使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第46話『ゼロ戦の記憶①』

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 あれは、ヒンメルと旅を始めてから一ヶ月は経ったころだろうか。

 

「おいヒンメル! こっちだ!」

「分かった! 今向かうぞオスマン!」

 

 当時、タルブを旅していたヒンメル一行は、コボルト襲撃に悩まされていた村人たちに頼まれ、その討伐の最中であった。

 

「よっし、行くぞデルフ!」

「応ともよ! 相棒!」

 

 その戦いもほぼ順調。

 今更ながらに、魔王を討伐して世界を救い、大きく成長したヒンメルと、スクウェアクラスの魔法を四系統満遍なく扱える若き天才オスマンの魔法に、コボルトが勝てる道理も無し。

 ヒンメルが『前衛』として、錆びたデルフを振るいあげる。刀身はおんぼろの不格好なのに、彼が振れば強靭な斬撃を発生させ、十二、三体の、コボルトの形をした土人形は粉々に吹き飛んでいく。

 

「ひゅう! やるねえヒンメル!」

「なあに、これぐらいは朝飯前さ!」

 

 そんな軽口を交わす一人と一本に、今度は数十もの群れが一気に襲い掛かる。

 しかしヒンメルはいたずら好きな小僧な笑みを浮かべると、すっと横にずれる。

 

「おら、ぶっとべ雑魚犬どもが!」

 

 刹那、オスマンの魔法『稲妻嵐(ライトニング・ストーム)』が空気を震わせる。

 風系統の魔法『稲妻(ライトニング)』と『暴風(エア・ストーム)』の混合。比類なき魔法の才を持つオスマンだからこそできる全体攻撃だ。

 

「こんな雑魚犬どもに足踏みしてやるほど、こちとら退屈してねえんだ。おれらを倒したきゃあドラゴンの大群でも引っ張ってくるんだな!」

 

 稲妻に打たれて黒焦げとなった、数十にも上る獣人の雨を作り出しながら、若かりし頃のオスマンはヒンメルの隣に並び立つ。

 互いに高次元な使い手だからこそできる即興の連携。前衛の剣士に後衛の魔法使い。

 バランスも相性も悪くない、むしろ最高まであるんじゃないか。二人は無意識に笑みを浮かべた。

 

「さて、後一体」

「うぬ! この毛なし猿どもが! 付け上がりおって!」

 

 

 土人形と部下による、百を越えるだろう軍勢を瞬きで打ち破り、残りは指導者たるコボルト神官(シャーマン)のみ。

 犬のような頭を持ち、神官のような服を拵えて杖を持つ獣人は、怒りで声を震わせ叫ぶ。

 彼の手には『土石』と呼ばれる精霊石があったのだが……。すでに消耗し尽くしており、只の土くれへと変わっている。

 この力で生み出した土人形は、ヒンメルが全て薙ぎ払った。魔法も使えぬ、下等な人間だというのに、どうしてここまで……!

 

「大人しくこの地を我らに献上すればよいものを、何処にでも湧く害獣が!」

「きみこそ、もうこの地を襲わないと約束するのなら、命だけは助けてあげるぞ」

 

 デルフリンガーを構えながらも、情けをかけるヒンメル。

 デルフは呆れたように鍔を鳴らした。

「おいやめとけヒンメル。奴等には奴等の事情がある。見逃したって後日また新たな軍勢を携えて襲ってくるのがオチだぞ。それじゃ意味ないだろう」

「……それは分かってる。でも〝魔族〟じゃないのなら、対話でどうにかとも、思ったんだけどね……」

 

 ヒンメルは目を瞑る。

 一瞬、思い出すのはあの時の記憶。

〝魔族〟の少女を見逃して、その後どうなったかというあの痛ましい惨劇。

 

 

『どうしてお前たち魔族は、家族を知らないのに〝お母さん〟なんて言うの?』

『だって、殺せなくなるでしょう? まるで〝魔法〟のように素敵な言葉……』

 

 

 対話が通じないのは、魔族だけであってほしい。

 そういう思いが、どこかにあるのかもしれなかった。

 ヒンメルは目を開ける。やがて彼は諦観染みた笑みを浮かべる。

 

