使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第52話『戦う少年少女たち②』

 

「来るぞ!」

 シュタルクの叫びと共に、才人の真上から鞭が殺到する。

 

「――――いっ!」

「横に避けろ!」

 

 デルフの助言を聞いた才人は、横っ飛びに回避。するとカトレアの化け物は一足飛びで才人の至近距離まで詰める。

「うおっ!?」

 カトレアは右腕を振り上げる。よく見ると指の間に硬質化の葉を挟んでいる。それをかぎ爪のように横に薙いできたのだ。

 

「しゃがめ!」

「ぐっ!」

 

 再びデルフの言われた通りにしゃがんで回避する。

 すると斬撃の真空波が壁目がけて飛んでいき、三本の切り傷を残す。

 

(あの小さな葉っぱで斬撃飛ばすのかよこのバケモン――――!)

 

 俺だって『ガンダールヴ』込みでもそんなことできねえのに!

 心中で喚く才人に、しかし容赦なく敵は追撃の構えを取る。

 どうやら完全に才人はシュタルクと比べて『一段劣る』と判断されたらしい。複数戦でまずは弱者を狙う。それは何らおかしいことではない。

 

「だからやめろって!」

 

 まだまだ追撃を仕掛ける魔物に向けて、シュタルクが駆け寄る。

 流石に、この時は彼のサポートが間に合った。

 迫りくる斧の斬撃。しかしカトレアはそれを見ずに回避し、回転しながら短く縮めた鞭を、シュタルクに向けて打ち付ける。

 シュタルクは防御……ではなく、斧を軸回転させて刃を真横に倒す。真っ向から鞭とぶつけあった。

 

 一瞬、飛び散る火花。

 刹那、鞭の方が紙切れのようにあっさりと切り裂かれ、そのままカトレアの頭部に咲いた黒百合にぶち当たる。

 

 黒百合が半分に切れた瞬間、カトレアを模した魔物は目に見えて狼狽した。

 そして音もなく数メイル以上下がり、はらりと舞い落ちる黒の花弁を見下ろす。

 そして、今度は醜悪に顔を怒りで歪めた。

 

「効いた……のか?」

「わっかんねえよ……、マジ一杯一杯だから……」

 

 今度はカトレアの右肩に花が咲く。紫の芍薬。そこから魔力の残滓が花粉のように零れ始める。

 さっきまで余裕綽々に笑みを浮かべていたのに、花を切られた瞬間にこの態度……。

 

 

「やはり、最初に咲いていた四輪の花が、魔力の核を担っているみたいですね」

 

 

 その様子を隅っこで眺めながら、フェルンは言った。

「……って、何くつろいでいるのよフェルン!」

 隣で同じく棒立ちしていたルイズは、そんなフェルンに思わずつっこむ。

 いやそりゃあ、確かに魔法を使ったって、またあの蔓に捕まって無力化されるから、傍観するしかないとはいえども!

 

「サイトやシュタルクが戦っているのに、わたしたちはこうして見てるしかできないっていうの!!」

 

 これは姉カトレアを助ける戦いである。時間もない。

 悠長にしている暇なんてないのに、なんで彼女はこんなにゆったりしているのか。

 

 しかし、フェルンはいつも通り、感情を表に出さない瞳をルイズに向けた後、静かに口元に人差し指をやる。

 

「下手に魔法を使っても状況は悪化するだけです。まずは落ち着いて、深呼吸してください」

「深呼吸深呼吸……って、できるわけないじゃない! ねえなんかないのフェルン!? こう……周囲を吹っ飛ばすような強力な魔法とか!」

「魔法使いに必要なのはそんな強力な魔法ではなく、『冷静さ』と『分析力』。フリーレン様から教わりませんでしたか?」

 

 うっ……。とルイズは呻いた。

 今フェルンが言った言葉は、ルイズが学院での修業時代、それはもう口酸っぱく言われたことだ。

 

『ルイズは落ち着きが無さすぎだよ。ちょっと不利に陥るとすぐに魔力が乱れる。まずはその癖を直さないと』

 

