使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第49話『ハルケギニアの混沌花』

 

「〝呪い〟……ですって?」

 その単語を聞いた瞬間、重苦しさとは別な雰囲気があたりを支配する。

 やがて、エレオノールはふっと、引きつった笑みを浮かべる。そんな病状、聞いたことない。当然の反応だろう。

 

「なによそれ、呪いって……、エルフの間に伝わる造語かしら?」

「エルフというより、私の世界に潜む化け物、〝魔族〟や〝魔物〟が扱う魔法の総称です。ミス・カトレアはその呪いを受けているのであんなにも消耗しているのです」

「もういい加減にしてよ! 魔物だとか魔族だとか訳の分からない言葉を使ってないで。ってか何も分かってないから出鱈目述べているんじゃないでしょうねあなた――――」

「静かになさい、エレオノール」

 

 ヒートアップするエレオノールに、滝のような冷や水をぶっ掛けるかのような、重い声が響く。

 エレオノールはギクッ……、としてカリーヌを見る。ルイズも、自分が怒られているわけではないのにトラウマで思わず身じろぎした。

 カリーヌの目は、これ以上ないくらい冷えている。危険信号一歩手前の状態だ。

 

「次にまた彼女の言葉を遮るようなら、あなたには暫し空を散歩していてもらいます」

「…………」

「 返 事 は ? 」

「は、はい!」

 

 それっきり、座り込んで何も言えなくなってしまったエレオノール。流石のルイズも少し長女に同情する。

 でも、フリーレンの邪魔はしないでほしい。それは母と同じ気持であった。

 

 

「娘がすみません、フリーレン殿。〝呪い〟についての説明の続きをお願いします」

 カリーヌの謝罪を正面から見据えながら、「では」フリーレンは続ける。

 

 

「先ほども言ったように、魔族や魔物が扱う魔法の中に、『原理不明の状態異常を付与する魔法』があります。それが“呪い”です。それにかかった者は永遠の眠りについたり、石にされたり、病のように弱っていったり。ミス・カトレアがかかったのは、最後の方でしょう」

 本をぺらぺらとめくりながらフリーレンは言った。

 

 戦友ハイターから貰ったこの魔法書。最初は彼が清書した文字列が並んでいたのだが、今はカトレアの病状、原因、対処法、必要な素材などがつらつらと書かれている。

 この本は今、『カトレアをどうやって治すか』について。その全てが記された対処本と化していたのだ。本の文字が全てそれに書き換わるために『一回こっきりの魔法』なのである。

 

「ミス・カトレアを蝕む呪いをかけた魔物が、この周囲に潜んでいます。それは恐らく〝混沌花〟でしょう」

「混沌花?」

 今度はルイズが尋ねる。エレオノールは質問したそうな表情をしていたため、妹であるルイズがそれを汲んだ格好だ。

 

「私の世界にある魔物。その土地の原生植物と交わって亜種を生み出し、〝呪い〟を振り撒いて人々を眠らせたり弱らせる。倒れた住民はじわじわと魔力を吸い取られて魔物の養分となるんだ」

 ヴァリエール家の周囲に起こっている異変も、元はその魔物の仕業であると、フリーレンは続ける。

「な、じゃあちいねえさまは、今もその魔物の養分にされているってことなの!?」

 

 ルイズは激昂して立ち上がる。そんな訳の分からない花のせいでカトレアの命が奪われるだなんて、あってはならない。

「そうなるね。しかも厄介なことに――――」

「場所はどこ!? 今すぐ行きましょうフリーレン! その花に渾身の〝一般爆裂魔法(エクスプロージョン)〟を食らわせて粉々にしてやるわ―――!」

「ルイズ」

 カリーヌの静かな声に、ギクッ……、としてカリーヌを見る。

 カリーヌの目は、これ以上ないくらい冷えている。危険信号一歩手前の状態だ。

 