「……やっぱりだめか」

 

 そこにあるのは、見下している人間に情けをかけられ、怒りで身を震わせるコボルト・シャーマンの姿だった。

 

「うぬ、貴様等毛なし猿ごときに情けをかけられるとは! もう絶対に許さぬ! 精霊よ! 我に力を貸せ!」

「おおう、『先住魔法』。見るのは初めてだな」

 

 長杖を肩に担ぎながら、ふむと頷くオスマン。

 エルフ、コボルト、吸血鬼。ハルケギニア人からは所謂『亜人』としてくくられている人に似た彼らは、別次元の魔法『先住魔法』を操ることで有名だ。

 

 近場にいる精霊と契約し、魔力を差し出す代わりに力を提供する。自然そのものを動かす力。それゆえに『個人』の力のみで完結する系統魔法とは相性が悪く、その強大さゆえにメイジ達が頭を悩ませる要因として知られている。

 

 やがて、コボルトの長の背後から、十メイルはあるだろう土の巨兵が生み出される。かなり強力な魔法だ。三桁の軍勢を従える、獣人の長なだけはある。

「仕方が無い、やるか」

「元々おれは見逃すつもりは無かったがな」

 地面に刺していたデルフを再び手に掴み、あの巨兵をさてどう突破しようか思案すると……。

 

「オスマン! ヒンメル! Get down(伏せろ)!!」

 

 第三者の声が戦場に響く。

 次いで「しゅぽっ」という、気の抜けた音が発される。

 

「いっ!?」

「おい!」

 

 その威力を既に知っていたヒンメルとオスマンは、冷や汗交じりに地面に伏せる。

 次いで、白煙を尻尾にするかのような、超高速の質量弾がコボルト目がけて飛んでいく。

 

「なん……ぐわばっ!!」

 

 質量弾は、コボルトの頭部に命中。

 口にその弾丸を咥える形となったコボルトは、次の瞬間閃光と共に、頭を木っ端みじんに弾けさせた。

 それと共に、あらぶっていた土の巨人も、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。

 

「ったく! その『杖』を使うならもっと早めに言ってくれジョン!」

Sorry(ごめんよ)、オスマン。僕も何か手伝えないかと思ったんだけど……いっつつ」

「無理しない方が良いよ。でも助かったジョン。これで依頼は完了だな」

 

 

 オスマンとヒンメルの二人から声をかけられた、彼の名はジョン。

 迷彩服とヘルメットをかぶった、いわゆる『軍人』の様相をした金髪の青年。

 旅の中、大怪我を負って倒れていた彼を必死に介抱して命を取り留めたのがつい一週間前のこと。

 

 聞けば、彼もまた『月が一つしかない世界』からやって来たらしい。一瞬同じ世界の人かと思ったヒンメルだったが、彼の装備や武器、そして語る文化は全然聞いたことが無い。

 

「ここは一体どこなんだ、母国(アメリカ)に帰りたい」

 

 治療中、うわ言のように彼はそう呟いていた。

 帰りたいのに帰れない。そんな彼を放っておけなかったヒンメルは、治った彼にこう言ったのだ。

 

「僕も同じさ。どうだい? 一緒に来るというのは。同じ故郷を探す旅。目的は一緒なんだから、その悩みに付き合うよ」

 

 そういうわけで、このジョンという青年を加えて三人でしばし、旅をしていた中でタルブにやってきたのである。

 彼は魔法使いではなく、かといって剣士というわけでもない。

 それでも不可思議な『武器』を幾つも持っていた。彼は『銃』、『大砲』と言っていたっけ。

 その威力は凄まじく、何でもないような筒から先程のような爆発を起こせる質量弾を飛ばすことができた。そういった『見たことのない道具』を彼が持っていたことも、ヒンメルが興味を持った点だった。

 

 

 さて、無事依頼は完遂した。

 

「ありがとうございます。あのコボルト共には長年悩まされていまして。ただ……お礼の方が……」

 

 当時の村長はもじもじした様子でそう答える。

 この村もまた、ワイバーン討伐の時と同じで、金はないけど大変困っていた人たちのようだ。

 なので、それを察したヒンメルは、金銭の方は話題にはせず。こう返す。

 

