「本当に、ジョンは帰れたんだろうかね」
日食も終わりかけた頃になって。
異常な空模様も徐々に戻り始め、朱の色へと変わっていく空を眺めながら、オスマンは呟いた。
「無理だったら戻ってくることだろう。こうして見上げてもあの『ゼロ戦』が見えないってことは、彼は帰れたんだと思うよ」
「まあ、そうだろうな」
ヒンメルの答えに、オスマンもそう思うことにした。
周囲は未だに、あの『ゼロ戦』が宙を浮いた驚きで囁きあっていた。
みんな、あんな鉄の塊が飛ぶなんて露程にも思ってなかったのだろう。まあ、その気持ちは分からなくはないと、二人も思っていたが。
そういえば、彼には「またね」とは言えなかったな……。
「ありがとうございます、ヒンメル殿、オスマン殿。わしの願いを叶えてくれたこと、感謝いたしますぞ」
草原の帰り道、佐々木氏が妻を連れてお礼を述べる。
「礼なんて、むしろ僕の方がしたいくらいさ。ああしてジョンは帰ることができた。あなた達はその手伝いをしてくれたんだから」
「そうだな、おれたちがやったことも精々あの『燃料』とやらを回収に行っただけだしな」
「それでも、あなた達でなければ、『ゼロ戦』を国にお返しすることは叶わなかった。あれだけが唯一の心残りだったのです。そのお礼と言っては何ですが、こちらを」
佐々木氏がそう言うと、妻が一歩前に出る。
立派な黒漆で塗られた曲刀を、ヒンメルに差し出した。佐々木氏秘蔵の武器『日本刀』というものらしい。
護身用兼、お守り代わりとしてゼロ戦に載せていたようだ。
実を言うと、佐々木氏はかなりの剣の達人であるらしく、若い頃は様々な道場を渡り歩いてきた武芸者でもあったという。
実際、タルブにいた時は、ヒンメル達は佐々木氏の自宅で世話になっていたのだが、類まれなる剣才がヒンメルにあると見抜いた佐々木氏は、彼に剣術の手ほどきをしていたくらいなのである。
ヒンメル自身、魔王討伐の旅の中で色んな武芸者に会ったし、力比べしたり技術の交流などをしたことはあった。
だが、今回は異世界、日本で隆盛したという武術。当然ヒンメルも興味津々で彼の技を吸収していき、一ヶ月を経た後は、佐々木氏をして「教えることはもうない」と言わしめるほど、日本の剣術に精通していったのである。
ヒンメルからすれば、
これだから寄り道は止められない。そう思いつつも、一旦ヒンメルは尋ねる。
「いいのかい? その剣はあなたのお国のものなのでしょう?」
「剣は使われてこそ、技は活かしてこそ真価を発揮するというもの。様々な流浪を繰り返すであろうあなたにこそ、この武器にふさわしいというもの」
佐々木氏は微笑みで返す。これはもう、受け取らなければ失礼か。
「では、ありがたく頂きます」
「おおい! 相棒! 俺はどうなるんだ俺は!」
デルフは盛大にカチカチ鍔を鳴らした。それを見たオスマンは可笑しそうに笑う。
「そりゃあお前、サビサビの剣と綺麗に研がれた剣、どっちがいいかって話よな!」
「いや、そりゃそうだろうけどさ……!」
「僕はきみを捨てるつもりは無いよデルフ。やっぱり大剣の方が馴染んでいるからね」
デルフが主ならこの刀は従、いわゆるサブウェポンとして使うつもりだった。
ヒンメルは刀を受け取った後、腰に下げる。かつて『勇者の剣』の鞘を入れていたベルトに、日本刀を納めたのである。
ずり落ちないよう調整しつつ、そこから何度か神速の抜刀を打ち放つ。『居合』をするのであれば、やはり程よく反ったこちらでなくば難しい。
特にヒンメルは、この『居合術』が気に入っていた。納刀時に長時間格好いいポーズに浸れるからだとか。
ヒンメルが膝をつきながら鞘へと納刀すると、丁度飛び交っていた木の葉がすっと、真っ二つに割れていく。
これにはオスマンも口笛を吹いた。佐々木氏も妻と共に拍手をする。
(ああ、残心する僕もイケメンだろうな。フリーレンに見せてあげたかった……)
当人は静かに瞑目しながら、そんな浮ついたことを考えていたが。
「ちぇ、まあいいや。ああどうやって戻るんだっけなぁ……『使い手』じゃねえからなんかこう、勝手がわからねえっていうか……」
「はよそのサビだらけの刀身を何とかした方が良いぜデル公よ、マジであの日本刀にとってかわられるぞ」
「では、僕達はこれで。世話になったね」
ヒンメルはそう言うと、タルブを背に向ける。次なるあてを求めて、旅をしようとした時。
「ああ、ヒンメル様、今しばしだけ、お時間を頂けますか?」