「黙りなさい。とまでは言いません。ですが『彼女の言葉を遮るな』と、さっき私は言いました。まだ彼女の報告をすべて聞いたわけではありません」

「……はい」

「座りなさい。これから何か質問する時は挙手で。それもまずは彼女の話をすべて聞き終えてからです」

「はい……」

 ルイズはおずおずと、椅子に戻っていく。

 本当は今すぐにでも飛び出したい気持ちを抑えて。

 

「では、続きを」

 カリーヌに促されたので、フリーレンも続けた。

 

「しかも厄介なことに、この『混沌花』を倒したからといって、ミス・カトレアの〝呪い〟は解除されません。この本を読み解く限り、既に『種』は彼女の中に植え付けられたとみていいでしょう」

 

 どういうこと?

 挙手なしでしゃべれないルイズは、ひたすら目で訴えて続きを促す。

 

「先ほども言ったように混沌花には亜種を生み出す特性があります。私の世界からやってきた混沌花が、ハルケギニアの土地や植物と交わって、特殊な力を手にした可能性が高いです。そしてこのハルケギニア産の混沌花の振り撒いた呪いの一片が、ブロアにたまたま立ち寄った時のミス・カトレアにかかったのでしょう」

「それが『種』と」

 

 カリーヌの相槌に、フリーレンは頷く。

 ここで、ガストンが挙手する。カリーヌは頷くことで発言を許した。

 

「一つ、カトレアお嬢様の体内は何度も『水魔法』で診たが、種らしきものなど、見つけられなかった。一体その種はどこにあるというのだ?」

「物理的にではありません。魔法的なものです。彼女の精神……もっと言うなら『夢』の中に、種を植え付けられているのです」

 

 これまた飛躍した話に、ガストンは大いに唸った。

 そんなこと、ありうるの? ルイズは思わずそう言おうとして、口をつぐむ。

 

 カリーヌが怖かったからというのもあったが、何よりも『魔法に〝ありえない〟はありえない』。フリーレンを召喚してからこっち、不可思議な事ばかり体験してきたのだ。

 フリーレンが断言するのであれば、そういうこともあるのだと、今は納得しないと先に進まない。それを思い出したからこそ、言葉を飲み込んだのだ。

 

「この本で彼女の状態を調べたところ、体内というよりは精神の方に大きな異常が見られたとのことでした。肉体ではなく精神をじわじわと弱らせ発狂に追い込み、魔力を吸い取りながら次世代の花を作り出す〝苗床〟とするものです」

「では、異様に花を恐れる理由については!」

 ガストンは立ち上がって叫ぶ。フリーレンは頷いた。カリーヌもさすがに医者たるガストンに、娘たちと同じようなことは言わずに静聴していた。

「すでにミス・カトレアを自分の〝苗床〟としているから、他の花たちに渡さないといった、ある種の縄張り意識のような防衛本能を起こした結果です」

 

 

 そして最終的には、成長した呪いは彼女の身体をも物理的に突き破って、『混沌花』として顕現する。

 このまま放っておいたら、いずれはミス・カトレアの身体はバラバラに四散し、その上で呪いを振り撒く未曽有の花魔物が、屋敷のど真ん中に現れることとなるでしょう。

 

 

「それが、『ハルケギニアの混沌花』が生み出す呪いの特性のようです」

「……ッ!」

 

 ルイズは唇をかみしめていた。膝の上で拳をぐっと固めて、身体を震わせている。

 ちいねえさまは魔物の養分じゃない。ずっと心の中でそう叫び続けていた。

 

「この状態を治す手立ては一つ。ミス・カトレアの精神の中に意識を送りこみ、直にこの呪いの種を除去すること」

 

 自分の世界の混沌花なら、元凶たる魔物を退治すれば解決できたが、この世界だとそうもいかないらしい。

 今から外に出て退治できたところで、カトレアが救われることはない。事態の深刻さを考えるのであれば、この方法が一番確実だった。

 

 一方、あまりにも荒唐無稽な対処法に、エレオノールも思わず「そんなこと……!」と言い掛けるが、ルイズは思い出す。

 そうだ、〝みんなと同じ夢が見られる魔法〟! あれがあった!