「大丈夫さ。ここでは多種多様な葡萄があるんだよね? だったらそれで作られたワインでも頂こうかな」

「ええ! そんなことでよければ! 精一杯おもてなしさせていただきます!」

 

 さて、そんなわけで村を救ってくれた英雄たちと村人との、ささやかな交流会が行われることとなった。

 タルブ産のワインとつまみに、舌鼓を打って楽しむヒンメル達。陽気に暢気に、催しが進んでいく中……。

 

「もし、お前さん……」

「Yeah? なにかなじいさん」

「ずっと気になっておったんだが……、お前さんのその服、米国(アメリカ)のものか?」

「What!? どういうことだじいさん! あんたもしかして……!」

 

 部屋の隅でなにやら、ジョンが一人の男性と話し込んでいる。

 気になったヒンメルやオスマンは、そちらの方へ向かった。

 

「どうしたんだいジョン?」

「ああ、聞いてくれヒンメル! 彼が僕の国について知っているみたいなんだ!」

「知っているというか、互いに争い合った。というべきかな……」

 眼鏡をかけ、少し白髪が混じった、しかし精悍な顔つきをした黒髪の男性は、ふぅ……と肺から息を吐く。

 

 

「申し遅れたヒンメル殿。私の名前は『佐々木武雄』。かつて日本国の海軍少尉にして、アメリカ……彼の住む国と戦っていた者だ」

 

 

 それからヒンメル達は、この佐々木氏からいろんな話を聞いた。

 彼もまた、『日本』という別の国の生まれだったのらしいのだが、戦争の最中、紆余曲折あってこのハルケギニア、タルブにやってきたというのだ。

 

「そっか、あんたも国のために戦っていたんだな。なんという偶然……」

「そうだな。こんなこともあるとはな……。大東亜戦争の行方は、どうなったのだ? まだ続いておるのか」

「いや、とっくにその戦いは終わったよ。連合軍の勝利で終わったって」

「そうか……、我が国は負けたか。まあ、仕方のないことだろうな……」

 

 同じ世界の住民ということもあって、すらすらと会話を始めるジョンと佐々木氏。

 聞けば、彼らは元は敵同士の関係らしいのであるとのことらしい。ただ、今更こんな異世界にまで因縁を持ち込む道理も無し。

 事情を色々と聞いた佐々木氏は、難しい顔をしながらも、最後はふっと眉を緩ませていた。

 

「だが、お前さんのその衣服を見る限り、戦争はまだ続いているのだろう?」

「ああ、僕はベトナム戦線でね、もうひっどいものだったさ」

 

 対するジョンは、『ベトナム』なる地で佐々木氏と同じく、国のためと戦う兵隊だったらしい。

 ただ、彼がいた戦線はかなり酷いものらしく、爆発や銃撃が地面や空から吹き荒れる、危険地帯だったという。

 そんな中、ジョンは首にかけている、ロケットペンダントを開く。そこにはこれまた金髪の綺麗な女性の顔があった。

 

「恋人だ。マリーンというんだ。もう終盤は心が折れちゃって、彼女に会いたいとばかり考えるようになった。その最中大爆発が起こって……、で、気が付いたらこの世界? に来たみたいで……」

 

 そう言ったきり、ぐすりと涙ぐむジョン。今一番、精神的に疲弊しているのは彼であろう。

 そんな彼を不憫に思ったのか、佐々木氏は眼鏡を拭きながら、若きかつての敵兵に言った。

 

「帰りたいか? お若いの」

「え! 帰るあてがあるのかい!」

「藁にもすがるような『あて』でもいいのであれば、ついてきたまえ」

 

 お祭りも終わって。

 佐々木氏と、彼に寄り添う妻に連れられる形で、ジョンとヒンメル、そしてオスマンの三人は、タルブの広い草原へと向かって行く。

 

「帰る『あて』って、なんなんだ?」

 オスマンは尋ねる。

 一番先頭を歩く佐々木氏は、歩きながらも振り向いて言った。

 

