使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第51話『戦う少年少女たち①』

 

「ここが……、例の『入口』なのね」

 

 遅れてやってきたルイズは、現実世界では池があったはずの大穴を覗き見る。

 穴の縁は黒ずんだ瘴気が靄のように伸びあがっており、見るだけでも禍々しさを放っている。

 そしてその下は真っ暗。何も見えない。だがかなりの深さだ。

 未知の世界を覗いているようで、思わず身震いするルイズだった。

 

「そうだね、この入り口の奥深くに、カトレアの精神体が囚われている。呪いの根源も一緒に潜んでいるだろうね」

 フリーレンは、カトレアの病原を記した聖典をめくって、もう片方の手を空へ上げる。するとそこからまばゆい光を発し始めた。

 

「〝女神の触診〟」

 フリーレンは手を振り下ろす。光は入口へと吸い込まれていき、仄かな明かりを照らし始めた。

 

「呪いの根源はどこにあるのか、それを探す魔法だ。この光を追っていけば『呪いの根』を見つけられる」

「あれ、フリーレン。それ女神様の魔法じゃねえのか? 余り高度なものは使えねえって言ってなかったっけ?」

「この本に記されている魔法なら限定的に〝僧侶〟じゃなくても使えるようになっているみたいなんだ」

 

 あくまでカトレアを治すこの瞬間限定なのだろうが、その間ならば本に記された女神の魔法は使えるらしい。

 先ほどの明かりもそうなのだろう。このおかげで少しは先が見えるようにはなっていた。

 

「でも、あくまでできることはこうした補助だけ。結局は直接この穴に入って、直に呪いの根源を断つ必要がある」

「よっしゃ、じゃあ早速全員で乗り込もうぜ!」

 才人は意気揚々に発言するが、「そうもいかない」とフリーレン。

 

「私はさっきの魔法を定期的に放って、呪いの根がどこにあるかを探す作業をしなきゃいけない。そのせいで今回、私はここから動けそうもない」

「それに加え、『あれ』の相手もせねばならんということか」

 デンケンが、冷静な声と共に背中の方を向ける。

 ルイズ達もそちらを見て、驚きの目で口を開けた。

 

 そこには大量のカトレアが、微笑を浮かべながらこちらへと向かっていたのだ。

 

「ち、ちいねえさま……」

 ルイズは震え声を出す。先程カトレアを模した化け物に食われかけたことを思い出した。

「〝混沌花〟の呪いが、本格的に私達を脅威に思い始めたみたいだ」

「単純に数で圧しようという魂胆か」

 カトレアの化け物は、穴の入り口付近にいるフリーレン達を取り囲むようにやってくる。その数、数千は下らないか。

 全て見た目こそカトレアだが、やはり袖や脚からは触手のようなものが見え隠れしている。ガワだけ彼女を模しただけで、中身はルイズを襲ったものと同一個体のようだ。

 

「つまり、『ここでフリーレン様を防衛する(パーティ)』と『この穴に潜って呪いを断つ(パーティ)』の二手に分かれる必要があるということですね?」

「そういうことだよ。フェルン」

 

 フリーレンは肯定すると、「誰がこの穴に入る?」という疑問の目を周囲に投げかける。

 勿論、真っ先に杖を上げたのはルイズだ。

「わたしは行くわ! ちいねえさまをこの手で助けに!」

「そうだね、ルイズは行った方が良い。カトレアとも深い関係があるみたいだし、昔の記憶が道を開く可能性もあるからね」

 フリーレンは次いで、シュタルクと才人を見る。

「できれば〝前衛〟二人には行ってほしいんだよね。相手が魔法に強い耐性を持つ分、戦士の力がここでは大きく活躍するだろうから」

「お、おう……分かった」

「震えてるぞシュタルク。そんな怯えなくてもいいだろ」

「うっせえな! 怖いもんは怖いんだから仕方ねえだろ!」

 

 そんなふうにぎゃあぎゃあ喚く男子二人を見て、ルイズは思わずため息をつく。

 本当にこの二人が呪いを解くカギなのだろうか? いや、シュタルクは強いというのはさっきので分かったけど、サイトはどうなのだろうか……?