 

「フリーレンが使っていたあの魔法を使って夢の中に入って、ちいねえさまを苦しめる『種』を除去するってことね!!」

「そう、それがルイズの姉さんを救える、唯一の手立てだ」

 

 挙手を忘れてルイズは立ち上がる。今度は怒りではなく、希望で彩られた目だ。

 ようやく大切な姉を助けられる! まだ間に合うという事実が、彼女の心を跳躍させた。

 

(ルイズ、ルイズ!)

 

 ここで、エレオノールからの目線に気付く。そして思い出す。

 そうだ、母さまの言いつけを破っちゃった……。

『鋼鉄の規律』こそが絶対の母の前で、約束事を破ることは恐ろしい罰則を意味する。

 思わずルイズは恐怖で震えるが……。当のカリーヌは嘆息をした後、

 

 

 

 

「……それで、(カトレア)は助かるのですか?」

 心底、娘を案じる声色で、フリーレンに尋ねる。

 

 

 

 

「ええ、確実に」

 フリーレンの断言に、カリーヌは眉を指で揉んで俯ける。

 感極まったかのような表情を浮かべる母。ルイズもエレオノールも、こんな顔をする母を見るのは初めてだった。

 

「もう一つの『別の症状』についても、解決策はすでに見えています。この山場さえ解決してしまえば、元気を取り戻すことも可能でしょう」

「それって! ちいねえさまが元気に外を走り回れるって! ことでいいのよね!?」

「そうだよ」

 フリーレンの断言を聞いたルイズは、思わず使い魔に駆け寄って抱きしめていた。

 

 

「ありがとう! ありがとうフリーレン……! わたし、なんでもするから……、だから、ちいねえさまを! 助けて!」

 

 

 フリーレンは嗚咽を漏らすルイズの桃髪をやさしく撫でた後、カリーヌたちに向き直る。

「何か、質問はありますか?」

「……わたしはもう、ありすぎて逆に困るんだけど」

 エレオノールは何とも言えなさそうな表情を浮かべている。それも詮無き事。

 何とも信じられないような話を前提の上で対処方法を述べられても、反応に困る。それは普通の事だろう。

 

 でも、『カトレアが治るのか』。それに勝る疑問なんて存在しないもの事実。

 そしてその疑問はすでに解消されたのだから、もう信じ切って突き進むしかない。

 ここまで来ると、エレオノールも覚悟を決めた。

 

「でも……、いいわ。やってみましょう。何か欲しい物とかあったら、遠慮なく言って頂戴」

 そう言うと、エレオノールは席を立つ。

「どのような段取りで、進めるおつもりですかな」

 ガストンも同じく立ちながら尋ねる。彼ももう、先の話を信じた上で突き進むことを決めた目をしていた。

 

「これからフェルンが持つ魔法を使って、ミス・カトレアの夢へ赴き、種を抹消します。何人か一緒に寝られるような大部屋を用意して頂ければと」

「フェルン?」

「私の弟子です。実力は保証します」

 フリーレンはきっぱりと答える。その言葉であの子……フェルンがどれだけ信頼されているのか、ルイズにも伝わる。

 カリーヌも、エルフたる彼女をしてここまで言わしめる魔法使いに、興味を示したかのような顔をした。

 

「ガストン殿は現実世界からミス・カトレアの面倒を見ていてください。非常事態ならば私を起こしていただければ、対処も致しますので」

「了解した。外は任せてくれたまえ」

「では、すぐにでも始めましょう。ミス・カトレアは今、今夜を乗り切れるかも怪しい状態。次の朝日が昇るまでに、片を付けます」

 

 そう言うと、フリーレンは首にかけたペンダントを開く。

 中身には小さな鏡が入っていた。オスマンに貰った『遠見の鏡』の一破片。冒険に出る前に、ちょっとの破片を入れてペンダントにしていたのである。

 メッセージ程度ならこれを通じて軽く、『向こう』に送れる。

 フリーレンはそこに、魔力で文字を書きながら、フェルンにこう伝えた。

 