「わしがこの地に来た時、二つの月は丁度重なった時期だった。このハルケギニアでいう『日食』の日に、わしはこの地へ降り立ったのだ」

 聞けば、ハルケギニアは『日食』が近くなると、そういった何か怪しげな現象が発生するという、変な噂があるらしい。

 一説によれば、『どこか別の世界へと繋がっているのではないか』とする研究者もいるみたいだが、当然それは貴族どころか平民すら眉唾と馬鹿にするものだ。

「だがわしはその迷信を信じておってな。もし『日食に向かって飛び込むことができたのであれば、元居た世界に帰れる』のではないかと、今でも思っておるのだ」

「随分と断定するんだな。まだそうと決まったわけじゃないだろう?」

 

 オスマンもまた、疑問符溢れる顔つきで佐々木氏の話にコメントする。

 確かに、それだけで「必ず帰れる」と言い張るには、確実性が低い。

 だが、佐々木氏は……。

 

「確かにそうだ。()()()()()()()、わしも確実に帰れるなどと断言はしなかっただろう。だが……」

 

 ここで佐々木氏は、隣で付き添っている、三つ編みを肩に下げた女性を見た。

 

「紹介しよう、妻だ。彼女が今回、きみが故郷に帰れるか否かの『鍵』を握っている」

「……どういうことだい?」

「その理由については後で話そう。さあついたぞ」

 

 とある倉庫のような建物の前で、佐々木氏が足を止める。周囲も倣って立ち止まる。

 中に入り、魔法のランプで明かりを照らす。仄かな光に当てられながら、『それ』はあった。

 

「Oh! こ、これは……!」

「なんだ、これは?」

 

 ジョンは驚いたように口を開く。一方オスマンは顎を撫でながら唸る。

 何やら良く分からない……巨大物。そうとしか言い表せないのだ。

 頭と思われる部分には三枚の羽が搭載しており、胴体はカヌーのような、左右に鉄の板がにょきッと出た、名状しがたき何か。

 

「なあ、これ分かるかヒンメル?」

「いや、全然」

 

 こっそりとヒンメルにも尋ねるが、やはりというか彼も初めて見るとばかりに首を振る。

 しかし、ジョンと佐々木氏は分かるのだろう。やがて、彼は驚きの声で言った。

 

 

Pacific War(太平洋戦争)で使われたというZero Fighterか!?」

「その通り。航空母艦『瑞鶴』に搭載された、零式艦上戦闘機52型だ」

 

 

 少なくとも、二人の間では伝わる熱意をもって、彼らは微かな光で照らされる『Zero Fighter(ゼロ戦)』を見上げていた。

 

 それから佐々木氏は話し始めた。この世界に来た経緯を。

 彼はかつて、この『ゼロ戦』に乗ってジョンの国と戦った『パイロット』であったらしい。

「激化する海上にて、せめて御国のためと一機でも一隻でも撃墜せんと戦っていた。その最中、突然の積乱雲に見舞われてな」

 その雲を通り過ぎた先、それがこのハルケギニア、タルブの草原だったという。

 

「今にしても、まさに青天の霹靂だったな。最初はあの世に来たのかと本気で疑ったよ」

 

 急にやってきた異世界に戸惑いを隠せぬまま、気づけば彼はこの村の住民として、厄介になることとなったらしい。

 何せ帰ろうとも帰る手段がない。どうしてここに来たのかも分からないし、飛ぼうにも『ゼロ戦』の燃料はすでに空。通信機も繋がらない以上、佐々木氏はここの住民たちと暮らすことを余儀なくされた。

 そうするうち、結婚し、子供もできた。完全にこの地は佐々木氏にとって「もう一つの故郷」となったのだという。

 

「御国がどうなったか、気にならないと言えば嘘にはなるが……あれからもう、長き月日が流れた。元々日本(向こう)に身寄りはいなくてな。それに……今更おめおめと戻ったとして、『何しに帰ってきた』と、怒鳴られることだろう」

 

 自嘲気味に佐々木氏は述べる。

 その後、彼は若きジョンの肩を叩き、

 

「だから、家族や恋人を待つお前さんは、帰れるのであれば帰った方が良い。操縦の仕方が分からないというのなら教えてやる」

「だ、だけどいいのかい? 僕のために……」

「わしはもう、未練はない。もうこの地に骨を埋める覚悟でいるよ。今更、妻や子を置いて帰ったところで、何も待ってやしないのだから」

 