そう言って引き止めるのは、佐々木氏の妻だった。
「一体どうしたんだい?」
ヒンメルとオスマンは、彼女に連れられる形で小高い丘を登っていく。
そこは、数十年後にはヒンメル達の銅像が建てられる寺院であった。
石の階段こそまだ作られてはいないものの、社の形はそれなりに整っている。
その社を開ける。そこにあったものを見て、ヒンメルは目を細める。
「これは……!」
そこには鏡が置いてあった。人がすっぽりと覆えるほどの大きさを持った鏡が、壁にかけられている。
ヒンメルは覚えがあった。この鏡……、あのダンジョンで見つけたものと酷似している。
「『異界の鏡』……、と呼んでいます。私もかつて、この鏡を使ってこのタルブへとやってまいりました」
佐々木氏の妻の告白に、ヒンメルは驚きを見せる。
「遥かな昔、特別な製法によって作られたという鏡。その実態は私ですら見通すことができないほど。強力な力を秘めた鏡です」
「では、あなたはもしや……」
それに対し、妻は「はい」と伝える。
「私は南側諸国から『かの勇者様』に連れられ、ここへ来ました」
「その勇者って……まさか……」
「はい、『あの方』の仇を、魔王を討ち果たすことでとって頂き、どうもありがとうございます。勇者ヒンメル」
ヒンメルもここで、佐々木氏の妻が、どんな人間なのか分かったような表情を浮かべた。
フリーレンは語らなかったけど、彼女の口ぶりから薄々察していた。
「え、魔王ってマジなの?」
「嘘だろ、ジョンや佐々木のじいさんだっていやしねえって言ってたのに、魔王だなんて……」
オスマンとデルフが唖然としている最中。鏡が光り始めた。
通常は古惚けた鏡なのだが、今は鏡面が非常に青白く光っているのだ。
「あの『日食』による影響なのかは不明ですが、おそらくあなたの存在がこの鏡の力に引き寄せられたのでしょう。今なら、帰ることができるはずです」
「本当かい……?」
ヒンメルは試しとばかりに、一歩を踏み出す。
彼が前に行くごとに、鏡の光が強くなっていく。
そうだ、この感覚は覚えがある。
あの時もそうだった。
刹那、淡い光に包まれてヒンメルは一時姿を消した。
デルフと貰ったばかりの日本刀だけが、その場に残った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「その鏡がそれと?」
ロングビルは口を開く。
再び場面は、寺院の奥。
今やジョン、ヒンメル、佐々木氏。三人と『ゼロ戦』の銅像が鎮座するその背後。
壁にかかった古惚けた鏡を、オスマンは懐かしそうに見つめていた。
「一時期、この鏡は強大な魔力を宿しておってな。ヒンメル限定ではあるが、奴はこの鏡を通して元の世界へと帰っておった。……その力も、エンシェントドラゴン討伐後に消えて久しい」
オスマンは昔を懐かしむかのように、そう言った。
「結局、この鏡って何なんだい?」
ロングビルは尋ねるが、オスマンも首を振る。
「分からん、ただ一つ言えることは、かの『遠見の鏡』も、この『異界の鏡』と同じ素材で作られた鏡であるということだ」
その遠見の鏡も、エンシェントドラゴン討伐時に時のガリア王から献上されたものだと答える。
「その鏡もまた、かなり昔に作られたモノらしくてな。源流はどこから来たのか、王にすら分からんかったとのことだ」
「じゃああんたにも分からないと?」
「少なくともヒンメルの言う世界も、ジョンやササキ殿の言う世界も、わしは観測できんかったよ」
水キセルを取り出し、煙をくゆらせ、オスマンは呟く。
「わしとて、会いに行けるのならば会いたかったよ。なあヒンメルよ……」
寂寥の目を浮かべるオスマンの目には、未だに親友の最期を知ることができなかった、後悔も含まれているのだろうか。
なんとはなしに、学院長の今の思考を思うロングビルだった。
「やや、これは一体どういうことですかな!?」
やがて、彼らの背後で頓狂な声が響き渡った。
「おう、来たかミスタ・コルベールよ」
「あなたの使い魔モートソグニルにせっつかれてきてみれば、これは一体どういうことですかな?」
どうやら使い魔ネズミに呼ばれてここへ来たらしい。
コルベールの肩に乗っていた白鼠は、そのままオスマンの方へと向かい、彼の肩へと移動する。
「タルブで昔を思い出す内にこいつの事も思い出しての。せっかくじゃ。この『ケネディジープ』を見てやってほしい」
当然ながら、ケネディジープを見たコルベールは興奮しまくった。