 

 

『フェルン。ルイズの姉さんが〝呪い〟にかかった。〝夢の世界〟で解呪するから協力してほしい』

 

 

 

 

 これと同時期。

 北部高原、魔法都市シュラーフェンにて。

 

「やぁ! とぉ!」

「おぉ、すっげえなサイト。もうそんなに剣を振るえるのか!」

 

 一際広い公園の中。シュタルクが才人の剣の稽古に付き合っていた。

 あの夢の邂逅の後、才人は武器を握ると特別な力を発揮するようになった。どうやら無事『ガンダールヴ』の力が備わっていたようだ。

 彼の左手は、武器を握った時だけ幾何学的な紋様の光を放つようになった。その時は才人曰く「身体に羽が生えたかのように軽くなる」とのことらしい。

 早速その実力をみたシュタルクだったが、その強さは色んな修羅場をくぐり抜けてきた彼をして驚かせるものだった。

 

「だぁ! っと、どうだシュタルク! 俺強い? 強い??」

 剣を思いっきり振り抜き、防御したシュタルクを一メートルほど後ずらせて。

 どや顔で剣を肩に担いだ後、自分の実力はどうかをシュタルクに尋ねる。

 

「ああ、無茶苦茶強くなったと思うぞ。それが『ガンダールヴ』って奴の力なのか。すっげえな。本当に達人さながらに成長するのか」

 武器を持たない時は素人丸出しの立ち振る舞いなだけに、武器を持った時の洗練さは驚嘆に値する。シュタルクもこれには素直に感心した。

 褒められた才人は「っへへ!」と、すごく嬉しそうな顔をするも、

 

「そうは言うけどよ、シュタルク全然反撃してこねえじゃん。俺の攻撃を受けてばっかり。本当に強いのかちょっと分かんねえんだよね、俺」

「まあ……そうだな」

「あ、じゃあさじゃあさ! 今度は俺が防御役やるからシュタルク攻撃してくれよ! そうしたら俺の実力もより分かると思うんだよね!」

 

 才人は剣を構えて言った。

 別に強くなったからと言って調子に乗っているわけじゃない。……いや、ちょっとはあるだろうけど。

 なにせ相手はドラゴンを一撃で倒す男である。その強さは才人も疑ってない。彼より強いなんて思いあがれるはずもない。

 だが、この『ガンダールヴ』があれば、なんだってできるんじゃないのか。試したかったのだ。ルイズから貰ったこの力で、どこまで自分は役立てるのかを。

 

「分かったよ。……じゃあ、いくぞ」

「おう、こい! 大技来い! 〝閃天撃〟来い!」

 

 そんな彼の意気は……、一瞬にして砕かれる。

 刹那、斧を構えたシュタルクは、一足飛びで才人の間合いに侵略した。

 

「――――へ?」

 

 何の反応もできなかった。身体がピクリとも動かなかった。

 気づけば大上段から迫る大斧を、ギロチンの刃のように呆気なく見つめるのみ。

 

 あ、死んだ。

 

 このまま棒立ちなら確実な終焉を約束された一撃は、しかし才人の目の前一センチで止まる。

 次の瞬間、周囲に豪風が展開される。草木は舞い上がり、土埃が1メートルほど吹き上がる。

 

「――――っやべ、悪いサイト! 大丈夫か!?」

 

 シュタルクは大慌てで斧を地面に突き刺す。

 結構緩く動いた(・・・・・)にもかかわらず、こんなにも無反応で棒立ちされるとは思わなかった。

 一方、危うく死にかけた才人は尻もちをつく。いや、シュタルクがその気だったら死んでいた。

「はぁ……、はぁ……」

 剣を無造作に置いて、自分の手を握り締める。汗ばんで震えている手。さっきの高揚した意気など、呆気なく吹き飛んでいた。

 いや、手だけじゃない。全身が恐怖に震え、汗が噴き出していた。なにもされてはいないはずなのに、動悸だけが激しく高鳴り、心音が耳元でバクバクと聞こえる。

 