 ただ……、と、眼鏡を上げて佐々木氏は続ける。

 

「未練はある。あの『ゼロ戦』だ。あれだけは御国から借り受けたもの。きちんと返上したいのだ」

 そして、佐々木氏はジョンの手を取って、こう続ける。

「だから一つ、約束というかお願いがある。ジョン殿。もし無事帰れた暁には、この『ゼロ戦』を陛下へお返ししてほしい」

「……分かった。必ず約束は守る」

 やがて、ジョンは佐々木氏と固い握手を交わす。

 かつては敵同士なれど、この異世界ではその道理もないとばかりに。

 

「あの~、良い話してるとこ悪いんだけどさ、結局どうやってジョンは帰るんだ?」

 

 さて、頭を搔いてそう言うのはオスマンだ。

 そう、なんか良い感じに話が向かっているけれど、結局帰れる手段が明確ではないことには、リアクションのしようがない。

 ジョンも、再び「それを聞きたかった」という顔をする。

 

「まず、仮にこれが飛ぶとしてだ。今は飛ばせないんだろう? それに日食だっていつ来るのかすら分かりゃしない。仮に日食が来たとして、それで本当に帰れるかも不確定だってのに、どうしてジョンが『帰れる』だなんて、きっぱりと言い切れるような話し方をするんだ?」

 

 オスマンの問いに関しては、佐々木氏は妻の方を見る形で答える。

 それまで、ずっと夫の隣で静かにしていた、栗色の髪をした優美な女性は、やがてすらすらとこう話し始めた。

 

「実は今から三十二日後、ハルケギニアの日食が始まります。その日は曇り空一つない晴天。くっきりと浮き出る月に目がけて進んでいけば、必ずジョンさんは元のいた世界に戻ることができます」

 

「??」

 

「燃料については心配いりません。今より十八日後、ここから二十八リーグにある海岸で一機の無人となった飛行機が流れ着きます。その機体はこの『ゼロ戦』を少しの間だけ飛行させるには十分な燃料が備わっているのです。ヒンメルさんたちの協力があれば、すぐに回収可能かと」

「な、なあ……、あんた、なんでそんな具体的な事が分かるんだ?」

 

 まるでさっきから『分かっている』かのような物言い。

 当然、オスマン、ヒンメル、ジョンの三人は揃って疑問符を浮かべる。

 それに対し、佐々木氏は「信じられないだろうが……」と、前置きした上でこう答えた。

 

 

 

「彼女はな、『未来が見える』んだ。ヒンメル殿たちがここを訪れることも。近い将来、ジョンが元の世界に戻れることも、その正確な日時や手段すらも、彼女はとっくに見通した過去の出来事なんだ」

 

 

 

 佐々木氏がそう言うと、彼の妻は軽く会釈した。

 三人とも、これまた揃って啞然とした表情を作った。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「未来が見えた……?」

 

 オールド・オスマンの語りを聞いたマチルダは、信じられないような表情を浮かべた。

「ええ、到底信じられないでしょうけど、ここいらじゃ結構有名だったらしいのよ。村の人達の証言もかなり残っているし」

 ロングビルの疑問に、ジェシカが答える。

 

 その女性は、佐々木氏が来る前からいつの間にか村に住み着いた子で、その力は『千里眼』とも呼べるほど、卓越した『占い師』としても有名だったという。

 実際、無くしものをした時は、その子に頼めばなんでも見つけることができたとか。それに対する感謝の声も、それなりに残っているようだ。

 

「んで、その『占い師』さんがうちの御先祖様と結婚して、子供ができて……、っていう家系を受け継いでいるのがあたしらってワケなの」

「シエちゃんもそうなのよ! ほら、ロングビルちゃんも会ってるでしょ? メイドのあの子!」

 

 スカロンの言葉に、マチルダは「あの子か」と、ぽつりと答える。

 ……そういやあの子、エンシェント・ドラゴン戦でも何というか、危機察知に優れたような挙動をしていたし、もしかして只者じゃないのだろうか? フリーレンは何か知っているのだろうか?