「てかあんた、武器はどうしたのよ。手ぶらで行くつもりなの?」

「あ、そうそう! 俺も剣を出したいんだけど、どうすりゃいいんだフリーレン?」

 一転、才人は困ったような声を出した。

 シュタルクは手に馴染むくらいに斧を振ってきたからか、すぐにイメージを呼び起こして斧を取り寄せることができた。

 だが才人はそうもいかない。剣を振ってまだ半年も経ってないからだ。まだ馴染むほどのイメージを呼び起こすことができていない。

 これじゃあただの役立たず。才人も流石にそりゃあマズいと分かっているのだが……。

 

 

「そっか、……良かったねデルフ。出番はあったみたいだ」

 

 

 フリーレンはそう言うと、片手に魔力の核を生み出す。

 それを才人に放る。すると魔力の球は大剣へと変化した。

 

「うおっ、なんだここ! ああ夢の世界か!」

「うわっ! 剣がしゃべった!」

 

 才人は驚きと共に剣、デルフリンガーを受け取る。

「喋る剣ことインテリジェンスソード、デルフリンガーだ。サイト、それを使って」

「おお、お前さんも『使い手』か? ……へえ、面白いことになっているな。まあよろしくな、坊主」

「すっげえ、剣が喋るだなんてな。魔法の剣って奴か、おもしれー!」

「ちょっと、遊んでる暇なんてないわよあんたたち――――!」

 ルイズが思わず叫ぶ前に、カトレアの一体が口から触手を、鋭く伸ばして襲い来る。

 そのままルイズを食らいかかろうとするそのカトレアを、強烈な風魔法が阻んだ。

 

「か、母さま!」

「早く行きなさいルイズ。この場の防衛は、私が請け負いましょう」

 

 次いで『烈風』カリーヌは杖を振る。

 強烈な竜巻が巻き起こり、あっという間に迫ったカトレアの大軍を吹き飛ばしていく。

 娘の姿をした怪物を吹き飛ばし、切り刻むことに思うところはあるのだろうが、少なくともその表情は、微塵も崩した様子はない。

 

「そうだね、じゃあカリーヌ、デンケン、ワルドはここの防衛を頼んでも良いかな? 私はこの作業に集中したいから、戦闘にも参加できないし」

「おや、ぼくもかい?」

「風は範囲攻撃に長けているみたいだし、適任だと思うけど」

 ワルドは「ふむ」といった様子で顎髭を撫でる。強くは言ってないが、当人的にはカトレア探索組に入りたかったようだ。

 ただ、フリーレンの言も理に適っている。最終的には彼女の言葉に頷いた。

 

「では私はルイズ様達と同行、ということですか」

 

 フェルンの言葉に、フリーレンは「そうだよ」と頷いた。

 剣士(サイト)戦士(シュタルク)の〝前衛〟二人に魔法使い(ルイズ・フェルン)の〝後衛〟二人。バランス的にも悪くはない構成だ。

「分かりました」

 頷いたフェルンは、フリーレンの手とタッチする。

 夢の魔法を構築する『支配権』を、今のでフリーレンに譲り渡した格好だ。

 これにより、フリーレンさえ無事であるならこの夢の世界が突然崩壊することはなくなった。

「では早速、参りましょう」

 フェルンはそう言うと、飛行魔法で浮き、直にシュタルクの服を掴んだ。

「ルイズ様、飛行魔法は使えますか?」

「だ、大丈夫よ! それぐらい使えるわ!」

「では、ルイズ様はサイト様を担いで下さい。このまま降りていきますので」

「え~~~っ! こいつを!?」

 ルイズはそれはもう嫌そうに嫌そうに、才人を指さす。

 これには才人もムッとして、

「俺だって、なんでこんな奴と! それだったら自分の手で降りていくわい!」

「なんですってぇ!」

 どうにもこの二人は性格的にも相性的にもそりが合わないらしい。額をどつき合わせて互いを睨むが、

 