 

 こぇえ……。

 

 

 シュタルクは間違いなく良い奴だ。才人は彼のことをもう友人だと思っているし、彼もそう思っていることだろう。

 でも、そんな彼でも斧を持つと、決定的に『自分と違う』。それを嫌というほどに思い知らされた。

 

 生死が常に横にある者とそうでなかった者の心構え。

 戦士と平民。戦いに対する気構えと実戦経験の差。

 

 正直、シュタルクに殺されるんじゃないかと思った。『思わされた』のだ。シュタルクにそんな気が無いのは分かっているけど、それでも怖かった。

 

「は、はは……。駄目だ。やっぱり怖い……」

「サイト……」

「剣を持てば、『ガンダールヴ』の力を使えば何か変われるかと思ったけど……やっぱり、やっぱり怖いよぉ……」

 

 力が手に入れば、何かが変わると思った。思いたかった。

 でも、そうは簡単に変わらないらしい。戦いが怖い。その意識はどうにもぬぐえそうもない。

 

 そして恐怖で身体が竦むと、途端に『ガンダールヴ』は役立たずになる。

 このルーンの力の源泉は『心の震え』。それが無いと力が思うように発揮されなくなるらしい。

 つまり、自分は実戦では結局のところ、足手まといにしかならないということ。それを嫌というほど、思い知ったのだ。

 体育座りして、自分の膝に頭をうずめて震える才人。

 今にも泣きだしそうな彼を見て、シュタルクもまた、強い既視感に襲われた。

 

 

(そりゃあそうだよな。サイトは戦いのない国から来たっていうし)

 

 

 三年前、紅鏡竜を恐れてずっと村に立て籠もっていた。

 幼少期、家族を置いて自分だけ逃げだした。

 

 逃げ出してばかりの人生。怯えるばかりの日々。

 フリーレンやフェルンに出会って、少しは変われたと思っているけど、今だって強敵との戦いは震えがくる。

 戦士として生まれた自分でさえそうなのだ。武器なんて持ったこともない才人が戦いを恐れる。何らおかしいことではない。

 

「分かるよサイト。俺だって戦いは怖い。今でも死ぬんじゃねえかって時は身体が震える。お前が怯えるのは当然の事なんだ」

 

 シュタルクはしゃがみ込み、震える才人と同じ目線で語り始める。

「けどよ、折角それだけの力を貰っときながら、ただ震えるだけってのは俺、もったいねえと思うんだよ」

「……そう? そう、見えるの?」

「ああ。その手がそれを証明している」

 

 ここでシュタルクは才人の手を取った。彼の手はボロボロで、手が腫れている。

 ルイズに力を貰った時から、夜遅くまで剣を振っているのを、シュタルクは知っていたのだ。

 

「今のサイトに必要なのは『覚悟』。それだけだ。その手で振った鍛錬と経験は絶対に裏切らねえ。それだけは確かだ」

 

 まあ今の言葉は全部フェルンの受け売りだが。それで自分も決心がついた。

 シュタルクの言葉に耳を傾けていた才人は、やがてぽつりと呟いた。

 

「……シュタルク、俺、強くなれるかな?」

「なれるさ。お前は俺と同じで戦いに臆病だ。だからこそ強くなれる(・・・・・・・・・・)。だからもうちょっとだけ頑張ろうぜ、サイト」

 

 シュタルクは立ち上がり、手を差し伸べる。

 才人もまた、流していた涙を拭いて。その手を取った。

 彼が言うのだから、もうちょっと頑張ろう。そう思ったから。

 

 

 

 さて、それを遠目で眺めている一人の少女がいた。

 ベンチに腰かけながら、物憂げに紫の長髪を揺らす。その少女はフェルン。

 