 

「正直私らも、『千里眼』とかその辺は良く分からないんだけど、でもシエちゃんは良い線いってると思うのよね。生まれた時からなんていうか『敏い』感じがあるのよ」

 スカロンの言葉に、ジェシカもウンウンと頷く。

 

「まあともあれ、わしらはジョンを元の世界に帰す手伝いをすることにしたのじゃ。その時に使ったのが……すまん、あれはまだ残っているのか?」

「あれねぇ! 確かまだ、倉庫の奥深くに置いてあると思うわぁ!」

「ご案内します。こちらへ」

 シエスタの父に案内される形で、オスマンらは一旦寺院を後にした。

 

 

「どうぞ」

 シエスタの生家、その背後にある森の中。

 茂みをかき分け先に進むと、大きな倉庫が見つかる。

 そこを開けると、そこにはまた奇妙な形のものがあった。

 

「なんだい、これ?」

「村人の間では『走る鉄棺』と呼ばれていました。ええっと……確か正確な名前は……」

「『ケネディジープ』じゃな。ジョンがそう言っておったわい」

 

 これだけは覚えていたとばかりに、オスマンは『走る鉄棺』へと駆け寄る。

 濃緑の四角形の形状に、丸い、ザリザリとした物体が四方に取り付けてある。

「これはな、この椅子の足元にある板を踏み続けるとじゃな、この鉄の塊自体が自走するんじゃ」

「え!? これが?」

「そうなのよぉ! 私の爺さんの代までは動いていたみたいなんだけど、今やすっかりただの置物! どうやって動くのかは私達もイメージできないのよぉ」

「まあ、『燃料』が無くなったんじゃろうな」

 

『燃料』? マチルダとピエールは疑問符を浮かべる。

 ハルケギニアにはまだ、『燃料』という概念が無い。それがどういうものか、さっぱり分からないのだ。

 というか、オスマンも詳しくは良く分かってないようだった。

 

「懐かしいのう。ああ懐かしい。ヒンメルがこれに乗ってバカやったことも、今や昔の話じゃ」

 オスマンは、懐かしそうな表情を浮かべながらフロントガラスを撫でつける。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 あの後、当然ながらヒンメルは『ジョンを元の世界に戻す』ことに協力の姿勢を示した。

「なにより、見てみたいじゃないか。こんな鉄の塊がどうやって飛ぶのか」

 オスマンは未だに『ゼロ戦』が飛ぶことに懐疑的だったが、ヒンメルは信じている様だった。

 さて、佐々木氏の妻の予言に従い、二週間ほど村に滞在したヒンメルたちは、やがて彼女が告げた海岸へと足を運ぶ。

 

 そこには予言通り、変な機材が色々と打ち上げられていたのだ。

 勿論、『竜の羽衣』と同じ形状のものも流れ着いていた。こちらは翼が折れて悲惨な形状だったが、『燃料タンク』とやらは無事だったようだ(操縦人に関しては、コクピットが開いていることから先に脱出し、この機体だけ流れ着いたのだろうとジョンは言っていた)。

 同行したジョンの知識を借りて、燃料を別の容器に移送、細部はオスマンが魔法で対処する。

 その探索と作業の最中に、この『ケネディジープ』も発見したのである。

 

「良かった! これを使えば帰りは歩く必要がなくなる!」

 

 ジョンは大層喜んだ。聞けば、これは飛びはしないが『ガスペダル』という足元のレバーを踏めば、自動で動くというのだとか。

 燃料も満タン、鍵も刺さったまま。使おうと思えばすぐに使えるのも幸いだった。

 ちなみにこのジープの後方座席に搭載していた『自走砲』とやらは弾が無くて使えず。なので鉄筒を外して身軽にした格好だ。

 

「へー、これ動かせるのかい? どんなふうに?」

「えーとね、このレバーを踏みながら、ハンドルを動かしてこれこれこうこう……」

「面白そうだね! ちょっと『運転』とやらをさせてもらってもいいかい?」

「ああいいよ、でも気を付けてくれよ」

 

 

 果たして数分後。

「だぁああああああああああああああ!」

 勝手が分からず、アクセルベタ踏みしながらジープを爆走させるヒンメルの姿が。

 