今までの経緯も当然、全部伝えられた彼は「これが走る? こんな質量の塊が!?」と、いろんなところを眺めながら触りまくっていた。
「
「ジョンやササキ殿はそう言っておった。それがあればこのジープも動かせるらしいと」
空になったガソリンタンクから吸い出した、一滴ぐらいの薬水をフラスコ瓶に移すコルベール。
「異世界の『乗り物』ですか。興味深い、実に興味深い! その話、私も是非一枚かませていただきたい!」
その後、『ジープ』はシエスタの家族に許可を取って、再び動かせるようにするという条件の元、丁重に引き取ることとなった。
龍籠によって連れられ、宙を浮くジープを背に、オスマンは石段の階段に座り込む。
「それで、結局何を伝えたかったのか、説明頂いてもよろしいか?」
オスマンの背に、今までを遠くから観察していたヴァリエール公爵の声がかかる。
「お前も見たじゃろう? この世は様々な不可思議に満ちておる。少なくともわしは、二つの世界から来た人間と会ったのだ」
オスマンは、口ひげをしごきながら話し始めた。
「そして彼らは、我々メイジが抱える常識を遥かに超越したものを見せてくれた。片や人知を超える剣技を持った親友。片や魔法も使わず自走できる魔法道具。最近ならば、別体系の魔法もそうかの」
「ルイズが覚えたという民間魔法ということですかな?」
うむ、とオスマンは立ち上がる。
「『使い魔』が召喚される前、彼女はずっとこの世の終わりのような表情を浮かべていた。何を唱えても爆発ばかり。まあ、原因を突き止められなんだわしにも責任はあるのじゃが、何もできない毎日に一番、歯がゆい思いをしていたのは間違いなく彼女じゃろうて」
それに関しては、ヴァリエール公爵も良く分かっていた。
何を唱えても爆発ばかり。その度に泣いて、ずっと誰かへ理解を求めていたあの子の泣き顔が、脳裏に蘇る。
「その彼女が、使い魔によって救われた。今や多量の花を作り出せるようになり、それをもって人を治せる素材を沢山作れるようになったと。いずれは姉をも、そして不治の病で苦しんでいる人々を救えるようになりたいという、立派な夢を笑顔で語れるようにまでなったわい」
ヴァリエール公爵は口ひげをしごいた。
ルイズの笑顔……、よくよく考えれば、全然想像できないことに気付く。
物心ついた時から魔法の練習に入ることが多い昨今の事情を鑑みれば……、その時からずっと笑顔を、あの子は置いてきてしまったのだろう。
「さて、これらを念頭に置いたうえで、今一度お主に問うぞ、ヴァリエール公爵殿」
オスマンは厳しい目を以て、あえて生徒としてではなく、立派な貴族の一人としての口調を戻しながら、尋ねる。
「民間魔法のおかげで、あの子の未来は明るくなった。その光はやがて、困っている人々を救う立派な大火となっていくことじゃろう。じゃが、『異世界の魔法である』。その一点だけがあの子の道を阻む唯一の壁となっておる」
この先どうなろうとも、ルイズはもう、フリーレンから教わった魔法で先に進むことだろう。実際、彼女の系統は『虚無』である。これがバレれば、『正当なる王室の血筋』として、彼女を担ぎ上げる者が跋扈するのが目に見えているのだから。
なので、『虚無』であることを周知されず、なおかつあの子が笑顔で魔法を使える道となると、確かに民間魔法しかないのも事実。
公爵とて人の親である。
だが、その笑顔を正面から見るには……あまりにも障害が多すぎる。
それを解消してやるのが、親なのではないか。そういう意味を込めて、オスマンはこう締める。
「あの子の将来を潰すか否か……、それはお主が使い魔を受け入れるか否か、そして王になるか否かにかかっておる」
「…………」
ヴァリエール公爵は沈黙した。
やっとオスマンが何を言いたのか、鮮明になったような気がした。
その一方で止まれぬ激流に乗ってしまったかのような、そんな気分で、先ほどまでオスマンが座っていた石段に、入れ替わるように座り込む。
「お主の気持ちも分かる。事情が事情じゃ。急な判断もできんのも確かじゃろう。じゃが、いつだって物事は突然起こりうるもの。その時の判断を正確に見極めてこそ貴族の上に立つ貴族だと思うのですがのう、公爵殿」
「……それでも、急に言われてもな。カトレアの病気にも気を揉んでおるのに」
「ほっほ、ならば今頃、向こうでは奇跡を起こしておるんじゃないかのう?」
ヴァリエール公爵は目を剥いた。