「ルイズ」

「サイト」

 

 その声に、二人の男女はビクッとする。

 今のはカリーヌとデンケンの声だ。

 

「あなたは何をしに来たのですか? この緊急事態に喧嘩をする余裕などあるのですか?」

「戦闘においてパーティの結束はなによりも重要だ。それが分からんお前ではあるまい」

 

 二人の大人に諫められたことで、ルイズも才人も素直に頷いた。

 

「早く、こうしている間にもカトレアが危なくなるだけだよ」

「~~っ! 分かったわよ!」

 ルイズはふわりと浮くと、フェルンと同じように才人を掴む。

 

「では、今度こそ行ってきます。フリーレン様」

「頼んだよフェルン。ルイズ、フェルンの言うことをちゃんと聞いてね。実戦経験はそのパーティの中だと一番豊富だから」

「わ、分かったわ」

 フェルンはそのまま、シュタルクを掴んで大穴へと入っていく。ルイズも同じように才人を掴んで、フェルンの後に続いた。

 

 若人(わこうど)四人は、カトレアを蝕む病原を退治するため、フリーレンが放つ導きの光を追って、先へと進んでいった。

 

 

「やれやれ、あの四人で大丈夫なのかな?」

風の嵐(エア・ストーム)』を作り出し、数多のカトレアの化け物を吹き飛ばしながら、ワルドは尋ねる。

 フリーレンも、「確かに不安は少しあるけど……」と前置きはしつつも、こう続けた。

 

「フェルンやシュタルクは勿論、サイトやルイズの可能性を信じているよ。あの四人なら、不可能を可能にするだろうって」

「では、それを信じましょう」

 

 カリーヌは、常人では不可視の速度で杖を振る。

 ワルドの放つ台風とは比較にならない規模の竜巻が、周囲に発生した。

 その竜巻は間に真空の層が挟まっていて、物理的な真空波を発生させる。カリーヌの必殺魔法『カッター・トルネード』である。

 そこから発せられる風の刃は、幾百のカトレアを吹き飛ばしていく。

 娘を吹き飛ばす。その行為に一抹の罪悪感を覚えながらも、『烈風』は本物の娘を助けるために杖を振る。

「あまり飛ばし過ぎん方が良いぞ。長期戦になることだろう。あくまでこちらに襲い来る手合いのみを吹き飛ばせばよい」

 デンケンは諫めるように、カリーヌに声をかける。

 カトレアの擬態植物は、吹き飛ばした側から復活し、新しく湧いてくる。

 だが、今の範囲攻撃でこちらとは数十メイルほどの距離を空けた。その間に休憩をと勧めてきたのだ。

「ありがとうございます」と、カリーヌはデンケンの助言に礼をしながらも、思うように呟く。

 

「一つだけ、聞いてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「他国の重鎮であろうあなたが、どうして家庭の問題であるこの戦いに参加したのですか?」

 下心でないのなら、なんなのだろう。それをカリーヌは尋ねたかったのかもしれない。

 デンケンは、聖典の書を開いて導きの光を放つフリーレンを見ながら、やがて視線をカリーヌに向けて言った。

 

「身体の弱かった妻を、病で亡くした年寄りのお節介、本当にそれだけだ」

「そうですか、野暮なことを聞きました」

 

 カリーヌは杖を向けて再び竜巻を発生させる。先程と同じ真空の刃を伴った魔法だ。

「先ほどよりも強力な風だが……持つのか?」

「あら、これぐらいなど、まだまだ消耗の内にすら入りませんわ」

 カリーヌはにやりと答える。それを聞いたワルドは笑みを浮かべつつも冷や汗をかく。

 相変わらず、夫人の風魔法の規模は一桁違う。同じスクウェアだというのに、こうまで違うものかと思わざるを得ない。

 彼女の余裕に当てられたのか、デンケンも杖を構える。

 