「はぁ……」

 

 フェルンはため息一つ、零しながら膝元にある手鏡を見つめる。

 フリーレンにはああ言ったものの……、どうやってハルケギニアへ向かうのか、まだその座標すら観測できていない状況。今は唯一の手掛かりともいえる、この鏡の解析に時間をかけてるのだが……、まだそれらしい成果は得られない。

 

 一応、例の祭壇への対策については、〝大陸魔法協会〟が何とかするとのことだ。

 掘削に優秀な魔法使いのほか、何人かの魔法使いがこちらシュラーフェンへと向かっている。

 その中には精神魔法に長けたエーデルや、大地を操る魔法に長けたリヒターなども来るらしい。

 今のところはその進展待ち。既にレルネンあたりがゴーレムで作業を始めているようだが、相当深いらしくまだ時間がかかるとのこと。

 なんにせよ、鏡の破片が集まらないと先に進まない。ゼーリエも未だ寝ているため、フリーレンに会いたいのなら自分から積極的に動かないといけないのだが……、状況は芳しくない。

 

「ずっとその調子だな。フェルン」

 

 そう言って、座って鏡を眺めているフェルンの隣に座る者がいた。

 立派な顎髭を蓄えた宮廷魔法使い、デンケンである。

 

「デンケン様……」

「最近のお前は、気ばかりが焦っているように見える。ちゃんと食っておるか? 睡眠不足は集中力の低下を招くぞ」

 豊富な人生経験を持つデンケンは、無表情でいるフェルンの心情をすぐ察したらしい。心から案じるような声色で、そう言って来た。

「いえ、そんなつもりは……」

 そこまで言って、フェルンは黙り込んでしまう。

 焦っている。そう言われると否定はできない。

 

「聞いたぞ。フリーレンを使い魔にしたという例の魔法使い。相当高位の使い手だそうじゃないか」

 

 それを聞いたフェルンは黙り込んでしまう。

 既にデンケンには、夢の中で起こった内容は共有していた。

 

 異世界ハルケギニア。そこにあるというトリステインという国の公爵令嬢。

 二十にも満たない少女がフリーレンを召喚(正確には違うようだが)し、更には使い魔の契約までせしめたと。

 

 フリーレンの強さ恐ろしさは、一級魔法使い検定試験で存分に味わわされている。

 生半可な拘束・精神操作魔法も通じない彼女にも通る『契約魔法』の使い手。それだけでも高位な魔法使いだと断じざるを得ない。

 そんな高位技術の持ち主が、フェルンよりも年下の魔法使いだということ。デンケンは彼女の悩みをよく理解していた。

 

「取られることを、恐れておるのか」

「…………」

 

 その言葉を聞いたフェルンは、解析を止めて膝元の服をぎゅっとつかむ。

 フェルンの中で抱える大きな靄。口にしたくない。でも心ではずっと淀んでいく原因。

 

 

 もしかしたらもう、フリーレンは自分たちの旅すらも本当はどうでもよくなって、新たな才能の種たるルイズの育成に、長い時間を費やすのではないだろうか。

 

 

 そんなこと、間違っても言葉にしたくない。

 でも、決してぬぐえない疑問。

 それがフェルンの中で抱える、小さくも恐ろしい闇だった。

 

 勿論、それだけじゃないのも分かってはいる。今自分がつけている髪飾り。誕生日には必ず贈り物をするようになった師匠との、確かな暖かな時間も同時に思い出す。

 そんな薄情なエルフじゃないというのは、フェルンも良く分かっているつもりだった。

 でも……、と、今のフェルンは「そうかも」、「そうじゃない」という、相反した二つの感情でせめぎ合っていた。

 

「分かりません。ただ……、私自身、今の感情がどういったものなのか、全然制御できてなくて」

「…………」

「それでも、ルイズ様を見て、彼女の〝魔力の揺らぎ〟を見て……こう思ったのは確かです」

 それは、恐らくルイズと出会わなければ、一生覚えなかったかもしれない感情。

 

