ。そのためジェシカも家族たちも、先祖以外の二人の人物の名前は知らないのだとか。シエスタもそうなのだろう。

 

 まあ、結構なイケメンじゃないの。

 少なくともナルシストになるのは分かる風体だ。

 ちなみに彼の肩にはちゃんとデルフが鞘に埋まっている。芸が細かい。

 

「じゃあ、こっちの右側は誰?」

「ああ、彼は『竜の羽衣』でこの地を去った者じゃ。ここでは色々あってのう」

 昔を懐かしむように、オスマンは語り始めた。

 

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