「では、そのまま風を。敵を一掃するぞ」

「ええ」

 

 風の魔法は更に巨大へとなり、襲い来る相手を根こそぎ吹き飛ばしていく。

 だが、敵は無限に地面から、黒い瘴気が形を成すように現れ来る。

 それを見て、デンケンも杖を振る。

『烈風』カリンの風魔法『カッター・トルネード』を触媒とした――――。

 

 

「――――〝風を業火に変える魔法(ダオスドルグ)〟」

 

 

 デンケンの魔法により、真空波を伴った竜巻に業火が加わる。

 強靭無比な合わせ技に、フリーレン達の周囲は、しばし荒れ狂った。

 

 

 

「……すごい魔力の嵐が、地表で荒れ狂っているみたいですね」

「ええ、……これ、間違いなく母さまだわ」

「デンケン様のものもありますね。お二人ならばこの魔力規模も納得かと。地表の心配はしなくても大丈夫でしょう」

「やっぱりミスタ・デンケンって、相当高位のメイジなのね……」

 

 黒々とした闇の中、フリーレンが放つ、先導の光を追って。

 フェルンはシュタルク、ルイズは才人を掴んだまま、下へ下へと進んでいく。

 

「この先に何があるんだ?」

「分からない、とにかく、行ってみるしかないわ……」

 

 やがて、先導している光は「パンッ!」と弾けて辺りを照らす。

 真っ先に現れたのは、巨大なラフレシアだった。その中央部分に空いた穴から、先に進めるようだ。

 

 恐る恐る入っていくと、その光景の先に広がっていたのは、花の海だった。

 

 縦横無尽、何処を見ても花、花、花……。

 青、緑、赤、黄色、紫、白、黒……。ありとあらゆる色彩の暴力に、才人は目が眩むような思いを覚える。

 

「うへ……」

「こりゃあやっべえな」

 

 シュタルクも、才人と同じような感想なのだろう。少し悍ましいものを見るような目で色とりどりの花を眺めていた。

 天井も壁も床も、全てが花と蔦で支配されている。そんな横道の空間を飛んで進んでいくと、まるで島のように突き出た瓦礫が見つかった。

 まるで室内がそのまま、この空間に移動したかのように。窓のついた壁、床、倒れた家具がある。こちらは花による浸食を受けていないようだ。

 休憩できる安全地帯だと思ったフェルンは、この場所で一旦着陸する。ルイズもそれに倣った。

「いやあ、花のない場所があって助かった。もしかしてずっと宙ぶらりんのまま進むのかと……」

「この部屋……、もしかしてダイニングルーム?」

 

 ルイズは降り立った部屋を見て思わず呟く。

 斜面に崩れた大広間は、いつもルイズが食事をしている大理石の食事場だ。

 

「おそらく、カトレアさまの記憶の残滓でしょう。わずかながらにまだ残っている理性が、こうして足場という形で留まっているのだと思います」

「おい、こっち見てくれよ。この扉の奥から先に進めそうだぜ」

 

 シュタルクが半開きの扉を見つけたので、周囲にそう呼び掛けた。

 確かに、扉の先はまた別の細道がある。廊下のようだ。ここから歩いて行けそうだ。

 すると、辿ってきた道からまた、一粒の光球がこちらへ向かってやってくる。

 恐らくフリーレンがまた送ったのだろう。光はそのまま、シュタルクの開けた扉を通って奥へと先へ突き進んでいく。

 

「光が進んでいったってことは……、こっちに行けば正解?」

「ですね。あの光を追って行けば、カトレア様の精神体にもたどり着くことでしょう」

「よし、じゃあ早く行こうぜ!」

 

 才人も勇んで先に進む。

 扉の奥へ進もうとした時、ルイズが三人に向かって呼びかける。

 