まさか、治せるというのであろうか。どんな名医でも匙を投げたあの難病を。余命一週間もないと告げられたあの子の命の灯火を。
「あるのですか!? あの子を、カトレアを助けられる魔法が!?」
「お、おおお落ち着きなされ公爵殿! まだそのような民間魔法があるとは、聞いたことはありません!」
ありませんが、とオスマンは公爵を落ち着かせてこう続ける。
「あの子ならば、必ずややってくれることでしょう。『魔法の世界では時に天地がひっくり返ることがある』。少なくともわしはあの子……戦友フリーレンのことを信じております」
さて、オスマン達がそんな会話をしていた頃。
ヴァリエール領、ルイズの家。
ようやく安静になったカトレアを見やりながら、水系統の医者、ガストンは椅子で項垂れた。
「大丈夫ですか、ガストン殿……」
「ああ、ルイズお嬢様には申し訳ないことをしたな」
緊急事態とはいえ、花をひったくってしまったルイズに対し、内心謝るガストン。
カトレアをこうして検診して、もう三年ほど経つか。分け隔てなく優しさを振りまくカトレアを不憫に思い、何とかして治せないか、試行錯誤したが結局このざま。
ずるずる引きずって、気づけば彼女の命はもう三日無いと言い切れる段階まで来てしまった。
「本当に、申し訳ございません。公爵殿、公爵夫人……、私では、もう……」
そんな、医師としての役目を果たせぬ懊悩で、憂色に包まれる。
その時だ。
にゃあにゃあ、ぶひぶひ、わんわん、がおがお。
急に、様々な動物たちがカトレアの部屋に入ってきた。
彼女が可愛がっている動物たちなので、無下にするわけにもいかない。
ただ、それでもいつもはカトレアを気遣って大人しくしているはずなのに。一体どうしたのだろうか?
「こ、こらこら! 一体どうしたんだね? キミたちのご主人様は今寝ているんだ。頼むから静かに……」
「ガストン殿! この子、怪我しているみたいです」
確かに、見れば動物たちが連れてきた小鳥。その羽から若干の血が出ている。わざわざ連れてきてくれたのだろうか。
ガストンは立ち上がる。流石にずっとこのまま騒がれるのはダメだ。確実にカトレアの体に障る。
「彼らの怪我を治す。至急別の部屋を用意なさい」
「はっ!」
幸いにも、カトレアの症状は、今は安定している。
ガストンは立ち上がって別の医療部屋を用意する。スタッフらしき看護婦もそれに倣う。
それに伴い、カトレアの部屋にいる者は数名の従者のみとなった。
「あ、あの……、ちょっといいでしょうか?」
そんな中、おずおずとやってくる二人のメイドがいた。
シエスタと人耳まで縮めたフリーレンである。
メイド長の鬼のような雑務を何とかこなした彼女たちは、動物たちが動き出すタイミングに乗じて、何とかカトレアの部屋にまでこぎつけたのである。
勿論表面上は、あくまで使用人として、だ。
「布団の入れ替えや尿瓶の取り換えなどは、大丈夫でしょうか?」
「ああ、さっきもう済ませたからいいわ。その手に持ってる毛布などは適当にそこらに置いていって頂戴」
粛々と控えている使用人が、てきぱきと指示する。流石大貴族なだけあって、使用人のレベルも高い。
このままでは、折角忍び込めたのにすぐ追い出されてしまう。
どうしたものか。しょぼしょぼ顔で思案するフリーレンだが。
(フリーレンさんフリーレンさん、ミス・カトレアの窓の方へ。そうすればなんとかなりそうです)
シエスタがこそっと耳打ちした。未来で少し先を読んだのだろうか。
フリーレンは言われた通り、しずしずと窓に向かう。当然、女給仕たちは見咎めた。
「こらあなた! なに勝手なことをしているの! カトレアさまは病弱なのよ! すぐ離れなさい!」
そこでフリーレンも気づく。ベッドの下、窓際へ寄ったからこそ視認できた。
猫の尻尾だ。下を見ると、猫はフリーレンを見て「にゃあ」と一声鳴くと、俊敏な動きでまずは箪笥の上に乗り上げる。
「ちょ、ちょっとなんですか?」
「すぐに降りなさい!」
使用人たちも箒やらなんやらで猫を落とそうとするも、猫の横にある、大きな薬瓶らしき物を数本その場に転がし、落としていく。
当然、下にいた使用人たちは全員、薬をばっしゃりと頭からかぶった。
「きゃあ!」
「大丈夫ですか!?」
すかさず、シエスタが持ってきた毛布で使用人の身体を拭きながら、
「薬品の臭いが服に染み付く前に、服を変えましょう! お手伝いします!」
そう言って、使用人は全てその場から捌けた。
(フリーレンさん! 後はよろしくお願いします!)