 戦闘に関しては経験が少ないから、どうしても不意を食らうと、ルイズはすぐ焦ってしまう。

 フリーレンから何度も受けた忠告を思い出したルイズは、フェルンに言われた通り、深呼吸をする。

 

「確かにこの状況は、魔法使いにとって絶望的です。……ですが、活路が無いなら作ればよいのです」

 

 そう言うと、フェルンは口元に当てていた人差し指を地面に当てて、集中する。

 そしてそのまま、シュタルクと戦うカトレアの、魔力の流れを目で追った。

 

 左胸のアルストロメリアが開く。

 すると『瞬間移動』の如く、カトレアは才人の背後に回る。

「くそ―――っ!」

 

 アルストロメリアが閉じ、今度は右太腿のススキが開く。

 手に鞭が形成される。魔力の流れもより活発になった。どうやら身体強化をかけているらしい。

 シュタルクをも吹き飛ばす力の根源はあそこか。

 

「坊主、よけろ!」

「待って! 早――――!」

「おらぁ!」

 

 回避が間に合わない才人に代わり、シュタルクが斧で防ぐが、魔力が閃光のように一瞬膨張する。

 その衝撃に耐えられず、再び吹き飛ばされるシュタルク。

 

「シュタルク!」

 

 ススキが閉じ、ギシギシが今度は開く。

 手の間から、刃物のような葉っぱが現れた。それを何十枚もの数に変えて一気にうち放つ。

「うわあああああ!」

 才人はダッシュで逃げる。その足跡に葉は深々と突き刺さる。

 反撃しようにも、その隙すら与えてくれない、緑の刃の高速射出。

 

 やがて、ギシギシは閉じてアルストロメリアが咲く。

 刹那、カトレアは瞬間移動で才人の前に立つ。そして今度はススキの開花。

 

 

「大体つかめました」

 

 

 強靭な鞭の攻撃を防ぎながらも吹き飛ばされる才人を尻目に、フェルンは静かに告げる。

「え、フェルン……?」

 依然、ルイズは何が何やらとおろおろしている。

 

「ってて……くそ……」

 

 この時、衝撃で壁に埋まっていたシュタルクが、再び戦線に復帰してきた。

「シュタルク様!」と、フェルンは血みどろになっているシュタルクに声をかけた。

「フェルン! 何か分かったのか?」

「ええ、反撃しますので『足』になってもらえますか?」

 フェルンはそう言うと、魔法で杖をその手に寄せた。

 当然、魔法を感知した地中に潜む蔦は、すかさずフェルンに絡みつく。

 しかし、当の本人は涼しい顔。シュタルクもフェルンが何をしたいのか、この時にはすぐに分かった。

 伊達に、化け物潜む北部高原で背中を、命を預け合っていないのである。

 

「わかったよ!」

 シュタルクは一足飛びでフェルンを縛る蔦を切ると、そのまま彼女を肩に担いで自慢の脚力で動き回る。

 その合間にも、フェルンは杖先をカトレアに向ける。

 今、開花しているのはギシギシ。魔力を込めた葉っぱの連続攻撃。それをシュタルクは避けていく。

 フェルンはシュタルクに担がれたまま、集中した。

〝魔力探知〟程度なら、蔓は襲ってこない。

 

 

 ――――まずは『瞬間移動(アルストロメリア)』から潰す。

 

 

 フェルンは魔力の動きを先読みする。目を瞑っていても分かる。

 パターンが変わった。

 次の瞬間、魔物が魔力でシュタルクの移動先に、移動の導線を敷いているのを探知。

 

「後ろに飛んで!」

 シュタルクは言われた通り後退するように跳躍、次いでシュタルクがいた場所にカトレアは瞬間移動してきた。

 

 先読みをさらに読まれた。

 カトレアを模した人形は、まるで本物の人間のように、呆気に取られる。

 そんな彼女の視線の先、シュタルクの肩から殺意の閃光が迸る。

 

 

 

「――――〝魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)〟」

 

 

 

 刹那、カトレアは身体を「く」の字に変える。

 それぐらい、速攻だった。避ける暇すら与えてくれないほどの攻撃。

 豊満な左胸も一緒に、開花していたアルストロメリアは一瞬にして蒸発した。

 