「フェルン、シュタルク、サイト」

「ん?」

「はい?」

「なんだ?」

「改めて言わせて頂戴。……ちいねえさまを助けに来てくれてありがとう」

 ルイズはここで、助けに来てくれた面々に向かって、優雅にお辞儀をする。

「ちいねえさまはわたしにとって、大切な大切な家族の一人。辛い時も、泣きたい時でも、ずっと慰めに来てくれたの」

 

『ゼロ』と呼ばれていた時代、魔法がまだ使えなかった幼少期。

 両親も長女も、使用人や家庭教師でさえ見放す中、次女だけがずっと自分の味方でいてくれた。

 本当に、彼女がいなかったら今頃潰れていたかもしれないと思うぐらい、カトレアの存在は、ルイズにとって眩しい太陽そのものだった。

 

「だから、ちいねえさまのことはずっと助けたいと思ってたの。それがこんなことになっちゃって……、だから、こうして助けに来てくれたみんなには、本当に感謝してるの」

 

 再び、「ありがとう」と、ルイズは深々と頭を下げる。

 才人も意外そうな表情をする。かなりプライドが高そうな子なのに、こんなにも頭を下げるあたり本当に大事にしてるんだろうな、と。

 フェルンもシュタルクも、同じようにルイズの想いは伝わったようだ。

 

「だからお願い、わたしも頑張るからどうか、ちいねえさまを助けて!」

 

 ルイズの懇願に、三人は頷くことで応えた。

 

 

 異世界人も混ざった即席パーティはそのまま、真っすぐに扉の先を歩んでいく。

 先に飛んでいった光のおかげで、周囲は明るく、光を灯す必要も無く先に進める。

 廊下自体はねじれたり、所々にヒビが入ったりしながらも、まだ花や蔦が侵食しているわけでない様子。

 

「この廊下の先って、何があるんだ?」才人は尋ねた。

「一応、突き当りに父さまの書斎がある筈なんだけど、見当たらなかったわ」

「記憶の一部が流出したようなものですから、現実のルイズ様の家のようには、できていないのかもしれませんね」

「……にしても、こうして見るとすっげえ豪華な造りだよな。流石公爵家」

 

 やがて、歩く四人の先に、広々とした空間が出迎えた。

「ここはダンスホールね」

 ルイズは呟きながら杖を出す。

 なぜならこの空間は、所々に花や蔦が蔓延しているからだ。

 フェルンも杖を取りだし、シュタルクや才人も武器を構える。

 

 

 ダンスホールの中央。幾何学的な紋様の中心位置に、カトレアは立っていた。

 

 

 ルイズは眉を顰める。あれはちいねえさまじゃない。魔物だ。そう何度も騙されるものか。

 事実、カトレアの頭部や左胸、右太腿と右目には花が咲いている。身体全体は黒いドレスで覆われており、その顔は妖艶な敵意をこちらに伝えている。

 花の形状も、左頭部に黒百合、左胸にアルストロメリア、ちらりと見える右の太腿はチョーカーのようにススキが巻き付き、右目にギシギシの花という、別々のものが咲いている。

 カトレアの抱擁的な美しさも相まって、敵なのに蠱惑的な芳香を放っているようにも見えた。

 

「『倒さないと先には進めません』ってやつか?」

 才人は抜いたデルフに問い掛ける。

 あれは操られたカトレア本体……、ではなく、その先に進ませまいと作り上げた、カトレアを模した化け物。その強化個体だろう。

「そういうこったろうね……くるぜ」

 

 デルフの声と共に、微笑を浮かべたカトレアの変異体が鋭い動きで手を振る。

 その手から飛び出した蔦の鞭が、横一線に薙いでいく。

 

 才人はしゃがんでやりすごし、シュタルクは跳躍で回避しながら前進。二、三歩後方にいたルイズやフェルンには届かなかったが、代わりに真空波の音と共に壁に一筋の亀裂を残す。