 

 

「私って、魔法の事で悔しがれたんだって……」

 

 

 

 フェルンにとって、魔法とは自分が生きる上で必要な『力』であり、育ての親から受けた恩に報いる楔だった。

 であるからこそ、魔法自体にそこまで頓着はない。生きていく上で魔法が一番伸ばせたから。それだけの理由で魔法を学んできた。

 

 勿論、根幹の理由はもっと深いところにある。一緒に蝶を出す魔法をハイターと追った日々。それが魔法を目指すようになったきっかけだ。

 

 でも、戦士の才能があるなら間違いなく杖ではなく剣を握ったし、僧侶なら聖書を携えた。それは今でもそうするだろうという確信があった。

 要はフェルンは、魔法の鍛錬に人生を捧げたものの、魔法に対してルイズ達ほどプライドというのを持ってはいないのだ。

 

 でも今は、その『魔法の才』という差でフリーレンを取られるかもしれない。

 その焦燥が、黒い靄となって今の言葉として置き換わったのであろう。

 

 

「……そうか」

「はい。そのことで、ルイズ様とは口論してしまいました」

「それぐらい、お前の中でも衝撃的だったということか」

 

 フェルンは頷いた。

 気持ちの整理を上手く付けられない。それが今のフェルンの悩みの種だった。

 そんな彼女の心境を見抜いたのだろう。デンケンは再び尋ねる。

 

「ちなみにその子は、それを聞いてどんな反応をしていたのだ?」

「……というと?」

「お前を見る目だ。今一度思い起こしてみなさい。記憶の反復は非常に重要なことだ。大事なものを見落としていることに気付かぬことが多いからな」

 経験則を語るかのように、デンケンはそう促してきた。

 フェルンはゆっくりと、夢での記憶を掘り返す。

 

 

『あんただって分かんないでしょ! 何を唱えても爆発ばかりして、馬鹿にされる気持ちが!』

 

『誰も、家族も、同級生も、先生にも見捨てられて、それでもなんとか足掻こうとするわたしの気持ちなんて!』

 

 

「すごく、怒っていました。わたしの気持ちなんか分かるはずもないって……」

「そうか……」

 同時に、ルイズの泣きそうなまでの怒り顔をも思い出す。

 あの時は自分も感情が制御できてなかったので分からなかったけど、改めて思うと酷いことを言ってしまったと、この時フェルンも気づいてしまう。

 

「なあフェルンよ。人生はすれ違いの連続だ。お前がルイズという子を見て、譲れないものを自覚したように、その子もきっと、譲れぬ何かがあるからそこまで怒ったのではないのか?」

 フェルンもそこは同調する。

 初対面だけど、ルイズは感情を隠すことが苦手な子ではあるらしい。あの時吐き出した怒りが嘘とか演技とか、そういうもので塗り固められたものではないということは、はっきりと分かっていた。

 

「すれ違いは時に悲劇を生む。お前もまた、大切な人を取られたのだ。『我慢しろ』なんて言葉は間違っても出せん。だが……、フリーレンがなぜ彼女のことを気にかけるのか、本当に素質だけなのか? その疑惑を突き詰めぬまま、感情だけを先行させんことだ」

「……私は、どうすればいいのでしょうか?」

 目線を膝元の鏡に向けたまま、フェルンは、少し縋るような声色でデンケンに質問する。

「簡単なことだ」

 それに対し、デンケンは立ち上がってこう続けた。

 

 

「もっと深く、その人となりを『知る』ことだ。お前の師匠がやっておるようにな。……儂は師匠(マハト)と、そのようなやり方は最後までできなかった。まだ間に合うと思えるのなら、次の対話はもっと冷静に挑むことだ」

 

 