 さて、当然ながら魔法を使ったフェルンに向かって、触手は伸びあがる。

 しかし、シュタルクは片手で握った斧でそれらを振り払い、すべてを斬り裂く。

 どうやらこの蔦、魔法使いを封じるために特化しているせいで、戦士の力づくには対応できてないらしい。あっさりと蔦はばらばらとなり果てた。

 そのまま、シュタルクはフェルンを担いだまま、無事着地する。

 

 

「……はや……え?」

 この攻防を見たルイズは、茫然とした。

 あまりにも洗練された魔力操作から放たれる、転瞬の魔法。

 ありえないと思いつつも、思ってしまう。あの洗練のされ方、もしかして……。

 

 

(フリーレンよりも、速い……??)

 

 

 ルイズの中で最も〝一般攻撃魔法〟の扱いが上手いのは、フリーレンだとずっと思っていた。

 だって、彼女はずっと〝人を殺す魔法〟を、〝魔族殺し〟へと研鑽し続けていたと聞いていたから。

 だが……、この時点のルイズだって、曲がりなりにもフリーレンから色んな魔法を教わってきた。その時得た経験と知識が言っているのだ。

 あの閃光の速度は、フリーレンのそれをも完全に上回ると。

 

(ゾルトラークって、あんなに綺麗に撃てるんだ……)

 

 ようやく分かった。フリーレンの一番弟子という、その意味が。

 彼女……、フェルンは間違いなく、今まで見てきたどの魔法使いよりも、洗練された〝一般攻撃魔法〟使いなのだと。

 

 

「効きましたね」

 一方、肩に担がれたまま、フェルンはカトレアを、敵の魔力の流れを凝視する。

 消失した左胸から魔力が零れ始める。それを食い止めようと、また花が咲く。

 まるで綿毛のように、ふわりとオトギリソウの花が左胸を覆う。

 

「右肩の芍薬もそうですけど、あれは流出してしまう魔力を留める楔のようなもので、核ではありません。どうやらあの魔物、最初の四輪の花で構成された群体のようです」

「じゃあ、最初に咲いていた花を全部潰せばアイツを倒せるんだな?」

「ええ、黒百合は先ほどシュタルク様が潰したので、あと二輪」

 

 シュタルクと状況共有している間に、カトレアは絶叫する。

 怒り、悲しみを綯い交ぜにした発狂。ルイズは顔を歪める。

 あんな醜悪な顔をしたカトレア、できれば一生見たくなかったのに……。

 

 その合間にも、カトレアはススキを開花させて跳躍。鞭を手に上段から攻め入る。

「やはり、『瞬間移動』はもう使えないようですね」

 速度はあるとはいえ、単純な攻め故にシュタルクはすらりと回避する。その合間にもフェルンは言葉を続ける。

 最初に咲いていた花が魔力の核と共に固有の能力も兼ねていたようだ。潰された花の能力は当然、使えなくなる。

 

「じゃあ、あの足の花を潰せば」

「大幅に弱体化する。もう葉っぱを飛ばすしかなくなりますから、次はあれを狙います」

 

 それを聞いたカトレアはギリと歯を食いしばる。

 この能力は自分の力の核。消されるわけにはいかない。

 故に、今度はこっちが奴らを欺く。カトレアは鞭を振り回しながら、隙を待った。

 大ぶりな一撃。シュタルクはこれを片手の斧で弾く。当然弾かれたので大きく体勢を崩す。

 

 フェルンがその合間に杖を突きだす。

 先の閃光魔法だろ? 分かっているんだよ。

 そう言いたげな表情をカトレアは内心浮かべた。

 

 カトレアはそのまま上段を翻して宙返り。ススキを閉じ、ギシギシを開花させる。

 そしてそのまま、複数枚の葉を両指の間に展開する。奴はまだ『身体強化(ススキ)』を使っていると思っているだろう。

 

 本命は最初から――――「葉による遠隔攻撃ですよね」。

 

 え? とカトレアは表情をぽかんとさせる。

 その次の瞬間、閃光が太腿ではなく右目に向かって飛んできた。

 