 ただの鞭じゃない。魔力で強化した鞭だ。

 

「サイト!」

「おう!」

 

 斧を手にシュタルク、デルフを手に才人は駆ける。

 才人は剣を持ったことで『ガンダールヴ』の能力が発揮される。心を『熱意』で満たすことで、性能を高める。

 

「おらっ!」

 

 真っ先に間合いへ踏み入ったシュタルクの斧が、上段から殺到。

 それに対し、カトレアを模した化け物は微笑みを浮かべながら、一瞬で五メイル程後退。まるで『瞬間移動』の如く、足を動かさずに移動してのける。

 対象を失った斧は、ズガン! という破砕音と共に一文字の亀裂を地面に作り出す。

 

 今度は才人の攻撃。

 シュタルクの一撃を避けたその隙をつくように、才人も斬りかかりに行く。気合を込めて参戦した彼はこれが初実戦。

 大丈夫だ。訓練を思い出せ、問題ない、いける。

 そう思って魔物に攻めかかるも……、

 

「待て! 上から来るぞ! 気をつけろ!」

「へ……?」

 

 デルフの警告に何とか反応できた才人は、上段から迫ってくる鞭の瞬激を何とか防御する。カトレアの魔物が、才人の方を見ずに鞭を振り上げてきたのだ。おそらく先を読んで。

「続けて下から! 左! 右上!」

 言われた通りの箇所へ才人は剣を向けてガードする。そのおかげで、敵からの攻撃を何とかやり過ごすことができた。

「あ、ありがとうデルフ……! 助かったぜ……」

「ま、あの程度なら全然経験で『読めらぁな』。ヤバい攻撃が来たらさっきみたいに警告するから、気負わず行け」

 気怠い声ながらも強い言葉に、才人は内心、この剣に心強さを覚える。

「無事かサイト!」

 シュタルクの声に、才人は「大丈夫だ!」と答えた。

 

 

「はや……」

 この光景を見ていたルイズは思わず、呆然としていた。

 才人は『ガンダールヴ』の補正とのことだが、〝前衛の戦士〟とは、ここまで速いものなのかと。

 自分が魔法を唱えようと構えた合間に、先の攻防が一瞬にして発生していたのである。見とれるのも無理はなかった。

 

「魔法使いはどうしたって魔法の準備に手間取りますからね。頼れる前衛は私達後衛の、安定した生存にもつながります」

 微笑みを浮かべながら、フェルンはルイズに教えるような口調で言った。

「だからチームは前衛と後衛、程よくバランスが取れた構成が望ましいとのことです」

「……そういうものなのね」

「特にこの呪いに対しては、やはり前衛の攻撃が特効になっているみたいですし、攻めはシュタルク様やサイト様に任せて、私たちは援護に回りましょう」

 遠目で見ていたフェルンは思った。やはり敵はフリーレンの見立て通り、シュタルクや才人の攻撃に対しては過剰なまでの回避対応をしている。

 一方で、自分たちの存在はそこまで気を払っているように見えないあたり、魔法攻撃はある程度貰っても構わない算段でいるのだろう。

 ならばこちらは魔法で気を引き、前衛の援護が最適解。フェルンとルイズも、改めて杖を構える。

 

「では行きますよルイズ様――――!?」

「きゃっ!? なにこれ!!」

 

 魔法を発動させようとした時だ。

 突如、ルイズとフェルンの足元から、多数の蔓が伸びあがって彼女たちを縛り上げたのだ。

 

「フェルン! ルイズ!」

 その光景を見た才人は思わず叫ぶ。

 一方、蔓で魔法使いを捕えたカトレアは、にやりとした笑みを浮かべると、彼女たちに向かって硬質化した細長い葉を、ナイフのように飛ばし始める。

 

「サイト! 二人を助けに行ってくれ! 俺があいつを止める!」

「わ、分かった!」

 