 デンケンはそう言って、才人とシュタルクのところへ向かおうと歩を進める。

 今の言葉を聞いて顔を上げたフェルンは、少し憑き物が落ちたような表情でお礼を述べた。

「ありがとうございます。デンケン様。少し胸のつかえが取れました。次はもっと、ルイズ様の事をよく知ろうと思います」

「そうするがよい。もしその子がフリーレンの弟子になっているのであれば、お前にとっては妹弟子になることだからな。精々可愛がってあげなさい」

「妹弟子……」

 

 フェルンは少し、ハッとしたかのような顔をする。

 そうか、そうなるんだ。

 なんだか、不思議な気持ちがフェルンの中で湧き上がったような気がした。

 

 

「精が出とるようだな。サイト、シュタルク」

「おうじっちゃん! いやあシュタルクってマジで強いな! 俺なんかまだまださ!」

「そうか、なら今度は儂が手ほどきしてやろうか?」

「え、でもじっちゃん魔法使いだろ? 剣とか使えるの?」

「戦いは魔法や剣だけではない。最終的にものをいうのは何か、それくらいなら儂でも教えてやれるぞ?」

「へー面白そう! 今度教えてよ!」

「ああ、それよりも腹が減ったろう? 夕食は『ハンバーグ』だ。たんと食べなさい」

「ありがとうじっちゃん!」

「野菜も食わんといかんぞ」

 

 

 そんな、和気藹々とした会話を聞いていたフェルンはここで、膝元の鏡が光っていることに気付く。

 フリーレンからのメッセージだろうか? そう思ってその子に書かれた文字を見て、思わず立ち上がった。

 

 

 

『フェルン。ルイズの姉さんが〝呪い〟にかかった。〝夢の世界〟で解呪するから協力してほしい』

 

 

 

「デンケン様! シュタルク様! サイト様! これを!!」

「どうしたフェルン? ……って、呪いだって? しかもルイズってあの子の……」

 メッセージを見て、男性陣も深刻な表情に変わる。

「〝夢の世界〟って、例のあれ?」

「ええ、そういうことになります。……あ、また文字が現れた」

 先程の文字が消え、次にそこに至るまでの経緯……。ルイズの姉カトレアの病状とか、その病の深刻さなどが、綴られていく。

 

 病……。

 それを聞いて、デンケンは立派な口ひげをしごく。

 

「もう、時間もないとのことです。急ぎ支度をしますので、食事や準備は手短にお願いします」

「……そうだな」

 才人も頷いた。そして思わず、左手の甲を見つめる。

 まさか、こんなにも早くこの力をくれた礼を返せる機会が来るとは思わなかった。

 戦いは怖い。でも……、

 

(待ってろよルイズ。この力でお前の姉さんを救ってやるからな!)

 

 借りた恩を返したい。

 その気持ちを押し出せば、少しは恐怖が薄れるような感じがあった。

 

「俺たちも助けに行けるってこったよな?」

 シュタルクの質問に、フェルンも頷く。

「ええ、サイト様がルイズ様と『仮契約』を結んだことで、夢を共有する導線は比較的簡単にできるとは思います。……そこで戦闘となるとまた、勝手は違ってくるかもしれませんが」

「でも緊急事態なんだろ? しかも〝呪い〟だし。やるしかねえよな」

「ええ、お願いします」

 シュタルク達も、準備をしようとその場を後にする。

 すると、ここでデンケンが口を開いた。

 

 

「ならば今回は、儂も同行して良いか?」

 

 

 フェルンは思わず、足を止めた。

「デンケン様も、来て頂けると?」

 断る道理もない。むしろすごく助かる。フェルンはそう思った。

 彼の実力は一級魔法使い試験や黄金郷解決の時に十分に理解している。来てくれるのであれば、非常に心強い。

 

「けど、良いのですか?」

「なに、お前たちには『ヴァイゼ解決』の恩がある。その借りも返したいことだし、なによりも――――」

 彼の脳裏に過る。今は亡き妻の笑顔。

 

 

「病で大切な人を失う。そんな経験を他人にさせたくはないだけだ」

 

 

 彼の言葉に、フェルン、シュタルク、才人は笑顔で頷いた。

 

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