「全部お見通しです」

 

 杖先から魔力の残滓を硝煙のようにくゆらせながら、フェルンは言った。

 やられた。

身体強化(ススキ)から潰す」。あの言葉自体が最初から(ブラフ)

 そう見せかけて葉の魔法をあえて使わせ、ギシギシの方を潰しに来た。

 

「よし! ラスト一個!」

 飛ばしてきた硬質の葉や、魔法を使ったことで襲い来る蔦を、斧で斬り裂きながらシュタルクは叫ぶ。

 

 カトレアはススキを開く。単純な身体強化魔法。攻め手はこれしかない。

 呆然としていた魔物だったが……代わりに右目に咲いた花はムシトリナデシコ。

 次いで、彼女の形相が「罠にかかった」とでも言いたげな表情に変わる。

 

「フェルン! 後ろ!」

 

 遠くから見ていたルイズが叫んだ。

 先ほど飛ばして地面に刺さった葉っぱ。どうやら葉の裏に種をつけていたらしい。

 その種が一気に伸び、触手となってフェルンを掴み、シュタルクから引き離してきたのだ。

 

「えっ!」

「しまった! フェルン!」

 

 どうやら魔力を探知させない速度で伸ばしたらしい。ルイズは目を見開いた。

 さっきシュタルクが潰した黒百合。徐々にだが再生し始めている!

 あの種と蔦は、あの黒百合の能力だったらしい。

 

 カトレアはフェルンを捕えると、そのまま彼女を壁まで押しのけ拘束。

 磔にしてその上にさらに蔦で厳重に縛り上げ始める。

 

「あぐっ……!」

「フェルン!」

 

 ここで、ようやく痛みを堪えて復帰した才人が、この様子を見て思わず叫ぶ。

 どうやら完全に魔物から要注意人物と見られたらしい。「もう絶対魔法など使わせない」とばかりに、彼女の全身を締めあげたのだ。

「待ってろ! 今助けに―――!」

 シュタルクが振り返りフェルンを助けようとするが、その背後から鞭の一閃が飛んでくる。

 シュタルクはそれをしゃがんで回避。その合間にも敵は黒百合を閉じ、ススキを全開にして。

 

 残る脅威はこの赤髪の男だけ。

 そう考えたカトレアの魔物は、単純な膂力でこいつを潰そうと迫った。

 

 シュタルクは鞭をやり過ごしながら、何とか隙を見つけてフェルンを助け出そうとしていたが……、中々、相手もその隙を与えてくれない。

 その合間にも、フェルンは魔力と共に命を蔓によって吸われていく。

 

「完全に殺しにかかってるなぁあれは。よっぽど脅威に思われてんだろうな」

「言ってる場合じゃねえよ! 早く助けねえと――――!」

 今度は才人がヘルプに回ろうとするが、地面から巨大な棘をつけた茨の柱が沸き上がる。

 これもあの黒百合の能力なのか……。

 

「くそっ! 足止めか!」

「くるぞ坊主! いったん下がれ!」

「でも、でもフェルンが!!」

 

 その巨体故、叩きつけようと迫る棘付きの鞭を、才人はやり過ごしながら剣を振るう。

 しかし、そうすればするほどどんどんフェルンから遠ざかっていく。

 シュタルクはカトレアの変異体と激戦中。

 そして魔法を使えないルイズは、ただ棒立ちしているだけ―――――。

 

 

(どうしよう……)

 完全に傍観者でしかくなくなってしまったルイズは、血が滲むくらいに拳を握り締める。

 

(みんな、みんな戦っているのにわたしだけ……わたしだけ何もしてない!!)

 

 次女を助けようと、意気込んでやってきたというのに。傷ついていくのは仲間たちだけ。

 才人でさえ、顔や体に傷をつけながらも戦ってくれているのに。

 自分に対する怒りと、皆に対する申し訳なさで、動揺が心を支配する。

 結局わたしは、なにもできない、成し遂げられない『ゼロ』のまま――――。

 

 

(まずは落ち着いて、深呼吸してください)

 

(魔法使いに必要なのはそんな強力な魔法ではなく、『冷静さ』と『分析力』。フリーレン様から教わりませんでしたか?)