 才人は急いで駆け寄り、蔓から逃れようともがくルイズ達の前に立ち、まずは飛んでくる葉っぱの刃をいなす。

 しかし、全てをはじき返すことはできず、何枚かは身体をかすめる。切れたそばから、彼の肌に一筋の赤い筋を作っていく。

「っででで!」

「サイト!」

 ルイズは思わず叫んだ。この蔦のせいで魔法が上手く発動できない。故に〝防御魔法〟で身を守れないのだ。

 のみならず、自分の魔力をこの蔦に吸われているような悪寒が襲っていた。フェルンも同じようだ。

 

「やめろ!」

 

 葉の小刀を放っていたカトレアを止めんと、シュタルクの斧が縦一文字に放たれる。

 その攻撃を脅威に思った変異体は、撃ち出すのを止めて跳躍。斧を回避する。

 新たに発生する真一文字の亀裂。衝撃で土煙が舞うまでの間に、敵は攻撃を仕掛けてくる。

 きりもみ回転しながら、鋼質化させた鞭で反撃に転じてきたのだ。

「――――ッ!」

 シュタルクはそれを斧で受け止めるが、敵の膂力が強かったのか、そのまま弾き飛ばされる。

「――――ぐあっ!」

「シュタルク! ……くそぉ!」

 吹っ飛ばされたシュタルクはそのまま壁に叩きつけられる。

 とはいえ、攻撃は止んだ。才人は今のうちに、ルイズ達を縛っている蔦をすべて斬り落とした。

 

「二人とも、大丈夫か?」

「えぇ……でも」

「魔力を、少し奪われました……」

 

 肩から息をする二人の上空を、再び魔物の放つ、蔦の鞭が襲ってくる。

 

「坊主! 嬢ちゃんたちを担いで逃げろ!」

「ぐっ―――!」

 

 魔法で防御したら、地面からの蔦にも捕まるかもしれない。

 才人もそう思ったのか、ルイズを脇に、フェルンを背負い鞭の攻撃をやり過ごす。

 

「どうやら魔法に反応して、地面からも蔦が襲ってくるみたいだな」

 デルフの分析に「ええ」と、フェルン。

「しかも捕まると、魔力が乱される上に吸収されてしまう。そして取られた魔力は向こうの養分となるみたいです。魔法使いにとっては、かなり最悪の状況ですね」

「じゃ、じゃあどうすんだよこの状況!」

 とりあえず、攻撃範囲から無事抜け出した才人は、フェルンとルイズをその場におろした。

 

 魔法を使えばまた、地面からの蔓が襲ってくる。

 つまり魔法が主体のフェルンやルイズは、ここでは役に立たないということで。

 そして単純な膂力はシュタルクすらも吹っ飛ばす相手。普通に絶望的な状況だ。

 

 

「ったく、普通に強ぇじゃねえか……。北部高原で遭遇した魔物でもかなりの上澄みだぞこいつ……」

 

 

 そのシュタルクは、大穴が空いた壁から抜け出して普通に歩いてくる。頭から多少血を流していたが、この程度は今更とばかりに気にしていない様子。

 戦士ならば怪我の内にも入らない傷であるが、無敵とまで思っていた彼のそんな惨状を初めて見た才人は、顔を青くした。

 

「だ、大丈夫かよシュタルク!」

「大丈夫じゃねえよ。本音を言えばもう逃げ出したいけど……、そうもいかねえしな」

 

 シュタルク、カトレア、サイトの順で挟み撃ちのような立ち位置の中、シュタルクは斧を構えて才人に呼びかける。

 

「俺らで踏ん張るしかねえ。戦うぞ、サイト」

「わ、分かった!」

 

 才人も、恐怖に必死に抗うように、デルフを掴んで対峙した。

 




ラフレシア『夢現』
黒百合『呪い』
アルストロメリア『機敏』
ススキ『活力、生命力』
ギシギシ『抜け目なさ』
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