シエスタはフリーレンに目配せしながら、一緒になって退出する。
おそらく、可能な限り時間稼ぎをしてくれるつもりなのだろう。
「さて……」
フリーレンはゆっくりと、横になっているカトレアへと近づく。
どこからともなく出てきた鞄を取り出し、ハイターから貰った本を取り出す。
そして椅子に座り、『
「けほっ……、あ、あなたは……?」
そこまできた時、カトレアは眩しそうな様子で目を開く。
正体不明のエルフが前に出てきたというのに、カトレアの表情に「驚き」の表情はない。
まるで、彼女に悪意が無いのを分かっているかのようだ。
「初めまして、ミス・カトレア。ヴァリエール家三女ルイズの使い魔、フリーレンと申します。あなたの病気を診るためにはせ参じました」
流石にルイズのような口調で接することを躊躇ったフリーレンは、旅路の中で培った敬語口調で、カトレアに話しかける。
仮にも公爵家の令嬢であるわけだし。
「そう……、あなたが……」
「あまり驚かれていないようですね。この世界で
「いいえ……、こうして会って……、『なんとなく』分かるの……。あなたは他のエルフとは違う……、何か、不思議な力を携えている……と」
話し込むのも苦しそうな表情で、カトレアは微笑みを浮かべる。
どうやら彼女は、『会って間もない』フリーレンを見て、そこまで察していたらしい。
カトレアは病弱だが、動物に懐かれたり、相手の物事、心の内をつかむことが上手いとは何度か聞いていた。
多分それで、フリーレンの本質を、朧気ながらつかんだのだろうが……。
「その『魔法』、止めないと命を縮めますよ」
「え? あなた、わたしの『これ』に、心当たりが……?」
「多分、無意識なのでしょう。私はかつて、それに近い症状を、師匠との旅路で見たことがあります。ですが……」
それにしては、とフリーレンは思う。
確かに『これ』は、無意識に使うと多大なる魔力を消費する。その証拠に彼女の魔力は恐ろしいくらいに乱れに乱れている。
平常がさざ波で例えるのであれば、今の彼女は津波のように揺れ動きまくっているのだ。
だが、彼女の寿命をあと数日にまで狭めている原因は、『これ』だけじゃない。
他に何か原因がある。それも同時に察したフリーレンは、本を開く。
「今から、ミス・カトレアの病気の原因を突き止めます。少し苦しく思うでしょうが、耐えて頂ければと思います」
「ええ……お願いします……」
カトレアは微笑みで、フリーレンの言葉に応える。
「では」という言葉と共に。フリーレンは魔導書に込められた魔法を発動させた。
「ぐすっ……」
一方その頃。
カトレアの想像以上の瀕死ぶりを目の当たりにしたルイズは、気づけば小舟の上で泣いていた。
子供の頃からの安全地帯。庭のほとりにある池の上にある小舟。
母や長女、家庭教師からおしかりを受けるたび、ここへと逃げ込んでいた。
おそらく無意識な帰巣本能。ここにいると、決まって自分を分かってくれる人しかやってこないと、知っているのだった。
「どうして、ちいねえさまが死ぬだなんて……、ひどいわ、こんなのあんまりだわ……」
でも、今回そんな人がやってくるはずも無し。
カトレアが死ぬ。その事実を受け止めきれなかったルイズは、ただ泣くことしかできなかった。
そんな折――――、
「泣いているのかい? ルイズ」
「――――え?」
ルイズは思わず、顔を上げる。
いつの間にか、自分の隣に誰かいた。羽帽子を深くかぶって、立派な顎ひげを蓄えた美丈夫。
彼の顔を見た瞬間、幼い頃に交わした約束やら、いつも慰めてくれた記憶やら、そんな記憶が一瞬にして蘇る。
「ワルド……さま?」
「やあ、どうしたんだいルイズ。久しぶりに会ってみれば……。またお母さまからおしかりを受けてしまったのかな?」
おどけたような口調で語りかける、かつて婚約まで交わした青年、ワルドが、ルイズに微笑みかけていた。
アン姫はまだですがワルドは出ます。