 

 

 そうだ、焦るな。落ち着け、落ち着け……。

 ルイズは一旦深呼吸する。そうする余裕があるくらい、戦場とは無縁だった。

 敵からすれば、脅威度は『フェルン、シュタルク。そこに越えられない壁があって、才人、そして最底辺にルイズ』という塩梅で見ているのだ。

 端的に言うのであれば、敵は何もできないルイズの事を舐め切っていた。

 故に、ルイズはまだある程度自由が利く。勿論、魔法を使うことはできないが……。

 

(フェルンはどうして、あんなにも戦えたの……?)

 

 そして、フェルンの思考に何とか追いつこうと冷静になって考える。

 もしかしたら彼女は、魔力探知で相手の攻撃パターンと弱点を見ていたのかもしれない。つまり魔力探知程度なら、蔓は襲ってこないというわけで。

 ルイズもまた、冷静になって地面に手を置き、魔力を探る。

 すると、あることに気付く。

 

(この蔓……。地面で全部繋がっている?)

 

 今はフェルン捕縛に蔓を総動員しているせいで、魔力の流れがより正確に探知できる。

 フェルンを捕まえている蔦、才人を襲っている蔦、魔法を使うと襲う蔓。それらは全部、地面の下で共有しているようだ。

 そこでルイズの中で弾ける。一つの閃き。

 

(じゃあ、この蔓をこっちに全部引き寄せてしまえば、サイトがフェルンを助けられるんじゃないかしら……?)

 

 希望的観測を交えた推論。当然、そうなるという確証までは得られていない。

 だが、このまま無能(ゼロ)で終えてしまうのであれば、(イチ)でもいい、動いて確認したい。

 ルイズは迷わず、杖を上に掲げる。杖先に魔力の核を作り始める。

(さあ来なさい! 私の魔力を食らいに!)

 フェルンよりも膨大な魔力を探知した蔦は、自動的にルイズに向かって今度は絡みついていく。

「ルイズ!」

 それを見ていた才人は叫ぶも、

 

「サイト! 今のうちにフェルンを!」

 

 そう叫んでいた時にはもう、杖を持つ片腕を除く全身に、蔓が巻き付いていた。

 身体中を締めあげられる感覚、苦しいなんてものじゃない。

 でも、フェルンの方がもっと苦しかったはずだ。今更、こんな痛みに負けるルイズではなかった。

 

「そう、よ……! わたしだって……、役立たずで、ゼロで終わらせて……、たまるものですか!」

 

 ルイズは唯一、自由だった片腕を杖とともに振り下ろす。

 零れ落ちていった魔力の核が、不完全ながらも凝縮、そして大爆発を巻き起こす。

 巨大な閃光と共に、ルイズを縛っていた蔦は一瞬にして消え去っていく。

 

 

 これを見たカトレアの変異体は一転、愕然とした。

 まさか、あの小娘にこんな魔力の底力があったとは!

 いや、何よりも今ので地中で張っていた魔力の蔓を、すべて吹き飛ばされてしまった。それはつまり――――!

 

「――――〝魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)〟」

 

 背後から飛んでくる魔力の閃光を、慌てて回避するカトレア。

 視界の先には、才人の肩に担がれたフェルンが、杖先を向けていた。

 だが、先の攻撃は回避できた! 今のうちにあの女でも潰さねば――――!

 

「いいえ、もう終わりです」

 

 まるで今の魔物の心境を先読みするかのように。

 フェルンの言葉と共に、魔物の上半身だけが無残にも宙を浮く。

 そうか、さっきの攻撃は外したんじゃない。動揺を誘うためにわざと撃って隙を作るため。

 

 

 太腿のススキごと、魔物の身体を斬り裂いたのは、シュタルクの斧だった。

 一瞬とはいえ、あれだけフェルンに注目していたのだ。向こうからすれば、さぞ大きな隙だったろう。

 シュタルクはそのまま、体を捻って斧を下段に構えて、そして思い切り振り上げる。

 

光天斬(こうてんざん)!!」

 