 

「ヒンメル! ブレーキ! ブレーキ踏んで!」

「おぉおおおお前!! もっとゆっくり動かせよ!」

「ちょ、ちょちょと待ってくれ! 本当にこれどうやって止めるんだ! どっちの板を踏めばいいんだ!?」

「おい目の前! 崖あんぞ崖! 落ちるってバカ!!」

「あー、これはもう無理だな」

 デルフの諦観染みた声と共に、ヒンメル達はそのまま崖へ向かって車体を飛ばしてしまった。

 

 

「「「あぁあああああああああああああああああああ!!」」」

 

 

 そんなハプニングもありながら(落下途中でオスマンがカバーしてくれたことで助かった)。

 なんやかんやありつつも、何とか無傷で村に戻ってきたヒンメル達だった。

 

 

 無事運んだ『燃料』を、そのまま佐々木氏のゼロ戦に移し替える。

 後は『その日』が訪れるまで、ジョンは『ゼロ戦』操縦のレクチャーを、佐々木氏から受けて過ごしていた。

 

 その一方で、ジョンもまた、自分の武器についてヒンメル達に説明したりしていた。特に最後の一本となった『破壊の杖』……『M72ロケットランチャー』の使い方など、色々教えていたのだ。

 佐々木氏の『ゼロ戦』も軟着陸後、『固定化』の魔法をかけてもらったおかげでどこかが劣化していたということもなく、当時と同じ飛行性能で運航できることも判明。

 

 その合間にヒンメルが、「折角だからみんなで銅像を作らないかい?」と提案したことで、『ゼロ戦』をバックに三人並ぶ絵を村人にスケッチさせたり(オスマンは今回、面倒くさがって参加しなかった)。

 

 

 そしていよいよ、帰る期日……『日食』が近づいてきた。

 

 

「本当にありがとう。あなたたちには本当に感謝してもしきれない」

 最後にジョンは、ここまで付き合ってくれたヒンメルとオスマン、そして佐々木氏と熱い抱擁を交わした。

「ミスターササキ、必ずこのZero Fighterは日本に送り届ける。だから安心してくれ」

「ああ、それだけが生涯の心残りだったのだ。頼むよ、友よ」

「あなた、そろそろです」

 

 佐々木氏の妻が空を見上げながら、そう告げた。

 それに伴い、ジョンも深呼吸をしながら、若き佐々木氏が使っていたであろうヘルメットを被る。

 

「空を飛んだら、真っすぐに月を目指してください。眩しい光に包まれ始めても、慌てず真っすぐ進んでください。そうすれば必ず、あなたは元の国に戻れます」

「ああ、ありがとう。ヒンメル、オスマン、きみたちにも感謝してもしきれない。Have a safe trip(旅の無事を祈ってるよ)!」

 

 そう言うと最後に海軍式の敬礼で、ジョンは感謝の意を示す。

 佐々木氏やヒンメル、オスマンもそれに倣って応えた。

 

 

 日食が完全に始まった瞬間、ジョンは各種レバーの操作を行い始める。

 点火スイッチを押し、スロットルレバーを少し前に倒す。

 エンジンが作動し、頭頂部の羽根(プロペラ)が回り始めた。

「おおっ!」

 ヒンメルやオスマンは興奮の声を上げた。プロペラ音に気付いた周囲が、何事かと集まり始める。

 やがて、羽音を重ねたような独特な駆動音を響き渡らせながら、ゼロ戦は滑走を開始。

 そのまま、ふわりと宙を浮き、ぐんぐんとタルブの空へと駆けあがっていった。

 

 

「マジかよ……本当に飛びやがった……」

「……はは、これは本当に、すごいものを見た」

 

 

 オスマンは驚愕で、ヒンメルは無意識に笑みをこぼして、それぞれ感想を漏らす。

「この衝撃的な光景を、仲間たちにも見せたかったなぁ……」

 二つの月が重なり合い、闇の洞窟と化した日食に向かう飛行機を、ヒンメルはいつまでも見送った。

 




ジープ爆走ヒンメルなんて絶対この作品ぐらいだろうな……。
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