 今度は再生しかけていた黒百合目がけて。

 十字模様に斬られたカトレアの魔物は、一気に黒い残滓となって掻き消えていった。

 

 

 

 

「――――ぷはぁ! やべぇ魔物だったぜ……」

 

 魔物が完全消滅したとともに、シュタルクは膝をついて大きく息を吐く。

 次いで才人も尻もちをつく。フェルンも身体、魔力共に締め上げられていた所為か、少し足取りが覚束ない。壁に手をついて、呼吸を整えていた。

 

「なあ、シュタルク……。まだあんなバケモンと戦わなきゃならないわけ?」

 

 才人は、心底投げたそうな声で尋ねる。

 正直、才人視点からすると反撃する暇なんて全然ない。なんだあれ、くっそ強すぎる。某死にゲーを思い出してワイヤレスコントローラーを投げた記憶がふと蘇ったのだ。

 今回は夢とはいえ、リアルな戦闘。しかもコンテニューなんて甘いものは存在しないのだ。

 こんなのがたくさん出てくるとか、考えたくはないのだが……。

 

「流石に、『あれ』以上はそうそう出てこないとは思います」

「なんでよ」と才人。

「あれは私達を排除せんと、この呪いの主が力を凝縮させて作り上げた精鋭。だからあんなにも能力のレベルが高かった。もし私達を叩き潰したいのであれば、あれを沢山量産すればいいだけですが、その兆候は見られません」

「よく分かんないけど、あんな奴はそうポンポン生み出しては来ねえ、ってことでいいんだな?」

 胡坐をかいて休憩するシュタルクの言葉に、フェルンは頷いた。

「ぜひそうしてもらいたいもんだぜ……」

 才人も疲れた声を天井に向かって投げかける。

 

「みんな、ごめん……。わたしの事情に巻き込んじゃって……」

 

 ルイズは神妙な声で頭を下げる。

 自分も先ほど締め上げられていたのだが、ほぼ一瞬だったし、魔力もそこまで吸われたような感覚はない(単純に魔力量が膨大過ぎて自覚が無いだけだが)。

 だが、周囲はみんなボロボロだ。自分のせいでみんなを苦しめたという罪悪感が、彼女の中で燻っていたのだろう。

 特にフェルン。彼女が一番貢献してくれたのに、一番ダメージが入っていた筈だ。

 そんなフェルンはというと、

 

「……ルイズ様は、カトレア様以外のご家族は、健在ですか?」

「……え?」

 

 急に何を言うのだろう? ルイズは思った。

 だが、フェルンにとっては大事なことのように、目で問い掛けてくる。

 だから、ルイズも答える。

 

「うん、上に二人姉がいて、両親もいるわよ」

「家も……この様子だと、とても素晴らしいものなのでしょうね」

「ええ、……何が言いたいの? フェルン?」

 

 思わず、怪訝な顔をしてルイズは尋ねる。

 シュタルクは、何か思うような風情で、そんな少女二人を眺めている。

 さて、フェルンが口を開こうとした時だ。

 

 

 急に、地鳴りが発生した。

 

 

「え?」

「な、なんだ――――!」

 

 突然の事態に、思わず立ち上がろうとする四人。

 やがて、地鳴りと共に地面に亀裂が入り、さらに大きな落とし穴を作り出す。

 それは才人とシュタルク、二人を巻き込んだ大穴だった。

 

「や、やっべ――――!」

「う、うわあああああああああ!」

 

 飛行魔法が使えない男子二人組は、そのまま深い深い闇へと吸い込まれていく。

 

「サイト! シュタルク!」

 

 ルイズは慌てて手を伸ばそうとするも、今度は地面は急に形を変え、再び亀裂を直していく。

 まるで、最初から前衛二人と分断するのが目的のように。

 更に、ダンスホール自体が次々と形を変え、大きな壁となってルイズ達に迫ってくる。

 まるで、チームを分断するのが目的とするかのように。

 

「ルイズ様! こちらに!」

 フェルンはルイズの手を引いて、唯一開いていた出口へと急いで向かった。

 ほどなくして、巨壁が今まで進んでいた進路を、全て塞いでいった。

 

 

「……やられました」

 振動が収まり、ダンスホールを強制退去させられて。

 肉のような壁に手をつきながら、フェルンは呟いた。

 

 精鋭を送り込めないから、部屋を構築して前衛と分断させてきた。

 それがこの呪いの目的だったようだ。

 

(随分知性が高い魔物ですね。まるで魔族みたい……)

「ねえ! どうしようフェルン!!」

 

 ルイズはフェルンに駆け寄って裾を掴む。

 しばし考えていたフェルンだったが……。やがて肉の壁からすり抜けるように、光の球がこちらへとやってくる。

 おそらくフリーレンが放ったであろう、魔法による光球。それが背を向けた先、細長い廊下の先へと吸い込まれていく。

 おそらく、あれを辿れば目的地まで向かえるということなのだろう。

 

「このまま、先に進みましょう」

 フェルンはやがて、強い意思でそう言った。

「え、でも、二人は……」

「もう時間がありません。合流に手間取ってしまえば、それだけカトレア様の死が近づく」

 ルイズは、ごくりとつばを飲み込んだ。

「シュタルク様とサイト様の、お二人の実力を信じて、先に進みましょう。お二人なら、必ず私達と同じ場所へとたどり着くと信じて」

「……分かったわ」

 

 この判断が正しいかどうかは分からない。

 でも、仲間を信じることも覚え始めたルイズは、フェルンの経験を、シュタルク達の実力を信じることにした。

 

「……むしろ、危険なのは私達の方ですよ」

 

 フェルンの言葉に、ルイズは「え?」と声を漏らす。

「シュタルク様達はこの呪いに対する特効。だから別の部屋を設けてまで分断してきた。逆に私達は魔力を届ける養分。だからわざとらしく深層部へと誘おうとしている。大方、敵の考えていることはそんなところでしょう」

「敵としてではなく、餌として迎えると……?」

「それでも行きますか?」

 まだ引き返せる。

 そう言う意味合いでフェルンは言ったが、ルイズは望むところと言わんばかりに頷いて答えた。

 

 

 

「ねえフェルン、さっき言ってたあれって、結局どういう意味だったの?」

 光の軌跡を見ながら先に進むフェルンとルイズ。

 壁や天井、床のそこここに蔦や花……ナスタチウム、リンゴの花が咲いている廊下を進みながら、改めてルイズは先ほどのフェルンの言葉の意味を尋ねる。

 先に進んでいたフェルンは、やがてを口を開く。

 

「私はかつて、戦争で家族や故郷を失いました」

「え……?」

 

 突然の告白に、思わず息を飲むルイズ。

「当時はあまりにも辛くて、死ぬことも考えた。でも『死ぬのはもったいない』と、諭してくれたハイター様のおかげで、今の私があるんです」

 ハイターって、確かフリーレンが良く言っていた仲間の一人だっけ? 坊主なのにすごくお酒が大好きだったという。

 ルイズが再び尋ねると、フェルンも少し口元を緩ませて軽く頷く。

 

「知ってますか? フリーレン様が持っていたあの聖典、ハイター様が解読したものらしいです」

「え、そうなの?」

 

 カトレアの病状を的確に診断してくれたあの魔導書が、元はハイターが解析したから使えるものなのだと、この時初めてルイズは知った。

 

「はい。だからこれも、何かの思し召しなのかとも思いました。天国にいるであろうハイター様が、『ルイズ様のお姉さまを助けてあげなさい』って」

 フェルンの悲しそうながらも誇らしげな笑みに、ルイズは何とも返せばいいのか、と思案した表情を浮かべる。

 ただ、彼女の顔を見るに、相当大事な人なんだろうなというのは、ルイズにも伝わった。

 

 暗がりで光るウサギゴケと先導する光を頼りに、先に進む二人の魔法使い。

 やがて、フェルンがまた口を開く。

 

「実を言うと、私にとって魔法というのは『一人でも生きていける力』以上の意味はなかったのです。それこそ、生きていけるのならば別に魔法じゃなくても良かった」

「そんな、あんなに強いのに……?」

 ルイズは納得いかなさそうな表情を浮かべた。先のカトレアの変異体を見て、彼女の強さは十分に理解した。

 間違いなく彼女は、トリステイン魔法学院の中でダントツに強い。学院長やフリーレンも認めているコルベールを除き、先生方でも足元にも及ばない技術を備えているのだ。いや、もしかしたら魔法衛士隊でも彼女に敵う連中はいないのではないのだろうか?

 ゲルマニアあたりならば、間違いなく貴族としてスカウトが来るだろうと、思わせるだけの実力者。

 だというのに、『魔法にそこまで関心が無い』。それはルイズからすれば、何とも理解ができない感情なのであった。

 

「ええ。ですから魔法を得たからといって自分から何かしようとか、何かを成そうとか、そういう情熱も特になく、ただ流れるがままに、フリーレン様と共に旅をしてきました」

 

 そんなルイズの如何ともしがたい首振りに対し、フェルンは続ける。

 

「でも、ルイズ様と会って、その力を見て、私もやっぱり『魔法が好き』なんだなと、それだけに譲れない、譲りたくない何かがあるんだなと、改めて思い出したんです」

「フェルン……」

「だから私は、もっと魔法の事、ルイズ様の事を知りたい。そう思ってます」

 

 ルイズはここで、フェルンと最初に会った時の頃を思い出す。

 彼女があんなにも突っかかってきたのにも理由があったこと。それが少し判明したことで、フェルンという少女の解像度が少し上がったような気がしたのだ。

 するとここで、フェルンはルイズの方に向き直って、頭を下げてきた。

「……だから、先に謝らせてください」

「え?」

「最初に会った時、ルイズ様に負の感情を吐き出してしまったこと。ルイズ様から見れば理不尽に思った事でしょう。本当にすみませんでした」

「え、い、いいわよ! そんな昔のこと蒸し返されたって困るし!」

 

 今更、その話をしたってどうしようもない。

 ルイズは慌てて、フェルンに頭を上げるよう促した。

 そして、改めて尋ねる。

 

「ねえ、わたしってすごいと思う?」

「……というと?」

「わたしを凄いって言ってくれるの、フリーレンとフェルンだけなのよ」

 

 ここでルイズも、歩きながら自分の抱えていた感情を吐露する。

 フリーレンが来る前は、自分の魔力量など分からず、杖を振れば大爆発を起こしていたこと、周りは四系統の魔法を身に付けていく中、得意な系統すらも判別せず、周囲からは次第にうざったがられていく日々。

 

 あげくについた二つ名が『魔法成功率ゼロ』のルイズ。貴族として生まれ、誰よりも誇らしくあれと育ってきたがために、『魔法が使えない』、その一点だけでアイデンティティも上手く確立できないままだった。

 

「さっきもそうだった、フェルンは必死になって活路を見出していたのに、わたしはずっと棒立ちのまま。自分が強いとか、全然そんな風に思えなくて……」

「でも、最後は身体の張ったルイズ様の一手で、形勢を逆転できました。それも事実です」

 

 あれが無かったら、最悪魔力を全部吸われて戦線離脱を余儀なくされていたことだろう。

 そういう意味でもフェルンはルイズを褒めた。ああやって身体を張って、自分にできることを精一杯やる。それだけでも彼女を役立たずだなんて思わない。

 フェルンはルイズの頭を撫でながら、自分なりに、導くようにこう続ける。

 

「行きましょうルイズ様。『不可能を可能にする』。それが魔法使いの頂点、『一級魔法使い』になる条件です。ルイズ様は素晴らしい魔法使いであるということを、カトレア様をお救いすることで証明しましょう」

「うん、ありがとうフェルン……!」

 

 ルイズも、零れそうになった涙を拭いて笑みを浮かべた。

 そして二人は、フリーレンが送ってくれる確かな明かりを頼りに、先へと進んでいった。

 

 




紫の芍薬『怒り、憤怒』
オトギリソウ『恨み、敵意』
ムシトリナデシコ『欺瞞、罠』
ナスタチウム『光の導き』
リンゴ『誘惑』
ウサギゴケ『夢でもあなたを想う』
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